ヒトはなぜ何もしないのか


 いやぁ、もうね、腹が減りましたな。まったくもって空腹です。揚げたてのコロッケとかかじりたいもんですな。いや、コロッケ定食じゃないですよ。コロッケだけをサクッと食べたいんです。例えば、木枯らし吹きすさぶ公園のベンチに座ってかじりたいんです。例えば、仕事の段取りについてやり取りしている相手からのメール本文を読みながらかじりたいんです。例えば、ラーメン屋で麺の代え玉を注文しながらかじりたいんです。例えば、夕暮れの寂れた商店街をぶらぶら歩きながらかじりたいんです。例えば、人生ゲームのルーレットを自分の駒の幸福を願って思いっきり回しながらかじりたいんです。例えば、独り言をさえずりつぶやく言葉を左手の親指で打ちながらかじりたいんです。例えば、居酒屋のテーブルでだいたい世の中間違っとるぞと口角泡を飛ばしながらかじりたいんです。例えば、ふぅーいい湯だなぁと風呂に浸かりながらかじりたいんです。例えば、日が沈む頃に不幸と災難を呪いながらかじりたいんです。小さな明かりの中で自分の意志の力を確認するようにかじりたいんです。山脈の頂きで腰を下ろして夜明けを待ちながらかじりたいんです。あなたにこの愛すべてを捧げながらかじりたいんです。

 さてと・・・。
 あなたがもし、この地球上にお住まいで、なおかつラーメンの麺おかわり代え玉を潔しとしないならば、そしてコロッケが定食のおかずとしてメインにはなり得ないと考えるならば、つまりあなたが現代においてはむしろ滑稽だと思われるような騎士道を重んじ、石庭においてたったひとつの小石の配置にさえ細心の注意を払い、むしろギリギリの淵を好んで歩くような綱渡り的バランス感覚の持ち主であると仮定するならば、一歩間違えれば厭世観とも言える心持ちに支配される時期が訪れている今日この頃でありましょう。
 何も変わらない物事に対して多少のひっかき傷を残そうとする悪あがきを試みつつも、心のどこかでは、まぁなるようになるさと痛む腰をさすりながら、所詮は少しも変わりようがないのだと諦める朝。口では来年もよろしくと言いつつも、心の中では今後はお付き合いしたくありませんと願い、後味の悪いコーヒーを飲み干してから、寂寥感漂う表通りを肩をすくめながらとぼとぼ歩く朝。
 年の瀬のありきたりな終末感が少しばかり増幅されたような朝の通りを歩きながら、もう何もしてやるもんかと心に誓いつつも、考えようによってはこれはむしろ期待され、嘆願されていると言えるのも充分承知のうえ。何かと面倒な時節に厄介な選択を強いられるのはまっぴら御免だと吐き捨てつつも、面倒なときだからこそ厄介な問題が湧き上がるのであって、平穏時にくらべたらよっぽどやりがいもあるだろうにといった堂々巡りの先送り期限もあと残りわずか。

 ふぅーっ・・・。
 負け戦には参加したくないというのが正直なところだけど、かといって勝ちに行くぞという前のめりでいるのも願い下げ。ジャストミートなどもってのほか、見逃して見逃して見逃してようやく最後の球をわざと大振りして芯を外し、ボテボテの内野安打かフラフラっとポテンヒット。棚からぼた餅にえへへと苦笑いするのが理想なんだが、そのためには我が身を捧ぐスイングといった覚悟も必要になろうかというもの。

 日々の日記@カテゴリ、ヤマタツ生きてます。でも今月は“All of My Love”でもって、“何もしない”をするのです。

Posted: 木 - 12 月 27, 2007 at 12:35 午前      


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