論   語
学  而   第 一 〔疏1〕
三国魏の何晏の注 
宋の[(形−彡)+邑
Unicode : 90A2][日+丙 Unicode : 663A]の疏 
清の劉宝楠の正義 
【本 文】 【補 注】
 子の曰く、「学びて時に之を習ふは、亦た説しからずや。朋の遠方より来たる有るは、亦た楽しからずや。人の知らずして慍みざるは、亦た君子ならずや」と。
〔何 注〕
 馬の曰く、「子とは、男子の通称。孔子を謂ふなり」と。王の曰く、「時とは、学者の時を以て之を誦習す」と。誦習するに時を以て学べば、業を廃する無し。説懌を為す所以なり。
 包の曰く、「同門を朋と曰ふ」と。
 慍は、怒なり。凡そ人の知らざる所有るも、君子は怒らず。
 疏〕
  • 1 正義に曰く、此より『堯曰』に至るは、是れ魯論語二十篇の名及び第次なり。弟子 論撰の時に当り、『論語』を以て此の書の大名と為し、『学而』以下を、当篇の小目と為す。其の篇中に載する所、各ゝ旧聞を記し、意及べば則ち言ひ、義例と為さず。或は亦た類を以て相従ふ。此の篇は君子・孝弟・仁人・忠信・道国の法・主友の規、政を聞くは徳を行ふに在り、礼に由るは和を用ふるに於て貴び、安飽を求むる無く、学を好むを以て自ら切磋して道を楽むを論ず。皆な人行の大なる者なり。故に諸篇の先と為る。既に学を以て章首と為せば、遂に以て篇を名づく。言ふこころは人の必ず須く学ぶべきなりと。『為政』以下の諸篇の次する所は、先儒 意無きにあらざるも、篇に当りて各ゝ其の指を言ひ、此に説を煩さず。第は、順次なり。一は、数の始めなり。言ふこころは此の篇 次に於て一に当るなりと。
  • 2 《「子曰学而」より「君子乎」に至る》○正義に曰く、此の章は人に学を勧めて君子と為すなり。子とは、古人 師を称して子と曰ふ。「子は、男子の通称」と、此に子と言ふ者は、孔子を謂ふなり。「曰」とは、『説文』に云ふ、「口に従ひて乙声。亦た口気の出づるを象るなり」と。然らば則ち「曰」とは発語の詞なり。此の下を以て是れ孔子の語なり。故に「子の曰く」を以て之に冠す。或は「孔子の曰く」と言ふ者は、記の一人に非らざるを以て、各ゝ意を以て載するを以てすれば、義例に無きなり。『白虎通』に云ふ、「『学』は、『覚』なり」と。未だ知らざる所を覚悟するなり。
  • 3 孔子の曰く、「学者にして能く時を以て其の経業を誦習し、廃落すること無からしむれば、亦た説懌ならずや。学業 稍ゝ成れば、能く朋友を招く。同門の朋有り、遠方より来たり、己と講習するは、亦た楽しからずや。既に成徳有れば、凡そ人の知らざれども之を怒らざるは、亦た君子ならずや」と。誠の君子を言ふなり。君子の行ひは一に非ららず、此れ其の一行なるのみ。故に「亦た」と云ふなり。
  • 4 《注「馬曰子者」より「説懌」に至る》○正義に曰く、『子とは、男子の通称』と云ふ者は、経伝に凡そ敵者は相謂ひて皆な『吾が子』と言ひ、或は『子』と直言し、師を称するに亦た『子』と曰ふ」と。是れ子とは、男子・有徳の通称なり。「孔子を謂ふ」と云ふ者は、他師たるを嫌へばなり。故に之を弁す。『公羊伝』に曰く、「子沈子の曰く」と。何休の云はく、「沈子の子を称して氏上に冠する者は、其の師たるを著はせばなり」と。但だ「子の曰く」と言はざる者は、孔子を辟くればなり。其の子を冠せざる者は、他師なり。然らば則ち書伝に「子の曰く」と直言する者は、皆な孔子を指し、其の聖徳の著聞にして、来世に師範たるを以てすれば、須く其の氏を言ふべからざるも、人 尽く之を知るが故なり。其の他に師説を伝受し、後人 其の先師の言を称するが若きは、則ち子を以て氏上に冠するは、其の師たるを明にする所以なり。子公羊子・子沈子の類、是れなり。己が師に非らざれども他の有徳者を称するが若きは、則ち子を以て氏上に冠せず、「某子」と直言す。高子・孟子の類が若き、是れなり。「時とは、学者の時を以て之を誦習す」と云ふ者は、皇氏は以て凡そ学ぶに三時有りと為す。一に身中の時なり。『学記』に云ふ、「発して然る後ち禁ずれば、則ち扞格して勝へず。時 過ぎて然る後ち学べば、則ち勤苦して成り難し」と。故に『内則』に云ふ、「十年、外傅に就き、外に居宿し、書計を学ぶ。十有三年、『楽』を学び、『詩』を誦し、『勺』を舞ふ。十五、童と成れば『象』を舞ふ」と、是れなり。二は年中の時なり。『王制』に云ふ、「春秋は教ふるに礼楽を以てし、冬夏は教ふるに詩書を以てす」と。鄭玄の云はく、「春夏は陽なり。詩楽は声。声も亦た陽なり。秋冬は陰なり。書礼は事。事も亦た陰なり。互に之を言ふは、皆な其の術の相成るを以てなり」と。又た『文王世子』に云ふ、「春は誦し、夏は弦し、秋は礼を学び、冬は読書す」と。鄭玄の云はく、「誦は、歌楽を謂ふなり。弦は、糸を以て播るを謂ふ」と。時に陽にして事を用ふれば、則ち之を学ぶに声を以てし、陰にして事を用ふれば、則ち之を学ぶに事を以てす。時に因りて気に順へば、功に於て易きなり。三に日中の時なり。『学記』に云ふ、「故に君子の学に於けるや、蔵し、脩め、息ひ、遊ぶ」と。是れ日日の習ふ所なればなり。言ふこころは学者は此の時を以て学ぶ所の篇簡の文及び礼楽の容を誦習し、日_其の亡ふ所を知れば、月に其の能くする所を忘るゝ無きは、説懌を為す所以なりと。[言+焦 Unicode : 8B59]周の云はく、「悦は深くして楽は浅きなり」と。一に「内に在るを説と曰ひ、外に在るを楽と曰ふ」と曰ふ。「亦た」と言ふ者は、凡そ外境の心に適へば、則ち人心 説楽す。可説・可楽の事、其の類 一に非らず。此れ「学びて時に習ふ」、「朋の遠方より来たる有り」も亦た説楽の事なるのみ。故に「亦た」と云ふは、猶ほ『易』に「亦た醜づ可きなり」(観卦・大過卦・解卦)「亦た喜ぶ可きなり」(損卦)と云ふがごとし。
  • 5 《注「包曰同門曰朋」》○正義に曰く、鄭玄の大司徒に注して云はく、「師を同じくするを朋と曰ひ、志を同じくするを友と曰ふ」と。然らば則ち「同門」とは、同じく師門に在り、以て学を授る者なり。「朋」は、即ち群党の謂なり。故に子夏の曰く、「吾 群を離れて居を索む」(檀弓上)と。鄭玄の注に云ふ、「群は、同門朋友を謂ふなり」と。此の「朋の遠方より来たる有り」と言ふ者は、即ち『学記』に「三年 業を敬み群を楽むを視る」と云ふものなり。「志を同じくす」るは、其の心意の趣郷する所を同じくするを謂ふなり。朋は疏にして友は親たり。朋 来たりて既に楽めば、友は即ち知る可し。故に略して言はざるなり。
  • 6 《注「慍怒」より「不怒」に至る》○正義に曰く、「凡そ人の知らざる所有るも君子は怒らず」と云ふ者は、其の説 二有り。一に云はく、古への学者は、己の為にし、已に先王の道を得、含章 内に映ずれば、他人の見ず知らざれども、我は怒らざるなりと。一に云はく、君子は事を易へ(論語子路)、備ふるを一人に求めず(論語微子)。故に教誨の道を為し、若し人の鈍根にして知解する能はざる者有るも、君子は之を恕して慍怒せざるなり。
◆現代語訳◆
*   *   *
 有子の曰く、「其の人と為りや孝弟にして、上を犯すを好む者、鮮し。上を犯すを好まずして、乱を作すを好む者、未だ之れ有らざるなり。君子は本を務む。本 立ちて道 生ず。孝弟なる者は、仁の本たるか」と。
〔何 注〕
 孔子の弟子の有若なり。
 鮮は、少きなり。「上」は、凡そ己が上に在る者を謂ふ。言ふこころは孝弟の人は、必ず恭順なれば、其の上を犯さんと欲するを好む者、少なきなりと。
 本は、基なり。基 立ち、而して後ち大成す可し。
 先づ能く父兄に事へ、然る後ち仁道 大成す可し。