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| 杏飴 そして大嘘つき (八) | | 作成日時: Jan 19, 2005, 11:58 PM |
八 ここに、そこに、いろいろなところに
わたしがなにか重要なことを言おうとすると、麻紀はいつもにこにこしながら話題をそらした。わたしはその度に少々悲しくなった。ただ、それが拒否ではなく、嫌いと言うことでもなく、まるで気持ちのやり取りで楽しんでいるような、そんなずるいところがあった。しかし、たかだか中学生のわたしたちが、真剣に恋やら愛やらを話したところで、それこそジョークでしかなかっただろう。だからこそ、彼女はわたしをいつも牽制していた。
運動会の後の生徒会役員選挙でわたしは副会長に選ばれた。ある日、午後の委員会会合の連絡をしに、放送室へいった。毎日給食時間には、放送委員が食事持ち込みでクラッシクや、無難なポップスのレコードを流していたのだ。その日は麻紀が担当だった。
「たまには、ツェッペリンかけようよ」
「そんなの流したら職員室は大事件ね」
わたしは彼女にマイクのセッティングをしてもらい、今日の委員会の時間と場所を喋りはじめる。すると彼女は急にいたずらっぽい目つきになり、わたしが手で押さえていたフェーダーを、無理矢理にわたしの手の上から動かそうとしてきた。彼女は笑いをこらえていた。わたしは慌ててそれに対抗した。マイクに向かって話しているわたしの声は少し笑いを含んできた。彼女は相変わらず声を殺しながら笑って、力を込めてフェーダーを下げようと躍起になっていた。なんとか喋り終えたとたん、彼女は勝ち誇ったようにわたしの手を握り、思いっきりフェーダーをゼロにした。わたしたちは大声で笑った。お互いの目は笑いとは少し違う感情を示していたが、恥ずかしさと気まずさから微かな兆候のみを示しただけだった。わたしたち以外誰もいない放送室。徐々に笑い声が消えて行く事に何かしら恐怖を感じた。それは多分数秒のこと、しかしわたしにとって、まるで時間が止まったようにも思え、汗が出てくる。気づくと未だにわたし達はミキサーの上で手を重ねていた。わたしは彼女の手に指を絡めた。彼女はターンテーブルにのっているビートルズのLP「ラバーソウル」の曲を流しはじめる。
わたしは、彼女に顔を近づけた。彼女はお互い握っている手を思いっきり握る。それからわたし達は軽くキスをした。
あの時流れていた曲はレノン&マッカートニーの素敵な曲。「ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア」だった。
もっと素敵な生活を送るには
ぼくの恋人がここにいなくちゃ
ここで毎日を過ごしながら
彼女がほんの少しでも手を振ると
ぼくの生活は変わってしまうんだ
そういうことはきっと誰にでも起こることなんだよ
愛とは互いに感じあい
愛とは消して死ぬものではないと信じ
彼女の目を見つめ
いつでも彼女のそばにいれればと
ぼくは考えているんだ
わたしはそこにいて、そしていろいろなところにいて
ここに、そこに、そして、いろいろなところにいて
Here,There and Everywhere
Lennon & MacCartney Y.M訳
(「九 演奏会」 につづく) |
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