ヒトはなぜ星を見るのか
あなたがこの地球上に住んでいて、なおかつ雲ひとつない夜空を見上げるちょっとした心の余裕を持ち合わせているなら、目に映る数千もの恒星のきらめきをご存知のはず。
もちろん白夜を求めて季節ごとに極地点付近へ移り住み、星空というものの記憶がない方、あるいは金星のように一年中雲に覆われている地域に住んでいて晴れ渡った空を見たことがないという方は、輝く星々の彼方への空想を膨らませることもないでしょう。また、地球平面協会が主張しているように、夜空の星々の正体は黒い鉄板の天井に開いた穴からもれている光であると信じている方にとっては、恒星の存在自体があり得ないことでしょう。
そして、太陽が三つも四つもあって、それぞれがめくらめっぽうに天空を右往左往しているような連星系の特殊軌道上にある惑星などにお住まいの方は、日が暮れたと思った次の瞬間に別の太陽が昇ってきて朝を迎えるという、まったくもっておちおち眠っていられない、まるでTVドラマ「24」の出演者のような忙しい生活を送っているはずで、これまた夜空を見上げる発想さえ生まれ得ないはず。
そうしてさらには、この地球上に住んでいながら、日が暮れると同時にその目を閉じてしまうという生活を送っている方、つまり昼間の光の明るさだけしか知らずに、夜の闇というものをまったく見つめようとしない方も、同様にこの光あふれる重力の牢獄の外では一体何が起こっているのか知らない、いやむしろ知ろうとしないのが現状です。
しかし、私たちが日々生活しているこの銀河系という星の密集地帯の東側(どっちが東側なんだよという突っ込みは受け付けられないことをあらかじめご了承いただきたい)では、わりとのんびりした争いを好まぬ種族が住んでいて、コーヒーカップを片手に夜空を見つめながら、これだけたくさんの輝く星々の中には我々と同じように夜空を見上げている種族がきっと存在するはずだと考えているのもこれまた事実です。
さてと・・・。
宇宙空間に存在する水素などのありふれた物質が寄り集まって収縮し、その重力でもってさらに集まって膨れ上がり、中心部では超高圧状態でやがて原子核反応が起こる。簡単に乱暴に言うと恒星はこのように誕生します。で、核融合によって水素がヘリウムになるために原子数が減っていき、恒星の中心部では低圧に傾くわけです。そうして中心部では収縮する一方で、圧力の具合で恒星の外層部は膨張します。水素が燃焼しているあいだは収縮と膨張のバランスが保たれています。
この先はその恒星の質量によってさまざまな人生を歩みます。大ざっぱに乱暴に分類するならば、質量が少なければ水素が燃え尽きることはなくやがて矮星になりますし、重い恒星ならばヘリウムの核反応で生成された炭素も燃焼し始めてやがて超新星爆発となります。そして中性子星もしくはブラックホールになるか、残りは再び宇宙空間に飛び散ってしまいます。
これが恒星の一生です。恒星も全宇宙およそすべての生命、物質も同じ、Ashes
to ashes.
灰から灰へ。ガスからガスへ。元の木阿弥。
ふぅーっ・・・。
そんなお手軽な無常観をヒトのマインドにもたらす我らが銀河系には、およそ二千億個の恒星が集まっているとかいないとか。いや、実際はそれより多いかも知れないし、少ないかも知れません。いま見えているのが大ざっぱに言って二千億個、いま地球に光が届いているものがおおよそ二千億個というわけです。銀河系の歴史はかなり古くて、およそ130億年余り前のことだと、まことしやかに言われていますから、年間あたり少なくとも十数個以上誕生している計算です。もう消えてしまっている恒星も数多くあるでしょうから、それ以上かも知れません。一方で銀河系誕生時に一度にたくさん誕生した可能性が高く、今ではもっと少ないペースかも知れません。
一年間で12個、つまり毎月1個誕生しているというのが現代のヒトにとっては憶えやすいでしょうかね。カレンダーをめくるたびに銀河系では恒星、つまり太陽が一つ生まれているのです。
もちろんまるっきりの推測であり、証拠は何一つありませんけどね。
Posted: 土 - 11月 18, 2006 at 04:42 午前