自分”なくし”の旅へ 


”自分探しの旅”とは極めた人だからこそ使える言葉 

中田英寿が引退にあたって使った言葉”新たな自分探しの旅”に少し衝撃を受けた。”自分探しの旅”という響きに何となく青臭いもの、そして何かしらの言い訳がましいものを感じ取るクセがすっかり染みついてしまっているせいなんだと思う。
そんなわけで、中田ほどの人が”自分探しの旅”という言葉を使ったことに衝撃を受けたわけだ。

なんで中田はそんな言葉を使ったのだろう、ここ最近そんなことを考えていたところ、絶賛愛読中の週刊プレイボーイの7/31 No.31号に掲載されていた記事「”30歳からの”お手軽『自分探し』」という記事企画に、なるほど、と思わせるものがあった。

この記事の最後に私の敬愛するみうらじゅん氏が登場し、


「中田さんみたいにそれなりに道を極めた人がリセットするから『自分探し』っていうのは意味があるんであって、我々一般人は自分という巨大な煩悩をいかに消していくかを考えた方がいいんじゃないかな。要するに『自分なくし』だよね。...」


と述べている。
ようするに、何かしらの道を極めた人こそが”自分探しの旅”という言葉を使うのに説得力あって、そうではない人、あれこれ道を探してふらふらして何一つ極めたものがない人は、まずは自分の中の煩悩をどんどんと捨てることで本当の自分が見えてくる、ということだ。

さて自分は、と考えてみる。今の仕事に対する取り組みや業務内容、私生活。どれも中途半端だ。
そしてこれまで生きてきた歴史をみてもそうだ。30を過ぎたいいおっさんに私も気づいたらなっている。
”自分なくしの旅”、今からでもなんか悪くないのかも、そんなことをふと思った。

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Posted: Mon - July 24, 2006 at 12:00 AM  | | |


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