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「どうかしたか?」
「そういや先生。僕、発明がなんなのか、まだ教わってませんでしたよ」
「あれ、そうだったかな」
「やだなあ、もう。感激するのはそれを教えてもらってからでも遅くないでしょう」
「ふっふっふ」 くるりと勘一に背を向けた百山が、含み笑いをした。
「なんです? ねえ、もったいぶらずに教えてくれたっていいでしょ」
「誰ももったいぶってなんかいないさ」 百山は大きく息を吐くと、再び勘一に向きなおった。
「勘一君。君はもう見ているのだよ」
「はあ?」 ぽかんとしている勘一に、百山はぬっと顔を近づけた。
「まだ気づかんのかね?」
勘一がはっと小さく声をたて、たじたじと後ろへさがる。
「ふふふ、驚いてるな。どうやら、わかったようだね」
「いえ、あんまり口が臭かったもんで……」
「ばか野郎! 何か気がつかないかと聞いてんだよ」 百山は足を踏み鳴らした。
「え、ええ。ちょっと待ってください。なんか怪しいとは思ってたんです。今考えます。え―と」
腕組みした勘一はうんうん唸り出した。「喉まで出かかってるんだがなあ。う―ん」
「あ―、じれったい!」 百山は天井を指差しながら、地団太を踏んだ。
「見りゃあわかるだろうが」
天井を見あげた勘一は、一拍置いてあっと声をたてた。 「ど、どうして……」
電灯がこうこうと点っている。
あっけにとられている勘一にはかまわず、百山は腕を後ろに組むと、部屋の奥へと歩いていった。数歩遅れて、勘一もその後に続く。ブゥーンという、アブの羽音にも似た音が、次第に大きくなっていく。
部屋の奥には、隣の部屋へとつながっているドアがあった。唸り音は、どうやらそのドアの向こうから聞こえてくるらしい。
百山の手がノブにかかる。
「見よ! これぞ、百山源九朗、一世一代の大発明だ」
勢いよくドアが開かれた。
唸り音の正体がそこにあった。それは、綱引き大会で使っていた発電機であった。リヤカ―から鋼鉄の台に移された発電機は、長いベルトに駆動され、力強く回転している。ベルトは、少し離れた場所にある小さな篭の中へと伸びており、そこから動力が伝達されていた。その篭は金属製で、底の部分が床にリベットでがっちりと固定されている。ベルトが入りこんだ篭の中で、小さな車輪が猛烈な速度で回転していた。
「こ、これは!」
篭の中をのぞいた勘一は、我が目を疑った。凄まじい勢いで回る車輪。その中には、目にも止まらぬ速さで走る、一匹のハツカネズミがいた。
百山が、ばたんとドアを閉める。 「感想はどうかね?」
「し、信じられない。あの重い発電機を、ネズミ一匹で……」
「凄いだろ」
「凄い! あんな力持ちのネズミがこの世にいたなんて……」
「ばか。これは応用例の一つに過ぎん。おれの発明とは、生物が一生かけて発揮するエネルギ―を、単時間に凝縮させる薬──生体活動加速剤なのだ」
「つまり……その、ネズミ以外にも使えると」
「いや、まだネズミにしか使えん。ここまでこぎつけるにも、実は十年以上かかってるんだ。だが、いずれはこの加速剤によって、あらゆる生物から強大な動力を引き出す事が可能になるだろう」
百山は窓際へと歩いていった。 「そして我々は、今の生活水準を維持しつつ、機械文明から脱却できるのだ。高速道路には馬車が疾走し、工場では牛の駆動する機械によって製品が作られ、家庭ではネズミの起こす電気によって明りがともる。日本は農業国の地盤を生かしたまま、欧米並みの工業生産力を持つ事ができるようになるのだ。これぞ文明の革命、科学の大転換だ」
窓ガラスに、勝ち誇ったような百山の笑みが映っている。
「おれの予測では、バルンガはこのままどんどん巨大化し、最終的には世界全体へ影響を及ぼすようになるだろう。世界が、奴の好餌たる非生物エネルギーを放棄しない限りな。フッフッフ」 口調が狂気を思わせる熱を帯びてきた。
突如、風の音が地鳴りのように轟き、勘一がびくりと身を硬くした。しかし百山は、荒れ狂う天候も意に介していない。発作のようにこみあげてくる笑いの衝動を懸命にこらえ、顔の肉がひくつき、背中が震えている。
「近い将来、この加速剤を手にする国、すなわち我が日本が、世界を制するだろう。ククク、おれは今、全世界の主導権を握っているのだ!」
ついに笑いが爆発した。「ウワーッハッハッハ──痛てててて」 腫れ上がった目の周りを押さえ、百山は絶句した。
風はもはや烈風と化し、屋敷を揺るがすほどに勢いを増していた。
「おー痛え……台風か?」