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Sat - May 24, 2008

近代建築の罪 

昨日のことですが、建築史のプロフェッサーFと二時間ほどお話をする機会があり、パッラーディオの話からまわりまわってアルベルティから都市における建築のあり方というような話になりました。

都市計画上にモダニズムが残した負の遺産については以前から認識があったのですが、個々の建築においてもいかにモダニズムが罪深い点を持っていたかということを再認識したのは有意義な時間でした。 
たとえばアルベルティなんかは比例やオーダーということが注目されるけれども、修復の重要性を説いていたし、実際のプロジェクトでも内部のゴシック建築の部分と外側の古典的な造形部が重層的に見えることを重視していて、内部を壊してはいけないとも語っていたと。
そういう意味で、パッラーディオの建築もまた断片と言うべきものであって、そもそも建築というのはしょせん断片としてしか存在し得ないものだった。
というようなお話をして頂きました。

そう考えると、結局建築がそれ一個の存在として成立するようになったのはやはりモダニズム以降のことで、建築家とはそういう個として成立する存在を設計するのだという(ある種の)誤解を蔓延させたという言う意味において、やはりモダニズムとは罪深いものだということで認識が一致したのでした。

ジェイコブス、クリエにつづくニューアーバニストという流れの中で活躍してきた先生たちからアーバンデザインを学んだ中で、いかにモダニズムの都市計画(特に自動車への過度な依存やゾーニング)が罪深い結果をもたらしてきたかという認識はあったわけですが、モダニズム建築自体の罪深き点について、なんだかもやもやしていたものが一気に晴れたという気がしました。

念のために言っておくと、僕はヴェンチューリやスコット=ブラウンが言うのと同じような意味においてモダニストだし、もちろんモダニズムの功績を軽視するわけではありませんが、それはまた別の話。 

Posted at 02:45 PM  Comment  Trackback
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Published On: May 24, 2008 02:46 PM