老いる夢の街:多摩ニュータウンの行方


老いる夢の街:多摩ニュータウンの行方 (Yahoo!news)

◇「世代の壁」越えたい−−地元に根付いた若者も
 多摩市永山の商店街・永山団地名店会の一角にあり、近くの団地に住むお年寄りの憩いの場になっている「福祉亭」。11日昼、五つのテーブルはいつも通りお年寄りの姿でいっぱいになった。店内の様子は、ニュータウンで10年後に到来する高齢化の進んだ社会の縮図のようでもある。



確かに、高齢化した街は各地域で問題となっている。




 「ニュータウンに住んできた歳月を若い人に教えたいんだけど、どう伝えればいいのか分からないの」。ニュータウン1次入居期の71年10月から、同市諏訪2丁目に住む安西文江さん(72)は、そうつぶやいた。安西さんは「銭湯ではなく、お風呂に入りたい」と公団住宅にあこがれ、20回以上抽選に応募してようやく念願の入居を果たした。公園に幼い子どもがあふれ、花見やハイキングを楽しんだ思い出は今も鮮明だ。しかし、そんな記憶を伝えるべき若者がいなくなれば、自分たちで築いてきた共同体が途切れる不安がつきまとう。
 お年寄りの間には「経験を伝えたいのに、伝える相手がいない」と嘆く声が漏れる。永山団地に住む神野義市さん(78)は「若者と話したって話題が合わないし、どうせ聞いてくれない。そもそも交流する機会がないんだ」とあきらめ顔だ。「1日に接する若者は食品配達のお兄さん1人だけ」という人もおり、「お年寄り」と「若者」の接点は少ない。
 だが、ニュータウンを拠点にしながら「世代の壁」を乗り越えようとしている若者は皆無ではない。
 多摩市内で昨年秋からお年寄りを相手にマッサージをしている上村幸敬さん(26)=同市諏訪5=は最近になって得意客が定着してきた。幼いころからお年寄りと話すのが好きで、高校時代に稲城市の高齢者施設でボランティアをした。それを機に福祉の道を選び、介護福祉士の資格を取った後、育ったニュータウンに根付いた。月収約10万円の個人営業だが、やりがいは十分感じている。
 3歳のころ、多摩市の諏訪地区に移り住み、既に統合された旧南諏訪小を卒業した。当時の同級生の約8割が市外や近県に出たが、地元に残ることに悔いはない。「お年寄りは人生経験が豊かで教わることが多く、あくせく生きていない。僕らの世代は新しいことや流行を追いすぎて、身近な人と遊ぶことを忘れていると思う」と話す。






多摩ニュータウンは顕著すぎる例ではあるが、至る所で高齢化が進んでいることは間違いない。
昨日、昼飯を食べに寄った地元のラーメン屋では、時間が遅い割に(3時頃)にぎわっているものの、中高年夫婦が3組、中高年男性が2組、20代カップルが1組、それに自分ら夫婦だった。別段気にしていなかったのだが、カミさん曰く




カミさん
「ホント、びっくり〜」

ワタクシ
「え”っ、何が?」

カミさん
「だって、みんなお年寄りなんだもん」

ワタクシ
キョロキョロ
(周囲を確認するワタクシ)

ワタクシ
「うーむ。確かにそうかもしれん」

カミさん
「だって、港北の時は、子供連れでいっぱいだったでしょ」

ワタクシ
「うーむ、確かにそうだ」

ワタクシ
「まぁ、あそこの人口構造は異常だからな」




とは言ったものの、これも異常じゃないとは言えない。
でも、これからこんな街が間違いないなく増えてくる。

そう考えると、この先、街としてどう活性化するかは、若者をどう取り込んでいくかに掛かってくる。あまりお金を落とさない、「ニート:NEET」はいらないが、「ニート:neat」は必要だ。そういった高感度の若者を、いや活性化を助ける環境を整えていく事が重要なんだなと感じる。

ただ単に、学校や企業を誘致するだけでは、まったく機能しないので、いかに活性化するかを考えなければならない。

うーん。




うーん。




うーん。うーん。









・・・・・・・・。











ぐぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーっ。









あ、寝ちゃった。

難しい話は専門家に任せよう(笑)
といっても、専門家というヤツほど当てにならないけど(笑)







Posted at :11:05 PM