運も実力のうち
前にもチラッと書いたけど、ジーコのワールドカップでの運のなさがとっても気になる今日この頃。まあトルシエなんてワールドカップはおろかフランス代表にもなってないのでこんな話は意味ないんだけど、でも気になる。
ジーコがワールドカップに登場したのは1978年のアルゼンチン大会。当時すでにブラジル国内では「白いペレ」と呼ばれていたらしい。しかし、ブラジルが戦った6試合のうち先発は3回、フル出場は1回。その実力を発揮できず、当時の雑誌では「白いペレも大したことないね」みたいな論調だった。ブラジルは結局、二次リーグで無敗ながら2位となり3位決定戦にまわることになる。得失点差でアルゼンチンに首位を譲ったのだけど、最終戦でアルゼンチンはペルーに6-1の圧勝。当然八百長疑惑がささやかれることになった。また、この試合はブラジル-ポーランド戦の後に行なわれたため、何点とれば首位に立てるか分かる状況だった。これ以降グループリーグの最終戦は同時刻に行なわれるようになる。
二回目は1982年スペイン大会。ここでは黄金のカルテットの中心として活躍するも、これまた二次リーグでロッシ一人にやられて敗退。敗因は引き分けでも準決勝進出が決まるにもかかわらず、ファルカンの同点ゴールのあとも攻め続けたことにあると言われているけれど、まあ当時のブラジルのスタイルだったんだからしょうがない。守りを固めるなんてできなかったんでしょう。でも、それにしても運がない。ちなみにこの大会の得点王ロッシが注目を集めるが、優勝したイタリアにはゲームメーカー(死語)の「フィレンツェの至宝」ジャンカルロ・アントニオーニ、リベロのシレア、中盤のブルーノ・コンティ、イケ面の左サイドバック、アントニオ・カブリーニなどがいた。
三回目は1986年メキシコ大会。この大会では負傷の影響もあり出場はわずか。準々決勝のフランス戦、途中出場した同点の場面でPKを誘う絶妙なスルーパス!しかしその直後にPKを外してしまう。嗚呼。結局試合はPK合戦になり敗退。ちなみにフランスにはプラティニ、ティガナ、ジレス、フェルナンデスが黄金の中盤を構成していた。このチームにアンリとトレゼゲがいたらなあ。
ね、ジーコのワールドカップは悲劇の連続でしょ。もちろんクラブではトヨタカップを取ったりして素晴らしい実績がある。イタリアに渡ってウディネーゼで得点王争いもしている。また、指導者としても鹿島アントラーズの成績は素晴らしい。でも代表チームではどうなのか? 監督には代表向きとクラブ向きがあって、ヨハン・クライフやアーセン・ベンゲル(フランス読みだとアルセーヌだと思うのだが、、、)も代表は率いない、と言っている。ジーコはクラブで輝いた選手だったけれど、代表で(監督として)輝くことはできるのだろうか。そしてワールドカップとの相性の悪さは払拭できるのか。
以上、根拠とか理論とかはまったくないお話でした。
Posted: Wed - October 29, 2003 at 04:52 PM