日本三景の一つ、天橋立で知られる風光明媚な地は、五つの百選を誇る
宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔て幅20m~170m、全長おおよそ3,6kmの白い砂浜(砂嘴)には8,000本の黒松が生茂っている。一帯は天橋立公園として整備され、「白砂青松百選」「日本道百選」「日本名松百選」「日本渚百選」「日本名水百選」に選ばれるなど風光明媚な地である。

   

<天橋立の碑>橋立は日本海を流れる対馬海流から派生した海流が宮津湾に入り砂を運んでくると同時に、内海である安蘇海に流れ出る野田川の土砂が堆積し形をなしている
<老松>天橋立は、3,2キロの砂嘴に松林の景観は室町時代に雪舟により「天橋立図」に描かれ、また、絵画、俳句などに。しかし最近、松枯れが酷く保全対策が急がれる
<天橋立散策>宮津湾と阿蘇海を隔てる砂州は幅が20mから170mの砂嘴が長くつづく。その砂浜に8,000本もの黒松が群生し松並木は3,6kmに及んでいる
<宮津湾>夏のシーズンを迎えると海水浴客で賑わうという白砂青松の天橋立海水浴場。ここから望む宮津湾は、丹後半島の経ヶ岬、伊根町方面である
<天の橋立道標>[天橋立をゆくみち 近畿自然歩道]一帯は天橋立公園として整備され「白砂青松百選」「日本の道百選」「渚百選」などに選ばれている
<夫婦松>1本の幹から釣り合いのとれた一本が現れ、夫婦の如く仲良く寄りそう名松である。この天橋立公園の松並木は「日本名松百選」に選ばれているという
<天の橋立>この府道、天橋立線は「日本の道百選」に選ばれ,日本三景の一つの道であり、周囲の景観との調和を図るため砂利道のまま、美しい風光を保っている(京都府)
<ビューランド遠景>この砂浜から見える縦の線はリフトとモノレールである。文珠山の山頂に在る遊園地天橋立ビューランドからは、天橋立の絶景が楽しめ、絵ハガキにある
<千貫の松>千貫文目の価値があるといわれた名松である。他にも『羽衣の松・式部の松・蕪村の松・阿蘇の松・雪舟の松・双龍の松・船越の松』などの名称が付いている
<宮津一里の碑>宮津の名文字が刻まれているので中心地(現在の市街)へ一里(3,75km)。宮津への街道を行き交う旅人の里程の目じるしとした塚である
<天の橋立>天橋立は宮津湾と阿蘇海を二分するように走る3,6キロメートルの白砂青松の砂州で、江尻の浜から対岸の文殊までを結ぶ
<磯清水>四方を海に囲まれた天橋立のど真ん中に在りながら真水が湧く不思議な井戸で「磯清水」と呼ぶ。環境省の選定の日本名水百選に指定されている
<天橋立神社>橋立大明神とも呼ばれ,かって近海を荒らした悪龍が文殊菩薩によって改心、善龍となり、後に「八大龍王(海神)」として祀られたと伝えられている
<御手植の松>昭和天皇が、皇太子時代の大正5年に御手植えされた松である。近くには明治40年、大正天皇が皇太子時代に御手植えされた松も高く伸びていた
<仇討の碑>江戸時代の剣豪;岩見重太郎は父の仇広瀬、鳴尾、大川 の3人を追って丹後までやって来た。寛永9年9月、天橋立の濃松で仇討ちを果たし本懐を遂げた
<知恵の松>一本の松から三つ又に枝分かれしているので智恵の松と呼ばれている。“三人寄れば文殊の智恵”の「文殊菩薩霊場」があることから引用されたのだろう
<大天橋>砂嘴で連なる天橋立は、大天橋公園と小天橋公園がこの大天橋が架かって結ばれている。潮が満ちて宮津湾から海水が勢いよく阿蘇海へ流れ込んでいる
<阿蘇海>文殊から対岸の一宮までの阿蘇海を観光船が運航している。カモメと戯れながら、船のデッキから眺める天橋立の松並木は格別らしい。所要時間は僅かに12分という
<浪切地蔵>大天橋の手前左側、松並木の中に立像。
 昔、大波が沖から押し寄せ、村人たちはみな山の方へ
 逃げ出した。波は浪切地蔵尊の処で止まり...
<小天橋>別の名を廻旋橋と呼ぶ。天橋立運河に架かる橋で、宮津の市街と文殊や対岸の府中とを結ぶ観光船が行き交うたびに橋が90度回転して船の道ならぬ橋を開ける
<天橋立運河>宮津~天橋立~一宮間を運航する観光船「かもめ号」やモーターボートが行き交う水上交通の水路で、文殊水道とも呼ぶ。路側帯には散策路も整備されている