時代を象徴する建築(台北) ★★☆


なぜか心惹かれる台湾の日本建築。総統府のガイドから何もない土地に忽然とそびえる巨大な赤煉瓦の建物、権力象徴としての建造物の説明を受けた。日清戦争の勝利に沸く植民政策のもと、都市政策、建築技術において技術者達は帝都と同じく理想都市を目指したに違いない。これらが今現在も時代の変遷、戦火を潜り抜け、それぞれが未だ国の中心機能を担い続けているのは興味深い。


國立台湾博物館

今回、台北で見た一番美しい建物だ。内装リニューアルも美しく自然と感じた。圧巻はやはりホールのステンドグラスである。





1913年、清時代の台北府城天后宮の跡地に、児玉総督後藤民政長官記念館を建設。1915年に台北新公園内に現在の建物が落成し、日本の統治時代を代表する公共建築の傑作と称されたそうだ。戦後は「台湾省立博物館」と改称され、1961年と1994年の二回、閉館しての大改修がおこなわれている。1999年には「国立台湾博物館」 に昇格し、今日に至っている。
東京丸の内駅舎や大阪市中央公会堂と同じくネオルネッサンス様式と呼ばれる様式であるらしい。東京駅は1908年に着工、そして1914年に竣工しているのでまさしく同時代建築なのだ。
参照HP





総統府
その場で見学コースを申し込んだ。特別な開放日以外は写真禁止。持ち物もすべて預けさせられ、普通に職員が働く中で展示室を回ることになる。



日本統治50年間で建築された最大の建築物。台北の日本人居住区である城内のほぼ中央に位置する。高さが60mある中央塔からは、台北の街がほぼ全体見渡せたそうだ。塔には台湾初のエレベーターが設置された。
総督府を建設するにあたり、1907年、日本政府による設計コンペが催される。審査員には辰野金吾、伊東忠太など建築界の大御所が名を連ね、1909年、長野宇平治の作品が選ばれた。しかし長野の作品は中央塔が低く、外観の装飾が簡素であったため、主催者がその設計を不満であるとし、設計者に森山松之助を起用。長野の作品に大幅な修正を加え、現在の形になった。7年の建設期間を経て1919年竣工。建物は東向き(日本の方向)に建っており、上から見ると” 日”の構造になっている。正面入口は東側の中央にあたる。
台湾近代建築より引用


台北賓館
竣工は1901年、設計は福田東吾、宮尾麟森。その後、1911年に森山松之助が手を加え現在のものになったようだ。
2006年5月にリニューアル工事が竣工し、総統府と同じく隔月で一般公開がされることとなったが、今回の旅行はそのタイミングに合わせられなかったので、門越しに垣間見ただけである。残念。



次回は総統府とあわせてじっくり見てみたい。
それから同時代の日本建築、改築される東京駅も改めて見てみたくなった。。

台湾近代建築
日治時代の建築家

※情報は2006.7時点のものです
※★はぞんざい度です(ぞんざい度:料理の美味しさや景色の素晴らしさとは別に、のんびり、お手軽に旅情を愉しめるかを独断評価

Posted: 土 - 9月 16, 2006 at 10:40 午前           |


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