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頭をかきかき、勘一は百山の所へ向かう。「先生、まだなおりませんか? みんなブ―ブ―いって
──」
「あ―! 気が散るッ」
ふりむいた百山の鬼の様な形相に、勘一は思わず後じさった。
「じきになおるわい!」
「あ、あの、何かお手伝いする事があれば……」
「いらん! おれの発明した粉末ジュ―スでも配って、うるさい奴らに飲ませてとけ」
「あ、あの、スポ―ツしながら飲めるとかいうジュ―スをですか?」 勘一は一瞬、おびえたような顔をした。
「そうだ。こんな事もあろうかと素を用意してきた。本部席のそばのミカン箱に入ってるから、適当に水に溶かして配れ」
仕方なく勘一は、応援団員に手伝わせてヤカンにジュ―スを作り、恐る恐る観覧席に配って回った。それは百山が試作品として作って、ある清涼飲料メ―カ―に売りこみにいったのが門前ばらいを食い、長い間ほったらかしになっていた代物だった。
物珍しさも手伝ってか、いら立っていた観客たちの関心はしばし百山からそれ、ヤジも鳴りをひそめた。もっとも、紙コップに注がれた毒々しい黄色の液体を飲む者はいなかった。うがいをして捨てるか、子供が水鉄砲に入れて人にかけるかするだけだった。
勘一が余ったジュ―スを本部席の周りの埃止めにまいていると、工具箱を手にした百山が戻ってきた。
「修理はすんだ。実験続行だ」
まずは五回戦のやりなおしだった。さっきとほぼ同じ顔ぶれが入場を始める。運送屋の社長までがいつの間にか戻ってきて、戦列に復帰していた。包帯の上から鉢巻きをしめ、皆に肩を叩かれて英雄扱いだった。
「あんたー、しっかりー」
観覧席からかみさんが手を振っている。そばで五人の子供たちも声援を送っていた。
「大丈夫なんですかね。医者がとめてるのに勝手に退院してきたらしいですよ」
「知った事か!」 百山が冷たくいい放つ。
試合が再開され、場内は勢いをとり戻した。社長の意気込みが皆に伝染したのか、白組の気勢は最高潮だった。赤に比べ、白組側の装置の腕は二倍近くも伸びていた。
「おら―っ、運送屋ッ。死ぬ気でしけー」 真赤な顔の町会長が、拳をふり立てて叫んでいる。
「やけに白の勢いがいいなあ」 首をかしげながら、勘一が終了のピストルを撃ち鳴らす。どう見ても白組の勝利だった。
「よっしゃあ、草津温泉はいただきでーい」 社長の音頭で、白組の選手たちは勝ちどきをあげた。
「ふーん、これまでの最高値だな」 紙ばさみに数値を記入しながら、百山が独り言をいっている。
次の準決勝も、同じように白組側が圧勝し、決勝進出となった。かねてより運送屋の社長とは犬猿の仲といわれる、下駄屋のおやじが采配をふるうチームだった。
いよいよ決勝。下駄屋の側は今度は赤組になり、双方、闘志をむき出しにしての対峙となった。
「なんか凄い顔してにらみあってますね」
「いいからさっさと始めろ。早いとこ家へ帰って測定値の解析がしたい」
顔ぶれからすると赤白の実力は伯仲。勝敗の決定には神経を使わなくてはならない。勘一はごくりと唾を飲みこんでから、ピストルを撃ち鳴らした。双方の選手は額に青筋を立てて、奮戦を開始した。
「先生!」 測定装置の異変にいちはやく気づいたのは、勘一だった。
白組の綱が連結されている腕がどんどん伸び始めている。前の二試合に比べ、その伸び方は尋常ではなかった。それにひきかえ、赤組の方はほとんどそのままだ。
「やっぱり。さっきから変だと思ってたんですよ。また壊れたんじゃないですか?」
百山はあわてて計器の目盛りを読み取り、「大丈夫だ。さっきスプリングの張力を変更したせいで、ちょっとバランスが崩れていたんだろう。測定値に異常はないから心配ない」事もなげにいう。
観客たちも異変に気がつき、場内はどよめいた。すでに白組側の腕はちぎれんばかりに伸びきり、つけ根のスプリングが完全に装置の中から露出してしまっていた。
「ぼちぼち終らせろ」
百山にせかされ、勘一は試合終了のピストルを鳴らした。装置の様子からすれば、勝敗は明白だ。
勘一が白組の旗を蹴りあげる。その途端、赤組から怒声があがった。
「こら! おかしいじゃねえか!」 選手の列から歩み出た下駄屋のおやじが、激しくくってかかった。 「さっきから見てりゃ、そっちの綱ばっかりが伸びてるじゃねえか」
その抗議に触発され、他の選手たちもいっせいに文句をいい出した。
勘一は百山に助けを求めようとしたが、彼は早々に点検窓に首を突っ込み、周囲の状況とは無縁の人となっていた。
「あ、あの……その、装置の張力が……えーと、ですね」
勘一がいつまでも勝利を告げられないでいると、今度は白組の選手たちが文句をいい出した。
「べらぼうめ、どこがおかしいってんだ」
「そうだそうだ。河童の腕とおんなじよ。こっちが伸びればそっちが縮む、それが道理ってもんだ」
売り言葉に買い言葉で、赤白双方のいいあいは測定装置を挟んで、一触即発の罵りあいに発展していった。