『朝日新聞』私の視点 2007年5月15日
弁護士 熊野勝之
国民投票法 問題点を国連へ訴えよう
憲法改正のための国民投票法が成立した。国民投票というからには、国民に等しく投票権が保障されねばならないが、この法律はそうではない。すべての市民に政治参加を保障する国際人権規約に違反するのは明らかで、この観点から問題点を指摘したい。
まず、投票資格を有するのは住民基本台帳に登録されている者だけである。登録には住所が必要であり、住所とは生活の本拠とされる。
山田洋次監督の映画「男はつらいよシリーズ」の寅さんは、柴又に「おいちゃん」の家があり、ここあてに郵便物は届く。しかしそれだけでは住所と認められないことが、3月の大阪市西成区の2千人を超す日雇い労働者の住民登録削除で明らかになった。そこには生活の実態がないとされた。
寅さんが「おいちゃん」の家で生活するのは、1年に数日でそこに生活の実態があるとはいえない。寅さんのような人は国民投票権が認められないことになる。これは寅さんのような人を「国民」から排除することになり、憲法14条が保障する「法の下の平等」に反する。
わが国の政府はすべての市民にいかなる差別も、不合理な制限もなく政治に参加する権利を保障することを約束している(自由権規約25条。日本は1979年に批准)。憲法改正のための国民投票は、極めて重要な政治参与である。
国連自由権規約委員会は25条の解釈として、政府は投票権を有するすべての人の登録を促進し、住居を有しない者から投票権を排除するような制限をしてはならないと示している。今回の法律は、これに逆行している。
もう一つの問題点は、憲法改正に賛成していいのかどうかまだよくわからないという人や改正を急がないという人の票の扱いである。この場合、何も書かない白票こそが自分の意思に素直な投票だろう。ところが法律は、賛成、反対以外の票を無効とし、有効票の過半数で決めるという仕掛けになっている。
憲法96条は、改正には投票の過半数の賛成を必要とすると定めている。白票も含めた総投票数の過半数であることは憲法の英文が「all votes(すべての投票)」となっていることからも明かである。法律は、白票を現状維持とする最高裁判所裁判官の国民審査の方法とも矛盾している。
国民投票法は、本来の過半数にならない数でも憲法改正が承認されたことにする法律である。
自由権規約を批准した国は、定期的に国連自由権規約委員会に報告書を提出して審査を受ける。昨年12月、わが国は第5回政府報告書を提出した(外務省ホームページ)。年内か来年には審査されることになる。
その審査に際しては、誰もが委員会に報告書を送って法律の問題点を訴え、政府が自由権規約を守った法律に改正するよう勧告を求めることができる。
私たちは今こそ、この国際人権法のシステムを活用すべきではないだろうか。