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 汗をぬぐって、空を見上げると、強烈な太陽の光を浴びながら、バルンガが浮かんでいた。

 明けて翌日、晴れ上がった空に花火が打ち上げられ、威勢のいい音が町中に響き渡る。 大会当日は好天も手伝って、百山の予想通り、会場は押すな押すなの大盛況となった。 会場の整理やその他の雑務には、勘一の後輩たち、ガクラン姿の工業高校応援団が天どん食い放題で雇われ、係員を受け持っている。

「おい、なんだあれ?」 会場整理の指揮をとっている勘一が、応援団の団長を捕まえてグランドの入り口を指さした。

「空襲警報発令。全員退避! 全員退避!」 そこでは、鉄カブトを被ってメガホンを片手にしたじいさんが、群衆をあらぬ方へと誘導していた。

「ありゃあ戦争ボケの仁八じいさんだ。人が集まる所には必ず出てくるんだから」 口髭を生やした団長が、角刈り頭をかきかき答えた。

「そんな事わかってる。そうじゃなくって、観客がみんな本部席の方へ押しよせてきてるじゃないか。あっ、大変だ! 町会長の特上弁当がふみ潰された。おい、はやく何とかしろ」

「がってんだ」 勘一の指示を受けた団長が、そばのマイク・スタンドからマイクをとるやいなや、自慢のドラ声をはりあげた。だが、スピ―カ―からはこそりとも音が出ない。

「だめだめ、電気がきてないのを忘れたか。放送席に座ってペダルをこがなきゃ」

 勘一の指さす方を見た団長は、あんぐりと口を開けた。

「こ、これ、放送席だったんすか。おれはまた、てっきり荷物運びかと……」

 そこには『危険(DANGER)』の立札とともに、勘一のごつい荷物運搬用自転車が置かれていた。幅の広いスタンドは、地面に打ちこまれた杭に固定され、浮いた後輪からはタイヤがはずされて、代わりに自動車のファンベルトを長くしたような帯が、リムにかけてある。そしてその真後に、これまた杭に固定されたリヤカ―上に、巨大な発電機がすえてあった。ベルトはそのプ―リ―へとつながっている。

「ちょうどマイク・テストをしようと思ってたとこだ」 そういうと勘一は、ポケットから『放送席』と書いてある紙を出し、自転車のライト上に貼りつけた。

「よし、やってくれ」

 応援団長は戸惑いながらも、ハンドルにとりつけてあるマイク受けにマイクをはめ、放送席──サドル──にまたがって、ペダルをこぎ始めた。恐ろしく重い。

「ウオリャ―ッ、トリャ―ッ」

「おい、誰が気合いをかけろといった。ちゃんとアナウンスしろ」

 団長は額に青筋立てながら、アナウンスを始めた。「ご来場のみなさまっっ、クククッ」 ペダルをこぐ足を緩めると、スピ―カ―の声はすっと小さくなる。

「しっかりしろ。天丼食い放題の分は働いてもらうぞ」

 全力で足を動かしながら、団長はやけくそで声をはりあげた。 その必死の形相と、言葉は丁寧だが怒号といってもいい口調のアナウンスに恐れをなしてか、本部席の周辺に押しよせていた群衆は潮が引くように観覧席へと移動していった。

 場内の整理がついた頃、応援団長は汗だくになってあえいでいた。「こ、これなら、大声出したほうがよっぽど楽だ」

 会場のど真中に設置された測定装置のそばでは、百山がその点検に余念がなかった。しゃがみこんで一心不乱に作業をする彼の周囲には、子供が輪をつくって群がり、鼻くそをほじりながら物珍しげにのぞきこむ子もいれば、水鉄砲で射ちあいをしている者もいた。

 測定装置はドラム缶を利用したボディを持ち、例によって地面に深々と打ちこまれた四本の太い杭に縄で固定されていた。上面にはいくつもの計器が埋めこまれ、引き綱を連結するための大型フックが左右に突き出している。さらに、各フックの少し上には関節つきのバーが水平に出ていて、先端にそれぞれ赤と白の旗がとりつけてあった。

 水鉄砲の水が百山の顔にかかる。

「こらっ、あっちいってろ。見せ物じゃないぞ!」 内部点検用の窓から顔を離し、百山が一喝する。子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 そこへ、勘一が息を切らしてやってきた。「先生、準備はいいですか」

「細工は流々、仕上げをごろうじろだ」 装置にかがみこんだまま、ケケケと笑う。

「もうじき開会の時間です。本部席へついて下さい」

装置の点検窓を閉め、立ちあがった百山が会場を見渡す。観覧席のゴザは、すでに人で埋まっていた。

「うむ」 満足げにうなずくと、百山は工具をまとめ、手と尻をはたいた。勘一を従え、悠揚せまらぬ風情で本部席へ向かう。ふとふり返ると、まだ一人子供が装置のそばにいた。

「おいこら! そこのボウズ。それに手を触れるんじゃあない」

 子供が青バナの垂れる鼻をこすった手を装置にくっつける。

「あ、ハナ水なんかつけやがって、このガキャア」 百山は袖をまくりあげ、拳を握り固めた。

「先生、先生」 子供の所へかけ寄ろうとする百山の白衣を、勘一があわててひっぱる。

「まずいです。あれ、たしか町会長の孫ですよ」

「え! ほんとか」 思わず百山はあたりを見回した。

「それを早くいえ。……坊や、いい子だからこっちへおいで。ほら、風船ガムやるぞ。こっちだったら」


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