| - 音楽とともに綴る山さんの歴史 - |
| 1.音楽との出会い |
記憶を掘り返してみると、私が始めて目にしたレコードは、「ダッダン人の踊り」だった気がする。
記憶が定かではないが、当時かなり大きなレコードプレイヤーがあり、父親が買ったと思われる
レコードが数枚あったと思う。(ほとんどは石原裕次郎のカセットテープだった気もするが・・・。)
そのタイトルの強烈さに笑い転げたのを記憶しているが、メロディーが全く浮かんでこないので、
多分、聴くことなく終わったのだろう。(・・・駄目じゃん)
その後、学研の付録のソノシートを再生しては喜んでいた記憶がある。
もっぱら、歌番組等で当時の歌謡曲を聴いて育ったと思うが、自分から進んで誰かの曲を聴くことは
まだなかった・・・。 |
| 2.ボーカリストとしての原点? |
中学生の時に合唱コンクールがあり、音楽の担当である美人女性教師に指導を受けていたのだが、
一生懸命に歌っていた姿を認められたのか、褒めてもらった記憶がある。
思えば、それが原点なんじゃないかなぁ・・・。 |
| 3.洋楽との出会い |
非常にベタなので恥ずかしいのだが、中学の時の英語の授業でジョン・レノンの
「STRAWBERRY FIELDS FOREVER」を聴かされたことが、多分洋楽との初めての接点だと思う。
そこから、ビートルズのテープ(ベスト盤)を1本だけ買い、かなり聴きこんだ記憶がある。
でも、ビートルズマニアになっていないところを見ると、やっぱりまだ興味なかったんですね・・・。 |
| 4.ハードロックとの出会い |
中学時代から高校時代にかけて、私は無類のゲーム好き(いやゲームオタク?セガマニア?)だったため、
ゲームミュージックに異常に興味を抱いていた。(変ですか?)
S.S.T. BANDが私のヒーローで、もちろん毎日ヘビーローテーション。
ゲームミュージック花盛りであった当時は、ZUNTATAや矩形派倶楽部など、各ゲーム会社ごとに
バンドがあったものだ。(中でもS.S.T BANDは野呂一生が絡んだりと、かなりプロ志向でしたな。)
私のハードロックギター初体験は、恐らくSEGAの名作「AFTER BURNER」です。
高校の近くのゲーセンにおいてあったので、いっつも遊んでました。
古代祐三が作曲したメガドライブの「ザ・スーパー忍」「ベアナックル2」などの音楽も好きでしたね。
私の音楽に対する「良いか悪いか?」の判断基準は、この時期に形成されたと思われます。 |
| 5.神との遭遇 |
TOPページでも紹介しているが、私をメタルの世界に引き込んだのは、誰あろうロブ・ハルフォード!!
出会いこそ、「ダンス甲子園」であるわけだが、あの鬼気迫るボーカルパフォーマンスは衝撃だった。
そして、情報を得るために必然的にBURRN!を愛読することに・・・(当時の編集長は酒井康でしたね。)
そしたら、まもなくロブ・ハルフォードがジューダス・プリーストを脱退!!というニュースが飛び込んできて
大変な衝撃を受けた記憶がある。
メタリカのブラックアルバムやオジー・オズボーン、ブラックサバスとの出会いもこの頃。
また、当時の友人からレインボーを聴かされ、ロニー・ジェイムズ・ディオの洗礼も受ける。
同時に彼はラウドネスの当時のボーカル山田雅樹のファンで、EZOも聴かせてもらったなぁ・・・。
「日本人でもこんなに凄い声の奴がいるんだ!!」と大変な衝撃を受けました。 |
| 6.聖飢魔IIそして大槻ケンヂとの出会い |
大学に進学した私は、音楽サークルに入ることを決めていたのだが、
選んだサークル「ハワイアン部」はとにかく強烈なサークルだった。
何しろ、私をサークルに引き込んだ先輩は無類の聖飢魔IIファンであり、私の5代前の部長は
高校時代にKISSのコピーバンドを組んでいたというほどの大のアメリカン・ハードロック好き。
こんなロック好きのメンバーから、あのホンワカした音が紡ぎ出されるのだから不思議なものだ。
普通は音までロック化しそうなものだが、私は妙なところで冷静だったようで
年輩のOBの方々のご意見に従って、かなり真剣にハワイアンボーカルを追及したと思う。
ここで、聴く音楽と演る音楽が全く異なるという特異なバランス感覚が養われることに・・・。
ともかく、そんな先輩に囲まれて、私は聖飢魔IIと筋肉少女帯が好きになっていた。
筋肉少女帯は、文学チックな歌詞が好きだったんですよね。もちろん音楽性も高いし。
結局、大学祭に「ガッツ石魔II」というバンドを結成して参加していることを考えるに、
私は、少しコミックバンド的な要素のある日本語ロックが本質的には好きなんでしょうね。 |
| 7.TOTO、JOURNEY、TOWER OF POWER |
ハワイアン部の素晴らしいところは、音系サークルという横のつながりがあったこと。
そのおかげで、様々なジャンルの音楽を聴くことには事欠かなかった。
TOWRER OF POWERでファンクミュージックの洗礼を受けた私は、当時のボーカルのトム・ボウズが
メタル畑出身のボーカリストと知って、親近感を感じるとともに彼らの音楽が好きになった。
実際問題、格好いいですよ。
TOTOやJOURNEYで、メロディーの素晴らしさを再認識した私は、よりメロディアス思考を深めていった。
そして、DEEP PURPLEの結成何周年だかのBOX SETで、グレン師匠の「THIS TIME AROUND」と
運命的な出会いをするわけです。・・・泣きました。あまりにも巣晴らし過ぎて、せつな過ぎて・・・。
悲劇のギタリスト、早すぎた天才「トミー・ボーリン」のギターも最高だったのですが、
グレン師匠の天を突くハイトーンボーカルはそれ以上の衝撃でした。
ファンクを愛するグレン師匠と同じく、今でもTOWER OF POWERは大好きなバンドの1つです。 |
| 8.そして、現在・・・ |
ネットを通じて知り合った仲間とバンドを結成したりと非常に興味深い経験をさせていただいてます。
奥さんも大好きなDREAM THEATERとMASTERPLANがヘビーローテーションですね。
日々、新たな人々との出会いを大切にしたいと思います。
そして、これから出会うであろう未知のバンド達にも・・・。 |