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「なんだありゃ。どっち側にも綱が引っぱられてくじゃねえか」

「ほら、綱をひっかけてあるカギのつけ根が伸びてんだよ。あん中にゃあ、バネでも入ってんのかな?」

「さすが舶来モンは変わってるぜ」

「見る方にとっちゃ、どっちが勝ってんだか負けてんだか、さっぱりだな」

「やってる方だってそうじゃないのか?」

 百山は、奮戦している選手たちには目もくれず、紙ばさみを手に計器の目盛りを読み、しきりにメモをとっていた。

「う―ん」 次第に表情が険しくなっていく。紙ばさみを装置の上に置くと、広いひたいを拳でごつごつやりながら、しばらく考えこんでいたかと思うと、やがてぽんと手を打つ。やにわに、装置から水平に出ている小旗のついたバーを後足で蹴上げた。

 バーの関節が直角に曲って、赤い旗が掲げられる。

「なにぃ。赤組の勝ちだと? 勝負はこれからじゃねえか!」

「ふざけんな。白組にゃあ西丸土建の強豪がずらりとそろってんだい」

「こらっ、百山っ! その機械、いかさまじゃねえのかよ」

 ざわつく観客をしりめに、百山は試合終了のピストルを撃ち鳴らした。観覧席から、ヤジと夏ミカンの皮が乱れ飛ぶ。

 勘一があたふたとやってきた。 「先生、まずいですよ」

「うむ、実にまずい。測定値が理論と大幅にずれておる。今の計測は失敗だ」

「違います! ちょっとは判定の方も真剣にやってください」

「判定?」 いわれて初めて、周囲の険悪な空気に気づいたようだ。

「めんどくさいな。記録にいそがしくてそんな事にかまってられるかい」

「だって、綱引き大会なんだから判定はちゃんとしなきゃ。草津温泉がかかってるんですよ」

「え―い。じゃあ、判定係はお前にまかせる。おれも他にやる事ができたしな」

「はあ?」

「測定値のずれは恐らく、各人の綱の引き方の違いによるものだ。そのばらつきを最少に押さえなきゃならん」

 勘一にはなんの事やらわからなかった。

 どうにかヤジがおさまると、次の選手たちの入場が始まった。整列がすむと、勘一が合図のピストルを構える。

「よーしっ。では、ヨーイ」

 号砲とともに二回戦が始まった。今度は観覧席から、盛大な応援の声が上がった。

 百山はひたすら綱を引く選手たちの方に目を光らせていた。

「ほらあんた、もっと綱は一定の力で引くんだ」 記録用の紙ばさみを手に、赤白双方の綱の周りを飛び回る。

「そこっ、途中で手を離すんじゃない。まじめにやらんか!」 選手の意気ごみにつられてか、口調が次第に熱を帯びてきた。しまいには、唾を飛ばして選手たちをしかりつける。

「おい、八百屋! なんでそう横ちょを向いてる。もっとまっすぐ引っぱれ。ベクトルがずれたら計算が狂うじゃねえか」

 勘一は勝負のなりゆきを見極めると、あたりのすきをうかがい、文句が出ないと思える側の旗つきバーを蹴上げ、ついで、終了のピストルを鳴らす。

「白の勝ち!」

 勝ち組が万歳をし、観客はやんやの喝采を送った。試合と無関係な仁八じいさんも、真剣な顔で万歳をしている。

「天皇陛下、バンザーイ」

 百山は小さなソロバンをとり出して猛烈なスピ―ドで玉を弾いていた。

「いやー、思ったより神経使うなあ。なにしろ、本当の勝ち負けなんてわかんないんですからねえ」

 勘一の言葉など耳に入っていない様子だ。やがて、コマ落としのような手の動きがぴたりと止まり、百山は顔を上げた。

「ケーッケッケッケッケ」

「あ、あの……うまくいったんで?」

 不気味な笑いにたじろぎながらも、勘一が聞いた。

「まあ、な。正確な事は、後で詳しく解析してみないとわからんのだが……」

 三回戦、四回戦と対戦が続き、会場の雰囲気は次第に盛り上がりを見せ始めた。だが、どうみても綱引きとは無関係な百山の挙動に、選手や観客の中から、首をかしげたり耳打ちしたりする者が出始めている。勘一は逸早くそれに気付き、眉をひそめた。

 四回戦が無事終了し、ひき続き五回戦の選手たちが入場する。綱の横に選手が整列し終えた時、百山が勘一にいった。

「すまんがこの試合、ちょっと待ってくれ。力んだら便所にいきたくなってきた」

「そうはいきません! もうみんな整列してるんですよ。ただでさえ怪しまれてるってのに」

「なに、怪しまれてる? そりゃまずいぞ」 百山はきょろきょろ周りを見回した。

「気がついてなかったんですか? もっと目立たないようにできませんか」

「う―ん、じゃあ試合は始めていいから、おまえ記録しといてくれ」

「え―、測定の仕方なんてわかりませんよ」

「大丈夫、大丈夫。測定は装置がやってくれるから、おまえは計器の目盛りを読んで記録するだけでいいんだ。まず……」 百山はせわしなく足踏みしながら、装置の計器部やらメモ用紙やら選手の列やらを示し、口早に説明を始めた。勘一も真剣な顔で聞き入っている。

「何やってんだ? あいつら」

「ハテねえ」

 二人の様子を見て、選手たちがこそこそと話し始める。百山が一瞬のけぞり、尻を押さえて顔をしかめた。


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