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光は一瞬で縮小し、後には巨大な雲が広がっていく。そして、バルンガの巨体は見る見る小さくなっていった。空に──宇宙に向けて、バルンガは上昇を始めたのだ。
「そうか! おのれっ」 百山が憤怒の表情になった。歯がぎりぎりと音を立てる。
「ギャー!」勘一の悲鳴。
「痛い! 肉が、肉がむしれるっ」
その肩には、百山の指が第一関節のあたりまで食い込んでいた。
「ええい、つまらん事で騒ぐな」
すでにバルンガは、野球のボールほどの大きさになっている。
百山は勘一の肩から手を離し、拳を握り締めた。「くそっ! こんな手があったとは」
「おお痛い。……いったい何が起きたってんです」 目に涙を溜めた勘一が聞く。
「恐らくあれは、ロケットで大気圏外に打ち上げた熱核爆弾だ。バルンガは、そのエネルギーに引き寄せられていったんだ」
小さくなったバルンガは、やがて空の点となり、さらにその姿は太陽の光に飲みこまれ、ついに見えなくなってしまった。
「また、戻ってくるんじゃないですか?」
「いや……恐らく……駄目だ。宇宙空間に誘い出されてしまっては……」
二人はぽかんと口をあけ、バルンガの消え去った空にしばし見とれていた。カラスが一羽、間延びした声で鳴きながら、二人の視界を横切っていく。
「終った。すべて……水の泡だ」
ふぬけのような声でぽつりといい、百山はがっくりと地面に膝をついた。
翌日、東京は早くも常態を取り戻していた。道路に車があふれ、大気は濁り、人々のいそがしく動き回る日々が、再び始まったのである。
木村モータースにも平常通り仕事が戻り、それまでの分を取り返すようないそがしさで、勘一は息つく間もなかった。
ラジオから、ビートルズの『ア・ハード・デイズ・ナイト』が聞こえている。勘一がそれを聞きながら、車の下に潜りこんで修理をしている時だった。ふいに、見覚えのある古靴が鼻先に現れた。
「よう、いそがしそうだな」
「あ、先生。元気になりましたか」 勘一が車の下から顔を出す。
「おれはいつだって元気だ」 鼻の穴をふくらませ、百山は胸をはった。
勘一は車の下から這い出て、つなぎ服をぱんぱんとはたいた。「そりゃあよかった。じゃあ、ちょっと待っててください」 勘一はいったん店の奥に引っ込んで、すぐに書類を持って戻ってきた。
「花火師と弁当屋から請求書がきてるんです。それから運送屋の社長が再入院して、見舞のバナナ代、僕が立替えてるんですけど……」
百山は請求書を受け取り、額面を見て顔をしかめた。 「わかった。こいつはおれが、町会長のとこへ持っていく」
「いいんですか? 会長、風邪ひいて寝こんでるらしいですよ」
「かまわん。はなっからそういう約束だったんだ。遠からずノシをつけて返してやるさ」
「え? 発明がオジャンになったってのに?」
「ふん、発明の一つや二つ、無限の創造力を持つおれの頭脳にとっては物の数ではないわ。実は今朝、便所でしゃがんでいる時に凄いアイデアが浮かんだんだ」
「また何か──」
勘一が身を乗り出した時だった。店の奥から大声がした。
「こらっ、勘一! いつまで油売ってんだ」 木村モータースのおやじだ。
「ハ、ハイッ!」 勘一は首をすくめた。「この通り、当分いそがしくて……」
「ま、いいだろ。今度の計画は時間と金がたっぷり必要なんだ。……そうそう、請求書の金額、ちょっと水増ししとこう」
「いったいどんな発明なんです?」 勘一の目は好奇心に輝いていた。
「それは──」 百山は、脅す様な目で勘一をにらんだ。しばらくして、ニタリと笑う。
「──またのお楽しみさ」
踵を返し、店の表へ出ていく。空を見上げながら大きく伸びをし、百山はもう一度勘一に顔を向けた。
「じゃあな。近いうちに、また会おう」 軽く手をあげると、彼は商店街の方へ足取りも軽く、歩き始めた。
狭い通りを大手を振っていく彼の頭上には、太陽が力強く輝いていた。
終わり