チャリ的追想 (3) 1979年せっかく1984年
までいったのだが、5年ほど戻る。
なぜかというと、カイヘイなんかを見ていて、自分が13−14歳の頃のことを思いだしたのだ。 中1の夏に、オヤジの仕事の都合で、旭川から根室に強制的に転校させられた。 根室は生まれてから1歳くらいまで住んでいたらしいが、当然覚えていない。 旭川では(地元では)進学校みたいなところにいたのに、急に、ド田舎に移ってきて、えらく カルチャーショックをうけた。なんせ、中1の2学期に、「筆記体」でアルファベットを書いただけで、 「すげー」と驚かれるような中学だったのだ。 当然、いじめられるわけだが、まあ、他愛もないもので、すぐ仲間ができた。 根室は既に当時からずいぶん寂れた街だったが、花咲蟹の茹で立てを駅前の店で山のように売っていて、 とても美味かったし、ちょっと郊外にでると何もないところが、結構気に入っていた。 冬になると、流氷で海は覆われ、その向こうに国後島がすぐ近くに見えた。 部活は剣道をやっていたのだけど、地区大会に出たくらいで成績はパッとしなかった。 その頃からなぜか自転車が好きだった。覚えているのは、根室から、南東に15kmくらい離れた 長節湖という小さな湖まで友達とサイクリングしたことだ。下の地図の左下隅の小さな沼みたいな湖が それだ。しかし、なぜか北海道最東端の納沙布岬には行かなかった。往復80kmくらいで、 緩いアップダウンしかないはずで、いまからすると、楽勝の距離だが、当時はハードルが高すぎたんだろう。
上の根室半島とほぼ同じ縮尺の多摩地区の地図が下だ。こう比べると、 道路と街の密度があまりに違うのに驚く。 根室半島は拡大しても、これ以上、たいして道は増えない。ほんとに何もないのだ。 人口もこの範囲で、数10倍は違うだろう。 根室半島なら公道でレースをやってもあまり迷惑にならないだろうな。 9月10月は、このあたりはいつも天気がよくて、空気が澄みきっていて気持ちがよい。 最後に根室に行ったのは、たぶん高1のときだから、25年以上も前だ。 来年の秋は、自転車で半島を1周してみたいな。 おそらく、25年前とたいして変わっていないだろう。 それにしても、13−14歳の頃なんて、ほんとに大昔だな。それくらいの子と レースや練習で競い合うなんて、なんか不思議だ。 Posted: 木 - 10月 4, 2007 at 03:01 午後 |