テツ下駄履いて解らないままダラダラ進むの巻
いやぁ、もうね、世の中解りませんな。まったくもって理解不能です。火を見るより不明です。一難去ってまだ解りません。犬も歩けば解らないし、猿も木から解らない。馬の耳に解らないし、勝って兜の緒を解らない。東西南北すべて意味不明で、前後左右もまったく解らない。何から何までひとつも解りません。何が解らないのかさえ解らないときたもんだ。あぁ解らない解らない。もう笑っちゃうくらい解らないんです、わたし。
あのね、正直に告白すると、もう金輪際ブログなんて書くのを止めようと思ってたんですよ。実は毎回そう思うんですけどね。いやまじで。だってね、何を書いていいかさっぱり解らないじゃないですか。こんなところに何を書きゃあいいんですか。今までも何か書こうと思って書いていたわけじゃないんですよ。なんか書き始めてたらそのうち本当に書きたいことが見えてくるだろうと思って書いていたんです。そのうち何とかなるだろうってね。シリアスなことも全部ひっくるめてパロディにしたりして。そうして毎回、書いた後で何もかもやーめたってことになるわけです。
ところがしばらくすると、うーん解らぬ解らぬとまた書き始めるという具合。やっぱり解りませんな。なんにも見えてきませんよ。なんかダラダラと書いてても、ずっと居心地の悪い椅子にただただ座り続けているだけ。いや実はね、近ごろは座椅子に座っているんです。そう、わたくしのコンピュータの居場所がオフィスの机上から遠く移動して、小部屋のテーブル上に変わったんです。重たいデスクトップ・コンピュータと大きなディスプレイとその他周辺の色々な機材や身の回りのものを配送し、自分自身はテツ下駄という名まえのバイクで何百キロも移動したんです。家庭の事情でなんですけどね。
まあとにかくそんな状況で仕事などをしているわけですけど、案の定なかなかはかどりませんな。即席の仕事場になったこのテーブルときたら天板が分厚い透明ガラス製で、あぐらをかいた自分の両足が丸見えなんです。だらしないもんですよ。やる気もなかなか起こりません。今書いているこの文章だってこの先何をどう書いていいのかまるっきり解りません。
でもね、あぁ解った!っていう瞬間、つまり何かが脳内でひらめく瞬間って神経系に負担をかけているわけで、これが続くと脳内神経が疲弊してやがて死に至ります。ひらめき続ける天才は早死にするんです。いやもちろん個体差はありますよ。一人ひとりの体力筋力が違うようにです。でもね、長生きしたけりゃ、なんにも解らないままダラダラしていた方が良いらしい。テーブルの下に足を投げ出して意味のないことをつらつらと書き続けること。このブログは隅から隅までそんな調子ですよね。解らぬ解らぬと憂さ晴らしの連続。
いや、そんな人生なんてまっぴら御免、オレならひらめき続けて早死にした方がいいね、というご意見ももちろんごもっとも。どちらが良いのかはまったくもって解りません。さっぱり解らない。ひと月の間にみるみる衰弱していった仕事仲間や、ひと晩であっという間に逝ってしまった友人、一方では、頭蓋骨を開けられて脳みそを削られて引っかき回され、今なお一部分を放射線で焼かれている肉親、優しい人たちやしょっぱい連中、その他有象無象を巻き込んでネタには事欠かぬのもヒトの一生。
いずれにしてもちょっとしたきっかけさえあれば、解らないなりにパロディにもフィクションにもどこへでも行けるのがヒト科ヒトの人生というもの。それをお決めになるのはヒト科ヒトの皆さま、すべてはあなたの自己責任。あなたにご幸運を!
日々の日記@カテゴリ、ヤ・マタツ生きてます。テツ下駄履いて行きます。
Posted: 木 - 5 月 15, 2008 at 11:16 午後