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「うむ、ご遺族にはお気の毒だが、科学の進歩に犠牲はつきものだからな」
「そ、そんなあ……」
百山は勘一の心配をよそに、再び装置の修理にかかった。
勘一が所在なげに装置の近くをうろうろしていると、応援団長が病院から帰ってくるのが見えた。本部席へいきかけ、そこの凄まじい有様を見て気が変わったのか、直角に向きを変えてこちらにやってくる。
「おお、どうだった?」
「社長の怪我は、タオルで鉢巻きをしてたおかげで、軽い脳震盪ですんだそうです」
「そうか。よかったよかった。先生、聞きましたか」
「ああよかったな。気が散るからあっちいっててくれ」 こちらを見むきもしない。
勘一と応援団長は顔を見合わせた。
「おい、おまえも一緒にこいよ」 勘一が本部席を顎で示す。
「えー、でも……」
「社長の容体を説明しなきゃならないだろ。いいからこいっての」
いやがる団長の腕を勘一が引っ張っていると、何か思い出したように百山がふいに顔を上げた。
「そうそう、町会長には酒をじゃんじゃん飲ませろ。ちょっとは物分かりがよくなるはずだ」
勘一と団長は抱き合うようにして、恐る恐る本部席へ戻っていった。へどもどしながら社長の怪我の具合を告げると、なんとか嵐はおさまった。
「そうかい。じゃあ、病院へいって様子を見てくるか」
まだ二十代の運送屋のかみさんが、刺すような目を勘一たちに向けながらいった。町会長、勘一、団長の三人はつくり笑いを浮かべ、そろって首を縦に振る。
運送屋のかみさんと社員たちは踵を返し、グランドの出口へと向かっていった。残った三人がほっと同時に溜息をついたその時、立ち止まったかみさんがキッと振り向く。
「後遺症が出たら、その時は改めて責任をとってもらうよ」
勘一と応援団長は愛想笑いを浮かべ、一緒に首を縦に振った。町会長が一人、ひくひくと顔をひきつらせる。かみさんたちが遥かに去るまで、町会長はわななきながら横目でうかがっていた。
「こ、殺されるかと思った」 満面の汗をぬぐいつつ、町会長が椅子にへたりこむ。
「いや―、とんだ災難でしたねぇ」 ほがらかに笑いながら、勘一も町会長と並んで椅子に座った。
「なにいってんです! 百山君をここへ呼んできなさい。安全だといったのは彼なんですからね」
「まあまあ、装置の破損も大した事ないらしいし、綱引きは間もなく再開できますよ」
「これ以上、住民ならびに我が身を危険にさらす事はできません! わたしゃ大会中止もやむをえんと思います」
「中止!」
勘一は素早く目くばせをした。そばに控えていた応援団長が無言でうなずき、湯飲み茶碗と一升瓶をさし出す。
「まあ一杯。中止を決めるのは、これを飲んで落ちついてからでも遅くはありませんよ」
「冗談じゃない。こんな時に酒なんか飲んでられますか!」
わめいている町会長の面前で、湯飲みに酒がなみなみとつがれた。町会長の喉がごくりと鳴る。
勘一は観覧席の方に目をやった。あちこちで弁当が開けられ、酒盛りが始まっていた。時刻はそろそろ正午だった。
「よーしっ」 一計を案じた勘一は、放送席の方を見た。仁八じいさんが、まだ黙々とペダルをこいでいる。
「さすが元陸軍だな」 勘一はマイクを手にした。「まことに申し訳ありませんが、予定を変更して昼食時間にしたいと思います。試合は午後一時より、再開いたします」
町会長を見ると、応援団長のおしゃくで二杯目の酒をあおっているところだった。
「プァー、おかわりっ」
太陽の光がふりそそぎ、心地好い風が吹き抜けていく。国旗掲揚塔の日の丸がパタパタと音を立て、風にはためいている。
観覧席では食事を終えた人々が、ゴザに寝転んで楊枝で歯をつついたり、車座になって手拍子で歌ったりと、思い思いにくつろいでいた。
子供たちが元気にはしゃぎ、仁八じいさんが上半身裸になって、グランドをぐるぐるランニングしている。
対戦が次にひかえている連中は、早くも鉢巻をしめて準備体操にかかっていた。エネルギ―のあり余っている住民たちは、やる気満々だった。
「勘イヒ君、まら始められんろかれ」 やけ酒半分で飲みだした酒に勢いがつき、町会長はすでにろれつが回らなくなっていた。踏み潰された特上弁当のおかずを肴に、ぐいぐい酒をあおっている。
勘一はあいまいな笑いでごまかすしかなかった。
予定時刻を過ぎても、百山は相変わらず装置にかがみこんだままだ。場内からヤジが聞こえだし、待機していた選手たちも、だれきって地面に絵を描いている。
「んにゃろーっ、何モタモタしちやんでえ!」 町会長が怒鳴る。
「おい、おめえ、ちっと見にいってこい」 湯飲みの酒をあおりながら、町会長は勘一に命じた。