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手相見

勝どき橋の欄干から飛び降りようとしている男に彼女はこう声をかけた。
「雨降ってるのに、危ないよ」
男は、これから川へ(隅田川なのかな、ここは)飛び降り、川底の魚や、コンクリート漬けの先人たちと眠りにつこうとしているところへ、「危ない」と声をかけられ戸惑った。自分の行動が、「危ない」こととは考えもしなかったからだ。女は、その言葉を発してから、ただ男をじっと見ていた。
「危ないから、降りたら?」
女はそう言って、男に手をさしのべた。危ないのなら、降りた方がいいのかもしれない。男は、彼女のさしだした手を取り、欄干からゆっくりと降りた。

彼女は銀座の通りで、夜、手相見をやっている。その日は、雨模様で、誰もが傘を差し彼女に気づきもせず足早に目的地に向かって歩いていた。早々に、仕事を切り上げ、少し時間つぶしに晴海の方まで歩いていたときだった。

「雨だからさ、滑っちゃうよ」
彼女は、彼の行動に全く無頓着なふりをした。どんな、反応が返ってくるか知りたかったのだ。
「ああ、滑りそうだった。」
男は、質問に素直に答えた。その答えに、女は何ともなしに頷き、彼の手相を見た。
「あなたは、長男で。それと、ほら、生命線がとても力強くて、生気に溢れてる」
男はそれを聞き、堰を切ったように大声で笑い始めた。
「そうか、まだ生きてるんだからな! あと何十年分の生気がいま一時にこの身体に集まったんだろう、きっとそうだ。そうだ、そうだ」
とても、すがすがしい笑い方。彼女も仕舞いにはつられて笑い始めた。
それが、ピアニストを諦めた手相見の女との出会いだった。

 




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