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杏飴 そして大嘘つき (五)

五 新しい楽器

人は、他人から新しい知識を授かる。ミナコはわたしに、西洋美術館で印象派絵画のことを教えてくれた。壁に掛けられた大きなぼやけた絵が、モネの「睡蓮」だと話す彼女の眼差しはとても真剣だった。塾帰り、彼女の兄たちが好きだというビートルズのレコードを貸してくれた。わたしは油絵の道具を手に入れることではなく、ギターをほしくなった。ついでにバンドをやってみたくなる。
父にそのことを言うと、とんでもないと断られた、わたしは毎月の小遣いをせっせと貯めはじめた。それからお茶の水の楽器屋に、同級生の連中と自転車でしょっちゅう通うようになり、安いエレキギターがないかと探し回った。夏、ストラトのコピーモデルの中古を一万円で見つけ、母に内緒でもらった五千円を加えてようやくギターを購入。さすがにアンプまで買う余裕はなかったが。
既にバンドのメンバーは同じクラスで揃っていた。ドラム、吉田の父親は印刷業をやっている、大学生の兄貴連中もバンドをやっており、倉庫の中にヤマハのドラム、さらに、ヤマハのギターとベースもある、彼は小学生の頃からスティックを握っていたという。ベースは岩田という少し気弱だが楽譜が読める男、もう一人のギター、佐々木は吹奏楽部でサックスを吹いていた。
英語塾のおかげか、ミナコのおかげか、わたしはその頃、そこそこ英語を聞き覚え、歌うことが出来た。当然のごとく、ビートルズから始まり、そのうちにディープ・パープルや、ローリング・ストーンズ、キッス、そしてレッド・ツェッペリンとコピーしまくった。めろめろの演奏と、何語か分からないわたしの歌でほぼ聴くにおぼつかないものだったが。時には素晴らしく完璧に演奏できたときなど、皆、信じられないといった表情で喜び合ったものだ。皆自分の指をみながら間違えないように、弾き叩き、興奮していた。ニキビ面のガキ達が、布団の中とは違う方法で性欲の始末をしてたとも言える。
わたしたちは、毎週、紙の山が積み上がった倉庫で練習をし、自転車でお茶の水の楽器屋に遊びに行き、秋になり高校や大学の学園祭にアマチュア連中のコンサートを聴きに行った。絶対俺たちはフォークなんて演らない、ロックしかないと信じ、エイト・ビートに身体を踊らせていた。
英語塾の帰り、いつものように熱病のようにミナコにバンドのことを話していた。夏の熱気失せ、少し草の香りが漂う秋の乾いた風の吹く夕方、彼女はわたしもビートルズを演りたいといった。わたしは、なんてこと無いようにふーんと頷き、いいよと言った。家に帰ってから奴らに興奮して電話したのは言うまでもない。
中学生の「ニキビ面小僧」達は、彼女を拍手で迎え、では、バンドの名前を付けなければいけないということになり、吉田の母親が入れてくれたインスタントコーヒーを飲みながらバンド名を考えた。
誰が最初に言ったのだろう、英単語をあれやこれや言い合っているうち、一つの単語に皆頷いた。「コーリング」。その日、わたし達はバンドを正式に結成した。

(「六 ここに、そこに、」 につづく)

 




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