富士山を見にいこうツーリング
白馬岩岳----松本----甲府----本栖湖----八が岳原村 ----松本----白馬岩岳
'96年のゴールデンウィークに 私は上田氏(当時22才)と一緒に自転車で富士山を見に行こうツーリングに出かけました。折り良く白馬岩岳でMTBレースをやっていたので、このレースに出場するTeamROMANの方々の車に便乗させていただき、スタートは岩岳スキー場となりました。
数百人のMTBレーサーたちを尻目に、30リッターのザックを担いだロードレーサーの2人が朝8時に出発、大町、松本、諏訪、甲府と走って富士五湖の一つ 本栖湖に着いた時にはもう日が沈んでいました。この日の走行距離205Km、特に甲府から精進湖までの25Kmは筆舌につくしがたいほどのきつい坂、思わずこの旅のタイトルが浮かびました... 『上九一色村に地獄を見た!!』 私の後方に見えなくなった 相棒の上田氏はどれだけ私を恨んだことでしょうか。私もこのコースを勧めてくれた、ご存じFRS氏(誰も知らん..)の名を念仏のように唱えながらハンドルバーを引くようにし登りました。そして本栖湖キャンプ場にて一泊。
次の日の朝、なんてことでしょう曇ってて富士山が見えない。しかたなく ”富士山がそこにあるはず”をバックに写真を一枚撮って出発、八が岳の原村へ向かいました。ここでは、ハンドメイド家具をつくっている友人を訪ね、素晴らしい歓迎を受け楽しい一夜をすごしました。
三日目の朝、当初の予定では上高地で泊まって、平湯をぬけて富山へ帰るはずでしたがテレビのニュースによると安房峠が積雪のため閉鎖とのこと、しかたなく出発点の白馬岩岳に向かって走り出しました。振り返ると八が岳の上の方もうっすらと白くなっています。出発して20Kmも走らないうちに上田氏は初日の205Kmがきいたのでしょうか、膝の痛みを訴え思うようにこげずに かなり辛そうでした。そんな彼に天気が良いせいかやたらと足が回る私は 『へっへっへ オレと同等に走ろうなんざ、十五年早いんだよ〜ん」と元気づけてやりました。その甲斐あってか、なんとか白馬岩岳スキー場にたどり着きました。
岩岳ではMTBのレースがまだ続いていてTeamROMANのキャンプスタッフには大変お世話になりました。上田氏は足の痛みが治まらず、そのまま車で富山へ.....しかし、私は「まだ休みが残ってるのに帰りたくないよ〜ん」ともう一泊して、一人で富山まで自転車で帰ってきました。
結局、第一の目的である富士山は見られませんでしたが、私は私なりに楽しい思いと まだまだイケるという自身をつけ、上田氏はたぶん 凄く苦しい思いと楽しい思い、ある意味で自身を無くし、ある意味で自身をつけた旅だったように思います。計画自身に無理があったのは私の責任ですが、上田氏には「今時、こんなにまでの辛い思い なかなかできないよ〜ん」と言っときました。 因みに初日にしか使わなかったテント一式 富山までしょってきた私は大馬鹿者だと自分自身で呆れております。
'96年のGWは岩岳のマウンテンバイクのダウンヒルレースに出させてもらいました。二度ほどコケて8分28秒、天候不順でリザルトには残りませんでしたが 雨でぬれて滑りやすいコースをワクワクしながら楽しませてもらいました。
私は富山県の自転車チームTeamROMAN(ローマン)に所属していす。 サイクリングの諸先輩方にはロードレーサー+30リッターのザック+200Km= バカといわれるかも知れませんが(実際、一部で言われてます)、私自身 今までがそうだったし、これからも「走れるんだから、いいじゃん」というカンジで続けるつもりです。
なお、上田氏の名誉のために付け加えておきますが自転車競技において私は彼に到底かないません
どうも ありがとうございました。 終わり