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中央線快速電車





 高尾から走り続けてきた中央線快速電車のもっともエキサイティングな区間は、なんといっても中野・新宿間である。「快速」とは言え、中野まで延々「各駅停車」で走らされてきたオレンジバーミリオンの電車がこの駅を境にその秘めた力を発揮する。出発信号機が「進行」を示し、ドアが閉まったことを確認するランプが点灯すると、運転手は「出発進行」という声とともにガチャリとノッチを入れる。それに機敏に応えるかのように国鉄型二○一系電車はガタンガタンとジョイント音を叩き出し、複々線の線路が延びる築堤の上をぐんぐん力強く加速するのだ。速度計の針はみるみるうちに右に回転し、時速九十キロメートルで再び運転手がガチャリとノッチを戻す。ここから新宿までは惰性走行だが、すでに床下のモーターからは耳を裂かんばかりの轟音があがっていて、やや霞んだ東京の空にこころよく響き渡って散ってゆく。午前中のやわらかな太陽の陽射しが暖かい。
 やがて電車は切り通しの中へと突入し両脇の土手には菜の花が咲き乱れ、頭上は東中野駅に差し掛かるまでの約四百メートル間、桜のトンネルとなる。通過する秒数にすれば恐らく二十秒にも満たないだろうが、そこは黄色とうす桃色のコントラストが鮮やかな別世界で、普段は家並みばかりが目に入る車窓からこのトンネルを眺めるのが私は好きだ。山手通りの陸橋をくぐると東中野の駅だが、快速電車は全速力で通過する。緩行線ホームを横に見ながら突き抜けると、電車は日本閣の建物を左に見て神田川が抉った低地を見おろす空中へ飛び出してゆく。立川から東へ向かってひたすら真っ直ぐ走ってきた中央線は、ここから進路を南へ向けることになる。中野坂上付近を中心点とする半径約千二百メートルのカーブをぐいぐいと右へ曲がるにしたがって、右側車窓を占めていた新宿副都心をなす高層ビルたちはゆっくりと視界の左へ進むのだ。遥か新宿を望む空の底はまるでメリーゴーランドのようで、ビルだけを眺めていると自分はあたかも一定点に立っていてビルだけが左へぐるりと回っているかに見える。
 そうしながらも線路が通る築堤脇の建物はものすごい勢いで後方へ去って行き、右側を数メートルほど快速線と高度差を付けながら黄色い総武線電車が走っている。追いつ抜かれつモーター音を轟かせながら十両連結長さ二百メートルの電車同士がデッドヒートを繰り広げるのもこの区間の醍醐味だ。地図では半径約千二百メートルのなめらかな曲線だが、実際のレールは小刻みなカーブと短い直線の繰り返しで、その度に電車は右に左に揺れながら進路を南へと向ける。淀橋市場を左に見送り、ゴーという音と共に小滝橋通りのガードを渡り、今度は新宿黒潮市場を右に見て、ホテル海洋の脇を通り過ぎて大久保駅を通過。つい先ほどまで並走していた黄色い電車も大久保駅に停車するため速度を落とす。勝負は付いたと言わんばかりにオレンジ色の我が電車は新築されたユニークなデザインの淀橋教会脇を猛スピードで過ぎ去ってゆく。
 職安通りを超える頃には左から山手線・埼京線のレールが寄りそって来る。運転手が慣れた手つきでブレーキレバーを手前に引くとモーター音は徐々にその唸り声を和らげて、その先にある大きな駅の存在を予感させる。西武新宿駅が近づき山手線の線路が頭上をかすめ、靖国通りが青梅街道と名を変える大ガードを渡り切る頃には、さすがの快速電車もだいぶ落ち着いた歩調となる。それはまるで日本でも有数の乗降客数を誇る大都会のターミナル新宿駅に敬意を表するかのようだ。
 第二場内信号機は七・八番線のみ青を示している。何本かの線路がポイントによって合流したり別れたりする。ガタタン、ガタンという音と振動が心地よい。速度制限は時速四十五キロメートル。ポイントを通過して右にカーブすると電車はぐらりと左へ揺れてたくさんの乗客で溢れる新宿駅ホームへと入線する。八番ホームに並ぶ人々の顔は皆一様にこの電車へと向けられていて、ずいぶん長いこと電車の到着を待っていたかのようだ。三メートル、二メートル……。運転手は細かくブレーキレバーを動かしてようやく指定の位置に十両編成の電車を停止させる。中野からちょうど四分。定刻での到着であった。
 やがてドアが開いてたくさんの乗客が降り、ホームで待っていた人たちがまたぞろぞろと降りた分だけ乗り込んでいく。中央線電車の乗客は新宿を境にがらりと変わり、郊外電車から都心連絡電車へとその性格を変える。終点東京まではおよそ十三分。約三○秒の停車の後、オレンジ色の電車は春の陽の中を東京駅へ向かって走り去ってゆく。





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