|
| 宵越しの朝 | | 作成日時: Sep 11, 2004, 05:28 PM |
三人は駅前に停めたトラックの荷台の上でただ時間を待った。東の空が白み始める。
「さあ、はじめるか」
わたしはわずかに残る星を見続けながらつぶやいた。
工事屋は車止めを、ちょうどセンターラインを中心に四角に囲いを作る。往来する車はまだ少なく、礼儀正しく大回りをして通過してゆく。
わたしは、ワイヤーをクレーンに仕掛け、ピアノを路上におろし始める。手相読みは路上におり、バランスの悪い大荷物の足を押さえながら、ちょうどセンターラインの上になるように誘導した。
「ここでいいわ、降ろして。ゆっくりと降ろして」
大物の荷物は、まるで永遠にそこに居座っているかのように、路上のピアノとして存在した。
工事屋は、車の中から布切れを抱えて現れた。
「拭いてやらんとな、少し汚れとるから。ほら、」
ピアノの周りを巡りながら、わずかに汚れが残るところを気休めにとこすっている。
時間とともに車が増え始める。不思議なことに、通行する車は、示し合せたかのように、クラクションも鳴らさず、路上の荷物をよけてくれていた。
「いつ始めるんだ?」
手相読みは、後ろに手を組みながら私の方に向き直る。
いつもの彼女の顔のなかには、夜通しおきていた疲れと、冴えた微笑みが見える。視線が合うことを嫌う彼女はすぐに目をそらし、微かにうなづいた。
ゆっくりと道の真ん中に歩いてゆく。近づく車には気も止めず、車の方もまるで双方理解し合うかのように彼女を避けては走りすぎる。
それは、不思議なくらいに自然な風景に見えた。コンサートの始まる前に、マエストロを迎える拍手が街の騒音。わたしと工事屋は演奏が始まるのをただ待つだけだった。
ピアノの前に置かれた椅子に座り、彼女は少しうなだれる仕草をする。目を閉じたまま、両手を鍵盤の上に柔らかにおいた。 |
|
|