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| 杏飴 そして大嘘つき (六) | | 作成日時: Jan 17, 2005, 10:47 PM |
六 ここに、そこに、
中学2年の春、わたしはバンドの熱狂と、どうしようもない憂鬱な気分で混乱しながらも、天秤の針は思春期の興奮を示していた。同じクラスになった麻紀という子の笑顔がどうにも頭から離れなくなった。色白で、そばかす顔で、髪が長く三つ編みにしていた。理屈などないという理屈で、わたしの神経が彼女をみるたびに緊張と弛緩を繰り返す。授業中、ぼけっと授業を聞きながら、ツェッペリンの「Immigrant Song」の出だしを口ずさんでいたとき、ふと横を向いたら、麻紀と目があった、わたしはその時本当に息が止まった。その時から、何かのスイッチが頭の中で入ったようだ。
わたしは彼女の前では、完璧に真面目で、秀才気取りでいた、それでも何かで話をするとき、身体中の筋肉が一斉に緊張し、なにやら人間らしくない動作をし、汗だくになった。
わたしは、学校で唯一のバンドを組み、ギターを弾くという役柄で、気の弱い連中には顔が立った、写真部の連中に頼み陸上部で練習をしていた麻紀や部員達一同の写真を、何らかの名目でとってもらい、引き延ばして彼女の笑顔のみを引き伸ばして現像させた。わたしの多分人生最初の恋する人の写真は財布のなかで微笑んでいた。少しは彼女を思う憂鬱な気持ちが薄らぐ気がした。
当時も今もわたしは相変わらず内気な男だった。
秋の運動会の前日、応援用にクラスの女の子たちは総出でボンボンを作っていた。男連中は飽きっぽく、そのような女々しい作業よりは騎馬戦用の棒、つまり敵をぶん殴る道具作りに、新聞紙を出来るだけきつく丸め、しっかりとテープで固めていた。武器を作る方がなかなか男らしい、わたしたちガキどもは皆そう思っていた。
窓際でボンボン作りに精を出していた麻紀はビニールの紐を束ね終えた後、「ねえねえ」と手招きをして私を呼んだ。
「その棒作り終わったらこれも手伝ってよ」
わたしは身体中の力が抜け、一瞬後には緊張し、直立不動になって「うん」と返事をした。あのと時のわたしは。世界中でもっとも幸せな男だと感動し、嬉しさでワクワクしながら彼女の隣に椅子を置き、「で、何するの?」とうわずった声で聞いた。
「この、ビニールの紐を、細かく裂いてさ、」
彼女はそう説明しながら、実際に手本を見せてくれた。わざわざそんなことを聞くわたしも中々の馬鹿者である。わたしは早速その作業に取りかかった。どうも身体をめぐる酸素の量が少ないのか、息が苦しくなる。
「バンドは練習いつもしてるの?」
「え?」
「どんなの演ってるの?」
わたしはピンクのボンボン作りをしながら俯いていた。
「ろ、ロックとかさ、」
「あのさ、イーグルスもいいよね」麻紀がそう言ったとき、わたしは彼女の顔を見た。でも、彼女もボンボン作りに俯いている。アメリカは当時もの凄いウエスト・コースト・ブームだった。ライトなサウンドと心地よいメロディ、その最先端がイーグルスだった。
「ホテル・カリフォルニア聴いた?」
「時々、ラジオで聴くけど、レコード持ってるの?」
彼女は当然とばかりに「うん」と言った。
「貸してあげようか? 他の曲も良いんだよ、本当は兄貴のだけどね」
「最高」
わたしは嬉しくて、その場で身体を硬直させ感動していた。いわゆる夢見心地だったようだ。
「ねえ」
「ふむ」
「あと三個作ってね、ボンボン」
わたしは麻紀の隣で、モダンタイムスのチャップリンのように一生懸命仕事をした、幸せな仕事。
(「七 それはどこにでもある」 につづく) |
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