ハート・オブ・ストーン
午前中に突然やってきた電話連絡によれば、年内にやらなくちゃならないことがひとつふたつ残されていて、その詳細を知ったとたんに、いやぁ、こいつは参ったなぁ、という気分。そこで昼を食べながらスケジュールやら、とりあえずやらなくちゃならぬことを考えようとするんだけど、結局のところは、尻もちをついて上を見たり下を見たりしているばかり。上を見ると、「そうはいっても飛ぶのはやさしい」。下を見ると「ルビコン・ビーチ」。
こんな景色ばかり目にはいるので、三丁目のコーヒー・ショップにでも行ってみようとのろのろと歩き出す冬の昼下がりなりけり。店に入ると、カウンターにはうだつの上がらないスーツ姿が、ご自慢のヒューレット・パッカードを開いていて何やらディスプレイを覗き込んでいる。その横に座って爽やかなパーカ姿でパワーブックを開くんだけど、どうやらお互いに顔を見合わせながらため息ばかりなりけり。店のカウンターの中にはこの店をやりくりしなければならない使命感をにじみ出させているがために目がつり上がった美人が右往左往しているが、やがて彼女はカウンターの奥に目立たずにいるバイト君に向かって「一時間ほど休憩とっていいわよ」と言い放つ。バイト君は一時間なら家まで五往復できますよ、と出来もしないことを言っている。「やってもらおうじゃないか」と喉まで出かかったんだが、やっとの思いでその言葉を飲み込んでいると、ヒューレット・パッカード氏がおそらく沖縄市場で買ったんであろう塩せんべいをポリポリやり始めた。カウンター美人の目はますますつり上がり、そして、そのカウンターにヒジをつくとパワーブックのディスプレイを倒し、「あんたの知り合い?」と毒気を含んだ口臭を放ちながら目の前まで接近してくる。すぐさま、肺気腫を悪化させる危険性を高めるという噂の一本を吸いながら「いや」とだけ答えると、煮詰まったコーヒーの残りを飲み干す。店を出たとたんに仕事場から電話。経理やその他事務的なことを一手に引き受けているU嬢が昔の友人からビジネスパートナーになってくれと言われて、これから新宿で会うという。ビジネスパートナーとはお笑いだが、どうやら断り切れなかったらしい。どうせよくある法律すれすれのマルチまがいの話だろう。もしかしたら美容室を開くので手伝えという話かもしれないが。通りでたまたま出勤前のF子ママに会ったので、現場まで一緒に連れて行く。F子ママというのはある店の雇われママなんだが、昼間はスーツ姿の男である。夜になると女装するんだがオカマでもゲイでもない。遺伝子的にも生理心理的にも男である。いわゆる職業おかま、47歳。ビジネス・ゲイ、来年は年男です。そういうわけで、47歳と45歳の男ふたりが27歳の女ひとりに対して一肌ぬごうという新宿二丁目はすでに日が傾きはじめている。そのせいで目が曇ったのか、それとももはや老眼なのか、U嬢の昔の友人というのがこれまた美人に見えるのである。もうね、喜んでビジネスパートナーになりますよぉ、何なら人生のパートナーでもいいんですけど、なんてことを言い出しはじめたF子ママをその場に残して仕事場に戻り、真っ白いテーブルで仕事を始めようとするんだが、別のことにのめり込みはじめて・・・。
のめり込みはじめて少しずつカメラに背を向けるハート・オブ・ストーン。結局、預かった仕事のための資料はバッグから出されることもなく、白いテーブルはきれいなまま日付が変わるのである。
Posted: 木 - 12月 22, 2005 at 03:55 午前