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| 返信 Kへ | | 作成日時: Feb 28, 2005, 10:41 PM |
わたしはあまり区別をつけることが得意ではない。
どちらかといえば、どれもこれも同じように理解し考え行動している。
単純といえばそうだろう。でも、人間なんて結局はそんな高等なものではなく、ましてや、こんな文章を書くのが精一杯の男。
そういえば、人が石斧で動物を追いかけ回していたくらいの大昔、わたしが高校生の頃。付き合っていた娘は、こんな言い方をしていた。
「彼氏と恋人は違う」、何のことだか未だに謎。微妙な差があるとその娘は言っていた。何らかの基準をもとに、わたしのことを分類していたのだ。わたしの方はといえば、「彼女=恋人」、日本語はなんと単純なのだろうとひとくくりに使っていただけだった。その後、いつまでもそのことを口にするのに不安になったわたしは、彼女と逢わなくなる。今思えば、酷い奴だ。その娘は、わたしに解決の糸口を、いやいや、これから進むべき道の地図を示していたのかも知れない。結局、その思い遣りをわたしは、理解できずに、最も残酷なことをしてしまったのかも知れない。
距離がわたし達を、「だめ」にすることはあるんだろうな。気持ちに必ず変化が生じるのは分かりきっている。それをどう言い含めても、現実に起こったら、その衝撃はなぐさめの言葉よりも強い。
わたしは、相変わらず単純だ。自分の気持ちが君に惚れていることを感ずるなら、それは、日本語のすべてを使って君に言い伝えることが出来る。恋や愛を表す言葉に、微妙な区別があるとは思えないからだ。でも、君はそれを真に受けて、そして言葉の重さに逆に不安になってしまうのではないだろうか。
一つの気持ちを言葉にするためには、百の説明が必要なのかも知れない。
三つの質問は、いろいろな答え方が出来る。四百字詰め原稿用紙100枚に書き綴ることだって出来る。
しかし、言葉は常に不安を伴い、決して同じ意味を感ずることが出来ないにちがいない。だから、わたしは君に逢い、目を見つめ、キスをし、抱きしめることがもっとも間違いのない答えだとおもう。
でも、言葉も使おう。
今度は言葉で君を愛そう。 |
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