無重力も遠心力も幻想である
GWの休みに小田急に乗って厚木まで行って大学時代の友人たちと会ったんですけどね。彼らに言われてしまいました。「ヤマタツは学生の頃、ヒッピーの宇宙飛行士になるって言ってたよな」と。
そんなことは忘れていました。あ、ウソです。忘れたいんですがちゃんと覚えてます。
僕にそう言った彼らは、パンクの宇宙物理学者志望だったり、サーファーの宇宙工学者志望だったり、モッズのロケット工学者志望だったんですけどね。
当時は皆、ケープ・カナヴェラル(ケープ・ケネディと言った方が通りがいいか)へ行こうと思っていて、「種子島なんかに行くくらいならドロップアウトした方がマシだぜ、バーロー」などと息巻いていたわけです。で、結局みんな志望する肩書きの上半分のカタカナの部分だけ実現したと・・・。笑えますな。依然として地球の重力に捕まったままです。
でもね、そもそも宇宙空間に重力のまったく無い所なんてありません。とくに銀河系なんて超過密状態ですわ。何も無い(ように見える)宇宙空間にポツンと一人置かれても必ずどっかの星に落ちていきます。
スペースシャトルなんかで乗組員がフワフワ浮いとるやんけ、と言われるかも知れませんがね、あれは猛烈なスピードで地球に落ちている最中ですぜ。同時に猛烈なスピードで飛んでいるんですけどね。簡単に言えば遠心力と重力が釣り合っているわけです。ただし遠心力ってのも実際に独立して存在しません。重力と推進力に対する慣性が働いているんですな。それを遠心力と呼んでいる。「無重力」が幻想ならばそれを得るための「遠心力」もまた見せかけの幻想だということでしょうか。
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僕は今ではどういうわけか広告業界の端っこの方にいて、業界再編なんてことで中心部がちょっとでも揺れ動いたり渦巻いたりするとね、なまじ端っこにいるもんだからかなり大きな遠心力で振り飛ばされそうになるんですわ。もう必死でしがみついていたりするわけです。小田急で新宿まで戻ってくると、ちゃんとしがみついとかなあかんなぁと何故か思ってしまいましたよ。
で、紀伊国屋に行ったついでにHMVに立ち寄ったところ、すぐ後ろにいた女性二人連れの話し声が聞こえてきたんです。
「ヤマタツって最近何もしてないよね」「いいのよぉ、あのひと何もしなくてもガッポリ稼いでいるんだから」
な、何だとっ! き、君たち、ちょっと待ってくれたまえ。
勘違いしないでいただきたい。
僕は毎日朝から晩まで(いや、正確には昼前頃からだけど)一生懸命働いているではないか。
そして一生懸命働いてもそうそう簡単にガッポリとはいかないんである。ウハハよりもトホホの方が多いんであるよ。
(いや、勘違いしているのは自分の方なんですけどね。彼女たちが山下達郎のCDを物色していることにもっと早く気付くべきでした)
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まぁね、言葉の重力ってのも打ち消すために懸命に走ったりしますな。何とか無重力状態にしておきたいわけです。あるいは言葉にしばられながら、それでも言葉と格闘していると言いかえてもいいです。で、走るために、格闘するためにはパワーが必要ですな。相手は見せかけの力、幻想なのにこっちにはリアルなパワーが必要なんですよ。割に合わないでしょ。結果はウハハよりトホホの方が圧倒的に多い。
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ところで、山下達郎がいつからヤマタツと呼ばれるようになったのか教えていただきたいですな。シュガーベイブの頃からでしょうか。
ちなみに僕は小学生の時から、つまり1960年代からヤマタツと呼ばれてましたよ。そしてオトナになったら宇宙飛行士になりたいなぁなんて思っていたんです。「無重力地帯」があると思い込んでいた。
Posted: 日 - 5 月 8, 2005 at 02:07 午前