4日目 浜松〜名古屋(愛知)


起床午前6時。
ちょっと寝坊した。
もう、少し明るくなり始めている。
5時間も寝てしまった。
つーかこの寒いのにこんな寝れる自分がちょっと凄い。
相変わらずカロリーメイトを食べ、コーヒーを買い一服。
旅4日目、今日も一日が始まった。


暫く走っていると、朝陽が見えてきた。
もの凄い、美しい。
山際から徐々に顔を見せる、この日の朝陽は俺にギターを弾かせた。
また一つの曲が浮かび、頭の中でグルグル、構成していた。
もう珍しい事でもない。
俺は朝陽から聞こえるメロディーを、口ずさみながら愛知を目指した。

風が強い。
あんまり突風続きなので、なかなか進まず、イラついてきた。
終いには自転車を降り、押しながら歩き、風に文句を垂れていた。
それどころか叫んだ。
「止め!このクソ風!」
風は止まない。
相変わらず無茶苦茶やってます。
むかついてもはや自転車は手押し。
見えるのは果てしなく続く直線の道路。
何度もコンビニへ立ち寄り、暖をとり、また自転車を手押ししながらひた進む。
箱根の山越えもそうだったが、自転車の旅における試練とは、
上り坂の連続でも足腰の痛みでもない。
向かい風の猛威、だと俺は思った。
風があることは何より辛い。
この旅を始めて、肩もこりまくり(足は何故か疲れ知らず)、寒さにも挫け、山道も果敢に登ってきたが、
向かい風ほど辛いものはない。
進まないことでストレスもあるし、疲れるし、心身共に疲労が激しい。
とりあえず、あまり急がず、ゆっくりと俺は芦ノ湖・名古屋方面へ向かっていた。


風が少し止み、自転車をこぎ始め、俺は芦ノ湖・弁天島辺りにたどり着いた。
広がる海、振り返れば芦ノ湖、俺は弁天島の鳥居を眺めていた。
指輪の友は 、宮島に佇む鳥居が見たいと言っていた。
弁天島の鳥居は何となく、それを彷彿とさせた。
立ち入ることはできず遠くから、眺めることしかできない弁天島の鳥居。
何か物悲しかった。
俺は長いことこの鳥居を見続けた。


暫くしてまた自転車をこぎ出すと、いよいよというところまで来た気がした。
国道1号線は海沿いへ乗り出し、そこでも水平線を見ながらゆっくりと愛知県との境へ俺は近づいていた。
太陽が眩しい。
目の前に立ちふさがる最後の山、これを登り切れば愛知県。
続く山道の途中で俺はギターを弾きだした。
誰も通らない、通るのは車ばかりのこの山道で、俺は思いっきり歌った。
再び山を登り出すと眼下が開けた。
急に突風が吹き出す。
下り坂が続いている。

「愛知県・豊橋市」

俺は標識の手前で立ち止まった。
友達に、もう愛知まで来たことをメールする。
そして一歩。
俺は長い静岡の旅路を終え、遂に愛知県へと突入した。


名古屋には友達が住んでいる。
その友達に午後6時頃電話をした。
明日成人式の為、東京に帰るらしかった。
俺はそんなギリギリのところでどうにかたどり着いた訳である。
今日も吉野屋の牛丼をガっつき、俺は名古屋へと急いだ。
今日は折角だから飲みまくりたい。
ここまで来ると、流石に様子が変わってくる。
コンビニやファミレスの店舗勢力が俄然変わった。
ローソン・ampm・あとCOCO!というコンビニが殆どをしめ、サンクスも続いて引けを取らない。
とにかくampmは多い。
あと、接客用語にも変化を見いだした。
普通、関東では「こちらでよろしいでしょうか?」などというが、
この辺りまで来ると、何故か「よろしかったでしょうか?」になる。
明らかに関西の方は、文法として間違っている気がする。
「よろしかった」といってしまえば、いかにも常連だとか、
一度言ったことを確認するようなことのように聞こえる。
初めて物事を訪ねる時点で「よろしい」が過去形になっているのは、かなり納得がいかない。
何故なのか気になるところだ。


何て考えてる内に(長い)名古屋市街、名古屋駅方面の標識が現れた。
もう名古屋駅は目前。
友達の家は、千種区本山駅付近
名古屋は駅の間隔が何故か異様に近い。
しかも初乗りで200円だという。
お年寄りには痛いシステム。
それだけあって本山駅は近かった。
俺は酒を買い込んで、遂に友達Mitsumaxの家へ到着したのだった。