Home > Plot > 杏飴 そして大嘘つき (十)

杏飴 そして大嘘つき (十)

十 相談事

大晦日の夜、麻紀と初詣に出かけようと思っていたが、彼女は親の田舎へ出かけてしまっていた。われらバンドメンバー達のなかで唯一連絡が取れたのは、あのクリスマスの日に神のご加護をうけたミナコだけだった。西郷隆盛像で待ち合わせをした。
「彼女はどうしたの?」
ふむ、いつもながらの含み笑いをしながら、和服の帯をいじくっていた。髪は結おうにもそれだけの長さがないからいつもと変わらなかった。
「湯島天神にゆこうか」
西洋の神の祝福を受け、学校でも優秀な成績、いや、常に一番か二番の成績の彼女には、さらに日本の学問の神の寵愛はもはや不要だったかも知れない。ミナコと二人で合うのは久しぶりだった、バンドをやり始めてから誰かしら他のメンバーと一緒だったし、わたしは既に英語の塾はやめていた、親が無駄な出費と考えたからだ。来年受験の学生連中がほんの少しでも自分の足りない成績に道真先生の爪のあかが得られればと、長蛇の列。わたし達は一時間ばかり並び、ようやくお参りを済ませた。そのまま夜の道を白い息を吐きながら上野公園まで歩いた。その間、わたしは幼なじみに、麻紀との恋心を顔を赤らめながら話していた。わたしは自分ばかりが話すのも不公平だと思い始めた。
「おまえ付き合ってる奴、いないの?」
ミナコはにこりと笑って分からないといった表情をした。
「内緒」
「だって、おれ話してるだろ、おまえも話せよ」
「秘密」
「ふん」
「で、その時キスしたの?」
わたしは素直にたじろいだ。根が正直で隠し事の出来ないわたしははっきりと答えずとも、総てが表情に出てしまうのだ。
「彼女、そのとき泣いた?」
「どんな気持ちだった?」
「それからなんかないの?」
立て続けの質問に、何の返事もしないわたしの表情から答えを読み取っている。とんでもなくずるい女だ。
「ふうん、そうなんだ」
一体何が分かったのか、わたしは訝しんだ。一人納得する彼女に、わたしだけが欲求不満という感情が身体中を蹂躙していた。
「だからさ、おまえのことも教えろって」
「内緒」
「ずるいって、それ」
「秘密」
まるで頭の悪い生徒が先生になじられているような気持ちだ。
「わかった、佐々木のことすきだろ?」
彼女は顔色一つ変えない。バンドメンバーの名前を一通りあげ、それから塾で知り合った男連中の名前を言ってみた。彼女は道路沿いのシューウインドウの前で着物の襟元を直している。少し上目遣いにガラスに映る自分を見遣っていた。結局のところわたしはミナコのことを何も知ることが出来ない。疲れてわたしは黙り込んでしまった。公園につくと寒さの中まだ何件がの露店が店を開けていた。今日は元旦なのだ、正月の儲けに少しでも上積みをしようという連中達。
「ねえ、杏飴たべようよ」
わたしは、頷いた。
「好きな人、教えてあげようか」
杏飴をなめながら彼女は言った。わたしは、少し元気が出てきた。
「あの人!」
ミナコはABABの手前にあるプレイガイドのポスターを指さした。
「行ってみたいよね。コンサート。」
ポール・マッカートニーのコンサートツアーのポスター。わたしは彼女の思いに頷いたが、とてもじゃないが、中学生がそうそうチケットを手に入れられるものではなかった。とっくに売れ切れていたし。

ポールは結局、その年日本でコンサートを演れなかった。麻薬所持の疑いで逮捕されたのだ。わたし達バンドメンバーはめちゃくちゃ悲しんだ。特にミナコは本当に泣いて、学校を三日間休んだそうだ。
ポールは小菅の拘置所でギターも無しに、同室の容疑者連中を相手に「イエスタディ」を歌って聴かせたことを聞いたミナコは、本気でこう言った。
「万引きでもやって逮捕されればよかった」

(「十一 微妙な不安」 につづく)

 




Copyright © YuMi. All rights reserved.