新聞社説集

『北海道新聞』社説 2007年10月11日

海上給油活動 憲法の原点に返る時だ


 今国会最大の争点である海上給油活動継続問題をめぐり、衆院予算委員会で攻守ところを変えたような憲法論議が行われている。

 政府・与党が野党党首の自衛隊派遣論に対し、「憲法違反につながる」とかみついているのだ。

 火種を提供したのは民主党の小沢一郎代表だ。月刊誌の論文で、自分が政権を取ったらアフガニスタンで活動する国際治安支援部隊(ISAF)に自衛隊を参加させると明言した。

 国連決議に基づく活動は日本の主権に基づく行為とは区別される。仮に武力行使を含んでも「国権の発動たる武力行使」を禁じる憲法九条には抵触しない。そう主張している。

 海外での武力行使を認めるこの憲法解釈を私たちは到底容認できない。たとえ国連決議があっても、平和憲法の精神に照らせば自衛隊が海外で血を流すことは許されないはずだ。

 政府も自衛隊が海外で武力を行使するのは憲法違反だとの立場をとっている。だからこそ、陸上自衛隊をイラクに派遣する際、当時の小泉純一郎首相は「自衛隊の行くところは非戦闘地域」と強弁したのだ。

 石破茂防衛相も小沢論文を「武力行使を伴うISAFへの参加は認められない」と批判した。

 ただ論文が給油活動が抱える問題の本質を突いている面は否定できない。

 政府は、給油活動はテロ活動の抑止を目指す国際社会の取り組みに協力する国際貢献だと説明する。これに対し、実態は米軍への支援で集団的自衛権の行使に当たり、憲法に反しているというのが小沢氏の指摘だ。

 福田康夫首相は予算委員会で、海上自衛隊は非戦闘地域に限って行動し、後方支援で武力行使をしないのだから憲法に違反しないと反論した。

 政府はこの見解にのっとり、十一月一日で期限が切れる現行のテロ対策特別措置法に代わる新法案を来週にも国会に提出する予定でいる。

 だが、後方支援が軍事活動の一環だというのはむしろ常識だ。

 集団的自衛権行使の問題を含め、自衛隊の海外派遣と憲法との関係をめぐる政府の説明は、およそ説得力を持っているとは言えない。

 一九九一年の湾岸戦争の際、日本は百三十億ドルもの巨費を拠出しながら国際社会から評価を得られなかった。

 これがトラウマ(心的外傷)となり、政府は以後、国連平和維持活動(PKO)法を作り、特別措置法も成立させて自衛隊を海外に送り出してきた。

 この間、強引な解釈改憲を重ねてきたことは否定できまい。新法案をめぐる国会論議が再び原理原則をないがしろにしたものになってはいけない。

 あらためて憲法という原点に立ち返る−。それが小沢論文の問題提起だと受け止めることもできよう。


『北海道新聞』社説 2007年8月31日

集団的自衛権*説得力ない身内の議論


 やはり、はじめに結論ありきだったようだ。

 集団的自衛権の憲法解釈見直しを検討する政府の有識者会議が、安倍晋三首相が示した四つの類型について、ひと通りの議論を終えた。

 《1》近くにいる米国艦船が攻撃された場合の応戦《2》米国に向けて発射されたミサイルの迎撃《3》他国の軍隊が攻撃されたときの駆けつけ警護《4》戦闘地域での後方支援の拡大ーである。

 会議ではいずれについても、現行の憲法解釈を改めるなどして認めるべきだという意見が大勢だった。

 メンバーは、集団的自衛権の行使や自衛隊の海外での武力行使を認めようという人ばかりだ。多様な観点から是非を論じる場とは思えない。

 専門家による検討という看板を掲げて権威づけしても、これでは説得力はない。会議は十一月にも最終報告書をまとめる予定だというが、こんな会議の議論を、憲法解釈見直しのよりどころにされては困る。

 ただ当面、政府の解釈見直しは棚上げせざるを得なくなっている。先の参院選で自民党が惨敗したうえ、連立を組む公明党も反対しているためだ。各種世論調査でも、見直し不要派が多数を占めている。

 国民の声をないがしろにして、結論を急ぐ必要はない。

 日本は国際法上、集団的自衛権を有しているが、憲法九条が許容する必要最小限度の自衛権の範囲を超えるため行使できない、というのが政府の一貫した立場だ。

 ところが首相は、この憲法解釈はおかしいと考えている。念頭にあるのは日米同盟だ。

 日米の軍事一体化が進めば進むほど、集団的自衛権の不行使原則は邪魔になる。米国も行使容認を求めて首相を後押ししている。

 これまでの政府見解は、内閣法制局が理論的裏づけを担ってきた。政府・自民党内には、役人がとりまとめた見解に政治がしばられる必要はないといった主張もある。

 だが政府見解には、国会でいく度となく議論を重ね、練り上げてきた歴史的経緯がある。国民的合意を得た見解だといっていい。その重みを無視することはできない。

 インド洋やイラクへの自衛隊派遣も、米国と共同で導入を進めるミサイル防衛システムも、すでに集団的自衛権の行使につながりかねない危うさをはらんでいる。

 陸上自衛隊のイラク派遣先遣隊長が、現地で駆けつけ警護を検討していた事実は、その懸念が決して非現実的なものではないことを示している。

 自衛隊のきわどい活動を既成事実として積み上げ、憲法解釈を現実に合わせてねじ曲げる。それは無理、乱暴というものだ。


『北海道新聞』社説 2007年8月25日

駆けつけ警護*制服現場の危険な発想


 元陸上自衛隊イラク先遣隊長の佐藤正久参院議員が派遣当時、憲法解釈で禁じられている「駆けつけ警護」を行うつもりだったことを明らかにした。

 「(陸自の警護に当たっていたオランダ軍が攻撃されれば)情報収集の名目で現場に駆けつけ、あえて巻き込まれる。巻き込まれない限りは(武器使用が可能な)正当防衛、緊急避難の状況はつくり出せない」

 佐藤氏は民放の報道番組でそう述べた。りつぜんとする発言だ。

 自衛隊は憲法によって海外での武力行使が禁じられている。政府は、海外で活動中の自衛隊が、攻撃を受けた他国軍のもとに赴いて応戦する駆けつけ警護は、武力行使につながるとして認めていない。

 国連平和維持活動(PKO)協力法やテロ対策特措法、イラク復興支援特措法でも、武器使用は「自己の管理下にある者」を守る正当防衛などの場合に限定している。

 法を逸脱する駆けつけ警護を自衛官が現場で勝手に検討するなど、シビリアンコントロール(文民統制)の原則からいって決して許されないことだ。

 佐藤氏に公開質問状を送った弁護士や学者らは、軍部の謀略によって鉄道が爆破され、日中戦争の発端となった柳条湖事件になぞらえて文民統制無視の姿勢を厳しく批判している。

 これは杞憂(きゆう)ではあるまい。

 佐藤氏は「普通に考えて手を差し伸べるべきだというときは行ったと思う。日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれてやろうと」とも述べた。

 独り善がりの正義を掲げ、法の処断を恐れずにそれを実行しようと高ぶる姿には、二・二六事件などを引き起こした旧日本軍の青年将校を思わせる危うさがある。

 佐藤氏は自衛隊を退職し、先の参院選で自民党から立候補して当選した。法を無視しても構わないというような考えを持っているのであれば、国会議員としての資質にも疑問が生じる。

 集団的自衛権の行使について議論している政府の有識者会議では、駆けつけ警護を認めるべきだとする意見が大勢を占めている。

 イラクで駆けつけ警護を行おうというのは、はたして佐藤氏個人の考えだったのか。政府や自衛隊の内部で了解があったのではないか。そんな疑念も膨らんでくる。

 佐藤氏の発言は、自衛隊の派遣先は非戦闘地域だというイラク特措法の前提をも揺るがしかねない。

 次の臨時国会ではテロ特措法の延長問題が大きな争点になる。

 現場の自衛官は何を考えているのか、佐藤氏のような考えがいまも現場にあるのか。この際、徹底的に追及しなければならない。文民統制を機能させるとはそういうことだ。


『高知新聞』社説 2007年8月19日

【憲法論議】 頭を冷やして出直せ


 安倍首相が加速させてきた、憲法改正に向けた動きにブレーキがかかりそうだ。 

 参院第一党になった民主党は、今後の憲法改正論議の場となる衆参両院の憲法審査会について、九月召集予定の臨時国会からの始動に反対する方針を固めた。 

 憲法審査会は、先の通常国会で成立した国民投票法に基づき、参院選直後の臨時国会で設置された。しかし、審議をスタートさせるには、審査会の委員数や改憲案に関する公聴会の在り方など、具体的な運営指針を定める規程案を衆参両院の本会議で議決する必要がある。 

 民主党は、この議決に反対する方針で、共産、社民両党は審査会そのものに反対だ。審査会は当面、「開店休業」状態になる。 

 国民投票法は改憲原案の提出、審査を二〇一〇年五月まで凍結している。審査会はそれまでの間、憲法に関する総合的な調査を行う。凍結解除後は審査会自らが改憲案を提出することもできるとされ、その位置付けは極めて重い。

 改憲論議のスタートに待ったをかける野党に対し、自民党内にも先送りムードが強い。同党が参院選マニフェスト(政権公約)で示した「二〇一〇年の国会で憲法改正案の発議を目指す」日程は、大幅に遅れる可能性がある。 

 もっとも、そうなった第一の原因は、憲法改正に前のめりになって、あまりにも強引に事を進めた安倍首相の姿勢だろう。国民投票法自体、多くの論点を未消化にしたまま、与党の数の力で押し切った。そのツケが出ている。 

 首相は改憲を参院選の争点にすると言いながら、実際にはあまり触れず、議論も深まらないままだ。参院選前後の世論調査でも、国民は憲法改正を緊急性のあるテーマとは考えていないことがうかがえた。 

 憲法の最高法規としての重みを考えれば、これまでの経緯が異常な事態といえる。民意は、ここで一度頭を冷やし、正常な憲法論議に立ち返れと言っているようだ。 

 憲法論議でもう一つ見過ごせないのは、集団的自衛権をめぐる有識者会議だ。こちらは参院選後に開いた会議で、海外に派遣された自衛隊の武器使用権限を拡大すべきだとした。民意とは関係のない、「結論ありき」の立場で先走っている。 

 本筋の国会論議の状況を考えれば、首相は有識者会議もいったんストップすべきだ。


『山陰中央新報』社説 2007年8月18日

憲法論議の行方/姿勢を改めて練り直せ


 改憲志向の安倍晋三首相の下、憲法施行六十年の節目を迎えて推進役を果たしてきた自民党が参院選で惨敗し、憲法論議はすっかり冷え込んでしまった。憲法改正手続きを定めた国民投票法成立で盛り上がりを見せたあの改憲派の熱気はどこへいったのか。

 国民投票法に「設置」が盛り込まれた衆参両院の憲法審査会は、参院選で躍進した民主党の反対によって臨時国会で始動できなかった。民主党は秋の次期臨時国会でも引き続き反対する方針。このため憲法改正論議の舞台となる憲法審査会の発足はしばらく宙に浮く公算が大きい。

 首相が強い意欲を示す集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈の変更についても、連立政権のパートナーである公明党が明確に反対する意思表示をしている。首相にとっては、どうにもこうにもならない状況だが、こうなった理由ははっきりしている。

 首相自らが選挙の争点にしたいと表明し、「三年後の国会で憲法改正発議を目指す」と自民党公約の冒頭に掲げて臨んだ参院選の敗北は、憲法への対応を含む政府、与党の政治運営、政策の優先付けに対して民意が「ノー」を突きつけたといえるからだ。

 参院選の結果を受け、民主党や公明党が慎重姿勢に転じたのも、こうした民意を考えれば当然のこと。首相もこの結果を謙虚に受け止め、前のめりで進めてきた改憲路線を反省すべきだろう。

 「前のめり」の好例が国民投票法の成立過程だった。

 改憲の発議に必要な衆参三分の二以上の合意形成を目指して、自民、公明、民主の与野党三党の実務者が慎重に法律の内容を検討した。あと一歩で合意できるところに来たにもかかわらず、参院選をにらんだ首相の強硬姿勢と、それに対抗する民主党の小沢一郎代表の思惑もあって、与党修正案が衆院憲法調査特別委員会で強行採決され、合意形成は幻に終わった。

 直後に民主党の枝野幸男憲法調査会長が「安倍氏が首相である限り、与党と憲法論議しない」と発言したのは記憶に新しい。こうして成立した国民投票法は、厳密に言うと投票権者年齢さえ現時点では確定していない「生煮え」の内容。とても評価できない。

 集団的自衛権の憲法解釈変更についても、首相の私的懇談会が秋に「米国を狙ったミサイル迎撃」などを容認する結論をまとめる方向だが、公明党の反対に加え、実現するには法整備が必要なため、参院の与野党逆転が大きな壁になるのは避けられそうにない。

 現在はまだ始動のめどが立たないが、衆参両院の憲法審査会は三年間、改憲原案の提出・審議はできないと定められている。三年後にすぐそれをやらなくてはならないということではなく、その意味では時間的余裕はある。

 そうなら、国民投票法をもう一度練り直すことを考えてもいいのではないか。集団的自衛権に関しても、本来は政府解釈の変更で切り抜けるような問題ではなく、堂々と憲法九条の改正案を提示して国民の判断を仰ぐのが筋だろう。

 首相、自民党は「二〇一〇年中の改憲発議」という目標をまず下ろし、これまでの姿勢を改めて出直す決断が求められている。


『南日本新聞』社説 2007年8月18日

[憲法改正] 論議を急ぐ必要はない


 安倍晋三首相が最大の政治目標に位置づける憲法改正論議が停滞する見通しとなった。参院で第一党に躍進した民主党が9月召集予定の臨時国会で、改憲論議の舞台となる「憲法審査会」の実質審議入りに反対する方針を固めたためだ。

 自民党は参院選で2010年の改憲案発議を目指すと政権公約に掲げた。大敗の主因は年金や格差、「政治とカネ」の問題だったとしても、改憲に強い意欲を見せる安倍首相の姿勢にも、厳しい判断が示されたと言える。安倍首相はこうした民意を謙虚に受け止めるべきだ。

 参院選の結果を踏まえ、民主党は「論議の先送りが民意」と判断した。憲法改正手続きを定めた国民投票法の成立を受けて、衆参両院に設置された審査会の委員数や運営指針を定めた与党側の規程案の議決に応じない構えだ。ここはじっくり与野党が腰を据えて協議すればいい。民意に従い論議を急ぐ必要はない。

 参院選の全候補者アンケートで当選者を抽出した分析結果によると、九条改正に反対する議員は55.7%に上った。民主党に限れば、九条を含む改憲を容認する人は19.3%にとどまっている。安倍首相が目指す九条を含む改憲が、緊急の課題でないことは明らかだ。

 改憲の発議には衆参両院の総議員の3分の2以上の賛成が必要になる。国民投票法をめぐる協議では「自民、公明、民主」3党が3分の2以上の合意形成を目指したが、参院選をにらんだ自民、民主の思惑から合意直前で崩壊した。自民党は強行採決に踏み切り、改憲路線をひた走る姿勢が強く印象づけられた。

 しかし、成立した国民投票法は中身を十分詰め切れず、「未完の法律」とも指摘された。投票権者年齢さえ、現時点では確定していない。改憲論議はひとまず置いて、国民投票法をもう1度練り直すことも必要ではないだろうか。

 憲法の解釈変更による集団的自衛権行使を検討する政府の有識者会議は今秋、「米国を狙ったミサイル迎撃」などを容認する最終報告書をまとめる予定だ。しかし、憲法の解釈変更を急げば、野党からの抵抗が強まるのは必至だ。連立政権を組む公明党も明確に反対の意思表示をしている。国民の反発も予想される。

 集団的自衛権に関しては、解釈変更で済ませるのではなく、堂々と憲法九条の改正案を示して国民の判断を仰ぐべきだろう。安倍首相にはこれまでの政治運営の手法を見直すことが求められる。


『宮崎日日新聞』社説 2007年8月18日

憲法論議 改憲路線そんなに急がずとも


 憲法改正志向の安倍晋三首相の下でその推進役を果たしてきた自民党が参院選で惨敗し、憲法論議はすっかり冷え込んできた。

 先の通常国会では憲法改正の手続きを定めた国民投票法が成立し、改憲派は盛り上がりをみせたが、参院選の結果を受けて民主党や公明党が慎重姿勢に転じた。

 そもそも国民投票法の成立過程には与党の強引な国会運営が目立ち、十分な審議を尽くさず、広く国民の合意を得たものではなかった。

 首相は選挙で示された民意も謙虚に受け止め、強引、時に前のめりで進めてきた改憲路線を反省すべきだ。

■憲法審査会は先送り■

 国民投票法で設置が盛り込まれている衆参両院の憲法審査会は、参院選で大躍進した民主党の反対で参院選後の臨時国会での始動ができなかった。

 さらに民主党は次期臨時国会でも始動に反対する構え。党内には審査会の実質的な始動を1年程度先送りすべきだとの意見もある。

 また、選挙で惨敗した与党もまずは態勢の立て直しが急務となり、審査会始動については先送りムードが濃厚で、憲法改正に向けた日程の遅れは避けられそうにない情勢だ。

 首相が強い意欲を示す集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈の変更についても、連立政権のパートナーである公明党が反対の意思を示している。

 政権発足後、強気の姿勢で独自のカラーを打ち出した首相だが、今はお手上げの状態だ。ただ、こうなった理由ははっきりしている。

 首相自らが憲法問題を早い時期から参院選の争点にしたいと表明、自民党の公約の冒頭に「3年後の国会で憲法改正発議を目指す」と掲げて臨んだものの、「ほかに優先して取り組むべき課題ではない」との民意がはっきりと突きつけられたからだ。

■国民投票法練り直せ■

 もともと憲法改正問題は、改憲の発議に必要な衆参3分の2以上の合意形成を目指して、自民、公明、民主の与野党3党が法律の内容を慎重に検討していた。ところが、あと一歩のところで首相が参院選をにらみ強行姿勢に転じたため、合意には至らなかった。

 結果、与野党が完全に対立したまま成立したのが国民投票法だ。そして同法は、投票権者の年齢が確定していないなど内容的には不十分な状態でとても評価できるものではない。

 衆参両院の憲法審査会は3年間、改憲原案の提出・審議はできないと定められている。その審査会は現時点で始動のめどは立っていない。

 このことは改憲審議を3年後すぐにやらなくてはならないということではなく、時間はたっぷりある。そうであれば、急いで成立させた国民投票法そのものをもう一度じっくり練り直すことも考えていいのではないか。

 集団的自衛権の憲法解釈変更についても、首相の私的懇談会が行使を一部容認する方向で検討を進めているが、参院の与野党逆転が大きな壁になることは間違いない。

 まして集団的自衛権の問題は、そのときの政府の解釈変更で済まされるものではない。

 首相には3年後の改憲発議にこだわらず、これまでの姿勢を改めて出直す決断がほしい。今後、じっくり憲法九条改正の是非を論議した上で国民の判断を仰ぐべきだ。


『北海道新聞』社説 2007年7月27日

参院選*改憲*これでは信を問えない

 改憲をめぐる論議が盛り上がりを欠いたまま、参院選の投開票日を迎えようとしている。

 安倍晋三首相は年頭記者会見で改憲を参院選の争点にすると明言した。国民投票法の成立直後には「国家ビジョンにかかわる憲法論議を避けることは不誠実と考える」とまで指摘した。

 ところが、公示前後から首相の口は重くなった。改憲のねらいや道筋を説明するどころか、「国民的な議論は深まっていない」とさえ語り始めた。

 当初の意気込みは何だったのかと問わずにはいられない。議論の深まりに欠けると認めるのなら、国会を混乱させてまで国民投票法の成立を急ぐ必要などなかったのではないか。

 年金や格差、政治とカネの問題が争点化するなかで、憲法問題は票につながらないと判断したのだろう。

 改憲を公言し、自民党の選挙公約に「二○一○年での発議を目指す」と掲げている以上、ご都合主義と言われても仕方あるまい。

 首相は改憲の内容を問われると「すでに全容を示している」と答える。

 自民党が○五年にまとめた新憲法草案は、最大の論点である九条二項の戦力不保持と交戦権の否認を削除し、自衛軍の保持を明記した。海外での武力行使にも道を開いている。

 戦後の平和と繁栄を支えてきた現憲法を根本から変える内容だ。

 国民の多くが九条改憲に否定的であるにもかかわらず、論議を深めようとの姿勢が首相からは感じとれない。

 民主党も公明党もこれ幸いとばかり改憲への言及に消極的だ。民主党は党内論議が煮詰まっておらず公明党は九条改憲に反対だ。護憲を掲げる共産、社民両党との落差は際だっている。

 これでは、この選挙で改憲問題を論じたとは到底言えない。まして国民の信を問うたことにはならない。

 それだけではない。

 選挙後の臨時国会では衆参両院に憲法審査会が設けられる。国民投票法が施行となる一○年にも改憲の発議ができるようになる。今回選ばれる議員たちがそれを担う可能性が高い。

 各候補者はどんな憲法観を持ち、改憲にどういう立場で臨むのか。分かりやすく丁寧に語ってほしい。

 それなくしては国の最高法規を変える問題を委ねるわけにはいかない。

 法が施行されるまでの三年間は憲法審査会で改憲案の審議はできないが、与党は改憲案の骨子や要綱案を作ることは可能と見ている。改憲の流れが一気に早まることになりかねない。

 こうした動きに歯止めをかけることができるのか。この選挙の結果が大きく影響してこよう。じっくりと考えた上で一票の権利を行使したい。


『朝日新聞』社説 2007年7月25日

「憲法問題」—白紙委任しないために


 今年初め、憲法改正を参院選の争点に掲げたのは安倍首相だった。ところが、選挙戦に入ってからの首相の街頭演説を聞くと「国民投票法が成立した。新しい憲法を書こうじゃありませんか」などと、極めておざなりだ。

 自民党のマニフェストは、3年後に改憲案を国会で発議することを目指すとし、そのための国民運動を展開するとあるだけだ。憲法9条を改正し、自衛軍を持つのが自民党の改憲草案の根幹だが、そんな中身は一切触れられていない。

 首相の意気込みはいったいどこへ消えたのだろうか。憲法改正は、首相が掲げてきた「戦後レジームからの脱却」の中核の主張だったはずだ。

 代わりに、社会保険庁の改組や国家公務員の天下り規制が「戦後レジームからの脱却」と位置づけられているのは驚くばかりだ。年金問題などで応戦に追われる事情はあるにせよ、当惑する有権者は多いだろう。

 民主党はこの選挙で憲法にはあまり触れない戦術だが、共産、社民などは護憲を前面に立てて、支持を訴えている。奇妙なことに、仕掛けた側の自民党が論争を避け、後ずさりしている印象なのだ。

 だが、論争が低調だからと言って、今度の選挙の結果が憲法問題の行方に大きく影響することは変わりない。

 参院議員の任期は6年だ。自民党の言う通り3年後の改憲発議があるとすれば、今度選ばれる議員はその賛否にかかわることになる。自民党の候補者は、改憲の中身や態度を語る責任がある。白紙委任するわけにはいかない。

 もう一つ、憲法9条の根幹にかかわる集団的自衛権の解釈の問題が、首相の私的な有識者懇談会で議論されているのを忘れてはならない。

 同盟国への攻撃を自国への攻撃と見なして阻止する集団的自衛権は、憲法9条で認める必要最小限の自衛の範囲を超える。だから行使できない。それがこれまでの政府の憲法解釈だ。

 そこを米軍と自衛隊がより緊密に協力できるように、解釈を改めたいというのが、首相の意を受けた懇談会の方向だ。政府がその線で踏み出せば、憲法9条の歯止めが失われることに等しい。

 それほど重要な争点なのに、自民党マニフェストは「集団的自衛権の問題を含め、憲法との関係を整理し、安全保障の法的基盤の再構築を行う」とするだけで、結論をぼやかしている。

 首相も「懇談会で議論を深めている最中だから」と最終的な方向づけは避けているが、それでも解釈変更の必要性は唱えている。

 自民党が勝てば、首相は懇談会の報告に沿って、集団的自衛権の行使容認に踏み込むに違いない。改憲への動きにも拍車がかかるだろう。逆に自民敗北ならば、ブレーキをかけざるを得まい。

 現在の論戦では目立たないが、こうした論点を見落としてはならない。


『神戸新聞』社説 2007年7月25日

憲法/目立たないままでは困る


 国の基本を記した憲法は、国政選挙で論戦を交わすのにふさわしいテーマといえる。とりわけ、こんどの参院選では争点としての重みが違っていたはずだ。

 政権の発足以来、安倍首相が憲法改正を政治日程にのせると繰り返し述べてきたこと。さらに、改正の手続きを定めた国民投票法が先の国会で成立し、問題は新たな段階に入ったことが背景にあった。

 ところが、年金や雇用、景気などに隠れ、憲法論議は熱を帯びないまま選挙戦も終盤を迎えている。候補者によって濃淡はあるが、総じて目立っていない。

 すでに新憲法草案をまとめた自民党は、二〇一〇年に改正発議を目指すとマニフェスト(政権公約)に記した。首相も憲法の争点化に意欲を見せていたが、詳しく触れる場面は少ない。年金などへの対応を優先したにせよ、肩透かしの感は否めない。

 公明党も三年後をめどに「加憲案」をまとめるとした。ただ、共通公約の連立与党重点政策では「幅広い国民的な議論を深めていく」などと、トーンダウンする。

 一方、国民投票法案をめぐって与党と協議した時期もある民主党も、マニフェストの最後に「国民の自由闊達(じゆうかったつ)な憲法論議を」との項目を盛り込んだだけである。

 与党と最大野党がこれでは、「護憲」を掲げた共産党、社民党などが九条の堅持を訴えても、かみ合わないだろう。

 国民投票法によれば、成立後三年間は改憲原案の提出などはできないが、次の国会で両院に憲法審査会が設置され、実質的な論議が始まる可能性がある。そうなると、この参院選で選ばれる議員は任期中、憲法に正面から向き合うことになる。

 現実的な課題になってきた改憲の行方を、今回の一票が左右するかもしれない。それだけに、各党は憲法についてもっと見解を示し、議論を戦わせてもらいたい。

 憲法は今年で施行六十年を迎えた。戦後日本の平和や繁栄の基礎になってきたことは明らかだが、「時代にそぐわなくなっている」との声も高まっている。

 護憲か、改憲か。見直すとすれば、どこをどう見直すのか。あらためて各党の立場を知る格好の機会なのに、選挙期間中、踏み込んだ考えが示されないようでは、有権者は判断のしようがない。とくに、首相には、自らの見解を具体的に示してもらわないと困る。

 投票日が迫っているが、まだ時間はある。暮らしに直結する課題とともに、国の根幹にかかわる憲法について、もっと語るべきだ。


『西日本新聞』社説 2007年7月22日

将来見据えた論議が必要 集団的自衛権


 「日本丸」の船長を昨年引き継いだ安倍晋三首相は、船名を「美しい国 日本丸」に変えたいと言い、かじを大胆に「右」方向に切ってきた。

 1年足らずの間に、防衛庁は「省」に昇格した。自衛隊の海外活動は「本来任務」となり、イラク派遣は2年延長された。米軍との一体化も加速している。

 船長の次の目的地は集団的自衛権だ。

 集団的自衛権は、同盟国などが武力攻撃を受けたとき、自国が直接攻撃されていなくても、他国への攻撃を実力で阻止する権利だ。国際法では認められている。日本の歴代政権は「権利は有するが、行使は憲法上認められない」との立場をとってきた。それは、自衛隊が他国の軍隊と一線を画し、「専守防衛」を堅持する歯止めとなってきた。

 安倍首相は、この憲法解釈の見直しに向けた有識者懇談会を設置した。

 米国に向かうミサイルを日本が撃ち落とせるか。自衛隊と行動を共にする同盟国の部隊が攻撃を受けたら、一緒に反撃できるか。こうした具体的なケースを検討し、今秋報告書をまとめる。

 首相は報告を踏まえ、自ら判断をすると言う。だが、これは日本の将来にかかわる極めて重大な問題だ。国民的な論議を経ないで決めてよいことではない。まして懇談会のメンバーは首相と考え方の近い人が大半だ。初めから結論ありきの“お墨付き”を根拠に、憲法解釈変更に踏み込むというのでは、危うい。

 首相は集団的自衛権についての考えをきちんと説明した上で国民の判断を仰ぐべきだ。参院選は絶好の機会である。

 自民党は政権公約で「憲法との関係を整理し、安全保障の法的基盤の再構築を行う」としている。ルールを変えたいという意図は伝わるが、具体的にどうするのかはさっぱり分からない。

 「戦後レジーム(体制)からの脱却」を目指す首相はこれまで「いまの憲法の下でも、集団的自衛権の行使は可能」という考えを示してきた。だが、肝心の参院選に向けた党首討論などでは、自らの見解を表明しようとしない。

 自民党と連立政権を組む公明党は、集団的自衛権の行使を認めない立場である。憲法解釈見直しが選挙の争点になれば、公明党との選挙協力に支障が出るという判断なのかもしれない。

 対する民主党なども、年金問題などの追及には熱心だが、集団的自衛権を積極的に選挙の争点にしようとしていない。

 しかし、党利党略や選挙戦術で棚上げにしていい問題ではない。選挙が終わってから、後出しじゃんけんのように集団的自衛権の行使容認を打ち出すのは、国民を欺く行為と言わざるを得ない。

 北朝鮮の核開発や中国の軍備拡大に備え、日米同盟の強化が必要というのが政府与党の言い分だ。そのために集団的自衛権の行使が必要というのであれば、小手先の憲法解釈見直しではなく、憲法改正で国民に是非を問えばよい。

 今回の選挙は年金をはじめ、政治とカネ、格差、教育といった身近な問題に関心が集中している。暮らしの足元に亀裂が入り、船底に水漏れしている現状には早急に手を打たなければならない。

 同時に、安全に海を渡るためには、船の針路にしっかりと目を凝らしておかなければならない。かじを誤って危険な大渦にのみ込まれることがないよう、将来を見据えた論議も必要だ。


『北海道新聞』社説 2007年7月22日

参院選*安保・自衛隊*米国一辺倒でいいのか


 戦争放棄、専守防衛、非核三原則。どれも日本の平和主義を体現した、世界に誇るべき理念である。

 ところが一九九○年代以降、様相が大きく変わってきた。

 国連平和維持活動(PKO)への参加を皮切りに、自衛隊の海外での活動は広がる一方だ。ついには「戦地」であるイラクの土を踏むまでになった。

 世界規模の米軍再編のなかで、米軍と自衛隊の一体化も進む。

 日本のそんな安全保障政策をありていにいえば、対米追従だ。

 安倍晋三政権はこの流れをさらに加速させようとしている。日本の平和主義のおおもとを揺さぶっているといってもいい。

 今回の参院選で国民は、それを是とするか非とするかの選択を迫られている。年金問題にかすみがちだが、きわめて重要な争点の一つとみるべきだ。

 判断の材料はいろいろある。

 首相は、世界最大の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)との連携強化を打ち出し、オーストラリアとの間では軍事同盟色を強める安保共同宣言に署名した。

 イラクやインド洋では現在も自衛隊が活動を続け、国内ではミサイル防衛システムの配備が進む。

 とりわけいま真剣に考えなければならないのは、政府が憲法に照らして行使を禁じている集団的自衛権の問題だ。この歯止めがなくなれば海外での武力行使に道を開き、専守防衛の旗を降ろすことにもなりかねない。

 首相は、自分の考えに近い人ばかり集めた有識者会議で、その憲法解釈見直し作業を進めている。結論は秋に出る予定だというが、公平、中立な議論はとうてい期待できない。

 こうした動きの背景にあるのは、日本に軍事的負担の肩代わりや共同行動を求める米国の要請だ。それに首相はいとも簡単に応えようとしている。

 一方で、広島、長崎への原爆投下を正当化する米国の声には反論もできない。米軍再編にしても、ほとんど米国のいうがままではないか。

 日米安保体制は戦後体制の最たるものだろう。その強化を進めながら「戦後体制からの脱却」をうたう。国民にはなんとも分かりにくい話だ。

 公明党は九条改憲や集団的自衛権の行使に反対している。自民党の政策とどう整合性をとるのか。連立を組む以上はきちんと説明する必要がある。

 野党はこぞって、自衛隊のイラクからの撤退を公約に掲げている。しかし、集団的自衛権については民主党の態度があいまいだ。

 安保政策の方向は国の進路を決定づける。だからこそ、与野党には徹底的な議論を求めたい。


『河北新報』社説 2007年7月21日

’07参院選を問う 憲法/各党は争点明確化に努めよ


 憲法問題が参院選の鮮明な争点になっているかというと、そうとは言えない。公示直前から気になっていたが、自民党も民主党も憲法改正をめぐる各党間論争に後ろ向きに見える。

 年金問題などの風圧が強い自民党は「憲法は票にならない」と、自主憲法制定の党是や「憲法を参院選の争点に」とした安倍晋三首相の約束をどこかにしまい込んでしまった観がある。

 民主党の小沢一郎代表も公示前日の党首討論会で「参院選で憲法問題を掲げる必要性を私は認識していない」と述べ、憲法論戦に冷水をかけてしまった。

 こうした憲法問題の争点外しは二つの点で納得がいかない。

 参院選で「年金」に関心が集中しているのは確かだが、有権者は暮らしの問題だけでなく、「政治とカネ」や安全保障・平和の問題を含めて「国の針路をどう取ったらいいのか」「国の形をどうつくるのか」といったトータルな問いかけをしようとしているのではないのか。

 憲法は大事な問いかけの一つのはず。それを欠くことは有権者に目隠しをするのに等しい。これが納得できない一つだ。

 二つ目は、先の国会で成立した国民投票法(憲法改正手続き法)に関係する。安倍内閣は衆参両院のそれぞれ3分の2の同意が要る改憲発議を2010年に目指すので、この参院選は任期中に初の発議にかかわる参院議員を選ぶ選挙になるのだ。

 国民の憲法観は10年以降の国民投票時にいきなり問われるのではない。それは、この参院選を皮切りに国民投票まで行われる何回かの国政選挙を通して3分の2の合意勢力または反合意勢力を選ぶ過程で問われる。

 これだけ国民投票と深くかかわる今回の選挙で憲法を語らないわけにはいかないだろう。

 新憲法草案をたたき台とした「改憲」の自民、不足点や改正点を補い改める「論憲」の民主、環境権などを重視する「加憲」の公明、争点化に積極的な「護憲」の共産、社民、自主憲法の国民新…。有権者は各党の立場と主張を比較したいのだ。

 その上で、自民、民主の両党にあらためて注文がある。

 安倍政権は衆参両院の3分の2の改憲発議勢力が不可欠な将来の明文改憲とは別に、首相の肝いりでつくった政府の有識者会議「安全保障の法的基礎に関する懇談会」で日米同盟強化に向けた集団的自衛権行使の容認を柱とする解釈改憲の道をこの秋までに開こうとしている。

 少なからぬ世論は解釈改憲路線が暴走しないか危うさを感じている。安倍首相はこれを否定するなら、明文改憲と解釈改憲の関係を整理して示すべきだ。

 民主党の小沢代表は「憲法改正は国民の合意がなければできない」と繰り返し強調する。しかし、これは当たり前のことだ。

 国民投票法成立後にとりわけ政党に求められる役割は、党としての明確な憲法観と方針を持ち、国民的な合意を形成するための先頭に立つことだろう。

 「国民的合意」という言葉は決して党内意見を調整するための隠れみのではないのだから。


『信濃毎日新聞』社説 2007年7月22日


07参院選 憲法を素通りするのか

 自民、民主の二大政党がそろって「争点隠し」に励んでいるかのようである。年金記録の後ろに隠れ、憲法問題の影がまことに薄い。

 「新しい時代にふさわしい憲法をつくるという意思を今こそ明確にしなければならない」。安倍晋三首相は今年の年頭記者会見でこう述べていた。そして「当然、参院選でも訴える」と、憲法改正を争点にする考えも示した。

 そんな発言を忘れたかのように、首相は選挙戦で憲法問題に触れようとしない。年金問題一本やりだ。政府は年金記録ミスを救済するための第三者委員会を大慌てでつくり、与党を支える。

 民主党も五十歩百歩だ。「参院選で憲法問題を掲げる緊急の必要性を認識していない」。小沢一郎代表は日本記者クラブ主催の11日の党首討論会で言い切った。

 二大政党が足並みそろえて避けて通るのでは、選挙で憲法論議が深まるはずがない。

 年金問題の火消しに精いっぱいで憲法どころではない、というのが自民党の正直なところだろう。民主党は党内に改憲賛成、反対両方を抱え、党としてはっきりした方針を打ち出しにくい事情がある。

 憲法改正が議論されなければ、それはそれで結構だ。こんなふうに考える人がいるかもしれない。

 施行から60年。憲法は平和で豊かな暮らしのために、しっかり働いてきた。今も働いている。われわれ国民としては、時代に合わせて憲法を使いこなし、条文に新たな息を吹き込むことを考えればいい…。

   <舞台は整っている>

 ところが、憲法をめぐる状況に目をやると、そんな悠長なことは言っていられないことが分かる。

 改正の手続きを定める国民投票法が先の国会で成立した。改憲案の発議が可能になる2010年5月をにらみ、次の国会には衆参両院に憲法審査会が設置される。参院選が終われば改憲論議はいや応なく進むと考えねばならない。

 そもそも、安倍内閣そのものが「憲法を頂点とする戦後レジーム(体制)の見直し」を掲げて発足した政権である。この選挙をどうにか乗り切れば、2年前の「郵政選挙」で手にした「数の力」を頼みとして、改憲論議を加速させるのは目に見えている。

 反対に与党が数を減らし、護憲政党が伸びれば、憲法問題は別の展開をたどるだろう。

 今度選ばれる議員は、6年の任期の間に改憲論議に具体的にかかわる可能性が高い。憲法論議の今後を左右する選挙になる。選択眼をしっかり働かせたい。

   <各党の違い大きく>

 ここで、憲法改正問題に対する主要政党の政策、姿勢を、おさらいしておきたい。

 改憲姿勢をいちばんはっきりさせているのが自民党だ。参院選公約の1番目に「新憲法制定の推進」を明記。「2010年の国会において改憲案の発議をめざし国民投票による承認を得るべく、国民運動を展開する」と打ち出した。

 国民投票法は、改憲案の投票は「関連する事項ごとに区分して行う」よう定めている。この仕組みだと、自民党が自分の改憲案を丸ごと国民投票にかけるのは不可能だ。新憲法草案のうち、どの部分を国民投票にかけようとするのか、自民党ははっきりさせる必要がある。

 公明党は「加憲」を掲げ、自民党の改憲路線とは一線を画す。基本政策のずれをどうするのか、連立を組む自公両党にはより踏み込んだ説明が求められる。

 野党の民主党は、2年前に党としてまとめた憲法提言を基に「国民と自由闊達(かったつ)に論議する」−との立場だ。憲法を変えるのか変えないのか、九条についてどう考えるのか、はっきりしない。

 衆参両院の憲法審査会で改憲論議が始まろうというこの時点で、こんなあいまいな姿勢しか取れないのでは、民主党は政権担当の覚悟を疑われても仕方ない。

   <関心は低くない>

 共産、社民の両党は、「憲法改正」や「九条改憲」に反対する姿勢を鮮明に打ち出している。

 国民新党は前文、九条の精神を守りつつ「自主憲法」制定を目指す姿勢を掲げる。新党日本は「国際救援隊」を創設し、九条三項に規定すると主張する。

 重視する政策は何ですか−。有権者にこう問い掛ければ、普通はどの選挙でも、暮らしにかかわる分野が上位を占める。信濃毎日新聞が先日行った県内世論調査でも、トップは「年金」、2番目は「介護・高齢者福祉」となっている。

 その次、3番目に挙がったのは「憲法改正」だった。2つ以内の複数回答で、17・8%が「重視する」と答えている。「医師不足」や「教育」よりも多かった。

 憲法改正に県内有権者が寄せる関心は決して低くない。そう受け止めるべきだろう。九条を変えるのか変えないのか、踏み込んだ論戦を各党に認める。

 同じ党の候補者でも、憲法についての考えは違うことも多い。憲法問題は政界再編につながる可能性もはらむ。候補者一人一人の主張に注意深く耳を傾けることも大事になる。


『中国新聞』社説 2007年7月22日

’07参院選 憲法 白紙で委任はできない '07/7/22
 憲法改正の手続きを定めた国民投票法が先の国会で成立した。施行される二〇一〇年五月以降は、改憲案の提出や審査が解禁となる。この参院選で選ばれる議員は、改憲を本格的に議論する可能性のある初めての顔ぶれである。にもかかわらず選挙戦で憲法の議論が深まらないのが気になる。

 きのうの多くの新聞に、自民党と民主党の意見広告が載った。年金や公務員制度、農業などの訴えが並んだが、いずれも憲法には触れていなかった。

 「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げる安倍晋三首相は、早くから改憲を参院選の争点にすると表明していた。自民党は公約のトップに「新憲法制定の推進」を据えた。目指す国の姿があいまいなだけに、どんな主張をするのかと興味もあった。

 それが公示後は、年金や政治資金の問題で逆風にさらされ、防戦一方のようだ。憲法論議に関しては肩透かしの感は否めない。

 連立与党として公明党は、憲法に環境権などを加えた「加憲」を打ち出す。「論憲」の民主党は党内に改憲と護憲の主張が混在し、明確な方向は示していない。ただ一時は三党で投票法の修正協議を進めていた経緯も無視できない。

 一方で護憲派の声は大きい。共産党は「九条を守れ、の一点で多数を結集しよう」、社民党は「平和と民主主義を壊し、憲法を変えようとする最悪の内閣打倒を」などと、真っ向から挑む。もっとも相手が応じないままでは、実りある論戦といえるかどうか。

 この選挙後の国会で、衆参両院に憲法審査会を設置し、議論だけは始めようとする動きもある。憲法問題を白紙委任するわけにはいかない。限られた争点で投票した結果がどうなるかは、一昨年の「郵政選挙」で圧倒的な多数を得た与党の、強引な国会運営を見れば明らかだろう。

 中国地方の候補者たちが新聞社のアンケートなどに寄せた回答のなかには、公認や推薦を受けた政党との温度差もうかがえる。無所属候補の訴えはさまざまだ。選ぶ際の参考になろう。

 二度と戦争をしないと誓って六十年前に施行された憲法である。平和と繁栄に大きな役割を果たした。今後も世界に掲げる理想として持ち続けるのか、北朝鮮の核やテロの脅威にさらされる時代にそぐわなくなったのか。議論に時間をかける道もあろう。幅広い視野で考えて一票を投じたい。


『北海道新聞』社説 2007年7月22日


参院選*安保・自衛隊*米国一辺倒でいいのか

 戦争放棄、専守防衛、非核三原則。どれも日本の平和主義を体現した、世界に誇るべき理念である。

 ところが一九九○年代以降、様相が大きく変わってきた。

 国連平和維持活動(PKO)への参加を皮切りに、自衛隊の海外での活動は広がる一方だ。ついには「戦地」であるイラクの土を踏むまでになった。

 世界規模の米軍再編のなかで、米軍と自衛隊の一体化も進む。

 日本のそんな安全保障政策をありていにいえば、対米追従だ。

 安倍晋三政権はこの流れをさらに加速させようとしている。日本の平和主義のおおもとを揺さぶっているといってもいい。

 今回の参院選で国民は、それを是とするか非とするかの選択を迫られている。年金問題にかすみがちだが、きわめて重要な争点の一つとみるべきだ。

 判断の材料はいろいろある。

 首相は、世界最大の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)との連携強化を打ち出し、オーストラリアとの間では軍事同盟色を強める安保共同宣言に署名した。

 イラクやインド洋では現在も自衛隊が活動を続け、国内ではミサイル防衛システムの配備が進む。

 とりわけいま真剣に考えなければならないのは、政府が憲法に照らして行使を禁じている集団的自衛権の問題だ。この歯止めがなくなれば海外での武力行使に道を開き、専守防衛の旗を降ろすことにもなりかねない。

 首相は、自分の考えに近い人ばかり集めた有識者会議で、その憲法解釈見直し作業を進めている。結論は秋に出る予定だというが、公平、中立な議論はとうてい期待できない。

 こうした動きの背景にあるのは、日本に軍事的負担の肩代わりや共同行動を求める米国の要請だ。それに首相はいとも簡単に応えようとしている。

 一方で、広島、長崎への原爆投下を正当化する米国の声には反論もできない。米軍再編にしても、ほとんど米国のいうがままではないか。

 日米安保体制は戦後体制の最たるものだろう。その強化を進めながら「戦後体制からの脱却」をうたう。国民にはなんとも分かりにくい話だ。

 公明党は九条改憲や集団的自衛権の行使に反対している。自民党の政策とどう整合性をとるのか。連立を組む以上はきちんと説明する必要がある。

 野党はこぞって、自衛隊のイラクからの撤退を公約に掲げている。しかし、集団的自衛権については民主党の態度があいまいだ。

 安保政策の方向は国の進路を決定づける。だからこそ、与野党には徹底的な議論を求めたい。


『読売新聞』社説 2007年7月20日

憲法 なぜ国の将来像を論じないのか


 どの政党にも、参院選の公約で掲げた広範な政策の実現を通じて目指す国家像、社会像があるはずだ。

 それを体現するのが憲法であれば、憲法論戦は、最もスケールの大きな政策論争とも言える。

 それなのに、憲法をめぐる論戦が、あまり聞こえてこない。各政党、候補者が目指す国の「かたち」を明示し、競うことは、有権者に対する責任でもある。

 「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍首相は、かねて「憲法改正を参院選の争点にする」と明言していた。公約の冒頭には、2010年の国会での憲法改正案の発議を目指すと明記している。

 だが、選挙戦では腰砕けの観がある。厳しい逆風の下で、年金記録漏れ対策の訴えなどに力を注がざるを得ない事情もあるだろう。これでは、安倍首相が目指す国の姿、形が明確に見えてこない。安倍首相も不本意ではないか。

 民主党の小沢代表の姿勢も疑問だ。

 先の日本記者クラブ主催の党首討論会では、「60年間、憲法はこのまま来たし、今まで来ている」とし、「この参院選で憲法問題を掲げて議論する緊急の必要性を認識していない」と言明した。

 小沢代表はかつて、自由党党首時代の1999年、憲法改正試案を公表し、こう書いている。

 「化石同然の代物(現行憲法)を後生大事に抱えている」「『護憲』の実態は思考停止の馴(な)れ合い感覚だ」「大きな転換期にあって……憲法が様々な不備を抱えたまま放置されていることを改める必要がある」「憲法改正論議こそ時代の閉塞(へいそく)状況を打破する可能性がある」

 時代の変化が一層激しさを増している今日、憲法改正の必要性はさらに高まっている。にもかかわらず、憲法論戦を避けるのは、参院での与野党逆転を最優先するという政略的な判断からだろう。

 憲法論戦に臨めば、安倍首相と同じ土俵に上ることになり、与党との全面対決の構図がぼやけかねない。選挙後の国会運営で野党が共同行動を取る上で、護憲の立場の社民、共産両党に配慮する必要もある……そんな事情がうかがえる。

 だが、憲法論戦とは、変化の時代の指針となる日本の将来像をめぐる論戦だ。政治的な思惑を優先して、脇に置くことがあってはなるまい。

 先の国民投票法成立により、秋の臨時国会には憲法審査会が設置される。国民投票法は2010年5月に施行され、憲法改正案の発議が可能となる。

 この重要な局面にあって、とりわけ政権政党や、政権を目指す責任政党は、正面から憲法論戦を展開すべきである。


『西日本新聞』社説 2007年7月15日

「選択の柱」であるはずだ 憲法


 今回の参院選は、私たちの国の首相が初めて憲法改正を政治日程に乗せて、最初に行われる国政通常選挙である。

 にもかかわらず、年金問題の陰に隠れて、憲法をめぐる論戦は低調だ。

 年金や税制、景気、格差など暮らしに直結する身近な政策課題に比べると、いますぐ解決しなければならないという切迫した問題でないからかもしれない。

 現に、護憲を明確にしている共産、社民両党以外は、与野党とも憲法論議を積極的に争点にしようとはしていない。

 しかし、よく考えてみたい。

 ことし5月に憲法の改正手続きを定めた国民投票法が成立し、3年後からは憲法改正案の国会提出が可能になった。

 つまり今回の選挙は、任期中に憲法改正を発議するかもしれない議員を選ぶ選挙でもある。私たちの国の将来に極めて重い意味をもつ選挙と言っていい。

 その選挙で、改憲案づくりや改憲の方向について党内論議を進めている政党が意識的に憲法論戦を避けているとすれば、姑息(こそく)である。

 しかも参院選後の臨時国会では、国民投票法に基づいて「憲法審査会」が衆参両院に設置され、憲法改正に向けた本格的な論議が始まる。

 であるなら、なおさら選挙で各政党は憲法に対する考え方を有権者に示し、積極的に論戦を展開するのが筋だろう。

 2005年11月に新憲法草案を公表している自民党は重点公約に「新憲法制定の推進」を掲げてはいる。党首である安倍晋三首相も「私の内閣でぜひ憲法改正の実現を」と言明し、3年後の10年の改憲案発議を目指している。

 春先までは首相も改憲の是非を最大の争点とする姿勢だったが、ここにきてトーンダウンした。現行憲法のどこをどう変えるのか、改憲の中身についての具体的な言及もない。

 年金記録漏れ問題で国民の政府不信と怒りが噴き出したこともあるが、政権与党として選挙協力をたのむ公明党が、憲法を争点とすることに異を唱えていることも大きい。

 公明党は「与党は改正の中身に合意していない。中身を言わないで改正の是非を問うわけにはいかない」として、党公約でも「3年後をめどに加憲案をまとめる」との姿勢にとどめている。

 民主党は05年10月に、未来志向の新しい憲法を構想するとした「憲法提言」を公表したが、党内事情もあって改憲の中身は詰め切れていない。参院選に向けても「国会で合意形成ができる事項があるかどうか、慎重かつ積極的に検討する」としているだけで、今回の選挙での争点化を避けている。

 改憲(公明党は加憲)を表明しているこの3党で、憲法改正発議に必要な衆参両院の3分の2を大きく超える議席を占める。3党が合意すれば、改正発議は3年後以降いつでも可能だ。

 が、「目指す憲法」には差があるはずだ。どんな憲法を目指すのか。「戦争の放棄(九条)」や「国民の権利・義務」をどう変えようとしているのか。党内合意はまだとしても、その方向性や考え方は選挙で明確に示してもらいたい。

 それがなければ、有権者はこの国の将来をどの政党に託すのかという「選択の支柱」を奪われることになる。改憲、護憲を問わず、政党はこの選挙でもっと憲法を語るべきだ。


『宮崎日日新聞』コラムくろしお 2007年7月6日

変えるべき態度

 家族が暴漢に襲われそうになったら—。普通はその暴行を止めようとして真っ先に警察へ通報するだろう。講演に立ったその人は暴漢はまず殴られて当然、と強調していた。

 自分への攻撃は正当防衛と同じく個別的自衛権と呼んでいい。が、ほかの家族が暴漢へ手を出すと暴行罪になるように集団的自衛権を正当防衛とするのは飛躍している。集団的自衛権の見直し懇談会メンバーの元駐タイ大使岡崎久彦氏の講演を聞く機会があった。

 最初の例えを集団的自衛権とするには無理があるし、岡崎氏は米国を“家族”とみなす。ゆえに、米国へ向かう弾道ミサイルは家族を狙うミサイルだから日本が迎撃可能という論法となる。“警察”役の国連の存在は、無視されている。

 久間前防衛相発言の陰に隠れたが、懇談会はミサイル迎撃を集団的自衛権として行使することを容認した。これまで内閣法制局が「日本は集団的自衛権を有するが、行使できない」としてきた解釈から大転換である。首相主導の懇談会が解釈改憲へ独走している。

 百歩譲って日米同盟があるから米国は家族ではなく“友達”とは言えるだろう。しかし、その友達は原爆投下について過去、正式に謝ったことはなく、今も「何百万もの日本人の命がさらに犠牲になる戦争を終わらせた」と正当化する。

 自由と民主主義を武力で押しつける米国そのものがイスラム圏では暴漢とみなされている。泥沼化したイラク戦争はその典型例となった。変えるべきは憲法解釈ではなく、拳を振り上げている友人の傍らにいる日本の態度そのものだろう。


『北海道新聞』社説 2007年7月1日

安倍政治が地金を見せた*国会閉幕、参院選へ(7月1日)


 統一地方選と参院選が重なる十二年に一度の亥(い)年の通常国会は荒れるといわれる。それにしても異例だった。

 強行採決が相次ぎ、十二日間の延長を決めるに当たっては与党からも異論が噴出した。なのにその会期を五日も残して国会は事実上閉会した。

 振り返れば、対立劇が繰り返された舞台上には日本の政治や行政の現状が生々しく浮かび上がってくる。

 政治とカネの問題では病巣の深さ。年金記録不備問題では担当官庁の想像を絶するでたらめな運営ぶり。そして何より発足から九カ月たつ安倍晋三政権の実像がはっきりと見えてきた。

 参院選では安倍政治が初めて全国規模で問われる。有権者にとって判断の手がかりは決して少なくない。

*実績求め前のめりの運営

 「落ち着いた審議ができない」と自民党出身の扇千景参院議長までが苦言を呈した。

 与党が野党の同意なく法案採決を強行した例は衆参合わせて十六回に上った。安倍首相が内閣の実績作りを念頭に自らの意向を強引に押し通した結果だ。野党が「国会は政府の従属機関でない」と反発したのも当然だ。

 背景には衆院の三分の二以上を占める与党議席がある。だが安倍政権は選挙の洗礼を受けておらず、首相が巨大与党を生み出したわけではない。

 そこを謙虚にわきまえる必要があった。にもかかわらず少数意見を尊重しない国会運営を続けたところに、首相の強権的な一面が如実に表れた。

 国会延長に際し参院自民党幹部の反対論をも押し切った首相は、開設六十年の節目を迎えた参院の権威を傷つけたことにも思いを致すべきだ。

 一方で首相が政治とカネの問題では終始及び腰で、強力な指導力を発揮しなかったことに驚かされる。松岡利勝前農水相が自殺した衝撃的事件も首相の消極姿勢を変えず、政治資金規正法の改正は不十分な形で終わった。

 年金問題でも当初は野党の追及に渋々対応したのが実態でないか。国民は社会保険庁のお粗末極まりない事務処理の全容を早く知りたがったのに、首相は実態解明に熱意を見せず年金不信をいたずらに増幅させてしまった。

 こうして見ると、首相のある傾向が読み取れる。

 自分の関心が高い問題でいったん方向性が定まると妥協を嫌い、周囲の批判にも動じることなく前のめりで突進する。逆に関心が低い問題では途端に対応がおざなりになり、政治的感度も著しく鈍る。

 このために国民の期待や怒りをありのまま受け止められず、世論とのずれが生じてしまうのではないか。

*改憲急ぎタカ派色あらわ

 安倍首相は今国会期間中、そのタカ派的体質を色濃くのぞかせた。

 従軍慰安婦問題に関して旧日本軍の「強制性」の定義にこだわり、集団的自衛権の政府解釈見直しに道筋をつける有識者懇談会を設置した。

 「戦後体制からの脱却」という政権公約は、何を残し何を改めていくかの選択と議論なしに、戦後日本の歩みを一気に否定しさろうとするもののようにも聞こえてくる。

 その政策の中核を成すのは言うまでもなく憲法改正だ。首相は今国会で国民投票法を成立させ改憲を政治日程に上げることに執念を燃やした。

 ただ、そうまでして作り上げたい「美しい国」がどんな国か、具体像は明白でない。理念が先走り国民の共感を得ているようには思えない。

 各種世論調査で参院選の争点に改憲を真っ先に挙げる国民は多くない。年金問題を含む社会保障に次いで国民が関心を寄せるのは景気・雇用や格差、教育など暮らしに密着した問題だ。

 世論との乖離(かいり)に気づいた時、理念、政策を修正する柔軟性を首相は持ち合わせているか。国民が知りたいことの一つだろう。

*格差も公務員も論じたい

 一方、今国会における野党の仕事ぶりは過小評価されるべきでない。

 巨額の事務所費問題に火を付けたのは共産党だった。宙に浮いた年金の問題を国会の調査権限を活用して掘り起こしたのは民主党議員だった。

 ただ政府・与党を十分に攻め切れず、論議が中途半端に終わった政策課題も少なくない。

 民主党が国会前半で論争を仕掛けた格差問題はその一つだ。

 安倍政権の成長戦略で本当に果実が国民に幅広く行き渡るのか。衆院の予算審議では政府・与党との間で興味深い論戦が繰り広げられた。

 だが予算が衆院を通過し、統一地方選の結果から格差問題は必ずしも支持獲得の切り札でないとの見方が広まると、たちまち尻すぼみになった。

 年金問題では、制度への信頼を回復するためには一元化や財源の問題を含む総合的な見直し論議が不可避だったが、これも満足になされなかった。

 最後までもめた公務員制度改革も話は天下り規制に特化され、抜本的な改革論議に発展しなかった。

 であればこそ与野党は場を国会から参院選に移し、積み残した課題についても正面から論じ合わねばならぬ。

 年金記録不備問題に国民が一番関心を持っていることは疑いないが、各党から聞きたいことは一つだけではないのである。



『信濃毎日新聞』社説 2007年7月1日

閉じる国会 安倍政治の危うさ映し

 年金と社保庁をめぐる法案が参院本会議で可決・成立し、通常国会は実質的な審議を終えた。29日の参院選投票日に向け、選挙戦が事実上スタートする。

 この国会では、重要法案が幾つも成立した。真っ先に挙げられるのは、憲法改正の手続きを定めた国民投票法だ。

 施行から60年。戦後日本の骨格になってきた憲法に初めて、改正の道筋が制度上、整えられた。

 衆参両院には憲法審査会が設けられる。国会が改憲を発議できるのは3年後からだ。それでも、この3年の間にも改憲論議は着実に進む。

   <重要法案が次々に>

 憲法改正の可能性をいつも念頭に置いて、これからの政治は運営されることになる。国民投票法は政治の風景を大きく変える。

 教育関連3法も改正された。学校に新たな管理職を置けるようになった。教員免許は10年ごとの更新制になった。文部科学相には教育委員会に是正を求める権限が与えられた。学校は変容を迫られる。

 安倍晋三首相の就任を受けて開いた昨年秋の臨時国会では、改正教育基本法と防衛庁の「省」昇格法が成立している。臨時国会から通常国会を通してみると「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げる安倍首相の政治路線が、着々と歩みを重ねていることが分かる。

 今国会では、それだけに余計、運営の稚拙さ、拙速ぶりが目についた。政府、与党は「数の力」に物を言わせ、野党の抵抗をけ散らして、単独採決などにより法案を次々に成立させていった。

 わずか5時間ほどの審議で委員会採決した年金時効撤廃特例法案が代表例だ。天下り規制を強化する公務員法改正案も、野党の委員長が審議手続きを進めないとして、本会議で「中間報告」を行い、委員会採決を省略している。

   <「数の力」で押して>

 先進国の議会では多くの場合、委員会が法案の実質審議の場になっている。野党が抵抗するからといって委員会審議をすっ飛ばすようでは、国会自ら役割を放棄するに等しい。早期成立を与党に求め続けた安倍首相も、批判されるべきである。

 成立した法律は、中身にも多くの疑問を抱えている。例えば社保庁改革関連法だ。

 年金記録に対し国民が不信の念を募らせているさなかに、記録を管理している社保庁を解体、分割する法律である。責任問題も雲散霧消しないか、心配になる。

 改正国家公務員法も同様だ。公務員専用の人材バンクをつくる必要性はどこにあるか、それで天下りに伴う問題は解決するのか。疑問が積み残されている。

 抜け穴は改正政治資金規正法にも多い。「政治とカネ」の問題がいい方向に向かうとは、とても思えない。会期末が迫る中「荒れる国会」になったのも当然である。

 一方で、暮らしにかかわるテーマは影が薄くなった。2007年度政府予算案は、財政見通しや税制改正も含め、論議が十分深められることなく年度内に成立している。

 労働関連3法案は継続審議とされた。最低賃金の底上げ、残業割増率引き上げ、働き方の基本的ルール策定を盛り込んだ法律である。国民生活を左右する法律が、公務員法改正にこだわる安倍政権により、脇に追いやられた。

 5日の会期末まで、国会は事実上の自然休会に入る。なぜ国会を12日間も延長したのか。そんな疑問が頭をもたげてくる。

 この国会の中盤、年金記録と松岡利勝農相の自殺の問題が持ち上がり、内閣支持率は急落した。政府・与党が会期延長を決めたとき、投票日を先に延ばして逆風が収まるのを待つつもりではないか、との見方が浮上した。会期が余る展開を見れば、あながち的外れとも言えまい。

   <選挙で問われるもの>

 終盤での強引な国会運営も、会期の延長も、安倍政権の足腰の弱さをむしろ印象づける。

 憲法改正と教育改革を前面に押し出した前半と打って変わり、後半国会では年金記録問題で慌てぶりをさらけ出した。天下りの問題にこだわり、無理な採決を繰り返したのも、“公務員たたき”で支持率回復を目指す手法とも受け取れる。

 こんな乱暴なやり方がまかり通ったのも、与党議席が衆院の3分の2を占めているからだ。ただしその議席は、小泉前政権が前回の総選挙で手にしたものである。

 しかも前回総選挙で自民党は、郵政民営化を唯一の争点だと主張した。経過を踏まえれば、首相は政権運営に謙虚であるべきなのだ。

 安倍政権は昨年9月に発足した後、選挙の洗礼をまだ受けていない。国民の信任を得たとは言えない状態である。安倍政権が「数の力」を頼みに、強引に数多くの法律を可決・成立させてきたのは、この点からも問題を残す。

 国会は参院選に向け走りだした。「戦後レジームからの脱却」を旗印に、憲法改正を掲げる安倍政権の続投を認めるかどうか。問われるのはこの一点だ。

 今国会での審議の在り方は、安倍首相の今後の政権運営を判断する材料の一つになる。


『沖縄タイムス』社説 2007年6月14日

[集団的自衛権]行使容認の結論は拙速だ


 結論はもう出ているようだ。集団的自衛権に関する政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長・柳井俊二前駐米大使)の議論は、そう見える。

 懇談会では、公海上での自衛隊艦船による米軍艦船防護の可否について、「集団的自衛権行使」と位置付けた上で、実施可能にすべきとの意見が大勢を占めた。今秋にまとめる報告書で、少なくとも米軍艦船防護に関して、集団的自衛権行使を容認するための憲法の解釈変更や改正を求める方向というから、あまりに手回しが良すぎる。というより、拙速にすぎないか。

 一言で米軍艦船の防護というが、実際にはさまざまな場面、状況が想定される。懇談会では、想定される主な状況として(1)平時(2)情勢緊迫時(3)我が国に対する武力発生時—に区分し、六つの類型について議論したというが、十分に議論が尽くされたとは思えない。

 事実、懇談会後の記者説明で、柳井座長は「実際には色々なケースがあり得、まとめて議論するのは難しいので『平時』『情勢緊迫時』『武力攻撃発生時』と横軸で分け、米艦との距離を縦軸で考えた」と述べ、実際の状況想定の複雑さを認めている。

 そもそも、この懇談会は、さまざまな立場の有識者を集めて議論させ、意見を集約する形式とは程遠い。共同通信の調べでは、メンバー十三人のうち十二人は過去に国会に参考人として呼ばれた際の発言や論文などで、集団的自衛権の行使は違憲とする政府解釈を批判したり、解釈変更を求めている。設置当初から「結論ありき」との批判が付きまとうゆえんだ。

 安倍晋三首相が、こうした懇談会の報告書を踏まえ、集団的自衛権行使の一部容認に向け動き出すことは想像に難くない。

 七月の参院選は「年金」が大きな争点になりそうだが、有権者は集団的自衛権行使の取り扱いについても注視すべきだろう。安倍政権の「シナリオ」は着々進んでおり、国民は年金問題だけに目を奪われてはならない。


『神奈川新聞』社説 2007年6月7日

集団的自衛権 疑問だらけの有識者会議

 「常識にかなった結論にすべきという意見が多くの委員から示された」。集団的自衛権行使についての憲法解釈を検討する有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長・柳井俊二前駐米大使)の第一回会合後、柳井座長が会見で述べた言葉である。果たして「常識」とは何なのか。議事録を読む限り、懇談会の「常識」とは、集団的自衛権行使を容認することであるようだ。しかし、それは、国民の「常識」とも、これまでの政府解釈とも、全く懸け離れたものだ。

 安倍晋三首相によって集団的自衛権の行使容認派ばかりで固められた同懇談会。国民、国会を置き去りに独善的、一方的な議論に終始するのではないかという懸念が現実化してきた。国家運営を危うくする、問題の多い懇談会だといわざるを得ない。

 「九条において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであり、他国に加えられた武力攻撃を実力をもって阻止することを内容とする集団的自衛権の行使は、これを超えるものであって、許されないと考えています」。これが、激烈な国会論議の積み重ねを経て定着した政府解釈である。最新の共同通信社の世論調査でも、この政府解釈について「今のままでよい」が54・6%、「解釈を変更すべき」は18・3%にすぎない。

 実際、柳井座長の発言に対し、自民党内からも憂慮の声が出た。先月下旬、同党の集団的自衛権に関する特命委員会では「会議メンバーの常識でも、世の中には常識と思わない人が大勢いる。慎重な姿勢が必要だ」との声が上がった。与党公明党は「集団的自衛権の行使を認めないのは当然だ」(太田昭宏代表)としている。

 憲法九条の解釈では、現実政治と「折り合い」をつけるため、難解な解釈も行われてきた。しかし、海外での武力行使の禁止、集団的自衛権行使の否定などの平和主義原則を維持してきたことが、戦後日本の平和と繁栄、国際社会の評価の基盤になったことは、国内外の共通理解といえる。

 「専守防衛」の原則の放棄であり、場合によっては海外での武力行使につながり、自衛隊員に犠牲者が出たり、自衛隊員が他国民を殺害することもあり得る集団的自衛権行使の容認は、平和主義の大転換である。九条の改定なしにはできない、すべきでない、と考えるのが「常識」であろう。

 安倍首相が在任中の憲法改正を本気で目指すのなら、この問題こそ徹底した国会論議を行ったうえで、憲法改正の重要テーマとして国民に真正面から問うべきだ。一内閣が解釈変更で対応できる問題ではない。まして、一諮問機関の「有識者」らの自己満足的な議論に委ねられる問題でもない。


『東京新聞』社説 2007年6月3日

週のはじめに考える 50年前の憲法論争

 「戦後レジーム」は戦前の体験に学んで築かれました。教訓を忘れないよう、歩んできた道を振り返りながら未来を見つめ、憲法と向き合いたいものです。
 一九九〇年、天皇は即位を国内外に披露する「即位礼正殿の儀」のお言葉で、「日本国憲法を順守し、日本国及び日本国民統合の象徴としての務めを果たす」と誓われました。憲法第九九条で公務員に憲法の擁護尊重義務が課されていることに配慮されたのでしょう。
 「米軍基地の中の村」と言われた沖縄県読谷村の村長を二十三年も務めた山内徳信さんは、この条文を大きな掛け軸にして村長室に飾っていました。
自分の権力基盤を否定
 今年の憲法記念日、安倍晋三首相の談話は「戦後レジーム(体制)を原点にさかのぼって大胆に見直し、憲法について議論を深めることは新時代を切り開く精神につながる」と改憲へ強い意欲を示しました。
 首相の権力は憲法によって与えられています。自分の権力基盤を否定するのは矛盾のようですが、よく似たことが五十年前にもありました。安倍首相が敬愛する祖父の故岸信介らが、新憲法制定を目指して内閣に憲法調査会を設置した時です。
 岸は当時の自民党幹事長、後の首相です。戦前は中国大陸で植民地経営に重要な役割を演じ、東条内閣の商工相として開戦の詔勅に署名し、起訴は免れましたがA級戦犯の容疑に問われました。
 現憲法施行から十年もたっていない五六年三月です。自民党は今と同じ押しつけ憲法論を軸に戦後体制脱却を主張しました。憲法調査会設置法を審議する衆院内閣委で、公述人の故戒能通孝・東京都立大教授(当時)がこれを批判しました。
 「内閣は憲法の忠実な実行者でなければならない」「憲法擁護の義務を負っている者が憲法を非難、批判することは論理的に矛盾する」
国民と政治家を冒涜
 これに対抗し「戦前に戻そう」と言わんばかりの論陣を張ったのは、旧内務官僚、元海軍少将、元陸軍参謀といった顔ぶれの自民党議員たちでした。安倍首相とその取り巻きの人たちの「自前憲法制定論」「戦後レジームからの脱却論」や、日本人としての誇りを声高に主張する一部の雰囲気は、この時の議論にオーバーラップします。
 自前憲法制定の欲求が「現憲法はマッカーサーの言うなりに作ったものだから」というのなら、事実に反し、当時の国民と政治家に対する冒涜(ぼうとく)です。あの時代の日本人の気持ちを反映していることは多くの研究で明らかになっています。
 原案を審議した衆院小委員会の芦田均委員長(後の首相)は、四六年八月二十四日の衆院本会議で次のような趣旨の報告をしました。
 「過去の過ちを切実に反省し、新しい日本を建設する基盤として新憲法を制定する」
 「大胆率直な戦争放棄の宣言は、数千万の犠牲を出した大戦争の体験から人々の望むところであり、世界平和への大道である。理想の旗を掲げて世界に呼びかけよう」
 「憲法がいかに完全な内容でも、国民がその目指す方向を理解し、その精神を体得しなければ、日本の再生はできない」−六十年後のいまも輝きを失わない格調の高さです。
 戦後レジームは戦前、戦中の体験を教訓として生まれたのです。その教訓を投げ捨て、旧体制に戻すわけにはいきません。
 日の丸、君が代の強制、愛国心教育や教育の国家統制強化など、戦前回帰のような最近の政治の流れをみると、これを杞憂とは思えません。
 国民投票法が成立し、安倍首相は改憲を今度の参院選の争点にすると言います。必要期間だけみれば、新議員の任期中に改憲発議が可能になりますから選挙結果は重大です。
 投票という主権行使を前に、私たちは「無知は罪」と自覚しなければなりません。後になって「知らなかったから」ではすまないのです。
 「日本人の出演俳優は一度も硫黄島のことを聞かされたことがなかった」−大ヒットした映画、硫黄島二部作の監督、クリント・イーストウッドのこの発言が本当なら、私たちは戦後の反省をきちんと継承できていなかったことになります。
 改憲の核心である第九条を考えるには、日本とアジアの民衆があの戦争で味わった苦しみ、近隣国の日本を見る目を学ばねばなりません。
 いまの憲法がなければ日本がどうなっていたか、世界各地における米国の軍事力行使がどんな結果になっているかも大事な視点です。
正面から向き合って
 施行から六十年もたった憲法ですから手当てしたい部分はあるでしょう。しかし、一時の気分や目先の利害得失だけで論じられてはなりません。政権の都合で規定や解釈を変えるのは立憲主義に反します。
 どのような国、社会を築き、国際社会とどう付き合うか、歴史を振り返りながらそれを考え、憲法と正面から向き合いたいと思います。


『新潟日報』社説 2007年5月20日

集団的自衛権 御用会議の危うさ早くも

 集団的自衛権の行使を禁じている政府の憲法解釈を見直す目的で安倍晋三首相が設けた有識者会議が十八日、初会合を開いた。

 会議は座長を務める柳井俊二前駐米大使ら十三人からなる。憲法解釈の変更や集団的自衛権の行使を積極的に唱える論客や学者がずらりと顔をそろえた。

 「わが国の新しい安全保障環境に対応するに当たって、憲法解釈が制約になってはいけない」。初会合では解釈の変更を求める意見が出る一方で、集団的自衛権は行使すべきでないという声は全くなかったという。

 このメンバーなら結論が見えたも同然で、首相は考えの近い人を使って持論への支持を取り付けようとしているのではないか。国民は有識者会議にそんな疑いの目を向けている。

 初会合はその懸念を裏付けるやりとりとなった。有識者会議に預けられたテーマは憲法の根幹や戦後の平和主義にかかわる重大な問題である。独走は厳に慎むよう求めておく。

 集団的自衛権とは、密接な関係にある外国に対する武力攻撃を自国への攻撃とみなして阻止する権利をいう。国連憲章は自国への攻撃に立ち向かう個別的自衛権とともに認めている。

 しかし、日本は戦争放棄をうたう憲法九条を持っている。集団的自衛権の行使は「わが国を防衛するための必要最小限の範囲を超える」から許されない。政府はそう解釈してきた。

 先の戦争への反省から軍事力行使には厳格な制約を課す、という考え方からである。歴代政権が引き継ぎ、補強してきた戦後日本の大原則だ。

 安倍首相はこれを真っ向から否定する。初会合では「日米同盟をより効果的に機能させることが重要」と述べ、米国を狙った弾道ミサイルの自衛隊による迎撃など四類型について憲法解釈変更を検討するよう要請した。

 四類型に共通しているのは、主に米軍との共同行動だ。集団的自衛権の行使を認めれば、日米の軍事的な一体化はますます進むことになる。

 日米同盟関係は日米安全保障条約の枠組みから離れて、いまや「世界の中の同盟」といわれるまでに拡大、深化した。それでも、集団的自衛権行使の制約が大きな歯止めとして作用してきたことに思いを致したい。

 自衛隊の任務は、あくまで日本防衛にある。米軍に追従し世界に展開する役目など持っていない。集団的自衛権行使の憲法解釈変更は平和主義を空洞化させる危険性をはらむ。

 実質的な憲法改正につながる大事を仲間だけで話し合うとは、乱暴極まりない。多くの国民が世論調査に「変更は不要」と答えていることを、首相も会議も重く受け止めるべきである。

『京都新聞』社説 2007年5月20日

集団的自衛権  解釈変更は国民に問え

 「同盟国を守ることは、ひいては日本を守ることにつながる」。座長の柳井俊二・前駐米大使のコメントが、会議の目指す方向をすでに言い表している。

 安倍晋三首相が設置した有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が初会合を開き、集団的自衛権研究を中心に具体的議論が始まった。

 歴代政権が一貫して「憲法上、認められない」としてきた集団的自衛権の行使について、首相はかねがね九条の解釈見直しを行い、日米同盟の双務化を図りたい意向を示してきた。

 懇談会は、そのお墨付きを得る自前の装置といってよかろう。「偏ってない」と首相が否定しても、十三人の懇談会メンバーの大半が集団的自衛権行使に前向きなのは明らかだ。

 護憲派と目される人は見あたらない。「結論ありき」といってもよい少人数の懇談会で、日本の安全保障の根幹にかかわる重要案件を討議し、結論を政策に反映させてよいのか。

 首相の手法は公正を欠くうえ、最も必要な国民的議論を後回しにするやり方であり、再考を求めたい。

 懇談会では「米国を狙った弾道ミサイルを、日本のミサイル防衛網(MD)で迎撃できるか」や、「国連平和維持活動(PKO)で協力する他国軍への攻撃に自衛隊が反撃できるか」など四類型を検討、今秋に結論を導くという。

 ミサイル迎撃には、米国の強い要請がある。議論のポイントだろうが、日本の自衛権行使は「日本に対する急迫不正の侵害に対してのみ可能」というのが、これまでの政府解釈だ。ここを踏み出せば日米の軍事一体化は、一層進むことになろう。

 北朝鮮の核開発や中国の軍備増大、国際テロの頻発など、日本周辺の安全保障環境はたしかに激変した。

 国際社会への貢献に自衛隊のPKO活動などが今後、格段に増えるという事情もわかる。とはいえ、解釈変更で集団的自衛権行使が可能になるなら、「解釈で何でもできる」となりかねない。

 時の政権の政治的思惑や、トップの思想信条などで自在に解釈が変更されれば公権力を縛る憲法は存在価値を失ってしまう。解釈変更は、あくまで憲法改正によって行われるべきだ。

 共同通信社の今月の世論調査では、集団的自衛権に関する政府の憲法解釈について「いまのままでよい」が62・0%。解釈変更や憲法改正で「行使できるようにすべき」は32・4%だった。

 首相は、世論をよく見極めて正面から解釈変更の是非を、国民に問うべきだろう。

 集団的自衛権の行使容認は、日本が他国の戦争に巻き込まれる危険を背負うことにほかならない。瀬戸際にいることを私たち一人一人も自覚したい。

『南日本新聞』社説 2007年5月20日

[集団的自衛権] 結論ありきの見直しだ

 政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の初会合が開かれた。集団的自衛権の行使を禁じてきた従来の憲法解釈を見直す方向で検討する。

 安倍晋三首相が指示したのは、米国に向かう弾道ミサイルを日本のミサイルで迎撃できるかなど四類型についての検討である。今秋までに結論をまとめる。

 首相には、日米同盟の強化や国際平和協力などで自衛隊の活動拡大を図りたい意向があるようだ。だが、そのために歴代内閣が堅持してきた憲法解釈を覆す必要があるのか。まずは個別的自衛権の中でできることを考えるべきである。

 集団的自衛権は、同盟国など密接な関係のある国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていなくても、実力でもって阻止できる権利である。国連憲章で個別的自衛権とともに、主権国の「固有の権利」と規定されている。

 しかし政府は、憲法九条で戦争放棄を明記しているため、集団的自衛権について「わが国を防衛するための必要最小限度の範囲を超える」と解釈し、権利は有していても行使できないとしてきた。四類型はこれに該当するとして、見直し検討の対象になった。

 その内容は、米国を狙った弾道ミサイルの日本のミサイルによる迎撃のほか(1)公海上で自衛艦と並走する米艦船が攻撃された場合の反撃(2)共通の目的で活動する多国籍軍への後方支援(3)国連平和維持活動などでともに活動する多国籍軍への攻撃に反撃するための武器使用−だ。

 イラクなどに軍事力を割かざるを得ない米国では、日本に対して集団的自衛権の行使を求める声が強まっており、首相には、このままでは日米同盟が成り立たなくなるとの思いがあるようだ。

 だが日米同盟を守るために、時間のかかる憲法改正よりも、憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使を認めた方が手っ取り早いと考えるのは乱暴にすぎる。有識者会議のほとんどが首相の考えに近いメンバーであることもあわせ、先に結論ありきという批判が出るのは当然だ。

 北朝鮮の核開発や中国の軍拡など、日本を取り巻く不安定要素が拡大していることは紛れもない事実である。万一の事態に備える必要はあろう。だが、現在も認められている個別的自衛権を柔軟に定義し直せば済むことも多いはずだ。

 与党を組む公明党だけでなく自民党内にも反対のある集団的自衛権の見直し論議は慎重に行うべきである。


『北海道新聞』社説 2007年5月20日

集団的自衛権*許されぬ改憲の先取り

 集団的自衛権の行使について、憲法解釈見直しを含め検討する政府の有識者会議が初会合を開いた。

 「集団的自衛権は憲法上、行使できない」というのが、これまでの政府の公式見解だ。その見直しには、憲法の平和主義を空洞化させかねない危うさがある。

 安倍晋三首相は初会合のあいさつで、より実効的な安全保障体制を構築するとともに、日本が国際的な平和活動にいっそう積極的に関与していくことが必要だと強調した。

 首相の悲願である改憲の先取りを目指していると言っていい。

 首相は、日米同盟を強化しなければならないとも述べた。米国の軍事力に依存し片務的といわれる日米同盟を、互いに同等の責任と義務を負う双務的関係に近づけようということだろう。

 集団的自衛権の行使容認は、まさにその一環である。自衛隊を米軍と行動を共にできる組織、海外でもっと自由に使える組織にしようという意図があらわではないか。

 要するに、米国のための憲法解釈見直しなのだ。

 共同通信が先日実施した世論調査では、見直し不要派が四月の前回調査より7・4ポイント増えて62・0%に上った。改憲論議が勢いづくなか、国民の間に平和主義がぐらつくことへ警戒感が強まっていると見るべきだろう。

 有識者会議のメンバーからは、集団的自衛権の行使を容認すべきだとの意見が相次いだというが、世論を無視するような先走った議論はくれぐれも慎んでもらいたい。

 聞き置けないのは先日の首相の国会答弁だ。

 集団的自衛権の行使が認められないのは「自衛のための必要最小限度の範囲を超える」からだという内閣法制局の見解について、首相は「必要最小限は量的概念だ」と述べた。

 最小限の範囲なら集団的自衛権を行使できると言いたいらしい。

 しかし、法制局は「数量的概念ではない」として、どんな場合でも憲法に抵触するとの見解も示している。

 政府が堅持してきた見解を論議もないまま簡単に否定する首相には、政権を握る者のおごりが感じられる。

 憲法解釈見直し派の間には、法制局の見解を「役人が言っていることにすぎない」との声もある。

 だが、法制局は決して勝手に見解をとりまとめてきたわけではない。政府がそれを是として公式見解とし、国民も支持してきた歴史的な積み重ねがある。時の政権の恣意(しい)で好きに変えていいものではないはずだ。

 首相は初会合のあいさつで「日本が何を行い、何を行わないのか明確な歯止めを示すことが重要だ」とも語った。これまでの憲法解釈こそ、ゆるがせにしてはならないその歯止めである。


『山陽新聞』社説 2007年5月20日

集団的自衛権 見直しの危険性も議論を

 集団的自衛権に関する憲法解釈を検討する政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の初会合が首相官邸で開かれた。

 安倍晋三首相の指示に基づき、米国へ向かうミサイルを日本のミサイルで迎撃できるか、公海上で並走する米艦船が攻撃された時、自衛隊艦船が反撃できるかなど、従来は「困難」とされてきた個別具体的な四類型について検討する。秋に結論を出す。

 政府が「権利は有するが憲法上許容される自衛の範囲を超えるため、行使は許されない」としてきた集団的自衛権の見直しは首相の持論といえる。一議員時代から国会で制約を批判し、首相就任後の所信表明演説で研究を表明、昨年秋には米紙に対し、具体的にミサイル防衛に関して研究する意向を示した。

 その上で四月下旬、首相として初訪米する直前に懇談会を設置し、会談でブッシュ米大統領に伝えた。訪米の手土産とした観は否めない。

 初会合では、集団的自衛権を行使すべきでないとの否定的意見は出なかったという。事前の発言などをみても懇談会のメンバーは見直し容認派がほとんどを占める。初めから「容認ありき」の懇談会といわざるを得ない。

 北朝鮮が昨年七月、弾道ミサイルを発射し、十月に核実験を行った。現実の脅威を前に対処策を理詰めで考えていけば、容認しかないように見える。しかし、逆に考えるとどうだろう。容認によって自衛隊と米軍の一体化が進む。米国は各地の紛争に介入し、イラク戦争のように自ら戦いをしかけることもある。その時、平和憲法の下で歩んできた自衛隊が、どこまで抑制的でいられるのか。

 憲法解釈という国の根幹にかかわる重要事項であれば、特に慎重な検討が求められるはずだ。懇談会が新たな考え方を打ち出すなら、どれだけ説得力を持たせられるかが問われよう。

 考え方が首相に近い人ばかりを集めた懇談会で、見直しの有益性を強調するだけが結論であっては公正とはいえない。多角的な検討が不可欠であり、見直しの危険性についてもきちんと議論すべきだ。平和憲法の重みを再認識することにもなろう。

 共同通信社が十二、十三日に行った全国電話世論調査では集団的自衛権行使に否定的な回答が六割を超えた。懇談会の解釈見直し議論を「望ましくない」とした人は、多くがメンバーの考え方の偏りを理由に挙げている。思惑通りの結論を得て物事を進めようとする首相の手法に、人々は危うさを感じている。


『徳島新聞』社説 2007年5月19日

集団的自衛権  強引な見直しは禍根残す

 「権利は持っているが、使うことはできない」。集団的自衛権について、日本政府は憲法九条の制約から一貫してそう解釈してきた。

 この憲法解釈の“縛り”を見直す有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の議論が始まった。四つの具体事例を検討し、集団的自衛権の行使が可能かどうか、今秋、結論を出すという。

 憲法九条の平和主義、国の安全保障の根幹にかかわる極めて重要なテーマである。

 集団的自衛権とは、同盟国などが武力攻撃を受けた場合、その攻撃を自国への攻撃とみなして実力で阻止する権利のことだ。

 戦力の不保持や交戦権の否認を掲げる九条のもとでも、わが国を防衛する必要最小限度の自衛権の行使はもちろん認められている。だが、集団的自衛権の行使はその限度を超えている、というのがこれまでの政府の解釈である。

 安倍晋三首相は、この解釈を疑問視し、基本的に行使は可能とする考え方である。その意向に沿って、有識者会議は設置された。

 座長の柳井俊二前駐米大使をはじめ、メンバー十三人のほぼ全員が政府の憲法解釈に批判的な「解釈変更容認論者」で、首相のブレーンとされる人も少なくない。公平で多様な議論ができるのか疑問だ。

 このため、私たちは社説で「初めに結論ありきの議論になる恐れがある。慎重な検討が必要だ」と指摘した。国民の多くも、首相の姿勢や会議の在り方に懸念を抱いている。

 今月中旬、共同通信社が行った全国電話世論調査によると、集団的自衛権の行使は憲法で禁じられているとする政府解釈について「今のままでよい」が62%に上り、前回調査(四月)より7・4ポイント増えた。「憲法解釈を変更し、行使できるようにすべきだ」は13・3%、「憲法を改正し、行使できるようにすべきだ」は19・1%だった。

 安倍首相と有識者会議のメンバーは、国民の声を真摯(しんし)に受け止めるべきである。拙速を避け、国民の負託に応えられる議論を強く求めたい。

 会議で検討されるのは、<1>公海上で自衛隊艦船と並走する米艦船が攻撃された場合の反撃<2>日本のミサイル防衛(MD)システムを活用した、米国を狙った弾道ミサイルの迎撃<3>国連平和維持活動(PKO)などでともに活動する他国軍への攻撃に反撃するための武器使用<4>共通の目的で活動する多国籍軍への後方支援−の四類型だ。

 中でも、安倍首相が重視しているのが<1>と<2>という。きのうの有識者会議の初会合で、首相は「日米同盟がより効果的に機能することが重要だ」と強調した。

 四月末、ワシントンで開かれた日米防衛相会談で、ゲーツ米国防長官が久間章生防衛相に、米国を狙った北朝鮮などの弾道ミサイルを日本のMDシステムで迎撃できるよう集団的自衛権行使の容認を迫っていたことも明らかになった。

 安倍首相は憲法改正に時間がかかるため、当面、憲法解釈の見直しで「足かせ」を外そうとしているように見える。いずれにせよ、米国に背中を押される形でのなし崩し的な解釈改憲はすべきではない。

 与党の公明党は解釈改憲に反対で、憲法改正論議の中で行うべきだと主張している。自民党内からも慎重な取り組みを求める声が上がっている。

 憲法解釈の見直しには、国民的な議論と合意が不可欠だ。強引な見直しは大きな禍根を残す。


『毎日新聞』社説 2007年5月19日

集団的自衛権 参院選でもきちんと説明を

 安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の議論が18日始まった。米国を狙った弾道ミサイルを日本のミサイル防衛(MD)システムで迎撃することが憲法上可能かどうかなど首相が示した4類型の課題を中心に論議を重ね、秋に提言を出すという。

 焦点は集団的自衛権に関する憲法9条解釈だ。集団的自衛権とは、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず反撃する権利。政府は憲法9条との整合性から「保持しているが必要最小限度の自衛権を超えるから行使できない」と解釈してきた。首相が示した4類型の行動はいずれも、これらの解釈からは問題ありと見なされてきたものである。

 この日、直接言及はしなかったが、首相が解釈を見直し、行動を可能にしたいと考えているのは間違いなかろう。懇談会は解釈変更の是非を論議するのではなく、解釈変更するという「結論は初めにありき」で変更を理論武装するためのものとしか思えない。実際、メンバーは変更に積極的な論者ばかりで、初会合でも集団的自衛権を行使すべきでないと主張した人は皆無だったという。

 毎日新聞は時代に合わせ集団的自衛権を研究・検討していくことは否定しない。だからこそ、注文したいことが山ほどある。

 まず、分からないのが解釈変更と憲法改正の関係だ。自民党の改憲論の本質は9条であり、集団的自衛権をいかに行使できるようにするかだったはずだ。党内でも解釈変更ではなく改憲を発議し、国民投票にはかるべきだとの意見は根強く、与党の公明党は集団的自衛権の行使自体に反対している。

 そんな中、首相は改憲を7月の参院選の争点とし、9条2項を全面改定して集団的自衛権行使が可能になるという自民党の新憲法草案を掲げていくという。仮に解釈を変更した場合、さらに憲法を改正してどうしたいのか。

 首相サイドが現実的には変更のプロセスに入っているといえる以上、「秋に結論を出すから」では「後出し」というものだ。参院選の選挙戦やその前の国会論議を通じて、できるだけ具体的に首相の考えを国民の前に明らかにしてこそ争点になるというべきだ。このままでは国民は判断がつかない。

 しかも、4類型の議論はどんな日米関係を構築し、どんな国際協力をしていくかという政治そのものの話である。懇談会はあくまでも私的な存在であり、何の権限も有していないのだ。懇談会側も認めている通り、オープンな議論がより重要になる。

 座長の柳井俊二前駐米大使は「常識にかなった、分かりやすいものとしたい」と言う。その通りではあろう。だが、常識論は往々にして「現実はこうだから仕方ない」という現状追認論だけに陥りがちだ。長く政府が今の解釈を堅持し、それが定着してきたのは、理にかなっているからでもある。変えるためには精緻(せいち)な理論付けが必要だとも指摘しておく。


『日本経済新聞』社説 2007年5月19日

集団的自衛権の解釈見直しを是とする

 集団的自衛権の行使をめぐる憲法解釈の是非を検討する「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長、柳井俊二前駐米大使)の議論が始まった。

 安倍晋三首相は、集団的自衛権の行使を憲法9条違反だとする従来の政府見解に疑問を述べており、懇談会は明快な説明ができる形で解釈を変更する論理を考える。私たちは日本と世界をとりまく安全保障環境を考え、解釈変更を是としてきた。本格的議論の始まりを歓迎する。

 集団的自衛権は「自国と密接な関係を持つ他国に対して第三国が武力攻撃をした場合、自国が直接攻撃されていなくても自国への攻撃とみなして実力で阻止する権利」である。歴代政府は、憲法解釈上、日本は集団的自衛権は保有しているものの、権利を行使することはできない、との立場をとってきた。

 安倍首相は(1)公海上で米軍艦船が攻撃された場合、近くの自衛隊艦船が援護する(2)米国に向かう弾道ミサイルを日本がミサイル防衛システムで迎撃する(3)他国の国連平和維持活動(PKO)部隊などが攻撃された場合に自衛隊が駆けつけて救援する(4)PKOの補給、輸送や医療など後方支援のあり方——の4類型を示し、検討を求めた。

 現行解釈でこれらを考えると、日米同盟の信頼関係や自衛隊の国際協力活動の支障になりかねないとの判断なのだろう。憲法解釈権は最終的には最高裁判所にあるが、政府見解の責任者は内閣法制局長官ではなく首相である。集団的自衛権を行使できる範囲は無制限ではないにせよ、首相は見解を変えられる。が、それを定着させるには国民の同意が要る。新解釈に基づく法案をつくり国会で成立させるか、衆院選でそれを公約し、勝利する必要がある。

 懇談会の議論は、このための基礎作業となる。首相が懇談会の結論を踏まえて政府見解を変更すれば、憲法改正の焦点である9条の改定が実質的になされ、改憲への弾みを失うとの見方もあるが、国民投票法が成立したとはいえ、投票ができるようになるのは3年後である。9条の解釈変更と将来の改憲との間に矛盾はない。一連の作業と呼べる。

 安全保障をめぐる議論は党派的になりやすいが、本来は幅広い国民的合意のもとに進む姿が望ましい。その点で懇談会が秋にまとめる報告書がどれだけ説得力を持つ内容になるかは、それ以降の作業にとって重要である。だが、それは参考意見に過ぎない。解釈変更が首相の判断でなされるべきなのは自明である。


『読売新聞』社説 2007年5月19日

4類型研究 政府解釈に固執すべきではない

 我が国の安全保障環境が一段と厳しくなった今、平和を確保するには何をすべきか。

 集団的自衛権に関する個別事例を研究する有識者会議の初会合が開かれた。ミサイル防衛など4類型の検討結果を今秋にまとめ、安倍首相に報告する。

 会議後、座長の柳井俊二・前駐米大使は「安全保障環境の根本的な変化を踏まえて、憲法を解釈しないといけない。国民に分かりやすい議論をし、常識にかなった結論にしたい」と語った。

 冷戦終結後、国際テロや大量破壊兵器の拡散などの「新たな脅威」が深刻化している。北朝鮮の核・ミサイル開発が日本の安全を脅かし、中国の軍備増強は地域の不安定要因となっている。

 日米同盟を強化し、国際平和協力活動に積極的に参加することが、日本の安全につながる。そのためには、現在の政府の憲法解釈に固執すべきではない。

 柳井氏の発言は、こうした認識に基づくものだろう。

 会議では、「国会でうまく答弁できればいいのでなく、国際社会で通用する議論でないと駄目だ」との指摘も出た。

 集団的自衛権をめぐる長年の国会論議は、極めて内向きで、国際的には特異なものだった。有識者会議の今後の事例研究では、“神学論争”を排し、自衛隊の現実を踏まえた議論をしてほしい。

 例えば、公海上で米軍艦船が攻撃された場合、近くにいる海上自衛隊の艦船が反撃できるかどうか、という事例だ。

 海自と米軍の艦船は通常、洋上給油中を除き、相当離れて行動する。個別的自衛権や正当防衛の範囲で反撃できる例は極めて限定されるという。

 日米の艦船間の距離を基に反撃の可否を検討するのでは、現実に合わない不毛な論議に陥りかねない。自衛隊の効果的な活動には、集団的自衛権の行使を容認することが、最もすっきりする。

 だが、政府の憲法解釈を変更し、限定的にせよ行使を容認する場合、従来の見解との一定の整合性が必要となろう。

 有識者会議には、適切な論理構成と手法に知恵を絞ってもらいたい。

 安倍首相は、関連法整備の必要性も指摘している。政権交代のたびに憲法解釈が変わるようでは、法的な安定性を維持できない。集団的自衛権を行使する際の基準を定める安全保障基本法の制定などが課題となるだろう。

 国の安全保障の根幹にかかわる重要な問題だけに、国民世論の理解を得る努力も欠かせない。近隣国に無用な警戒感を持たせないためにも、議論の透明性を高めることが大切だ。


『岩手日報』論説 2007年5月19日

集団的自衛権 「前のめり」に不安募る

 憲法で禁じられている集団的自衛権の行使について検討する安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の初会合は18日、開かれた。

 具体的には▽米国を狙った弾道ミサイルが日本付近を通過する場合に日本のミサイル防衛(MD)システムで迎撃できるか▽公海上で自衛隊艦船と並走する他国の艦船が攻撃された場合に自衛隊が反撃できるか—など4つの類型について検討を加え、今秋までに結論を出す。

 座長の柳井俊二・前駐米大使をはじめメンバー13人の顔ぶれは大半が行使容認に前向きとみられ、安倍首相の意向に沿って、政府に解釈変更を求める結論を出すのはほぼ確実との見方が強い。

 しかし、集団的自衛権の解釈変更には野党はじめ、公明党や自民党の一部にも反対論が根強く、国民の理解も進んでいないのが実情だ。安倍首相は懇談会設置を「結論ありき」とする見方を否定するが、ならば懇談会を通じ、日本の国益や国際的立場を国内外に明確に明らかにする責任がある。

 米の国防戦略を反映

 集団的自衛権に関して政府はこれまで「主権国家である以上、集団的自衛権を有してはいるが、行使することは憲法上できない」と説明してきた。

 一方で北朝鮮のミサイル危機や、中国の軍事力増大に対抗して米軍と自衛隊の一体化はさらに進み、集団的自衛権をめぐる憲法論議は喫緊の課題となってきた。

 米国には、米国を狙う弾道ミサイルを日本が迎撃できない現状に強い不満がある。先月末に開かれた日米防衛相会談でもゲーツ米国防長官が、久間章生防衛相に集団的自衛権行使の容認を迫り、同席したシーファー駐日米大使も「米国への弾道ミサイルを迎撃できなければ日米同盟が変質しかねない」と日本側をけん制したとされる。

 集団的自衛権に関する米側の要求は、軍事的に台頭する中国への抑止力強化を目指す米国の国防戦略を反映している。

 安倍首相が解釈変更の検討に踏み出したのは、憲法を急には改正できないため、米国の要求に取りあえず応じるにはほかに選択肢がない事情があるとみられる。だが、集団的自衛権行使容認まで踏み込む「前のめり」の安全保障や外交姿勢が中国などの近隣諸国にどう受け止められるか、ここは冷静な議論と判断が求められるところだ。

 世論は行使に否定的

 共同通信社が12、13日に実施した全国電話世論調査では、集団的自衛権行使に否定的な回答が62・0%と、4月の前回調査から7・4ポイント増えた。安倍首相の考えに近いメンバーで構成される有識者懇談会が動きだす状況に世論が懸念を強めた結果だろう。

 一方で、懇談会で解釈見直しの議論を進めることには「のぞましい」とする回答が58・9%に上った。これは北朝鮮の核実験など日本周辺の安全保障環境の変化を受け、議論自体はタブー視すべきではないという認識の高まりを示している。それだけに安倍内閣には拙速を避けた慎重な対応が求められる。

 憲法改正の手続きを定める国民投票法は14日に成立し、3年後には施行される。自民党の新憲法草案に示された自衛軍保持や集団的自衛権行使に対するアジア諸国の見る目はなお厳しい。解釈変更を先行させることはさらに反発を招くことにつながりかねない。国内外に説明を尽くした上で、国民の判断を仰ぐべきだ。

小笠原裕(2007.5.19)


『西日本新聞』社説 2007年5月19日

幅広い意見に耳を貸せ 集団的自衛権

 持っているけど使えない。でも使いたい。ルールはすぐには変えられない。それならまずは抜け道を考えよう。

 政府が憲法解釈で禁じている集団的自衛権の行使について研究する有識者会議がスタートした。

 顔触れをみると、こんな思惑ありきの研究会ではないかと勘繰りたくなる。メンバーは、集団的自衛権行使の容認に前向きな人ばかりだ。

 会議は、安倍晋三首相の肝いりで設置された。今秋、結論を出す。首相はそれを「お墨付き」として、憲法解釈の見直しに踏み込むつもりなのだろう。

 だが、憲法の根幹である平和主義にかかわる問題だ。九条の解釈には、長い間の論議の積み重ねもある。短期間の、それも首相と考え方の近い有識者会議の結論を基に、憲法解釈を変えようというのはあまりに乱暴ではないか。

 集団的自衛権は、自国と親密な関係にある国が武力攻撃された場合、自国が直接攻撃されていなくても実力でその攻撃を阻止できる権利だ。国連憲章は「主権国家の固有の権利」としている。

 一方、日本国憲法は戦争放棄、戦力不保持を定めている。政府は、自国への直接攻撃を排除する「個別的自衛権」しか認めていない。このため、集団的自衛権は「保持するが行使できない」という分かりにくい存在となった。

 解釈見直し論議が動きだしたのは、「戦後体制からの脱却」を掲げる安倍首相の強い意向が働いたものだが、その背景には国際情勢の変化もある。

 国連平和維持活動(PKO)など、国際貢献の名目で自衛隊が海外に派遣されるようになった。北朝鮮が弾道ミサイル発射や核実験を実施し、万一の有事に備えた日米同盟の重要性は増した。

 それに伴い、これまで想定していなかった事態が生じる可能性も出てきた。

 例えば、海外で自衛隊と一緒に任務に当たっている他国の部隊が武力攻撃を受けた場合、自衛隊は反撃できるのか。

 米国を狙った弾道ミサイルが日本上空を通過する時、日本のミサイル防衛システムで撃ち落としてもよいのか。

 個別的か集団的か、自衛権の微妙な解釈がからむこうしたケースにどう対応するのか、綿密に検討する必要はあろう。

 しかし、戦争の反省を踏まえ、集団的自衛権の行使を禁じた政府解釈が、自衛隊の任務拡大を抑制し、平和国家としての信頼を築いてきた面は否定できない。

 有識者会議は、ミサイル迎撃など4類型を検討の対象とした。国民の理解を得やすいケースを手始めに、解釈変更のハードルを下げていこうという狙いがうかがえる。その先は集団的自衛権の行使容認、憲法改正の道につながっていよう。

 自衛権の在り方を論議するのならば、もっと幅広い意見に耳を貸すべきではないか。論議の内容をきちんと公表し、国民の判断を仰ぐのは言うまでもない。


『東京新聞』社説 2007年5月19日

集団的自衛権 結論先行で研究するな

 集団的自衛権の行使の可否を事例に即して再検討する有識者懇談会は、行使容認に積極的な顔ぶれが多数派で、結論が透けて見えそうだ。定着した違憲の解釈は、安易に変更すべきではない。

 安倍晋三首相が集団的自衛権行使などの問題で研究を委託した「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が、初会合を開いた。これまでは憲法上許されないと解釈されてきた集団的自衛権の行使をめぐり、具体的事例に即して容認の余地を研究するという。

 首相は初会合のあいさつで、まず日本周辺の情勢について北朝鮮の核開発問題などに触れつつ「環境は格段に厳しさを増している」と強調した。不穏な動きに備えて防衛態勢を強化するため、首相が法的根拠の整理を求めた仮定の事例は、公海上で自衛艦と並走中の米艦船が攻撃された局面で自衛艦が反撃する場合など四類型だ。

 集団的自衛権とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」と定義される。政府は一九八一年、答弁書で「集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然」とする半面、集団的自衛権の行使は防衛に必要最小限度の範囲を超えるため「憲法上許されない」と表明し、以後、こうした解釈が広く受け入れられてきた。

 実力組織の任務の範囲に関して定着した憲法解釈が、ある政権の判断でたやすく方向転換されるとすれば、法治国家としての信用にかかわりかねない。憲法に定められた改正手続きを逸脱する疑いもある。

 解釈変更をめぐり自民、公明の両与党内にさえ慎重論が根強くあるのも、法の支配を厳格に守りたいという意識の表れとみてよかろう。

 それなのに、有識者懇の初会合では、集団的自衛権を行使すべきではないという意見はなかったという。前駐米大使の柳井俊二座長、元駐タイ大使の岡崎久彦氏ら参加者の顔ぶれが、行使容認派に偏っているせいではないか。これでは、有識者懇の結論は既に方向が定まっていて、議論はその理由を構築するだけとみられても仕方ないだろう。

 国連平和維持活動(PKO)への参加など、自衛隊に新しい任務を付与してきた過程では、そのつど、個別的自衛権や自然権など、合憲解釈が定着した規範に沿うことを確認してきた。研究の対象になった四類型も、集団的自衛権に基づかずに取り組める可能性、その条件や制限、歯止めなどをまず追求すべきだ。


『中国新聞』社説 2007年5月19日

集団的自衛権見直し なぜそんなに急ぐのか

 集団的自衛権の行使へ道を開く狙いが明確にうかがえる有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の初会合が、きのうあった。安倍晋三首相が検討を要請したメンバー十三人のうち十二人が行使を禁止する解釈の「見直し派」である。先に結論ありき、とみられても仕方ない。

 政府は平和憲法のもと、長く集団的自衛権の行使を禁じてきた。それからの脱却を目指す首相は席上、米国へ向かう弾道ミサイルを日本のミサイルで撃ち落とせるかなど四類型を示し、具体的に検討するよう要請した。

 有識者会議は今秋、結論を出す予定である。検討の方向性としては「集団的自衛権の全面行使」「四類型についてだけ行使」「集団的自衛権は行使できないが、四類型は個別的自衛権や警察権として行使」などの選択肢が考えられるという。

 しかし、どの方向性も米軍と自衛隊の一体化へ事実上、集団的自衛権の行使を容認する内容だ。首相の胸には北朝鮮の核問題、中国の台湾問題などがあるのだろうが、無用の刺激を与えることは避けたい。不安定さを増す北東アジア情勢を考えれば、より慎重な安全保障論議が必要である。

 また結論が最初から意図する方向に導かれる運営方法は、民主的でない。「同調有識者」をだしにした手法が定着するようだと、時の権力者は意のままに憲法を解釈しかねない。悪い前例を残すことにならないか。

 公明党の北側一雄幹事長は「今、あえて政府解釈を変更していく必要性は全くない」と首相の考えに反対する見解を示している。そうであるなら、与党であっても首相の「思い込み」に強く異議を唱えて、憲法からの「逸脱」を押しとどめる責任がある。

 安倍政権は衆院与党の圧倒的多数を力に多くの政策、法案を参院選向けのアピール材料として繰り出してきた。ごり押し、拙速といった批判もどこ吹く風だ。

 集団的自衛権の行使は、国の命運に直結しかねない。内閣法制局が長く保持し、時の政権も受け入れてきた見解の変更を有識者会議のわずか半年の検討にまかせるのは、国民不在といえる。

 解釈の変更で真っ先に影響を受けるのは自衛隊員だろう。「机上の変更」で、外国の戦場などでいつ命を失うかもしれない境遇に置かれる。家族ともども簡単に割り切れることではなかろう。


『秋田魁新報』社説 2007年5月19日

集団的自衛権会議 民主的ルールに反する

 安倍政権の「独り善がり」がまた1つあらわになった。集団的自衛権の行使を禁じた憲法解釈の見直しを検討する有識者会議のことである。

 安倍晋三首相側が選んだメンバーのほぼ全員が解釈変更派。「初めから結論ありき」とみて構わないのである。

 自分の考えに近い有識者たちを使い、「お墨付き」を得たとして解釈変更に踏み切るつもりなのだろう。そうだとすれば、フェアではないし、民主的なやり方とは到底いえない。

 しかも、解釈の変更によって、集団的自衛権の行使が容認されれば、戦後の安全保障政策の大転換となるのである。

 何にも増して慎重かつ公平な議論が欠かせない。本来なら人選をやり直すべきだ。それが無理なら、各メンバーは持論を封印するぐらいの公正な論議に徹しなければならない。

 集団的自衛権とは、自国と密接な関係にある国やその軍隊が武力攻撃を受けた場合、たとえ自国への攻撃がなくても実力で阻止する権利を指す。

 日本に当てはめると、例えば、北朝鮮有事で出動する米軍への武力支援が想定される。

 北朝鮮の核やミサイルの脅威が現実化している以上、集団的自衛権の研究や議論を重ね
ていこうとの意味でなら、有識者会議の設置も分からなくはない。

 解釈見直しの背景として、米国の要請に応える格好で日米同盟の強化を図る狙いがあったこともほぼ間違いない。

 しかし、安倍首相が最終的に目指しているのは、集団的自衛権と密接不可分な憲法9条の改正なのではないのか。集団的自衛権の行使容認は、9条改正の布石という側面を見逃してはならないのである。

 戦争放棄と戦力不保持をうたった9条や集団的自衛権の非行使は、苛烈(かれつ)を極めた戦争への反省と平和の誓いに裏打ちされている。終戦後、どこの国とも1度も戦火を交えてこなかったことは誇るべきことなのだ。

 安倍首相の改憲に向けた動きは、日本が戦後、一貫して守り続け、世界に誇れる平和主義を瓦解させる危険性をはらむと言わざるを得ないのである。

 国民の思いとの乖離(かいり)も指摘しておかなければならない。共同通信が今月実施した全国世論調査によると、集団的自衛権の憲法解釈は「変更の必要なし」が62%、「変更すべき」は13%にすぎなかった。

 憲法9条については、4月の共同通信調査で「改正の必要なし」が45%で、「必要あり」の26%を大きく上回った。

 野党はもちろん、与党内でも警戒感が根強い。自民党の国防族でさえ集団的自衛権の行使容認の問題性を指摘。公明党に至っては行使容認反対の姿勢を明確に打ち出しているのだ。

 安倍首相の突出ぶりが際立っているのである。改憲は祖父である岸信介元首相以来の悲願なのであろう。しかし、国民の意思を無視しては、政治は決して成り立たない。

 教育基本法の改正、国民投票法の制定、さらに集団的自衛権の行使容認と安倍政権の「独り善がり」がこれ以上続くようだと、「独断専行」との指摘もあながち的外れではなくなる。


『沖縄タイムス』社説 2007年5月18日

[集団的自衛権]国民の理解得られるか

 四月末、ワシントンで開かれた日米防衛首脳会談で、ゲーツ米国防長官が米国を狙った弾道ミサイルを日本のミサイル防衛(MD)システムで迎撃できるようにするため、集団的自衛権行使の容認を久間章生防衛相に迫ったという。
 ゲーツ長官は、自国の安全を守るためなら他国の憲法解釈も変更させることができると考えているようだが、あまりに強引すぎないか。

 最高法規である憲法解釈をめぐる議論はそれぞれの国内問題で、他国があれこれ言う筋合いのものではない。

 日本国憲法は戦争放棄を明記し、国の交戦権を認めていない。集団的自衛権をめぐる議論はさまざまあるが、現行憲法が集団的自衛権の行使を禁じているとした政府解釈は一貫して変わっていないし、国民にも定着している。

 共同通信社が今月行った全国世論調査では、集団的自衛権の行使に関する政府解釈について「今のままでよい」との回答が62・0%。「憲法解釈を変更し、行使できるようにすべきだ」の13・3%を上回った。

 米国が内政干渉ともとれる要求を突きつけてきたことは、集団的自衛権の行使容認に始まったことではない。

 二〇〇一年九月の米同時多発テロの直後に、当時のアーミテージ米国防副長官が柳井俊二元駐米大使に「ショーザ・フラッグ(旗を見せて)」と要求。この発言をきっかけに、日本は米国が掲げる対テロ戦争に協力。インド洋への自衛隊艦派遣やその後のイラクへの陸上自衛隊派遣などにつながった。

 政府は四月に集団的自衛権の行使に関し、一部容認する方向で解釈変更を検討する有識者会議を設置した。初会合が開かれるのはきょう十八日だ。

 憲法解釈をめぐっての議論は必要かもしれないが、一部有識者の考えだけで変更するのはおかしい。まして他国の国防長官が、この時期にいちいち口出しすべきものではない。

 政府は集団的自衛権の解釈変更を急ぐより、平和憲法の理念を守ることにこそ力を注ぐべきだ。


『朝日新聞』社説 2007年5月18日

集団的自衛権—何のために必要なのか

 集団的自衛権について研究する首相の私的懇談会がきょう、初会合を開く。秋には結論を得たいという。憲法の根幹にかかわる解釈の検討が始まる。

 集団的自衛権とは、自国と密接な関係にある外国が攻撃された時、自国が直接攻撃されていなくても自国への攻撃とみなし、実力で阻止する権利のことだ。

 国連憲章に規定があり、どの国も持つ。しかし、日本は憲法9条のもとで必要最小限の自衛権しか行使しない。集団的自衛権はその範囲を超えるから、行使は許されない。これが政府解釈だ。

 軍事力について抑制的に考えてきた戦後平和主義の中核の考え方である。

 自衛隊を普通の軍隊にしたい首相にすれば、この解釈は目の上のたんこぶなのだろう。行使容認に前向きな人をずらりと並べた懇談会のメンバーを見れば、首相の意図は明白だ。

 どんな場合が集団的自衛権の行使にあたるのか、それは容認されるのかという検討の対象として、四つの類型があがっている。公海上で自衛艦の近くにいる米艦船が攻撃を受けた場合の応戦など、どれも一見、なんとかしなければいけないと思わせる具体例だ。

 だが、よく吟味してみると、個別的自衛権で考えるべきものや、そもそも集団的自衛権に該当しそうにないものが含まれている。これで議論を進めようというのは乱暴である。

 米艦船への助太刀だが、実際に起こりそうなのは日本近海で共同行動をとっている場合だ。それは日本有事か日本有事に極めて近い状況だろう。個別的自衛権の延長で考えるべきことである。

 国連平和維持活動(PKO)などで隣り合わせた外国の部隊を守るのも、安全確保のための武器使用という文脈でとらえられる。それに集団的自衛権の対象になるのは同盟国の米国だけだろうが、米国以外の国の部隊とも行動を共にするのがPKOである。

 多国籍軍などへの後方支援としての武器輸送は、武力行使と一体となる場合が多く、そもそも憲法上許されない。

 米国に向けて発射された弾道ミサイルを自衛隊のミサイル防衛システムで迎撃する類型もある。だが、現在の自衛隊のシステムでは、米国向けのミサイルを撃ち落とすことは能力的に不可能だ。

 技術の進展によっては可能になるかもしれないが、ミサイル防衛の将来自体が不明確なうちに、そこまで突っ込んで議論する必要があるのか疑問だ。

 私たちは、集団的自衛権の行使は憲法上認められないし、認める必要もないと考える。自衛隊は日本防衛以外の目的で武力行使をすることはない。その原則から逸脱してはならない。

 首相の懇談会は、むしろ、冷戦後の新しい世界の状況や武器技術の変化を踏まえ、国連の下での集団的安全保障や個別的自衛権の枠で何ができるのか、を詰めるべきだ。


『山陰中央新報』コラム明窓 2007年5月17日

生煮えの国民投票法

 生煮えの項を三省堂の新明解国語辞典で引いてみる。するとこう出ている。「十分に煮えていないこと」。当たり前だ。だが、この辞書の真骨頂は用例にあって、そこには「生煮えのサトイモ」とある▼ことさらサトイモでなくてもよさそうに思えるが、編集者の感覚では、ここはやはりサトイモでなくてはならないらしい。ごりごりとした生煮えの歯触り、口に広がるえぐみ。どうしてもサトイモでなくては表現できない。そう思ったのだろう▼そこで、えぐいの意味。「あくが強くて、のどが、ひりひり刺激される感じだ」とある。生煮えで、ひりひりした刺激。成立した国民投票法にそっくり。憲法改正の手続きを定める法の趣旨は別にしても18本の付帯決議が付くこと自体、尋常ではない。どうしても生煮え感はぬぐいきれない▼付帯決議の内容は最低投票率制度の意義や是非の検討、公務員や教育者による地位利用の禁止行為の明確化などだ。法律の施行は3年後。それまでに検討をというが「付帯決議」とするには内容が重大すぎる。だったら、もっと審議をして本則に盛り込めばいい。それが筋というものではないか▼まだある。議論となっていた投票年齢の問題などは付則に押し込めた。条文では投票権者は18歳以上の日本国民としたが、付則で公選法の選挙権年齢と民法の成年年齢の引き下げが行われるまでは20歳以上とした。付則としたのは、問題を詰め切れなかったからだ▼国民投票の対象となる憲法は「この国のかたち」を定める法律。憲法改正に直結する法律を生煮えのまま成立させる必要があったのか、政治情勢をにらんだ帳尻合わせは困る。(三)


『山陰中央新報』論説 2007年5月16日

国民投票法成立/あまりに検討課題が多い

 憲法改正の手続きを定めた国民投票法が成立した。改憲路線を突っ走る自民党からは、三年後の法施行をにらみ「早ければ二〇一一年には初めての国民投票が実現」との見方も出ている。果たして、この法律で憲法改正案の是非を問う国民投票が混乱なく、スムーズに実現するのだろうか。

 成立した国民投票法は中身を十分に詰め切ったとはいえず、憲法の専門家からは「未完成の法律」(江橋崇法政大教授)と厳しい評価も出ている。

 例えば投票権者年齢。法律では投票権を原則十八歳以上に与えるとし、施行までに民法の成年(成人)年齢や公選法の選挙権年齢などを現在の二十歳から十八歳に引き下げることを検討する規定が盛り込まれた。引き下げが実現しないと、国民投票の有権者年齢は二十歳以上になる。

 日本社会では二十歳以上を大人(成人)とする見方が根強く、それを前提にした関係法も公選法、民法にとどまらず、少年法など「二十八本ある」(中山太郎衆院憲法調査特別委員長)といわれる。法体系の整合性を損なわず、直接関係する法律に絞って改正するにしても施行に間に合わせるのは容易でないし、結局「二十歳以上」で実施するのでは条文の意義が問われることになる。

 別の心配もある。十八歳以上の場合、高校生も投票権を持つことから自民党の一部には今後「中学、高校での憲法教育の充実」を強調する向きもある。それを口実に「改憲教育」を持ち込み、いたずらに教育現場を混乱させないよう、くぎを刺しておきたい。

 禁止された公務員・教育者の地位利用による国民投票運動についても、あいまいさはぬぐえない。国民投票法では違反しても刑事罰の対象にならないが、国家公務員法などで懲戒処分される公算が大きいとみられる。

 憲法担当の国立大教授が講義で改正案を取り上げると、言及の仕方次第で違反になるのか。憲法九九条で「憲法尊重義務」のある公務員が、その立場を周辺に訴えたりする場合はどうか。想定されるさまざまなケースについて、違反になるかどうかの明確な線引きは可能なのだろうか。

 法の成立を受けて、七月の参院選後にも衆参両院に設置される憲法審査会にも、それはいえる。施行までの三年間、憲法審査会は調査に専念し、憲法改正原案の提出・審査は行わないことになっているが、自民党からは「改正案の骨子や要綱までなら作成可能」との見解もある。

 本来であれば、これらの点を詰めてから成立に持ち込むのが筋だが、あいまいなまま今後に持ち越されてしまった。法制定を推進した与党には、改善策に取り組む重大な責任があることを指摘しておきたい。

 安倍首相は同法制定で改憲への道筋を整える一方、集団的自衛権の憲法解釈見直し作業を本格化させる姿勢を鮮明にしている。「戦後レジーム(体制)からの脱却」の最大の政治目標は改憲に絞られた。夏の参院選に続き、国民投票の実施までに衆院選もある。有権者は、この国の行く末に思いをはせ、進路を誤ることがないよう慎重に一票を投じよう。


『神戸新聞』社説 2007年5月16日

改憲論議/政治に目を凝らさないと

 国民投票法が成立し、憲法改正が現実の政治テーマになる手順が正式に整った。本来、できるだけ幅広い合意の下で決めるべき手続き法なのに、与党が押し切る形で決着したのは、やはり釈然としない。

 安倍首相にすれば、めざす任期中の改憲のための環境整備が大きく進んだということだろう。成立してすぐ、一昨年秋に自民党がまとめた「新憲法草案」の見直しを指示するなど、これからの改憲論議を主導しようという姿勢をのぞかせている。

 手続き法が成立したのを弾みに今後、具体的な動きが急ピッチで進む可能性がある。改正するのか、しないのか、いよいよ国民の意思が問われる段階に入ることを十分、認識しておきたい。

 もっとも、投票法の施行は公布の三年後という枠がはめられた。この間、衆参両院に設置される憲法審査会では、調査はできても改憲原案の審査や提出はできない。

 あらためて憲法について、冷静に考え、熟成させる。三年間の「凍結」を、そういう期間にしなければならない。

 最近の世論調査をみても、国民投票法の成立自体、急ぐ必要はないという声が過半数を占めていた。そうした世論の動向を見定めておく必要がある。最初から「改憲ありき」というような、前のめりの見直しが進むようなことは禁物だ。

 成立した投票法そのものも、まだまだ不完全といえる。十八項目にのぼる付帯決議が、そのことを示している。

 最低投票率制度の是非は、最後まで残った論点だった。仮に、投票率が40%程度の場合、有権者の二割前後の賛成で改憲が成立し得るという内容で、いいのかどうか。投票権者を十八歳以上としたことで民法など関係法令の整備が迫られるが、自民党内には年齢引き下げに異論がある。

 これら先送り課題について、施行までに論議を尽くすことが先決だろう。

 手続き法ができても、改憲発議には衆参で三分の二以上の賛成が要る。現状では、与党は民主党との協調が欠かせないが、その民主からは「土俵づくりで合意できないのに、中身で一致できるはずがない」の声がでる。現実のハードルは高い。

 ただし、政界再編が起きると話は違ってくる。実際、首相は施行までの再編を念頭に置いているとの見方も出ており、そんなに非現実的な予測とも思えない。

 近づく参院選では、憲法が焦点の一つになることは間違いない。各党の主張を見きわめながら、いまの与野党体制の行方にも目を凝らさなければならない。


『河北新報』社説 2007年5月15日

憲法改正手続き法/何から議論を始めるか

 国民投票法(憲法改正手続き法)が14日成立した。これで、茶の間でも職場でも、憲法論議は避けて通れなくなる。

 憲法論議の現状を指すのに、「九条二元論」という言い方がある。戦争放棄と戦力の不保持をうたう憲法九条を中心とした改憲論と護憲論を言う。幅広い議論を求める政界にはこれに対する批判もあるが、論議の核心を表す言葉には間違いない。

 そして今、注目しなければならなくなったのは、新しい「九条二元論」が安倍晋三首相自身とその周辺から結果として提起されていることである。首相の改憲志向が九条に向いているのは言うを待たないが、この場合の「二元論」とは、明文改憲か解釈改憲かということを指す。

 投票法により明文改憲の権利を得た国民にとって「明文か解釈か」の選択には釈然としないものがあるが、それが今後の憲法論議の新たなテーマに付け加わることになるのは確かだ。

 解釈改憲論が急浮上したのは、言うまでもなく、政府が憲法解釈で禁じてきた集団的自衛権行使の一部容認を検討する有識者会議を安倍首相が4月下旬に設置したことがきっかけだ。

 集団的自衛権の範囲を従来の「どんな場合も認めない」から「日本の安全保障に関係ある場合は認める」に転換することが狙いと言われる。同盟国を攻撃する弾道ミサイルが日本付近を通過するときにミサイル防衛システムで迎撃できるかどうか—など四類型が研究テーマだ。

 九条を明文改正するなら解釈改憲は要らない。だが、国会の改憲発議に必要な3分の2の賛意を自公民の与野党三党で保証できる展望がない中では、明文改憲より解釈改憲が現実的というわけか。安倍首相の本意は明文なのか解釈なのか。国民はかたずをのんで見つめている。

 共同通信が12、13両日に行った世論調査によると、集団的自衛権行使禁止の政府解釈に関し「今のままでよい」が62.0%と4月の前回調査を上回った。逆に「憲法解釈を変え、行使できるように」は前回を下回って13.3%にとどまった

 有識者会議のメンバー13人のうち12人が、政府のこれまでの憲法解釈を批判したり解釈変更を求めていたりしたことが分かっている。今回の調査結果は、その有識者会議が18日に活動を開始することに懸念を強めたものとみていいだろう。

 国民が抱くこうした懸念には、過去からの幾つかの教訓が下敷きとなっているように思う。

 「自前の憲法」を求めてきた自民党は1960年代以降、その時々の政治状況から九条の明文改正を棚上げする代わりに、政府解釈や関係法の操作でなし崩し的に自衛力の増強や自衛隊の活動範囲を広げてきた。

 昨年末の防衛省昇格法では、自衛隊の海外活動が「本来業務」に格上げされ、日米間の軍事一体化が強化されたばかりだ。

 国民の懸念はまさにこうした「解釈改憲路線」に向けられている。安倍政権は、解釈の後に明文で—の戦略を描いているかもしれないが、今回の調査結果を謙虚に受け止めるべきだ。


『朝日新聞』社説 2007年5月15日

投票法成立—「さあ改憲」とはいかぬ

 憲法改正の是非を問う国民投票法が成立した。野党第1党の民主党も含め、政党間の幅広い合意を目指してきたが、結局、自民と公明の与党が野党の反対を押し切った。

 いまの憲法ができて60年。初めて国民投票の手続きを定める法律をつくろうというのに、こんな形の決着になったのはきわめて遺憾である。

 衆参各院で3分の2の賛成がなければ発議すらできないという憲法改正の規定は、改正にあたって国民の幅広い合意形成を要請したものだ。そのルールを定める話なのに、参院選への思惑といった政党の損得勘定が絡み、冷静な議論ができないまま終わってしまった。

 最低投票率の問題をはじめ、公務員や教員の運動に対する規制など、詰めるべき点を残したままの見切り発車である。18項目にもわたる付帯決議でそうした問題の検討を続けるとしたが、ならばじっくりと論議し、結論を出してから法律をつくるべきではなかったか。

 さて、投票法の成立を受けて、安倍首相は7月の参院選で改憲を問う姿勢をますます強めている。

 そもそも投票法の成立を急いだのも、それが目的だった。中川秀直自民党幹事長は、今度の選挙で選出される参院議員について「任期6年の間に必ず新憲法発議にかかわることになる」とまで語り、自民党議員の当選には改憲への信任がかかっているとの考えを示した。

 改憲の中身として首相が語るのは、自民党が昨年発表した新憲法草案だ。その根幹は9条を変えるところにあると言っていいだろう。

 自民党案の9条部分を読んでみよう。

 9条2項の戦力不保持や交戦権否認の規定は削除され、代わりに「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する」といった文言が入る。

 つまりは、現在の自衛隊ではなく、普通の軍隊を持つということだ。自民党は、今後つくる安全保障基本法で自衛軍の使い方をめぐる原則を定めるとしている。だが、たとえ基本法に抑制的な原則をうたったとしても、憲法9条とりわけ2項の歯止めがなくなれば、多数党の判断でどこまでも変えることが可能だ。

 集団的自衛権の行使に制約をなくし、海外でも武力行使できるようになる。いつの日か、イラク戦争で米国の同盟国として戦闘正面に立った英国軍と同じになる可能性も否定されないということだ。

 首相は憲法を争点にするというのならば、自衛軍を持つことの意味、自衛隊との違いをもっと明確に語る義務がある。「戦後レジームからの脱却」といった、ぼんやりした表現ではすまされない。

 投票法ができたといっても、自民党草案や自衛軍についての国民の論議は進んでいない。参院選ではそこをあいまいにすることは許されない。


『京都新聞』社説 2007年5月15日

国民投票法成立  国会から目を離すまい

 憲法改正手続きを定める国民投票法が成立した。

 憲法九六条の改正条項に基づく国民投票の仕組みが初めて整備された。憲法施行から六十年。同時に施行されていておかしくなかった法律が、ようやく整ったのだ。

 冷戦後、活発化してきた改憲への動きが、次の国会で衆参各院に設置される憲法審査会を中心に加速し、現実の政治テーマに急浮上するのは間違いない。国会から目を離してはなるまい。

 憲法改正には衆参各院の総議員の三分の二以上の賛成で発議する。さらに国民の過半数の賛成が必要と定めている。

 憲法は国の最高法規である。時の政権の都合や思惑などで、たやすく変えられないよう厳しい条件を付けているのだ。

 国民投票法は、そのための公正中立なルールを設けるもので、「手続き法」とはいえ、極めて重要な法律である。与野党を超えた幅広い合意が欠かせない。

 だが、自民、公明の与党が野党を数で押し切り、成立させた。安倍晋三首相が憲法改正を参院の争点にする考えを示したことで、政争の具にまみれ、合意形成は頓挫した。首相の責任も免れない。

 同法は成立したとはいえ、多くの難問を積み残している。付帯決議が十八項目にも及んだことでも分かろう。

 例えば、投票年齢の「十八歳問題」や「最低投票率」導入、公務員、教育者の運動規制で、禁止行為をどうするのか、さらに検討が必要である。

 憲法調査会は、公布から三年間は憲法改正案を提出、審査しないことを盛り込んでいる。だが、調査はどこまで認めるか、明確化も迫られているのだ。

 いずれも憲法調査会の喫緊の課題となろう。与野党とも冷静な論議の中で、法の見直しも含め合意形成を促したい。

 不安も消えない。「戦後レジームからの脱却」を掲げる首相は、憲法改正への思い入れを一段と強めていることだ。先の参院審議では、自民党が立党五十年を機にまとめた新憲法草案を持ち出し、最大の焦点である「九条」を含む改憲の是非を参院選で問う姿勢を示した。

 自民党草案では「九条」の戦争放棄を定めた一項は維持するが、二項の戦力不保持と国の交戦権否認は削除し、「自衛軍」の保持を明記している。

 首相は「(党で)九条は変えると決めている」という。だが「郵政選挙」のマニフェスト(政権公約)では触れていない。国民的な論議にもかけていない。あまりに唐突で、前のめりすぎないか。

 憲法は、国民が平和で豊かに暮らせるよう国家権力にさまざまな義務を負わせている。これが立憲主義の本質である。権力者の使い勝手の良い「道具」にしてはならないのだ。

 与野党の政権交代を伴わない参院選で首相は憲法改正をめぐり、何をどう具体的に問おうとするのか。首相の「強い姿勢」に危うさを感じずにはおれない。


『陸奥新報』社説 2007年5月15日

国民投票法「成立も改憲論議は慎重に」

 なぜそんなに事を急がなければならないのか—という思いを禁じ得ない。

 憲法改正の手続きを定める国民投票法案が14日、参院本会議で与党などの賛成多数で可決され、成立した。手続き法とはいえ、国の最高法規である憲法の改正にかかわる重要な法整備が、対立点を残したまま与党だけの賛成で成立したことは遺憾である。

 国民投票法は成立したが、施行は3年後である。それまでは国会への改憲原案の提出・審議はできない。国民投票が実際に行われるのは、早くても2011年秋になる。

 とはいうものの、1947年に施行された現憲法は60年の歳月を迎えて改憲という重大な局面に立たされたといえる。だが、ここに至る政治プロセスを振り返ると、任期中の改憲実現を目指す安倍晋三首相の前のめりの姿勢だけが目立つ。

 憲法改正についてはさまざまな議論があり、いまだ「改憲が必要」という国民的合意を得るまでには至っていないように思える。

 今回の法成立は、今後も大いに幅を広げていかなければならない議論の途中で強引に見切り発車したとの印象がぬぐえない。あれよあれよという間に憲法問題がここまで来たのは、改憲を参院選の争点に据えてまでも法案の早期成立をもくろむ安倍首相のこだわりがあったからに他ならない。

 憲法改正に関する協議は2000年に衆参両院に憲法調査会を設置し、与党と民主党がそれぞれ案を持ち寄って始まった。昨年末の臨時国会では共同提案に向け、大筋で合意にこぎつけた経緯がある。

 これをほごにしたのは安倍首相といえる。首相は今年の年頭会見で、憲法改正を参院選の争点にしたいとする考えを表明。参院選での野党共闘を重視する民主党の小沢一郎代表らの反発を招き、ついには法案修正協議が決裂するという「政局」をつくった。

 成立した法も問題点を抱えたままである。

 憲法改正を承認する96条の「過半数」の母数について、有権者総数や投票総数ではなく、最も条件が低い「有効投票総数」としたことがその1つである。さらに合点がいかないのは、国民投票を有効とする「最低投票率」の規定が設けられなかったことだ。

 仮に国民投票が50%の投票率であった場合、その過半数である有権者の25%の賛成で憲法は改正されてしまうことになる。国政選挙や地方選挙においては最低投票率などの規定はないが、一定の歯止めがなければ、多数の有権者が賛否を明らかにしないまま少数の賛成で国の基本法である憲法が改正されることもあり得る。

 またメディアを媒体とした意見広告の取り扱い、国民への周知期間、公務員や教育者の地位利用による運動の規制など、多くの問題点が残っていると指摘せざるを得ない。

 憲法改正案の発議には衆参両院で3分の2以上の賛成が必要なことから、民主党の協力がなければ発議は不可能だ。衆参の憲法審査会などでの国民的議論の醸成が必要と考える。


『茨城新聞』論説 2007年5月15日

国民投票法成立 この法律で大丈夫か

 果たしてこの法律で、憲法改正案の是非を問う国民投票が混乱なく、スムーズに実現するのだろうか。

 憲法改正の手続きを定める国民投票法が成立した。安倍晋三首相の下、改憲路線をひた走る自民党からは、三年後の法施行をにらみ「早ければ二○一一年には初めての国民投票が実現」との見方も表面化している。

 しかし、成立した国民投票法は中身を十分に詰め切ったとはいえず、憲法の専門家からは「未完成の法律」(江橋崇法政大教授)と厳しい評価も出ている。任期中に改憲を見届けたい首相の「前のめり」の姿勢が一因だとしたら、これほど不謹慎なことはあるまい。

 例えば投票権者年齢。法律では投票権を原則十八歳以上に与えるとし、施行までの間に、民法の成年(成人)年齢や公選法の選挙権年齢などを現在の二十歳から十八歳に引き下げることを検討する規定が盛り込まれた。引き下げが実現しないと、国民投票の有権者年齢は二十歳以上になる。

 日本の社会では二十歳以上を大人(成人)とする見方が根強く、それを前提にした関係法も公選法、民法にとどまらず、少年法など「二十八本ある」(中山太郎衆院憲法調査特別委員長)といわれる。法体系の整合性を損なわずに、直接関係する法律に絞って改正するにしても、施行に間に合わせるのは容易でないし、結局「二十歳以上」で実施するのでは条文の意義が問われるだろう。

 別の心配もある。十八歳以上の場合、高校生も投票権を持つことから、自民党の一部には今後「中学、高校での憲法教育の充実」を強調する向きもある。間違っても「改憲教育」を持ち込んで、いたずらに教育現場を混乱させないよう、くぎを刺しておきたい。

 禁止された公務員・教育者の地位利用による国民投票運動についても、あいまいさはぬぐえない。

 想定されるさまざまなケースについて、違反になるかどうかの明確な線引きは可能なのだろうか。

 法の成立を受けて、夏の参院選後にも衆参両院に設置される憲法審査会にもそれはいえる。施行までの三年間、憲法審査会は調査に専念し、憲法改正原案の提出・審査は行わないことになっているが、自民党からは「改正案の骨子や要綱までなら作成可能」との見解も伝わってきている。

 本来であれば、これらの点を詰めてから成立に持ち込むのが筋だが、あいまいなまま今後に持ち越されてしまった。

 安倍首相は同法制定で改憲への道筋を整える一方、集団的自衛権の憲法解釈見直し作業を本格化させる姿勢を鮮明にしている。「戦後レジーム(体制)からの脱却」の最大の政治目標は改憲に絞られたといえる。夏の参院選に続き、国民投票の実施までには衆院選もある。有権者はこの政権の性格を踏まえた上で、投票することが求められよう。


『福島民友新聞』社説 2007年5月15日

国民投票法成立/主権者の国民が考える番だ

 憲法改正の手続きを定めた国民投票法が参院本会議で与党などの賛成多数で可決され、成立した。

 成立した国民投票法は(1)投票の対象を憲法改正に限定(2)投票権者は18歳以上(当面は20歳以上)の日本国民(3)法施行は、公布から3年後—などが柱だ。

 国民投票法は手続き法とはいえ、憲法改正と密接に絡む重要法案だ。安倍首相は参院憲法調査特別委員会での可決後、記者団に「十分に議論してきた結果だ」と述べたが、国民、県民感情としては、法案の中身の議論を尽くしてかみ砕き、広く浸透させてほしかったというところではないか。

 国会が発議する憲法改正案への賛否を、国民に直接問い掛ける仕組み作りの同法だけに、粘り強く審議して中身にあいまいさを残さず、与野党合意のうえで成立してほしかった。法制定を推進した与党は、改善策にも取り組まなければならない。

 ともかく政治は戦後初めて、憲法改正を実現し得る出発点に立った。国民の立場からすると、憲法改正がいよいよ現実の政治課題になってきた。自民党からは3年後の法施行をにらみ「早ければ2011年に初の国民投票実現」との見方も表面化している。

 安倍首相はかねてから、9条を含む改憲の是非を今夏の参院選の争点にすることを表明している。

 同法では両院に憲法改正案を審査する憲法審査会の設置を定めている。参院選後の臨時国会で設置の見通しだが、法施行までの3年間は審査を行わないことも決めている。

 従って、憲法改正をするなら「なぜ今なのか」「なにをどう改正するのか」などを、3年の間に分かりやすく国民に提示する必要がある。「護憲」の立場をとる側にも同じことがいえよう。ほかにも「加憲」の考えも方あり、憲法の在り方をめぐって活発で幅広い、しかも冷静な意見の交換が求められる。それが政治の重みであり務めでもある。

 論点を煮詰めて合意形成を図り国民の関心を高めないと、いざ投票となっても投票所に足を運ばない国民が多くなる心配もある。同法には最低投票率の規定がないため、最近の選挙にみられるような低い投票率は避けなければならない。

 憲法改正案の発議には衆参両院で3分の2以上の賛成が必要との高い条件が課せられているが、投票を直接行うのは主権者たる国民だ。

 戦後60年を経て平和的な国際貢献や環境権、プライバシー権、犯罪被害者の権利、平和的生存権など新しい考え方も出てきた。安全保障をめぐる環境も変わっている。時代に合う国の形や社会の姿のよりどころとする憲法とは何か。国の基本法の意義と役割を私たち自らが真剣に考えたい。


『産経新聞』主張 2007年5月15日

国民投票法成立 新憲法制定が政治課題だ

 憲法改正手続きを定める国民投票法が成立し、施行から60年間放置され、改正を事実上阻んできた法的不備の状態が解消された。新憲法制定が現実的な政治課題となった歴史的な節目といえる。

 憲法改正原案の提出や審査は、平成22年の国民投票法施行まで3年間凍結されるが、国民投票の実施に備えて詰めておくべき課題は多い。

 新憲法が国民参加の下で制定される過程で、中立性を求められる公務員にどこまで政治的活動が認められるかという問題もその一つだ。

 国民投票法では、政治的行為を制限する国家公務員法、地方公務員法の規定が原則適用される。しかし、公明党の意向で「賛否の勧誘」や「意見表明」を認めるため、何らかの法律上の措置をとることが付則に加えられた。民主党は公務員への制限撤廃を唱えたほどであり、自公民3党の間でも考え方に大きな違いがある。

 日教組のイデオロギー闘争が教育現場に弊害をもたらしてきたことを考えれば、公務員の政治的活動を無制限に認めることへの懸念は拭(ぬぐ)えない。

 特定の主義主張や省益などを背景とした公務員の政治的活動が、国民の自由な判断に干渉を与えないようにするという観点が欠かせないだろう。

 国民投票の導入にあたり「18歳成人」をどう考えるかという身近なテーマもある。投票年齢が選挙権年齢の20歳から18歳に引き下げられることで、未成年者の結婚年齢(男18歳、女16歳)はどうなるのか。飲酒・喫煙の解禁は20歳以上に据え置くのか。

 関係する法律は約30本に及ぶという。新憲法制定への国民の関心を高める意味でも大切な作業である。

 参院選後、衆参両院に置かれる憲法審査会が新しい議論の舞台となる。国民投票実施に向けた環境整備にしっかり取り組んでほしい。

 もとより、肝心の憲法改正の中身の方の議論を忘れてもらっては困る。すでに自民党は新憲法草案を持っているが、公明、民主両党はいまだに条文化作業に着手していない。

 14日の参院本会議では、与党案に反対の立場をとった民主党から賛成者、欠席者が出た。3年間の凍結期間を理由に、党内論議を先送りするような姿勢はもう取れないはずだ。


『日本農業新聞』論説 2007年5月15日

国民投票法成立/民意の反映十分可能か

 憲法の改正手続きを定めた国民投票法が14日、参議院本会議で自民・公明両党などの賛成多数で可決、成立した。与党と民主党が昨年5月、それぞれ法案を提出して以来1年のスピード審議だった。公布後3年たてば国会で発議が可能となるだけに、今後の国政選挙は憲法改正を常に意識したものにならざるを得ない。残念なのは、わたしたちが民意の反映としてこだわった最低投票率制度が盛り込まれなかったことだ。付帯決議されたことを足がかりに、今後も見直しを求めていきたい。

 安倍晋三首相が出席した11日の参院憲法調査特別委員会の審議を聞いた。国民投票法をどのような内容にすることが国の大本である憲法の改正に最もふさわしいか、最後の議論に期待をかけた。しかし、残念ながら民意を十分反映できる法律にはならなかった。それどころか、安倍首相は7月の参議院議員選挙の争点にする考えをあらためて強調、自らの内閣で憲法を改正する意欲をにじませた。手続き法の審議でありながら、憲法改正議論になっていたことに強い違和感を感じ
る。

 憲法は第九六条で改正のための手続きを定めているが、国民にその是非を問う国民投票については具体的な規定がなかった。今回成立した国民投票法では1.投票年齢は18歳以上。選挙権年齢が18歳に引き下げられるまでは20歳以上 2.憲法改正案は有効投票総数の過半数で成立 3.周知期間は国会発議から60日以降180日以内 4.公務員・教育者の地位を利用した賛否の運動の禁止 5.施行は公布3年後——などと改正手続きを定めた。

 国会では、投票年齢や過半数の定義、公務員の地位利用規定などについて与野党が対立した。どれも議論を深めなくてはいけない問題だが、わたしたちは憲法の改正手続き法である以上、国民の意思を最大限に反映できるものにするため、少なくとも最低投票率制度を設けるべきだと主張した。しかし、付帯決議にはなったが、制度創設が見送られただけでなく、過半数の定義についても白票を含む投票総数ではなく、有効投票総数という最も低いハードルになってしまった。これではごく一部の国民の賛成でも憲法は改正され、民意を最大限反映できるものにはならない。

 また、公務員や教育者の地位を利用した運動の禁止もあいまいだ。「地位の利用」の定義が極めて不明確で、現状では公務員や教育者の表現の自由を奪うケースも出てこよう。憲法改正手続き法が、憲法で定めた表現の自由を阻害しかねないとは、皮肉な話である。少なくとも、「地位の利用」として禁止される行為を明確にすることで、時の解釈に委ねることだけは避けなければならない。

 憲法は国の礎。意見の対立が深まれば、国論を二分しかねない。わが国の姿はそれでは定まらないし、今後進むべき方向も決まらない。


『山陽新聞』社説 2007年5月15日

国民投票法成立 改憲是非の判断力養おう

 憲法の改正手続きを定めた国民投票法が、参院本会議で与党などの賛成多数で可決、成立した。憲法は施行六十年の節目に、改正のための具体的な手順が初めて整えられた。

 国民投票法は、改憲の是非を主権者の国民が選択する手法の重要な取り決めである。成立によって改憲が現実的な政治テーマになったといえよう。国民一人一人がこの問題に真剣に向き合わなければならない時代を迎えた。その意味をしっかり認識する必要があろう。

 憲法九六条は改憲手続きについて、衆参両院それぞれの総議員の三分の二以上の賛成で発議し、国民の過半数の賛成で承認すると規定しているが、承認を得るための国民投票の実施方法を定めた法律はなかった。

 成立した国民投票法は、国民投票の対象を憲法改正に限定▽投票権者は十八歳以上(当面は二十歳以上)▽衆参両院に改憲案などを審議する憲法審査会を設置し、公布から三年間は改憲案を提出、審査しない—などが柱である。

 国民投票法案は昨年五月に自民、公明両党と民主党がそれぞれ独自案を衆院に提出した。改憲につながる重要な問題である上、両法案に相違点が少なくなかったため長期審議が予想されたが、わずか一年で成立した。改憲に意欲を見せる安倍晋三首相の意向が強く働いた形で、与党が数の力で押し切った。

 先月、衆院を通過した与党修正案には多くの問題が指摘された。例えば最低投票率の規定がないことは、一—二割の国民の賛成で憲法が変わる事態もあり得る。参院でも議論されたが、今後の検討課題とする付帯決議になった。

 参院での特徴は付帯決議の多さである。投票権者の年齢を十八歳に引き下げる法整備の是非の検討なども含め計十八項目にも上った。議論の先送りが目立ち、いかに審議が尽くされていないかを示す証しではないか。

 早期成立にこだわった安倍首相に寄り添うように審議を急いだ参院の姿勢は、将来にわたり拙速だったとの批判は免れないだろう。

 首相は七月の参院選で、九条改正を盛り込んだ自民党新憲法草案を軸に改憲実現を訴える意向だ。他党は争点化を避けず、有権者の判断材料になるよう正面から憲法論議を戦わせてもらいたい。

 参院選後は臨時国会で衆参両院に憲法審査会が設置される。改憲に向けた具体的な動きが活発化するだろう。いずれ実際に国民の判断が問われる時が来るかもしれない。冷静に、じっくりと見極める目を養おう。


『南日本新聞』社説 2007年5月15日

[国民投票法] 成立急ぎすぎ生煮えのまま終わった

 憲法改正手続きを定める国民投票法が成立した。参院選後の臨時国会で、改憲案を審査する憲法審査会が衆参両院に新設される。同法の施行は3年後だが、与党は主要テーマの論点整理を急ぐ構えで、改憲に向けた動きが事実上スタートする。

 安倍晋三首相は参院選で、戦争放棄と戦力不保持をうたう九条改正を盛り込んだ自民党新憲法草案を軸に、改憲実現を訴えていく考えを表明している。今後、改憲が政治課題の焦点となるのは必至だ。施行から60年、一度も改正されずに日本の平和主義を支えた憲法は初めて大きな岐路に立たされたといえる。

 国の行く末にかかわる重要な法律にもかかわらず、中身を詰め切れずに成立したと言ってよかろう。問題点の検討を先送りする形で採択された「付帯決議」は18項目にも上る。内容よりも成立時期を優先したとの批判は免れまい。

 たとえば、公務員や教職員は「地位を利用した国民投票運動」をしてはならないと規定してあるものの、具体的な行為についてはあいまいなままだ。投票権者は18歳以上としたが、民法や公職選挙法など関係法令の整備が条件となる。

 さらに、最低投票率制度の是非も課題として残った。インターネットを利用した国民投票運動には一切規制がなく、資金力によって賛否の呼び掛けに差が出てくる恐れもある。こうした課題は憲法審査会を中心に議論される。各党が整合性ある制度づくりに重大な責任を負っていることを忘れてはならない。

 今回、法案審議が生煮えに終わったのは、内閣支持率が一時続落した首相が「安倍カラー」を打ち出すため、改憲を前面に掲げたからではないか。改憲論議が高まれば護憲、改憲両派を抱える民主党の足並みが乱れるとの読みもあったろう。中立、公正であるべき手続き法制定に政局を絡ませた首相の責任は重い。首相発言に反発し共同修正を拒否した民主党の小沢一郎代表の責任も問われよう。

 安倍首相は同法の成立で改憲への道筋を整える一方、集団的自衛権行使を禁じる憲法解釈見直し作業を本格化させる姿勢を鮮明にしている。しかし、共同通信社の世論調査では62%が「見直しは不要」と答えている。先月より7.4ポイント上昇した。九条改正の核心部分に国民は慎重だ。解釈見直しではなく、改憲論議の中で堂々と論じるべきだろう。

 国民投票法成立で、改憲は現実味を帯びた課題となった。各党は国民に明快なビジョンを示し参院選に臨んでほしい。


『北海道新聞』社説 2007年5月15日

国民投票法成立*合意努力なき見切り発車

 改憲手続きを定める国民投票法が、多くの欠陥を残したまま成立した。

 安倍晋三首相が執念を燃やす、軍隊を持つ憲法への改憲論議が、この手続き法を前提に新たな段階を迎える。

 平和主義を掲げてきた戦後の日本が大きくかじを切ったと言えるだろう。

 法案は衆院と同様、与野党の一致が得られない中、参院憲法調査特別委員会、本会議とも、自民、公明などの賛成多数で可決された。

 与党は首相の強い意向を受けて、参院選という政治日程に絡めて採決を急ぎ、数による決着へと突き進んだ。

 国民投票法制定の趣旨は、国民意思を公正にとらえるルールを、どうつくるかにあった。与野党は、そのために論議を尽くし、幅広い合意を目指す責任があったはずだ。

 だが、公聴会でも多くの疑問が出され、国民の意見も割れていることが明確になったのに、それを受けた真摯(しんし)な検討がなされたとは言い難い。

 国の最高法規である憲法にかかわる重要法が、このような経緯で成立したことは異常であり、遺憾と言わざるを得ない。将来に禍根を残すものだ。

*問題点がそのまま残った

 私たちは、改憲への国民意思を公正に問う上で、法案の中身と審議の過程に問題があると指摘し、いったん廃案にすべきだと主張してきた。

 問題点は、数え上げるのに苦労するほどある。

 極めて重要な議論として、憲法を変えるというのに投票率がいくら低くてもいいのかということがあった。

 あまりに低い投票率で憲法が改定されるなら、承認自体の正当性が問われる。低投票率はそもそも、改憲機運が高まっていないことの表れだろう。

 ところが投票法は最低投票率規定を持たず、ごく少数の賛成でも容易に改憲を承認できる仕組みになっている。

 改憲を発議する側の国会が国民への広報まで担うことや、内容が関連する事項(条文)ごとの投票では正確な民意が示せない点にも疑問を呈した。

 このほか、投票までの周知期間が最長百八十日で十分なのかや、公務員の国民投票運動の制限が意見表明の自由を侵害しかねないこと、資金力のある側に有利になる有料テレビCMのあり方なども、大事な論点だった。

 こうした点について、論議は深まらなかった。与野党の合意が得られないのも当然のことだ。

*参議院の独自性見られず

 参院特別委では約五十三時間の審議が行われたが、一カ月足らずでせかされるように日程を消化し、地方公聴会も事実上、聞き置くだけだった。

 まず成立ありきで進んだと言える。

 投票法は、投票権者の年齢を十八歳にする法制上の措置についても付則で処理を先送りするなど、完成度の低いものになった。

 与党と民主党の合意で、最低投票率の是非の検討や、公務員・教育者の投票運動規制の慎重運用など十八項目の付帯決議も行われたが、それは投票法が欠陥を含んでいることを、立法機関自らが認めたことにほかならない。

 ならば、なぜもっと時間をかけて修正を含めた論議を続けなかったのか。与党は「審議が尽くされた」として中央公聴会の開催にも応じなかった。

 憲法にかかわる重要法案であってさえ、主張の違いを詰めるより成立を優先し徹底審議をしようとしないのでは、参院の良識や独自性は発揮されなかったと言っていい。

 施行までの間にさらに論議を続け、法改正を行うことも可能だ。不備を認識している以上、抜本的な見直しを行うことは、国会の責務であろう。

*具体的改憲論議に関心を

 国民投票は改憲の是非一般を問うものではない。そのときの国会が発議する個別の改憲案に、改正権を持つ国民が賛成するかどうかを問うものだ。

 見落としてならないのは、強引な成立過程の背後にある、改憲への具体的な動きである。

 首相は自民党の「新憲法草案」を基本に改憲を参院選の争点とするとし、戦争の反省から生まれた九条を「時代にそぐわない」とやり玉に挙げる。

 草案は、戦力不保持、交戦権の否認を定めた九条二項を削除し、海外でも軍事力を行使できる「自衛軍」を保持することをうたっている。

 投票法の施行は三年後だが、参院選後の国会で両院に憲法審査会が置かれる。改憲案の審査・提出は法施行まで行わないが、自民党は改憲案骨子や要綱の作成は可能との見解を示している。改憲論議は加速されるだろう。

 ただ現状では、世論は平和主義の基本である九条の改憲について否定的だ。与党と民主党との協調関係も崩れた。すぐに九条改憲に持ち込むことが難しいとなると、その他の条文を先行する段階的な改憲もあり得る。

 その場合、各議院の三分の二以上の賛成を必要とする改憲発議の高いハードルを、まず一般の法律並みの二分の一以上に引き下げ、その上で九条改憲を発議する道筋も想定される。

 この夏の参院選以降、国政選挙の当選者は投票法施行後の具体的な改憲発議にかかわる可能性が高い。

 改憲が選挙の直接の争点か否かによらず、有権者の選択の一つ一つが結果として改憲を方向づけるようになる。国民の投票行動にも覚悟が必要だ。


『デーリー東北』時評 2007年5月15日

国民投票法が成立 改憲の機運、いまだ熟さず

 憲法改正の承認手続きを定めた国民投票法が十四日、参院本会議で可決、成立した。戦後の「五五年体制」当時から最も先鋭的な政治テーマとされ、長く与野党対決の基軸を形成してきた「護憲か改憲か」という大争点について、国民が主体的に審判を下す法的条件が整ったことになる。

 しかし、成立に至る国会運営は政党の憲法感覚を疑わせるものだった。与野党間のしこりが容易に解けるとは思えない上、国民の不信感も高まっている。手続き法が制定されたからといっても、改憲に向けて一瀉(いっしゃ)千里に突き進むような政治状況が出現したとは言えない。

 国会はまず冷静さを取り戻し、本来の責任を果たすべきだ。次期国会で衆参両院に設置される予定の「憲法審査会」で、同法の付則や最低投票率制度の導入など付帯決議に関する調査、審査を誠実に進め、三年後の施行までに国民の納得のいく法改正を目指すべきだろう。

 ところが、政治の現場から伝わってくるのは、前のめりの騒々しさばかりだ。同法の成立を利用して日程を一気に加速させ、なりふりかまわず改憲を急ごうとする自民党が発生源だ。その先頭に、約二カ月後に迫った参院選の争点に改憲を持ち込む考えを繰り返す安倍晋三首相の姿がある。

 だが、国政選挙は国民の生活や国の将来に直結する政策課題のトータルをぶつけ合う場であり、争点を絞って是非を問うのは議会制民主主義になじまない。もちろん、政権の恣意(しい)など許されない。二年前に小泉純一郎前首相が断行した「郵政民営化」総選挙などあってはならなかった。

 次の参院選が「改憲の是非」に染め上げられる展開になれば、国民投票のリハーサルと化し、近い将来に行われるかもしれない国民投票の意義を失わせてしまう。安倍首相の突出によって破たんした自民、民主、公明の三党提携に代わるべき体制としてささやかれている、「改憲」を結集軸とする新たな政界再編構想も、耳障りだ。

 民主党の党内多数は改憲派であり、与党の自公両党間では改憲への手順に温度差が表面化しつつある。与野党の内部は一様ではなく、政界再編の下地がないわけではない。

 しかし、改憲だけを目的とする離合集散はあまりにも便宜的に過ぎる。危険な大政翼賛会的政治を招きかねない。

 国民主権の下で憲法を不磨の大典としてタブー視することは禁物だ。だが、日本国民は自らの手で憲法を制定した経験や実績を持たないだけに、慎重の上にも慎重さが求められるのは当然である。

 その国民の意識を各種世論調査からうかがうと、総論としての「改憲賛成」と、各論の最大の焦点である「九条堅持」が、混然と同居しているのが特徴だ。ねじれというか、衝突というか、世論の複雑な内実が読み取れる。

 この点一つをとってみても、改憲の機運が熟しているとは到底思えない。


『宮崎日日新聞』社説 2007年5月15日

国民投票法成立 あいまいさ多くぬぐえぬ疑問

 「郵政解散」で巨大化した与党が、改憲にあと一歩のところまで押し切った、というのが率直な印象だ。

 憲法改正の手続きを定める国民投票法が14日成立した。

 安倍晋三首相の下、改憲路線をひた走る自民党からは「早ければ2011年には初めての国民投票が実現する」という勇ましい声も出ている。

 しかし、成立した国民投票法は中身を十分に詰めたとは到底言い難く、憲法の専門家からは「未完成の法律」という厳しい評価も出ている。

 任期中に改憲を見届けたい安倍首相の「前のめり」姿勢が理由だとしたらこれほど不謹慎なことはない。

■改憲教育導入の恐れ■

 問題はいくつもある。例えば投票権者年齢だ。

 法律では投票権を原則18歳以上に与えるとし、施行までの間に、民法の成年(成人)年齢や公選法の選挙権年齢などを、現在の20歳から18歳に引き下げることを検討する規定が盛り込まれた。

 引き下げが実現しないと、国民投票の有権者年齢は20歳以上になる。

 日本の社会では20歳以上を成人とする見方が根強い。これを前提にした関係法も公選法、民法にとどまらず、少年法など数多くあると言われる。

 法体系の整合性を損なわずに、直接関係する法律に絞って改正するにしても、施行に間に合わせるのは容易ではなく、結局「20歳以上」で実施するのでは条文の意義が問われる。

 別の心配もある。18歳以上の場合は高校生も投票権を持つ。自民党の一部には今後「中学、高校での憲法教育の充実」を強調する向きもある。

 間違っても「改憲教育」を持ち込んで、いたずらに教育現場を混乱させないよう、くぎを刺しておきたい。

■見えぬ明確な線引き■

 禁止された公務員・教育者の地位利用による国民投票運動についても、あいまいさはぬぐえない。

 国民投票法では違反しても刑事罰の対象にならないが、国家公務員法などで懲戒処分される公算は大きい。

 憲法担当の国立大教授が講義で改正案を取り上げると、言及の仕方次第で違反になるのか。

 憲法99条で「憲法尊重義務」のある公務員が、改憲の立場を周辺に訴えたりした場合はどうか…。

 想定される多くのケースについて、明確な線引きができるのか疑問だ。

 法の成立を受けて、夏の参院選後にも衆参両院に設置される憲法審査会についてもそれはいえる。

 施行までの3年間、憲法審査会は調査に専念し、憲法改正原案の提出・審査は行わないことになっている。しかし、自民党からは「改正案の骨子や要綱までなら作成可能」との見解も伝わってきている。

 本来ならこれらを詰めてから成立に持ち込むのが筋だが、あいまいなまま今後に持ち越されてしまった。法制定を推進した与党には、改善策に取り組む重大な責任があろう。

 安倍首相は同法制定で改憲への道筋を整える一方、集団的自衛権の憲法解釈見直し作業を本格化させる姿勢を鮮明にしている。

 「戦後レジームからの脱却」の最大の政治目標は、改憲に絞られた。

 夏の参院選に続き、国民投票の実施までには衆院選もある。有権者はこの政権の性格を見極める必要がある。


『熊本日日新聞』社説 2007年5月15日

国民投票法成立 今後の協議が難しくなった

 自民、公明両党が提出した憲法改正手続きを定める国民投票法(憲法改正手続き法)が十四日、参院本会議で与党などの賛成多数で可決、成立した。

 憲法施行から六十年、改正のための具体的な手順が初めて整備された。安倍晋三首相は在任中の改憲実現に意欲を示し、七月の参院選で自民党新憲法草案を軸に改憲を訴えていく意向だ。憲法改正はいつの間にか現実の政治課題として急浮上した。

 憲法九六条は改正について衆参各院の総議員の三分の二以上の賛成で発議し、国民の過半数の賛成で承認すると規定している。規定に沿って法整備をするのは当然だろう。だが、内容よりも成立時期を優先したような国会審議を見る限り、幅広い合意づくりに努力したとはとても言えず、今後の協議を困難にしたとの印象である。

 同法の内容は(1)国民投票の対象を憲法改正に限定(2)投票権者は十八歳以上の日本国民(当面は二十歳以上)(3)両院に憲法審査会を設置、公布から三年間は改憲案を提出、審査しないなどが柱だ。参院の論議では、最低投票率制度の是非が最後まで問題となったが、この問題の検討を含め、投票権者の年齢を十八歳に引き下げる法整備など、今後の課題として十八項目に上る付帯決議を採択した。付帯決議の多さを見ても、問題先送りで論議が尽くされたとは思えない。

 与党と民主党は昨年五月、それぞれ独自案を提出、共同修正を目指して協議してきた。国の最高法規の改正にかかわる最重要法案であり、「与野党を超えた幅広い合意が重要」との共通認識があった。しかし、首相が今年一月に改憲を参院選の争点にする発言をしたことに野党が反発、協議は破たんした。首相はできる限り合意を得るよう努力すべきだったのに、続いていた協議を壊してしまった。その責任は重い。一方、共同修正を拒否した民主党の小沢一郎代表の責任も問われよう。

 今年一月の共同通信社の全国電話世論調査では、通常国会の最重要テーマとして「憲法改正」を挙げた人は3・1%しかいなかった。国民の関心は極めて低かった。憲法は国民が権力を委ねるにあたって権力側を縛るものだ。縛られる側の首相が改憲の旗を振る姿は、憲法に基づいて政治を行う立憲主義からも疑問である。

 参院選の争点にする理由は何なのだろう。党内の意見がまとまっていない民主党に揺さぶりを掛ける狙いもあるのではないか。憲法が政争の駆け引きに使われるとしたら不幸なことだ。こうした強引とも思える手法で将来、改正の合意が得られるのだろうか。

 同法成立で論議の主舞台は両院に設置される憲法審査会に移る。三年間は改憲案の提出、審査は凍結されるが、与党は直ちに調査に着手する構えだ。

 首相は「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げ改正へひた走る。野党の力量が問われる場面でもある。政治の流れがどうあれ、最終的に決めるのは主権者の国民である。六十年を迎えた憲法をどうするのか、厳しく政治を見つめ一人ひとりが真剣に考えたい。


『佐賀新聞』論説 2007年5月15日

国民投票法成立 憲法論議を深めよう

 憲法改正の手続きとして必要な国民投票法案が、参院本会議で可決、成立した。これで有効投票総数の過半数があれば改正が可能となった。焦点は憲法9条である。国民1人1人が内容をよく知った上で、変えた方がいいかどうか、論議を深めたい。

 日本国憲法第96条には、憲法の改正には衆参両議院で3分の2以上の賛成が必要であることと、特別の国民投票で過半数以上の賛成が必要なことが明記されている。ところが、国民投票を行うための法律がなかった。

 それは、これまで憲法を変えようとする動きがあっても「護憲派」の反対意見が強く、立ち消えになっていたからだ。国民にも戦争に対する嫌悪感が強かった。

 なぜ、憲法施行から60年もたって改正の動きが出てきたか。憲法は9条で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とうたっているが、自衛隊の存在と現実的に矛盾が生じてきたからだ。改憲派は集団的自衛権行使禁止の解釈が、国連軍などへの自衛隊派遣の足かせともなっている、と主張する。

 安倍晋三首相は「戦後レジーム(体制)からの脱却」という表現で、憲法改正に並々ならぬ意欲を見せている。米国の押し付けでない、日本人が発案した憲法でありたいとしている。民主党も憲法の改正自体には賛成しており、両議院の3分の2以上の賛成も実現性を帯びてきた。

 しかし、共同通信社世論調査などでは、憲法改正に賛成が反対を上回ってもいるが、9条に関しては今のままでよいという意見が多い。

 国民投票法のポイントは、【1】投票権者は18歳以上の日本国民(選挙権年齢が引き下げられるまでは20歳以上)【2】有効投票総数の過半数の賛成で承認【3】公務員や教育者の地位を利用した運動は禁止【4】施行は公布から3年後—などである。

 特に問題となったのは、過半数の賛成に、最低投票率を設けなかったことだ。もし、投票率が低ければ少数の意見で憲法改正が決まることになる、と危惧(きぐ)する意見があった。しかし、これは賛成派か反対派のどちらかが有利になるというものでもない。

 マスコミの責任も重大である。国民の大多数が意思を表明できるように、冷静で中立的な報道を心がけねばならない。郵政民営化を争点とした解散総選挙では、マスコミが「小泉劇場」をあおり、刺客と抵抗勢力の図式をつくりあげた。憲法改正では、こうした扇情的な報道があってはならない。

 ドイツは憲法改正のために、国民投票を必要としない。上院と下院のそれぞれ3分の2の賛成があればよい。ナチス時代にヒトラーは国民投票でオーストリア併合を決めた。ドイツ国民の大多数が賛成した。こうした苦い経験から、国民投票を封印している。

 当時のドイツ国民が愚かだったということではない。ナチスの情報操作が、国民を扇動したのだ。多数決は、時として誤った方向に導かれやすい。マスコミは冷静に情報を伝えたい。

 自民党の改憲案は、もし北朝鮮が米国に向けてミサイルを放ったら、それを撃ち落とすことが可能な集団的自衛権の行使を念頭に置いている。公明党は集団的自衛権行使には反対だ。民主党内にもさまざまな意見がある。

 改憲を参議院選挙の争点としたりするのではなく、憲法のどこをどう変えるのか、国会でしっかり議論し、内容を国民に分かりやすく示してもらいたい。(園田 寛)


『愛媛新聞』社説 2007年5月15日

国民投票法成立 不十分な審議で禍根を残した

 憲法改正の手続きを定めた国民投票法(憲法改正手続き法)が成立した。憲法施行から六十年を経て、大きな節目を迎えたといえる。

 国民投票法の施行は公布から三年後で、その間は改憲案の提出や審査は行わない。が、具体的論議が進むのは避けられず、改憲問題が現実に国民に突きつけられることになろう。

 安倍晋三首相は任期中の改憲実現を再三にわたって訴えており、今夏の参院選でも九条を含む改憲の是非を争点としたい考えだ。国民投票法成立はそうした首相に追い風となる。

 それほど重要な法律なのに、与党が強引に押し切った形で、十分に内容を煮詰めることができなかった。将来に禍根を残したのは確かだ。

 「未完成の法律」と評する識者がいるように、あいまいな点の多い法律であり、これで公正な投票が実施できるのか、国民の真意を正確に把握できるのか、疑問もつきまとう。

 例えば議論の的になった最低投票率の問題がある。国民投票で改憲賛成が過半数を超えたとしても、極端に投票率が低ければ民意を正確に反映したものとは言いにくい。もっともな主張である。

 その一方、では最低投票率をどの水準に設定するかという難問が出てくる。最近の各種選挙は投票率が低下傾向にあり、あまりに厳しい水準設定は現実的でなかろう。

 「棄権も有権者の意思」という慎重論もそれなりの説得力を持っているだけに、導入の是非については時間をかけて十分論議すべきだ。

 公務員、教職員は「地位を利用した国民投票運動」をしてはならないという規定もある。どこからが「地位利用」に当たるのか、境界線は非常にあいまいだ。罰則は設けられなかったものの、自由な議論を抑圧する恐れが強く、恣意(しい)的な運用がされないよう明確な歯止めをかける必要がある。

 投票年齢にしても十八歳以上としたが、公選法の改正など必要な法整備が済むまでは従来通り二十歳以上のままである。自民党内には年齢引き下げに根強い慎重論があるといわれ、本当に十八歳以上になるのか心もとない限りだ。

 不十分な点はほかにもある。こうした制度内容のままで改憲論議だけが突っ走るようなことがあってはなるまい。中身をじっくり練り直すべきだ。

 今回の国民投票法をめぐっては与党と民主党が共同修正案づくりの協議を進めてきたが、最終段階になって決裂した。安倍首相が改憲を参院選の争点にすると表明したことや、民主党の小沢一郎代表が与党との対決姿勢を鮮明にして共同案作成を拒否したためだ。

 改憲をめぐる与党と民主党の協調体制は崩れた格好であり、今後の見通しは不透明だ。場合によっては政界再編もあり得るだろう。予断を許さない状況が続く。国民の側も一人一人が憲法について真剣に考え、的確な判断を下していきたい。


『徳島新聞』社説 2007年5月15日

国民投票法が成立  まだ多くの課題がある
 憲法改正手続きを定めた国民投票法案が十四日、参院本会議で可決され、成立した。

 一九四七年の憲法施行から六十年。憲法改正を定めた九六条を受けた改正手続き法が初めて整備され、体系的な法として完成したことになる。三年後に施行される。

 国民投票法は<1>適用を憲法改正だけに限定<2>投票権者は十八歳以上(当面は二十歳以上)<3>公布から三年間は憲法改正案を提出、審査しない−などの内容だ。

 夏の参院選後の臨時国会で、衆参両院に憲法改正案を審議できる「憲法審査会」を設置し、投票法で積み残された具体的な基準の明確化や関連法の整備について議論する。

 舞台は「憲法審査会」に移る。憲法改正が現実的なテーマになっただけに、各党とも改憲にどういう姿勢で臨むのか、国民を巻き込んだ議論をしっかりと深めてもらいたい。

 投票法は、これまでの国会論議を踏まえ、自民、公明の与党が民主の意見を取り入れた修正案を提出、可決した。しかし、双方にはまだ隔たりがあった。それを詰めず、成立を急いだのは残念である。

 その妥協策として、十一日の参院特別委で自民、公明、民主が十八項目に及ぶ投票法の付帯決議を可決した。数の多さからして、課題が積み残されたことを示すものだ。審議が尽くされていない証しでもある。

 付帯決議では、国民投票の対象・範囲について、憲法審査会で十分な検討を加え、適切な措置を講じるよう努めるとしている。その上で、最低投票率制度、十八歳以上とする投票権者の民法などとの整合性、公務員・教育者の国民投票運動の規制などについて議論し、法整備も含め検討する。

 最も重要なのが、最低投票率の設定だろう。投票は「賛成」「反対」の文字を丸印で囲む方式が取られるが、投票の成立ラインをどこに設けるのか、棄権者を消極的な反対・賛成のどちらに考えるのか、考慮しないのか、まだまだ議論の余地がある。低投票率であれば、国民の多数の意見が反映されないまま改憲が決まる可能性もある。

 また、投票権者を十八歳にすることで、刑法や民法などの関連法は約三十あるとされる。見直しが済まなければ、二十歳以上のまま据え置かれる。さらに、公務員の運動は、与党は制限、民主はできるだけ自由という立場だ。付帯決議は「意見表明・運動が委縮、制約されることのないよう運用する」としているが、合意できるかどうか。インターネットの活用はまったく触れられていない。解決しなければならない課題が山積している。

 改憲論議は、一九九七年に超党派の憲法調査推進議員連盟が設立。二〇〇〇年に両院で憲法調査会が設置され、曲折はありながらも議論が進められてきたといえる。
 だが、安倍晋三首相が今年初め、憲法改正を参院選の公約に掲げるとしたことで、野党は対立軸を示さざるをえず、共同歩調が崩れ、先行きは極めて不透明な状態になった。

 憲法は、わが国のかたちを決めるもので、改憲に関しては、国民の総意に基づいた結論が導き出せる制度を目指すべきだ。

 そのために、冷静な状態で国家のあるべき姿を丁寧に議論する必要がある。それが国会の責務であり、国民も求めている。

 憲法審査会は、拙速を避けるべきだ。中立・公正な手続き法の制定に全力を挙げてもらいたい。


『福井新聞』論説 2007年5月15日

「国民投票法」成立 論議不十分で大丈夫か

 憲法改正手続きを定める国民投票法が成立した。安倍晋三首相の下、ひたすら改憲実現を目指す自民党内では3年後の同法施行をにらみ、「2011年には初めての国民投票が実現する」との見方が早くも浮上している。果たしてこの法で憲法改正案を問う国民投票がスムーズにいくのだろうか。

 成立した国民投票法はその中身を十分に論議し切ったとは到底いえない。今後の検討課題として18項目もの付帯決議があること自体、法律にもっと詰めるべき問題が残っている証しだ。憲法の専門家からも「未完成の法律」(江橋崇法政大教授)などと厳しい指摘が出ている。

 例えば、投票権者の年齢を原則18歳以上とし、施行までに民法の成年年齢や公職選挙法の選挙権年齢を現在の20歳から18歳に引き下げることを検討する規定が盛られた。これが実現しないと、国民投票の有権者は20歳以上になる。

 日本社会は20歳以上を大人とする見方が根強く、それを前提にした関係法は公選法、民法以外にも少年法など「28本ある」(中山太郎衆院憲法調査特別委員長)。これらの法体系の整合性を崩さず、国民投票法に直接関係する法律に絞って改正するにしても、施行には容易に間に合わない。だからといって20歳以上で実施するようでは条文の意義が問われよう。

 18歳以上の場合、高校生も投票権を持つ。自民党の一部には中学、高校での憲法教育充実を強調する声がある。しかし、間違っても「改憲教育」を持ち込み、いたずらに教育現場を混乱させるようなことがあってはならない。

 公務員や教育者の国民投票運動の禁止もあいまいさがぬぐえない。同法に違反しても刑事罰の対象にはならないが、国家公務員法などで処分される公算が大きい。憲法専門の国立大教授が講義で改正案を取り上げた場合、言及次第で違反になるのか。憲法尊重義務(憲法99条)のある公務員がその立場を周囲に訴えたらどうなるのか、想定されるさまざまなケースに明確な線引きをするには難しい判断に迫られる。

 本来なら、これらの問題点を十分論議し、きっちり詰めてから法案の成立に持ち込むのが筋なのに、今後の検討課題へと持ち越されてしまった。与党には1つ1つの改善に取り組む重大な責任がある。

 安倍首相は「自民党は新憲法草案をつくって改正の意思表示をし、9条は変えると決めている。選挙を1つの機会に、私の内閣において憲法改正を考えていきたいと訴えていく」と9条を含む改憲の是非を参院選の争点にしたいと表明した。集団的自衛権の憲法解釈見直し作業を本格化させる姿勢を鮮明にしている。

 首相の「戦後レジーム(体制)からの脱却」は、改憲を最大の政治目標に絞ったといえる。7月の参院選に続き、国民投票実施までには衆院選も行われる。有権者は改憲の意味と現政権の方向性をよく見極めた上で、今後の選挙では投票する責任が求められる。


『岐阜新聞』社説 2007年5月15日

国民投票法成立 焦点は改憲に絞られた

 果たしてこの法律で、憲法改正案の是非を問う国民投票が混乱なく、スムーズに実現するのだろうか。
 憲法改正の手続きを定める国民投票法が成立した。安倍晋三首相の下、改憲路線をひた走る自民党からは、3年後の法施行をにらみ「早ければ2011年には初めての国民投票が実現」との見方も表面化している。

 しかし、成立した国民投票法は中身を十分に詰め切ったとはいえず、憲法の専門家からは「未完成の法律」(江橋崇法政大教授)と厳しい評価も出ている。任期中に改憲を見届けたい首相の「前のめり」の姿勢が投影されているようだ。

 例えば投票権者年齢。法律では投票権を原則18歳以上に与えるとし、施行までの間に、民法の成年(成人)年齢や公選法の選挙権年齢などを現在の20歳から18歳に引き下げることを検討する規定が盛り込まれた。引き下げが実現しないと、国民投票の有権者年齢は20歳以上になる。

 日本の社会では20歳以上を成人とする見方が根強い。それを前提にした関係法も公選法、民法にとどまらず、少年法など「28本ある」(中山太郎衆院憲法調査特別委員長)といわれる。

 法体系の整合性を損なわずに、直接関係する法律に絞って改正するにしても、施行に間に合わせるのは容易でない。結局「20歳以上」で実施するのでは条文の意義が問われるだろう。

 18歳以上の場合、高校生も投票権を持つため、自民党の一部に今後「中学、高校での憲法教育の充実」を強調する向きもある。間違っても「改憲教育」を持ち込んで、いたずらに教育現場を混乱させないよう、くぎを刺しておきたい。

 禁止された公務員・教育者の地位利用による国民投票運動も、あいまいさはぬぐえない。国民投票法では違反しても刑事罰の対象にならないが、国家公務員法などで懲戒処分される公算が大きいとみられる。

 憲法担当の国立大教授が講義で改正案を取り上げると、言及の仕方次第で違反になるのか。憲法99条で「憲法尊重義務」のある公務員が、その立場を周辺に訴えたりする場合はどうか。

 想定されるさまざまなケースについて、違反になるかどうかの明確な線引きは可能なのだろうか。

 法の成立を受けて、夏の参院選後にも衆参両院に設置される憲法審査会にもそれはいえる。施行までの3年間、憲法審査会は調査に専念し、憲法改正原案の提出・審査は行わないことになっているが、自民党からは「改正案の骨子や要綱までなら作成可能」との見解も伝わってきている。

 本来であれば、これらの点を詰めてから成立に持ち込むのが筋だが、あいまいなまま今後に持ち越されてしまった。法制定を推進した与党には、改善策に取り組む重大な責任があることを指摘しておきたい。

 安倍首相は、同法制定で改憲への道筋を整える一方、集団的自衛権の憲法解釈見直し作業を本格化させる姿勢を鮮明にしている。「戦後レジーム(体制)からの脱却」の最大の政治目標は改憲に絞られたといえる。

 夏の参院選に続き、国民投票の実施までには衆院選もある。有権者はこの政権の性格を踏まえた上で、投票することが求められよう。 


『信濃毎日新聞』社説 2007年5月15日

投票法成立 政治を厳しく見守ろう


 国民投票法が成立した。憲法改正の手続きを定めた法律である。

 憲法を変えるには、衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成で発議し、国民投票の過半数の賛成を必要とする。憲法は改正手続きをそう定めるものの、国民投票を実際に行うための法律は整備されていなかった。

 今の憲法が施行されてから60年になる。国民投票法の成立により、改正は政治のテーマに具体的に位置付けられたことになる。論議は新しいステージに立った。

 憲法は国民の意思を反映すべきものである。時代に合わなくなった規定は見直して当然だし、国民生活に必要になった条項は新たに盛り込むことを考えていい。その点は、ほかの法律と変わらない。

 ただし、憲法は社会の成り立ちの基礎になる。時の政権の都合でころころ変えられるようでは、役目を果たせない。

 そこで大事になるのが、改正手続きの組み立て方だ。国民の意思が可能な限り正確に反映されるよう、政治の思惑から離れた安定的、中立的な仕組みにする必要がある。

   <論議は生煮え>

 今回は、自民党と民主党が対立する中での可決である。主な原因は安倍晋三首相にある。

 ことしの年頭記者会見で、改正を夏の参院選の争点にする考えを打ち出し、国民投票法案についての民主党との協議を難しくした。残念な展開をたどってきた。

 その結果、法律には詰め切れていない論点が幾つも残る。

 例えば、最低投票率の規定が盛り込まれていないことだ。条文の上では、投票率がいくら低くても過半数の賛成で憲法は変えられる。例えば投票率が50%の場合、その半数、つまり有権者の4分の1の賛成でOKだ。一部の国民の意思で改定される結果を招きかねない。

 憲法の場合、多くの国が普通の法律よりも変えにくい仕組みにしている。時々の政治家が間違った判断で、大事な法律を変えてしまう心配がぬぐい切れないからだ。

 憲法の重みを踏まえれば、最低投票率についてもっと踏み込んだ論議が本来、必要だった。

   <「表現の自由」に懸念>

 公務員や教育者に対し地位を利用する国民投票運動を禁じた規定も、問題をはらむ。例えば国立大学の教員が新聞などの求めに応じ、憲法改正問題を寄稿することも制約を受けかねない。憲法が保障する「表現の自由」にかかわる。

 テレビCMの規制にも懸念が残る。投票期日の2週間前からは禁止、という規定を逆からとらえれば、2週間前まではCMを流し放題ということになる。カネの力で投票結果を左右しようとする団体が現れないとも限らない。

 論議が足りない点はほかにもある。▽国会による発議から投票までの期間が「60日から180日以内」とされているのは短すぎないか▽法案では発議は「関連する事項ごとに」行う旨がうたわれているものの、何と何が関連すると考えるのかあいまい−などである。

 参院では投票の対象、投票年齢などについて18項目の付帯決議が採択された。広い範囲にわたる付帯決議がなされたこと自体、法案が問題を抱えていることを裏書きする。

   <3年間をどう使う>

 法案の中身の前に、基本的な疑問がある。なぜ今、国民投票法を定める必要があるのか。そこが分かりにくいのだ。

 憲法改正の発議には衆参各議院の3分の2以上の賛成を必要とする。国会が改正の是非を国民に問うときは、国民投票法も問題なく制定できるはずである。

 なのに安倍首相は民主党との修正協議を振り切って与党案を成立させた。国民投票法を政権の求心力強化のてこにしようとしていると見なされても仕方ない。

 公布から3年間は、国会は改正を発議できない決まりになっている。この3年間は重要だ。

 参院選後の臨時国会で、衆参両院に憲法審査会が設置される。最低投票率やCM規制の問題について論議を進めることになる。

 向こう3年間、国会は改憲案そのものは発議できないものの、政党や民間団体が改憲の是非を論じることには何の制約もない。

 今の憲法には、時代に合わない面が本当にあるのか。仮に憲法が自衛隊の存在など「現実」と適合していないとして、変えるのは憲法か、あるいは「現実」の方か。国民の暮らしにとり、改正はメリットとデメリットどちらが大きいか。深い論議を重ねなければならない。

 差し当たりは夏の参院選である。憲法を争点に掲げる安倍首相の姿勢には賛否両論あり得るとしても、首相が争点化を明言している以上、改憲論議の行方は選挙の結果に左右される。間違いのない選択が有権者に求められる。

 政界再編にも注意が要る。自民党は現状では、単独で3分の2を確保できそうにない。連立与党の公明党は首相の改憲路線に複雑な目を向けている。民主党を巻き込んだ再編が政治課題になりそうだ。

 緊張感をもった論戦の日々が、これから始まる。


『北國新聞』社説 2007年5月15日

◎現実化する改憲論議 地方自治の項を充実させたい

 憲法改正の手続きを定めた国民投票法の成立によって、改憲論議が現実性を持つことに なった。今後の具体的な改憲論議に当たり、地方の立場から特に求めたいのは、地方自治の項目の拡充である。

 これまでの改憲論議は、戦争放棄をうたった第九条をどうするかに加え、環境権やプラ イバシー権といった新たな権利を憲法に明記する是非が議論の中心になり、地方自治はわきに置かれた印象である。しかし、国と地方自治体が役割をどう分担するかは国づくりの根幹であり、分権の一翼を担う地方自治にもっと光を当てたい。

 憲法は第九十二条から第九十五条にわたって地方自治のありようを規定しているが、分 権の観点からみると物足りない。例えば、地方公共団体の運営に関して第九十二条は「地方自治の本旨に基づいて法律でこれを定める」としている。これに対して、全国知事会が「地方自治の本旨」という表現があまりに抽象的なことを指摘し、地方分権の確立や地方自治の基本原則を憲法に明記するよう求めたのはもっともといえる。

 また第九十四条は、財産管理や行政執行の権能、法律の範囲内の条例制定権を自治体に 保障しているが、地方分権の理想に沿って自治体の自主・自立を明確にうたう必要があるのではないか。全国知事会が自治体の財政自主権の保障を求めているのは理にかなっている。実際、フランスでは、二〇〇三年の改正憲法で、地方財政の条文の最初に「法律の条件に従い、自由に使用できる財源を持つ」と規定している。

 財政自主権の保障とは、自治体の課税自主権を強化することである。例えば、個人住民 税や法人住民税などの地方税の税率は基本的に国の法律に基づいて全国一律になっているが、これを地域の実情に合わせて柔軟に適用する道を開いてはどうか。

 また、自治体の長を住民の直接選挙で選ぶと規定した第九十三条に関しては、人口が極 端に少ない町村では、議院内閣制のように議会の間接選挙で選ぶ方法も考えられないか。

 国民投票法の公布から施行までの三年間、憲法審査会は具体的な改正原案を審査・提出 することはできないとされるが、三年間という期間は長いようで短い。


『北日本新聞』社説 2007年5月15日

国民投票法/あいまいさ詰める努力を

 憲法改正手続きを定める国民投票法が参院本会議で成立した。昭和二十二年の憲法施行から六十年を経て、九六条の改正条項が初めて整備されることになった。だが、最低投票率導入の是非など十八項目に上る付帯決議が同時に採択されたことをみても、「再考の府」の参院で十分な審議がなされたとは到底思われない。国の最高法規改正にかかわる法律であるにもかかわらず、拙速の感は否めない。

 国民投票法は▽投票の対象を憲法改正に限定▽投票権者は十八歳以上(当面は二十歳以上)▽衆参両院に憲法審査会を設置するが、公布から三年間は憲法改正案を提出、審査しない−などが柱になっている。

 審議過程で焦点になったのは最低投票率の扱いだった。同法には一定の得票率に達しない場合、投票自体を無効にする最低投票率の規定がない。「低投票率の場合、投票の正当性が損なわれる」「少数の賛成で改憲を押し通す狙いがある」と野党から導入を求める意見が出された。与党は「(導入すれば)ボイコット運動を誘発する」「憲法で規定されていない」と反論。議論はかみ合わなかった。

 公務員や教育者は地位などを利用して投票運動をすることができないとしたことについても、どういう行為が地位利用に当たるのか、基準が不明確で、あいまいさが残った。テレビ・ラジオで投票を呼び掛ける有料CMは二週間前から禁止されるが、どのようなCMが規制対象となるのかといった踏み込んだ議論も聞かれないままだった。詰め切れない多くの問題点を付帯決議に押し込んだように見える。

 そもそも国民投票法は主権者である国民の意思を公正に問い、正確に把握するのが趣旨である。それだけに与野党を超えて幅広い合意が必要だった。だが政治的な思惑で混乱に陥ってしまった。昨年五月に自民、公明両党と民主党がそれぞれ衆院に法案を提出し、三党は共同修正を目指し協議してきたが、今年初め、安倍晋三首相が「憲法改正を七月の参院選の争点に掲げる」と発言したためだ。

 憲法改正の手続きが三年後から可能となる。改憲は現実の政治課題となった。安倍首相は参院選で九条改正を盛り込んだ自民党新憲法草案の実現を訴えていく意向だ。衆院通過からわずか一カ月の成立は短兵急にすぎると感じている国民は多いはずだ。先月末、北日本新聞社が行った県民アンケートでも、憲法改正を問うスケジュールについては「じっくり論議すべき」が60パーセントに上っている。

 世論の盛り上がりがないにもかかわらず、任期中に改憲を見届けたい首相の「前