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下駄屋が白組の列に暴れこむ。それをきっかけに、あっという間に赤白入り乱れての大乱闘が始まった。

「やめてください、やめてください」

 必死になって制止の声をはりあげる勘一。誰かがその鼻面にパンチをくらわせた。鼻血がツーッと流れ出る。

「野郎! 表へ出ろい」 次の瞬間、彼は火に油を注ぐ役割に変じていた。応援団の連中も同様だった。

 団長が竹刀をふり回し、町会長が一升瓶で敵の頭を叩き割ろうとして、足をもつれさせてひっくり返り、仁八じいさんは見事な一本背負いで、次から次へと相手を投げ飛ばしている。逃げようとした百山がクリーニング屋の御用聞きにドロップキックを食らわされ、数メ―トル吹き飛んでそのまま伸びてしまった。

 勘一が師の危難を認めた。「先生、今いきます!」

 そばで応援団長が気絶している。手にはまだ竹刀が握られていた。勘一はすかさずそれを取り上げ、ヘリコプタ―の羽根のようにふり回して、大混乱の中を突き進んでいった。「おらー、どけー、ぶっ殺すぞぉー」

 ふと気づくと、竹刀は手からすっぽ抜け、はるか彼方に飛んでしまっている。次の瞬間、空手チョップが水平に飛んできて喉元に炸裂。続いて、頭突きが下顎に入り、勘一の意識は遠のいていった。  

                 

「う、う―ん」

 口元に何かがかかり、無意識にそれをなめながら、勘一は目を覚ました。鳩の群れが灰色の腹を見せ、真上を飛んでいくのが見えた。雲が勢いよく流れている。

「うげっ!」 顔にかかったものの正体を知り、勘一はあわてて上体を起こした。

「ぺっ、ぺっ、てててッ」 唾を吐くと下顎に鈍痛が走り、顔をしかめる。前歯が一本無くなっていた。

 のろのろ立ち上がって周りを見れば、すでに騒ぎはおさまっている様子だった。大暴れしてグロッキ―になった連中は、すごすごと引きあげつつある。みな顔が青痣だらけだった。

 測定装置は見るも無残な有様だった。計器はことごとく壊され、旗はちぎられ、こじ開けられた点検窓には、弁当の折りやら歯形のついたトウモロコシやらがねじこまれている。もはや測定どころではなかった。

「あれ?」 勘一は、百山の姿がどこにもない事に気づいた。さらに、自転車がなくなっている。発電機を乗せたリヤカ―も見あたらず、跡には、『危険(DANGER)』の立て札とスタンドを固定していた杭だけが残されていた。

 風が強まっている。上空には、一際巨大になったバルンガが浮かんでいた。

 勘一は痛む顎を押さえ、くたびれた足取りで、グランドを後にした。

 人気の失せたグランドには、風に舞う砂埃と紙くず。そして、一升瓶を枕に、砂場で大の字になって寝ている町会長だけが残されていた。

                   

 勘一が百山の屋敷にたどりついたのは、夜もとっぷりと暮れた時分だった。風は一段と強まり、あたりの木々は、狂ったように梢をふり立てていた。

 前庭の隅にリヤカーをつなげた自転車が置いてあり、玄関に入ると、百山の爪先の開きかけた靴が脱ぎ捨ててあった。どこからか、機械の唸りのような低い音が聞こえている。

「あれ?」 恐る恐る研究室に足をふみ入れた勘一は、とんきょうな声をあげた。室内の変貌ぶりに驚いたのだ。

 百山の研究室は、その時の研究課題によって、配置される装置器具類が極端に変化する。この前まで所狭しと置かれていた機械部品はきれいさっぱり姿を消し、さながら化学実験に使用するようなガラス器具類が、実験台上を占拠している。正体不明の薬品の臭気がたちこめ、ブゥーンという機械の唸りは、いっそう大きく聞こえていた。ガラス管の繁みの隙間から、奥にいる百山の背中が見える。

「先生、ひどいじゃないですか」

 百山がふり向いた。眼鏡の左のレンズにひびが入っている。その奥のまぶたは青黒く変色し、大きく腫れあがっていた。

「いやー、すまんすまん。一刻も 早く解析がしたくてな。無事だったか?」

「無事なわけないでしょう。見て下さい、この歯」

「そりゃあ気の毒なことをしたな。だが安心しろ。じきに、金の総入れ歯を入れられるくらいの金持ちにしてやるぞ」

「まっぴらです。お獅子じゃあるまいし」 ふてくされた勘一は、そばの椅子にどかんと腰を落とした。百山のタバコを取って口にくわえ、火をつけようとしたところではたと手を止める。

「え……と、いう事は……」 絶句し、ぽかんと口を開けると、煙草が前歯の間に挟まっていた。

 百山はうなずき、ニヤリと笑った。

「成功だ」

「ほ、本当ですか! 僕はまた、てっきり……」

「苦労したかいがあった。測定値から得た計算の結果、バルンガは生物エネルギ―を吸収しない、という事が確認できた。これで、おれの発明は確固たる足場を得たわけだ」

「やりましたね、先生。おめでとうございます」 感激した勘一は椅子を立ち、師に歩みよった。

「ありがとう。おまえの協力があったからこそだ」 百山も立ち上がり、二人は固い握手をかわした。

「とんでもない。僕なんかでよければ、いつでもお手伝いさせて下さい」

 しばし二人は、手と手を握り会ったまま、その場に立ちつくしていた。

「あ」 唐突に、勘一が百山の手を放り出す。


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