|
| 「源氏物語」 (七)紅葉賀 | | 作成日時: Dec 15, 2004, 10:13 PM |
懐妊している藤壺の宮のために、宮中で行われた行幸の試楽にて光源氏は、頭中将と舞を演ずる。優れた舞に、観るものは涙す・・・しかし、源氏の子を宿す藤壺の宮の気持ちは憂いに沈む。
なかなかその年のうちには、子供は生まれず、しかし翌年二月、男子を出産。その赤ん坊は光源氏に瓜二つ、もしやこの子が源氏の子と知れるのではないかと藤壺の宮は心痛する。光源氏もその子の顔を見て同じように驚く。桐壺帝は「ほんによく似ている、小さい間は皆こんな風なのだろうか」という言葉に、二人とも罪の意識にさいなまれる。
光源氏の歌
「よそへつつ見るに心は慰まで
露けさまさる撫子の花」
(この撫子の花を御子によそえて見ましても、心は少しも慰まないで、ますます袖の露けさがまさります)
藤壺の返歌
「袖濡るる露のゆかりと思ふにも
なほ疎まれぬ大和撫子」
(この若宮はわたしの袖が濡れる涙の種とは思うけれど、やはり憎む気にはなれません)
二人の歌のやり取りは、まだ若いがゆえ、解決の方法を見いだせず、どうしようもないこの現実が、何事もなく過ぎてくれればという想い・・・悲しくも、それでも愛し合っている二人の悲劇を感じる。
その後、藤壺の宮は光源氏を遠ざけてしまう。自然、源氏は紫の上と過ごすようになる。しかし、源氏の正妻である葵の上にほとんど逢わないことを知った桐壺帝はその態度をたしなめる。そうはいえ、やはりまだ血気盛んな彼は、なんと年の頃五七,八の女官との情事、その最中に頭中将に見つけられてしまう、笑い話だ。
その年の夏、藤壺の宮は、皇后に、そして光源氏は宰相となる。
この章は、紅葉の頃の儀式にちなんで、「紅葉賀」と呼ばれている。先に書いた歌は、なんとも重苦しくも、互いに愛し合う気持ちが美しく感じられる、良い歌だ。このような文化が千年の昔にあったとは・・・現代日本の文化消失に辟易する思いを隠せない。 |
|
|