太陽がくれた季節


祖母によれば、昔ボクの母親は赤ん坊のボクを育てるのが嫌になり、どうやってボクを殺そうか考えたことがあるらしいです。川へ落としたろかとか、線路に置き去りにしたろかとか。
そんな時は祖母が、そんなら私がしばらく見てあげるわと言ってボクを預かってくれたようです。祖母は、したがって私があんたの命の恩人や、と自慢気に言うのですが、ボクとしては母だろうが祖母だろうがどっちにしたって自分勝手で口うるさいのでどっちもどっちと言ったところ。

そんな祖母はしばらく前から入院生活に入り、母の兄弟姉妹、つまり子供たちが交代で付き添っていたのですが、もともと喜怒哀楽が激しい人なので、今晩は寂しいから帰らんといてくれと泣いたり、かと思えば、今日は何の用事もないからさっさと帰れとか、相変わらず勝手なことを言っていたようです。そんな時は母たちも「天国へでも地獄へでも、どこへでもさっさと往(い)になはれ」と言って祖母を励まして(?)いました。

祖母の葬式は、カンカン照りかと思えば大粒の夕立だったりと喜怒哀楽は空も負けていませんでした。
葬式のあいだはともかく、いよいよこれから焼くという段になるとやっぱり母たちは大泣きして、ちょっとした騒ぎになりました。しかし、葬祭場の担当者はやはり手慣れたもので、片手であっという間に騒ぎを静めると祖母をさっさと焼いてしまいました。

その後ボクは人捜しを頼まれ、京都の山奥へ行って与えられた使命を無事に果たします。

それからぐるりとまわって新大阪へ。

このホームへ降りれば、共に若かりし母と祖母がやりとりし、ボクが何とか死なずに済んだ神戸へあっという間に帰れるのになぁと思いながらも、それでも反対を向いて新幹線に飛び乗り、やりかけの仕事が待っている東京に急いで帰ります。
二人の太陽がくれた季節はもう戻ってこないんだなと思うと少し涙が出ました。

Posted: 木 - 8 月 31, 2006 at 11:50 午後      


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