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百山が犬を呼ぶように口笛を吹いていると、紋付、羽織り、はかま姿で五十代半ばの人物が、人ごみを割って姿を現した。

「あ、先生、噂をすれば……町会長です」 

 町会長は周囲の者から次々に挨拶され、それにいちいちお辞儀で答えながら、せかせかと測定装置のそばへやってきた。装置をしばらくジロジロうさん臭そうにながめてから、最前の子供の手をとって、百山たちの方へやってくる。

「うちの子が何か?」

「いや―、可愛い坊っちゃんで……」 もみ手をしながら、百山は満面に愛想笑いを浮べた。

「この子は女です。百山さん、ほんとにうまくいくんでしょうな。こんな天下の一大事が起きてる時に、綱引きをやろうなんて酔狂にもほどがあるって、わたしゃ散々非難をあびたんですからね」

 百山はきょろきょろと周りをうかがった。「いえ、今日のはあくまで実験です。うまくいくかどうかは、この結果を見てからでないと何ともいえません」 しかつめらしい顔でいう。

「あ、あんた! この前は成功間違いなしといったじゃないですか。話が違うでしょうが」 町会長は声をはりあげた。

 一瞬、しまったという顔をした百山だったが、即座に不自然な笑顔を浮かべる。「いやー、この町内総動員体制、うまくいかないはずはありませんよ。ワッハッハーァ」

「あー、心配だ。頼みますからね。ほんとですよ。まったくもー」 町会長はぶつぶついいながら、孫といっしょに本部席へと歩いていった。

 開会式の時間がくると、町会長、百山、勘一の三人は、本部席に腰を落ち着けた。

 放送席からひっぱったマイクを片手に、町会長が開会の言葉を始める。発電係りは応援団の下っぱが受け持ち、先輩に竹刀で小突かれながら、必死でペダルをこいでいた。

「え〜、本日は雲一つないお天気にめぐまれ〜」 音量が不安定に変化する声が、小学校の校舎にはね返り、こだまする。みんながいっせいに見上げた空の一角には、一段と成長したバルンガが浮かんでいた。町会長はきまり悪げに、一つ咳ばらいを入れる。

「──皆さんの熱気で、あの化け物を東京の空から吹き飛ばそうではありませんか」  観覧席から拍手と笑い声が巻きおこった。

「縁起でもない事いってやがる」 百山が憮然たる顔で、隣に座る勘一にいう。

「しっ、聞こえますよ」

「えへん。なお、本日の実験……いや、綱引きには、米国において開発されたばかりの、最新式綱引き勝敗判定機が導入されております」

 また拍手がわきおこり、町会長と百山は、視線をあわせてうなずきあった。この辺のセリフは、あらかじめ打ちあわせずみである。

「この精密装置の複雑微妙なる調整は、町内一の発明王であり、本大会の実行委員長、百山源九朗氏が全責任を持って担当いたします」

 町会長の紹介で、椅子から立ち上がった百山がうやうやしく一礼をする。客席からまばらな拍手が返ってきた。「え―、この装置は正式名称、セ―フティ―・タグ・オブ・ワ―・マシン、と申しまして、従来の綱引きは、対戦チ―ム間の力の差が大きい場合、勝った側が尻餅をつき、負けた側がひきずられるという、誠に危険な状況を生むものでありました」

 疲れたのか、マイクを持つ町会長の手が少しずつ下がっていき、スピーカーから聞こえる百山の声も小さくなっていった。彼はすかさず、町会長からマイクを取り上げた。

「しかるに本装置は──」 一気に音量が上がり、キーンとスピーカーが悲鳴を上げる。

「──怪我人の発生を防止しうる万全の機構を備え、牽引力の差、すなわち勝敗を、紅白の旗によって自動的に表示し──」

「はやくやれ―」

 観覧席からヤジが飛んだ。しかし、百山の耳には入っていない。

「え―、さらに、最新型のトランジスタ―五十石を内蔵し、それらによって構成されたる人工頭脳が、肉眼では判定しがたい僅差の勝敗をも瞬時に計算──」

 突如、スピ―カ―からの声が途絶えた。「あっ!」

 勘一の声に後ろをふり向くと、発電係の応援団員がサドルから転げ落ち、あおむけにぶっ倒れていた。

 前にも増してヤジが飛び、百山は渋々椅子に腰をおろす。

「おい、バケツに水くんで、そいつの頭へかけてやれ。それと、誰か早くペダルをこぐんだ」

 席を立った勘一の指示を受け、倒れた団員は仲間に引きずられていった。代りに指名された者が、泣きそうな顔でサドルにまたがる。

「それにしても、さすがは先生。完璧ですね。あの装置にはそんな機能までつけてあったんですか」

 席に戻ってきた勘一が感心したようにいう。

「何のこった?」 不機嫌そうに百山。

「勝敗の判定ですよ。紅白の旗で自動的に表示する……」

「ありゃあ口から出まかせだ。勝ち負けなんかどうでもいい。そんなもん、ころあいを見計らって適当に旗を上げりゃあすむこった」

 開会式が終わると、小学生のブラスバンドが調子はずれの行進曲を演奏し始めた。第一回戦の選手入場である。

 引き綱にそって整列した選手たちは、綱が連結されている、ちょっと見には腕の生えたドラム缶としか見えない測定装置に、好奇の目をむけていた。白組の先頭の選手が手を伸ばし、装置に触ろうとする。

「ガ―ッ、触っちゃいかん!」 ピストル片手に走ってきた百山の大声に、選手はあわてて手をひっこめた。

 装置につきっきりで測定をする手はずになっている百山は、さらに、他人が装置に近よるのを嫌って、スタ―ト係も受け持つ事になっていた。

「はい用意」

 ぶっきらぼうな合図に、選手たちはあわてて綱にとりつく。合図のピストルが鳴った。 試合開始と同時に、観覧席からは声援ならぬ、どよめきがおこった。


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