I am waiting for the sun.





 いやぁもうね、待ちましたな。まったくもって待ちぼうけだ。朝から晩まで待ってました。
 向こうの山からこっちの谷まで待ってましたよ。前から後ろから待ってて、見渡せば東西南北どこもかしこも待っていた。いやむしろ上から下まで一直線に待っていた。考えてみれば昨日から待っていた。いや去年から待ってた。やっぱり何年も前からずっと待ってた。もう大昔から待ち続けていた。とにかく最初から待っていました。なにしろヒトの一生これみな待ち続けです。ゆりかごから墓場まで待ってる。結局は紀元前から久遠の未来まで待っている。とにかく待ってた。あたりかまわず待っていたんだ。何がなんでも待ってる。闇雲に待つ。あぁ待ってる待ってる。

 オマエはいったい何を待っているんだなんてそんな野暮なことは言いっこなしです。何を待っているのかなんてそんなこといちいち言わなくても分かるはず。とにかく待つことに意義がある。ヒトは待ってなんぼ。生きることすなわちこれ待つこと。
 あなたが今まさに待っていること、それを思い浮かべてみれば自ずと答えが見えてくるはず。いや、何を待っているのかなんてむしろどうだっていい。いかに待つのか、どういった心構えで待つのか。ヒトの真価が問われるのはまさにどのような態度で待つのかということ。その姿勢こそがヒトとして最も大切なこと。

 若いころは、自分が何のために生きているのかなどとメランコリックな面持ちで考え込んだり、あるいは自分が生きる意味を求めて見知らぬ土地を旅してまわったりと、とにかく自分のことで精一杯になってしまうのが常であるけれども、それらは結局のところ、待ち続けることに耐えかねた末に湧き上がる傍若無人でなおかつ厭世的な暴走とも言える一時の過ち。

 デジカメやケータイなどで加速されたそれら傍若無人の暴走はフッタ下のさらに欄外へ追いやり、椅子に腰掛けて春の太陽を待ちながら机に向かって書くのがこのブログ。待ってましたとばかりに這い出す生物よろしく産み出された新しいデスクトップも活動開始の様子。
 いや、わたくしのはもちろんまだ生まれ変わりません。次は太陽の技術をふんだんに使用すると噂される雪豹が現れるのを待ちます。啓蟄を迎えてもなお待ち続ける。いやむしろ、来年までも再来年までも待ち続けます。

Posted: 土 - 3月 7, 2009 at 04:25 午前      


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