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| 杏飴 そして大嘘つき (七) | | 作成日時: Jan 18, 2005, 11:45 PM |
七 いろいろなところに
私のクラスの放送員だった麻紀は、翌日の運動会ではアナウンスの担当にもなっていた。わたしは騎馬戦で顔面に強烈な一発を食らい、鼻血を出す始末でどうにも運がなかった。放送席の彼女は天使の囁きをマイクを通してわたしに与えてくれていた。
保険医の脱脂綿を鼻に詰められ、ようやく血が止まった後、短距離に自信があったわたしはクラス別リレーの三番手。はちまきはピンク、わたしはバトンを渡され少し前屈みで走る。何か気持ちに自分と対になる対象があると言うことは、総ての行動に力を与えてくれる。わたしがその時感じたのは、間違いなく麻紀と同じ場所にいて、彼女の声が響く中走っている自分が幸せだという感覚だった。
わたしはバトンを次走者に渡し終えた後、ちらっと放送席の彼女を見遣った、ふと、目があったような気がした。わたしは、勢いをつけたまま人混みの中に飛び込んでいった。何人かがわたしの体当たりで転ぶ。彼女は相変わらず三つ編みの髪で天使の微笑みを絶やさない、いやその時は声を上げて笑っていたが。
イーグルスのLPを借りた翌週、麻紀と新宿に映画を見に行った。上野では学校の誰かと会いそうだったので、新宿まで足を伸ばした。歌舞伎町が初めてのわたしは自分が住んでいるところ以上にきらびやかで、艶色。ポルノ映画館の前を通り過ぎたとき、目のやりどころに困り、通り過ぎた後なぜか二人とも大声で笑いはじめた。ようやく彼女お気に入りの映画館を探し当てた。
名画座というのか、二番館というのか、古い映画をかけるところだった。その日はオードリ・ヘップバーンの「ローマの休日」と「サブリナ」の二本立て。どちらも白黒映画で、わたしは初めての映画だった。ヘップバーンが、やけに可愛く、華奢で、可憐だった。麻紀は映画や小説などへの思い入れが相当あるようで、売店で買ったポップコーンを時々口にしながら、じっとスクリーンに魅入っている。わたしは「サブリナ」の途中、あのバナナの歌を小さなヨットで歌うところで、ようやく彼女の手に触れた。彼女は少し首をかしげ、それでも微笑みながらわたしをみる。それからまたスクリーンを見遣った。ふむ、わたしは当時も今も小心者である。
(「八 ここに、そこに、いろいろなところに」 につづく) |
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