春 秋 穀 梁 伝
(伝)孔子の経・穀梁赤の伝 
 晋の范寧の注 
清の鍾文烝の補注 
*  *  *
隠 公 第 一
  元  年
 元年 春 王の正月〔范注1〕
  • 范注1 隠公の始年、周王の正月なり。杜預の曰く、「凡そ人君の即位するには、其れ元を体して以て正に居らんと欲す。故に『一年一月』とは言はざるなり」と。
事無きと雖も、必ず「正月」を挙ぐるは、始めを謹めばなり〔范注2〕
  • 范注2 君の即位の始めを謹む。
公 何をか以て「即位」を言はざる〔范注3〕
  • 范注3 文公に即位を言ふに拠る。
公が志を成せばなり〔范注4〕
  • 范注4 隠が桓に譲るの志を成す。
焉ぞ之を成す。
君の公と為るを取らざるを言へばなり〔范注5〕
  • 范注5 隠が意の 魯君と為るを取らざるを言ふなり。公は、君なり。上に「君」と言ひ、下に「公」と言ふは、互辞なり。○「焉」は於虔の反。
「君の公と為るを取らざる」とは、何ぞや。
将に以て桓に譲らんとすればなり。
桓に譲るは正しきや。
曰く、正しからず〔范注6〕
  • 范注6 隠 長じ、桓 幼なればなり。
『春秋』は人の美を成して、人の悪を成さず。隠 正しからずして之を成すとは、何(なにゆゑ)ぞや。
将に以て桓を悪とすればなり〔范注7〕
  • 范注7 譲る者の善を明かにせずんば、則ち取る者の悪 顕れず。○(「人之悪」の)「悪」は烏各の反。(「悪桓」の)「悪」は烏路の反。
其れ桓を悪とすとは、何(なにゆゑ)ぞや。
隠 将に譲らんとすれども桓 之を弑する。則ち桓 悪なるのみ。桓 弑すれども隠 譲る。則ち隠 善なるのみ。
善なるも則ち其の正しからざるは、何(なにゆゑ)ぞや〔范注8〕
  • 范注8 善なれば正しからざる無きに拠る。
『春秋』は義を貴びて恵を貴ばず〔范注9〕、道を信(の)べて邪を信べず〔范注10〕。孝子は父の美を揚げて、父の悪を揚げず。先君の桓に与へんと欲するは、正に非らざるなり、邪なり。然りと雖も、既に其の邪心に勝ちて以て隠に与へり〔范注11〕。己 先君の邪志を探れども、遂に以て桓に与ふるは、則ち是れ父の悪を成すものなり。兄弟は、天倫なり〔范注12〕。子と為るは之を父より受け、諸侯と為るは之を君より受く〔范注13〕。己 天倫を廃して、君父を忘れ、以て小恵を行ふは、「小道」と曰ふなり〔范注14〕。隠の若き者は、「千乗の国をも軽しとす」と謂ふ可きなるも、道を蹈こと、則ち未だしなり〔范注15〕
  • 范注9 「恵」は、「私恵」を謂ふ。
  • 范注10 「信」は、「申(の)ぶ」字なり。古今 共用する所なり。
  • 范注11 終に之を隠に帰す。是を以て正道 邪心を制するなり。
  • 范注12 兄の先にして弟の後るゝは、天の倫次なり。
  • 范注13 隠 世子と為り、親しく命を恵公より受けて、魯君と為れば、已に之を天王より受くるなり。
  • 范注14 弟の兄に先んずるは、是れ天倫を廃すなり。私に国を以て譲るは、是れ君父を忘るゝなり。
  • 范注15 未だ正しきに居るの道を履まず。
◆通 釈◆
 三月。公 [朱+邑 Unicode : 90BE]婁の儀父と眛に盟す〔范注16〕
  • 范注16 「[朱+邑 Unicode : 90BE]」は、附庸の国。「眛」は、魯地なり。○「[朱+邑 Unicode : 90BE]」の音は「誅」。「儀父」(の父は)、凡さ人の名字は皆な音と「甫」。後ち此れに放(なら)ふ。「眛」は、左伝に「蔑」に作る。
「及(=…と)」とは何ぞ。
内に志を為すのみ〔范注17〕。「儀」は、字(あざな)なり。「父」は、猶ほ「傅」のごときなり、男子の美称なり〔范注18〕
  • 范注17 「内」は、魯を謂ふなり。
  • 范注18 「傅」は、「師傅」なり。附庸の君の 未だ王命あらざるものは、名を称するを例とす。其の信を魯に結ぶを善とす。故に字を以て之に配す。
其の「[朱+邑 Unicode : 90BE]子」と言はざるは、何ぞや〔范注19〕
  • 范注19 [朱+邑 Unicode : 90BE]は此れより以上、附庸の国なり。○「上」は時掌の反。
[朱+邑 Unicode : 90BE]の上古は微にして、未だ周より爵命せられざればなり〔范注20〕。日せざるは、其の盟 渝ればなり。「眛」は、地名なり。
  • 范注20 日する者は信を謹む所以なり。盟 変る。故に日せず。「七年、公 [朱+邑 Unicode : 90BE]を伐つ」、是れなり。
◆通 釈◆
 夏 五月。鄭伯 段に[焉+邑 Unicode : 9122]に克つ。
「克つ」とは何ぞ。
「能くす」るなり。
何をか「能くす」るや。
「能く殺す」なり。
何をか以て「殺す」と言はざる。
段の徒衆を有するを見はせばなり〔范注20〕。「段」は、伯が弟なり。
  • 范注20 言ふこゝろは 鄭伯 能く殺すとは、則ち邦人の殺す能はざればなり。段の衆力 彊盛なれば、唯だ国君のみ能く之を殺すを知る。
何をか以て其の弟たるを知る。
世子の母弟をを殺すに君に目す。其の君に目さるゝを以て、其の弟たるを知るなり〔范注21〕。段 弟なれども「弟」と謂はず、公子なれども「公子」と謂はざるは、之を貶むればなり。段 子弟の道を失へり。段を賤しみて鄭伯を甚しとするなり〔范注22〕
  • 范注21 「母弟」とは、「同母弟」なり。「君に目す」とは、「鄭君を称す」るを謂ふ。
  • 范注22 「段を賤しむ」とは、「公子・公弟」と称さゞるを謂ふ。「鄭伯を甚しとす」とは、「君を目す」るを謂ふなり。雍の曰く、「段 寵を恃みて驕恣にして、彊きは国に当るに足る。鄭伯 防閑するに礼を以てし、教訓するに道を以てする能はず。縦に其の罪を成さしめ、終に大辟を致さば、処心積思、志 弟を殺さんと欲す。○「辟」は婢亦の反。「思」は息吏の反。
何ぞ鄭伯を甚しとする。
鄭伯の処心積慮の 殺を成すにあればなり。「[焉+邑 Unicode : 9122]に」とは、遠ければなり。猶ほ「之を其の母の懐中より取りて之を殺す」と曰ふがごとく爾(しか)云へば、之を甚しとするなり〔范注23〕
  • 范注23 段 犇走して、乃ち[焉+邑 Unicode : 9122]に至り、去ること已に遠し。鄭伯 猶ほ追ひて之を殺さば、何をか以て其の母の懐中より赤子を探りて之を殺すに異らんや。君の大夫を殺すは、地せざるを例とす。鄭伯の弟を殺すを甚しとす、故に其の地を謹む。
然らば則ち鄭伯たる者は、宜しく奈何がすべき。
(ゆる)く追ひて賊を逸(はし)らすは、親親(=親しきに親しむ)の道なり〔范注24〕
  • 范注24 「君・親には将にせんとすること無し。将にせんとすれば必ず誅せらる」と。此れ蓋し臣子の道ならん。犯す所 己に在り、故に以て兄弟の恩を伸す可し。
◆通 釈◆
 秋 七月。天王 宰[口+亘 Unicode : 54BA]をして来たりて恵公・仲子の[貝+冒 Unicode : 8CF5]を帰(おく)らしむ〔范注25〕
  • 范注25 「宰」は「官」、「[口+亘 Unicode : 54BA]」は「名」、「仲」は「字」、「子」は宋の姓なり。婦人の姓を以て字に配するは、本を忘れず、同姓に適せざるを明かにすればなり。妾の子 君と為れば、[貝+冒 Unicode : 8CF5]するにも当に諡を称すべし。「成風」是れなり。仲子は乃ち孝公の時に卒す。故に謚を称さず。[貝+冒 Unicode : 8CF5]は時を例とす。月を書くは、以て其の晩きを謹めばなり。
母 「子」を以て氏す〔范注26〕
  • 范注26 妾は君を体する得ず、故に子を以て氏と為す。平王 新たに幽王の乱を有し、成周に遷れば、礼を諸侯に崇くせんと欲す。追[貝+冒 Unicode : 8CF5]するに由無し、故に恵公の喪に因りて、来たりて之に[貝+冒 Unicode : 8CF5]す。
「仲子」とは何ぞ。
恵公の母、孝公の妾なり。礼に、人の母に[貝+冒 Unicode : 8CF5]するは則ち可なるも、人の妾に[貝+冒 Unicode : 8CF5]するは不可なり。君子は其の可なるを以て之を受くるを辞す。其の志は、事に及ばざるにあるなり〔范注27〕
  • 范注27 常事は書かず。
「[貝+冒 Unicode : 8CF5]」とは、何ぞや。
乗馬を「[貝+冒 Unicode : 8CF5]」と曰ひ、衣衾を「[衣偏+遂(旧) Unicode : 895A]」と曰ひ、貝玉を「含」と曰ひ、銭財を「賻」と曰ふ〔范注28〕
  • 范注28 四馬を「乗」と曰ふ。「含」は「口実」(ふくみだま)なり。○「乗」は繩證の反。「[衣偏+遂(旧) Unicode : 895A]」の音は遂。「含」は戸暗の反、又た「[口+含 Unicode : 5505]」に作る。「賻」の音は附。
◆通 釈◆
 九月。宋人と宿に盟す。
「及(…と)」とは何ぞ。
内の卑き者なり。「宋人」は、外の卑き者なり。卑者の盟は日せず〔范注29〕。「宿」は、邑名なり。
  • 范注29 「卑き者」とは、卿大夫に非らざればなり。凡そ卿大夫に非らざれば、盟 之を信ずると不(いな)と、日せざるを例とす。
◆通 釈◆
 冬 十有二月。祭伯 来たる〔范注30〕
  • 范注30 ○「祭」は側界の反。
「来たる」とは、「来朝」するなり。
其の「朝す」と謂はざるは、何ぞや。
寰内の諸侯は、天子の命有るに非らずんば、出でゝ諸侯に会するを得ず。其の外交を正しくせず。故に朝に与らざるなり〔范注31〕。聘弓・[金+侯 Unicode : 936D]矢は竟[土+易 Unicode : 57F8]を出でず、束脩の肉は竟中に行はず。至尊有る者は、之を弐(ふたゝび)せざるなり〔范注32〕
  • 范注31 天子の畿内の大夫の采地を有するを、之を寰内の諸侯と謂ふ。○「寰」の音は県。古への「県」字は一音「寰」。又たの音は患。
  • 范注32 聘遺は二国の好みを結び、彼我の意を将(とゝの)ふ所以なり。臣は当に命を君より稟くべく、私無きは朝聘の道なり。○「[金+侯 Unicode : 936D]矢」の音は候。又たの音は侯。「竟」は本に或は「境」に作る。「[土+易 Unicode : 57F8]」の音は亦。「遺」は唯季の反。「好」は呼報の反。
◆通 釈◆
 公子益師 卒す。
大夫の卒を日するは、正しければなり〔范注33〕。卒を日せざるは、悪なればなり〔范注34〕
  • 范注33 君の卿佐は、是れ「股肱」と謂ふ。股肱 或は虧くれば、何ぞ痛きこと之に如かん。故に其の卒日を録して以て恩を紀す。
  • 范注34 悪とするが故に之を略す。
◆通 釈◆