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 勘一は身をのり出すと、軽く片手で拝んでから、百山のハイライトを一本抜いた。

「ふん、油虫よりしぶとい人類が、そう簡単に滅ぶもんかい。それよりおれにとっては、この状況がもっと悪化してくれた方が有利なのさ」

「と、いいますと?」

「このままいけば、新幹線も高速道路もまったく無用の長物と化す。既存の文明はバルンガによって、完全に無力化してしまうだろう」 百山は椅子からすっくと立ちあがった。「だが奴の出現は、このおれにとって千載一遇のチャンスなのだ」

 しゃべり方が、自説を開陳する際の彼特有の、芝居がかった口調に変わっていた。腕を後ろに組み、部屋の中を歩き始める。

「学会の連中は、東京に騒音とスモッグをとり戻すべく、必死になって対策を考えておるようだが、おれにいわせればまったくのナンセンス!」

 はたと足をとめ、勘一をびしりと指さす。「今こそ、発想を転換すべき時だ!」

 ハイライトの煙で輪っかを作って遊んでいた勘一は、その気迫に驚いて激しく咳こんだ。「これを機に、日本は石油という自給不能のエネルギ―源を捨て、この百山源九朗の一大発明を基盤とした、まったく新しい文明を築くべきであ―る」

「あ、新しい文明!」

 勘一の頭の中には、透明のド―ムに包みこまれた都市に、エアカ―が飛びかう図が、ぽっかりと浮かんだ。

「どういう事かさっぱりわかりません。バルンガも退治せずに、いったいどうやって……」「まあ、そうあわてなさんな。それにはまず、バルンガが生物エネルギ―を吸収する事ができるか否か、実験しなくてはならん」

「はあ?」

「はあ、じゃない。これが成功の重要なカギなのだ」

「エネルギ―といっても、鉄腕アトムが尻から補給してるような奴とは違うんでしょ?」

「当り前だ。人間も含めたあらゆる生物が、物質を酸化分解して得ている化学エネルギ―のこった」

「でも、先生。僕たちがこうして平気でいられるという事は、バルンガがその生物エネルギ―ってのを吸収できない、何よりの証拠じゃないですか? もしそうでないとしたら、僕たちは今頃、全員機械と同じように動けなくなってるんじゃ……」

「ふふふ、ちょっとピントがずれとるが、おまえにしては上出来の質問だ。だが、そうとも限らん」

「と、いいますと」

「様々な形で存在するエネルギ―を奴が餌とするかどうかは、そのエネルギ―の質にあるのではなく、量にあるからかもしれんのだ」 勘一は、スパスパとひたすらタバコを吹かしていた。よく理解できないながら、百山のこの手の話を聞いていると、わくわくするような興奮を覚える。それこそ、彼がこの変人を慕う最大の理由といえた。

「我々人間の発揮するエネルギ―など、微弱極まるものだ。たとえ怪力レスラ―といえど、そのエネルギ―総量はバルンガにしてみれば米一粒ほどの腹の足しにもならんだろう。すなわち、バルンガは生物エネルギ―を吸収できんのではなく、微弱で分散した形のエネルギ―に食指を動かさんだけなのかもしれん」 百山はランプを指さした。

「これと同じだ」

 炎をゆらめかせている古風な照明に、勘一もつられて目を向ける。

「そういやあ、練炭だって使えるなあ」

「そこで実験が必要なんだ。実は、おまえにも手伝ってもらわなきゃならんと思っていた所なのさ」

「実験?」

「うむ、微弱な生物エネルギ―を集結させ、バルンガが食指を動かすぐらいの規模にして、それがヤツに吸収されるか否か┘─┐すなわち、仕事に変換される過程での損失率を測定する」

「もうちょっとわかりやすくいってもらえませんかね?」

「な―に、そのうち自然に理解できる。測定装置は昨夜徹夜して、ほとんど完成している。後はエネルギ―の方だが、こいつがちょっと厄介でな。無論、方法はもう考えてある」

「で、その方法とは?」

「むふふ。この大実験は恐らく、のちの世に『マグデブルクの半球実験』以上の語り草として残る事だろう」

「何だか知らないけど、そりゃ凄い! 胸がわくわくしてきましたよ」

「うむ、では、具体的な実験の方法を教える。無論、秘密は厳守だぞ」

 百山の目が、脅すように勘一をにらみつけた。

 勘一は大きくうなずき、食わえているタバコの灰がぽとりと落ちる。と、その時、壁にかかっている柱時計がボンボンと大きく鳴った。

「おや、もうこんな時間か?」

 そういうと、百山はくるりと勘一に背を向け、あたふたと実験着を脱ぎ始めた。

「ちょっ、ちょっと先生。実験の方法はどうなったんですか?」

「町会長のうちにいかねばならんのだ」

「町会長? 今の話と何の関係があるんですか。アチッ!」

 短くなったタバコを唇からとろうとして、指が焦げ、勘一はあわててハイライトを床に放りすてた。

「話は道々してやる。急がんと、何しろあのうちは八時に寝静まるらしいからな」

 机の上の書類をひっつかみ、ズボンのポケットにねじこむ。

「僕もいくんですか?」

「当たり前だろ。さあ、発明は早い者勝ちだ。まごまごしてると、誰かに先を越されて大儲けのチャンスを逃がすはめになる。おれはちょっとしたくがあるから、その間に部屋の掃除でもしといてくれ」

 そそくさと部屋を出ようとする百山の後ろ姿を見ながら、勘一は肩をすぼませた。

 と、何を思ったか、百山はドアの所で立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。

「そう……鍋も洗っといてくれ」


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