私は、CCCDに反対です。
現代の音楽業界を支える、CD、DVD、写真集、本などの二次的な音楽ビジネスは、権利なくして成り立ちません。「CDのコピーは、アーティストの権利を侵害する」からCDをコピーさせないための方法として、CCCDというものが市場に出回りつつあります。CCCDについて、詳しくはこちら。
本来音楽ビジネスのあるべき姿は、お客様を前にして楽曲を演奏して、お金をいただくことです。CDとは、お客様を前にして楽曲を演奏しなくても、音楽をお客様に聴かせるための手段なのだと思います。レコード(=CD)がこんなにも普及したのは、音楽を聴きたいユーザの側にも、演奏者の生演奏よりも簡便に音楽を聴くための手段が必要だったからです。
手段である以上、CDの存在意義は、いかにいい音でユーザに演奏者の演奏を聴かせるかにあります。演奏者の側からしても、「音楽を聴いてもらってお金をもらう」以上、できるだけいい音で、良い演奏を聴いてもらいたいと思うのが普通だと思いますし、ユーザ側も、お金を払って聴く以上、できる限り最上級を求めるのは当然のことだと思います。
ところが、CCCDは、CDの音質を劣化させ、音楽を再生することの使い勝手をスポイルします。つまり、CDの本来の目的である「音楽を聴かせる」という根本的なところで、手段としての役割を果たせていないと言うことになります。そこにあるのは、本来の姿を忘れ、二次的な商品を必要以上に増やして大きくなりすぎた、音楽ビジネス、音楽業界の論理だけです。
CCCDを採用すると言うことは、「音楽を聴かせる」というユーザに提供するべき価値をスポイルするものなのです。
音楽にお金を払うのはユーザです。ユーザが、良い音楽を聴かせてくれるアーティストに対価を支払うことは、音楽もまたビジネスである以上、当然のことです。しかし、肝心の音楽をまともに聴かせようとしないレコード会社(CD販売会社)にお金を払うのは、どうにも抵抗があります。
故に私は、1ユーザとして、CCCDと言うやり口には賛同できません。
2003年4月30日 Julian