ヒトはなぜ生きているのか
深夜のフードゥー通りを千鳥足で歩くような人種、優しく慈悲深いアルカイック・スマイルで昼下がりのオペラ通りをゆったりと歩くような人種、夕暮れの外堀通りで街の明かりが揺らめく水面をぼんやりと見つめているような人種、それからそのほかのヒト科ヒト、大洋とその周辺に浮かぶ島々で寝そべっている生命体、巨大大陸の内陸部で地面に穴を開けている生命体、その他の荒涼とした砂漠や氷河に覆われた陸地で放浪を続ける生命体、それから水陸問わず食糧や慰みものを求めて右往左往しているその他の動物や植物、知的生命体やあまり知的でない生命体、そして、葛藤やストレスや知性や光合成などとは無縁の単細胞、バクテリアやアーキアといったこの地球の主役と言うべき生命体、そんなすべての生命体の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
とうとう日が暮れるのだなと思いつつ夕方の外堀通りをバイクで走りながら、ふと見ると四谷のほうの空が赤くなっていて、わたくしの方はこの後もうひとつ厄介な仕事を抱えているというのに、太陽はさっさとお先に失礼するのか、などと拗ねてみる渋滞路、外堀の暗い水面にきらきらと街の明かりが揺らめく様子が物悲しい12月、誰かが雨の匂いがすると胸がキュンとするって言っていたけど、実際のところは木枯らしの中で揺らめく黒い水面を見ていると胸が締めつけられる気がするのは、失ってしまったものの面影をそこに見い出すからなのかもしれないとしみじみ思うヒト科ヒトのヤマタツです、こんばんは。
いや、そうは言っても、すでに失ってしまったもの自体をいつまでも追い求めるのではなく、大切なものを失ってしまったその瞬間、その時の自分自身の喪失感を引きずってしまう、いやむしろ、その喪失感を忘れないようにするために、過去へのドアを自分自身で用意しているのがヒト科ヒトという生き物。そのドアは、いつでもあなた好みの過去へようこそと言わんばかりに、ほんのちょっとしたきっかけで大きく開けられ、後続の車にクラクションを鳴らされるまでのあいだ、禍々しい予感や錆びた匂いさえ入り交じる水面のきらめきが、怪しい振り子となってこの目を捉えて離さないのです。
さてと・・・。
わたくしたちの住むこの地球という惑星には現在氷河が存在していますな。氷河が存在する以上、今の地球は氷河期にあります。氷河期というのは、氷河の量が多い氷期と少ない間氷期を繰り返していますが、現在は割と少なめとされていて、つまり間氷期です。地軸の推移や惑星の歳差運動やその他の理由により、今後氷河は増大し、やがて間氷期は終わりを告げ、惑星に再び氷期が訪れることになりましょうが、惑星の生態系はその氷期が再来する前に少しばかり変化しているかもしれませんぞ。地球上の生命体はバクテリア、アーキア、ユーカリアの三種類に分類できますが、ユーカリア(真核生物の部。動物植物ももちろんここに属する)がわずかに減少して、バクテリアあるいはアーキアが少し増えるかもしれないのです。ユーカリアの占める割合はもともと少ないので、惑星全体のエコシステムを揺るがすような事態にはならないでしょうが、ユーカリアの中でも体細胞種が多く複雑で、そのぶん脆弱な生物種であるこのわたくしのような種族は、氷期が再来する前に気温のわずかな変化にも耐え切れず死滅している可能性があるんですよ。
ふぅーっ・・・。
オペラ通りをゆったりと歩きながらふと思い出すのは、「地中深くに卵を産み付けることさえ出来ない私たちのような種族は絶滅危惧種として分類されるべきだ」と生徒たちに豪語して物議をかもしながらも、その生徒たちからは意外に慕われていたある先生のことです。他界されてどのくらい経ったのか忘れましたが、肩書きが「ヒト科ヒト」と印刷された名刺を持っていて、このわたくし、本人のお話や人となりよりも、むしろその名刺そのものに影響を受け続けていたことを改めて思い知ります。
日々の日記@カテゴリ、ヤマタツ生きてます。名刺の肩書きは哺乳綱霊長目ヒト科ヒトです。
Posted: 月 - 12 月 10, 2007 at 09:51 午後