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今頃サイババ告発本を読んだ今頃になってサイババ告発本を読みました。久々の書き込みで、コンピュータとは何の関係もないネタで恐縮ですが。
日本のテレビ番組等で見たことがあるだけの人は、サイババってなんかうさん臭いインドの聖人だよね、くらいの印象しかもっていないかもしれませんが、実際のところは、サイババ信者という人たちが世界中にはたくさんいて、日本からわざわざ行く人もいるし、現地には寄付で建てられた (外見は) 立派な病院や学校もあり、インドではそのへんの売店でステッカーが売られている程、著名な聖人でもあります。 実はいまのサイババ (サティヤ・サイババ) は2代目 (と本人が自称している) です。初代のサイババ (シルディ・サイババ) は既に亡くなっているのですが、生前に8年後の転生を予言したと言われています。シルディ・サイババの信奉者たちは、サティヤ・サイババが生まれ変わりとは認めてないと言う話もありますが、そのあたりのことはよく知りません (興味もない)。ちなみに初代サイババもインドのあちこちでステッカーを見かけます (というか、初代の方が多いかな)。 そのサイババの告発本とは、「裸のサイババ」という本です。
『ぼくたちの外側に「神」をみる時代は終わった』というサブタイトルがすべてを物語っていると思うのですが、時代に関わらず「神」とは外側に見るものではないと私は思います。 ただ、今頃そんなことに気付いたの?というのは簡単ですが、そういうことを言う人は、理屈として頭で思っているのと、実際に体験として実感するのは雲泥の差であるとは思っていないのかもなと思います。仏陀は6年にも渡る苦行の末に苦行は無駄であると気が付いたわけですが、それは苦行を実際に行なったから無駄だとわかったとは言えないでしょうか。 この本は、サイババによる児童を含む信者への性的虐待の実態と、物質化と呼ばれる奇跡がチープなトリックであったことを主に告発しています。そもそもサイババのことを信じてない人、何とも思っていない人にとってはそれほど衝撃的に感じないかもしれないと思いますが、信じている人間には受け入れがたく感じる内容でしょう。 Amazon のレビューを見ると、ほとんどがインタビューばかりで構成されるこの本の内容は信憑性が疑わしいと批判しているものがいくつかあります。確かにサイババ病院の実態など、検証を加えられる余地があると感じますが、UNESCO にまで性的虐待を非難されている事実があるのに、それをなお否定する根拠はあるんでしょうか。聞いてみたいところです。 この本のインタビューを客観的に読んでいると、サイババのトリックや性的虐待の事実を知った信者によく共通して見られる反応があることに気が付きます。 サイババの事実を目にした人たちは、「この行為には (ババが説明するようなクンダリーニの調節等の) 意味があるに違いない」もしくは「これは霊的なテストに違いない」と考えるようです。後者については、未だにオウム真理教の信者などにも言えると思うのですが、グル (もしくは教祖) から行為の意味することの説明がなかったとしても、「これは師がわざと私をテストしているのだ」「霊的な試練に違いない」と自ら解釈をします。師にしてみればこれほど都合のいいこともないでしょう。何をしようとも弟子が勝手に意味を見つけてよいほうに解釈してくれるのですから。(仮に実際にそれで弟子が成長することがあったとしても、それは師のおかげではないと思います。) この本のインタビューに出てくる人々も最初そのように受け止めますが、そんな観念を吹き飛ばす少年への肛門性交などの事実を突きつけられて、ようやく理性的な人間の通常の判断に至ります。 もう1つ印象深いのが、こうした事実を知り、恐らくそれがおかしなことであると多かれ少なかれ感じながらも、サイババを否定しない人たちの存在です。全米サイババ協会の会長は「私の人生からサイババをとったら何も残りませんからね」と語ったといいます。サイババに出会い、彼こそ現在のイエスの再臨だというように信じ、公私のすべてを捧げてサイババを信奉してきた人たちが世界中にいます。そうした人がある日、今までの自分は間違いだったと言われても、それまでの自己を全否定することを行なうのは容易いことではないのでしょう。 人は怖れによって道を誤ります。今まであった何かを失うへの怖れ、信用を失うことへの怖れ、収入を失うことへの怖れ、死ぬことへの怖れ、様々な恐れ。サイババの行状に感づきながら、なおサイババを離れられない人々は、結局のところ、自分の中の怖れに負けているのではないでしょうか。斯くも人は弱いものなのでしょう。それを認められればよいのでしょうが。 カルトは何を考えているかわからない、カルトだからしかたない、みたいに切って捨てた考え方をする人は、視点によっては自分がカルトにはまっている人と変わらないのかもしれない、などとは夢にも思いもしないのでしょうね。(意味もなく視点を相対化する必要はありませんが) この本はかつてサイババの信奉者であり、実際にサイババを礼賛する本も出している人物が、サイババの事実の姿を見つめ、サイババの暗黒面を告発しているという点では評価しています。しかし、インタビュー中心であるが故に、(早急にこの事実を公表したかったと言う事情はあるのかもしれないですが) 内容に伝聞でしかないと批判されてしかるべきものが多い点と、『ぼくたちの外側に「神」をみる時代は終わった』と書いておきながら、「エンジェル・ボックス」などという「21世紀型のサクセスが身につく」「夢の実現ボックス」というものを発売している点は、どうかなと思います。 この本を読みながら少し、ことのは問題を思い出していました。(αブロガーと目されていた松永英明氏が、オウム真理教の信者であることは判明した事件。) この問題をウォッチしてない人にはなんのことやら、でしょうし、どこから取っ付けばいいのかもわからないと思いますが、今回書いた内容としては、この問題が騒ぎになってから行なわれた滝本弁護士へのインタビューを取りあえず紹介しておきます (なお、このインタビューに先立って、当事者の松永氏へのインタビューが行なわれおり、滝本弁護士へのインタビューはそれを踏まえたものであります)。 Grip Blog: 滝本弁護士へインタビュー # ことのはの件は、追求し出すとほんといろいろあります。上で紹介したインタビュー1つとっても、インタビューを行なっている泉あい氏の立ち位置とか責任問題とかもありますし。 Posted: 月 - 6月 26, 2006 at 02:09 AM |
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親サイトの Travellers Inn は旅に関するサイトですが、ここ Travellers Tale では、旅にこだわらず興味のおもむいたことについて書いています。ちなみに Travellers Tale という言葉は、旅行記ではなく、旅人の見てきたようなほら話のことを意味しています。
筆者ハンドル:Hiro (ハンドルネームという言い方は正確には間違いですよ!慣用化しているので、こだわる必要はないかもしれませんが。) Trackback powered by
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