チャリ的追想 (2) 1984年



今となっては忘却の彼方だが、この年、某大学某学部の第一志望の学科に落っこちて、第二志望の学科に引っかかったのだけど、
どうしても第一志望に行きたかったので、浪人した。学科を移ることすらできないなんて、とても
融通の利かない大学だったのだ(今は違うかもしれない)。それで予備校なんてものに行っていたのだけど、
夏に、「オホーツクサイクリング」というイベントがあるというのを偶然知ったので、
勉強そっちのけで参加した。検索してみたら、今でも続いているらしい。去年は第25回大会だったとか。驚きだ。

オホーツクサイクリングというのは、その名の通りオホーツク海を臨む海岸線、
雄武町から斜里町までの212kmを2日間で走るサイクリングイベントだ。
一日目は、雄武町から興部町、紋別市、サロマ湖畔を通って常呂町で宿泊
(市町村合併のため、町名は今は違うかも)。2日目に網走市を抜けて、知床半島の
付け根の斜里町まで。途中に60mくらいの丘をいくつか越える程度でほとんど真っ平ら。

当時、自転車はBSロードマンに乗っていた。数10kmのサイクリング程度しか経験がなかったから、
200kmも走るというのはちょっとした冒険だ。自転車は札幌から会場まで送った。
一緒に参加したのは高校の同級生。彼の自転車がなんだったかは覚えていない。
このイベントはレースではないので、自転車連盟かなんかのおじさんが先導するグループに適当に
分かれて走る。景色はまあ北海道らしいというか。単調といえば単調なのだけど。

実は途中のことはあまり覚えていない。ところどころの休憩所ではバナナやいろいろな補給食が豊富で、
宿泊場所では、カニやらホタテやらの豪勢な食事が印象的だったことくらい。
2日目は確か風が強くて、きつかった覚えがある。でも、本当にきつかったのは斜里町のゴールについてから。
そこから、斜里岳に友達と向ったのだ。その友達とは高校のワンゲル部仲間だったので、山に登りたかったのだろう。
斜里町から斜里岳のヒュッテまでは大した距離ではない。しかし、林道を延々と上らないとならない。
最後には押して歩いた気がする。北海道では珍しい有人の小屋に着いた頃には、ほとんど暗くなりかけていた。

次の日は斜里岳登山。終わったあとに友人と分かれて、今度は来た道を戻って、確か小清水あたりのユースに泊まった。
その次の日は、網走経由で北見の親戚の家まで。途中で何人か、バックを車輪の両側につけたツーリストと会った。
あの頃、ランドナーでツーリングというのにとてもあこがれていて、大学に入ったら絶対自転車を買って、ツーリングに
出ようと思っていた。

確か、美幌の近くの畑の中の国道を走っているとき、車に呼び止められた。
サイスポの人だった。ツーリングしている若者の取材ということで、写真を撮られた。
1984年の何月号だったか忘れたけど、載っているはずだ。もう一度見てみたいな。

結局、この夏、300kmちょっとのツーリングをして、うまく息抜きしたのがよかったのか、
次の年、なんとか志望の学科に受かった。最初にやったことは、もちろんツーリング車を買うことだった。

(つづく、のか?)



Posted: 土 - 1月 6, 2007 at 11:13 午前            


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