2004年8月から2005年5月までは仕事が非常に忙しかった。12月からは栄養ドリンクが無ければやっていけなかった。肉体的にもツラかったが、精神的にもツラかった。精神に異常をきたしていただろう。
一段落したところでエジプトへ自分を修復する旅行に出かけた。ツアーに参加し、そこで知り合った人、ガイドのハッサンさん、見たもの、聞いたもの、食べたもの、感じたこと、考えたこと。このすべてがあったからこそ自分が修復できた。
今後も同じような状況に陥る事があるだろう。そのときにこの旅行のことを思い出して自分を奮起させたい。そのための旅行記。
ツアーの日程にあわせてページを分けた(ページのヘッダー部分のリンク)が、長くなるページが出てくるはず。その場合はさらにページを分けた(ページ左側のリンク)。また、旅の途中で思ったこと考えたことなどは別枠にした。写真は自分で撮影したものがほとんど。例外もある。
子どもの頃に誰しも「いつかはピラミッドを見に行って頂上に立ちたい」という欲望を持ったことがあるだろう。ないとは言わせません。大人になってもその気持ちは消えることは無かったが、「国内旅行もいいよね」「大英博物館みたい」「イタリア、フランスでおしゃれに歩きたい」「アメリカがさぁ」など誘惑が多く「ピラミッドを見たい」という気持ちは抑制されてきた。端的な表現、「エジプトよりも他に行きたい所がある」と一言で片づけられてしまう。
2004/03に友人と二人でロンドンへ行った。ただ、「大英博物館を見たい」という欲求を満たすためだけに。その帰りの飛行機の中で「次に(海外)旅行へ行けるのはいつになるのだろう?」という疑問が浮かんできた。そう遠い未来ではないことは確信していた。そのとき、どのような状況だろうか?一人旅?誰かといける?時期は?どのような制約がそのときにあるのだろう。数年のうちに旅行へ行くのはわかっている。そのときの状況によっていけるところといけないところがあるだろう。
あれこれ行きたいと思った所をリストアップし、そのリストアップした場所はどういう状況でいけるのかを考えた。結論は、
「次の機会、一人だったらピラミッドを見に行こう。一緒に行ける人がいたとして、その人が行きたくないと言ったら一生いけないかもしれないから」
ピラミッドを見たいという気持ちがあるが、次の旅行時に一緒に行ってくれる人がいた場合、その人の意志も反映しなければならない。その人が自分にとってどのような位置にいるかによるのだが、重要な位置を占めるひとだった場合、その人が「行きたくない」と言った場合、説得してまで行くかどうかわからないと考えた。少なくとも確立は下がる。そうなる前に一度行っておけばイイかなと。
年齢的な問題。エジプトのイメージは「砂漠で暑いところ」。歳を取ってからエジプトへ行った場合、体力的にキツく、何かあったときに最悪命を落としかねない。「若い間の、体力があるうちに行っておきたい」これが本音。
なんだかんだ理由をつけてみたが、「ピラミッドが見たかっただけ」さ。