[TOP][02][03][04][05][06][07][08][09][10][11][12][13][14][15][END]

 さすがの百山も我に返った様子だ。

「かなり激しいですね」

「うむ」

「もしや……この突風でバルンガが吹っ飛ばされないでしょうか」

「その心配はないだろう。万が一吹っ飛んでも、またすぐに舞い戻ってくるさ」

「そうですね。それにこんな凄い発明なら、例えバルンガがいなくったって、ノーベル賞がとれますよ」

「ふん、世の中、そう甘くはないさ」 百山は顔から手を離し、苦々しい面持ちになった。

「え? といいますと」

「石油エネルギーが健在だった場合、新たなエネルギー源を主力にするのは至難の技だ。それがいかに有用だろうとも──いや、有用であればあるほど、既存の勢力の圧力がある。石油によって利益をむさぼっている輩が、必ず妨害に出てくるはずだ」

「そんな。これだけの大発明が認められないなんてばかな事が……」

「世の中ってのはそういうもんだ。巨大な流れを変えるには、なにかきっかけがなくては駄目だ。さもなくば、いかに優れた発明、発想だろうとも、ただ潰されていくだけなのさ」 百山は吐き捨てるようにいった。

「じゃあ、やっぱりバルンガがいなくなったら大変なんだ」

 叩きつけるような雨が降り始めた。横殴りに窓へぶつかり、ガラスを激しく打ち鳴らす。

「そんな心配は無用だ。それより今夜はここに泊まっていけ。前祝いといこうじゃないか」「いいですねえ。確か薬品棚の奥にジョニ黒があったでしょう」

「うっ、いつの間に見つけたんだ」

 二人は祝杯の準備にかかった。グラスが見つからず、実験用のビーカーを代用する。それに勘一がジョニ黒をなみなみと注いだ。

「おい、あんまり入れ過ぎるな。あ、こぼれるぞ」

「大丈夫、大丈夫。では、かんぱーい」

 二人がビーカーをぶつけ合おうとしたその時、電灯がまたたいて消えた。真っ暗闇。

「わっ、停電だ!」

「違う、ネズミが休んだだけだ。マッチはどこだ?」

 と、どこかから、チョロチョロと水音が聞こえてきた。

「おい、ジョニ黒がこぼれてるぞ」

「違うでしょ、これは……」

 百山がマッチを探し当て、ランプに火をともした。ドアの隙間から、室内に侵入する水が見えた。

「あっ! 水だ。川が氾濫したんだ」

「あわてるな。土嚢だ、土嚢もってこい」

「はいっ」 勘一は素早くドアに駆け寄り、それを開いた。途端、大量の水がどっと部屋に流れ込む。「わーっ」

 その後二人は、祝いの杯ならぬタライを手に、徹夜で侵入してきた水と戦わなくてはならなかった。

                   

 翌朝は、台風一過の快晴となった。ぶかぶかの長靴を履いた勘一がくたびれ果てた顔で、屋敷の玄関先に姿を現す。すでに水はひいていた。ミミズが何匹ものたくっている前庭に出て、まぶしそうに空を見上げ、彼は目を剥いた。

「先生! バルンガが、バルンガが」

 その大声に、タライを持った百山が走り出てきた。ズボンの裾を膝までまくり上げ、サンダル履きといういでたちだ。

「バルンガがどうしたぁ!」

「ほら、びくともせずに浮かんでる」

 足を滑らせ、百山は激しく尻餅をついた。「痛え!」 金ダライが転がり、騒々しい音を立てる。

「大丈夫ですか」

「ばか! おまえがびっくりさせるからだ。てっきりバルンガの身に何かあったかと思ったじゃないか」

 立ち上がった百山の手と尻は泥だらけになっていた。だが、彼はすがすがしい表情で空を見上げた。

「見ろ! 勘一。美しいじゃないか」 泥のついた指でバルンガを指し示す。

「今世界を支配している機械文明は、確かに人間を豊かにした。しかし、それはあまりにも破壊的、あまりにも略奪的だ。今の文明は、現在を救うために未来を殺そうとしているのだ。それを知っていても、一度味わった安楽な生活をみずから放棄するほど、人間は賢明じゃあない。バルンガのような外からの力によって、無理やり変革を迫られない限りな」

 百山はいつになく穏やかな表情を浮かべ、勘一の肩にやさしく手を置いた。「今日こそ、その変革の第一歩を踏み出す日なのだ」

「素晴らしい」 服が泥で汚れるのにも気づかず、勘一は感動の表情を浮かべていた。

 その時、遥か上空に閃光が走った。

「あ!」

 二人は驚きの声を上げ、閃光に目を細めた。 一瞬、閃光は太陽をしのぐ明るさで空全体を埋め尽くした。

「こ、これは!」 百山が顔をこわばらせる。


←戻る 次へ→