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| 「源氏物語」 (十二)須磨 | | 作成日時: Jan 05, 2005, 11:41 PM |
「海人がつむなげきの中に塩たれて
いつまで須磨のうらとながめん」
(嘆きに沈んで涙に袖をしめらせながら、わたしは一体いつまでここ須磨の浦でわびしく暮らすことになるのだろう)
朧月夜とのことが右大臣側に知れてからというもの、彼らの攻勢が強まる。春宮(光源氏と藤壺との子、後の冷泉帝)を廃そうとする。それがため、彼は自ら身を引くことを決意する。
藤壺の宮、紫の上、花散里、そして尚侍の君(朧月夜)たちへ密かに別れを告げる。その時その時の歌のやり取りが生き生きと描かれている。
紫の上と・・・
「身はかくてさすらへぬとも君があたり
さらぬ鏡のかげははなれじ」
(わたしの身はこのように流浪してしまいましても、貴女のお側にある鏡に映るわたしの影は、いつも貴女から離れずにいるでしょう)
紫の上の返歌
「別れても影だにとまるものならば
鏡を見てもなぐさめてまし」
(たとえお別れ申し上げましても、本当に影だけが留まっているものならば、鏡を見てでも慰められることでしょうに)
花散里の歌う・・
「月影の宿れる袖はせばくとも
とめても見ばやあかね光を」
(月影の宿っているこの袖は狭うございましょうが、いつまで見ても見飽きぬ光を、永くここに映し留めておきとうございます)
源氏の返歌
「行きめぐりつひにすむべき月影の
しばし曇らん空な眺めそ」
(結局戻ってきては澄み渡る月の影であるから、しばらく曇っている間だけは空を見ないでいらっしゃい)
藤壺の宮の歌う・・
「見しはなくあるは悲しき世の果てを
そむきしかひもなくなくぞふる」
(お従えした院は既に亡く光源氏の君は悲しい運命に遇うという世の末に、わたくしはせっかく遁世したかいもなく毎日泣きながら暮らしています)
源氏の返歌
「別れしに悲しきことは尽きにしを
またぞこの世の憂さはまされる」
(故院にお別れ申し上げたことで、悲しみは尽きたはずでありましたが、またもやこの世の憂さが加わって参りました)
そして朧月夜(尚侍の君)と・・
源氏の歌
「こりずまの浦のみるめの床しきを
しほ焼く海人やいかがおもはん」
(わたしはいまだに性懲りもなく、貴女にお目にかかりたくてお懐かしゅう存じております、貴女はどう思っていらっしゃいますか)
朧月夜の返歌
「浦に焚くあまだにつつむ恋なれば
くゆるけぶりよ行くかたぞなき」
(わたしの恋は多くの人の目を忍んでいる恋でございますから、胸の中の思いの煙をはらしようがございません)
その他、様々な人々との別れに際しての歌のやり取りが描かれている。それは美しい人間の心情だ。もちろん、当時の日本に住む総ての人々がこの文化を享受していたわけではない、極一部、宮中での話であることは承知している。それでも、こんな文化があったことになぜか心が洗われる気がする。なんと人間らしいことか!
光源氏は、そして須磨へ退去する。一年後の三月のこと海辺での禊ぎの最中、突如暴風雨が吹き荒れる。そして見た夢・・・・
(以降 十三帖、明石へ) |
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