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杏飴 そして大嘘つき (九)

九 演奏会

ドラムの吉田の提案に、全メンバー一同微笑んだ。二十曲程度のレパートリーを持つようになった「コーリング」は、一般大衆の面前での演奏を望んでいた。
「婆さんの通っている教会のクリスマスパーティーでさ、演奏してくれないかって」

十二月のクリスマスは日曜日。わたし達は吉田のお袋さんが運転するトラックで目的の教会へ到着した。ミサの終わった会場で、メンバー全員が目を丸くして驚いた。会場の客は、皆、わたしの膝くらいしか身長がない連中、つまり幼稚園か小学生になりたてのちびっ子と、彼らの母親だった。

皆頭を寄せ合い、相談しはじめる。
「昨日考えたリストで演っていいのかな?」、吉田が口火を切る。皆思いは同じ。
「だって、それしかできないでしょ」とミナコ、彼女はわたし達の中で、実質的なリーダーになっていた。
ミナコはマイクのスイッチを入れた。
「こんにちは、お姉さん達ね、これからお歌を歌います、聴いててね!」、普段よりキーが三つくらい高い声で、それに無理矢理のにこにこ顔で、ちびっ子連中に向かって話す。そんなときは人間は不思議なもの、話し相手の視線の高さに合わせようとする、彼女も中腰になって喋っている。
吉田がカウントをとり、浮かぬ気分でプレイを始めた。
会場は泣き声や、いたずらをしでかした子供をしかる親の怒声。走り出すガキ達。一曲終える前からこれだ。
「拍手ーーーーー」年寄りのシスターが手をたたく、するとガキ達もそれにあわせてお遊戯会と勘違いしたかのように手をたたきはじめる。
「もうやめよう」
三曲目が終わった後、わたしは皆に言った。わたしは、まだ薄っぺらいながらも芽生えていたアーティストとしての自尊心がいとも簡単に崩れることに耐えられなくなっていた。まるでチンパンジー相手にドストエフスキーの描くニーナーの心優しさを説く気分だった。
ミナコは、「わたしにやらせて」と言って、ピアノを弾きはじめる。あれは何の曲だっただろう。今となっては曲名が思い出せない。何かテレビ番組の主題歌だったかも知れない。ショパンのワルツだったかも知れない。
うっとおしく走り回り、わめいていた子供達は、はたと、その動きを止めミナコの奏でる琴線に耳を傾けはじめた。皆、ピアノの近くに寄ってきて座り、時々メロディに合わせ口ずさんだり、体を揺らしだす。
「ちゃん、ちゃん、ハイ終わり」
その時点で悪ガキどもは改心し、聖女が如き彼女に向かって手をたたき喜びはじめた。シスターはミナコに「おじょうずね、あなた」といってひざまずき、あなたに神のご加護のあらんことを、と祈ってくれた、わたし達はそのスキにテーブルの上に山積みされていた疲れを癒す料理と、神の血であるワインをこのときとばかり頬張り、飲み干していた。

成果、腹一杯の七面鳥、オードブル、ケーキ、顔が赤くなる程度のシャンペンとワイン、およびお手当て一人頭千円成り。

(「十 相談事」 につづく)

 




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