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「うさ晴らしには、なかなかいいんじゃないですかね?」

「それもそうだなあ」 番台のおやじの言葉に、何人かが相槌を打った。

「面白そうだ」腕組みした社長が、にやりとする。

「体を持て余して、ひと暴れしたいと思ってた所だ。一つうちの若い連中と一緒に参加してみるか」

 凄味のある笑いを浮かべ、周りの客を見回す。「ふっふっふっ、どいつもこいつも、まとめて引きずり倒してくれるぜ」

 団扇を突き出し、社長が周囲の連中を指し示すと、全員が銃口を向けられたようにおびえた顔で後じさる。

「ガーッハッハッハッハー」

 社長の豪傑笑いが、脱衣所に響き渡った。新たに入ってきた客がびっくりして、入り口で腰を抜かしかけていた。

 無人踏切りの遮断機のそばに立ち、百山は腕時計をみながら、いらいらしていた。

「ふー、やけに暑いな」

 空を見上げ、眩しげに手をかざす。西の空には、相変わらずバルンガが浮かんでいる。「遅れてすいませーん」

 踏切りの向こうからした声に、百山は振り返った。勘一が息を切らして自転車でやってくる。

「はぁー、電話がないと、世の中こんなに不便だとは思いませんでしたよ」

 首にかけたタオルで汗をふきふき、あえぐようにいう。

「いちおう、ポスター貼りは全部終りました」 昨夜から、ポスターづくりとその貼り出しに忙殺されていた勘一は、目の下にくまをこしらえていた。

「ご苦労。こっちの方も会場の確保ができた。小学校の校長にオイチョカブで三千八百円の貸しがあって助かったよ」

 かたや百山はといえば、勘一以上のハードワークにもかかわらず、一向に疲れの色を見せてはいない。

「こっちからいこう。近道だ」そういい、百山は踏切りの中に入る。

「え、そんなとこから?」

「国鉄だって休業中だ。かまわんさ」

 薄く錆が浮いている線路をずんずん歩いていく百山を追って、勘一も自転車を押しながら線路に入っていった。枕木がでこぼこして、進みにくい事おびただしい。

「しかし人が集りますかね? 話が急だし、なにしろ大変な時ですからね」

「ばか、よーく考えてみろ。仕事が休みで、テレビ、ラジオ、映画もだめなんだぞ。夜なら他の楽しみもあるが、昼間はみんな、暇をもてあまして娯楽に飢えてる最中だ。必ず集まるさ」

「そんなもんかなぁ。……あ、そうそう。さっき二丁目の米屋の主人にあったんですけど、あのおやじ、伊勢の海部屋の後援会に入ってるんです。で、実験──いえ、大会当日に力士を呼んでくれそうなんです。ひょっとすると、柏戸も顔を出してくれるかもしれないって。こりゃあ、絶好の人集めになりますよ」 

百山が立ち止まった。「ばか、そりゃまずい。すぐに断れ」

「え、どうしてです?」 数歩遅れていた勘一も百山に追いつき、足を止める。

「マスコミに騒がれて実験の事が表沙汰になってみろ。発明の秘密が盗まれんとも限らん」

「あ」

「いずれは天下に公表する時がくるが、今はまだそんな段階じゃない。くれぐれも慎重に事を運ぶんだ」

「もったいない話だなあ。……じゃあ後で断ってきますよ」

 二人は再び歩き出した。

「それともう一つ、たのみたい事があるんだ」

「えー、まだ何か?」

「おまえ、確か工業高校で応援団だったろ?」

「そうですが」

「綱引き大会当日の準備や雑用にどうしても人手がいるんだが、OBの顔で何人かひっぱってこれないか」

「う―ん、後輩はしごいてばかりだったからなあ。小学校の先生たちはどうしました? 校長にかけあったんじゃないんですか?」

「あのタヌキ、校庭と用具を貸すのはいいが、日教組がうるさくて人手を出すのは無理だといいやがった」

「そういう事なら何とかしましょう。でも、ロハじゃなあ」

「日当ならどうにかなる。強力なスポンサーがいるからな。経費はすべて町会長持ちだ」

「大丈夫ですか?」

「発明がうまくいけば億万長者だぞ。奴は小心者だが、欲の深さだけは折紙つきだ。おだてりゃいくらでも財布の紐はゆるむさ」 百山は、ひきつったような顔でケケケと妙な笑い声を立て、枕木につまづいて危うく転びかけた。

 やがて二人は別の踏切りにたどりつく。

「じゃあ、次の打ち合わせは、五時としとこう。場所はおれの家でいいか?」 百山が腕時計を見ながらいう。

「ええ、かまいませんよ」

「あ、そうだ。その自転車、もうおれに預けといてくれ」

「えー、これからいかなきゃならないとこがいっぱいあるってのに?」

「こっちの方が優先だ。ぼちぼち取りかからないと、間に合わなくなる」 百山は勘一から、ひったくるように自転車を奪った。「じゃあな、がんばってくれ」

サドルにまたがった百山は白衣の裾をひるがえし、軽快に走り去っていった。 その後ろ姿を見送り、勘一は肩をすくめた。


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