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美人図鑑
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2006.5.20(土)モバイル
今日、さすらいのM-Boyからホットなメールを貰った。文面ゼロのそのメールには買ったばかりのアップル新発売・MacBookを誇らしげに翳す雄姿がjpg画像にて添付されていた。MacBookの内蔵カメラで撮影したらしい。
羨ましい限りだ。最近、身近でインテル入ってるMacを買うムーブメントが起き始めた。パソコンは常に最新機種がいいに決まっている。特にアップルはイノベーションリーダーとして存在しているのだから尚更だ。だからそれを追いかけるカルトなファンが存在するのだろう。アップルは生き方のブランドに昇華できる唯一の存在でもある。
2006.5.20(土)モバイル
共謀罪の強行採決見送りの背景を今朝の朝日はトップで報じていた。それによれば採決見送りは河野議長の見識の発露ではなく小泉首相→武部→細田→河野と指示系統の下達によるそうな。この鶴の一声によってツンボ桟敷なのが連立パートナー公明と法務な役人そのデイジンということね。民主小沢の徹底抗戦に対して小泉サイドとしては行革&医療行政改革法案の成立を優先させたかったらしい。ほんと選対パートナーとしての連立。そんな顕在化は今に始まったことではないけども。次に控える参議院議員選挙にはどんな公約を掲げるんだろう?候補者一覧が報じられていたけれど。あわよくば共謀罪の創設も政策実現の一つとして選挙でのPRに生かしたかったのかも。そんなに国民は愚民ではないと総スカンくらう覚悟はお有りか。支持者にしたってどっかのサイトが言うように「沈黙の螺旋」現象でもって多勢順応主義を一人立つ精神で赤信号渡る矛盾もさらけ出しておやりになるのかどうか。
しかしこうも役人ペースで事が運んでいいのだろうか。全く法務官僚のペーパー通りの如く誠に国民有権者への怠惰で不誠実なこの事なかれ主義でいいんだろうか。自民党にしてみれば単独過半数を数でもっているのに何故に少数のパートナーが必要かと言えば選対に尽きるわけだ。一方で少数派サイドからすれば与党効果はテキメンだ。法の精神の前に立法の精神の根幹は国民の側に立つということだ。善意の政治が役人主導に置き換えられては本末転倒だと思わない自己相対化の怠慢構造こそ無謬の体質改善を不可能にしているのではないか。誠に党派性の打破こそ眼目なのだなと思う。
2006.5.16(火)
曇天。仕事は1に熱意。2に熱意。何気にiBookがMacBookへ。ブラックが加わって良い感じだ。13インチに統一された。まぁ銀座のショップでキーボードタッチを試してからでも遅くはない。18万あれば買えるんだし。インテルMacか。週末モバイルの構想は膨らむ。色的には白より黒が好きだ。
2006.5.15(月)
ワールドカップの日本代表メンバーの発表。久保が落ちた。サッカーで健全な我が国のナショナリズムは発露されるのだろうか。中田選手によれば「楽しむ」ことは苦労や忍耐を超えた新たなる自分を発見できたときに初めて可能なことらしい。選手以外の観戦者も選手が楽しむことと関連づけて自己超克の切っ掛けくらいは見つけたいものだ。ドクターコパ氏によれば「辰年と申年は相性が非常にいい」らしい。1964と1968。あるいは1972と1976。
それにしてもK-1オランダ。ボブ・サップが試合ボイコット。前代未聞。ホーストとアーツ。あれ?今日、ネットで大不祥事を知った。いきなり急遽変更だったのね。
さてこれからサッカー一色だね。
2006.5.14(日)モバイル
雨上がりの曇天。サンデープロジェクトを見ていたら共謀罪の検証を行っていた。住民運動に適用される危険性。威力業務妨害。沖縄普天間基地移設反対運動。三宅島の住民運動で逮捕された人に取材したり、その娘さんが「そんなものを作る暇なんかないじゃん」と「(この法律ができれば)政府に反対できなくなる」と父親に言われて叫び返していた。さらに警察の裏金作りを内部告発した人が公安に監視されている話。警察は法律を逸脱して恣意的に好き勝手やりだす危険性を訴えていた。そしてマル激にも出演した海渡弁護士も登場。この法案の背景である越境的組織犯罪を国内法整備の根拠にしておきながら広範な一網打尽的刑法体系として成立させようとする危険性をいち早く指摘していた穏和な弁護士であられるけれども。
http://www.videonews.com/marugeki/marugekirecent1.html
以下引用
第237回[2005年10月7日]
「誰のための共謀罪か」
ゲスト:海渡雄一氏(弁護士)
与党圧勝の影響が早くも具体化し始めている。過去2回廃案となっていた共謀罪の法案が今週、郵政国会に提出された。衆院で圧倒的多数を持つ与党は今国会で可決させるつもりだ。
この共謀罪は、実際に犯罪の準備や実行をしていなくても、犯罪を行うことを事前に話し合い合意していれば罪となるというもの。麻薬犯罪などを取り締まる「国連越境組織犯罪防止条約」を批准する際に求められる国内法として創設されようとしている。
しかし、法案に反対してきた海渡弁護士は、現在の法案では対象となる罪が窃盗や脱税などを含む600以上の多岐にわたることや、取り締まり対象が犯罪組織に限定されていないことから、会社や市民団体をもが対象になり得るため、一般市民の人権侵害につながる危険性が大きいと警鐘をならす。また、共謀を密告すれば刑が減免される点も「密告社会につながる」として問題視している。
なぜ今このような法案が出てきたのか。このまま共謀罪が可決されるとどのような問題が起き得るのか。盗聴法から個人情報保護法、住基法、共謀罪へと流れる一連の情報に関わる法整備は何を意味しているのか。今週国会に提出されながら、「刺客」議員たちの代表質問の陰に隠れてほとんどメディアで取り上げられない共謀罪の意味を考えた。
結論的に今日のサンプロの共謀罪検証コーナーはよかったと思う。法案成立の推進側へのインタビューもあったし国民の危惧するこの法案への不安を実体験者からの証言を通じて浮かび上がらせた。法務委員会のでのやりとりも社民・保坂展人議員の質問映像を織り込みながら法案成立のプロセスを党派性から距離を置いた広範な国民目線に準じる努力が為されているように思えた。TBSの筑紫キャスターと同じように田原司会者が公明党もっと歯止めをかけろと番組終了直前に言い放っていたのは全く同感である。そもそも言論の自由に寛容かどうかは別問題にしても。社会の相対性になじまない組織論理を一般化できないジレンマを超克してこそだと思うのだけれど。
2006.5.13(土)自宅モバイル
本当によく降り続く雨だ。午後6時の街の時報が流れた。
共謀罪が成立しても捜査当局が権力濫用に走らなければそれでいいというわけにはいかぬ。戦前戦中にも反戦運動は存在しその息の根を止めたのも治安維持法の恣意的拡大解釈で動いた秘密警察・特高の活躍によってであった。統治権力がことをスムーズに運ぶのに好都合な法律であったことは歴史的事実である。その歴史的教訓を真摯に学べば現代の治安維持法の如く危険な本質を宿す法律であることは日弁連の主張の通りなのである。
今国会に提出されている「共謀罪」が「現在の治安維持法」と言われて野党による最終的な巻き返しの追い風が吹いているのかどうか。与党側にはマスコミが誤った報道をしているという議員もいる。戦前回帰の右傾化路線の流れでもって教育基本法も靖国もそして今回の共謀罪も同じ延長線上で語ってはいけないらしい。イラク戦争のとき左翼活動家が自衛官宿舎に入り込んで反戦ビラを配布し逮捕起訴されたり国歌斉唱反対の教員が処罰されたり法執行の現場では常軌を逸した過剰反応が起きている。これは法解釈の前の法案作成から成立のプロセスで決して見過ごしてはいけない手続き問題だと思う。共謀罪反対の意味内容を充分に精査し耳を傾け柔軟に丁寧に時間を掛けて過誤の発端にならないような厳格な明文作業を慎重に執り行って欲しい。野党が反対し審議拒否に打って出たことに過剰反応し粛々とことを運んでいけばいいわけがない。歯止めブレーキが無限定なアクセルに変わる怖さだろう。善人が無上の悪人に豹変する怖さである。これは国会スリラーとして記憶にとどめておくべきだ。
そう言えば超人気有名バンドのギターリストは不運が多いかも知れぬ。自殺にヤシの木からの墜落。そして麻薬中毒.......。
2006.5.13(土)
久々の更新だ。このページの作成アプリの不調でもってのとあるブログへ随自慰に書き込んでいた。やはり.macの方が自由で良い。今日は終日、雨のようだ。最近は梅雨の如く連日天気が良くなかった。昨日は久々の晴れであったが。今日は寒い。どうやら3月下旬の気温らしい。
フィリップ・カーの「偽りの街」「砕かれた夜」「ベルリン・レクイエム」の所謂ベルリン三部作を再読した。私立探偵グンターの活躍が実に魅力的な三冊である。軽やかなエロティズムもほろ苦くて哀愁的だ。これから「殺人摩天楼」を読み始める。これまた再読だけど、ほとんど記憶もない。ジムに行く途中のブックオフで格安の読書を楽しんでいるんだけど最近は新刊コーナーも触手が伸びずあれこれ店内を彷徨してもいい本が見つからず時間の浪費が続いていた。なので以前に読んで面白かった記憶を頼りに再読の愉楽を味わうべく今、再チャレンジの読書を敢行中なのである。
2006.1.27(金)
寒さすこし和らぐ。TUTAYAで渡辺貞夫50周年記念CDと平原綾香のCD「ザ・ボイス」を300円x2の600円でレンタル。アップルのiPodが売れて音楽を聴く人口がそれに伴い増加。ダウンロードで気楽にリスキーに楽曲を購入出来るとはいえ本当に好きなアーティストの作品はCDにせよDVDにせよ購入したい。デジタルコピーの商業文化とはいえ。
2006.1.26(木)
最近、ライブドアの株価が注目されている。
2006.1.25(水)
寒い。首が痛い。安静に。横溝正史「病院坂の首縊りの家」を読んでいる。角川映画で横溝正史シリーズのあの時代に中学生だった。これからも楽しもうと思う。
2006.1.24(火)
今日も朝冷え込んで氷点下。明日も。首脊椎が一日中痛かった。無理しないこと。ドンマイドンマイ。
2006.1.23(月)
夜、ホリエモン逮捕。強制捜査が入った段階で想定内。これでライブドア株の上場廃止も規定通りとなる。ホリエモンは個人保証には一切入っていないとブログに書いていたけどかなり現金保有ありそう。
2006.1.22(日)
朝、「サンプロ」を観る。当然、ライブドア問題だ。マスコミのショウアップはどこまでも。
2006.1.21(土)
朝起きてみれば雪国であった。降り積もった雪の上にフワフワと降り積もってゆく。夕方近くのトンカツ屋へ行きコンビニとマックに立ち寄った以外は何処にも行かなかった。
ライブドアの強制捜査で始まった一連の動きの目指すゴールはライブドア一企業の不祥事の背後やその周縁に実はことの真相があるのではないか。ホリエモン側近の野口氏の「自殺」も謎がある。不審な死だ。ホリエモン逮捕はまだ先のようだが時間の問題だ。ライブドアの株式はソフトランディングなのかハードランディングなのか上場廃止への末路は変更なしの想定内であるわけで。
このライブドアに群がり祭り上げた連中、例えば自民党そしてメディア。それに踊らされてライブドアの株式を買った個人投資家や稼ぎまくるイメージに酔わされて心の友にしていた人々そして広島六区の選挙民で「堀江貴文」と投票用紙に記入した方々。小泉政治はとかく米国追随で大きな政府から小さな政府へ「改革」を標榜してきた。事が起きて振り返る。あのとき何故?という逆仮説の設定はアンフェアかもしれない。しかし司直はこれからも世論操作の様々演出を行うだろう。ナベツネの読売が今回の事件について突出した報道をしていると感じるのは気のせいだろうか。
2006.1.20(金)@40350
非常に寒い。ネットなんかで株やってる人たちの中でも信用取引やってるリスキーな連中が今回のライブドアショックで大いに損害を被っているらしい。企業の不祥事とくにライブドアの場合は市場原理を歪める悪質で市場資本主義の根幹が揺らいだ経済事件として歴史にも刻まれるであろう。ITとは表向きで実は金融で儲けていた。しかも株式投資の世界で法的空隙を縫って様々な利益獲得所謂、錬金術をやっていた。管理ポストから整理ポストへ段階的移行が休み明け来週月曜日から始まるけれども同時進行としてまたもや拝金株亡者がジェイコム騒動の時と同じで群がるんだろうね。
2006.1.19(木)
西原理恵子&勝谷誠彦「鳥頭紀行」を面白く楽しみながら快読中。サイバラの漫画は不思議な魅力がある。なんか病み付きになりそうな何か。角川文庫に縮小して収録され直されているので非常に小さくて漫画の手書きキャプションが読めない見えない。それは残念だ。
ホリエモンの逮捕はあるのかどうか。強制捜査と堀江逮捕そしてライブドアの上場廃止。
2006.1.18(水)
ホリエモン。さようなら。
2006.1.17(火)
宮崎勤に最高裁は極刑判決。1995.1.17のあの惨事。ライブドアは株価下落。
2006.1.16(月)
ライブドアどうなっちゃうのかなぁ。テレビでは「明日のマーケットが気になります」とかコメンテーターが一様に喋っていた。普通の感覚では不祥事を起こしたから強制捜査に入られてイメージや信用が傷つき当然、株価は暴落なんであって。しかしなぁライブドアの株価は最近まで異常なる右肩上がりの上昇気流にあったわけ。これも国策捜査に準ずる一環であるような気がしたりして。
メディアが時代の寵児と囃し立てて今度は容疑段階で犯人扱いになっている。古館や筑紫が如何に冷静なる客観性は担保できるのかどうか。只今の時刻23:50。「今もライブドア本社や堀江貴文の自宅など十数カ所を捜索しています」TBSのニュース番組。メディアでホリエモン祭りが盛んになっていく。ライブドアだけではない他のIT業界連中にも睨みを効かせる。
2006.1.15(日)
「失われし書庫」を読了。
2006.1.14 (土)@40302
今日は土曜出社。午後から新年会。今回はノンアルコールというか宴会はない。カリスマ経営コンサルタントのS講師。つまり情報感度をアップさせ商売繁盛を目指そうということ。行動は習慣化された発想が原点ということだから今、勢いのある成功している企業の事例から学ぼうよ。ケーススタディ。投資研究に援用できるかもしれないけどどうなんでしょうか。世の中、これからブレイクする商材を持っている企業であるとか収益アップの経営戦略を実行する会社であるとかね。きらびやかな成功物語の語り部として金銭哲学をお披露目していた。世に良薬多し。でもその薬がその患者にふさわしい処方であるかどうかは予定調和な一般論に堕す可能性も強い。細木や江原が持て囃される時代相だからこそ犯罪多発の詐欺横行の欲望主義の世の中になっているんであって。他者の痛みに鈍感な他人の不幸の上に自分の幸福を築く相克の社会。儲けるが勝ち。そのためには他の追随をシャットアウトの圧倒的なパワーが必要だけども。情流を見極めろという。当たり前のこと。その情報は感度を磨くには知的好奇心。問題意識アップ。経済至上主義の飛躍的促進だろうね。多分、何のために儲けるの?これがない。なくてもいいじゃん。そんなもん。ってことで。今回の講演会で会場にいた聴衆は刺激があったのかどうか。話に出ていたハーレーの戦略はアップルの戦略よりも具体的で面白そうだ。ネットで調べてみるとハーレー教の信者へのメッセージ性に撃たれちゃう。
さて大雨。舟コキおじさんもお目覚めか。
2006.1.13(金)
雪が雨で雪崩が起きやすくなっている
2006.1.12(木)
最近、ベストセラーを連発するのは新書版らしい。「馬鹿の壁」も「さおだけやは何故潰れないのか」そして「国家の品位」も。所謂道徳的なメッセージ本は作者の信念披露に堕す場合が大半殆どであって臭みが嫌だね。国家の品位って何かしら?曖昧な概念規定なんだよね。国民の品位というならまだしもね。
2006.1.11(水)
インテルCPU搭載のMacが遂に発表となる。
2006.1.10(火)
しかし仏滅。関係ないけど。休み明けで仕事が押せ押せ。リズムがまだ掴めない。今週末は連休明けの連続出社。今日・明日が峠一区切り。
2006.1.9(月)モバイル@40235
晴れ。「顔FACE」を快読中。平野瑞穗巡査の活躍。「だから女は使えねぇ」警察と市民。婦人警官奮闘記。似顔絵を描く専門官。赤ん坊誘拐犯も似顔絵が公開されたっけ。借金数千万。身代金6150万円。やはり借金返済が目的か。営利誘拐は借金返済が最大の目的。借金地獄からの脱出が犯罪の動機のナンバーワンだ。多重債務なら自己破産が一番いいはずだが。病院から新生児を略奪し病院を脅迫する。新手の誘拐事件だ。身代金ターゲットを病院にした点と誘拐人質が物言わぬ赤ん坊。犯人たちは結局、赤ん坊の始末に負えなくなってお金よりも人質返還の方を焦った。吉展ちゃん事件の保も三菱銀行籠城事件の梅原もせっせと借金返済を行っていた。犯罪を犯してでも返済したい情熱。犯意と返済意欲の逆転のモノクローム。入院した愚弟に借金返済を頼まれて丸井の返済コーナーに赴いたことがある。異様な熱気がそこにあった。返済期限を遅延しながらもこうして返しに来たんだっていう自負心やら安堵感やらの一種異様なミックスモーションが立ち込めていた。まるで定期預金を預け入れるように?永遠に満期の来ない払い戻しのない貯金?「借金も財産の一部」と語ったジゴロ時代のイチロウの言葉を思い出す。「借金いっぱいあるとどうでもよくなっていろんなもん欲しくなるんですよ」サラ金の取り立てで夜道を歩くのは怖いけどさばさばしていたあの色男はまだ生きているかしら。折角の才能も金銭感覚の放漫が増長されニッチもサッチもいかなくなる連中はこれから大増殖していくんだろうね。犯罪者への入り口は安易なるマネーゲームってことか。怖い怖い。一攫千金の負け組は今何人いるのかな?誘拐犯を犯罪に誘因した最大ファクトのイメージを日々昼夜問わず散々垂れ流しながら「人命優先の報道協定」に賛同し正義の報道人を気取る大マスコミの一貫性とは何か。それがよりよい社会を作るための我々の役目だということか。今朝の毎日新聞の投稿欄に長野在住の70歳代の男性が投稿していた。「一億総白痴化は新聞読んで防げ」みたいな内容だ。全くこの老人、日々新聞記事をスクラップしているらしい。テレビやめて新聞読めばいいんだってことないよね。新聞に投稿する連中を痛烈に批判してきた横山秀夫の書く小説は面白い。書く側と読む側。
菅直人が団塊党なる市民運動体を結成したという。世代的に貢献したいんだっそうだ。カネもってて時間に余裕のある700万人の組織化を目論むという。種々雑多な階層を一つの思想で染め上げるよりも簡単かもね。団塊党党首の思想性は不問なのかどうか。ホリエモンかホームレスかというネオリベラルな社会を目指す小泉氏の政治はこの国を全く過つ方向へ誘うのだそうだ。最低10%は増税される消費税という切り札。今の二倍三倍へ増税されて課税の逆進性は増幅され経済的弱者を救済するセーフティーネットも不完全であれば中間層は一方的に試練なわけで。
たまに行くトンカツ屋はカウンターの狭い店内。昨夜、鶏の唐揚げ定食を食べていると家族連れがどやどや入ってきた。ひげ面の親父がタバコを平然と吸っている。食事中に煙幕状態。これ無煙者にとって最悪。食べてる口は塞がって鼻から煙を吸っちゃうわけで。時代は分煙。しかし老夫婦が営むこんな小さなお店にそんな対応はない。だからさようならバイバイ。「嫌なら来るな」「そうするよ」自然な成り行きだ。
2006.1.8(日)モバイル
快晴。正月休みの空隙も埋め合わせつつ。七草粥を食べようよ。
このWebサイトを作成しているゴーライブ。そのファイルが起動不能になった。つまり更新できない。対処としては全部コピーして再度新規ファイルを作り直せばいいだけのこと。もうすぐアップルが純正のホームページ作成ソフトを発表するかも知れないし。
午前、東京事変のDVDが宅配された。東芝恵美。好きなのは美乳ガールの小林恵美。彼女の元事務所の先輩はチンパンジーに顔を噛まれ血が出たらしい。NHKの東京事変ライブ映像はこのDVDからそのまま抜き取ったものだった。著作権とかの絡み何だかね?放送編集権をレーベルからレンタルじゃなぁ。放送会社も手抜きになったモンだ。
メインヴォーカル椎名林檎。林檎ワールド。音楽的にクリエイティブ高いし彼女にしか作り出せない魅惑で蠱惑な音楽テイストだ。そして彼女は妖艶にしてエロティック。音楽はパワフルでスィートでファンキーなだけじゃなくてさ、最大最高の魅力性はエロティックであるということ。圧倒的な存在感あるステージパフォーマンス。
2006.1.7(土)
今日は出社。年末年始の連休明けで業務的に多忙。仕事は捗った。
横山秀夫の「顔FACE」を買った。
2006.1.6(金)
寒波。温暖化の影響はどうなっているんだ。暖冬じゃないとなると。最近、やたらオフィスの室内温度が低い。体感温度はギリギリだ。
2006.1.5(木)@40194
仕事始め。忙しい一日だ。明日も忙しい。土曜も出社だ。でもハッピーマンデイなのはいいな。ここ一週間は最低気温0℃な日々が続く。
1月、2月は寒い日々が続く。体調に気をつけてリズムと勢いのある生活をおくるようがんばりたぁぃ。
2006.1.4(水)ザ・ハンバーグ@高田馬場
学生街はあんまし人混みもなく。帰省しなかったカップルらがぽつりぽつり。この駅周辺は無線LANの電波はないみたい。せめてネット先進国を自認するんだったら主要な駅周辺にはオープニングなネット接続が可能になっててほしい と思う。確かに無料開放されているインターネットに経済性を持ち込んだプロバイダー達の合理的生産性を向上させる筈である技術革新も行政許認可の壁に阻まれてきた。その新規展開を加速促進させるべくホリエモンも選挙に立候補したとも言われるがなかなかその次元にはたどり着けていない。
今年はネット動画配信事業が加速すると思う。アップルの展開する音楽配信事業もコンテンツ供給の面から言ってもライブ映像のオンデマンドがネット展開されてくるだろう。アーティストの同時多元的他空間コラボレーションなんかもできるようになるんじゃないかしら。でも気になるのは国内ネット配信がマイクロソフトのメディアプレイヤーの独壇場になっていて「Macユーザーはご利用できません」が一般化している点だよね。ネット通信は公共性の時空である以上事業者の御都合主義でMacユーザーがパージされていいはずはないのだ。マイクロソフトとアップルの連携緊密でもってユーザー恩恵を活性化させて欲しいと切に願いたい。せめてGAOぐらいMacでも観れるようにして欲しいよ。それから国内行政にしてもマイクロソフトオンリーの態勢は改善しなければならない。これまた公共の福祉の観点からも重大なる違反行為だからだ。機会平等は民主な社会の大前提であるというこの社会通念を徹底させるべきだ。それは受益者負担の利益配分の公平性が担保されるかどうかである。デジタルな世の中のアナログな認識規範をもっと宣揚継承してもいいはずだ。結局、経済性が価値優先される領域の専権事項とやらに翻弄されるのは誰なのかってこと。
2006.1.4(水)モバイル@40175
ちらほら仕事始めの連中が昼飯を食べに街を右往左往している。休み疲れから回復し明日の日本の経済に貢献するんだとかの気負いも感じられて頼もしい限りだ。やはりニートや引きこもりの精神疲労にも類推可能な年末年始のリーマンらが味わう悲哀なる漂流時空の精神性は自縄自縛の罠が潜んでいる。そしてまんまと人はその深みにハマる。
脱組織の退職者が結局は無気力の沼地に足を踏み入れて藻掻く姿にメタフォルカルなイメージの逆説的自由もルールに則る刻苦精励な時系列の枠内だってことを夢々忘るるな、だ。時間も空間も相対的だからね。主体性も結局は総体的で相対的な環境に内包されるだけのことであって。休日の日常化に慣れる前に日常性に回帰だもの。初めから時間切れの時的制約を脱却できてないんであって。日常の躍動なくして非日常の休日の快楽はあり得ない。いざ鎌倉に備える武士の日々の鍛錬こそが一大事の千載一遇を祝祭化できる絶対必須な条件なのだ。
正月のテレビはやはり娯楽の王様だ。人間誰しも精神弛緩な時空の受け身になっちまう。読書も思索も執筆もなんやしらん面倒や億劫やってことね。そんな時はライブをDVDで視聴せなあかん。昨夜は我がフェイバレイトの倉木麻衣のライブを観た。とてもよかった。彼女はメジャーアップした当初は宇多田ヒカルによく似た二番煎じガールのイメージが先行し上方漫才屋の歌番組で宇多田ヒカルに「倉木麻衣はあんたのパクリや!」とかほざいてマスコミを騒がせた。そんなバッシングにもかかわらず彼女は努力し自分の楽曲を作り上げてきた。衝撃的だったのは彼女のライブを観たときだ。操り人形のアイドル歌手では全然違って倉木麻衣は倉木麻衣でしかなかった!という衝撃的な発見と感動であった。爾来、彼女が深化し成長し続ける類い希なアーチストであるという認識がさらなるファン心理の深層に食い込む。ライブでのステージパフォーマンスと圧倒的なボーカルの成長。ジュブナイルな輝きこそが音楽という特性的魅惑と相俟って倉木麻衣の音楽的な時間性にも相関される感激を倍加させるのだ。そして何よりも彼女は可愛い。
2006.1.3(火)モバイル40169@
昨夜から韓国ドラマ「秋の童話」を観る。心の琴線に触れる名作だ。家族の情愛は普遍的なテーマである。3回目だが何時しか朝の5時になっていた。昼夜逆転の感覚麻痺。
新聞報道によればUターンラッシュが始まったという。大半の企業は5日から仕事始めだからそんなもんだろう。
飯田橋カフェに来ている。カフェインを注入し精神の覚醒に通じたかどうか。店内は殊の外込み入っている。いつもは1階窓際の席に座るのだがアウト。それで2階の禁煙コーナーの奥まったところに座るも隣のおばさんがまくし立てる騒音でiPodの音量も虚しい。全く新年早々ではあるが。BOSEのノイズキャンセラーへッドフォンを今年は買うことにする。
東京事変のDVDはまだ配達されない。できればその音声をiPodに取り込んで楽しみたいのだが。
なんか集中できない。ノイズを除去できない。
2006.1.2(月)
久々に雨が降った。大学時代は大講堂で講師がマイクで講義するマスプロ教育に批判的だったけど少数グループで行うゼミも緊張感があってさほど好きなわけでもなかった。
昨夜のアルコールの残存のお陰でなんとなく憂鬱。韓国の塩海苔はよかった。胡麻油のまろやかさ。歯触り。何枚でも食べられる。焼酎のお湯割りも美味しかった。自由ってなんだろう。
ジムが長期休業になっているのでトレーニング再開が待ち遠しい。鍛錬はコツコツ毎日継続するしかない。
体感温度が低下するこの時節。無目的に外気に身を委ねるのはアホらしい。元祖東京ウォーカーである永井荷風の「断腸亭日乗」には真冬の寒気には部屋の中で温々と読書でもやれと書いてある。犬も震える寒い日には暖かい場所におとなしくしておれと書いてある。
なんか怠いんで食パンを数枚焼いて食べた。本当に空腹感を解消できない。正月番組はどれもこれもダメだ。読書の本を買ってない。ネットでダラダラ。田舎から電話があった。会社の景気はどうなんだろうね。午後はソウネンのハナちゃんとファーストフード店2階で世相話。タクシーの運転手の話は世の中のある種縮図だという結論。様々な客を乗せて今日も明日もタクシーは走り続ける。種々雑多な客の意見が回り回って運転手の頭に環流される。最近、タクシーに乗ってないなぁ。安いプロバイダーで毎月の通信費を浮かしてタクシーにもっと乗ろう。
倉木麻衣のDVDを鑑賞。音楽も好き嫌いの範疇でいい。感性の赴くまま。時に身を任せればいいだけ。ライブは最高だ。16歳でデビューし5周年記念のメモリアルなDVDである。華奢な彼女が全身で歌いまくる。ライブ会場の臨場性も迫力あるサウンドとその映像で得難い貴重な記録だ。
2006.1.1(日)モバイル@40124
謹賀新年。賀正。今年こそは世界が平和になりますように。
中学時代、朝日の新聞少年をやっていた。新聞配達で何が一番嫌だったか。それは正月元旦の配達だ。今朝の新聞紙を見れば自ずと理解頂けると思う。決して地球環境にいいわけもないあの膨大な紙の無駄遣い。環境宣言を率先してリードしているはずの新聞社がこの現実である。欺瞞であり偽善あり詐欺でもある。自らの主張もなんら行動を伴っていない反社会性をどうやって自己検証していくかは新聞各社の自省しかないのかどうか。
今朝の毎日新聞一面トップに昭和天皇の人間宣言の草稿に関するスクープが放たれていた。現行憲法の人間天皇であって国民の象徴というスキームチェンジの詳細を考えるのに非常に意味のある記事である。戦中戦前に戦意高揚や翼賛態勢であるとかの国家的営為の支柱的根元が昭和天皇にあったわけでこの歴史的大転回が如何にして進められたかは国家的ミステリーといっても過言ではない意味を持つ。現人神が戦争に負けたぐらいで人間になるというこの人本尊から唯のヒトに変容される政治的意味を思索すること。三島由紀夫が自らの天皇への拘りを語った中で「国民の心の底辺にあるナショナリズムを形にしたのが天皇である」ということは洋来思想に被れた連中に於いても例外ではない日本人の心の歴史民族の歴史であるという主張。
元旦の楽しみはやはり年賀状だ。年々疎遠になってゆく人的交流のアラームを告げる葉書たち。でも清々しくも潔い年賀な便りもある。
会社の老労働運動家のフクイ氏の「We Love 九条」にはこの国の軍国化を憂う心情に溢れた文面にとても心を打たれた。最近はパソコンとプリンターの普及で綺麗なデジタル印刷が流行っている。心の通じる文面とはアナログだという時代錯誤を嘲笑う反転現象にもっと謙虚であってもいいわけで。デジタルライフを如何にエンジョイできるか。感動と連帯。信念の相対化こそ。熱狂と狂信のうねりの中で知的闘争を起こせるかどうか?信と知の連関への考察にこそ思考の忍耐性を要する。
2005.12.31(土)
大晦日ララバイ。コンビニに飛び込まなくても食事はできるわけもなく。年中無休の正月休み。誰かこの巫山戯た看板掲げる業者の誇大宣伝誇大広告をジャロに通報してよ。
温泉に出掛けた一家全員が有毒ガスで死亡。心なき人々は言うかも知れない。「何故温泉なんかに行ったのか?」と。また飛行機事故が起きる度、「何故飛行機に乗ったのか?」と心なき人々はつぶやくかもしれない。帰省中に事故。「なんで帰省なんかしたんだ?」と。偶発性もある種の必然に導かれている。人はそれを運命とか宿命とかいう。現在過去未来。瞬間の永遠的連結時系列。過去世・現世・来世へと時間的不可逆性の基軸をゆるめろ。
人が動くとき死の危険性は相対的に増大する。日常にも非日常にも安全性を脅かす危険は潜む。縁なる状況の絶対性はいつも突然だ。そして被可否的なのだ。
年越し蕎麦をカップで食べながら「格闘技」をテレビ観戦。歌番組やバラエティなんかより断然面白い。ここに女子プロもあれば、尚よい。
アマゾンで東京事変のライブDVDを代引きで注文出した。ネットやりながらテレビ見てて思うことは民放の自社帰属コンテンツは空疎的だってこと。ホリエモンや三木谷のいう「放送と通信の融合」という意味合いでもそうだけどマスを愚弄しマスに迎合するアベレージの劣化は否めない。この矮小化は来年もどんどん進行するだろう。そして民衆は特権的少数の面々に収奪され喜ばされるつまり踊らされる。弱者の側にすり寄る偽善は過剰化の一途である。マスに与する利益の最大化は常に人気が必要だからだ。太蔵現象はその顕現の亜種でもある。どこまでも愚民にして棄民たれ。エリートの自滅は性欲が大半だ。自分の欲望を相対化できない意志薄弱なエリートは自然淘汰されるまで自己制御は不可能だ。
2005.12.30(金)モバイル@40023
晦日。快晴。今日より冬休みスタート。今回の正月は帰省しない。あまり出歩かずに沈思黙考の静寂な日々になるのかもしれない。興味深い記事が「週刊新潮」に掲載されていた。ケダモノのその後だ。
パトリシア・コーンウエル最新刊「神の手」を読了。内容詳細は本書堪能でこと足れり。米国では私的な捜査機関があっちこっちにできているのかも知れない。所謂、捜査機関の民営化だ。イラク侵攻の際も官より民の戦争請負業者が巨万の富を得たという。三島によれば「政体を守るのは警察、国体を守るのは国軍」だから内政の治安維持には警察という物理行使可能な法執行の実働部隊が装置化される。「皆さんは平和の天使だ」と軍需産業を表敬訪問した際にブッシュ大統領は讃辞を贈っている。平時の犯罪捜査もそんな事情の派生状況としてさもありなんだ。日本が米国の敷く占領統治から抜け出るには「憲法九条」改訂もさることながら自前の諜報組織を持つことが必須だと今は敗残の亀井静香議員は警察官僚出身の感覚でもって発言している。でもメディアが報ずる時、興味深いのは民間警備会社に加入しても窃盗やら強盗やらの犯罪抑止にはいっかな関係ない事態になっちゃってることね。警報装置の作動で駆けつけた警備員によって「110番通報」され警察が現場に赴く。通報しかできないんなら無駄なだけじゃん。しかも警備会社は負傷し死亡した社員のアフターコストを極力避けたいわけで決して犯人と鉢合わせにならないような現場出動時のタイムラグ創出?と勘ぐりたくなる。全く気休めの安全保障。平時のアンポンタン。本当の危機管理を委託できるのかどうか?警察以上に信頼できる警備組織とは?
番組改編の時期には必ず民放各社はお巡りさんご苦労様番組を放映するのは恒例だ。メディアが警察の犯罪捜査の広報的補弼機関になっているのね。警察の民営化こそが改革の本丸だろうか。脱法の民営。官ができない民の優位性は脱法性に傾く可能性について議論した方がよかろう。
2005.12.29(木)@40006
仕事納め。
2005.12.28(水)
寒い。本当に寒い。明日でラスト。ジムは今日でラスト。
2005.12.27(火)
寒い。明日、仕事納めの会社多そう。挨拶回りで大挙してカレンダー持って賑やかにやってくれる恒例の取引会社もあるだろう。
2005.12.26(月)
寒い。クリスマス喧噪も嘘のように年末カウントダウンとプレお正月ムードだね。今週末が年末に重なってダブルな終末だ。官庁やら大半の企業は明後日でおシュウマイ。納会やってシャンシャン。風邪に気をつけて年末年始を乗り切ろう。
2005.12.25(日)モバイル@39825
昨夜フジテレビで女子フィギアスケートの試合を見た。坂本龍一作曲で昭和映画界の鬼才と言われた大島渚監督「戦場のメリークリスマス」のテーマ曲を演目のテーマ曲に選定した安藤美姫選手は「今日は選んだ曲と同じでクリスマスイブだから凄く楽しく滑りたい」って試合前のインタビューに応えていた。でも「戦メリ」ってそんな映画だったっけ?そんな単純明快なハッピークリスマスでもないし難解な意味内容であったからこそその解釈と理解と共感を共有したくて未だにこの映画作品のカルトなファンは多いのだ。「戦メリ」という略称にしたってそういうことの顕然なのだから。映画それ自体のメッセージはともかくビートたけしが酔っぱらって「ミスターローレンス、メリークリスマス」と大声を出すシーンが今も印象深く心に残っている。絢爛たるキャスティングで前評判も高かったし内容的にもホモセクシャルなテイストも有るし神道冒涜の価値紊乱の先鋭もあるし収容所内の価値閉塞の人的機微もある。いろいろ記憶を辿っていくウチにまた観たくなった。名作には違いないし傑作なのだから何回観てもいいわけで。でも美姫ちゃんは映画の意味くらい知って曲の選定しても良かったと思う。そうすることで氷上のただ氷の上だけで演じる表層的競技態度から深層にも通じる思慮深い演技への真摯なる態度になったと思う。そもそもスポーツにそんな教義めいたことは要らないのかも知れないけれど競技を深めるためにももっと文化的教養はあっていいはずだ。
もう一つの違和感。選手の演技に感動し興奮した観客によってスケートリンクに投げ入れられた花束が競技を終えて採点発表を待つ選手に次々と届けられる。その束全てを大事そうに村主選手は抱きかかえながら笑顔で頭を下げながら礼をしていたのと反対に浅田真央選手は花束をすぐ自分の脇にどかしちゃった。見ようによっては凄く失礼な仕草。この一瞬の無礼は天真爛漫さの表層的な傲慢だけであろうはずもなく。ビターなテイストを観る者に与えたような気がする。無垢なら無垢らしく無礼でいいわけもなく。
2005.12.24(土)モバイル@39792
韓国で捏造問題勃発のようである。疑惑の黄教授は韓国では国民的ヒーローでなかなかハンサムで格好いい風貌だ。しかも日本円にして何十億円も研究費を国から出させて旺盛な研究をしていたそうな。絶頂男・黄教授には誠に追い風な状況であった。ES細胞絡みの彼の研究は重大な生命倫理上の制約が有るのも関わらず、国を挙げて法整備の規制緩和でもって物心両面からの手厚き国家保護を受けていたそうな。韓国は受験戦争も過激だし研究も熾烈な競争原理が働いてこの期待の国民的ヒーローは自滅のデータ捏造に手を染めてしまった。全く日本でも耐震偽装の姉歯といい旧石器発掘捏造の藤森といい「自分の弱い心に負けた」だけかどうか。それだけでは当然ないわけで、時代が状況がこれら「捏造」を更に招来させたのだ。この捏造問題の厄介な特質は連鎖的連続性にあってシステムに巣くう宿便の如く脱糞やるかたなき醜悪なウィルス性を有する点にある。実験の基礎データを改竄する行為は科学者失格の自殺行為であるしその災禍の蔓延は誠実なる研究にも多大な被害をもたらす。今回の捏造発覚問題は韓国政府にも多大な影響をもたらす。レジームチェンジの捏造劇になるのは必至だろう。
でも気になったのは捏造発覚に至っても尚、黄教授を支持する連中が沢山居ることだ。この国のマス心理は半島原理でもって熱し易く激しやすいというけれども未練がましさもあるのかどうか。科学的事実を突きつけられても自らの信念呪縛へ身を挺する恐ろしさは不可解であるけれども、結局は信念対決という如何にも非科学的迷妄に堕す民衆の支持に負うところ誠に大であるところの科学者ってことは端からダメじゃん。
黄教授辞任で問題発覚するまで捏造しまくって検証バイアスの限りを尽くす最悪の事態は回避された。政治権力と研究学問の癒着の必然的帰着を如何に精算するかは今後の動向如何だ。
2005.12.23(金)モバイル@39741
新潟では豪雪の影響で大規模停電したというのに我が都心は抜けるような青天井の快晴。リーマンたちには待望のプレ年末年始連続休暇の三連休しょにちじゃないのってこと。大掃除やんなきゃ、年賀状やんなあきゃ、いろいろに年の瀬の忙しさだよね。
昨夜は帰宅すると部屋に積み上げていた本の塔が瓦解した。ドアを開けた微量な力学で波動効果を上げたようね。こういうときは「本をお売り下さい」の黄色い本屋さんブックオフへ持ち込むのが一番手っ取り早いかもね。大きな書架のある大きな家に越したい。
「絹と明察」を読了。家族主義的経営の駒沢がストライキに直面し咆哮伏す局面で何とも作者の徹底的な「資本家」への痛罵を感じる。利潤追求の自己目的がもたらす自家撞着の帰結。その天に唾する自暴自棄なる所行の決算報告。僕賃が気になるのは三島の出自が規定決定する執筆姿勢は必ずしも民衆への視点視座で語られていなくて文学の作品的虚構性つまり彼の作品創作上の限定時空でもって挙行されるこの作家固有の思想性であるということ。逆説的に言えば労働争議を招来させた家族主義的会社経営の再評価は米国経営科学の方途的破綻というより日本的土壌にアンマッチな手法運営上の必然的空疎であり、本質的に考察し論及すれば社会事象への分析も考察もモデルの捨象に帰着する問題性である。労組に屈服し脳血栓に倒れた駒沢の内的変容に於いても内外共に全て許し認めた唐突な意外性を斟酌しなくてもフィクショナルな物語展開として容認できる。さて争点沸騰の対立構造がシステム内包性でもって問題喚起されずじまいの時代的トレンドな社会心理学のマクロな時代精神に彩られ衰退の一途である「労組」なる組織については流動性と閉塞状況の加味する隠微で微妙な人間心理の集大成に帰するところ大であると言わざるをえまい。
2005.12.22(木)@39730
今日は冬至。新潟で雪による停電。豪雪の停電か。想像を絶する事態だろう。
深夜、小田和正のライブに感動した。あの致命的な不祥事を出した生命保険会社が提供していた。小田は会場にいるであろうその会社の社員たちに「励ましの歌」を贈った。いいなぁと思ったのは子供達のコーラスだった。次世代に継承するかの如き厳粛さすら、小田と彼らとのコラボレーションは感じさせてくれた。
美しくも力強いメロディと歌詞。独特のソプラノ。誠実に精一杯歌い上げる小田和正の素晴らしさ。感涙し興奮する観客の表情に音楽の素晴らしさを深く心に共有できた。音楽は最高。
2005.12.21(水)
真央ちゃんをトリノに出してあげてという切実な願いが盛り上がってきた。五輪出場嘆願だね。あざとく小泉首相も微妙に「国民の声」に配慮した。僕的には彼女の美を鑑賞したいなと思うのみ。政治に彼女を翻弄させてはいかんと思う。
2005.12.20(火)
さて折り返し地点か。冬至になれば穴八神社へ繰り出す高齢者の喧噪が立ち上る。
2005.12.19(月)
三島由紀夫「絹と明察」を読み始めた。
2005.12.18(日)モバイル@39305
大寒気団の襲来で非常に寒い。ダウンの下にセーターをもう一枚着込んで外出。今週一週間はジングルベルの喧噪が巷に溢れるだろう。なんか宗教心もない単なる表層的形骸的なあくまでも商魂逞しいコマーシャライズな賑やかさ喧しさだけ。文化現象に本源的な宗教性も実は歴史的な背景もなく語れずだ。もっと増税だ。平成20年からキャピタルゲインへの課税も今の倍の20%になるんだそうで。どんどん稼がなきゃ損損。
そう言えば昨日の再会の宴で話題になった与謝野金融相の「美しくない」発言は、結局のところ正直善意な人々がバカを見ない世の中作りという美徳奨励のおきまり常套句なんだろう。そう言えば今朝の毎日一面にそのみずほ証券と東証の「魔の10分間」のやりとりが記載されていた。12/8の午前9時27分、事態発覚で東証が「誤発注だから注文を取り消して下さい」と再三に渡って要請を繰り返し最後は絶叫、「担当者に伝えます」で呑気なみずほもやっと事態に気付き3回も取り消しを試みるもエラーエラーエラー(第一の3連続システムエラー)になる。堪りかねて「そっちで取り消してくれ」と東証に要請するも「こちらからは取り消しできない」これが第二のシステムエラー。そしてとどめが刺された。つまり東証側が「このままでは売買停止になる」そしてこの千載一遇の間隙を観劇し感激した一攫千金の投資家たちの射幸心が炸裂する当然の成り行きが起きる。つまりみずほによる空前絶後の買い戻し、あり得ないストップ安(人的ミスの事故)から想定済みのストップ高の魔の10分間のワンストロークに全資金をぶち込んで買いまくった連中の投機行為が更なる異常事態を創出した。ここで問題になるのはシステムへの信頼性であるけれども開発者の富士通へ損害賠償を請求するだけではなく東証の社長が引責辞任するだけでもなく東証社外取締役の財界御歴々への責任も明確にしながら人的ミスを想定の範囲内に規定し物心両面ハードアンドソフトの双方向からリスク管理していく抜本的改革なんだろうと思う。さてさて5億の次は20億だそうだ。
2005.12.17(土)@39290
会社の大先輩OBのキクジさんと神田で飲む。3時から7時過ぎ。その後、コーヒーで酔い覚まし。右肩上がりの経済成長時代の草創黎明物語。「あのころは本当にいい時代だった」過去は何時だって美しくも楽しい過ぎ去りし痛快なる日々なわけで。
今日はだから1時前にジムへ行ってトレーニング。自宅からPowerBookは持ち出さなかった。それは正解だった。ビールに日本酒。
「陰の季節」を目出度く読了。警察内部の管理部門小説に新境地。事件の謎解きではなくヒューマンタッチなハートアンドマイン。続いて「動機」しばらくは横山秀夫でいきましょう。
2005.12.16(金)@39207
みずほ証券の誤発注のどさくさに乗じて莫大な利益を得ていた証券各社がその利益分を返金する一斉の流れになったのは与謝野金融相が「火事場泥棒に便乗」の人々に「美しくない」と発言したことと絡めて朝日も毎日も社説で「何も違法性があるわけではない」と問題すり替えを助長する事態に疑義を呈した。株価差益1株約10万で120億とか利益出しちゃったスイス系証券なんかジェイコム一銘柄に約870億の資金投下したわけでこりゃまた凄いわけね。与謝野金融大臣が言う「美しくない」どころか空恐ろしい。全く市場原理に綺麗も汚いもないわけで。
まぁそれにしてもこんな馬鹿騒ぎで益々、一攫千金の大金取得へ夢が膨らむし射幸なる幻想も大きくなってゆく。投資への無限の欲望が大いに刺激された事故だ。
2005.12.15(木)
寒波到来で今週末も雪とか降りそう。ISOって疲れるわい。
2005.12.14(水)
国会で証人喚問。姉歯が淡々と語っていた。
2005.12.13(火)
寒波到来。コンビニで手袋買ったけど密着が弛緩で寒い。
2005.12.12(月)
朝刊休刊。「ルパンの消息」を夜、ドトールで読了。処女作に向かって作家は書き続けるとよく言われる。次は「陰の季節」だ。何となく「震度0」に雰囲気が似ている感じだ。正式に米国牛の輸入解禁になった。
2005.12.11(日)@37931
「ルパンの消息」を快読中。横山秀夫の処女作だ。
今日は非常に冷え込んでいる。案の定、夜半に初雪が降ったとテレビのニュースで知る。ネットでたまたまリーマンの投資サイトを見つけて面白かった。エロ・カネ・モノ・情報といった人間の欲望解放のメディア時空としてネットが存在するわけね。村上龍の言うように「投資は希望だ」みたいなね。反面、リスクをいかに低減回避するかもある種の希望への道のりであって。
2005.12.10(土)モバイル@37650
温暖な天気。気温も14℃。昨夜は会社の忘年会で久々にアルコールと鶏尽くし。若干残存効果で体調は隠微。気を取り直して。
この一年の様々な嫌なことを忘れて来年に臨む酩酊の儀式、忘年会。
せめて生活するのに必要最小限のお金があればいいだけのこと。なのに。マスコミの総ジャーナリズム状況が人心を煽る。便乗扇情主義。木村剛によれば投資するには生活防衛費として月額x24ヶ月の流動性のある預貯金を蓄積しろという。庶民派エコノミストである森永卓郎によれば3年分の資金を貯めて初めて投資できるとか言っている。負け組の気休め「年収300 万円」で莫大な印税を手にして今度は世の株投資ブームに便乗した「庶民株」という本を書いた。その中で負け組は年収100万円になるという。だから株投資をして儲けなさい、だって。
この森永某は世の中のトレンドに向けて貪欲に無節操に大多数の庶民(低所得で低知能な嫉妬深い羨望と愚劣の人群、今風には下流人間たち)にウケる作品を提供している。人気のホリエモンに肖ってゼニ儲けの美徳でもってカネを稼ぐに手段は選ばじ。根元的な欲望にダイレクトなメッセージがこの時代の特質となって久しいけれど。貧富の差の格差拡大の成れの果ては射幸なる幻想の過剰性に自己を見失って破滅する人間が澎湃と出現する不安定な時代になってゆくのだろうか。森永の書いた本は読者を食ったおふざけのような装丁になっているし「デイトレの功罪」にはあんまり言及していない。そこで毎日、ネット日記を閲覧するデイトレーダー株之助氏の本を見る。みずほ証券のチョンボの時、機を見てすかさず資金をフル投入し短時間に800万円の利益を出した。投資資金繰り入れの日銭800万円の威力とは。
2005.12.9(金)
忘年会も今日当たりがピークだろう。公務員の賞与も支給されて世の中的にも年の瀬に向けて何やらせわしない。
300億円の損失を出したみずほ証券の誤入力発注問題も詰まるところ東証のシステムの問題だと思う。前回のシステムダウンにしても突発的に問題発生して事態は拡大収拾不能に陥っているわけで。今後デフレ脱却のお墨付きがなされ株式への期待感が乗り遅れ便乗主義を煽って更なるマーケット殺到になるのは目に見えているじゃないかい。団塊ベビーブーマー達の巨額の退職金が株になるんだしね。年金足りなきゃ株やりなさいとあの森永の卓ちゃんも「庶民株」だってさ。全くこの男は世情に便乗するのがうまいね。小泉再選で恐慌になるなんていっていたのがとんだ景気回復かよ。負け組は年収300万円から100万円になるらしいけど、年収100万でどうやって株やるんだよ。卓ちゃんの印税にならないように立ち読んで捨てちまえ。それにしても株之助氏、今回のどさくさに紛れて800万程儲けちゃった。デイトレーディングの手法もこんなとき一攫千金なんだねぇ。機関投資のプロが市井のデイトレに負けちゃった。あーあ。300億円。
2005.12.8(木)
開戦記念日。トレーニングだ。
2005.12.7(水)
今週末から来週いっぱいまで「忘年会」シーズンたけなわだね。ジムでいい汗流すだけか。読書しましょう。
2005.12.6(火)
財形貯蓄。来年は積極的にやってみようかな。「誘拐」引き続いて読む。身代金目的の営利誘拐。最近の犯罪は「性欲暴発」の犯罪が多い。猥褻目的の連れ回し拉致・監禁などに犯罪目的がシフトしてきた。幼女を嗜虐に惨殺する事件が激増だろう。
2005.12.5(月)
ボーナスが出た。本田靖春作「誘拐」を読み進む。吉展ちゃん誘拐事件に取材したノンフィクションの最高傑作と言われる本作。どんな読了が待っているのか楽しみ。
2005.12.4(日)モバイル@東中野ドトール@36299
高村薫「新リア王」を目出度く読了。独白のディテール。権勢を振るった福澤榮の凋落。金庫番の逮捕自殺。一族の内部分裂。自民党政治。青森原子力行政。列島最北の開発利害。三世議員の時代創出。父と子。利害誘導の旧態依然な政治体質と新時代の分権構想。中央集権の官僚構造の疲弊とルネッサンスの勃興。組織の栄枯盛衰。選挙の社会科学。
しかし禅宗の宗門事情が仏教一般のポピュラリティでもトレンドでもないわけでかなり偏った感じは否めない。だって教団性と社会的時代的状況性に空疎な遊戯は否めない。創作世界の現実のこの偏狭的緻密さかよ。
1980年台に絞った状況設定に難はなかったか。ただ現実と虚構の交差は面白かった。福澤榮とその周辺のフィクショナルなファクターと実存人物の立体感はかなりの描写力が必須であった筈だ。作者高村薫の鉄高炉の描写や原子力発電の施設描写や銀行の金庫の描写や警察組織内や新聞社内部の描写や様々な詳細描写を得意とする創作手法は今回も生かされていたのかどうか。
告白体の文体構成は一人称的な平版性を醸すわけで本作の長広舌はややもすれば読者に煩瑣な苦痛を強いる結果にもなる。最終部で枝にぶら下がる赤犬の仔のシーンは唐突で必然性もないと思われ。
さて次なる読書快楽は「誘拐」を読むことだ。ノンフィクションの最高傑作だそうだ。事件に取材する作品であるから昨今の幼女殺害事件の連続性を考察するには最適かも。事件報道の陥穽にしても防犯的視座もさることながら対処療法のモグラ叩きの徒労感は否めずもっと抜本的根元的な療法良薬はないのだろうか。人心荒廃と性欲暴発の犯罪喚起なる誘因除去とは何か?それは多分、社会の前提条件に組み込まれたスキームにもあって構造欠陥の様相を呈しているわけで「最も悪い奴」を探し出して社会的に抹殺すれば事足りれりでは到底だめなわけで。犯罪者の人権は徹底排除。内面的規範性の確立と代償満足の社会装置化と累犯防止のシステムアップ。犯罪予備軍の撲滅推進。欲望謳歌のイメージ戦略から性の商品化を防ぐべきか?
2005.12.4(日)モバイル@36275
久方ぶりの降雨である。この雨が上がればまた一段と寒くなる。師走年末カウントダウンの時節柄、季節感を強くする。
テレ朝の「サンデープロジェクト」に出演した北側国交大臣曰く「買った側にも一定の責任は負って貰う」確かに「安物買いの銭失い」やった連中にも責任の一端は当然だ、ですか。つまり公金支援する上で一般常識の範囲内での規範性ってことか。よくゆーよ。公共性の利益を遵守させるべきは業界にであって騙されたマンション購入者ではないはずだ。だから利害相反しない当事者間とは立場の違う公的視点から行政してるわけ、なので国交省はきちんと行政監督してその発言かと反論されると思う。耐震構造ばっちりの高級マンションを買った連中(これも実は100%大丈夫と言えるかどうか)と少しでも安く少しでもローン軽くでもってマイホーム欲しいとデタラメマンション騙されて買った低所得な連中にも責任があるってことか。まさに踏んだり蹴ったり唾吐きかけられ小便引っかけられの散々じゃないかい。だったらマンションなんか買わないことね。見抜けないんだから。国交大臣は微妙な問題発言をした。今時、業界全部がグルになって偽装してるんだったらどうしょうもない。「何やってたんだ役所は!」ってことでしょ。「国交省はきちんとやっていました悪いのは今回問題の業者たちと民間検査機関でした」ですむわけないじゃないの。そこの追求も曖昧にしてはいけない。でないと多くの国民がマンション買わない家建てない都心に住まない、働かないってなっちゃう。問題のすり替えや組織防衛に汲々としていたんじゃこの世の中おかしくなっちゃう。まさに過剰反応を煽ってどうする。
それから耐震設計疑惑の責任の盥回しの結論的責任論の所在は「最も儲けた奴」が「一番責任が重い」となるのかどうか。「ナニワ金融道」の青木雄二は海水塩分を含んだ砂で作ったコンクリ・マンションの危険性を指摘していた。鉄筋間引きの耐震構造の問題だけでない「マンションの安全性」を総合的に現実実態に即して見直すことでデフレ脱却、経済の牽引力となる不動産建築の業界癒着構造の暗部に光を照らすことになるのではないか。市井に生きる庶民が人生で一番高価な買い物と言われる住まいを全生涯の労働対価を担保し購入する。その人生の夢とロマンが悪辣に収奪されていく。この構造的暴力をどう断ち切るか。
今日のサンプロの田原総一郎はイーホームズ社長に極秘インビューして彼の代弁的な言動だった。ファクトに知的距離感を持たない放屁な発言には驚いた。っていうか「問題だ問題だ」と口では言うが他人事なんだろうね。利益相反しないフリーな立場でいい放しの責任もフリーかよ。
2005.12.3(土)モバイル@若松町モス@36072
土曜日の午後6時半過ぎってファーストフーズショップは混み混みだ。夕食時ってことで。いつもは7時過ぎにやってきてリラックスできたのにさ。ボーナス商戦真っ只中商店街も年末カウントダウンの当たりくじなんかの企画告知も華々しく。そうかクリスマスだったよね。そう言えばモスも「クリスマス用チキン」を売り出していたのね。ケンタッキーこの界隈ないもんな。ケーキにチキン。キリスト教徒でもないのにケーキとチキン。神道拝まないのに新年参詣。本質形骸の表層的形式を自己目的化するこの国の大多数の国民。鰯の頭も信心から。よくゆーよ。
でもカレンダー的にいい感じじゃない。12/22に給料出て三連休の中にクリスマスなんだから。泥棒がこの時期稼ぎ時らしいけどね。ホテルも満員だよね。ルームサービスのシャンパンも品切れ続出だよ、多分。
そう言えば昨夜久々に仕事帰りに生ビールを飯田橋のラーメン屋で飲む。帰宅後「傘忘れた」とメール着信。今日、そのラーメン屋に傘を取りにいく。するとその傘に紙切れが貼ってあった。
メモには
「12/2 22:00 301 2名様 1人はいつもPCもってるお客様」と書いてあった。「いつもPCもってるお客様」は多分、僕賃のことだろう。
土日の午後はいつもこのラーメン店の向かいのウインドー越しにマックのパワーブックをいじくっているしたまにはここのラーメンを食べているからね。お店の方に僕賃は認知されていたわけね。
2005.12.3(土)モバイル@36052
会社の成人病検診の結果に一喜一憂。例えば糖代謝の数値が前回より上昇し憂鬱だ。基準値より若干低位とはいえこのままでは分水嶺を超えてしまう危険性に生活改善の糸口の模索をせねばと思う。プチ小市民で何が悪かろうに。
毎日、愛読閲覧している株式投資のブログが「休止」宣言かよ。日記風に自分の記録として書いていたころは日に30アクセスが今や株ブームで日に1万アクセス超しちゃって「当初の趣旨でなくなった」とかでブログ休止らしい。でもな、違うと思うよ。折角アフィリエイト埋め込んでるんだし「株価誘導」のリスクだってうまくやればいいじゃんか。自己管理としてネット日記を書き綴る行為の代償は自分へダイレクト返還だろうし孤独な自作のトレーディングルームでのつぶやきがネットを介することで豊饒なる時空への繋がりに変わるんだろうし。2年前に名古屋のタワーから札束をばらまいたデイトレ野郎の孤独な行動も後日談として「デイトレ辞めて稼いだ1億を元手に社会参画したい」みたいなあれかい。ナルシスなルポライター沢木耕太郎のベストセラー傑作の「深夜特急」マカオ篇でギャンブラーの極意が書かれていて面白かったけど、そこには「一日必要なカネだけ稼ぐ。あとは明日」という見切りこそがギャンブリングの達意だって。でも「空売り」信用取引で3倍稼ぐD/A氏の投機的手法は「ガイヤの夜明け」に顔面暈かしで出演しキャピタルゲインの税務対策で会社まで作った株ノ助氏よりもダイナミックで面白かったってライブドアブログでも人気あるサイトだったのは事実だよね。彼の「株で生活」のリアリティある報告は一攫千金の株亡者とは一線を画した下流志向の時代トレンドにマッチングした連中の昏い支持があった証左だろうし。記録公開の翻意を促したい。文章ユニークだったしな。
2005.12.1(木)
地下鉄東京メトロ・東西線の運転士が運転中に奇声を発して騒ぎになったというニュースに驚く。年の瀬に迫るほどに奇っ怪な事件やら出来事が起きるのだろうか。
2005.11.30(水)35396@
ボーナス支給前の査定結果を聞く。可もなく不可もなく。その評価から類推する自分自身の存在意義に限りなく透明に近いブルーな色彩感覚を感じる。内勤管理は可もなく不可もなくでいいんだよ。ルーティンでいっぱいいっぱいなんだし。
最近、株やってる人増えてるようね。「一月70万儲かりました」とか「三菱自販株買っときゃよかった」とか。真なる恒産は不労所得の自動増殖だから自動投資なんだね。マネーゲームの神経衰弱なんて有り得ないわけ。マネーゲームの落とし穴だね。
2005.11.29(火)
国会で耐震偽装問題の参考人招致が行われた。マンション買うのも勇気が要る時代になった。震度7くらいの地震発生で全て証拠隠滅だろうな。集合住宅の住民エゴはその密集性もからんでは凄い感じ。
2005.11.28(月)
民主党・西村議員逮捕。民主党は除籍処分。なのに議員辞職はせず。比例代表復活当選だから西村議員の政治生命は死に体になった。警察に出頭するときの西村議員の胸には議員バッチは外され拉致奪還のブルーリボンがついていた。名義貸しで荒稼ぎしていた。弁護士資格も剥奪か。
今日は月末処理で慌ただしかった。今週木曜日には師走に突入。時間は粛々と流れゆく。
昨夜、会社OBの年金生活者Aさんから電話があった。朝、7時に起きて9時にまた寝て昼頃起き出して散歩するそうな。そして夕方ごろアパートに帰って夜はテレビ観るのが仕事らしい。11時に就寝。つまり毎日が日曜日だ。退職金の一部を預け、毎月の年金を生活資金に充てる。自炊だけどおかずはコンビニや弁当屋で買う。今年68歳になったという。独身。この先、将来の生活不安は減ることなく積もる一方だ。家族が居ない。貯金が少ない。年金も少ない。趣味も友人も少ない。
2005.11.28(月)@35008
民主党・西村議員逮捕。民主党は除籍処分。なのに議員辞職はせず。比例代表復活当選だから西村議員の政治生命は死に体になった。警察に出頭するときの西村議員の胸には議員バッチは外され拉致奪還のブルーリボンがついていた。名義貸しで荒稼ぎしていた。弁護士資格も剥奪か。
今日は月末処理で慌ただしかった。今週木曜日には師走に突入。時間は粛々と流れゆく。
昨夜、会社OBの年金生活者Aさんから電話があった。朝、7時に起きて9時にまた寝て昼頃起き出して散歩するそうな。そして夕方ごろアパートに帰って夜はテレビ観るのが仕事らしい。11時に就寝。つまり毎日が日曜日だ。退職金の一部を預け、毎月の年金を生活資金に充てる。自炊だけどおかずはコンビニや弁当屋で買う。今年68歳になったという。独身。この先、将来の生活不安は減ることなく積もる一方だ。家族が居ない。貯金が少ない。年金も少ない。趣味も友人も少ない。
2005.11.27(日)モバイル@34736
快晴。温暖。最高。そういえば昨夜、SMAP香取慎吾の番組「smaSTATION-5」で三島由紀夫特集をやっていた。11時からの放映で「チャングム」を諦め、見る。今年2005年は20年前の1985年の時代状況に酷似していると謂われ始めている。その1985を遡って1970に何が起きたか。時代検証の難しさは現時点の同時代から如何にその時代への追体験を行うかであるしピンポイントな摘み食い企画に堕す危険性を如何にヘッジできるかだ。1970年がどんな時代状況であったかをもう少しやってくれてたら。そう思うと残念だ。いきなり市ヶ谷の自衛隊駐屯地のバルコニーで自決前の演説する三島由紀夫の映像を流してもわからんでしょうが。時代錯誤というかクーデターを呼びかけているわけでね。国会占拠して軍事クーデターを起こせと言ってるわけでね。その時代は今の腑抜け学生らとは違って政治意識の高い学生たちが運動やってた時代であって「憲法変えろ」なんてできなかった時代なわけ。そんな時代にやっちゃった意味をおしえてくれなきゃ。今、自民党が選挙で圧勝し党是の憲法改正を仕掛けた。その援護射撃をマスメディアがやり始めてやっと腹切り三島由紀夫も復権復活だみたいな時流読みでもって今回の企画だろう。
2005年。バブル待望の前夜祭的早とちりな祝祭ムードの昨今の世相的時流の浮き足だった表層性とは隔絶した本質的文化性と精神性のパーセプションギャップ。それは敗戦後の精神的空白と混濁を経済つまりは金儲けに狂奔することで放擲してきた日本の精神性や文化性の代償的犠牲を昭和の年号通りの年齢を生きた三島由紀夫は文壇に於いても世相時流に於いても告発し続けた。それは多分、最も時代を超えた三島独自のラディカル性にあると思う。「葉隠入門」にも明示されているけれども時代や社会の偽善性を突く本質というものを常に追求していた非凡な才能に明らかだ。夭折の美学で言えば美輪明宏の今の異形さは三島が生きていれば何とコメントしたかはとても興味があるけれども。最近はスピリテュアルな発言でオカルティテイストを濃厚にする美輪の独特な説得的語りで「三島由紀夫」を語る姿そのものに今の時代を感じる。「何かおかしい」とね。
随分前にTBSの「ニュース23」で東大全共闘と三島が学祭の折りに安田講堂で討論会をしたその映像が放映された。その討論会に参加した学生だった小阪修三(ユニークな現代思想ライター)が語っていたのが印象的で「三島を時代が追いかけてきた。三島の洞察が時代を超越していた」という趣旨であった。学生運動の興隆と衰退。時代のブームの無根拠な盛り上がりを冷徹に洞察し対論する姿は一貫性があったな、つまりは本質なラディカルな何かが。
番組では天皇・自衛隊・憲法そして政治などの三島的見解は封印されて曖昧で抽象的なテレビ局・民放の「三島なる言説」に終始した番組制作であったように思う。だから三島再読再評価に繋げればいいだけか。いいも悪いも問題提起の番組であればいいだけのことだ。
2005.11.26(土)モバイル34603@
祝日のある週は土曜出社。冬賞与支給額の回答。胸算用は精神衛生上低めに設定しておくといい。楽観を喚起しやすいから。予想に反して低ければその分、落胆する。人間心理の妙なる事象だよね。生起生起。一喜一憂させてその実をとる。小賢しい手練手管を労した結果のこの様か。
ネットのいいところはある程度、擬態でいられることだ。換金性やら経済性やら度外視した本来のインターネットという時空に於いては。そこへ通販業者らが商売という自己の利潤追求の為に参入して偉そうにと思う今日この頃。生業のプロは当然その投下した費用対効果の果実を傲慢に頬張る。糞食らえ。
さてアマゾン。業績あんましよくないみたいね。ピラニアでも売ったらいい。
今朝、出がけに見たテレビ。広島で起きた幼女殺害事件の犯人像をテレビのコメンテーター氏が「単独ではなくて二人乃至複数ではないか」と何を根拠に?か、語っていた。このお方を雇用する朝日新聞社は最近、ゴタゴタ続きなんだけどテレビ視聴者を睥睨するかの如き傲慢で「新聞書いてあれじゃないけども、新聞各紙を読み込んでこの事件に臨んでるんだけれども、大したことでもないことがクローズアップされちゃうわけでそれは気を付けないといけないんですが、今の時代、ネットで容易に人を集めることも可能なんで」というような趣旨でもって複数犯に言及していた。全くの憶測だよね。常軌を逸する事件が起きると無責任且つお気軽に、ネットのネガティブな側面に絡めて所与なる予見で言い放つよね。自分で事実を見つけもせず。一般視聴者と同じ情報リソースで喋るこの横着な傲慢さときたら。報道の安逸と傲慢が実は警察の情報統制を許し増長させてきた自縄自縛だってことが今後ますます露わになっていくであろう。
仕事終えてジムへ行く途中のブックオフで本田靖春「誘拐」を買う。ノンフィクションの最高傑作だという。学生時代、卒論の参考文献に「警察(サツ)回り」を読んで以来だね。「新リア王」をさっさと読み終えて師走の終末ムードのなかじっくり読みたい。そして実作の秀逸なるテキストになるのかどうか。
005.11.25(金)
花金。アマゾンはだめだね。
2005.11.24(木)
曜日感覚の麻痺。月曜日のような週末ムード。そして明日は給料日で花金。忘年会もそろそろか。
今日は仕事終えて食事後にコーヒーそして語らい。ジムに到着10時。30分ほどクイックトレーニング。原則毎日のトレーニングを敢行できた。刻苦精励。
今朝、会社の前で全国一般の組合員らがビラを配布していた。「再雇用問題」「冬賞与要求」「憲法改悪反対」と言った従来通り主張であった。労組員も所詮は一従業員であって自分たちの会社貢献不足や自分自身のキャリアアップ不足が主義主張の説得性を削ぎ落としている。健全野党的存在感を遺憾なく発揮してもらって会社サイドの権力の暴走をチェックしてもらいたい。何故なら雇用者側は自然に抑圧的な流れにしてしまう。対抗勢力がないと会社都合で運営されてしまう。チェックアンドバランスこそ涵養だ。
2005.11.23(水)モバイル@若松町モス
暖房が効き過ぎでパソコンのキーボードがネチョ付く。喫煙コーナーを窓越しに見ると、マニキュアを手入れする化粧の濃い女のあんぐりした口が見えた。禁煙ルームでは体臭隠しの濃厚オーデコロンの野郎が来た。チキンを頬張ってます。何が苦手ってこの臭い匂いが一番ダメだ。悪臭は息する度に呼吸器に侵入し嗅覚を攻撃する。死ね。翻って喫煙コーナー。友人再会かよ。マニキュア女と意気投合するタバコ女。はたまた、禁煙スペース。新人研修終えてか来春内定の男女かいきなり8人のヒーリング4対4。時折、フラッシュ&フラッシュ。時めきの新生活には刺激的な出会いがなきゃね。こんなファーストフードの店内でやんないでちょ。どうでもいいファミレスでやれって感じ。込み入ってくるとつらいからね。目の前には苦学生風女。医学書を広げてマーキング。女子医大の宿題はハード&ハード。今日はモス、バイトの佐藤嬢いない。韓国人バイトの彼もいない。曜日シフトが違うのかもね。寂しい。
ネット検索するとネット事典のウィペギアにヒットする。人名やらの固有名詞の場合に多いけど面白い。内容の正否は真偽のほどは不明だけれどいいじゃないの。既知の情報検索で意外な発見も多い。
2005.11.23(水)モバイル
勤労感謝の日。祝日は基本的に感謝が籠もるもんですな。祝うことは感謝しているのと同義だと思う。ご褒美としての祝祭。それは時間感覚をリアルにすることだ。勤労なる人々に感謝せよ。でも勤労って何だろう。勤勉労働の略字か。久々にアルコール摂取の翌日は倦怠感ありだ。しかも寝過ぎの頭痛。頸椎から脳髄へ警報到達かも。勤労。なんとも時代懸かった語感だこと。時代遅れな労働観を類推喚起。労働イコール苦行。労働を暗く惨めなボキャブラリーに貶めなくてもいいじゃない。でもさ、労働にも様々あるよね。三島由紀夫の「絹と明察」にも労働の質的差異性に依拠した労働主体の堕落というようなことが記されているよ。ヤクザはヤクザな風貌になるし米屋は米屋な風貌に魚屋は魚屋にそしてマクドなバイト嬢もマクドナルなガールになるのだ。ブルドックを飼うおばちゃんは何故かブルなおばちゃんだし、憑依する事象と主体。これは現象と本質の連関でもある。勤労なんて言わなくて労働感謝の日でいいのではないかい。納税感謝の日の方がもっとよいし、併せて公僕感謝の日も設ければいい。子供の日があるなら大人の日も作ろうよ。
2005.11.22(火)
暦の上では小雪。最近、冷え込みが厳しい。オフィスが電気節約で低温。なので風邪引き多くなってきた。夕方6時から債権回収の勉強会。営業マンに発破を掛けないとね。掛売の無くなる時代へ。信用取引の破綻。無借金無借入のハッピーエンド。なんかチマイ世界。
2005.11.21(月)
放射冷却で非常に冷え込む。11.23の祝日が楽しみ。
2005.11.20(日)モバイル33237@
多重債務者への入り口は「150万円」という結果が出たという法律事務所のアンケート結果。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051120-00000025-jij-soci
この転落ラインの見方は多種多様だ。
僕賃が社会人になったばかりの頃は平成バブリーな社会だった。奨学金返済総額98万円の借金が新生活にのしかかっていた。ラッキーだったのは無利子分割で年一回、8万円を冬の賞与から返済できたことだ。ただ今ほどに雇用形態も賃金体系も流動化しておらず年功序列の残滓でもって低賃金のスタートだったので思いっきり節約生活を余儀なくされたけれども。確かに仕送り貧乏学生の延長線であった。遡って大学に入って上京し一番最初にやることは丸井で電話の権利を分割ローン組むのが流行りだった。丸井は金銭感覚の鈍い扶養されてるんだけど独り立ちした錯覚の放蕩予備軍に巧みな融資攻勢をお得意のテレビ広告戦略でやっていた。何か欲しいモノや女の子にプレゼントするときなんか丸井で無理してローン組んで買う。年一回のバーゲンも凄くインパクト有ったし。でもローンは「モノを買う」から「カネを借りる」ようになったらおしまいと知人のイチカワさんに聞いて「なるほど」と思った。金借りる。つまり、カネがないから当座の資金繰りのメドが立たないからカネを借りるようになることが多重債務者の決定的条件になっているということ。丸井は過保護に育った扶養なる面々に「欲しいならローン組んで買っちゃえ」と「カネ無いなら貸してあげるよ、利子高いけどね」ってな具合に。そして最終的には親が肩代わりする。それが丸井の与信限度額のスキームだ。トリッパグレのないようにするカネ貸し商法。
今回の法律事務所による「転落ラインは150万」というアンケートの結果発表は自己破産の事務手続きで儲かる昨今の呆れた金銭感覚麻痺の実態調査というよりもマーケッティングの一環に思えてならない結果論が導かれる。「150万超えたら決定的に多重債務だから気を付けよう」ってことでサラ金含めた金融機関たちの与信管理の数値指標にされるわけね。何故なら借金累積の心理構造は149万なら大丈夫で151万ならアウトってわけでもなく、1円でも借金である以上、借金返済の輪廻的螺旋構造な精神心理分析からその処方は施されていくべきであって。学祭華やかなりし折り落選ホリエモンはリベンジでもって広島大学で起業家の薦めを学生に説いた。最後に「ダメなら自己破産すりゃいいだけ」と葉っぱをかけた。自己破産される方がアホだという勝ち組からのメッセージは今の世相を露骨に反映している。
2005.11.20(日)モバイル33225@
東京女子国際マラソンに釘付けとなった。マラソンの実況の時系列に沿ったドコモのCMの軽妙さをウザク思いつつも、解説の増田明美さんの語りがよかった。先頭グループに付けてモクモクと走っていた高橋尚子が坂道手前の35kmあたりからスパートを掛けて疾走し独走状態になったあたりから実況も俄に興奮状態、沸点へ。こちらもテレビ画面釘付けで声援を送った。彼女の栄光と挫折そして目前に迫った栄光の復活。ゴールにひた走る彼女の美しさに魅せられた。
増田さんが言う「彼女は周囲への感謝を力に変えられる感謝力があるんですよ」全く凄すぎる。優勝を決めてヒロインインタビューで彼女は目標に向かう大切さを語った。感謝を自分の成長と前進と向上の源に変える彼女の明るく力強い能動性に多くを学びたいなと実感する。
2005.11.19(土)モバイル33012@
快晴。冬気候。灯油を遂に買った。18リットルの涙、否灯油。1380円なり。ファンフィーターの石油タンクに注入してセッティングする際、石油が漏れた。オイオイ。フローリングにべったり油が染みこむ。バルブがうまく締まっていなかったようね。ドンマイドンマイ。
震度5で倒壊の恐れ。耐震設計を不正に行っていた建築士告発。事件が明るみに出てその張本人の弁明をテレビで見る。淡々と諦念した静かな語り口。自分だけがやっているわけじゃない。この業界の暗黙の了解事項だ。そんな内心の声を抑制しながら語っているように見えた。多分、発覚露見するまで営々とコスト削減のプレッシャーに負けて格安の設計図を書き続けながら何時しか露見しその精神的苦痛から解放される日々を欣求してきたかの如き晴れの弁明であったかどうか。昨今のプチバブルな株価高騰やら地価高騰への胎動やらを思うにつけ格安の対価・担保というものが実は致命的なものであるという罠。今流行りの生協の白石さんがいみじくも返答する「それは何かの罠です」というあれだ。
そう言えば鈴木宗男議員のネット・雑誌の語りを観たり読んだりしながらメディアの作る情報環境というものが実は非常に目的性を帯びた結果論を必然化させている。「週刊新潮」で外務省を告発し「週刊文春」で盟友元外交分析官佐藤優と対談。雑誌が事件を作り国民世論が喚起され司直が靡く社会状況の特質は装置化されるシステマライズされた自動生成にあってその時代的区切りを経なければ鳥瞰分析できない難解さをもっている。その理性的認識を得ることなくイメージは色濃く余韻を残す結果であるやっかいさ。つまりは後の祭りということだね。
さて、そろそろボーナスのシーズン到来。我が社でも労組が要求書を提出し回答待ちである。しかし控えめ過ぎる要求額だね。会社業績に配慮した正に飼い殺しの生殺しの抵抗力無き去勢のつまりは要求書改め願書の呈。パーセプションギャップを見込んだ徹底抗戦且つ挑戦状的な精神性と論理性は端から捨て去った現実肯定是認主義の覚書。数字を要求する前提としてその論拠が明示されなかればならないけれどもそんな数字ないからね。それから人事刷新もなく妥協怯懦な体質はいっかな改善されるわけもなく。タレントコメンテーターの都々逸テリーによれば「パートナーとは緊張と尊敬の相互関係」なんだそうだ。ブッシュの妾から愛人に昇格の小泉を諫める彼らしい正論であるけれども「せめて正妻になりなさい」って何時代の話かね?でもさ、従業員と雇用側の対立構造はパートナーなんてもんじゃないんでね。その位相連関は正に今川焼きで言っても対価に見合う全額回収しかないんだ。利益の内部留保の決定権を持たない被抑圧側の従業員は「経営」を知らないからこんな妥協前置きのポチ以下でしかないのさ。
2005.11.18(金)
快晴。シンディーローパー。80年代のロックの女王だった。
2005.11.17(木)
寒気団で冷え込み厳しい。石油買わなきゃ。気持ちよくやればいい。意外に陰湿陰険。対処不能。逃げるのみ。ラクダも逃げたし。
2005.11.16(水)
ブッシュ離日。首を捻って痛い。
2005.11.15(火)
紀宮様ご成婚。ブッシュ来日。
2005.11.14(月)
明日、ブッシュ来日。ウシウシ。
2005.11.13(日)31742@
ジムに向かう電車の中でiPodのイヤホンコードを思いっきり座席シートと体に挟んで引っ張ってしまった。右耳、音声不通。断線したようね。気を取り直して思いっきりトレーニング、いい汗発汗。さて銀座アップルストアへ直行だ。Boseのヘッドフォンいいなぁ。欲しいな。でも値段と大きさに難あり。幸い本体に異状なし。リモコン付きイヤフォンを税別4500円で買った。この際、新製品買おうかとか思ったけど別に音楽聞くだけだしリペアしたつもりでイヤフォン買った。さて買った商品持って二階に上がろうと階段入り口で職質かよ。おっさんガードマンが「お客様、商品はレジに持って行って下さい」だってさ。「これ買ったんだよ」と翳しながらムッとして言い返す。「申し訳ありませんでした」心の籠もらない言い訳を背にスタスタ階上へ向かった。二階は何やら半分工事中。パワーブックの展示台で買ったイヤホンを開梱して早速、繋げてみた。「全然いい」この音質。純正品で割高感ありだけど品質は担保できてる。東京事変を聴きながら店外へ颯爽と。
さて、「新リア王」難儀に読書中。私嫡の僧籍息子が語る「宗教」の難儀な描写には非常に苦労する。仏教語句やらの羅列に生煮え急拵えのやっつけ普請の粗野さと意味不明な作者噴飯の自負心発露のようなものを感じる。
まぁ読み終えてから再度全編を鳥瞰するか。でも読み終える自信がない。
2005.11.13(日)モバイル@31703@
快晴。温暖。町田の女子高生殺害事件の犯人の男子生徒の一方的な思いこみによる犯行動機が捜査当局の発表で明るみに出た。約30分間も部屋の中で包丁もって追い回したら相当な騒音であったと思う。近隣の無関心によって間接的に少女を死に追いやった可能性は極めて高い。勇気を持って覚悟を決めて110番する訓練も必要な時代だ。疎遠な団地の人間関係の空隙を突いた夕方の惨劇。被害者の女子高生は工業高校。一方で商業高校。そして普通科の公立高校。普通とそれ以外。隠微な差別意識。
町田女子高生殺人事件は愚弄された妄想的片思いの至純性が背信の過剰な反動の果ての惨劇。美少女の態度に逆上した真面目なワンゲル部員の凶行。「高校になって急に冷たくなった」と校庭中庭で家の鍵を略奪し彼女の部屋に押しかけてそれでも彼女の絶対的忌避の現実をこれたま絶対拒否し永遠の自己完結の恋愛を完結させるべく包丁で彼女の首や顔を切った。そして彼女の体までが本当に冷たくなった。本物の死体の彼女。人間は圧倒的現実から逃避逃走する本能すらあってゲームオーバーなのにゲームスタート、つまりこの終わりの始まりこそが残虐性の過剰性だ。でも、刺しまくったし斬りまくった残虐かつ、単純な事件。一方的片思いの決定的失恋の腹いせ。サイコパスの犯罪病理学の追加事例。あれほどの美少女だから愛憎の絶対値の反転攻勢でもって凄まじい落差の様相を呈する姿態結果。歯止め無き暴虐の無邪気な無慈悲。無計画の突発事件。「まさか殺そうとは思わなかった」でも「首から上を50数回も刺し刻んだ」殺意は事実。しかし未成年の一人殺しでは10年未満の仮出所どころか精神鑑定→責任能力無しというアールマイティーな被告側の論理攻勢の流れ。つまり真面目な少年が常軌を逸し、一方的思いこみで無計画に暴発、犯行に及んだ。なので無罪。この少年こそが一番の被害者だ!みたいな流れになるのかどうか。
2005.11.12(土)モバイル
今朝の朝刊「朝日」「毎日」両紙とも、一面に殺された女子高生の顔写真が掲載されていた。悲運にも殺された15歳の少女の人権よりも優先される報道特権行使の許容範囲とは。基本的人権にも関わる個人情報保護の法的趣旨はこんなメディアスクランブルの人権侵害を許容するほどにスキームがザルなのだろう。別に殺すほどのことでもなかったのに。校庭中庭で盗んだ鍵を使って少女の家に侵入し「ヨリモドシ」の焼け木杭に火がついて凶行へひとっ飛びだったのだろうか。今後、犯人の家族にも報道陣が詰めかけるだろう。殺した少女の返り血で血染めの制服をクリーニングに出して、学校から「制服で学校行けないからジャンパーで行ってもいい」って許可とった親の顔を激写するのかどうか。
快晴。今回の冬は石油高騰でげんなり。18リットルが1380円だそうだ。三割超の値上げだ。そろそろ冬の賞与が話題になる時期だ。竹中平蔵総務大臣に「抵抗勢力」と呼ばれた石政府税制調査会会長は「失礼な。私には守らねばならないものはない」とまで反論した。権力行使の最も身近なのが課税徴収権だから税金というリーマンで言えば天引きシステムの隠れ蓑で給与は差し引き残金なので明細の控除額をみて憤慨無気力種々雑多な感情は喚起されるにしても所詮は受け流し。
2005.11.11(金)31502@
町田の女子高生が自宅で殺された事件は深夜に元彼逮捕で新展開を見せた。近所や学校でも評判の美人で感じのよい彼女が何故50数カ所もの刺し傷の果て死に至らしめられたのか。16歳の犯人の供述でどれだけ事件の真相に迫れるか。犯行が行われた約1時間の間、近隣の誰も110番通報しなかった見殺しについては報道は振れもしていない。その反面、綾瀬コンクリート女子高生殺人事件の時と同じ被害者の顔写真その他洗いざらいが報道されていく一方、犯人の少年は少年法の庇護の元情報は法的に厳守保証される。彼女の携帯電話が数万円の料金支払い滞納で停止状態だった素行についても今風の有り体な女の子であって問題にもならない座標軸のズレなだけか。恋愛も命懸けね。くれぐれも犯行自供の被疑者の精神鑑定何ぞはやらぬよう。
仕事の帰りがけにジムへ。ラジオでテレビで平原綾香の特集番組。ヒットソングを最近、彼女がカバーした「from to 」がヒットしている。「翼をください」なんか懐かしすぎる。トレーニングしながら歌を聴く。
2005.11.10(木)
何やら初診料が来春より値上がりするそうな。橋本内閣の時の失敗をまた繰り返すのかも。今なら増税しても大企業は大丈夫だから、自分たちの圧力団体利害集団から突き上げられないだろうということか。政府系金融機関の次は「医師会」らしい。誰しも病気になって通院してそのサービスの劣悪さ料金体系の不条理に広く病院に対して不信感を募らせた体験をもっているのではないか?今度の厚生労働大臣は全くの未経験専門外の川崎二郎議員であるし役人の言いなりになるしかない?!杉村太蔵議員の専売特許になりつつある「ニート対策」にしても中高年のニート化という問題であって若年層の労働忌避とは大いに異なる先行世代の労働事情の劣悪化を射程に入れないととんでもない軽佻浮薄な政治的パフォーマンスに堕すだけだ。そんなこんなで今話題の「雇用延長」が熱
定年60歳で年休受給開始が65歳。この5年のギャップをどう埋めるかが本来の法の立法的な趣旨であってそれこそが法の精神である筈だ。しかし個別の企業に任せるとそれぞれ表層的な雇用問題へ矮小化される。トータルの人件費の枠内に抑制しその逆算でもって歪な世代間のパーセプションギャップを拡大させる結果論に収斂される危惧すらある。
2005.11.9(水)
快晴。連日、株式市場は活況を呈している。定率減税の全廃が07年に決定。
2005.11.8(火)
快晴。高村薫「新リア王」をブックオフで購入。上下二巻、3800円を2800円なり。読み応えのある入り組んだ文章。
2005.11.7(月)
立冬にして夏日。軍艦島に行ってみたい。廃墟ツアーってもんがあるじゃない。
「わすれないでぇ〜」って島が叫んでるという。
2005.11.6(日)モバイル30273@
久方ぶりのアルコールで睡眠を充分にとれた。ネット通販で注文したユニクロ製品が昼過ぎに到着。午前指定だったけどしょうがないよね。
しかしユニクロは良くやっている。送料無料は助かる。人混みに混じって無駄な時間を過ごしたくない。しかもクレジット決済不要の代引き料金もユニクロ持ちだから。佐川の兄ちゃんはもう少し礼儀が欲しかった。そんだけ。
早稲田駅内は学祭でごった返しだ。お祭りにしてはそんなに盛り上がっていない。見物するだけじゃ傍観者なだけで。参加し一体化するから祭りなのだ。日常の準備が非日常を祝祭化し個の生を集団の生へ昇華させる儀式セレモニーこそが祭りである。当事者でもない部外者がその日だけに集まって傍観し何を得るというのか。多少なりとも小銭を落とす集金システムの愚的具になっているだけろう。無為なる時空はここにも明らか。
今朝、毎日新聞に田中真紀子議員の投稿が記載されていた。書いてる内容はその通りだろう。弱者の側に立ってその上前をはねてきた田中的自民党政治というものがあって大多数は明白な弱者という社会構図は今後の変わらない。少数の利権を追求するために大多数を操縦する手練手管こそが権力行使の妙味であって、そこに時代のヒーロー人気者、国民の代弁者気取りの独裁者が現れた。全く連立のお零れも微々たるもんかな。大した機関決定もなく連立補完政権、ここに極まれり。
2005.11.5(土)
土曜日出社。健康診断でバリウムを飲む。勤務意欲は限りなく透明に近いゼロであった。その後、気分転換にジム。人間、常に鍛錬は必要だ。鍛錬自体に快楽を求めたい。行為そのものに甘美な体験を感じたい。
北の天地で教鞭をとる社会派の友人と学祭ムードの早稲田メルシーで乾杯し駅前フォレスタでしばし歓談。「法の精神」「物語論」などの興味深いテーマで久々のアルコールも手伝ってなかなか気持ちよかった。
帰宅し「スイングガール」をテレビで観る。田舎の女子高生たちがジャズの楽しさ音楽の素晴らしさを体感ライブするコメディタッチな青春活劇。実際に撮影に準備して4ヶ月間楽器演奏の合宿を敢行したという。高校時代は吹奏楽部でテナーサックスを吹いていたので非常にそこらへんの感覚が蘇って胸キュンであった。我がジュブナイルを感興し感情移入できた。
2005.11.4(金)29826@
バリウム前夜。口になーんにも入れてないので喉が渇いてきた。健康診断のバリウムとレントゲンは何か体に良くないし検査の成果は本当にあるのかなと思う。特にレントゲンは最近、法的に健康診断で義務づけることに疑義が湧き起こっている。「体に有害なのに本当に意味があるのか?」という率直な疑問だ。
会社近隣の公道に大型診察車が横付けにされ場所が塞がれるので事前に警察に道路許可証何ぞを申請する手間が要らなくなるよね。バリウムとレントゲンの施設なんだからね。大変な業界だし抵抗勢力は大反対するだろう。法的根拠で利権擁護が盤石なんだから。医療改革もこんな身近なところでやらないとね。これから益々予防医学に予算配分されてくるだろうから有害且つ無意味なことはやめよーよ。
2005.11.3(木)モバイル29473@
文化の日は国民祝日である。この日には文化勲章を天皇から授与する国家儀式がある。日本国憲法の第一条は天皇について記述されているけれども、今後の憲法改定論争に於いて日本国の文化的支柱たる天皇をシンボライズしていくこともなく暗黙のネイションエモーションの自然帰趨に放置した政治的恣意性に委ねられるだろう。この日本列島を被う空気のような存在として時には雨雲になり台風にもなる時代の空気として天皇制は厳然と存在している。哲学者久野収は生前に「ナショナリズムとは環境概念でありその所与性において母国語を話すネイティブの如きナチュラルであり、その情念へ論理的理性的批判を加えても大した影響を与えられない」というような趣旨を語った。日本人としてこの日本に生まれた地縁血縁の感情に相対する価値創造とは何か?
今回の組閣人事の目玉は官房長官安倍晋三と外務大臣麻生太郎だ。それぞれに世襲議員にして祖父が総理大臣であった。岸信介と吉田茂。ともに米国に相対し吉田は日米安保条約締結そして岸はその改定を行った。岸信介は戦中に満州国という日本版ニューディール政策のような国家建設のインフラ整備を行った官吏であったし吉田茂は米国の再軍備要求に対して「憲法九条」を盾に梃子でも軍産複合体の胎動をこの日本に許さず経済政策を傾斜生産性の効率アップにかけた。戦前戦中戦後と日中・太平洋戦争を挟んでこれら歴史的人物たちは今の日本の政治そして文化にどれほどの影響を与えたのだろうか。そしてこれから彼らの孫達が新たなるアジア志向へ傾斜するのかどうか?しかしマスコミ受けする安倍官房長官は「小泉靖国参拝」で揺らいだ言説をとっている。それは安倍の私見と官房長官の公式見解とを一体化できない安倍自身の政治的未熟さに端を発しているようだ。そうなると予定調和な言説に終始しなければ職務遂行のできない官房長官としての安倍晋三は彼本来のボンボン振りが発揮できないという不自由極まりないジレンマに墜ちる。
一方、外相の麻生太郎。今朝の毎日にインタビュー記事によれば「国家的経営」が巧みと自画自賛している。それじゃ我々国民はあんたの会社の社員なのか?と言い返したくなるほど今のリーマンは会社に対し被害者妄想を持つ社会意識の蔓延を全く理解できていないこれまたボンボンの発想だ。中国韓国の反発する父親の経営した麻生炭坑の戦前戦中の悪辣な徴用問題を聞かれて「日韓条約で解決済み」とさらり。やはりボンボンだ。会社経営と国家運営を一緒にされたんじゃたまらんと思うのは沢山いるだろう。同族企業を事業継承し社員を国民に置き換え国家経営を行うという発想の呆れた傲慢主義に誰もがクビをかしげる。ただ、ポスト小泉の自民党総裁選には推薦20名の数の壁を越えられないという現実をどう突き崩すか。総理大臣も世襲で決まったんでは民主国家と言えるかどうか。
2005.11.2(水)29424@
放射冷却で朝は冷え込むし夜も寒い。
2005.11.1(火)
東証システムダウン。でも1時半過ぎには復旧。よかったよかった。昨日の組閣人事に対してその腹いせで外国のハッカーが悪さをしたのかと思った。
2005.10.31(月)
大惨事(第三次)小泉内閣発足。サプライズ人事は期待はずれ。小泉任期と同じで後一年。しかし憶測もいいとこだったよね。誰が奥田外相誕生?などと面白おかしく言い出したのやら。片山さつき財務大臣誕生?ってのは出てこなかったけど、それじゃ杉村太蔵厚生労働大臣誕生!とか、なかったわけ?サプライズなんだったらさ。今回、おやっと思ったのは党三役の中川秀直政調会長だね。あとやっぱりは安倍官房長官だね。内閣のスポークスマンに韓国中国から敵視されているこの人物がなったってことね。安倍官房長官頑張れ。幹事長時代の失敗を乗り越えよ。上っ面の国民人気など気にせず偉大な祖父のDNAを継承し日本をどんどんいい国にしてくれ。そして毎年8.15に靖国公式参拝してくれ。
2005.10.30(日)モバイル28349@
日曜の朝ぼらけ。午前中は大概、テレビは「政治番組」になっている。
午後は競馬(今日は天皇賞)やゴルフ(今週は宮里兄妹!)が定番かい。
今朝のテレ朝「サンデープロジェクト」は自民党憲法草案を議題に各党の憲法論議のキーマンが生出演していた。社民党は久々に辻元清美議員。社民党にしても共産党にしても「憲法改正」問題は彼らの生業のコア部分なので護憲的立場の堅持をひたすらなわけね。国際貢献に於ける自衛軍ってもんが九条的エッセンスをぶちこわしにする云々。戦争反対戦争反対。この世の中何時の世も自衛のための武力行使が戦争だった。自分たちの仕掛ける軍事行動を「侵略戦争」なんて何処の国も言ったことはなく大虐殺の大殺戮ってもんが戦争の実相なわけで「自衛も侵略」も国家による武力行使の一貫性でもって排除するというのが九条の普遍的価値なんだ。その理想を断じて守ってこそ平和を翳す資格のある政党ではないかい。自衛のためなら軍隊使って武力行使していいのだと憲法に明記するとどんな派生的拡大解釈が生まれるかは第2項が在るにもかかわらずこれまでの統治権力は対米追随路線堅持でなし崩しを行ってきたわけ。自衛も他衛も一切の武力を排除せよ。それから軍部の独走を如何にバインド掛けるか。我が国に軍産複合体の胎動を了解しついには国家を乗っ取って自己増殖の肥大化に向かって爆走する地獄を憲法的に容認する事態に陥ってからでは遅すぎるのだ。取り返しはきかない。
さすがに自民党案でも第2項を「修正」することで戦争放棄の実質的歯止めを剥がす姑息な民主と公明に配慮した建設的対話維持を狙った。改憲論議の機運の高まりのベースに流れるのは対米追随路線なんであってその流れに身を委ねながら「国家としての自立」を宣っても説得力はない。自衛隊を自衛軍。そこで「軍隊」とは何か。それは「軍隊は国家のために殺しそして死ぬ覚悟をもった武人としての高貴ある存在」であることを強調しジャパニーズシビリアンコントロールの改革まで踏み込めるのかどうか。主権在民の国民の側からあの憲法試案が出てきてもいいと思う。しかし自分で考えるにしても何かと困難性をもつ。それは国会承認しても国民の過半数が否認すればいいだけのこと。平和ボケだのアンポンタンだの国民を愚弄する言論人の言動とは一線を画した国民の常識が九条を守れとやってくれるかどうか。今は国会の衆参67%超を目指して国会議論を起こしている自民党もさて国会通過した改正案が国民投票で否決の憂き目を見る可能性は甚だ高い。
2005.10.29(土)モバイル@若松町モス28151@
土曜の夜のモスバーガー。喫煙コーナーに若い女の子が続々入ってゆく。彼女らも一服の至福に屈服なのだろう。どの子もセクシーアンドファンキーそしてスモーキー!中毒の怖さは性無分別。当然、年齢も無関係。人体に有害であるだけのこと。タバコの未成年者禁止を徹底させる名目で「タバコカード」なるICカードの導入が2008年度より実施される見通しである。自動販売機の規制強化。実は業者がうまく商売できるようにできているね。自販業界にしてもICカード製造業界にしても商機拡大の絶好のチャンス。カードには顔写真必須。この不特定多数の登録制は国民の健康維持増進の名目とは別に管理国家の電脳化によるシステム強化に直結しているのね。なんとも外形的にはこの国は国家総動員的な翼賛態勢に国民が網の目の中に組み込まれてゆく。監視カメラにしても防犯以上にその目的性に権力の恣意性の拡大行使への規制緩和があるように思えてならない。権力の恣意性肥大と業者の利潤拡大。未成年者だけ規制してもしょうがないと思うけどね。タバコの有害性は年齢性別関係ない。害毒から逃れるには一切吸ってはいけない。それだけだ。それが公共に福祉だ。火事の原因の第二位はタバコ。火事が激減するでしょ。タバコを撲滅すれば。一人でも多くのニコチン中毒者を減らすことが社会にとってどれほど有益かをもっと議論しようよ。ICカード導入したって抜本的な問題解決にはならない。
折しも自民党が憲法草案を発表した。これからしっかり熟読分析していこうと思うけれども、今回の草案で注目したいのは「政教分離の緩和」という点ね。「社会的儀礼の範囲内」であれば公務として権力が宗教行為をしてもいいという。これは誠に問題だろう。この「社会的」という漠然とした抽象性に言語的問題性ありだ。これでは内閣総理大臣の靖国参拝を憲法的に規定したようなもんじゃないの。猛反発してもらわんとね連立少数派与党の方々には。これもいいですよ。もっといいですよじゃどーにもこーにも、だ。
2005.10.29(土)モバイル28134@
曇天。今週末は天候はよくないらしい。降雨のたびに気温も低下してゆく。晩秋から初冬へ。季節の移り変わりを体感しつつ沈思黙考...。
さて、週末の終末感を楽しむ。
ジムで汗を流して早稲田メルシーへ。注文した「ラーダイ」を待つ間、店の壁にチラシを発見。最近、TBS放逐の憶測強まる筑紫哲也が自民党と民主党それぞれ3名の女性議員らと討論会を早稲田大隈講堂で行うらしい。協賛企業にアパグループの名前もあった。あのヘンテコ帽子を被る女社長は早稲田の院生だったっけ。そのうち会社も院政だろうけれども。討論者は片山さつきに佐藤ゆかりとか。そう言えば学祭シーズンだしな。あんまし学生主催って感じでもないか。11/5(日)の午後2時から5時までやるみたい。多分、筑紫の番組でもやるね。楽天に買収される以前に自分から辞めるのかどうか。やはり70歳過ぎて自分で王国作っちゃったから引き際が醜悪になっていく。辞めたとしてこういった討論会の司会やら講演会のようなことで銭を稼ぐのかわからんが。もう筑紫哲也は賞味期限過ぎたよね。次は田原総一郎だろうね。やっぱり老害には違いないから刷新したほうがいい。
さてプロ野球と放送局。共にマスを商売にした公共財的存在に新興勢力がその既得権益に入り込もうとする昨今の買収劇で振るいに掛けられる守旧派の総力戦の様相を呈してきた。今後の展開が楽しみ。
「おじさんは山へ金儲けに」(村上龍の絵本・幻冬舎文庫)をさらっと読む。副題に「時として、投資は希望を生む」とあって今、本当に「投資」の概念を正確に知識として生ける知恵として習得する必要性は高まるばかりだ。自民圧勝で終わった総選挙直後から株式市場は活況を呈して株価上昇はワンランク上がった。最近の報道では株売買に於いて個人投資家の比率は25%超だという。つまりデイトレーダーが雲霞の如く群がっていてそこに外資が日本買いの流れでもって入り込んでいるわけだ。デイトレと外資の機関投資家に支えられる株式市場の健全性なんてそもそもあるのかどうか。でも外資の何処が悪いのか。放送局が外資に支配されて何がいけないのか。一部の既得権益に安住する人間達の論拠でしかないようにも思う。彼らは今まで散々に公共財を私物化し暴利を貪って来た連中と言い換えたら言い過ぎかどうか。公的概念。公的思想性。公共の福祉。どれもこれもこれら「公的」なる代物は曖昧で抽象的であってその定義や前提はいつもパーセプションギャップの深淵に墜ちてしまう。公人や経済的強者そして知識人らの私利私欲は彼らの達成的外形性獲得に至るまでの時間的経過に自己矛盾の形態性でもって内包包摂されており彼らの自己投資の労力とリターンのよすがに欲望の相克性を有する以上は自縄自縛な倫理性を終ぞ脱却できないわけね。
そこで「葉隠入門」(三島由紀夫著)に繋がってゆく。三島自身の座右の一書である「葉隠」は実に行動哲学にして実践哲学なんだそうだ。そして「恋愛哲学」でもあるという。久々に読書の啓蒙性に感動だね。
2005.10.28(金)28102@
政府系金融機関の統廃合問題が急浮上している。我らが駆け込み寺の商工中金も廃止か民営化のどちらかのようね。絶対多数を擁する小泉総理も省益翳す言い訳担当大臣らを「抵抗勢力」とまで言い切って行政改革の先鞭を振り回している。しかしその経済効果はどうだろう。「晴れの日に傘を勧め、雨の日に傘を取り上げる」今まで通りの民間銀行の融資態度は今後もさほど変わるはずもなく、今は各行ともに融資攻勢に転じているのだが増税ラッシュで結局は大多数の弱小企業とそこに従事するはっきり言って負け組の生活不安を扇情する。その思惑で地銀各行の株価上昇に弾みがついているのは昨今の株式市場に如実に露見している。これが勝ち組を肥えさせ負け組を痩せ乾される小泉改革の実情なんだろうね。
2005.10.27(木)
めっきり冷え込んできた。今日は快晴。日本シリーズは阪神4連敗でいいとこなかった。それで野球評論家の大方の予想は阪神日本一だったけど大外れだよな。もし村上ファンドの提案どおり阪神が上場したらばこんな当たりもしない予想屋らをどう遇するのかしら。ロッテ優勝でてっきり韓国のヨン様がマウンドとかに出現するわけない。サプライズとか流行っている。一国の閣僚選びに総理大臣の恣意性が大いに入り込んでいるのは至急調査を要する。
2005.10.26(水)
貧富の格差は拡大中。
2005.10.25(火)
今日はジムお休み。また明日からジム通いだ。そう言えば給料日。勝ち組とかって結局はスコアーによるところの相対的評価基準でしかないよね。儲かりゃ勝ちで損すりゃ負け。価値観の多様性を云々する時代にしては分かりやすい。誰よりも多く所有すること。利潤追求の健全な展開
2005.10.24(月)
朝晩の寒暖の差で体調を崩す人多し。鼻風邪のようね。日々精進に励行せり。
ジムに行く前に軽く食事をしてから読書にドトールコーヒー。「笹まくら」も終盤だ。なぜ主人公浜田は徴兵忌避の逃亡旅に出たのか?
2005.10.23(日)モバイル26585@
快晴。青天井の空。朝、「マル激トークオンデマンド」を視聴した。今回のゲストは選挙後めっきりメディアに出番が無くなった亀井静香衆議院議員。絵心豊富なこの代議士、新宿四谷にアトリエを持っている。地元広島県北・庄原には亀井御殿が聳える。金脈金権の自民党の中でも随一の資金力を謳歌し業界調整の雄であった。亀井のような派閥領袖の経歴は自民党内でも無頼に属した一匹狼であったから警察官僚を辞してその退職金350万円を元手に立候補当選の苦労は二世三世の同族権益継承議員や秘書上がりの暖簾分け議員らとは隔絶した上昇志向の野心もあって亀井が全国的に知名度を上げたのが某教団糾弾キャンペーンであった。その政治的エネルギーは自さ社連立政権樹立でピークを迎える。しかしサリンオウムに大震災。国難は連続多発。今頃、小泉独裁に反対する前、つまり亀井絶頂期に実はこの国は沈んでいたのであって。アンチ小泉として抵抗勢力の矢面に立って頑張ったけど自民党離党し国民新党結成。政界再編のキーパーソンとして政局浮上のチャンスは小泉辞任までお預け。この待望のポスト小泉は「小泉さんの猿まね」による政界混乱で応仁の乱になっちゃう。多分そのころには田中康夫が国政に打って出るのではないか。今回の丸激は亀井静香の宣伝番組に堕した。この政治家の功罪こそが日本の政治状況を精査する一つの指標になると思う。トーク番組のこの受け身的な取材スタイルは話を伺うという姿勢から相手の言い分をドンドン垂れ流す結果になってしまう。聞きにくいことなどはじめからゼロなんだってことだね。言いたい放題。ただ、事態の反面照射には活用できる。小泉政権の政争の具にされた敗残の亀井の本音は実に的を得た言説も多かった。さて吹っ切れた亀井の今後の政治活動にメディアの脚光はないだろう。こうして因果応報の裁可は下ったのか。
2005.10.22(土)モバイル@若松町モス
日本シリーズやってる最中だから店内ガラガラのモスバーガーショップ。今日もバイト佐藤がテキパキ接客してる。韓国人リュウくんもいるね。
さてフライデーと新潮。戦時中治安維持法下の組織活動がどれほど困難であったかは当事者の歴史証言を精査しないと浮き彫りにできないだろうし、暗黒な時勢に対処するには様々な文脈を読み取るべきであってこの平成アンポンタン平和ボケなこの国の同時代空気を満喫し言論の自由を謳歌する人権蹂躙メディアが何を偉そうにとなってくるのも自明であって。戦後変貌し発展拡大した民衆に根ざした大衆運動が今や与党の一角に組入っり政権中枢に入ったと言う事実を冷静に分析してもよかろうと思う。ただ過剰反応の反動でもって言語道断の捏造かどうかのまえに誠実に慎重に事実を判定しないことには内向き言論の限界性は打破できないと思う。でもやんないだろうね。組織が混乱する議論や求心力を散逸させる争点提起は絶対にやらない。何故なら無意味且つ有害だから。高度に官僚システムの意志は「面倒なこと」や「分かり切った結論」の場合は組織効率を低下させるわけで絶対に上意下達の徹底性が貫かれるだけのことだ。「どうせデタラメなフライデーでしょ」でおしゅまい。でもそれでは言論戦とは言えない。売られた喧嘩は正々堂々と言論で反攻勢しなきゃ。
それから最大野党の新代表の夫人の学歴を問題視しているけれどもおかしな話だね。もし問題だというなら絶対的に人権蹂躙という他はないしそんなこと前原代表には分かり切ったことであってアレルギーがアレルギーを呼び寄せるキャンペーン効果はこれまた民意に依拠した大衆社会化状況の典型事例になるのかどうか。
逆に言えば自公連立も連立が時効になるのもそう遠くはないし、選挙が終われば亀ちゃんと同じように扱ってもいいわけで、次の参院選挙の結果次第で大きく政局は動きそうね、そして党内力学通りにニュー世代になったらば第三極へ向かって動きだし民公連立もあるかもよ。だって独裁者は後継作れないから独裁者なんだしポスト小泉が竹中にしても安倍ちゃんにしてもインパクトはないじゃない。小泉劇場が幕を下ろせば応仁の乱のような政局になるんじゃないの。多分それが落ち着いた頃にはホリエモンが国会議員になってると思うよ。広島カープもライブドアカープになってるかもね。
2005.10.22(土)モバイル26370@
不快指数は高まる。米国牛輸入解禁間近で商機高まる吉野家の自動扉が開かず入店できなかった。なのでらぁめん屋へ。女子高生3人組がどやどや入ってきて「太麺!」なんて頼んで「あら細麺じゃないのぉ〜」と他の子にからかわれるお茶目さ。もう一人女が入ってきてケイタイでメールなんかをチェックしてる。まるで邪悪な宗教。直向きに一心不乱。でも若鮎な喧噪よりもアンニュイでアナーキーさを漂わす彼女に興味津々な僕賃。でもメールには「いま、飛龍らぁめんにいるんだけどガキ、ウルサイしみたいなぁー。となりのおっさんうざいしぃー」みたく。共謀罪法案提出見送りでよかったね。
さてこのらぁめん屋は韓国人女が店の入り口で接客してるけど折角店に入った客が食べずにすぐ出て行く。何故だろう。
今日からプロ野球日本シリーズ。どっちが勝っても気にしない。
2005.10.21(金)2
めっきり冷え込んできた。アップルの新製品はインテルMac直前最後のマイナーチェンジ。インテルMac登場でフルモデルチェンジは間違いないだろうし旧態依然の外観筐体も画期的なデザインチェンジになるだろう。そしてG5さようーなら。クロックは3GBそして4GBへ。ソフトハード一体のアップルこそがクロックに見合うアプリケーションパフォーマンスを実現できるのかどうか。PowerBookは熱と電源だけど。はやくアルミは終わって頂戴。
2005.10.20(木)
今日アップルが新製品発表。
2005.10.19(水)
地震。都内は震度3だった。「笹まくら」丸谷才一著を試しに買った。傑作らしいからしっかり読み込んでみたい。「女ざかり」「たった一人の反乱」「裏声で歌え君が代」「輝く日の宮」なんかを読んだ。旧仮名遣いとか文体に凝っていて面白い。
2005.10.18(火)
どうやら「共謀罪」は今国会では取り下げになったと今朝の毎日新聞朝刊に報じられていた。よかった。法務官僚の暴走を何とか阻止した。厳格な条文規定の無い執行側の恣意性の付け入る隙だらけのザル法は一切許しては為らない。
小林秀雄「考えるヒント」でヒットラーの「我が闘争」について書かれた部分に深い感銘を覚えた。大衆は軽蔑されたがっている。支配されたがっている。そこにヒットラーは付け入った。独裁的カリスマ支配の典型的類型化だ。議論が大嫌いな驚くべき健忘症なる大衆やら民衆やら庶民やら。
2005.10.17(月)
今回の靖国神社を参拝した小泉首相の宗教行為なのか政治行為なのかの判別は最高裁で最終決着となるのかどうか。神社側にしても心底靖国にお参りしてる人々にとっても「姑息」な参拝であったのだろう。政治の宗教利用であって小泉総理大臣の心の問題に帰着するにしても政治家は結果責任を果たさないといけない以上はこれからの中国・韓国に対する外交問題の収拾は任期中は不可能になったと識者はテレビでコメントしていた。選挙で圧勝し自分の信念の全面的な白紙委任状態を勝ち取ったと錯覚したにしても自分の信念を貫くのだろうと思っていた。なので今日の靖国参拝は必ず成功裏におさめたい。首相はヒトラーに学ぶところ大だと思われる。
2005.10.16(日)24869@
日垣隆「それは違う」を目出度く読了。週刊金曜日に連載され単行本として発売された「買ってはいけない」を批判した「買ってはいけないを買ってはいけない」で展開される筆者の批判は面白い。でも罪なのは週刊金曜日だよね。自分たちが展開する「批判」を批判されたら異常な過敏性を発揮するあたり、「赤旗」と類似だとの指摘には何か共通の問題性があるようだ。それは何か?「対論の場」を拒絶する言論機関の狭隘なる時空とは何ぞや。自説を巡る相対化を自分たちで設定できない傲慢なる組織求心性の無謬のシステムがあるのだね。「啓蒙主義」の陥穽かも。組織内外の区別で議論でもって止揚発展ということが金輪際ないという組織の内実は非常に社会的に問題をもっているのは明々白々な現象を露呈させているのであって。怖い怖い。
さて企業の事業継承って結構、面白い問題だ。つまりベンチャー企業が創業者の偉業を持続性をもって発展進歩させるにはその継承問題を避けて通れない。ホリエモンの後継者って誰?三木谷の後継者って誰?企業文化の求心性は分かり易く言えば教団に通底する。教祖たる教団トップが企業トップであるオーナーであったりさ、社長であったりするのだが、社員からその社長はあらゆる収奪が可能になるのは経済活動の本来的な部分であって。労働は宗教。宗教は労働。それは生き甲斐なんだって。それは人生の目標なんだって。有休欲しがる爺さんは家帰って寝ろ。あんたらに日の当たる縁側はない。余生をエンジョイしたけりゃ少しは働け。
「買ってはいけない」は日垣が指摘するように消費者の潜在的な食品への猜疑心を刺激した。地震や災害時に流言飛語が飛び交ってとんでもない事態を招来する社会心理の病理に根ざした問題である。そして科学用語つまりテクニカルタームなる専門家の言語がマスコミの伝播でもって一般化浸透することで派生的な問題も提起している。悪しき文献の引用援用に対して日垣のように徹底的にやってくれる時間も労力も尽力して誠実に反証する奇特なライターの費用対効果は如何せんでしょ。最近でもアガルスクの効能にお墨付きの太鼓判を押した学者がいて問題になったけれども。そんな腐れ専門家を活用する人々がこれからも増えてゆきこの社会に復讐報復で憂さ晴らしという代行ビジネスが繁盛する御時世になってきた。
夕方地震がおさまり余震危惧の最中、買収問題で激震中のTBS「報道特集」を観た。悪徳探偵によるネット裏稼業の必殺仕置き人なるサイト運営者の蔓延る昨今の社会意識ってものをえぐる内容だったかどうか。
男に貢いで騙され捨てられた女が復讐を決意。そしてネットで「復讐代行」を依頼する。これなんか「共謀罪」でサイト丸ごと逮捕できちゃうよね。請け負った段階でね。殺人依頼を請け負った時点で即逮捕だよ。共謀罪、万歳。ネット万歳。そうなると一斉にネット警察が蔓延っちゃうよね。「ゴッドファーザー」で娘を強姦された父親がマフィアに「裁きを」と縋る場面があるけど、そんなプロに頼まなくてもネット検索でいくらでも復讐代行業者が見つけられる御時世になってる。ただ、実際にそんな依頼を請け負うわけなくて「翻意を促し適法内で処理」するそうだが。捨てた男には探偵社から極上のスティンガーが送り込まれるとか。そして数十万円払った依頼者の女は「ざまーみろ」ってすっきりしちゃう。不倫がこじれるとこんな代行屋に仕組まれる抑止効果ってあるのかな。モテモテ連中は気を付けましょう。犯罪抑止の民間業者か。警察もこんな防犯且つ未然の組織でも作った方が実入りはいいかもね。
2005.10.16(日)モバイル@飯田橋24849
梅雨のような不快な天気。朝、「サンプロ」を観る。楽天・三木谷社長が生出演。自分たちの商売をもっと大きくしたい。そのためにはテレビの持つ美味しいところを頬張りたい。企業買収の一環であるから侵略される側としては総力上げて死力を尽くして防衛することになる。旧態依然の守旧派の既得権益に切り込む維新革新な新興勢力な自分たち。この日本を変えたいそう語った。ほんとかいな。家族会議で意志決定ってももなんか違和感あったけども。夕刊タブロイドが書き立てていた「絶頂面」ってあるよね。この社長、伊藤忠の丹羽会長に感情的に言い返していたけどメディア受けしない。
競合他社の不幸を自分たちにメシの種にして今朝も視聴率を稼ぐメディア。資本主義ってそんなもの。プロ野球ってそんなに面白いのかな。テレビ番組ってそんなに意義深いものを作ってきたのかな。今国会で審議中の「共謀罪」とかもっとまともに取り上げて欲しい。
読売新聞は「共謀罪」の法案成立をのぞんでいるみたい。
2005.10.15(土)
秋雨前線かよ。
2005.10.14(金)
投資ファンドにお金預けたい。
2005.10.13(木)24250@
今話題のヨドバシカメラアキバ館へ行った。時あたかもアップルが新商品の発表。1階のフロアはアップルでiPodとか格好良かった。ネット通販生活だから新鮮だね。商品に直に触れてみる。また来よう。さて今度はTBSだってさ。楽天がベイスターズもオーナーになっちゃうのかしら。わからん。企業買収の専門家があーでもないこーでもないと当たるとは限らない予想を言い出したね。個人情報を流出させた楽天も報道被害で何回も謝罪してきたTBSもどーなっちゃうのかな。三木谷がTBSとの業務提携を果たしたらばまずは筑紫哲也を更迭してほしい。ひとりの人間が番組をもって長年仕切っちゃうとある種の偏向が起きる。筑紫の番組はつまらない。だからニュース改革だね。でもな。テレビ東京もホリエモンが狙ってるってこれは日経の経済ニュースを掌中にしよーって魂胆だろうな。エログルメ釣りの俗物受けから経済で良い番組もってるからね。そうなるとドラマのTBSには膨大なコンテンツがあるわけね。僕賃は「親と子の誤算」がもう一回みたい。
2005.10.12(水)23971@
久々に陽光を浴びる。かなり眩しかった。週末に向けてまたもやお天気下り坂のよう。
2005.10.11(火)23725@
「最強の投資家 バフェット」牧野洋をブックオフで買って読み始める。村上ファンドの阪神電鉄株の大量取得の騒動の最中、もっと「株式投資」とか「企業買収」とかその関連を深く知りたい。今日も株価高騰している。時代の空気は投機な雰囲気が蔓延している。勝ち組負け組の貧富の差が拡大するご時世では少しでも「勝ちたい」欲望は日に日に強まる。こわいこわい。デイトレは博打だ。毎日、株式投資している連中のBlogをウォッチしているけど勝ってるようね。彼らは専業の株で生活してる所謂、プロだけど機関投資家でもないし。やってることは博打だ。特にデイトレはね。要は値が上がるか下がるか。「丁か半か」を予想して売買しているわけで。バフェットのような企業価値の研究なんか関係のない世界だからだ。ますます煽られ成功話やら景気のいい話ばっかりが喧伝されるだろう。やれやれ。
2005.10.10(月)23318@
昨夜も楽しく「マル激トークオンデマンド」を観る。今回のテーマは「共謀罪」である。これは由々しき悪法である。つまり「実際に犯罪の準備や実行をしていなくても、犯罪を行うことを事前に話し合い合意していれば罪となるというもの」で犯罪の概念規定を根底から覆す概念装置のスキームである。
通常、組織犯罪の遂行過程において謀議、企画され準備し実行に及ぶという企画立案実行の準備→行動=で犯罪事件となるけれども「共謀罪」では準備し合意しただけで「犯罪成立」となる。しかもそもそもの立法要請の根拠として国連越境組織犯罪防止条約を批准するための国内法整備であったが法務官僚の悪乗り便乗である。法案審議の当事者である国会議員の不勉強準備不足と郵政小泉チャイルドらの茶番審議に現抜かしでもってまんまと今国会提出そして成立の流れになっている。法審議の官僚ペースには改革が全くない。改革で圧勝の小泉政権とは誰のための改革かということである。権力は暴走しその暴走を操る便乗操作な官僚機構には改革なしか。やれやれ。
この法案の危険性は「現在の法案では対象となる罪が窃盗や脱税などを含む600以上の多岐にわたることや、取り締まり対象が犯罪組織に限定されていないことから、会社や市民団体をもが対象になり得るため、一般市民の人権侵害につながる危険性が大きい」と番組で海渡弁護士は警鐘乱打している。
この共謀罪が実は「一般市民には関係ない犯罪を考えているとんでもない集団」だけを取り締まる法律であって安心していいんですよという言い訳に対して海渡弁護士も宮台準教授も法律の条文に除外規定として盛り込まれていない以上つまりは法律の条文が全てであることが法曹界の常識であって君が代国歌法の立法審議の際も「強制しない」とあれだけ言っておきながら現場の学校の卒業式で「強制」「処罰」が横行し天皇すら「強制はいけません」と言っているような事態が現実に起きているから法解釈も歴代内閣によって如何様にも恣意性をもって変更変容できるという元来の隠された本音が封印されつつ法案成立を行うのが法務官僚の汚い手だと指摘している。
さらなる問題はこの共謀罪成立で盗聴がしやすくなる点だ。犯罪が起きる前段階で謀議を知り得なければ「共謀罪」摘発は不可能である。公安組織が縦横無尽に捜査実権を行使する有効ツールとして実にオールマイティなのである。そして更に付け加えれば「密告奨励」の問題性である。スパイが組織壊滅の目的で潜入し犯罪を提案し合意させそのまま行方をくらまし密告すればその場にいた組織を全員逮捕できるということも大仰に言って成立できてしまうという。まるでジョージ・オーエルの「1984」の世界だ。オオカミ少年の如く騒ぎ立て権力チェックで悪法成立を阻止すべく与党関連議員に申し立てをすべき時のようだ。
犯罪組織に限定し適応法律も懲役4年から5年以上にバーを繰り上げるとかの現実的な修正くらいはやらないといけないだろうと番組でも言ってたし、そう思う。
自民圧勝でとんでもない議員のパパラッチ狂騒に乗じて思い通りの法案通過成立で一番喜んでいるのは官僚たちということになりはせぬかと思う今日この頃だ。民意上昇のレジームチェンジこそが健全社会の維持発展に欠かせぬものなのね。バイバイ。
2005.10.9(日)モバイル23140@
ライブドアの無線LANサービスのアクセスポイントが近隣各所に設置されてきた。電柱に取り付けられたアステルの電波発信機と筐体外見は似ているのだけれど。その真横のマンションなんかに住んでればさっさと今入ってるプロバイダー解約して月に3000円が500円でよくなる。唯一最大最悪なのはライブドアにクレジットカードナンバーを登録しないといけないことだけね。今朝の朝刊に出てたけどyahooが不正引き落としを延々繰り返しそのクレームも放置プレイだったそうだ。ネットセキュリティの脆弱さといってもこのようなやっつけ業務の為せる業だろう。それと勝ち組ホリエモンに与したくない。あいつの利益に関係したくない。そう言う気持ちも正直あるよね。まぁ実が取れれば由とするか。
最近、個人情報保護法の施行によって実名による犯罪報道がなくなった。これに関連して匿名報道の隆盛は誤報による報道被害を最小化する効果影響もあるだろうが社会に犯罪のリアルさを希薄化させる事態になりうるような気もする。事件に疎い社会意識の蔓延を増長させることなるだろう。公職者の犯罪もどんどん匿名性の仮面の藪の中になっていくであろう。組織犯罪の事件構成上不可避な人物の特定忌避に通じるこの匿名報道ってものが実名から無名でもって有名無実に堕す。
2005.10.8(土)22912@
豪雨から驟雨。秋はやはり青天井の青空がいい。コラムニストで元文春記者の勝谷誠彦のネット日記に抗議があったらしい。勝谷が自分でネット日記に書いている。辛口コメンテーターとして最近、報道バラエティなどによく出演しているあの五分狩りマル色眼鏡の御仁だ。「SPA」の巻頭コラムも書いてる。在日本大韓民国民団が勝谷の日記に関してそこでの表現が差別的冒涜的であるからやめろと抗議したらしい。勝谷の文章表現は確かに攻撃的で蔑称的呼称が至る所に散見できる。はっきり言って過激さを売りにした営業スタイルなのでしょーがない部分もあるけれど自分の書く文章が特定団体から抗議されてその指摘箇所への反論ではなく経緯批判に終始しているのは自分でも敢えて意図的に「下品で差別的」な表現をしていることに自覚的なんだろうと思う。売文稼業として自分のセールスポイントを相対化して吉本興業に所属しそこから仕事を貰うという流れでいってもお上品にお利口にってわけにはいかないよね。とにかく対立と啀み合いの闘争的言論でもって身近らを奮起発憤させて表現を継続するしかないんであって。メディア露出の手段と目的の転倒現象でもって勝谷に活路は随分と用意整備されているように思われる。組織を敵に回して生き延びた輩はあまりいないけれど。
やはりライターを生業にしている以上は自分の書いた文章についての責任は自分で取るべきだ。問題の枝葉末節的一般化は単なるはぐらかしである。それと推敲をしない文章はやはり欠陥だらけだろう。自省を込めて。
2005.10.7(金)
宮本輝最新刊「にぎやかな天地」を快読中。
2005.10.6(木)
大学時代のゼミの先輩が今回の総選挙で当選して衆議員になってた。ロイター辞めて政治家か。でも多い。学者辞めて議員に、ジャーナリスト辞めて議員に、官僚やめて議員に。弁護士は辞めなくてもいい。学者にしてもジャーナリストにしても官僚にしても特定の党派性とは距離感を持たないとそれら本来の職制を遂行できない。
2005.10.5(水)
米国輸入牛肉再開の報道。安全性に疑義だもの。大量破壊兵器のいちゃもんで武力介入によるレジームチェンジを強行した米国とその犠牲国イラク。大国主義の暴走を結局はどこの国も止められなかった。その超大国にポチ然と追随する敗戦60周年の日本。米国の安全性に疑いのある牛肉の拡散的輸入の代償は検証不能なんだもの。牛肉以外にも様々に選択余地ゼロの消費者自己無責任..へ転嫁されるんだろうね。複合汚染の恐怖だ。
諸●メ●でスパイ犬が暗躍。最近、ご主人探しで忙しそう。
2005.10.4(火)22340@
宮本輝の新刊「にぎやかな天地」を快読開始。
2005.10.3(月)
日垣隆「エースを出せ」を見出たく読了。面白かった。機会が有れば他の著作も読んでみたい。
2005.10.2(日)21993@
久々午前中に外出。思うことはファーストフードショップの作業環境の劣悪さである。客単価を安価に設定し従業員もバイトで賄う商売に真の客サービスは期待できない。その相対的優劣の規準にしても本格レストランでもないファミレスとて同じ範疇に分類されるわけだけれど唯一テーブル回りはいいんじゃないかしら。人気シナリオライターの宮藤官九郎にしても「常務・島耕作」の作者、弘兼憲司にしてもファミレスで仕事をしている。でも面白いことにファミレスで無線LANはどこもやってないんだよね。こうなるとモスバーガーを嚆矢にアーバンホテルが高速ネット接続を次々に導入していった流れってことでいってもファミレスも長居前提のサービスを積極的に展開して貰いたい。コンビニが街の書店を潰した最大の要因は立ち見し放題だった筈だ。ファミレスを創作作業所にするのが一番いいらしい。個室ファミレスを作れ。ホテルに缶詰からファミレスに監禁というような締切直前の追い込みなんてのもいいかも知れない。その前提にやはりネット環境接続可能な空間にしなきゃね。ライブドアが展開する電柱から電波送信でそれ受信してネットっていうのもうまいことタイアップして駅前四つ角の電柱には漏れなく設置すれば大概、主要なファミレスがエリア内に収まるんじゃないかしら。学生が熱心にお勉強やってる。ドリンクバーで飲み放題なのがやっぱいいね。
なんか店内が騒然としてきた。お昼時だね。
飯田橋カフェ13:45。10月の日差しにしては夏だよな。通りに面したカウンターテーブルに向かうウインドー越しの往来風景。
再び東中野15:17。
秋の装いでブーツの美人ガールも今日の日差しでアンマッチング。タンクトップにブーツは似合わない。ジャージにエナメル、これも然り。
季節感の倒錯。時代錯誤。週末の終末。
暑い訳よ。気温30℃超えちゃってるんだもの。お陰でお店の中は真夏の冷房モードで非常に苦しい。
ジムで快適な発汗。「赤い運命」の番宣やってた。綾瀬はるか主演のリメイク。最近彼女はポカリスエットのテレビCMで演技力のある存在感を示している。湯上がり縁側黄昏のポカリな彼女に爺ちゃんがなんかほざく。その刹那振り向き様の表情に得も言えぬ情感を表現する彼女、寝顔も素敵だ。
「赤い運命」は綾瀬はるか主演というだけでも興味を引くドラマのようだ。出生の秘密、殺人者と検事の暗と明、禁断の愛、嫉妬、記憶喪失、運命の再会。赤いシリーズ中最高傑作らしい。韓国ドラマがこの路線を見事にパクッたらしいけれど、韓国文化はパクリ文化だと嫌韓の漫画本は指摘している。流行にアンチする反動商売は結構儲かるようだ。
2005.10.1(土)モバイル@若松町モス
土曜日のこの時刻18:54はモスバーガーにとっても稼ぎ時なんでしょう。幼子を引き連れてヤングな家族の群れ群れに汗ばんじゃうほどだよ。あとはうら若き乙女の二人組もテーブルを挟んで向かい合ってサラダやフライドポテト(フラポ)何ぞを頬張ってますよ。
今日入手したPowerBook用batteryは今のところ調子いいようです。電源回りはとにかく絶対条件ですので金に糸目は付けられませんよね。豊富なバッテリー残容量は非常にモバイルやってて心地よいものです。ゆったり思考を回転させるにはこの電源余裕度に結構依拠していますね。今19:20、気が付いたのですが禁煙コーナー男子は僕賃だけです。パソコンネットに繋げて文章考えてるのも僕賃唯一人だけ。みんなおしゃべりに熱中してます。
ネット記事に「貧乏人から最も沢山の税金をふんだくる国」と言う題名で新党日本代表にして長野県知事である田中康夫氏が自民圧勝で祭りあとはいつも二日酔いならぬ悪夢になっちまうこの国の状況を批評しておられます。と言っても選挙で負けた党代表の言論戦の敗北までは認めたくはないのでしょう。信州の誇り高き孤高の言論人としての激しき自負も相当なものですからね。税金を争点にしなかったできなかった祭りも終わって「サラリーマン増税」という「改革無くして増税無し」のこの衆愚愚民のケツ拭き尻ぬぐい。社民・共産が増税反対の最大根拠として「金持ち・大企業優遇」でもって貧しき庶民に税金値上げをしてはならないという意見には心情的にも現実的にも賛成なのだが私腹を肥やすマス支配の精神構造においては欲望の相克性に当事者自身の敗北もあってなかなか公共の福祉の夜明けはない。その闇は深まるばかりだ。
筆者・田中康夫氏のコラムの結論は「自民圧勝は衆愚の結果であってその功労者であるところの日教組に国民栄誉賞を授与すべし」という締めくくりには違和感あるよなー。日教組は政治教育しないし教員労組でしかない。現場の現役教員の多くは「ドラゴン桜」や「女王の教室」には反感持ってるらしいけれど。現状の教育問題が須く世の中を悪貨が良貨を駆逐するってわけでもなくて。低所得の大多数の国民がどうして小泉自民党を今の連立政権容認を継続させたかはテレビの悪影響なんだよね。学校教育の問題が最大ファクターなんかじゃないんだ。田中康夫氏は自分がマスメディアでどのような影響力を持っているのかすら分かっていないかのように振る舞わないでちょうだいね。作家時代の言論は好きだったんだけどな。知事になって権力の妙味にお酔いになったのではないか。テレビの政治番組で氏の発言を聞くにつけ周囲の意見には耳をあんまし傾けない周囲は忠実なる茶坊主ばっかって感じするよね。早く国会議員になって総理でも目指したらいいんじゃないかい。そして低能低所得の愚民にやさしい税制構築に邁進してくれよ。でもマス相手の商売でやっぱマスは愚劣でなきゃ合理的じゃないって思ってるよーな感じ。大衆は権力支配者から虐められて喜ぶ性倒錯だったならばライトSMを他に薦め自らの赤裸々日記「ぺろぐり」に自分の性生活を詳述する潔さなのか単なる露出狂なのか不明にしても。今は晴耕雨読な陶芸家として活躍する細川氏は熊本県知事から新党代表そして首班指名を受けて首相になった。その政界シナリオを書いたのは小沢一郎氏であった。今回の衆院選挙の時も第二の細川政権樹立の如きプロセスを踏んでいたのかどうか。田中康夫総理目指してがんばってください。くれぐれもホリエモンに先超されないように。
時間の問題としてネット選挙ネット投票への道はあると思う。そのときどこがそれを仕切るのか?ネットモールの楽天なのか?検索エンジンのヤフーなのか?それとも唯一個人情報漏洩のまだない自民党非公認だったけど杉村太蔵くんより自民党らしいホリエモンのライブドアがIT選挙IT政治への商機をどう繋げてゆくかは監視ウォッチしておかなきゃね。
2005.10.1(土)モバイル21887@
快晴。秋晴れ。心地よい涼風。不在票を手に近くのクロネコヤマトの集配所へ京都のショップから発送されているPowerBook用のbatteryを引き取りに行く。昨年夏に二つ買って一個死んだんでもう一個って感じ。早速、フル充電しようにも充電できない。再起動したりリセットしたりして充電し始めた。その充電中に昼飯を食べにトンガ亭へ。今の賃貸の前の不動産会社の社長と事務員の女に会った。構造的欠陥と低劣住人(自分も含めて)の今の賃貸への不満も恒常化している。唯一点、金がもったいないだけなのだ。環境問題に取り組むときの基本精神は「モッタイナイ」であるという。これからグローバルな視点に立ってすらこの節約精神の発露に全てを置き換えて大丈夫なのかなって思ったりする。今日からウォームビズのスタートだとかなんとか、自分ところの編集局長辞任の激震走る新聞の一面コラムの体たらく。自己批判では乗り切れない問題の重大性ってやつですか?天声人語頑張れ!エースを出せじゃないけどまぁ、そんなとこです。節約倹約の延長線に精神的萎縮ってゴールにないかい。とにかく金を貯めるために節約に励む。そうするとお金のコレクターになって貨幣の実効性は大いに殺がれる。少年隊・東山の「お前の諭吉が泣いている」という決めぜりふ。貨幣は有効に社会に循環還元されてこそその実効性を高められる。
小汚い表現。罵詈雑言。元朝日新聞編集員の本多勝一氏の「貧困なる精神」は日垣隆の元祖的手法の宝庫だったりする。過激で刺激的な言句を使って表現を行うことについてこの同時代の言論空間に於いて有効的かどうか。批判される側の反発もあるし読者の心の琴線に触れるとしても直裁的に納得も共感も第一義的ではないと思う。知的であることはバランス感覚の鋭利な表現形態をもってして初めて達成可能なのではないかなと思う。耳の遠い人に大声で喚き視力の弱い人には最大限に拡大した文字を翳すといった感じのようなもの。読者に対して知的優位?に立ったと錯覚誤解傲慢高慢に陥って「こうでも言わなきゃこうでも書かなきゃ分からんだろうから」と言うような臭みのニュアンスを感じるのだね。でもいいんじゃないの。表現はやはり手段であって不自由な言論時空に自由と気骨を吹き込もうと頑張っておられるのだから。臭みや苦みはあってもやがてそれこそが癖になっちゃう麻薬の妙味なんだろうし。
久々、朝まで生テレビを眠くなるまで見た。発言の脱線を修正するのは互いの討論者同士でもできるとおもうのだが折角面白く議論展開してくるとあの1934年生の71歳の司会者は中断させちゃうのね。肺炎で亡くなった後藤田正晴氏は「70歳過ぎたらもう無理だ」と総理大臣を固辞したっけ。終身雇用じゃないんだしさ。定年後の年金にしても老醜なる人々にその決定権を委ねさせていたんではおかしなことになってくるんじゃないかしら。三島由紀夫は45歳で自決するまで「夭折の美学」を訴えていた。「今の政治が偽善なのは老人達が行っているからだ」と語っていた。
2005.9.30(金)21874@
月末金曜日は終わりが重なってて良い感じだ。今週から仕事帰りにジムへ通っている。良い感じだ。折角スポーツジムに入会し会費も月に9450円払ってその見返りは週末土日の週二回だけではさして効果も薄い。病院検査で「異状なし」であっても投薬中。ともかくこれを転機契機にして生活改善の良い習慣をつけるべく奮闘中ではある。
さて当然、7時過ぎに会社を出てジムまでに「食事」と「コーヒーブレイクに読書」と移動時間を要する。ジム+読書がワンセットなのがいいよね。今読書中の「エースを出せ」日垣隆著。初っぱなに「天声人語」批判だね。社説と新聞一面コラムは朝日の場合、編集委員の担当である。確かに今の「天声人語」は面白くない。その執筆姿勢に重大な疑義すら感じる。先達の深代惇郎も草葉の陰で嘆いているのではないか。看板コラムの凋落ぶりは目を覆うが如きである。これはひとりコラム担当者の力量よりももっと根の深い朝日新聞そのもの言論機関それ自体に構造的組織的な退廃からの必然的顕在化ではなかろうかと日々毎朝、感じていたのであるが。今日、NHK圧力問題を巡る報道に関して朝日は編集局長らを解任した。組織防衛一辺倒の曖昧模糊たる責任回避の醜態に終始しているようだ。長野支局では記事のでっち上げの捏造問題も勃発。作者日垣が指摘する「紙面批評」の顛末などは対権力への健全なジャーナリズムも所詮はメディアの内部的自由の蹂躙に帰結である。組織内執筆者の心意気低下は筆力衰退と直結であって独立独歩なフリーライターの存在意義とその独自性はますますエキセントリックになるのは否めない。日垣隆発行の有料メール(月830円年間1万円)の会員になろうかしら。朝日新聞を購読解約してさ。月3925円、おや毎日も3925円か。おっと洗剤とゴミ袋もらえなくなるか。それは結構きついかもな。でもあの大量の紙ゴミ無くす意味では環境問題にはいいんじゃないかい。
2005.9.29(木)
阪神優勝。その前に阪神電鉄の株価、大暴落。とんだ前祝い。でも株価全体は上昇基調になっている。
朝晩の温度差は激しいけれど日中の日差しはきつい。これからますます秋色濃くなる月日かな。
2005.9.28(水)21630@
今日も株価は上がっているようだ。団塊の世代が手にする退職金の総額は何と50兆円だという。そのビッグマネーに金融業界はあの手この手で群がる。これまた生かされる営業戦略としてのパレートの経験則。人生の最終章をエンジョイし尽くためにもお金は必要である。不労所得を拡大させて大いなる剰余金で散財する贅沢な消費生活を優雅に送れたらいいなぁ.....。この世代は年金も手厚く確保されているからね。どうか死ぬまでに社会に還元して下さい。浪費は美徳なんですからぁ。昨今の株価上昇でウハウハなのも一部。
2005.9.27(火)
阪神電鉄の筆頭株主に村上ファンドが躍り出た。100%子会社の阪神危うし。連日、優勝騒ぎで株価が上がって良い感じだったのにこんな仕掛け人がおったのね。さてマクロ的には外資機関投資が日本市場に群がっているようね。1日のチャートなんか上下に激しく乱気流のまるでバーコードだってーの。利益確定してもまだまだ食いつく後続デイトレの皆さん方によって株価は高値安定機運だ。いやはや株式投資がここにきて非常に活況を呈している。今後も多種多様のマスコミが株価高騰を下支えするエンカレッジなる報道をどんどこやるのだろうね
石油高騰でインフレ脱却へ突き進む。コストに否応なく反映しちゃうからね。エアライン各社が一斉に運賃値上げを通告してるし電力も値上げ決定。工業製品のマテリアルが不測の不足だもんな。これまた痛いよね。
2005.9.26(月)
会社半休で病院へ。9/5に行った血液検査の結果発表である。「異状なし」であった。検査結果はあくまで「検査の範囲内」であって生身の症状緩和つまりは治験にダイレクトではない。医療も結局は投薬を通じた生体内システムの稼働が大前提なんだろうね。28日分3800円2種類の薬を処方してもらう。ちなみに三割負担である今日の診察料は420円であった。折角の半休だし以前住んでいた近くの名喫茶「ストーク」でモーニング。プリンにサラダにパンにブレンドコーヒーで350円。ここは毎週水曜日はブルマン半額(ブルマンしか出さない)だ。大昔、早大入試を終えて田舎の先輩に連れてきて貰ったのが最初。「プリンが美味しいサテンなんじゃ」ということで。S先輩は高校の吹奏楽部の大先輩であったが自ら命を断たれた。その日試験会場にいた試験官のバイトをしていた学生が店内にいたのには驚いた。受験日程を全て終えた解放の夜でまだ合格発表前の緊張もなかった。「週刊ポスト」に竹中総理誕生の予想記事。成る程、面白い。暫定政権らしいね。安倍にしても「中二階」な面々にしても小泉の次の次つまりはポストのポストは自分たち.....と思っているとか。
2005.9.25(日)モバイル21350@
台風の影響で強風吹き止まぬ。めっきり低気温。雨も止んだ。
セクハラ事件の顛末。筆●元共●党議員の「週刊新潮」手記を読んで思ったことは「チークダンス」をカラオケで女性党員と踊った事実認識の甘さがまず一点。それから自分に対しての処遇を巡っての党内手続きの不満を訴えているけれども内部的認識のまま外部的対処の認識ギャップは否めない。外敵に対して内部守備の官僚組織防衛はそのナンバー4にまで上り詰めていた筆坂には殊の外の想定外だったのではないか。
早速「●旗」で反論展開。党の功労者も結局は秩序破壊・裏切り者に烙印された。内部的結束が売りの官僚組織に典型的な「裏切り者」に鉄槌を、だね。確かに組織運営で異物除去でもってその純度アップを繰り返さないと組織結束は否めないし外部からの眼差し視線もお構いなしなわけだ。硬直した組織政治の怖さは実にこんな事例に導かれる。無謬性の陥穽。内部批判の完全抹殺。失敗した者は迷惑かけた者は徹底的に排除、抹殺、撲滅。敵か味方か内部か外部か。この2項単純対立の先鋭を煽るのは原理主義的教条主義的石頭に他ならない。保身保身保身。思うに組織内部は多分に日常的活動への不満が渦巻いているのではないか。パチンコ好きだった愚弟の話では「●産党員がパチンコやってるのをしょっちゅう見かけた」という。安易な一般化は危険にしても自らの活動の中に自己実現の確かな手応えを得られなかった悲哀だろうか。政治活動の末端は実に地道な労作業だ。ビラ貼ったりチラシ配ったり、機関誌の啓蒙拡大に政治学習という名の徴用。労働争議のお手伝い等々末端の日常は多忙で苦しい。なのに甘いマスクの弁舌マイルドな国会議員のあのお方がカラオケでチークダンスのセクハラとは!怒るわな。された女性の旦那はもっと怒ったよね。辻元も身内に刺された。●坂も身から出た錆でもって身内に斬られた。やられっぱなしじゃ悔しいって「週刊新潮」かよ。もっといいメディアなかったのかね。例えば「潮」とかさ。
2005.9.24(土)
台風17号接近。それでもジム。「1リットルの涙」をブックオフで買った。
2005.9.23(金)モバイル21146@
暑さ寒さも彼岸まで。そんな季節感もいつしか。寺院多き近隣界隈も線香抹香の臭気蔓延。ご先祖様への供養はこんな秋分な気分を満喫できる絶好のチャンスだ。神社にご先祖様の遺骨を埋葬するって戦争以外にインシデントとしてカウントできるだろうか。普通は寺でしょ。無宗教も最近流行ってる自由埋葬。何からへの自由なのか、何への自由なのか。生の呪縛から解き放たれて土へ還るというけれど。そう言えば人気ドラマ「女王の教室」で鬼・教師阿久津真矢は宗教に騙されるな、預言者に騙されるな、ユートピア思想に騙されるな、みたいなこと言っていた。自分で考えて自分の責任で物事をやり遂げなさい。その自分ってなんだい?ってことは度外視かよ。自分の心の良心ってものが欠落した犯罪者が自分の責任に於いて自刃自傷を前提にテロだの快楽殺人っといった確信犯罪を起こしている。結果主義の本末転倒をこのドラマは軽視もしくは無関心。やり方は過激で衆目を浴びる程いいというのであれば羊頭狗肉な言辞でもって自分の著作を売りさばこうとしたIT成金の品性下劣な連中がこれからも今後とものさばるだろう。反論の常套句はいつだって「そんなこと言ってないですよ」だからね。言葉通り評価しちゃいけないのかね。
今日の朝刊「朝日」「毎日」の一面にはソニー赤字転落で1万人リストラ断行の大見出しの脇に「小学生は切れやすい」の記事があった。真矢センセイの活躍を社会は渇望・待望しているんだろうね。その厳しき現実の反転現象としてシリアスにこのドラマの視聴率は上がったんだろうね。教育の現場。自分の小学一年生の先生の名前が思い出せない。福山市立深津小学校。「遠い歴史の夢のあと」強烈な思い出は5.6年の担任教諭であられた巴先生。登山好きで広大附属中学校への受験に熱心で4人合格させた猛者であられた。
グー(反対)・チョキ(付け加えます)・パー(賛成)の三種類の挙手で積極的に自分の意見を生徒に促した。被差別部落の問題にも積極果敢にコミットメント。週に何回かは解放会館へ学習されていたようだ。だってクラスに部落の子がいた。石川青年(当時)の狭山事件も熱弁ふるっておられた。白土「カムイ伝」も読んだのではないか。
士農工商エタ非人の江戸幕府の身分差別については非常に先鋭的ですらあった。「上見るな、下見て暮らせ」この支配被支配の構造的問題性を僕たち小学生にことあるごとに訴えておられた。分裂統治。絶対多数の庶民大衆国民を効率よく少数支配層がコントロール操縦するには大同団結させてはならないわけで。当たり前のことなんだけれど。大衆の人気を得ることが自分たちの権利行使であるところの権力行使をやりやすくできるというわけである。巴先生は世代的には70年安保世代で学生運動の盛り上がっていたころ学生であった。だから学生運動の専横的石頭を非常に嫌っておられた。集団ヒストリー的付和雷同への憎悪だ。
口癖は「頬べた、ブチ回すどぉ」であった。実際に教育的情熱は健全な体罰をも活用された。学級には図書文庫があった。その中の一冊が何物かに破かれる事件が起きたとき先生は「名乗り出なさい」とクラス全員に呼びかけられた。韓国ドラマであれば机の上に正座であるけれども、先生の威圧的恐怖で結局、誰も名乗りでない。「名乗り出るまで授業しない」と先生はストライキを敢行された。女王の教室の反対であるけれども。結局、先生のストはクラスと先生の信頼関係を覆す事件になったのだがスパルタというか先生への威厳と敬愛は僕賃には体感できたインシデントであった。自らの教育的信念を突き進んでみせる外連見のない爽快感であった。
プロバイダーの年会費とパワーブック用バッテリーの代金をクレジット決済せずにネットで振り込む。
2005.9.22(木)
ハリケーン接近の米国に緊迫感。130万人の避難。道路は大渋滞。天災といっても規模は想像を絶する。建設に前に破壊あり。人為的に放置される破壊はその被害を倍加させる。復興再建によるビジネス。政治とはその利権的インフラ整備であるならば「戦争」や「自然災害」をも大いに活用する。
明日から三連休。コンビニで立ち読み。「ダカーポ」マガジンハウス社の月刊雑誌。学生の頃は毎号購入し愛読していた。テーマは金銭感覚の磨き方。経済評論家のおばちゃんとコメンテーターやってる伊藤洋一の対談記事。日本の教育に「経済」を教えるべきだって。ポスト小泉の最有力候補に浮上した自民改革のフロンティア・竹中平蔵氏も持論の一億2千総財テクをこのお二人も仰有るわけだ。負け組といっても空腹で路上に横たわっているわけではないという伊藤氏の話も勝負に不公平があってその結果、負けに負けする勝ち組のルール改変のようなことが現実問題なわけで。これから益々、経済音痴で経済無関心の保有する郵便貯金の虎の子を分捕るかがメディアを泳ぐこれら寸評屋の役割だ。
「こうすれば儲かりますよ」「そんなことしてちゃ、大損ですよ」「どうせ今のままじゃ年金足りませんよ」なんてね。何もパチンコや競馬なんかの所謂ギャンブルだけが射幸心発露じゃない。そんな単純に矮小化されてもいけないわけで。預貯金から株式債券へ投資スタンスをボトムアップさせる世論誘導を喚起させるってことね。サラ金CMを規制できないメディア各社の胸算用事情など知るかってこと。健全な金銭感覚を磨くにはマネーゲームに関わらない事ね。それだけのこと。これも合成の誤謬の陥穽は当然だけれども。でも金儲けしたい。
2005.9.21(水)
大惨事(第三次)小泉政権発足。予想に反して17人全閣僚の再任となった。
会社でも人事発令。創立60周年そして61周年へ。
2005.9.20(火)20832@
本日、中間決算棚卸。そう言えば我が社・メインバンクの株価が10%超の爆発的上げ幅を記録した。この地銀、週末に金融格付がBBB→A-へ格上げになったのと相俟ってマクロな経済情勢に於いても4年ぶりのダウ平均13000円回復、地価上昇への胎動、そして更には小泉圧勝による財務省主導の「改革路線」堅持でもって様々な上昇の乱気流に後押しされたのだろうね。よかったよかった。底値で買ってたら凄いキャピタルゲイン。ウハウハね。こうやってお金持ちの勝ち組は不労所得なんぞうを稼ぐのだね。時間給で1000円だか何百円だかしらんが、アホだよ。大の付くアホだ。飯島愛がデイトレブログをライブドアでやてるらしい。さーて、ネット証券バブルは確実に浸透しているよ。ハマレハマレ。明日、特別国会か。組閣人事はどうなんだろうね。猪口議員は上智の意地で外務大臣なっちゃうかどうか。財務大臣、誰になるかなぁー。官房長官だって変わるかもよ。
夜、報道ステーション見てたら自民党の新人議員の研修会の模様が紹介されていた。成田空港のラウンジみたいな感じ?パックツアー客が旅行代理店によって差し向けられたツアーコンダクターの説明を聞いて一人一人自分のパスポートを手渡され「胸ワクワクの海外旅行!」ってな感じの高揚感....みたいな。新人国会議員....。誰がやっても良いんじゃないの。被選挙権は国民の参政権の重大要素だしね。小泉総理が「小泉チルドレン」の呼称に関して「チルドレン、子供じゃないんだから、皆さん大人なんですから」と取り囲んで質問する記者に言い放つ。「中国残留孤児」を「彼らは立派な大人なんだから」と揶揄った評論家っていたけどさ。自民党の国民愚弄の比例代表名簿の吟味もなく「メクラ投票」したからだよね。折角、投票前に下馬評記事が出て「自民圧勝」なんてやってたんだから少しはまともにバランスのとれた与野党伯仲になるようにアナウンス効果を逆手にとってればよかったのにね。
2005.9.19(日)モバイル@東中野
祭りの最中「敬老の日」を迎えた。65歳以上の人口は2割になったという。民意は老人達に優位な多数派分布なり。爺婆臭い説教も遂に未完未遂な事柄の押しつけ。実力は年齢に関係なし。年齢不問にして不詳。
そう言えば我が社に於いても「雇用延長」問題の勃発があった。老人雇用の問題は老練ベテラン社員のスムーズなる職務継承の遅延に問題性はあって企業人事の動脈硬化は労働力を単に経営手段の一齣にしかみない計数管理も理論武装もウラカケシな「ちょっといいか」で「数時間」の一方的話し込みロングロングな性癖にも特化集中なる事象ではあるけれど。
でも面白いのはもう社員じゃない嘱託特務な身分・賃金カットでもって積極果敢なる職務遂行へのケレンミノナイ潔さもなくダラダラ保身保身、汲々汲々。そんな連中輩達の雇用延長の議論は企業側に於いては莫大なる彼らへの退職金の支給延期先延ばしと国策に於いては年金支給の先延ばし時間切れ待ち(死じまえばゼロ円支給だもの)で一挙両得を伺えるウハウハな施策なわけ。ロートルな該当・当事者の労働意欲を喚起掲揚できるかどうかだけれど。どんなもんですか。老骨に鞭打つ非情さも必須だよ。昨夜、山崎養世という民主党の政策プランナーだった人の話をネットで聴いた。新生・民主党の再生の鍵は労組依存を如何に脱却するかだそうで小泉の争点提起であった「郵政民営化、是か非か」を対論張って頑張るにしてもそれを阻む労組の既得権益配慮の手枷足枷・自縄自縛に立ち向かったかは歴然。民主党って労働組合を利害団体に持つ既得権益擁護の旧態依然な政党なんだそうだ。官公労万歳。亡国やってチョンマゲ。国民のための公務員改革。
実際のところ我が目で見聞した労組の組織内外のギャップは凄まじい。内部的結束の前提に外部的軋轢があるって感じで。外部企業への断交を有休行使で敢行しその勤務先企業の内部的人間関係には一切配慮せずとも組合員の内的充実は充分に保証されている。独善的排他的で在ることで企業経営サイドから見れば利用価値も存在価値も一挙両得。
今後ともノンポリ蒙昧な社員の抵抗勢力としてその存在感を発揮してくれ。
2005.9.19(月)モバイル20632@
祭りの喧噪が街に満ちている。道路の端を下半身露出の半被に鉢巻きの江戸っ子オッサンがお巡りさんの代打で交通整理。最近では若い女性の御輿担ぎが多くなっているという。神の前でも「女人嫌うべからず」なのだろう。神社は様々な生活様式にとけ込んでいるのだろうか。
昨日、ジムでエアバイクを漕いでいるとジムの会長が「御輿担ぎは何処で募集しているのかな」と聞いてきた。会社のある木場では街の至る所で「御輿担ぎ手募集」の張り紙が貼ってあったのを記憶していたし会社に半被を着込んだ町内会の役員らが「祭りの募金」を集金しに来てたから「多分、町内会が主催しているみたいなんでそこに聞いてみるのがいいのでは」と答えた。そう言えば三島由紀夫のエッセーに「陶酔について」という一文があって三島の通うボディビルのジムで祭りの御輿を担いだ時の感想が綴られていた。筋力アップの快楽と自己の肉体改造の妙味と相俟って世間にその祭りの主役である御輿担ぎでアラレもない自慢の肉体を躍動させて尚かつその筋力を支える身体的コア機能である心肺活動の活発化で脳内麻薬が分泌し「ハイになっちゃった」現象でもって陶酔したということみたい。「ウチのジムに御輿担ぎのオファーはなかったんですか?」と聞いたらジムの会長は「ない」という。今の時代、ボディビルは社会的にメジャーではない。「筋肉ムキムキ」なんて表現はハゲデブと同類項の差別的蔑称であってナルシストの自己主張に対する過剰反応だろう。ジムで筋肉隆々の会員に「トレーニング、熱心ですね。ボディビルやってるんですか?」と聞くと必ず「嫌、違います。ただの健康管理の一環ですよ」ってなっちゃう。どうしてなのかしら?ジムの中での会話にもかかわらず「俺がボディビル?冗談じゃない」って感じで言い返されるのは不思議だった。「それじゃ君はボディビルなの?」と聞き返されたらば「そうです。でもまだまだ筋肉ありませんけどね」って言うかどうかはわからんけれど。物事に真剣に取り組んでいる姿を他人から指摘されてはぐらかしたり自分で茶化したりするシャイな日本人の国民性も実は真面目さより不真面目で小狡い方が大衆受けするポピュラリティをもっているのかもしれない。小泉人気もそんな国民的特質の現れだろうと。
今回の衆議院選挙において自民党の選対戦略を担当したのは外資の広告代理店だったという。自民党はその社名は秘匿している。彼らは小泉圧勝へ導く宣伝戦略としてB層と区別される主婦層・シルバー層・若年層に対してあらゆるレイヤーを用意し戦略特化したという。このB層はIQ低劣階層としてイメージ戦略の格好のターゲットであったという。以前読書した「国家の罠」にこの国の識字率は5%だみたくあったけどその残り95%にこの階層は入るのだろう。はじめから論理的説得ではないマスコミバラエティの情緒戦略でもって劇場化させて面白可笑しく選挙やっちゃえって感じだったのだろう。なので終日、テレビ漬けの年金シルバー世代や専業主婦やらは小泉大好きになっちゃうのね。メディアがそうなるように動員されてるんだから。
2005.9.18(日)モバイル20530@
自民党圧勝の反転現象でもって解党的惨敗を期した民主党の代表に選出された前原議員。43歳。松下政経塾出身。憲法改正論者。九条第二項撤廃と自衛権明記。そもそも民主党って何なんだろう?昨日の朝日の社説に首相を狙撃せよと問題発言した民主党・西村議員を糾弾しつつ民主党の不可解さを批判していたけれども。民主党が次の政権政党になれるのかどうか?さて新幹事長は鳩山由紀夫議員に決まった。小沢に近い鳩山議員が選対委員長ですか。
権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する。有名な言葉だ。民主的な意味に於いて多数派による多数派の為の権力行使といっても多数派は実に少数な人間によって構成されるのは歴史の常であり方程式であって、選挙システムの改変は時代の要請であるけれどネット選挙が解禁になったとして「選挙民」の視点が本当に行使されうる結果になるのかは健全党派性の発露に実はあって「利権」を巡っての様々な論点整理が精緻に行われる必要がある。例えば「庶民」「民衆」という言葉が主権在民の主体として使われる。共産党も連立少数派政党も彼ら(民衆・庶民)の為の政治であるべきだ、と。この庶・民衆とは一体どういった実体的存在なのだろうか?社会的弱者であって金持ちでもなければ有名人でもない人々。国民の大多数を占める名も無き群像群とでもいったものなのかしら?でもさ彼らは様々な存在でもあるわけだ。様々な生活信条もあるし生活利害もあるし、それら種々雑多な存在性に向けて真に実効的な施策というものが存在するのかどうか?政策とは目的ではなく手段である論拠がじつにそもそもの議論の出発点として提起されているわけだ。政党の存立基盤を分析すれば党派性の今後も見えてくるだろう。
やはりホリエモンも言うようにこの国のマスメディアの改革が急務であろうかと思う。別の意味で。今回の衆議院選、広島六区に実は大仁田ではないくて小泉が応援に駆けつけていれば亀井は落選したかもしれない。次は自民党公認で出馬する可能性を滲ませ、でもポスト小泉の反動的状況で広島カープを買収し瀬戸内の風光明媚な尾道を商売の具にする瀬戸内少年野球団ならぬ瀬戸内ハリウッド計画の実現だか頓挫だか知らないけれどあるかも知れない。マスコミ露出で企業広報に便乗する衆愚コマーシャライズが堂々と白昼王道を闊歩しているわけで。この男の仕掛けた事柄は全部、失敗挫折なんだけど性懲りもなくって感じだろうか。勝ち組迎合の時代空気を更に濃縮してくれる番組改編が来月からリスタートであろうけれど。テレビの怖いところは生活空間にとけ込んでいる点だ。無意識に刷り込まれるある種のメッセージは直接間接を不問に強固な意志決定の前提になっていないだろうか。活字と違って結局のところ残像の如き希薄ではあるが確実に意識に刷り込まれる結果性だ。ナチが使ったメディア戦略の怖さね。内容はないようで実はあるのね。
2005.9.17(土)20523@
土曜出社。パソコン入れ替え。終えてジム。秋晴れのいい天気。モスで照り焼きチキンバーガーに読書。共産党議長不破哲三の「私の戦後60年」を読了。共産党アレルギーの根元にこの人物の今回の言論はあまり関連付けなくてもいいのではないか。そういう感想を読み進む過程で思った。学生時代に同郷の先輩に「共産党嫌いでも不破ファンは多い。東大首席卒業だしな」と言われた。今の政界では希有の人物なのかもそれない。時勢は須く相対的であって総体的だから。でも組織の民度はその知的レベルは社会的進出度はどうなのか?信と知の関連で言えば理論を信仰する教条主義的なイメージがある。弱者救済のユートピア教義を根底に持つヒューマニズムのコアな教説とは裏腹に少数エリート支配の党派性と官僚制を遂に打破できなかったのではないか。インタビュアーの角谷浩一が言うようにただの一度も政権に関わらなかった完全野党の最高責任者の歴史証言は誠に正鵠を得ている箇所が多い。憲法改正に関しての三つの視点もその通りだろうと思う。権力への絶対的距離感そして「知的」で「誠実」な不破の論理展開は実は組織内部からもその距離感を獲得し自由なる存在になっている可能性もあるだろう。単にアレルギーでその存在を抹殺するにしては余りにも勿体ない。
夜、目覚まし時計騒音騒動を途中に挟みながら「女王の教室」を観た。鬼・教師阿久津真矢の教育への情熱的信念が披瀝された「教育は奇跡を起こせるから」。いい台詞だ。でもさ矛盾を感じた。彼女の陰湿で過剰な「教育的手法」がそのまま容認され得るというストーリーには違和感を禁じ得ぬ。暖かく優しさに満ちた存在で在ったとしても良かったのではないか。仏・教師阿久津真矢が観たい。
「仰げば尊し」が女王の完全なるシモベ・信者となった児童らの号泣の中わき起こった彼女の教室を去りゆく途中で落涙を堪えて天を仰ぐシーンのインプレッションはまさに「奇跡的」だった筈だ。子供達の自立性とその可能性を荒行事で内的喚起させてみせた真矢の奇跡と相俟って。
手段と目的。目的の為なら手段は選ばない。目的が主で手段が従の筈が手段の自己目的化で手段が本来の目的を手段化し主客反転の悲しき現象がこの世の中ありふれたことのように起きているけれども。それは多分に総力戦の最中とその結果において事後検証できることではあるが。
結果責任を検証しないする必要がないのが官僚組織に特有なのは面白い現象だ。なぜなら彼らは責任を取らないからだ。身分が安定しているからだ。
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2005.9.16(金)
明日、土曜出社。なのでノーマルな金曜日ではない。メルシーでポークライスにラーメン。
2005.9.15(木)
旧敬老の日か。今週末は出社日の土曜。祝日を土日にくっつける姑息なカレンダーで祝祭感覚が歪曲されているように思うのは神経質?三連休にするにしても祝祭日はそのまま残せば良かったのにね。忘却の対象を広げてみようよ。無意識のシカトでいいと思う。煩わしさから解放されるだけでもね。用があるときでも出来るだけ関わりを持たないようにやればいいだろうし。自分でやっちゃうのも手だね
2005.9.14(水)
今朝の朝日新聞朝刊に「定率減税全廃」「国民は増税に理解」「公約違反ではない」などと自民党の議員が言い出した、と書いてあった。そんなもんだろうね。自民党の改革は官僚による官僚のための改革だ。
2005.9.13(火)
真夏に戻った異常高温。明日も30℃越すらしい。選挙終われば内閣組閣だわさ。政府の人事異動。そして会社も人事が要だ。
2005.9.12(月)
朝刊を見れば自民党単独過半数獲得だって。危惧するのは小泉の権力欲に歯止めが無くなることだ。権力の周辺に喚起される「勝ち馬に乗れ根性」の迎合現象と小泉本人の心理現象である。一部マスコミが既に小泉への秋波をいやらしくも送っている。独裁者を支えるシステム。
2005.9.11(日)モバイル19822@
捏造記事問題で首脳部に刷新機運の高まる朝日新聞、その販売店の月間カレンダーを見れば明日は「新聞休刊日」となっていた。オイオイ。今朝の毎日新聞には「明日の配達時刻に大幅な遅延が予想されます」とちらしが入っていた。全く天下分け目・総選挙の結果報道を「休刊」などできるわけないわな。そう言えば小選挙区比例代表制の衆議院議員選挙の制度欠陥として重複候補が最近、クローズアップされているようね。
全国300の小選挙区と並立して地方ブロックに区切って政党が作成した比例代表も選出するんだけど例えば東京一区。
自民の与謝野馨と民主の海江田万里。それぞれが党の政策通にして最高幹部の部類。なので落選されちゃたまりませんってことで比例代表名簿の最高位に記載されている。つまりこの方々は小選挙区での当落に関係なく当確なのである。これは候補者から見れば選挙の担保であるし党から見れば政党獲得票の二重取りなわけね。さて投票者としては人物本位で選びたいなとか思って比例ブロック内の他党候補を当選させたいとなればその党名を書けばいい。重複候補はしかし自分の選挙区で当選できなければその得票は死票となって民意は反映されない。中選挙区より投票率が相対的に低下するのはそんなシステムに内包される問題性によって必然的だ。
重複候補がゼロの政党も実はある。潔い党派性。僧はイカンザキ。
2005.9.10(土)19777@
「半島を出よ」を早稲田・メルシー店内で読了。なんとも言えない虚脱感だ。店のおばさんに席を移動させられてむかつきつつではあったが。
巻末の膨大な参考文献の列挙は何を意味するのか。やはりこれは「東京帝国大学」を書いた無学歴にして日教作家である松本清張の劣等感的嫉妬の如き類推を招いちゃうな。折角収集分析したデータを駆使してそれこそリアルな創作的虚構を龍氏は創ったのかどうか。作中クライマックスにおいて如何にも漫画的なフィクショナルを当たり前に書いているけれども「あーあ」であってそれ以外はあり得ない。近未来に対しての龍氏のアイロニカルで自虐的ヘタレな記述に於いてこの作家の想像力でもってリアルな時代洞察たり得るかどうかは同時代の進行性を体感する個々人に帰すれば明々白々だろう。「龍さん、それは違うよ」
会話体のない文章は読みづらかった。北朝鮮のコマンドを書くにしても「首領」との内面的な関係性をなぜ書かなかったのか首を傾げちゃう。今の北朝鮮の内政的アナーキーを全然、無視して作品プロットが欠落だ。巨大ホテルが爆破崩落。それで侵略軍が全滅....。そんな単純な物語ではなかったはずだ。日本政府の対応も龍氏の思いこみ妄想な部分でもって「データ」が生かし切れて無くて表層的な感じだね。読了後に残存するセンチメントについて敢えて書くならば「収拾がつかなくなった失敗作」なんだろうね。
さて大してうまくもなかったメルシーの「ラーメン」を食べ終えて駅前の書店に入った。次の読書を探すべく。「嫌韓流入門」という漫画本。韓国問題を提起する話題作かよ。「北朝鮮」を扱った大著を読み終えたばかりだったので自然と手にして無銭読書。お金出して読まないけどね。立ち読みで2/3ほど読んでしまった。でもこんな民族差別主義には反対だね。「強制連行」「慰安婦」「戦後補償」「参政権問題」「日本文化パクリ」などなど。共栄共存などあり得ない敵国の韓国...。過激な話題作りで印税稼げってか。国際社会で孤立しちゃう不健全なナショナリズム宣揚にはこんな漫画本が最適だろう。
2005.9.10(土)モバイル19714@
明日投票日。新聞にしてもテレビにしても選挙前の下馬評がバンバンでていて実際の投票行動にダイレクトに影響を与える非常に政治的な報道が繰り返されている。スポンサライズされた各種メディアが投票行動にある種の方向性を与えるわけで非常におかしいと思う。
「このままじゃ似非改革・小泉政権が増長しちゃう。もっと民主岡田の生真面目な政治を応援しなきゃ」って単純にならないわけで。「あーあ、やっぱ何にも変わらないよな。自民党でいいや」ってなっちゃうんだろうね。「自民党も日本もぶっ壊しちゃってよ」ってなっちゃうのかな。今の時代の空気に非常にマッチした政治意識の皆無化にダイレクト。「何故、選挙行かないんですか?」「面倒くさいから」不細工系な女が彼氏とデートした方がいいじゃんって感じで街頭アンケート。
実際に自民党が単独過半数とっちゃったら連立の必要性は相対的に下がる、っていうかでもやっぱり、選対目的ではやはり前提装置として必要なんだろうね。民衆勝利の庶民のための施策が足らん。所得税の累進課税を促進しよーよ。無駄なナショナリズムに踊らされる有害な防衛費をコスタリカみたいに教育や福祉に転用しよーよ。宮内庁・防衛庁はっきりいって半減させてもいいかもよ。
保守反動の閉塞感は予想以上に国民の反マイノリティなムードを煽っている。改革の中身をイチイチ吟味しない。新聞に見開き全面で各党のマニフェストなんか掲載されてたけど朝の出勤前にじっくり読み込んで政党別に論点整理して比較検討して自分の考えをまとめるなんて時間も余裕もない。それにそんな選挙の時だけの空証文を精査分析したところでどーにもならん。それから今度の選挙で政権獲得絶対無理な社民や共産なんかは厳密に「政権公約」ではあり得ないわけ。弱小政党に投票しても小選挙区制の悪弊である「死票」になっちゃうだけ。
政治的思考で言えば現実に対しての結果責任であって小泉政権に対してイエスかノーかがまず最初にある。自分の生活利害をまず勘案しどうなのかどうか?自分の生活レベルが少しでもアップする施策を公約しているのかどうか?所得税を安くしてくれるのかどうか。自分の税金義務がどうなるのか?自分の国家観に見合う政治をしてくれるのかどうか?平和より経済でもって憲法も米国追随の真に愛国でもない売国テイストな流れでいいのかどうか?宗教団体が丸抱えのファッショ体質的な一方的且つ専横的独善な流れでいいのかどうか?相対主義を蹴散らす正義専横なごり押しのやり方でいいのか。中曽根政権の時どえらく自民党が圧勝したときを思い出したよ。単独過半数を取った政権がどんなことをやったのかを。少数派の異論には全く意に介さない自分たちの政治をやりまくったじゃないか。改革。その中身とは。
その政治の中身は官僚のための改革。民主党の主張の中で面白いなと思ったのが「政治任命」による官僚組織の「改革」案だ。官僚機構へのイニシアチブ発揮を自民も公明も結局この4年半できなかった。今後もできないだろう。南野法相ももうすぐ解任だよね。
厚生労働省でも国土交通省でも大臣一人送り込んでも何も省改革できてない。大臣は祭り上げられて役人に都合のいい行政システムにメスなど入れることができなかった。年金案も100年安心?列車事故も飛行機トラブルも必然的に起きている。何回行政指導しても改善されない。まさに改革の途上は確かに長くて遠い。永遠運動だ。だから言い続けやり続けるしかない。民主も結局はなんか優等生的なイメージがあって米国で民主党が共和党に負けたのと同じカタルシスがこの国にもでているんだろうか。何かを変えたいなら、政権交代が一番手っ取り早い。弱者敗者配慮の勝ち組政治なんてあり得ない。勝ち組は自分たちの勝ち点を更にアップさせることしかやらない。メディアが流す情報も「勝ち組」サイドでしかない。だから選挙前の今も小泉優勢で盛り上げているわけで。
2005.9.9(金)19695@
そろそろ秋風も吹いてきた。明後日は総選挙。原油高騰であらゆる生活費にその影響は出るし増税シフトでもってダブルパンチ。
そういやぁホリエモンが外国人特派員協会で「公的年金廃止と天皇制無意味」って感じの放言したそうな。
2005.9.8(木)
今夜も早稲田・メルシーへ。オムライス580円を食らう。昨夜初めて食べたラーメンのスープは油が多いけどやみつきになりそうなまるで麻薬でも入っているような感じ?殆どのラーメン食べた客のどんぶりはスープが飲み干されている。個人的に、細麺派なんで残念だけどね。
2005.9.7(水)
朝、早稲田駅前で民主党の海江田万里が投票を呼びかけていた。折角だから握手した。「今回、厳しいですから」握手する前に彼は僕賃にそう言った。今回は一区現象が概ね自民に風が吹いているとマスコミはいう。反自民の民主支持であるならば政権選択を視野に現実的な思考が大切になってくるだろう。政治とは政治権力を行使する主体の問題性であって小泉政権の特色はメディア戦略を「実社会のプレイヤー」をその主たるターゲットに据えていない。メディア統制を巧妙に行っている。
今夜、仕事帰りに早稲田・馬場下のメルシーへ初めて行った。「ラーダイ」を店員の重蔵兄さんに頼む。ゆったりとした感じで店内はくつろげる。まだ、早稲田の学生とかは「夏休み」なんだろうね。早実も引っ越しちゃったし。7時頃に入ったのは時間的に正解だった。期待していた程でもなかったけど、スープが不思議な味だった。麺は好みとしては細麺チジリがいいのだけれど。太麺だった。また行ってみよう。大盛りで480円。今時、390円の奇跡だね。
2005.9.6(火)
台風14号の影響で雨が降った。明日は30℃越しちゃうみたい。今夜ネットが全然、不通。雨が降るとネットが繋がらない。光ファイバーにしたいよね。
2005.9.5(月)19167@
会社有休で病院。やれやれ。エコー検査。その前に血液検査185番目。2週間後に結果判明とか。なんやかんやで1万弱かかった。国立国際医療センター。高度医療が売りらしいが紹介状ないと3150円別途請求される。初診料に加算されてどうにもこうにもだね。隣の窓口でお姉さん「49万円」払ってた。しかし総合診察科の市村医師。どうみても20代。研修医先生なのかも。献体の如き治験状態。
エコー診察のとき流石に先輩医師がやってくれたけど。まぁリラックスと楽天的にいきましょう。ヤフー、やばいみたい。
2005.9.4(日)
首が前に曲がらなくなった。首が回らずかよ。指圧マッサージで唸る。30分で2500円。背中がかなり凝っているとか。
夕方「オーシャン12」をレンタルして観る。面白かった。
2005.9.3(土)
昼寝って結構いいかも。乾燥させた布団に寝そべって自然の睡魔がやって来る。最近、東京事変を聴いている。椎名林檎と亀田誠治がメインのバンド。元々女性ロックシンガーが好きだった。独特のワールド。
2005.9.2(金)
夕方、首が痛む。
2005.9.1(木)
今夜は日テレで党首討論会。小泉総理のはぐらかし話法にはいい加減にしろと言いたくなる。司会役の女子アナが全然、討論を仕切れない。はっきり言って小泉純一郎に白紙委任状など託せるはずはない。この際、民主党が4年間、政権やってみたら。
2005.8.31(水)
夜、テレビで選挙討論会ね。
2005.8.30(火)
衆議院選挙の公示日。
2005.8.29(月)18361@
TBSの特番ドラマ「広島・昭和20年8月6日」を鑑賞。原爆投下がいかに市井に生きる庶民の尊き日常を残酷にも破壊するのかという想像を喚起させるストーリー仕立てなのは分かった。ドーム復元のリアリズムもよくわかる。しかし三姉妹の彼女らの広島弁の中途半端さには違和感。なのでどうしても「裏切られた」としか言いようのない侘びしさを感じた。折角のドラマコンセプトが役者のセリフ回しで台無し。日常性をもっともっとリアルに描くことで我々視聴者がよりよく感情移入できてあの当時の広島の実際に原爆で殺された方々の魂が再現されるくらいの気迫が制作サイドから伝播されていなかった、と残念に思うのだ。西田敏行演じる原爆の語り部も蛇足だと思った。長崎原爆を題材にした映画「tomorrow・明日」を岩波の映画館で観たときの印象を思い出した。戦時下にありながら懸命に生きゆく庶民の生活が情感豊かに流れる。その真上に原爆が投下され爆殺されるシーンを想像するという残酷な映画だった。でも原爆がどのような経緯で開発されトルーマンが原爆投下を決断し命令を下したのかその背景に無知ではこのドラマも映画も真に理解できないと思う。戦後敗戦60周年のこの夏に戦争の記録・歴史の追体験を通して様々に「歴史の背景に通じる」のも大切なことだ。
2005.8.28(日)18228@
久々、中華専門の東壱へ行く。ここの餃子が好きでたまに食べたくなる。今日は多分今読んでいる「半島を出よ」にNHKアナが北朝鮮宣伝幹部を馴染みの店に連れて行きそこで餃子を食べる下りがあって触発された。栃木出身の店主は51歳。バリ島フリークで年に何回か1ヶ月ほどの長期滞在を繰り返している。地上三階地下一階のこの東壱ビルは後何年かしたら一階も地下も三階も人に貸してバリ島に買った土地に客室10部屋のホテルを建ててそこで悠々自適の引退生活を準備すると言う。客が僕賃しかいない店内で店主は僕賃に人脈の大切さを語っていた。
2005.8.27(土)18192@
今日は読書三昧ということで「半島を出よ」を読む。どこか漫画チック。上巻があと40数ページくらいで終わりかな。今日は350ページくらい読んだ。でもな北朝鮮の軍隊をこんなに美化していいものか。ある程度の資料をもとに想像して書いているわけだがなんか安っぽいSFタッチの劇画の下書きのような..。しかも後数年で日本はこんなに退廃してしまうのかどうか。リアリティが全く..。村上龍御得意の近未来のシュミレーション小説なんだろうけどやはり荒唐無稽だと思う。そして「希望の国エクソダス」みたく不思議少年団が今回も登場。まぁ表紙にシンボライズされてます、毒蛙がね。どうやらこの秘密兵器がストーリー展開上必須アイテムなんだろうね。これから下巻へ、そのクライマックスフィナーレへ向かう虚脱と高揚の綯い交ぜの感情劇場でもって読書の圧倒的なエンターテイメンツ体験を味わうとするか。まだまだ楽しみは残る。
2005.8.26(金)
台風一過で気温が上昇。
2005.8.25(木)
台風接近中。明日は暴風圏内かも。
2005.8.24(水)
非常に眠い。
2005.8.23(火)
郵政民営化=郵政関連法案ではないよね。
2005.8.22(月)
「半島を出よ」(村上龍著)を読書開始。極東有事のシュミレーション小説か。文体とかなんとかじゃないもの。データと情報を駆使したSF。
2005.8.21(日)モバイル17119@
朝、結局、「ホリエモンと亀井静香」の出ているテレビ番組を見た。ホリエモンにはどんな得票が為されるかはある程度分析できるだろう。つまり広島六区の尾道・三原・庄原・因島ではやはり都市型選挙ってわけにはいかないはず。衆愚で愚民な商業ベースの我が国メディアが挙って総ジャーナリズムな雪崩報道を繰り返すことで浮動票が大いに流れ込むという社会現象を今回も招来するかどうか。東京から福山そして在来普通線で乗り込んだホリエモンが揉みくちゃにされた尾道駅前はあれで駅前かというほどの規模であるし海に面したその背後は急勾配な小高き山々。テレビタレントのテリー伊藤が「ホリエモン、広島に六本木ヒルズを建ててよ」だって。「ほんとは出たくなかったですよ」という政治はアホがすること宣う拝金論理ではやはり困るよね。ホリエモン個人の私利と野心をロックな広島県民はどこまで見破れるか?でもな連立少数派の支援者はこのホリエモンにしか選択肢がないようだ。連立の枠組みも結局はネオファシズムの推進になっていると新党な面々は言ってるけども。
さてホリエモンは郵政関連法案が成立すればこの国の改革は進むという。しかし改革の中身を全く喋らない否、喋れないこの御仁。一国の総理大臣に直談判されて信念も曲げて私利なる計算をしたに違いない。二足わらじでなきゃ意味ないし。ライブドアの社長もやりながら国会議員はそんなに暇なのかそれともライブドアの社員はこんな暇な社長でいいのかね。株主もいい加減にしろとでも。まぁ坂本龍馬は片手間で維新に邁進していたようだが。最後は刺客に殺された。亀井静香に「忍者かね」と嘲笑われた平成の龍馬でもなんでもない私企業のオーナー社長の志は「虚名」に徹するビジネスの延長でしかない。これほど国民を舐めた行為は最近、珍しいな。でも所詮はマスは愚民でないといけないよね。儲ける側はいつもそんな感じだろ。
2005.8.20(土)
残暑、部屋にてゴロゴロ。なんか出かけるのも室内で知的に過ごすのもかったるい。
最近、楽しみなテレビドラマ「女王の教室」。黒装束風ファッションに身を包んだ天海祐希演じる教師は極端な差別的競争主義で小学生の児童に「世間の現実」をたたき込むといった趣向で、初めのうちは新奇で珍奇な感じだったけど最近はクラスの児童らが分断から団結へ向かって突き進むスピード感も結局は、次回に繋がる女王教師の策略スパークで余韻を残す展開になってきた。天海祐希のこれまでのドラマの役柄と今回とでは全く正反対なのも番組制作側の意図なのかどうか。しかもエンディングテーマ曲が流れるあの映像でいきなり白のタンクで踊りまくる天海の魅力ある躍動感が本ストーリーとどのような関連があるのかも視聴者の混乱を助長させるわけだ。確かに「女王」天海を反面にしてそれに立ち向かう子供達を照射し真実の教育とは何かを問うといったメッセージ性を視聴者が広く正しく受け止められるかどうか。マスコミュニケーションの妙味はこの送り手と受け手そしてその時代空間にどう情報が反響共鳴するかで時代意識のコアな部分を揺さぶる概念装置にある。
「女王の教室」の話題性とその結果生じる問題性についてこどもらは多分、女王に与しないだろうが教育をさせる側は大いに天海女王に共感するのかも知れない。何故なら教育は管理であり支配であり社会の現実そのものであるからだ。教育問題は常に教育を受ける側の立場は考慮されて来なかった。教育する側の問題だけが問題では無いはずだ。世代間格差という前に管理される側、支配される側はいつも主義で語られないこの日本国憲法の骨幹理念であるところの主権在民・基本的人権の尊重という原理を蔑ろにしてきた統治権力の恣意性がこのドラマのリアリティでもって逆照射されているのではないか。現実肯定が織りなす現状追認の裏メッセージこそが時代精神として蔓延し勝ち組負け組の単純明暗区別だけで時代も人間も語り尽くせるはずはない。所詮は「フィクションであり事実とは関係ない」との但し書きで逃げる。電波の公器たる公共性の問題からいつも向き合わない。日本テレビは今、業績悪化に喘いでいる。
2005.8.19(金)
商売は回収してなんぼ。利益利益。売名と言われようが議員立候補し大衆支持を拡大し放送と通信を融合化させて私企業を大きくする。世界最高の時価総額企業の総帥として...。尾道かよ。
2005.8.18(木)
むしむしな天気。神田へ行く用があって地下鉄を利用。
2005.8.17(水)
なんか選挙がまたしても大衆愚民迎合。
2005.8.16(火)16358@
福山から新幹線・のぞみ50号で10時25分出発。昨夜の祭りの名残雪のようなムードも感じることなく花火には30万人来たとか今朝の「中国新聞」朝刊一面に記事が出ていた。車内は案の定、満員で通路に立ちんぼ。結局、新大阪までの1時間立ちっぱなし。いい加減疲れた。席について早速、福山駅新幹線ホーム売店で買った駅弁「福山」を食らう。うまいね。腹ごしらえしたらば少し落ち着く。京都からタレント小倉優子似の美少女が乗ってきて僕賃前方で立ちんぼ。ママと一緒なのだが見るからに過保護ムード。不機嫌に唇を尖らせて何やら小言をママに言ってみたり席を見渡しながらちっちゃな未熟な胸元を露出させてたっけ。
車内放送で東北地方に非常に強い地震があって東北新幹線は今、運転を見合わしていますって車掌が言ってた。しばらくして車両出入り口の上の文字放送でも報じられていた。帰省中に今乗っている新幹線が地震でストップしたらばえらいこっちゃ、とは思う。でも鉛の如く疲労感がジワリやってきて微睡む。車内販売でやっとホットコーヒーを買って飲む。300円ね。
のぞみ号は早いね。良い感じだ。
飯田橋・カフェで反省会。でも疲れたので帰路につく。
2005.8.15(月)
折角なので尾道に出かける。実家からタクシーを拾おうと歩いているうちに福山駅についてしまった。流しのタクシーが全くなかった。とんだ地方都市だ。糸崎行き山陽本線の普通列車に軽食とウーロン茶をホームの売店で買って乗り込む。別に都内で地下鉄に乗るのと同じ時間感覚でもなく向かい合わせのBOX席なのだが誰もいなけりゃ足を投げ出してもいいわけで。
備後赤坂・松永・山麓・尾道。駅に着く前にデジカメをデイパックから取り出し撮影モードを起動するも「CFカードを挿入して下さい」だって。パワーブックのスロットの中に入れたまんま。家においてきた。でも旅は始まっているのだ。駅前に降り立つ。出口付近にフリーペーパーが設置されている。黒タイトスリットスカートの若い女がフリーペーパーを鷲掴みにして鞄に入れていた。彼女は向島行きの連絡船に消えた。海に面した急斜面に古寺が点在していてその散策コース入り口までふらふらブラブラしつつ。
でも時間は6時近くそのコースを歩き終えるには反日否、半日かかる。なので駅に引き返すことに。改札口に女性駅員。平原綾香に激似の平安朝美人。目元が涼しい。清冽なムードが漂っていた。確かにローカル在来線ではある。ホームで待つこと数十分?浴衣の女の子がいっぱいになってくる。そう言えば今夜は福山花火大会だ。その見物か。やはり福山駅はごった返しだった。女子中学生や女子高生達の群れ群れ。駅店サントーク内のレストランで生ビールにカレー。しばし、休憩。そして酔い醒ましにカフェで往来をマンウォッチング。ゾクゾクと祭りにやって来る群衆たち。あーあ、明日、帰京か。
2005.8.14(日)曇天@福山
田舎はのんびりしてないとね。朝はやはり早い。でも僕賃は旅の疲れで寝坊しようにも眠れるもんでもない。だから田舎の朝は早い。
家の近くには隧道があってその抜けたあたりにサテンっぽいレストランなんかが点在していたりして。おそるおそるログハウスペンション風な店に入ってみる。カレー250円。どっきり価格だよね。でも一番気に入ったのは実家の目と鼻の先にこんな広々としたのんびりできるお店があることだね。確かに今日は盆休みのど真ん中だったりするけれど。扇風機の風が風流に清涼だったりして。
モジュラーコードを忘れてネット接続は無線LANくらいな可能性だけど如何せん、地元福山にはないよなー。ほんの三、四日ネット繋がらなくても問題は大してないようにも思う。
のんびりと昼寝なんぞをして心身共にリラックス。広島風お好み焼きを食べて郷土発展を祝ったりして。
2005.8.13(土)モバイル@新幹線
只今の時刻13:06。のぞみ55号広島行き東京発13時13分。一本遅らせて座席確保。発車まであと数分。かなり混雑していた。折しも昨日は日航機墜落20周年でそれに当て込んだ鎮魂だか商魂だかのテレビ番組が放映されていたし「やっぱ飛行機はやばい」ってことで新幹線へ乗り換えた人々も多かったのかも知れないけれど。さてそろそろ我が国が誇る最高の乗り物が発進する。
「猟奇的な彼女」を車内で観た。バッテリーパフォーマンスもギリギリね。しかしこの一号車は家族連れの餓鬼の阿鼻叫喚なる時折の絶叫マシーンの様相とヤンキー気取りのあんちゃんが缶ビール横転させてのビールぶっかけ床ビチョネチョ状態の不快指数倍増劇
15:41。福山到着16:54ってことはあと1時間の新幹線旅か。通路まで人ぎっしりで楽しみの車内販売もきやしない。座りっぱなしでケツも痛い。隣のお姉さん、寝放し。しかもビールの腐った異臭とおばちゃんの加齢臭混じりな安化粧水のミックスブレンド、ワァーオ。息が苦しい。呼吸が苦しい。
2005.8.12(金)モバイル@東中野モス15894@
普通に平日。地下鉄車内はネクタイに上着の反クールビズな面々、多し。お上主導の意識改革も結局のところこんなもんだろう。官製談合に官製パフォーマンス、無駄だよね。
数値目標を飲まされれば「何時までにどれだけ」の制約を拘束化されるわけで、あとはがむしゃらに丁稚奉公に励むしかないラットレースなダッチロール。
脱組織の脱集団、それらから完全自由なる人物が仮に存在したとして彼の言動が「完全自由なる言説」かどうかは大いに疑義を呈していい。あり得ないわけでね。
小泉の反逆者への報復選対が連日、マスコミを賑わしている。これはどう見てもおかしい。何がおかしいか。それを煽るマスコミ報道である。大事件大事故が起きたらばその重大性・深刻性そして悲惨度をこれでもかこれでもかと書き立てて映像ながしまくるその感性と論理と行動全般に大いに疑問を呈したい。小泉政権の人気度は自ずと知れたマスコミの迎合が大いに貢献しているのだ。今回の選挙戦もその延長線上にあって。
小泉対反対勢力の攻防のようなことに報道が終始し結局は「白けムード」が増幅されれば「投票率は劇的にダウン」でもって民主横ばいってことで。政権交代はあり得ず。またしても連立少数与党の選対がメインになっちゃうってことか。政治権力のモーターとして選挙本部はフル稼働なのかどうか。縁故選挙の延長線でしかない。実績と言っても結局は与党なんであって国会の過半数を持って居るんだから議決権を抑えているわけでね。でもなぁ官僚や地方政治家が担がれているけれど選挙ってそんなもんかしら。小沢祭りの御輿の如く「軽くてパーがいい」だけでいいのかどうか。
2005.8.12(金)モバイル
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夏休み5連休の初日である。今回の休みは帰省がメインだ。明日の午前には東京から新幹線に乗る予定。今日明日の天気はぐずつく模様。最近、そんなに厳しくも暑くない。凌ぎやすさのある気温な日々だ。
朝起き出して休日ののんびりした時を過ごしドラッグストアに行く途中でソウネンの花ちゃんとばったり。「これから帰省する」少しの間、交差点を見下ろすカフェテリア「小島屋」でお茶することに。
老舗の広告代理店「廣告社」に勤務する花ちゃんは休日のリラックスムードを漂わせていた。突然の解散総選挙で盆明けから大忙しなスケジュールもなんのその人生の貫禄・風格も穏和な表情に隠しながら僕賃の戯れ言にも大いなる寛容な心で接してくれるオジキ・花ちゃんは健在だ。
帰省もその道中そして実家に帰ってからもその帰途中も旅の時空であるはずで日常性からの幽体離脱な非日常性への回帰みたいなことになっていて殊に新幹線での超高速移動の時空は心躍ったりもする。前議員らも地元へ帰って選挙地盤を堅め直す期間も足りないわけで。
2005.8.11(木)
お盆休みが8/12~8/16。日経平均株価が12200円超したそうな。帰省ラッシュに揉まれぬようね。
2005.8.10(水)
自民党の報復選挙。内部崩壊だね。特に亀井派閥を目の敵。亀井も大変だね。
2005.8.9(火)
長崎原爆攻撃から60周年。人間の頭上に爆弾を落とすことが「投下」であって「爆撃」ではないコード歪曲の言語性。
2005.8.8(月)15268@
衆議院解散。「郵政民営化」が争点じゃなくて「政権交代」が今度の総選挙の争点でなきゃね。そこのところは「テレ朝」で岡田代表が古館に何回も語っていた。「政権交代」いいな。もうさっさと自民党から政治権力を奪取してもらいたいのだ。
2001.9.11に勃発した同時多発テロに米国が触発されテロとの戦争と称する武力蹂躙が始まったように2005.9.11にこの国の政治権力に内政的政治テロとでもいうような激震が走るのかどうか。くれぐれも今回の衆議院議員総選挙を「自民党内輪の茶番」に政治監視の眼を矮小化させてはならない。しかしTBSはこんな時に「世界陸上」ですか。ジャーナリズムでもなんでもないよな、「ニュース23」はよ。
2005.8.7(日)15105@
郵政民営化法案を巡って衆院解散総選挙の流れで政局は混迷を深めている。週明け明日の8.8に参院法案否決で即日解散そして9.11に投票日の流れになるのかどうか。昨夜、小泉総理の後見人の森氏が「解散回避を直談判」するも「もう匙投げた。変人以上だ」と説得失敗。小泉総理はこれで「小泉自民党」の勝利を選挙でもぎ取り自民党をぶっ壊すことになるのかどうか。民主からも政権参画で割ってでて公明党はツンボサジキで下野するのかどうか?大きな政界再編の胎動が始まったのかどうか。民主が単独で政権が取れるとは現実味はなかったりする。
国家予算の40%が借金の利払いだけで消えるこの異常な我が国の財政赤字を如何に改善するのか。このままでは海外投資が日本売りに転じて国家財政はまさに破綻する最悪の事態を如何に回避するのか。
さて解散総選挙になって何が最大の「争点」になるのだろう。争点提示は選挙を面白くする最大の要因であるけれども。どうなるのかな。8.15には選挙の必勝祈願であの神社にお参りにいくかもね。
2005.8.6(土)15061@
広島原爆攻撃から60年。攻撃した側の論理は本土上陸作戦の回避と占領統治のイニシアチブ確保が原爆投下の正当性らしい。「リメンバーパールハーバー」は日米開戦の正当性を世論に牽制しその終戦にも原爆投下の報復による正当化に使われた。「やられたらやり返せ」しかしその前に米国の仕掛けてきた「石油全面禁輸」の経済封鎖とはアジアの近代化を目指す日本にとって死活問題であった。「オレンジ計画」という米国のアジア覇権の構想はあまり知られていない。あの時代に「対話と協調」で外交が円満に機能していたのなら「武器よさらば」「永遠平和完遂」ではあった。史実に忠実であれば列強が弱小国を武力で蹂躙していたあの時代に中国には様々な大国の治外法権の「租界」が点在していた。日本の海外侵略は欧米の植民地支配と同じ論理であった。そうしなければ植民地支配を余儀なくされる危機が国家的杞憂として明確に存在していた。黒船来航に刺激された富国強兵の近代化を邁進した当時の時代相を鑑みても自己正当化の根拠はある。日本の国際連盟脱退を促進させた情勢はまさにその「食うか食われるか」であった。そこに相対的正義は成り立つ。非戦闘員の無差別殺戮は英国や日本が始めたといわれる。戦争の近代化にそってゲリラ戦と総力戦の様相を呈すれば自ずと局所掃討的攻撃の合理性は高まる。原爆の登場はその局所的限定攻撃を超越逸脱した戦略概念を提起している。人類滅亡兵器という勝者も敗者も存在しない悪魔的兵器であり核使用は絶対悪の行使に他ならない。今や核保有の優位性と有意性は国家からダウンサイジングしテロ武装組織への蔓延の危機にさらされている。北朝鮮の核保有を包囲する六カ国協議は不発に終わった。各国の軍産複合体が自らの利権を放擲するはずもなく。戦争は経済と表裏一体性をもっている。
2005.8.5(金)14893@
夏休み。気温は35℃を越す。熱風の外気に包まれて郵便局へ。夏冬にコインを預入。良い感じになってきた郵貯普通口座の残高。何かの時の備え預金だね。
平日に休みを1日とっても特段何かするわけでもない。那須あたりの温泉に出掛ける気もない。トンカツ屋でスペシャルランチを食べてマックでシェイク。「魔の山」の続きを。ハンスカストルプがショーシャと話している。
部屋のエアコンがあまり効いてない。窓から外気の熱気が直伝道。本を読むのもなんかしら忍耐力が必要だ。激しい睡魔。仮眠が熟睡で4時間。
2005.8.4(木)14832@
アップルのダウンロードミュージックサービスがスタートした。一曲150円と200円。iPodで音楽を聴くにはこのサービスは最適だ。早速、「平原綾香」「渡辺貞夫」とか好きなミュージシャンを検索かけたけどヒットせず。100万曲の中になかったのね。残念。ソニー関連の曲はダメみたいね。
セキュリティが怖いけどね。
2005.8.3(水)
蒸し暑い一日だった。昨夜、セブンイレブンにて「豆乳」と「野菜ジュース」を買ってきて早速、飲んだ。しかし自分の嘔吐催起を乗り越えながら。
2005.8.2(火)
今日も暑い。組織解体論はどんなもんだろう。
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2005.8.1(月)
自民党代議士が自殺。党を取るのか派閥を取るのか?派閥を取れば選挙が危ない。党を取れば派閥の裏切り者。踏み絵の犠牲者か。
2005.7.31(日)
朝はそんなに暑くなかった。水泳の中継が終わってサンプロ。共産党委員長の志位と自民党の安倍代議士が討論していた。安倍氏が話で面白かった。でもやっぱり議論はほとんど「信念対決」だ。互いの思想信条がぶつかり合ってある種の発展を喚起できるのであれば「対話の生産性」は上がるよね。でもCMを挟んだ大企業が金を出して成り立つほんの数分の「番組コーナー」においてはかなりの時間的空間的制限がある。田原総一郎の司会も冴えないし。結局は多くの視聴者らの「価値観」や「思い込み」の投影になるだけ。自分の背後にある同志やら同調者に向けて発する言葉でしかない。
午後になって暑くなった。ジムでエアバイク漕いで発汗、電車のエアコンでぐったり。体温調整の乱調は体調にダイレクト。塩気の多い食事になってしまう。冷や奴なんか生姜でピリリ。美味い。
定食屋のテレビを見る。中国はエイズ大国に向ってまっしぐら。売血とか街頭で行われている。衛生面でやはり厳しいのだろう。一党独裁の官僚機構の腐敗も民主化のうねりでかなり露見するだろう。怒れる民衆の大半が「反日」に向ってるわけではない。中国の外交カードであり日本のナショナルな連中にも使い勝手のよいカードである。
夜、宇宙飛行士野口さんの「情熱大陸」を見る。北朝鮮に負けてむしゃくしゃしていたサッカーの試合のあとの一服の清涼剤かも。一着10億円の宇宙服。凄いもんだ。トマフォークが一発何億円だったっけ。桁違いの巨額な金が「宇宙開発」には掛かる。産業の攻防をめぐって様々に政治的利権も絡んでくる。
ウルルン滞在記を見れば事故で入院したMEGUMIが韓国チェジュ島の海女に挑戦。タレントど根性物語。バイタリティ旺盛な韓国女性の中でも海女の世界ともなれば尚更なかんずく。優香もそうだけど肥満をシェイプアップしたら巨乳も萎んだってよく聞く。MEGUMIもそんな感じ?かなりシェイプを目指してスリムな感じになっている。グラビアクィーンからタレントそして女優と常に挑戦しつづけるうちに精神力も培われたのだろう。
「海の中怖くなかった?」
「怖かったけどやってくうちに楽しくなってきたんですよ。そしたら怖くなくなりました」
いい言葉である。
2005.7.30(土)モバイル@若松町モス14190@
昨日、話題になった「ばんが」はあそこだった。今居るモスの近くだった。http://r.gnavi.co.jp/g372501/map1.htm
もう中華焼きそば食べてお腹いっぱい。そう言えば小笠原伯爵邸にはとバスが横付けされて運転手が乗客の帰りを手持ちぶたさで待っていた。はとバスのコースになっていたのかしら。貴婦人やら紳士やらの礼服族がいっぱいいるお屋敷であったからね。有名なレストランか何かなんでしょうね。まぁ若松町界隈は面白くなってきたのかもしれない。
当たり障りのない人生ってやつは痛快性に欠けて面白くないのかも知れないね。他人の「歴史観」やら「生活信条」を批判するってことはそれ相応のリアクションを覚悟しなければならないわけで。そこには事実に即した研究成果を背景とした知的批判がベースにあったとして複雑怪奇な反撃もしくは私怨的報復が必ずあるわけで。このようなやっかいな事態を招来する原因に「信念対決」の困難性があるわけだ。思想信条を批判するということはその対象となる人物・組織というものの全否定を意味しそこに重大な局面を創出する。人身攻撃という言葉があるがまさにそれに陥ってしまう危険性だ。ビジネスの世界の二大御法度は「宗教」と「政治」であることは常識である。生活利害の相反する思想性をオブラートし生業で稼ぐことが「経済」の偽らざる社会常識であってこの生活の知恵みたいなものがエコノミックアニマルとして国際社会で蔑まれる所以でもあるけれども。でも生きていく上で生き様が態度として澎湃し周囲を感動させることってあるわけで。「R25」最新号巻末・石田衣良のコラムは正確じゃない。作家は自分の「小説」に向き合っていればいいんじゃないかしら。ジョンレノンがなんと言おうが宗教のない世界を想像してもしょうがない。空想社会を夢見ても現実社会の問題はなにも変わらない。
マッドアマノ氏が「リトルボーイとファットマン」を出版した。
http://www.parody-times.com/littleboy_fatman/littleboy_fatman.html
「A級戦犯はトルーマン米国大統領だ。彼が原爆投下を決断したからだ」そうね、広島県で小中高の教育を受けた僕賃。夏休みの8/6には必ず召集日で「原爆記念日」を学習していたけど「米国が犯した戦争犯罪」とは終ぞ教わらなかったよ。原爆の悲惨さは教わった。とくにケロイドの原爆症で苦しむ被爆者の悲惨な写真や体験を通して。でもそれを実行した米国への批判はなかった。何故なんだろう。日教組の強い教育の現場でも歴史認識が占領統治のまんまだったからかしら。反権力にばっかり向かっていたからそんな歪曲的な歴史教育しかできなかったのか。教育の現場に労働運動を持ち込むと教育がお座なりになってしまう典型例かもね。怖い怖い。原爆記念碑の「過ちは」の語句を傷つけた青年が自首した。この青年は何故、記念碑ごとぶっ壊さなかったのだろう。青年らしくない。まるでオッサンの所行ではないかい。しかも自首するとはどういうことか。自分の罪を反省し「ごめんなさい」と言いたかったのかしら。千羽鶴に火に火を放った学生が去年、自首したけどやっぱりこの国には思想的確信犯はいないのか。丸山眞男の「超国家主義の論理と心理」の通りなのか。東条英機が国会で「あんたは独裁者ではないか」と聞かれて「天皇に一番近い家臣だ」みたく応じて「独裁者ではない」と明言したという記述がある。全く自分を自分で独裁者だと宣う人格もないけれども。客体的客観的に評価すべきは他者でしかない。だから戦争責任は戦勝国が敗戦国を占領統治しやすいようにスキームつくっちゃうのは致し方ない。1945年夏に日本は無条件降伏した。今度は勝てばいいだけのこと。
2005.7.30(土)モバイル@東中野モス14078@
多分、韓国の女たちだと思うがモスの店内にいて飲み干されたグラス二つに氷のおかわり。鞄からペットボトルを取り出しお茶をそこに注いでいた。でかい声である。そしてタバコ女の有毒煙が侵入してくる。ストローで吸いながら片手にニコチン中毒特有の震える指先ですか。煙にジュースに口内は大忙しであるけれども。浴衣にニコチン、全く似つかわしい情景ではないかい。
「R25」を読んでいると作家の石田衣良のコラムがあって「世界に100人の神様がいるのなら」という題。巻末コラムってやつですか。つまんなかった。
2005.7.30(土)14066@
なんか眠い。ここ飯田橋・カフェで今、沈思黙考していたのだが隣にIBMのシンクパッド野郎がいる。不自由なもんだね。あのせせこましくもちっこい画面。モバイルってあんな不自由な筐体でしか実現できないカタワなのかね。日本人らしさときたら。だってこのシンクパッドは日本人が作ってるんだからね。思うんだけどテキスト打ちはB5とかA5とかじゃお話にならんわけ。フルサイズキーボードでないと。タイピングストレスでもって想念が堂々巡りしていくのだよ、明智君に小林君。
セキュリティ安全なのかい?全WINなる人々。macもそれほど安全じゃないけどね。
2005.7.30(土)モバイル
我がPowerBookG3(2000年firewire)も5年目だ。最新のiBookはCPUで3倍以上、ビデオメモリーでも4倍強になった。iBookは値段もスペックも断然いいのだがそれでも何故にこれほど我がpismoを愛するのか。それは断然の愛着だ。今は亡きパワーラボが自社製造した特性キーボードを装着し国立商店が作った特性革パームシートを装着、液晶画面には加賀電子が作った覗き見防止シートを貼る。メーカーの制作サイドにも熱烈なるpismo信者がいてその愛を形にし世に問うてきた。PowerBookユーザーのカルトなまでの愛着心の発露を僕賃もこんなアクセサリー遍歴でさりげなく。つまり購入した当時は今以上にPowerBookコミュニティが充実していたのだ。専門ショップもあったし山本先生のサイトもタイムリーに充実していた。だから先日、パワーブックニュースが終了したけど何となく感慨があるよね。今後、アップルはパワーブックのメジャーアップをインテルと組んでまでやってくれるのかと淡くも熱い期待を僕賃は寄せている。iBookはiBookだ。しかしマックのノートはパワーブックなのだ。多分、本体と同額もしくはそれ以上にサードパーティやらアクセサリーやらを買うのがMac PowerBookユーザーだから。真っ二つになるまで使い倒す。そしてまた買っちゃうかも。これは「生き方」の問題なんだ。
2005.7.29(金)14053@
鰻を食べもせず。この夏を如何に乗り切っていくのか分からん。原油高騰の煽りで電気代とガス代が便乗値上げ。カネボウが粉飾決算。三菱自工が旧経営陣を相手取って損害賠償訴訟を起こした。不祥事な会社の経営陣は大変だ。楽天も情報流出で激震が走っている。でも「大したことはない。まだ被害は出ていない」などと端から牛乳かよ。毎日に書いてあったけど入手した情報で自分が運営するアダルトサイトに入会手続きを取って月5000円をクレジット決済すれば被害者は暗証番号が分からないからなかなか有料サイトを解約できない。カード会社に「不正使用」の証明ってどうやってやるの?こうならないためにはカードを一切中止するしかない。不便でも安全を選ぶしかない。
2005.7.28(木)
東京三菱とUFJの合併延期のニュースをネットで配信した読売は見出しが最初は「合併延期へ」から「合併延期を検討」へ更新して微妙ながら意味内容が大きく異なる記事に変えた。どこもその後追い記事がでないんでおかしいと思いつつ日経をみれば「銀行当局の否定コメント」を流していた。読売のフライングかそれともリークネタがトンデモな状況だったのか。僕賃は給料振替は東京三菱の普通預金口座になっていて先日、10/31のお知らせが郵送されてきたばかりだった。
2005.7.27(水)
iMac用の512MBメモリーが宅配された。早速、メモリーを挿入した。入れ終えてユーザー登録しようにもメモリーに貼ってあったテープにシリアルナンバーとかあって面倒さに負ける。これで「永久保証」の対象外になるわけよね。ユーザー登録してないと免罪対象になっちゃうのね。
2005.7.26(火)
台風7号関東地方に上陸。地震の次は台風。交通機関は冷や冷やか
2005.7.25(月)
台風7号が接近中。雨脚が夜から強くなってきた。明日は終日、台風の影響で雨が降るかも知れない。漫画家の杉浦日向子が下咽頭癌で死去。46歳だった。博学の荒俣宏と一時結婚して「帝都の怪人に美女」という意外なアンマッチなどと言われていた。出世作「風流江戸雀」はなかなかいい漫画だ。素描に近いタッチがなんともモノロームを感じさせられた。
2005.7.24(日)モバイル@日本橋スタバ13341@
「震度ゼロ」を痛快に読了。横山秀夫の新刊でベストセラー。しかし阪神大震災を物語進行の時計代わりにする意味がどれほどあったかは作者のみぞ知るだ。
警察組織しかもN県警って何県?神戸から700キロに位置する県といえば東海地方もしくは中部もしくは中国地方?県警幹部の構成はキャリアとノンキャリそして地方(じかた)とストーリー構成の合理性でもって典型的人物像がパズルのピースの如く創作されている。官舎の銃後の婦人部達の「情報戦」が面白い。将来の警察庁長官候補と目される35歳の警務部長冬木と保身の県警本部長椎野そして生え抜きの刑事部長そして交通部長などなど。登場人物が「情報」を巡って様々権謀術数を駆使しながら「インナーポリティックス」を繰り広げる。阪神大震災派生と同時に不破課長が謎の失踪。本部長の相談役にして世話係。人事案の要でもあった。彼の失踪は県警内部の権力蠢く「情報」の失踪でもあった。失踪の原因究明そして彼の足取りを追跡する過程で見えてきた人間の闇。不破には妊娠し別れた女がいた。失踪の原因に「不倫」が絡む。官舎の婦人部は「婦警時代の刎頸」が巣くってもいてしかも「密約」が今現在にも反映していた。夫の出世に身を委ねながらも昔は華やいだ魅惑の女が今は見る影もなく嫉妬と生活の澱に沈殿し日常の垢と化した醜悪を露呈させる。乗り捨てられた車の中にソバージュの毛髪が残存。重大なるこの物証は不破の不倫相手でしかも不破の女の忘れ形見の娘の毛髪であってその女と男女の関係でもあった。その関係を不破の妻は気づいていた。やがて明かされる不破の失踪の真実とは。
県警内部で激しくやり合う会話劇は楽しい。最後はヒューマンな慟哭でピリオードが打たれる。
組織物語として本作を楽しむ視点もありだ。立身出世の分かり切った野心が政治力を駆使するために「情報」収集に躍起になる。捜査を取り仕切るには対立する組織内の敵に対して情報優位に立つことが最重要である。冬木紘子が面白い。その夫、優ちゃんは「情報」を一番喜ぶと独白する下り。本部長椎野の夢分析は?赤い少女って何をメタファーにしてるのやら不明。そして地震との関連が不明だよね。特に震災被災者にとって折角の本作も読書の楽しさは半減するかも。自分の体験と摺り合わせができず大いに違和感を感じてリアリティを欠くからだと思う。
それからキャリアの中でも反目し合う関係のリアルな描写というものが「実際のところどうなの」という疑心暗鬼もあって幼児性と臆病な保身の県警本部長とナンバー2にして警察庁長官を目指すキャリアの下克上の物語と割り切るかどうか。威信と士気か。警察って複雑な人間関係なんだなって感じ?でも面白かった。
文章を映像的にしようとするとこんな既存人格と物語の一般化が必然的になってくるのかどうか。ただ、作者横山の思い入れは自ら地方紙記者の出自が警察と新聞記者の関係において時代的に新聞が警察権力と拮抗しているなんてそんな時代性は今も昔もないと思う。どんな新聞にもそんな紙面はない。あり得ない新聞編成上のあり得ない紙面構成であるから物語の虚構性はリアリズムの照射がなされない。だから物語のフレームアップが大仰になってしまうのだろう。終章で明かされる失踪の真実。親子の関係を基点にした人間蘇生への性善なる作者の思い。組織犯罪の類型を提示した情報劇でもあり心理劇でもあるかも。でも組織の帰属に規定された状況の絶対性からの脱出は終ぞ叶わぬ夢なのかどうか。
2005.7.24(日)モバイル13335@
午前遅く東京メトロの地下鉄東西線に乗車した。余震は数日間は注意が必要ったって、どーしょーもないわい。全く蓋然性と偶然性と必然性の三つの可能性に対して頬被りするしかない。無常に身を委ね切ることね。死は一定なり。この世は相対的世界であるが生死は必定の一語に尽きる。如何に金銭資産を備蓄しようが全世界の蔵書を読破し希有なる無尽蔵の知識を脳髄に所蔵しよーとも美男美女を漁色漁食しよーとも。全部は相対的価値の範疇内でしかなくその相対的基軸は変動絶え間ない無間状況であって。
2005.7.23(土)17:17:18落合駅前「ジョナサン」にて13274@
午後4時半に地震発生。そのとき僕賃はジムでトレーニングしていた。バーバルやダンベルがカタカタと夜店の風鈴が強風で一斉に揺れ騒ぐ感じだった。しばらく横揺れ。筋肉をマックスでパンプアップしていて脳内酸素が希薄だったのでトリッピング状態でこの激震。突然の想定外なる揺れが脳の外を揺らし、同時に脳内でも揺らぎが発生して何となく気持ちよかった。これが相乗効果ってやつだ。「自室のiMacは大丈夫かな」とか思ったりした。ジムを出るときもテレビでは一斉に地震情報番組に切り替わっていて「電車、大丈夫かな」とか思いつつテレビの即時性は認めるけどオンデマンドなニーズにちっとも応えてくれてないじゃん。ドコモのケータイ「しばらくお待ち下さい」の画面表示のまんま。どこが災害に強いんだい。iモードも全く使えない。案の定、東西線は「全線運転見合わせ」だって。駅の改札で群衆が溢れていた。なので駅前「ジョナサン」にて時間調整アンドトレーニング後の癒やし生ビールでリラックスしているのだった。
でもファミレスのテーブルの広々快適なのには開眼だね。イスの座り心地も「居座り防止のカチコチ」じゃないし。スペースがゆったりしているのは知的にいいのだ。どうりで宮藤官九郎にしても弘兼憲司にしても創作活動の重要な生活拠点を「ファミレス」にしているのか合点がいく。これで無線LANがあってネット接続が可能であったら最高なのだが。惜しい。でも使い込むぞ。
時刻は17:55:13の今もドコモのケータイは使えない。情報通信の落とし穴をまざまざと。いざと言うとき使えないのが分かっている情報ツール、とんでもないことだ。他社のケータイはどうなんだろう、とか考えていたらば、思いの外空腹だったことに気づく。
2005.7.23(土)モバイル13247@
本日、大暑。ボーダフォンショップの窓口嬢(多分、派遣の女の子)が目の前を通り過ぎた。片手にパンパンのお財布を持って。近くにコンビニがあるからお弁当でも買うんだろう。でもさ女性の財布ってなんであんなに大きいのかしら。あれでは絶対、ポケットに入らない。逆「山椒魚」状態じゃないかい。普通に硬貨や紙幣にカードが入っていたってあんなに膨らまない筈ではある。タレントのKONISHIKIが「僕が大きいからって財布まで体に合わせて大きいわけないじゃん!」って財布見られて「何で普通の大きさなの?」とみんなにいわれるんだとか。
お金は等価交換の経済性をもつメディアであって所有する人間性に支配も制約も受けない普遍性をもっているってことだ。マルクスも「貨幣論」で論じている筈だ。人民元が切り上がった。共産主義の経済も一党独裁の国家に対して米国の覇権をかわすために「外交的に非常にうまい」切り替えのタイミングだったという。これで中国からの逆輸入品がデフレ経済を煽っていたのだけれど、返す刀で中国の自国経済自体にも実は内需拡大の余波でもって大量失業者が吐き出される。2%が10%にすぐなるだろう。デフレからインフレへ経済循環は止まらない。
2005.7.22(金)
給料日前の金曜日。どんよりした天気だった。
2005.7.21(木)
今日から小中高の学校は夏休みスタート。電車は通学関連は部活ぐらい。偏に夏休みと言っても季節感的にはお盆前までだ。だからこれから約20日間くらいなもんであっという間にそれこそ終わってしまう儚き陽炎なる時間なのだ。
「あと1ヶ月と言われた恋人達がその残された時間を燃焼し尽くす」ように受験勉強しろと東大合格者が我が受験を振り返るみたいな出版社の企画で語っていたのを今でも思い出してしまう。終わりを意識しそれへのプロセスに完全投入するかっこよさね。青春の一瞬を完全燃焼してみようってなぐあいか。
2005.7.20(水)
鈴木杏ちゃんの「がんばっていきましょい」がよくて。
2005.7.19(火)
吉野家って米国牛が禁輸になって盛り下がったというより定食屋的な多角戦略をもっと練った方がいい。コンビニの弁当の惨めさは食文化の退行だ。
2005.7.18(日)モバイル@東中野モス12878@
しかしモスバーガーは人気があるね。入り口近くの狭いテーブルに座ってコーヒー飲んでる間に何組のカップルがやって来たことでしょう。フリーペーパーも結構、暇つぶしなのか鷲掴みで何種類も持って行くし。全てはリクルート発行のバイト雑誌のようだから夏本番突入で旅行費用をバイトで稼ごうと焦燥感に駆られたのかしら。タダは流行るよね。R25の如くに、ネットだって閲覧料ないし、民放も一応は無料だし。今時、有料ではマスは納得しないのかどうか。広告宣伝料の課金収入があるからこのシステムは成立しているんだけれど。考えるに無料の情報は本当に価値があるのかどうか?翻って新聞紙の広告はちらしならまだしも一面両面全面広告というのがあるしタイアップ記事も多いし宅配制度に肖った誠に傲岸なメカニズムが運用継続されているのね。その反面で五大新聞で「社説」や一面「コラム」がネットに掲載されていないところはどこもない。ネットでニュース見たければ「Yahoo」や「Livedoor」のポータルサイトに速報の見出しが出ている。新聞紙より格段に早いし他の新聞が項目別にインデックス化しているから非常に便利ではある。ライブドアがやり始めてヤフーも追随したけどアクセスランキングで「ニュース」の序列化も行っている。ネットジャーナリズムも大衆的な興味本位が儲かる指標と一致しているわけだ。
やれ菊間がNewsの未成年メンバーに酒飲ませたから公園で騒ぎを起こしただの、杉田かおるの離婚問題が泥沼化してメディアスクランブルが起きただの、パブリックジャーナリズムのアマ化現象は思いの外に進展している。このようにスナック菓子のような情報の浮薄に対抗すべく我らが「マル激オンデマンド」を昨夜も視聴した。
「憲法改正問題シリーズ第三弾」?民主党憲法調査会会長の枝野氏がゲスト出演。国会の三分の二という現実は自民公明そして民主が合意形成を完遂してこそ成文成立の内実である解釈権に関しても重大に歯止めが掛けられのだそうだ。しかしその次の国民投票において大否決されるケースが安易に予想されうると言う。つまり EU憲法がそれぞれの自国における国会で90%の賛成だったのに国民投票において否決されるという民主代議制の大矛盾が昨今、露呈しているわけだ。同じようなことがこの国に於いても十分に起こりうると枝野氏他宮台氏も指摘する。憲法改正を本気で考え行動する自民党議員は何人いるのかについても「大半の8割は憲法をおもちゃにし、愛国も靖国も天皇までもおもちゃにいている」と枝野氏は扱き下ろす。宮台氏がこんな設問を投げ掛けた。
「恋人にあなたのようなマルクス主義者とは別れる!と言われたその男が「それは憲法違反だ」といったけど本当にそうか?」という設問。
宮台センセイはいつものニヒルでシャイな薄ら笑い(この微笑とも嘲笑ともつかぬひけらかし笑いには生理的嫌悪を覚える淑女も多いのではないか)を浮かべつつ明快に断言してくれた。つまり、憲法問題は個人間では起こりえないし勝れて統治権力への歯止めとして一般法規からは超越した法体系であるから憲法の違憲性については国民と統治権力機構の対立性に於ける関係でしかないということだ。法曹資格を持つ枝野氏も「この設問ができたら司法試験の憲法問題は合格点ですよ。でもね、今の大学の法学部ですら教えてないですよ」だって。何やってんだ、大学は!と怒る前に大いに勉強しましょう。憲法改正の問題点は九条もさることながら「天皇「米国」の二点だそうだ。そこに「九条」も絡んでくるけれど自衛権問題と国際貢献を明確に分離した議論が今の自民党には皆無だそうで枝野氏は「民主内部でのアイデンティファイ」されうる合意形成も早急に為さねばならないが「政権奪取」が専権事項の最優先だそうだ。だから「皆さん、選挙に行きましょう。そして民主に投票してその権利でもって我々を叱咤して欲しい」とのこと。
2005.7.18(月)モバイル 祝・梅雨明け!12871@
今日、気象庁が関東甲信越地方の梅雨明け宣言。朝っぱらから尋常ならざる日差しが照りつけている。気温もYahooによれば午前十一時現在、東京は33℃になっている。35℃いっちゃうかな今日の最高気温。
そう言えば最近、騒がれなくなったクールビズ。国会議員らの官製パフォーマンスの白けのようね。大体、室内気温28℃になっている空間ってあるのかしら。長袖シャツに上着がどうしても長時間必要な店内モバイルカフェ。外に出て上着はきついけれど夏風邪引きたくないし。
さて、ガンガンにビールの宣伝が盛り上がるし行楽地への招致合戦の広報活動も活発になってくるでしょう。夏は開放感溢れる快楽の季節なのだ。ネットオタクもノートパソコン持ってモバイルカフェに繰り出せ。
2005.7.17(日)モバイル@早稲田駅前モス12805@
雨も降らず気温は上昇。連休第二日目。街行く人々の奔放さときたら。
しかし発汗の季節。体臭隠しの香水が非常に不快感を煽る。伊達男に伊達女、乙なもんでしょこの匂い、粋なもんでしょこの香りってな塩梅かよ。臭いに敏感なのは生来な気質なもんでニコチン煙も許し難いがこの傍若無人な臭き臭いも我慢がならぬ。
今朝の「サンプロ」で「談合に於いて法概念に見解の相違があってそもそもが違法性はないし、今回の橋梁談合なんてのは冤罪だ」みたくゲストの政治家否、政治屋さんがおっしゃる。そこに成城大学の先生が「許し難い暴言」だみたく噛み付いておられた。財界総理の異名をとるトヨタ自動車の最高実力者が「談合は全国津々浦々、行われている」と談合擁護論をぶったっけ。政官財の癒着構造の根幹に「談合」を捉えその諸悪の根元に対しての徹底的なるメスを振るうどころかの話なわけではあるが。「政治家に清廉を求めるのは八百屋に魚を買いに行くようなものだ」と仰った元警視総監だった自民党代議士にしてその当時、法務大臣だったお方の「正論」なのか「暴言」なのかは賛否両論どころかの騒ぎで「笑っていいとも」に田中の康夫ちゃんと出ていた山本コウタロウが大いにアルタのスタジオで怒っていたっけ。「政治屋は八百屋なのそれとも魚屋なの?」って感じだったように記憶しているんだけれど。
「全国津々浦々」発言がなんで問題なのかは意図したしないに関わらず結果的にはマスコミが取り上げて物議を醸す状況ができてそこでこの問題の問題提起のような争点提起を社会現象の俎上に乗せてることね、経団連のトップがそう発言すりゃ、「それじゃもっとやるしかないよな」みたいな助長論を煽る結果になるわね。公金横領の談合システムがこの世の悪が根絶しないのと同じ次元で語られて「談合反対論」に対してはそんな「絶対正義」じゃ現実は見えませんよと言い返していたね、この政治屋先生の脇雅史参議院議員。http://www.waki-m.jp/profile.html
まぁ政治家は経歴見ればどんな利益擁護をやらないといけないかわかっちゃう。その分野の討論番組に出演しても自説は利益擁護に収斂しちゃうわけだ。哀れ言論の自由よ。
今国会で郵政関連法案の参院成立か否かで政局になっているけれども、早くも法案否決で衆院解散、政権転覆か!みたく週刊雑誌の見出しが踊っている。小泉に造反した議員各氏は「選挙に強くて自分の選挙区に郵便関連の方々が大勢いる」とか今朝の毎日が分析記事載せてた。つまりは選対かよ。選挙対策がその議員の仕事の大半であったならば在職中の殆どがその対策行動ということになってしまうわけね。政治に空白を作ってはならない。よく言ったモンだ。小泉自民党のマニフェストには「郵政民営化」の公約がのっかている。その公約違反を造反議員諸氏は堂々とおやりになっているのであれば先の選挙の大いなる公約違反であって、さっさと離党し新党でも作って解散総選挙で国民に信を問い直せと言いたい。今国会は全く国民不在もいいとこの特定利益集団である特定郵便局関連の連中とその利益を浴している議員らのはたまた政権枠組みにしがみつく権力亡者らの猿芝居の如き低劣なごっこじゃないか。
政局は夏の陣へなだれ込むか。ここ一ヶ月は目が離せない。
2005.7.16(土)白ゆり@高田馬場12753@
梅雨明け目前の今日この頃。ジムで快楽の発汗を敢行しその脱水的補水として途中下車の高田馬場。祝杯という意味合いでトレーニング後に自分の肉体を慰謝すべく溜飲を下げるこの快楽とは何ぞや。
放言暴言が止まない虚言症の作家政治家の慎太郎と同時代を生き戦後日本の精神性を糾弾しつい先日急逝した格闘家橋本真也より五歳遅い45歳で自決したノーベル文学賞候補作家の三島由紀夫の言葉に「どんな放蕩息子であろうと心地よい発汗後のシャワーの快楽を味わうことは人生の妙味だ」みたいな痛快さというかスポーティさというか老いてこその老害放置な政治家の自分の言説の結果責任の転嫁が「仏政府へ文句言え」ではオタンコ茄子ではないかいと思わせるものがあって、多分自決美学を敢行した刻苦精励たる三島の己心に巣くったカオスの情念を相対化するに肉体鍛錬を通じた論理的帰結に於ける物理現象へのコミットメントに顕在化するパラダイムを見る。要はシャワーなのかビールなのかは見解の相違でしかなく運動後のアフターケアに刺激性を欣求する人間の本質的欲求充足の意味性を感じればいいだけのこと。
翻って慎太郎氏の迷妄性は今後も時間的経過は誰しも忌避できぬエイジリングなる運命に身を委ねるべきであって潔さの微塵も感じられなければ醜悪なる時間性の残酷に為すがままであろうということである。
でもな枝葉末節な言質を針小棒大に喧伝するメディアのアンチ慎太郎ぶりは所与なる思惑が入り交じって素直に感心できぬ。作家的言語世界を生きる筈の慎太郎氏の現実政治的言動の妥当性は氏の作品世界の猟奇性に帰着すべき命題であって氏の現世的な物言いも結局は選対に収斂されているのは論理的必然なのは否めぬ事実だってことか。
2005.7.16(土)モバイル12744@東中野モス
薄日ながら気温は上昇。東京都知事の石原慎太郎氏がフランス語学校関係者らに「フランス語を侮辱された」と告訴された。確かに作家知事のこのお方の言語能力はその著作を一冊でも否、一ページでも否、一パラグラフでも読めば明確に分かる筈ではある。それからこれまでの放言・暴言の数々は枚挙に暇無しではある。フランス語関係者らの訴状を深く吟味しなくては明晰に論評できないけれど、どうなんでしょうか。「何でもかんでも裁判沙汰にして如何なものぞ」との石原慎太郎東京都知事の反論は常識的範疇にあるのではないか。慰謝料を何千万円も吹っ掛ける合理性はやはり皆無と言わざるを得ない。言論には言論で。でもフランス語に堪能なこの有識の方々に真っ当なる言論機関の使用が可能かどうかは不明ではある。だから報道陣が食らいつく告訴沙汰を演出したのかもしれない。すぐに法的手段に訴える是非は権力者に対しての市井の側の窮余の一策なのかも知れない。
何時だったか慎太郎氏と同じ学窓である田中康夫氏が「慎太郎は芸術家として政治にコミットメントしている」みたいなことを語ったのを思い出した。小説の言語世界と現実の政治的言説世界の境界無きボーダーな発信源の誤作動とか未必の故意のような確信犯的信念表明にイチイチ過敏反応していいのかどうか?この相互なる幼児性同士の相克をイチイチ話題に俎上して、公共性の時空を制約していいはずはないけれども。特定の文化を侮辱したと認定裁断しなかればならない司法の難儀さも少しは考慮に入れるべきではないかと思われる。悲しいかな慎太郎無罪は端から変わらず。
2005.7.15(金)
都心の梅雨明けは多分、来週の7/19あたりだろう。気象庁は今年も事後の梅雨明け宣言を行うらしい。多分、7.21か22ごろに。週間予報で19日から三日連続「晴れ」の予報が出ているので多分、そうなるだろう。天気に関心がいくのは人為為らざる天意だから。ウソも方便ならぬ法源に詐欺罪の有罪判決が下った。
最近のご時世、「詐欺」の大流行だ。「オレオレ」「リフォーム」などなど。騙してでも私腹を肥やしたいみたいな風潮ね。ネットでもアフィリシエイトなる「騙し」が埋め込まれたブログなんかが大流行だ。「ここクリックして」みたいな誘導をさり気なく。で、リベート戴き!の小賢しい商売だ。ところで法源。反社会的な犯罪を教祖が犯してもその教団は自滅しない怖さね。人間の内面の真実とは何かに通ずる重い問題だ。信じることの重大性を見過ごすと理解不能な超常現象的認識不協和に陥るのみか。信念の相対化は難儀な作業でもある。リアルとフィクショナルの連関性にも通じているのかも知れない。
2005.7.14(木)
曇天・涼し。
2005.7.13(水)
曇天で涼しかった。来週で7.20ってことは学校は夏休み突入か。高校では短縮授業だよね。一時限40分だかね。部活が楽しかった。夏の定期演奏会。
2005.7.12(火)
仕事帰りにコンビによって「保険関連」の特集雑誌を思わず買った。
2005.7.11(月)
腱鞘炎に気をつけたい。
2005.7.10(日)モバイル@飯田橋12354@
驟雨の如き激しき雨脚の未明は過ぎて。気温もかなり下がって。
最近思うことはデフレ無気力な自己評価。不景気な気分はディフェンスに偏重。生活のあらゆる局面で保護的守りになって「あれも無駄これも無駄」と積極性のウラッカエシがエスカレーションしていく。顕著に露呈するのが消費行動においてだ。「欲しがりません●●までは」っていつまで何だってことね。無限連鎖の連帯責任でもって禁治産的に葬り去られてまでも。やがて受動的な禁欲は自然放置の萎縮現象に転回し生活の筋力は萎え果てる。筋トレサボって筋肉無くなったみたいな感じだね。無駄なモノは自然にそげ落ちてゆく。やらないからできないへ。量的変遷の質的転換。浪費への過剰不安症候群。残金防衛の果て。
根治可能であるならば大いに浪費しましょう、大人買いを連発しましょうってことでいいのかどうか。
ホリエモンのように自分の夢の事業(宇宙旅行)に私財142億円を投入するような感じか。そう言えばフジと株でごちゃごちゃやってるとき、自分のblogで「商工ローンで俺が金借りるわけねーだろ、俺は生活に困らないだけの蓄財はあるから。それに会社の経営をしてるけれど会社の連帯保証責任は一切ない」みたく、反論していた。つまりホリエモンはうまくやっているってことだ。今時、会社が銀行その他金融機関から借入ゼロというか無借金経営しているところって希有なる数だよ。ホリエモンの会社会計感覚は至極全うだと思うし自分の企業経営の特色を「スピード」だと言明しているのもなかなかじゃないかしら。あとは自分の作った組織のセステナビリティ(継続性)への展望だが関係ないのかもね。自己顕示は須くナルシズム。
「世界一の時価総額の会社にすること」=世界一の株式資産保有者になりたいんだろうけど。分かり易い。今の時代風潮を読んで大衆反応が強い言質を発信しているわけだ。ホリエモン流のマーケッティングってことか。経営者に高潔な人格はいらないってことね。だって会社斜めにして潰したらそんなもん関係ないからね。でもさ、マスコミに露出し宣伝してるその存在性には異議申し立てしてもいいのだ。時代の社会の空気を吐き出すメタファクタリングである以上は。
2005.7.9(土)モバイル12317@
曇天。気温上がらず。体の節々に鈍磨な疼痛を覚える。特に脚がだるい。生活にゆとりか。経済では資本とは「剰余」価値から成り立つ。経済学の本質はこの剰余価値の効率化に主眼があって金銭レスな状態では経済など意味無いのだ。だから勝ち組が巨大化する今のご時世、「経済の本格稼働」ということになっていくのかどうか。貧乏人がカネを稼ぐよりも金持ちが更にカネを稼ぐ方が簡単だ。しかもマクロに与える経済効果たるや。経済は勝ち組のフレームアップに最適な社会科学だ。
さて座骨神経をやられたかもね。
2005.7.8(金)
本日、夏賞与支給日。
総務嬢曰く「ボーナス出るだけでも感謝しなきゃ」
某役員曰く「君達いいよなー僕なんかボーナス出ないもんな」
確かに労働の対価に見合う金銭授受であったならば問題はない筈だ。
他部門の人間に「お前の上司が今の仕事、向いてない」だからどーした。「向き不向き」なんかどうやって決めるのか。「使える使えない」も結局は当事者間の問題だ。結局はご当人の責任に帰着するけどな。
2005.7.7(木)
電車男はテレビでは無理があったかも。
2005.7.6(水)
スタバでコーヒー。
2005.7.5(火)
郵政民営化法案、衆議院可決。ホリエモン、自社持ち株売却で146億円の収入。
2005.7.4(月)
都議選が終わって国会論戦は「郵政民営化関連法案」採決への動きで盛り上がっている。
2005.7.3(日)モバイル11999@
とある私立高校へ投票に行く。選挙管理委員会の方々の暇そうな顔を眺めつつ「経費の無駄遣い」の顕著なる典型例を見た。入り口の前に3名が所在なさげにブラブラ。投票者に挨拶するならもっとシャッキッとやればいいし、へらへら笑いかけないで欲しい。iPodのボリュームをマックスにしながら中にはいると整理券の端末チェックが2名に投票用紙を配布するのが3名そして投票箱の前に居並ぶ監視団の方々4名が見える。計12名ですか。投票所って都内に何カ所あるんだろう。
全く増税の前に無駄遣いを無くそうーよ。住民税払いたくないよな。
さて、ものの2分も掛からず投票は終わった。義務教育の成果は選挙権行使を行うこと。それから納税の義務そして教育の義務を果たすこと。教育ドラマで最大の欠落は選挙権を教えないことだろう。メディアの世論操作を教えないことだろう。このたった「2分間」の投票行為が大いなる体制変革を完成できる可能性の第一歩なのだが。今日は投票率は30%台かもね。今夜のお楽しみ。民主躍進なら少しは国政に伯仲ムードが漂うかしら。キャスティングボートを握るにしてももっと発言力存在力をつけて是々非々だろ。
それにしても我が町も高齢者が随分多くなった。投票所への往来の群れの大半は杖を突き片足を引きづりながらの懸命な権利権行使の光輝溢れる眩い御振る舞いの方々ばかり。税収減るのも当たり前か。
最近、毎日新聞が政府税調の巫山戯た報告書の反響に健全なる便乗。でもって増税の納税者負担を強いる方向性と表裏一体の削りやすいところからドンドン削っちゃう役所の暴挙を記事にしている。つまりは役所は弱いモノ虐めを公共の名の下に行っているというキャンペーンなんだろうね。改革の中田市長を擁する横浜市で生活保護カットに怒った御婦人が「この金額で生活できますか?」と詰め寄ると「100円ショップに行けば全部あるます」と若い女性のスタッフに反論された。そういや思い出した。身だしなみが悪い営業に社長が1000円カットのチラシを翳して「ここで切ればよい」とその何年後には「今はデフレだから賃金安くなっても問題ないだろう」と成果主義を逆手にとって賃議カットをやって士気が大いに低落して重大な業績悪化を招きとんでもないく経営を追いつめたっけ。公僕に「あんたは生活費が多すぎるからカットするよ」でないと私の評価が下がるからね。「しょーがないよ。でなきゃ死ねば」みたく言われた御婦人はえらくご立腹だった筈。でもこれから公共サービスはますます低下するんだろうね。特権意識丸出しの役人がえらそーにふんぞりかえるんだろうね。健全ジャーナリズムでドンドン追求していきましょう。
2005.7.2(土)モバイル11962@
選挙前の党首の発言は殊の外、重い筈だ。先般の税調の報告書について「あくまでも学者の議論で、参考意見に過ぎない。税制を決めるのは与党だ。安易な増税はさせない」と述べ、サラリーマン増税に反対する考えを強調した連立少数派政権党代表の発言が都議会選挙前日の今頃になって行われた。政治はタイミングである。民主が増税反対の旗幟鮮明の急転直下で選挙戦略変更。そこで庶民虐めに荷担する与党の一員では情けない。「三国志」で諸葛孔明、曰く「座して瞑想に耽るよりむしろ討つべし」の通りに選挙激戦を制すべく支援団体からも要請があったかこの発言。全く国民に向けて言ったのではなく「選対」なんだろうね。この政党を真に民主コントロールしないといけない。それから「税制を決めるのは与党だ」って本当に言ったのか。本当に言ったのであれば大いにイカンザキだ。党利党略の根元が選挙に勝つことであるならばその効果はこの傲慢な反相対主義的発言に収斂される。原点を忘却し忘恩に堕すとこんな発言も自然に出てくる。誠に権力とは時代・社会の甚大なる人間性破壊の病理の根元である。税制は政権政党が決定権を持つ専権事項では絶対にない。広く国民論議の中で執り行われる誠に厳粛な権力行使の案件である。主権在民の権力行使が情けなくも選挙権にしか存在しないから当選すれば「白紙委任」もらったみたく、こんな議員になって連立ながら政権中枢に入り込むと勘違いを起こすのが出てくる。恐ろしいことだ。「心して政治を監視せよ」至言は重く、そして深い筈だ。
2005.7.2(土)モバイル11951@
今発売の最新号の「フライデー」の記事にリーマン増税ではなく某教団へ課税せよとある。いやらしい記事だった。出版元である講談社の編集方針は雑誌の本能のようなところがあって政権少数派与党の最大支持母体且つ、最大の選対でもあるこの教団への批判はどの雑誌も共通している。しかし大いなる税制論議に似つかわしくない。
某教団名指しの課税要求はかつて石原が大衆迎合でブチ上げた銀行税と同じだ。しかしカリスマ石原すら特定銀行名を名指して「●●銀行に税金を課せ!」とは言わなんだ。何もその教団だけがその優遇税制の恩恵を受けているのではなく宗教法人就中、公益法人の優遇税制を何とかして公平な論点で是正しなくてはならない。当然、靖国神社にも課税せよなのだ。早稲田大学にも課税せよなのだ。寺にも新興宗教にも訳の分からぬ財団にも要するに公益法人全部にその今の不公正優遇税制体系を抜本から見直せということなのだ。問題を矮小化し論点を外すなと言いたい。大衆迎合にもならぬ批判性の鈍磨に虫酸が走る。
身近な現象で母校の私立高校の野球部が甲子園に出場決定になったらば必ず卒業生には「寄付金」の要請が来る。卒業生OB.OGの母校思いな募金の使途明細はいっかな報告無しでその全額は無税である。
また大学受験の受験料は法外に高額ではないかい?どれだけの経費があの試験でかかってあの値段なのか一切、受験生には明示された試しがない。「うちの大学受けたきゃこんだけ払いな」ってな具合だよ。この一方的高圧的なのが公益法人の特質特性だったりするんじゃないのか?そしてやっと受かって入学するには一律強制的に「入学金」を払わないといけない。その「入学金」はどういう論理で請求されうる代物なのだろうか?このお金は強制的且つ義務的ながら「寄付金」だから全額無税はいうまでもない。ところが一般法人が「寄付」されても雑収入でもって利益計上の科目に入って課税対象になっちゃう。おかしくないかい?優遇され不公平なわけだ。
京セラの名誉会長の稲盛和夫氏は仏門に出家した異彩の実業家であるが氏は全財産を母校の鹿児島大学に寄付するという。国立大学の鹿児島大学は取り敢えず寄付された浄財を国庫に納めて年次の予算編成で分捕り返すのかどうか。寄付したり募金したりお布施したりする側はその行為自体に有難い行為の純粋性があって金銭授与の薄汚さをクリーンオフした功徳があるという。しかしそのお金が正しく授与する側の意志通りに使われてこそだと思う。でも「このお金は自由に使って下さい」と善意に寄付しても受け取ってそれを使う側は「自由」に使っていいのかどうか。
世のため人のための大いなる理想理念で設立運営される公益法人のその公益性を吟味もせず利権温存の論拠明示もないまま放置放任するのは我慢がならぬ。
2005.7.2(土)モバイル11950@
今朝、カード番号を変更したクレジットカードが自宅に配達された。米国で勃発したカード情報流出が原因で念のため「緊急停止」→「番号変更」の対処の流れだった。使用カードの集約もこの際。
そういえば明日は東京都議会議員選挙の投票日だ。都政って石原刎頸の友、浜渦副知事独裁崩壊に派生して都議会と都の官僚機構が如何に「老いたればこそ」の石原慎太郎都知事に肖っていたのかが浮き彫りになってその是非が争点にもならずあまりお祭り騒ぎもない中、選挙戦は流れていたのかどうか?共産党もあんまし駅頭やビラ配りも無かったようにも思う。
でもさ、政府税調が今月21日に発表した「個人所得課税に関する論点整理」が余りにもリーマン増税な色合いだったのと郵政民営化関連法案でドタバタの国会の流れが東の都に突如、流れ込んできた感もあるって。特に民主はリーマン増税と郵政民営化法案の両方に野党第一党として反対しているので、その争点を都議会選挙に持ち込もうということらしい。しかし民主が勝っても減税にはならない。
確かに政治がテレビバラエティーと同次元で「つまらん」とか「面白くない」とか「興味がない」とか。投票率は当然、下がりに下がる。そこがみそ。それこそがみそらーめん。「誰に投票したらいいかわからない」という淑女も殿方も多いのではないか?支持政党もない、日頃、政治的関心は皆無。愛だの恋だの性愛至上主義な生き様に政治的関心が存在するわけない。社会的関心も自分のエゴからの視点でしかない。議会制民主主義は所謂、政党政治の特質であって言いも悪いもそれが現実だ。そこに「支持政党がない」では話にならぬ。それこそ自分党でも旗揚げした方がよろしい。自分が今まで生きてきたプロセスとこれから生きていくリザルトを明日の今現在の自分の瞬間に見極めてみたら如何か?そんな投票日を明日、迎える。
2005.7.1(金)11938@
クールビズ大盛況な折り、会社の即売会でスーツを買って今日、着用して出社。確かに梅雨真っ只中で非常に不快指数も上がってスーツの上着とネクタイは正直外したいところだ。業界紙のコラムなどには「クールビズに物申す」みたいな異論反論オブジェクションが書かれているけれども衆愚な様相を深めていないかしら。サマースーツをどれだけ生地を薄くしたってしょうがないわけでコピー用紙の無駄遣いは禁止なんていいながらそれを販売している会社なわけで東電が「電気の無駄遣いは止めましょう」ってCMをわざわざ民放に大金払って流す愚行に似てる。無駄な原発稼働させるなよってことでしょ。だってさコピー用紙を無駄遣いよりも製紙会社の先がパルプを作らないようにさせなきゃね。これって国内問題じゃないんでさ。個人情報だって海外から漏れてるわけでしょ。グローバルスタンダードの意味わかってんのかって。狭い職場で環境問題大いに結構だけどそれで仕事の効率がみみっちく下がってどーすんのって。
冬になったら今度は「ウォームビズ」なんてやるのかね。コート着て仕事しろってか?設定温度は何℃にするんだい?無駄な財団の運営費(大半は天下り役人の給料)に回ってるだけじゃないのかい。
全く政府の音頭が醸すいっかな温度が上がらず下がらずですか国民の体温は上がってる。増税で暑いよな。
2005.6.30(木)11927@
朝方は雨脚が強かった。今日、公務員のボーナス支給日だそうだ。うちもそろそろ雀の涙・猫の額の賞与がもらえるのかどうか。靴を買うとするか。
2005.6.29(水)
最近、眠い。梅雨冷えながら蒸し蒸し。
2005.6.28(火)
真夏だ。36.2℃だった今日の都心・大手町。なんせ朝の7時現在で30℃超えてた。
2005.6.27(月)
真夏も連続。沖縄が今日、梅雨明け。柔道家の谷亮子がご懐妊だって。15歳のミッシェル・ウィーは首位から脱落して22位となった全米女子ゴルフ。シャラポアがウインブルドンで勝ち抜いている。昨日の筋トレで前腕に筋肉痛。
2005.6.26(日)モバイル11618@
日曜日の朝は何か敬虔な気分になるのはどうして?休日は神様がくれたご褒美だとしたらやはり超自我の自己超越なる領域へ誘われるべきなのかどうか?取り留めのない想念思案が脳内を錯綜する。
休日は自由であるべきだ。自分の時間は自分で決める自己決定権を他者に渡す無かれ。
テレ朝「サンデープロジェクト」を観る。田中真紀子議員が少子化問題で意見を述べていた。彼女の外務大臣時代の功績その後の秘書疑惑などはもう何のイキサツもいらないのかな。文春発売弾圧事件のそもそもの原因は彼女とその娘の軋轢であったのは記事内容にも明らかでそんな子育て遍歴も不問に付してにこやかなる司会者・田原総一郎氏の華麗なる人脈の一端を全国の視聴者は見せつけられたようだ。今、永田町ではポスト小泉の人選が実は最大関心事であって、たまさか民主政権ができたらば海部や細川を担いだように天皇も女でいいんだから総理大臣だって米国のヒラリーがなる前に田中真紀子首相でもいいんじゃないかいってことかしら。でもっていろいろ言質取りたいジャーナリスト田原総一郎の質問はあっちにこっちの収拾不能だったよね。
僕賃はそんな大衆迎合ワイドショーの如きメディア政治は金輪際いやだからさっさと田中真紀子コーナーは終わって欲しかった。次の「リーマン増税」コーナーが気になっていた。そこに政府税調会長の石氏が出演。そもそも政府税調なる諮問機関は政府が人選した自分たちのつまりは役人達の言い分を代弁させる代理機関なわけで学識経験者とはいうものの所謂、唾棄すべき御用学者なのだ。だって御用でおやりになっているからこそ政府の看板で諮問しているわけで。権力意志を石氏は自分の意志でどこまで貫いたのかしら。でもさぁ「増税」しないことには借金がやばいんだって。確かに不届きな税金泥棒な役人が多い。そいつらはそいつらで厳しく取り締まるけども歳入拡大をやらないと国家財政は破綻しちゃうよって。石氏が面白いこと言っていた。「小泉在任中は消費税論議は封印されたそのお陰で税制問題の様々な問題点を論点整理できる」と。裏を返せば消費税をアップさせることはオールマイティなジョーカーなのだろうね。全く橋本政権がやらかした愚行を歴史は繰り返すでやっちまうのかよ。給料が上がるどころか下げられる大多数の会社員はますます可処分所得が低減されて「借金」へ傾斜依存していくだろう。まじめに借金してどうなるかは多重債務な自己破産者の心的プロセスをその発端からカタストロフィまで如実に検証するば明々白々だ。
そもそも税金問題は著しく政治問題であってその課税権行使の主体は結局、国民選出の政権党が税制調査会を組織しているわけで、この自民党問題なのではあるけれども。この政党が権力を握っている内はこのようなリーマン増税はドンドコ続くわけね。だって大企業から献金されてその費用対効果が自民党政治の内実なわけで大企業最優先の政策たる税制になるのは当然でしょう。なのに低所得な階層がこの連立政権を支持することはそんな家計への波及などとは違った人生信念へ直結の誠にスピリチュアルな行動規範があってのことだもの。偏にリーマンにも様々あって納税額1位だった投資顧問会社部長の清原氏のような人間もいれば年収300万に甘んじてデフレライフをエンジョイしている最下層なる賃金労働者も多々いらっしゃるわけで。納税者比率95%な大多数の給与所得者がこの税金科目を担っているわけでね。でもさ、彼らの提示したこの税制の歪曲是正とやらの道標はバイアスが当然かかっている。
全く借金漬けの放蕩息子に自分のカードを預ける愚かなる親父に成り下がるが如き愚行には大いに怒っていい。インフレは間近だ。
2005.6.25(土)モバイル11573@
確かに日中はうだる暑さではあった。今は日も暮れて涼しげな風が吹いている。自宅にNTTコミュニケーションズのサポセンからの留守録が入った。なので折り返しフリーダイヤルに電話すると「若松町モスバーガーのホットスポットはご利用大丈夫です」だって。
今、モスでホットスポットにてネットに接続でけた。多分、ショップに設置されていたモデムが不調だったのかもね。バイト店員で切り盛りするモス。そういや今夜もバイトの佐藤嬢はいたけれども。
冷えすぎの店内も土曜勤務なOLが喫煙ルームでフライドポテトにパクヨンハ!いつしかそこそこ客が席を占めている。
そう言えば民主党元議員・平野貞夫氏の著作を2冊、早稲田駅前書店にてさーっと立ち読み盗み読みで通読。だって買う価値無かったもん。インプレッションは党派性が払拭できてないよね。「月刊現代」に連載していたものに加筆し書き下ろしたんだろうけれど。議員を引退し自由人になって様々な発言をすることで「政治を科学」できればいいのだけれど。批判しその反対に利するものが明確にあるという政治的相対性の明確なポジショニングだけはしっかり見据えておかないとね。でも当事者が世に問う内容かどうかも全ては「事実関係」でしかないよね。表看板とその裏は大いに違っているって何処の組織もそんなもんだろう。彼の師匠である小沢一郎だって清濁、濁、濁だってことは分かり切ったことだ。その検証が一般読者レベルでは不可能なのが隔靴掻痒だけれども。今のご時世、活字の信頼性は以前に比べて格段に低下していると思われ。でも映像の堕落しやすさは記録の希薄性にあると思われ。人間の認知能力も実際問題、瞬時為るインパクトにかかっているからね。だからリズムとメロディだってこと。でもなぁ、また平野氏が書いているこの内容を読みもせず考えもせず機関の意志に盲従な人たちが出てくるんだろうね。だってこんなの読んだら白けちゃうもの。行動を駆り立てる求心力を阻害する全てを排除するのが組織の運動論のイロハだってこと。一般組織とは隔絶した組織運動論が躍動してるってことかしら。
さて知識人が大衆を組織化できないのはその彼らの所有するインテリジェンスにそもそもの根本原因があってその相反事象の根本命題にアクチュアルに切り込んでいかないよね。そのいい加減さこそが知識人の真骨頂だってこと。保身なリーマン学者ばっかじゃんか。
2005.6.25(土)モバイル11556@
連日の真夏日だ。今年はどうやら空梅雨っぽい。雨が降っていない。こんな異常気象も全ては人類の身勝手な環境虐めに起因しているのかどうか?個人情報保護法が今年度から施行されたはいいが、米国で大量のカード情報が流出悪用されて大混乱になっている。この国の面白いところは過剰反応が全国レベルで波及することだね。毎日のように新聞・テレビは情報流出事件と銘打って報道の垂れ流しを行う。政治改革・経済改革そして司法改革、はたまた税制改革大いに結構だども、この国のメディア改革は全然、進んで無いじゃないかい。それから医療改革そして教育改革も全く持って時代の推移に併せて劣悪劣化してるってよ。でもさ、民主な国の民主な国民たちは「改革」の情報が読み取れていないよね。確かに健全な民衆の側に立ったジャーナリズムが機能するのは送り手だけではどうにもならないのは自明なことで受け手もインタラクティブな送り手としてジャーナリズムに参画すべきなんであって。
昨日、都議選の告示。郵便で投票用紙が送られてきた。7.3の投票日。この日は大変に意義深き日だ。東京決戦の日か。政治的行為も大義に転回されて相対性も絶対化の行為に純化されるのかどうか。
リーマン大増税政府税調答申がなされたしね。実質増税なんだけど、減税を止めて元に戻しただけと役人は考えている。だから歳出カットは罷り為らんということか。年金法改変のときも官僚たちは大勝利した。700兆円の借金を愚民代表のリーマンに背負い込ませようと躍起になってる。低所得の低消費が醸す消費税増額のパレート的逆説だわな。主権在民の理でいけば多数派が利する政体なのに少数が大多数を支配統治しているから大多数のリーマンがやられるのだ。面倒な議論を忌避し、他人任せな多数派の愚民性に着目した役人の定型セオリーはこれからもね。だってそんな愚民に選ばれた選良だって所詮は愚民の代表なだけでさ。大秀才の官僚たちの頭脳には足下にも及ばない。庶民の政党のお方々がいとも簡単に官僚先生らに操縦されておるしね。
さて今の小泉政権はネオリベラル志向である。その志向性は小さな政府、競争原理、規制緩和の三つ。要は弱肉強食なる市場原理をテコとした国家像だ。福祉も大いに切り捨てる。バカはトコトンバカのまま。金持ちはマンモスの如く肥大化する。そして国家安全の為の徴兵制導入。靖国へ旅立つ青年達の英霊や何処。個の権利は国家の義務に蹂躙されその前に実は所属組織にコマンド化されて自己認識もあり得ない。
今日、スーパーの前で爺さんがティッシュを配っていた。
「7月3日は都議会議員選挙の投票日です。投票に行きましょう」だと。こんな年金貰ってる爺さんの小遣い稼ぎに都民税が浪費されているこの目前の事実に「そんなもんいらねぇよ。投票行くの当たり前だろ」とぶつくさ言い放つ。
今回の選挙もとんでもなく投票率は低下しその力学で大いに利するのはどの政党かは自明のこと。とんだ愚民衆愚な社会現象が大勝利の大前提とは。
2005.6.24(金)11553@
花の金曜日も真夏日だってーの。昨日にクールビズはイマイチ盛り上がらないけど、スーツ即売会で一着買っちゃった。13,000円ほどの夏仕様。これから夏が終わるまで業界的に閑散期に入っている。給料と賞与が支給されるまさにクロスオーバーな今日この頃のセンチメントはチャップリンの言う「Some Money」な状態だ。そして暇な季節。だから「旅」とか空想してしまう。見聞を広げて良い文章が書けますように。
2005.6.23(木)
最近、6時45分に起床している。朝、テレビをだらだら見るよりはその分、睡眠に充てる方が良いに決まっている。なのでテレ朝の伊藤里絵嬢の天気予報と上山千穂嬢の新聞記事読みだけ。
今日は典型的な梅雨の一日だった。晴れては雨が降り止んでは曇るみたいな。
今月中に終わる番組改変の時期だ。最近ではアナウンサーの舌禍事件が多い。みのもんたがやっちゃったようね。番組スポンサーをその提供される番組でいいたいほうだい。
2005.6.22(水)11456@
今朝の朝刊各紙に「サラリーマン受難」増税路線。財務省主導に決まっているから個人消費を冷え込ませてそれでも財政再建のバランスシート改善だけか。
「国破れて山河あり」
2005.6.21(火)
カードの個人情報不正流出事件の波紋はどうやらカード会社の情報統制下でメディアも突っ込んだ報道が相も変わらずな状況で停滞気味ね。今朝の朝日の社説はアングリ状態だ。
2005.6.20(月)11264@
帰宅してiMacから512MBメモリーを抜き取る。すると起動トラブルも起動時の雑音も無くなった。しかもマウスのスクロールも直っていた。これで僕賃の悲観論も楽観論へ。
DCカードへ連絡してカード番号の変更を依頼する。クレジットカードの今後は真っ暗だ。
2005.6.19(日)モバイル11180@
「米国で4000万枚以上のクレジットカードの情報が流出した恐れが出ている事件で、18日付の米ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版)は、少なくとも6万8000枚分のデータが不正使用され、被害が出たと伝えた。米マスターカード・インターナショナル社の幹部が語った。」
大変な事件が明るみに出た。でも遅すぎた。クレジット決済の利便性はネット経済の骨幹であるのにその大前提に激震が走った。クレジット会社は外資系で今現在、日本国内の会員のデータ流出がどうなっているのか「問い合わせにも応じてもらえない」状態であるという。既に不正使用で6万8000件の被害があった報じられた。全部で4000万件の不正流失の結果だ。カード決済機関が不正アクセスされマスターカード・アメリカンエックスプレス ・VISAなどの個人情報(不正使用され得るデータ)が4000万人分というから甚大だ。しかも去年の年末にハッキングされていたのが5/22まで分からなかったわけで非常に深刻な事態である。プロバイダーの料金もカード決済。ネット通販もカード決済。個人情報の取り扱いが喧しい昨今だが結局、国内で騒いでも海の向こうの本部でこんな事件が起きたんだからグローバルな問題解決できないのなら甚だ狸祭りの感だね。カード会社の早急な対応が待たれる。しかしどこも事態を把握していないようだ。問題なのはこんな重大情報がマイナー少数なメディアの暴露的な記事で初めて発覚露見したことだ。大マスコミがどこも報じなかったこの一点でも非常にメディアと企業の関係性に疑惑が残る。カード止めるしかない。
2005.6.18(土)11177@
土曜日出社。取引先元社長による「営業理論」の講演会があった。販売会社の花形は当然、営業マンである。営業力・販売力が強いことは経営効率を上げているのか下げているのか。仮説思考を取り入れた「科学的営業」のチャートフローは情報-読み-仮説-検証である。人間肯定の発想から好感→好意→信頼→信用の段階推移で客への「つかみ」を戦略的に考慮し科学的にアプローチする営業スタイル。全般的に営業力と言っても社内と社外のベクトルが相反する形態から如何にバランスの良い事務処理もできる営業へ転回できるかが最大のポイントではある。だって組織在っての営業だもの。
講師先生の言う「僭越な前提」を吟味するれば、客と営業の関係は主従関係だ。商売にパートナーシップなど在ろう筈がない。それを「ある」と決めてストーリーを書きそのシナリオ通りの物語ができたとして誰が「利益」を蒙るかは自明の地平であって、従から教えを請う主の矜持や如何に。職務に通底し通暁し尽くすそのプロセスに「人生」を賭ける営業バカに徹しきることで出世しその企業組織のトップに上り詰める痛快痛烈リーマン人生のサクセスストリート。でもな、同族企業にそんなダイナミズムは働かない。一族の資産資本が根元の経営資源であってヒトモノカネ情報というこの経営ファクターにもその会社の存続条件の前提内容に疑義なるシグナルをなーんも考慮しなくてもいいのであれば上っ面のパフォーマンスの効能効果は白切ったサボタージュのみだろう。淀んだ池州に棲る鯉も何時しかその澱みの中で同化する。政権交代なき独裁組織で如何に私利に生きるかはその「営業力」に懸かっているのだ。
2005.6.17(金)111
ボーナスシーズン到来のようね。剰余金が大切だ。会計士の山田真哉氏の著作の中に「キャッシュ・フロー」の解説で個人会計に於ける更なる厳密な金銭感覚のセンスアップの大切さが教示されていた。氏の言葉を借用すると「フリーキャッシュフロー」ということになる。つまりは財務諸表の数字って残高なわけで足し算と引き算の解なわけ。収入-費用=利益であるから引き算の答えが「利益」なんである。この算数のイロハを肝に銘じ直しつつ。だから「収入」以上に利益は出ないし収入を倍にするのと費用を半分にするのとどっちが難しいかとなるとこの二つの方向性しか「利益」は出せないということ。収入の最大化と費用の最小化だ。
でもこの引き算の解である利益を数式プロセスの結果としてみるか原因・出発点としてみていくかで考え方も変わってくるだろう。
仕事を終えて営業のコバちゃんと内勤のK氏らとモンゴル料理のジンギスカンで盛り上がる。「●●さんのメガネ姿が可愛い。」
営業マンの連中と仕事帰りに居酒屋なんか行かなくなったね。
2005.6.16(木)
ライブドアが光ファイバーを使った無線LANサービスを発表した。月額500円ちょっと..。でもね外の雑踏からノートパソコンでネット接続は現実的じゃない。電柱に細かく張り巡らせると言うがアステルとかNTTパーソナルズのPHSを思い出した。今、どこも残っていない。
2005.6.15(水)
梅雨。ISOの資格ってなんかね。
2005.6.14(火)
今年の梅雨は空梅雨っぽいらしい。
2005.6.13(月)
梅雨の晴れ間で非常に気温が上昇。不快指数も最悪だ。
帰宅して「こちら池上署です」と「モノクロームの反転」を観た。約三時間超。汗を流し空腹を満たして。現場に生きる刑事物語。段田の存在感だよね。
2005.6.12(日)モバイル10751@
正午過ぎに業者が修理にやってくるので自宅アパートからしばし近所のモスバーガーショップへ。無線LANに接続できなくてネット不通。ネットワーク診断をやったがどうなんだろうね。このままではこの店ではネットができなくなる。HOT SPOT運営のNTTコミュニケーションズのサポセンへ連絡してみたけど「so-netさんの問題です」だって。よくわからない。たしかにISPはSO-NETだけどさ。
飯田橋カフェでは何の問題もなくネットできるのにおかしい。
さてソーネットに電話していたら「ピンポーン」さて、検分開始ですか?バスユニットの天井板を外すとその向こう側に広がる剥き出しの光景が眼前に広がった。業者の最大の懸念は配管亀裂に伴う配管交換であったが、継続的な漏水ではなく不定期イレギュラルであったから様々な検証が行われた。その結果点検コウのパッキング不備が判明。しかもシャワー文化のない2階の中国女はシャワーカーテンを浴槽の外に出しちゃってたことで問題発生を追加的且つ決定的に誘発させていた。
今回の顛末から様々な教訓を得た。とんだ違法建築のアパートに住み続ける僕賃の住空間に於ける安全管理上の怠慢の誹りは到底免れない、猛省せり。異文化交流など糞食らえのぶっちゃけのストレス忌避は人間の本然たる心的傾向性であるし、商機獲得に奔走する利害関連のほざきに軽々しく踊らされるのは愚の骨頂だ。
さて、今朝のサンプロで親中派の加藤紘一・野田毅と親米派の岡崎久彦の討論。おなじみの岡崎は親中派の言動を「中国の覇権主義の走狗」として論破できたのかどうか?今朝の新聞によれば日本遺族会が「総理の靖国参拝の自粛」を表明したという記事が一斉に掲載されている。この動きに対しても「中国の謀略に乗った走狗」として遺族会を岡崎は非難していた。それに対して加藤紘一は「遺族会の皆さんに失礼だ」と反論。岡崎の議論の仕方は非常に第三者から見ても説得性に欠けるみっともない姿を露呈させていた。自分の主張を言い張る為の論拠の摘み食いは誠に見苦しい。このような人物が政府高官の知恵袋として重用される事態に暗然たる気分だ。ただ、日本国民にとって中国の主張通りに結果的には「屈服」することには誠に複雑な心理が想起されるのはこれまた事実だ。その心理的鬱屈を百歩譲ってもナショナリズムに結びつけるのは早計であろう。「国民世論を分断し首相を孤立させ台湾問題へ繋げる中国外交戦略を成功させる」という岡崎の主張に中国の現状を何処まで把握しその論理を構築主張しているのかは浅薄の誹りであって。中国との関係を敵対的関係に後退させて国益は論じられない。しかし国家間の友好と一市民間の友誼は誠に食い違いの生じる隠微な問題だ。今回の水漏れ事件についてはその隠微な事例を勘案する非常に典型的な事案であるようにも思われる。
2005.6.11(土)モバイル10682@
自宅のバスユニットの天井に階上から水漏れ。今日、業者が検分にくる筈だった。でも連絡も入らず「おかしい。もしや」と業者に電話すると今日は来ないという。で、不動産屋に電話するとこれから見に来るという。この時点で既に「どーなってんだよ」状態で、アパートオーナーの松井某と中国女(不動産屋の代表?)がやってきてバスユニットを見たけど何をどうやって?の状態。階上には日本語がしゃべれない留学生?の中国女。洗濯機がなくて風呂場で洗濯してるらしいが、自分がどういう立場に立たされているのか解ってないようだった。全く住居問題は深刻且つ切実であって移転するしかないわけね。根本的な解決はさ。
ロフトで天井がその分高いから一階のバスユニットの天井板を外して中に入ったとしても上の漏洩部分に防水をどうやって施すのかしら。
全く豚女のお陰で巫山戯た状況になっている。こんなミニマムで些末な次元でも「日中問題」は存在している。文化の違いとか言語がわからないとか女だからとか一切関係ない。迷惑状況の関係の絶対性だけが問題なんだ。
2005.6.10(金)
梅雨入り。自宅のADSLは雨が降ると通信状態が悪くなる。ネット不通の戯れ言にむかつくわけだが。
アップルがCPUをインテルに変える波紋は様々であろう。なんと言ってもパワーブックのメジャーアップデートが遅延の極みで我慢の限界だって。でもインテルも今後、アップルの要求通りにその期待に答えられるのかどうかは不明だ。
さてこれでまた買い控えが起きるだろうね。っていうかユーザーサイドの移行は大概に面倒なこと。
風邪で咳が続いている。梅雨時は体調が乱れるので気を付けたい。
深夜、さすらいのディレクター・M-Boy氏が来訪。クロスオーバージャパンのライブ以来だった。月末に韓国にCMのロケに出向くという。韓国ドラマ「ホテリア」で舞台になったホテルでビデオ撮影するらしい。仕事で海外ロケ。段取りその他、結構煩瑣で面倒だろう。
そう言えば、帰宅して「猟奇的な彼女」を観た。もう何回も視聴しているのであらすじとかは解っているけれど、チョン・ジヒョンがどうにもこうにも愛くるしい。また観よう。「僕の彼女を紹介します」も合わせてみるといいらしいけど。
2005.6.9(木)
サッカーの余韻残る今朝のセンチメント。
2005.6.8(水)
日本はワールドカップ出場権を獲得!咳が止まらない。喉の奥が腫れている。
2005.6.7(火)
風邪を引いて苦し。
2005.6.6(月)
アップルがインテル、入ってる?になっちゃうのかどうか。モトローラーからIBMそしてIntel へ。どうなるのかな。それから明日未明の2時頃にはMacの新製品が発表されるのかな?
2005.6.5(日)モバイル10338@
若松町モス。無線LANが不通。全く。蒸し蒸し。朝、久々に「サンデープロジェクト」を見たらば慶応の「金子教授と榊原教授」が出ていた。
「竹中プランの実行は金融恐慌への道であって竹中なんてのはペーパードライバーに過ぎず、日本経済を任すなんてとんでもない」と言ってたけど「どーなんですかね?」と田原総一郎に聞かれて榊原教授の弁明はどうだったか。
「えーとですね、金融庁の銀行への脅迫はいかんと思います」とかなんとか学者評論家は得てして自分の発言に責任を取らない。言い放しで尚かつ言い訳を繰り返す。「あのときと状況が変わった。前提が変わったから」とかなんとか。でもさ、そんな外れて当たり前の学者評論家の言動を何の検証もなくテレビが、田原総一郎氏の番組は流して来た。
確かに健全野党的な発言の結果責任をいちいち問うていたらば番組編成など成り立ちはせん、とでも。まぁ「あんた、外れたじゃないか」と言ってくれて田原氏に感謝でもしておきましょう。「経済は難しい。だから専門家にお聞きしたい。」とジャーナリスト諸氏はマスコミでよく仰る。経済解説が当たった試しがないのはどうしてか、また経済評論の問題性についての検証が為されて来なかったのは何故か?マスコミの恣意性に当然、問題の所在はある。でももっと問題の根幹に、その文底に沈められたコア部分があると思われ。それは経済の数値的まやかしに問題の本質が在るのではないか?物事の是非には必ず数値が用いられる。その数字のマジックに人々は惑わされてきたのではないか?文章表現にしてもジャーナリストは数値的証明で文章を構成するのが苦手なのではないか。マスコミの文章は絶対多数に向けての商品である以上、「難解で無味乾燥な無機質性」を避ける傾向があって、人間的興味に数値的裏付けは無縁に為らざるを得ず統計的数字のまやかしのデータへの盲目的無検証が横行しその延長的脱線でもって検証バイアスが必然化しているのではないか。それから経済の数字は全て官僚からのリソースである点に問題の歪みの源泉があって、どうにもこうにも、ではないかしら。民間シンクタンクの出す「数字」にしても然り。経済指標の根本的誤謬性への検証をどうやってやるのかしか?
2005.6.5(日)モバイル10330@
昨日のライブの残響が鼓膜やら脳内神経系統に残っている。心地よい快適性に満ちた疲労感だ。咀嚼オーバーな晩餐会を振り返る。
オールドファンの懐かしのミュージックシーンが再現されるなか、プレーヤー自体は時間的風雪と闘ってきた名残が遺憾なくオンザステージにおいてライトアップされていた。ネイティブサンが鮮烈のデビューをしJazzブームに新たなる一石を投じたのが今から20数年前。音楽は時空を超えた芸術だなと主旋律を吹きまくる峰厚介のソプラノサックスを聴きながら感慨にふける。音楽もやはり同時代的空気を濃厚に吸い込んで吐き出される創造性に依拠する芸術体なんだなと。確かに僕賃は懐かしく興奮するけれど今の同時代の人間があの20数年前の僕賃の鼓膜で聴いているわけないんだ、このライブ空間において。
音楽にジャンルがあってその枠内でかたくなにプレイするミュージシャンは伝統芸能の護持者になるか自滅の衰退のどちらかであって芸能の創造性は常に新たな才能への可能性につながってゆく。その過程に必ずクロスオーバーの領域が存在し音楽の多層的発展へ向かっていく。パーカションとSaxとベースのトリオバンドである「Non Chords」は昨年のクロスオーバージャパン04を契機に結成されたバンドでかなり前衛的な実験性をもっている。チェッカーズのメロディを作ってきた藤井尚之のバリトンサックスにはそんなメロディカルなものを全く感じることができなかった。でもなSaxの音色を何故あそこまで場の雰囲気に飲まれてプレイヤーは汚く吹くのだろう。アドリブにしても全然ストーリー性がない。小林香織のaltosaxもそうだった。メタルマウスで吹けば当然、リード楽器な部分はなくなって金属的な非人間的無機質な音色がでるにきまっていて僕賃は好きになれない。女がパワフルの意外性を狙う自己矛盾にハマる醜態すら感じてしまう。そのアンバランスさは彼女のヘソ出しルックのお色気も実はSax特有のアンブシャーでモンキッキ顔に歪められて可愛そう。Jazzの命は即興演奏のアドリブなんだけど異音を興奮して連発してみたり過激な音階練習(半音の運指練習)であったりで、コード進行とリズムルールの枠内でいかにストーリー性豊かなメロディを奏でることに関心がなくなっては単なる雑音騒音に堕してしまう。
アコースティックギターデュオ「DEPAPEPE」は今後に期待したい。
2005.6.4(土)10325@
今日は虫歯の日。
午後、代々木競技場で「クロスオーバージャパン05」にさすらいのディレクター・M-boy氏にお誘いを受けて、行く。原宿まで電車で出てテクテク。アリーナ席の最前列にほど近く、巨大大音響スピーカーの真ん前ね。開演1時半終演9時半過ぎの約8時間超の長時間ライブであった。
http://www.crossoverjapan.net/coj/05.html
NANIWA EXP with special guest村上てつや(ゴスペラーズ)
清水興、青柳誠、中村建治、岩見和彦、東原力哉
AB'S
芳野藤丸、松下誠、渡辺直樹、岡本敦男、安藤芳彦、山田秀俊
小林香織 【サブ・ステージ】
小林香織、村上“ポンタ”秀一、笹路正徳、野村義男、日野賢二
ネイティブサン
本田竹広、峰厚介、福村博、宮崎‘イカキン’健、バカボン鈴木、村上寛
Non Chords
後藤次利、斎藤ノブ、藤井尚之
KILLING TIME 【サブ・ステージ】
板倉文、清水一登、Ma*To、斉藤ネコ、メッケン、WHACHO、青山純
シャカタク
ビル・シャープ、ジル・セイワード、ジョージ・アンダーソン、ロジャー・オデル
竹田和夫 クリエイション2005
竹田和夫、樋口晶之、ブルー・バロン、ラリー・ロット、ミック三国
T-SQUARE with special guest マリーン
安藤まさひろ、伊東たけし、河野啓三、坂東慧
DEPAPEPE 【サブ・ステージ】
井上堯之 with friends
井上堯之、ミッキー吉野、渡辺建、樋口晶之、長谷川雅大、藤井尚之、ムッシュかまやつ
高中正義CROSSOVER JAM with special guest 野呂一生
高中正義、斎藤ノブ、伊藤広規、重実徹、難波弘之、宮崎まさひろ
12グループがそれぞれ数曲やったわけでかなりの耐久ライブであった。ステージの模様替えの時間に屋台スペースに繰り出しドリンクや軽い食事をしながらまたアリーナーへ戻るの繰り返し。若干、鼓膜と腰をやられた。久々に音楽漬けの休日を堪能できた。Mーboy氏に多謝。
2005.6.3(金)
こちら一階、二階に中国女が入居。がさつなで狡い連中だ。「契約一人」なのに同棲している。結婚してんのかも知れないが、不動産屋の話では「契約違反状態」のようね。何遍でもクレーム入れてやる。
2005.6.2(木)
梅雨入りかも。
2005.6.1(水)
ネクタイもスーツも省エネルックで脱ぎ廃れろ。
今日から衣替え。月初は忙しい。
2005.5.31(火)
今年も半分近くまで終わった。梅雨のような雨が降って、雨上がり。階上の中国人が不法就労しているのではないか?
2005.5.30(月)
Googleは怖いな。ネットに書くときは固有名詞は書き込まないようにしよっと。自分で書いた記事の中に固有の名称があると一緒にヒットして一網打尽的にリストアップされて当分の間(半永久的に)、閲覧可能になってしまう、しかもキャッシュで残存しちゃうからオリジナルを削除しても瞬間的に拾い上げられてネット上に曝され続けることになっちまって乗せられた側はなーんもできない。怖い怖い。ネットの匿名性やら残虐性の側面だね。書いた側も書かれた側も。一方的なのも問題かもね。
2005.5.29(日)モバイル@若松町モス・9979@
久々、若松町モスへ。一時、閉店の噂があったが杞憂であった。毎週末はここでモバイルやっていたのだがG.W.前から途絶えてた。
トイレがセパレートされて二カ所設置され、うれしいことに喫煙スペースが奥に隔離遮断されてそれ以外は全て禁煙空間になっていた。
ここら界隈は大江戸線が敷設されマンションがゾクゾク建設されていてニューリッチな新住民が増えている。そいつらのライフスタイルはタバコは吸わないけどバーガーは頬張る傾向なんじゃないの。近所に東京女子医大もあって店内の至る所でぶっとい医学事典なんかをテーブルに広げ散らかしてお勉学に勤しむ女とか多いしね。
以前、僕賃を注意(昼時の稼ぎ時なんだからどっか行ってよ、みたく)した小柄で敏捷な女バイトの佐藤がカウンター内側で仕切ってます。誠にスバシッコイです。歯切れのいい早口ながら声が通っていてなかなか仕事ぶりはさすがです。ユ●ちゃんなんかとは大違いです。小さな顔の輪郭に目が大きくてしかも白目が怖かったりして。でも愛らしいとこあります。
2005.5.29(日)モバイル@竹橋タリーズ
さすがにオフィス街の日曜日は閑散としている。このタリーズはにしきばしを渡った交差点のビルの一階にある。ニコチンが切れると苦しい連中のガラス張りされた遮蔽スペースの方がゆったりとしたレイアウトになっているのね。まぁコーヒーって喫茶の文化だからねしゅあーない。
日曜の空間性を考えても住宅街とオフィス街では人口密度が自ずと違うわけで。ビルの谷間の空隙に開放感を感じながら往来闊歩を堪能するのもここ、皇居周辺の醍醐味だろう。お堀の鯉がヘルペスで大量死しているけれど車の往来に目がクラクラしちゃう。14:25:53
2005.5.29(日)モバイル9969@
久々の土曜の深夜、ネットテレビ「丸激オンデマンド」を観る。今回は社民党の土井たか子前党首がゲスト。テーマはもちろん「憲法九条」だ。番組側の宮台センセイと様々、護憲と改憲を巡る「九条」問題が論じられた。論点的には九条の平和的エッセンス堅持と対米追随路線と軍国主義台頭への歯止め、そしてアジア周辺諸国との共栄共存という日本の独自外交に現憲法の「九条的エッセンス」は有意性をもつという共有されうるベクトルが在るにもかかわらず「改憲」でなし崩しな現状打破を主張する宮台に対しあくまで「護憲」であわよくば現政権のレジームチェンジを目指す健全少数野党の党派性を主張する土井の手法上の相違性に学者と現役政治家の違い以上のものが見えてくるのかどうか?
明文理念を統治主体が現実的になし崩してきたお陰の既成事実に併せて解釈改憲の現状から明文改憲へ目論む産業界とその利権代議な政治家そして国家の幻影と省内利益の保守拡大を目論む官僚システムが絡み合ったプレ軍産複合体の胎動を如何にして検証し国民へフィードバックできるか。政治権力の恣意性と闘ってきた土井氏の現実的な政治家の感覚には、多分に、たとえいい憲法を作ったとしても自分たちに都合のいい解釈で一般法制化し憲法理念の空隙化を目論むのは必至である、というような諦念があるのではないか。だから改憲して歯止めを掛けると息巻く宮台センセイ、彼女に「それじゃ、宮台さんどんな憲法に、どんな九条に変えるの?」と聞かれて、オウムライター有田に前頭葉肥大症のぼっちゃん評論家と扱き下ろされたご当人、冗長なはぐらかしを延々とやってしまう彼個人のパーソナリティ固有の病理かそれとも学者一般の本質的問題性の露呈だったのかはよーわからんけれど。
土井氏が言いたかったのは「改憲のプロセス」そのものに多数派自民党の思惑が内包されており、宮台の主張する意味内容は無いようになっちゃう新九条の一丁上がりということなわけね。そもそも憲法ってもんに理想的思想性が無いのであればどんな意味があるのか?現実が変わったからそれに追随して憲法を変えようというその行為の吟味において「だからこそ憲法に精神に立ち返ろう」となる為のものであるはずだ。そして現実的には統治権力が憲法違反やっても痛くも痒くもないという憲法違憲放置プレイをいけんと言ってる。小泉の靖国参拝にしても一票の格差是正怠慢にしても生活非保護にしても憲法違反の行政怠慢はあらゆる局面に顕在化している。だから官僚処罰の明文規定を盛り込んで貰いたい。悪しき官僚打破の憲法改正を大いにやりたい。行政権監督の憲法精神の高揚、そこに通じる一般法制への整備だ。官僚コントロールを憲法に盛り込むべしなのだ。
閑暇休題、土井氏は悲しいかな極少勢力で国会の三分の二もいない。メディアは所詮、多数派に靡くトレンド奴隷な存在であるね。何がブームで何に人気があるのか?それだけ。話題性も結局はパレートの法則で推し量られる。多数序列の上位20%が全体の80%を占有する。優先事項はこの上位20%の連中に特化した施策で事足れり。超多数の80%は斯くして「愚鈍で無用な多数」でしかないが物言わぬサイレントマジョリティとして決定的に搾取される側、所謂、負け組なのね。勝ち組二割の負け組八割って図式にも当て嵌まっちゃう。そして統治する側の合理性はこの80%を分裂統治するわけ。団結されたら自分たちの存在が危なくなるからね。なので差別社会をうまく演出するために「自分は勝つ組か負け組かを自問させ自答において「負け組になりたくない」とほざかせ、絶えずマスイメージには「勝ち組」羨望のイメージを植え込むわけね。嫉妬と諦め憧れが混濁する時代。負け組同士で殴り合わせる軽蔑合戦を煽ることが分裂統治の眼目だもの。嫉妬は同質の間で起こり憧れは異質な領域でしか起こらない。夢と現実のお話。
2005.5.28(土)9957@
朝起きて「空中ブランコ」をビデオ再生で観た。病院の跡取り息子である精神科医を阿部寛が好演。ガードル露出のお色気クールビューティなナース役に釈由美子。空中ブランコが出来なくなった不眠症のサーカス団員に「新撰組」で華麗なる切腹を演じた早大演劇部出身の堺雅人、誇大妄想でストーカーパラノイヤのモデル役に佐藤仁美、先端恐怖症のヤクザ役にナレーションでも才覚を発揮している遠藤憲一らの精神を病んだ三者三様の患者トライアングルなストーリー展開に引き込まれた。阿部ちゃん演じる精神科医は患者以上に常軌を逸した奇異なる行動でそれぞれの患者を相互に絡めながら治療ストーリーをシナリオライズしタスク実行を掛けてゆく。患者が自分の病状を相対化し内的処理を自己転回することで自己否定するのではなくて自己超越してゆく。人間成長を相互に切磋琢磨しゆく治療ストーリーは心温まるハートアンドマインである。
精神カウンセリングばやりな現代社会の精神病理の解決策は丁寧な人間相互の切磋琢磨によってはじめて治癒快方への糸口を掴めるのかも知れない。
2005.5.27(金)9947@
仕事を終えて、会社が加入している年金基金の「説明会」に参加する。
2005.5.26(木)
フジテレビ「恋におちたら」を観る。いきなり取締役になった鈴木島男。実家の立ち退きと最愛の妹を救った島男の決断の背景にはIT業界からの様々なヘッドハンティングのオファーが舞い込む事態に焦った高柳社長の起死回生策があった。投資会社社長役の桜庭(鶴見真悟くん)がリーマンと取締役の違いを「経営権行使の主体と客体」に置き換えてわかりやすく説明する下りはITベンチャー・フロンティを経営する高柳(堤真一)も同義の台詞を吐かせることで相通じている。経営をヒト・モノ・情報の統合的支配ゲームと言い換えて、そのゲームに没頭し勝敗優劣が判明すれば支配関係の明示性は顕著となる。でもそこに「勝ち負け」を度外視した人間ドラマも生まれるだろう。ドラマはカネで作られるがマスに大衆イメージとして配分されるのは「心的メタファ」であってその商品価値を高めるのは感覚的映像の為せる技だ。
ところでメディア論がこのドラマに開陳するのかどうか?題名の割には恋に落ちてる暇は無しのストーリー展開に飛躍やハショリが散見するのだが。いきなりの取締役・いきなりの超ドライで冷酷な手腕発揮。人格の多面性を描くにしてはシナリオの御都合主義な安直を感じずにはおかない。ドラマであってもリアリティを加味させないと馬鹿げたお話になるだけだ。ストーリーの必然性を無視したら全てが台無しだ。
2005.5.25(水)9900@
内閣総理大臣小泉純一郎の靖国参拝を巡って中国と日本の反目を「子供のけんか」という連中がいる。「双方、大人げない」だって。でも問題の本質を捉えているとは到底思えない。
2国間の外交問題にヒートアップしているこの歴史問題にも通じる争点は日中国際関係史をどう歴史的事実と双方の解釈を国益論から分離するかで論点整理の道筋が見いだせる筈だ。全く、国際法廷で論断するしかない。当事者同士で結論的決着などないからね。ヒトラーを擁したドイツの敗戦に模することなく。我が国も中国・韓国と仲良くやるしかない。戦後補償でもなんでもかんでも。一面に於いて安保にしても日本は恵まれているのかも知れない。そもそも太平洋戦争終結の流れで戦勝国側のシナリオで「東京裁判」が開廷され昭和天皇に一切の責任を不問にする代わりに敗戦国民を占領統治していくスキームを追求するかに尽きていた。思うに自国民が自らが巻き込まれ参加した戦争を自己総括していないことに尽きる。敗戦を終戦と言い換える国民感性こそが戦争責任者を弾ずることも出来ないし、そんな歴史への無責任さが政治に反映されている。<br>
さて、表現はすべて思想行為であるからだ。認知し解釈し表現する一連の思考行程は全て思惟が介在し価値判断から分離剥離不能であって「ワンフレーズ・ポリティックス」の小泉ソーリにおいておや。加藤紘一代議士が「総理は直感型の政治家であり一度思ったらぶれない」と語ったけれど悪く言えば独裁そのものであって独裁は打倒するしかない。自己変革はあり得ないからね。自己崩壊はあっても。<br>
さて、そーり所属の森派は「神社派閥」だからね。政教分離にも甚だ抵触するわけ。憲法裁判所がとにかくソーリの参拝を仮差し止めしなきゃね。中国が韓国が何と言おうが我が国の憲法に違反する小泉の参拝は絶対に反対であるね。</p>
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<p>2005.5.24(火)<br>
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雷雨が今日もあった。梅雨は6月などと「平年並み」の気象常識が何回も覆されて天気は気分に左右される。気分も天気に左右される。<br>
梅雨冷えのようだ。<br>
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<p>2005.5.23(月)<br>
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中国の副総理、中国?外交戦略か。</p>
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<p>2005.5.22(日)モバイル9774@<br>
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曇天、雨パラパラ。ところが日差しが、そして蒸す蒸す。<br>
土日休日はなるたけオタクにならないように外出している。デイパックにアップル・ノートパソコンのパワーブックG3・俗称「PISMO」を忍ばせて。我が愛機は無線LAN機能が使えるのでホットスポットのエリア内でモバイルネット接続ができて実に快適なのだが、駅の中や公共空間にそんな空間がないのは残念だ。地下鉄の構内も利用者数の割には全然、イスが少ない。そんなスペースに「無線LANがご利用できます」と言われてもこれじゃ「羊頭狗肉」のまんま。モバイルの空間性はやはり流動性に優位されて定点休息は度外視なのだろうね。<br>
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そう言えば下田では昨日、ペリー来航を記念して「黒船祭」が行われたそうな。黒船来航が日本の近代化にどれほどのインパクトを与えたかは歴史認識の問題だろうが、ペリーの来日目的は当時の日本にとっては武力行使を背景とした外圧であった筈。そんな出来事を祭りで祝うというその神経・その歴史的想像力の欠如はやはり、日本の文化的特異性にあるのかどうか?コロンブスが米国大陸発見でネイティブなインディアン原住民が虐殺される嚆矢を作った歴史的基点において侵略する側、される側の相克を綯い交ぜにして混濁理解の思考停止は顕著だろう。ペリーを日本の封建制からの解放的使徒に祭り上げて、日米の友好的国際関係の事始めであったとする歴史の歪曲に根ざしたお祭り騒ぎはやはりおかしいのではないか。ペリーの子孫が招待されて彼らは税金で招聘されているわけで歴史認識の相対性が醸す認知的不一致が公共性を侵害している可能性は大いにあって、過去の経緯(イキサツ)、事の経緯(ケイイ)に目くじら建てることなく、今日的には問題なしの所与性に与された認識程度であるならば大きな問題を今後に禍根として残すだろう。多分、天国のペリーは驚いているだろうね。侵略した自分を慶事の当事者として侵略された側の人たちが祝意で表してるんだから。全く、歴史的事実は全て祝うべきもんじゃないだろ。おかしな事だ。強いモノには巻かれろ。もののふの武士道国家の日本の文化性やら精神性やら伝統性やらはどうーなっちゃったんだ。役人の現実事務処理の一環とすれば公僕ならぬ公賊だろう。<br>
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昨夜、東京農業大学の小泉武夫教授が民放の番組で「講義」していた。日本の古くからの食文化を守れという文化防衛論的言動を発しておられた。豊富な無機質のミネラル大国の我が国日本の食を守れ!我が国日本の食文化の原点へ戻れ!その復古的な色彩の主張にはなるほどとは思う。でもさ、食文化云々ではなくて食の安全性が最優先なんじゃないかしら。教授の言われるハショッた食通の俗物的知識だけでは当然持って表層的浅薄は否めない。食文化の多層性を「昔はいいもの食っていたからまた食え」だけじゃね。この教授の珍味漁食な紀行記の愛読者でさえ異を唱えるだろう。全く食の安全性が最重要だよ、ってさ。発酵学の権威である小泉武夫教授は誠に食べ物に関して博学でいらっしゃる。著作も多数で食いしん坊としてテレビでも良く見かける。タレント学者なのだろう。僕賃も毎日新聞に掲載されている教授の「コラム」を愛読している。しかし自分の専門分野でもない学者のメディア発言の危惧は今後、メディア検証のコア部分として精査されるべきだ。翻って専門分野に於いては更に峻厳な精査は言うまでもない。何故なら学者の研究費と生活費は自ら稼げない非生産性の生業的運命論への帰結であって、そこからの脱却は金輪際できないのだから。経済的不如意に大半の学者は収斂されゆく存在である。職業としての学問の今日的問題性は根深いのである。官学と産学の相克と癒着。これからもメディアに多忙な真実軽視・真実歪曲の御用学者の跋扈は止まらないであろう。真なる知性はそんな権威を憑依した知の欺瞞を痛烈に見抜き批判する事であるはずなのに。頑張れ潟大・準教授!利益相反の矛盾に敢然と立ち向かえ。些末な性事に揚げ足取られるな。<br>
さて郵政民営化の国会紛糾な昨今においてこの民放番組はキーパーソンの竹中大臣を出演させて「経済学」を講義させた。隔靴掻痒であったよね。何故に「少子化問題」でごまかすのか?政治的争点に対して娯楽番組でも大いに自説を開陳するのが代議士でもある大臣の責務であった筈だが局側の経済論理が最優先の大衆見下し迎合番組の一丁上がりであったわけね。何が「世界で一番受けたい授業」だってーの。<br> 大学の危機が囁かれているけれども、中国の学者が大学のゼミにやって来たとき、恩師は「大学の最後の砦はゼミである」とおっしゃっておられた。マスプロな有名大学のゼミ体験の無い学生など学生ではないのではないか?少なくとも学びの権利放擲であり学士に値せぬ。<br>
希望ゼミの説明会で先輩ゼミナリスティンに「はっきり言ってこの大学の先生は勉強してませーん」とかまされつつも研究室で勉学に勤しんだことを懐かしむ学究の徒は幾重にも存在するというのにである。<br>
権力批判・体制批判・民衆の公的利益擁護の真実の味覚をごまかす安易で口当たりの良い、まるで氷砂糖のような「知識の断片」を人気の著名有名なタレント学者を使い大衆メディアが流し、「知識」を支える思想性を抜け殻にし、思考の忍耐性を希薄化するメディアに踊らされることの無きように。<br>
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<p>2005.5.21(土)モバイル9740@<br>
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気温もさほど上がらず曇天の土曜・休日。<br>
今時これほど便利で簡易なコミュニケーションスキルのメールも送受信の双方向性に於いてはかなり感情的亀裂の原因になりかねない。利便性の罠だね。とにかくメールの送信内容はとかく一方的に陥りやすい。太字ボールド・赤字アンダーラインといったアクセントが無闇野放図に書き綴られ自分の言い分の絶対正義だけの羅列のみな稚拙お粗末論外無益な堂々巡りの感情劇場になっちゃう。無神経なメールに感情の波風を立てられてREの応酬合戦でもって「Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:.......」<br>
ネット上の中傷合戦もネット人格の暴走の為せる技か。</p>
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<p>2005.5.20(金)9736@<br>
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なんとなくペースが掴めてきた。今日は売上の締切日。どうやら全社で予算達成したようね。数字の相対性に一喜一憂の民間戯れ言節。僕賃も人から注意されるけれど管理業務の特にロートルの目に余る能書きブー垂れにはイチイチ関わり合うのは御免だ。たった数十人の中小零細な企業にとって会社の組織をデザインしたところで職務の責任所在など有象無象の美辞麗句な空虚だってーの。認識と評価。所詮、組織は人事と予算。「あれもできないこれもやらない」のおふざけロートルの跳梁跋扈の専横を罷り通らさなければ今日的な惨状は生まれなかったのではないか。<br>
だから若手やる気な連中も自然に脱力無力を感じて諦念諦観な迷走を繰り広げるだけだ。業務命令の発令もできない組織に明るく楽しい未来はない。そんななし崩し的他者配慮は「罪を憎んで人を憎まず」赦免の論理か。罪科相対主義と罪科絶対主義の相克。小泉首相が自らの靖国参拝の正当性を主張するに、中国の批判に対しての物言いね。<br>
翌日の朝日社説では「罪を犯された側・裁く側の論理」でお門違いも甚だしい、とあった。多分、戦後、日本の中で戦争責任を統治権力を司っていた為政者らに問わなかったから今も引きずる問題になっている。ナショナリズム宣揚側からすれば「戦争責任も限定的に敗戦責任しかない」、となるのだろう。太平洋戦争は米国の仕掛けた側面が強いよね。当時、日本が行っていた中国・朝鮮への侵略的武力行使の正当性はあの時代状況ではかなり隠微であって自存自衛的側面がゼロであったわけではない。しかし極東軍事裁判で「平和」「人道」への罪科として日本の戦争指導者を裁くにしてもはじめから昭和天皇が除外されていた、二発の原爆投下と主要都市への戦略爆撃による非戦闘員の大量虐殺は問われずの一方性は戦後処理の合理性に貫かれた「法の真理」を蹂躙冒涜すると主張したインド・パール判事の判決の通りだ。<br>
<a href="http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-pal.htm">http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-pal.htm</a><br>
しかし、敗戦国・日本がポツダム宣言を受諾し無条件降伏した成り行きに関して戦勝国の思惑通りに国際法廷が利用された歴史的事実には峻厳に対峙すべきなのだ。<br>
戦後60年目の日本に於いて国家主義的な偏狭的な「愛国」がこれほど内政的に高まったのは初めてではないか。北朝鮮・韓国・中国への日本から見た眼差しはこれからも先鋭化する様相を呈するだろう。<br>
歴史に学ぶ、その難しさは一市井に生き行く個々人に当てはめても然りだ。被害妄想の国家的拡散を中国や韓国に見るだけでなく日常茶飯事な個々人の生活空間に於いておや、だ。固定観念の視野狭窄、顛末は顛末を呼ぶ。こんなちっぽけな事象に於いてさえ、だ。</p>
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<p>2005.5.19(木)<br>
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「恋におちたら」面白かった。</p>
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<p>2005.5.18(水)<br>
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今日、夕方の雨上がりに大きな虹がでていた。平原綾香の「虹の予感」の歌詞には予期せぬ恋の顛末。自分の運命を未来を自分の努力で滞りなく切り開いてみせる、勝ち取ってみせると丈夫調の平安風味を深く味わえる。期待感と言うよりも予兆を楽しむ自動生成為る時空劇をパースペクティブな視野感を持った客席に深々と体毎沈めて待つ。<br>
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<p>2005.5.17(火)<br>
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銀行員来社、融資の売り込みに来たようだ。私募債やシンジケートローン。賞与手当やら。</p>
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<p>2005.5.16(月)9589@<br>
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長者番付の発表があった。1位は30数億円を納税した40歳代の投資顧問会社の運営部長だった。年収100億円らしい。上位リストにも金融関連がズラズラ。これから株式投資が爆発的にブームアップで再浮上するだろう。僕賃も先日、出入りの銀行員から「投信」を勧められた。うまい投資話が花盛りだ。儲け話を煽るマスコミは今、流行りの「スローライフ」をいつしか吹き飛ばすだろう。所詮は商業至上主義であって儲かってナンボだからね。金持ち礼賛羨望番組から「如何にして儲けるか」の番組になるんであって。退職金ガッポリ貰った団塊の世代の定年後の悠々自適は大半大概はテレビの前に座って暗示に掛けられて洗脳されるわけね。そこに年金だけで大丈夫ですか?折角の退職金を安全でちょっとずつでも利殖しましょう。定期預金に入れても利息付きませんからねって。<br>
「カネカネカネ。カネが全てを変えるし買える。」by wirten CindyLauper</p>
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<p>2005.5.15(日)9534@モバイル・夕立にあって<br>
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高田馬場・白ゆりにて。地下鉄から地上に出ると夕立だった。取り敢えず一時避難しようかと思った。<br>
「『噂の真相』25年戦記」(岡留安則著)を読み終える。久々面白かった。今、悪戦苦闘中の「魔の山」の閑暇休題的読書として快読。読み終えて、爽快感すら感じた。<br>
本書は今年の1月に刊行された噂の真相・編集長の岡留氏の雑誌メディア論的回顧録のような仕上がり。月刊雑誌「噂の真相」は反権力、スキャンダリズム・ヒューマンインタレストといった従来の組織的商業主義が扱えない切り口のユニークな存在だった。「文藝春秋」に次ぐ月刊雑誌の販売数第二位は単に暴露雑誌で売りまるくだけではない「噂真」イズムを貫徹した骨太の雑誌として25年間に渡ってカルトな読者を獲得した成果であったという。br>
僕賃としてはネットテレビで休刊に際して岡留氏本人が出演の番組を視聴していて飄々とした風貌、言説にもかかわらず筋金入った言論人の気概がやたら印象に残っていた。<br>
この雑誌の魅力は他誌に類を見ない32文字の「1行情報」や「週刊紙記者匿名座談会」といった岡留氏の「編集長」としての気概を強烈に感じさせる編集方針の貫徹に裏付かれていた企画に顕著だ。
氏に言わせると「本多勝一」も「田原総一郎」も大新聞も「書く側・批判する側」としてだらしがないと一刀両断だ。<br>
惜しい雑誌が消えた。今後「噂の真相」のようなタイプで「メディア時評」のようなメディア内部からのインサートされた迫力のあるコンテンツが内部告発の正当な受け皿メディアとして出現することを切に願いたい。<br>
さて、特に取り上げたいのは氏の言う「ヒューマン・インタレスト」だ。僕賃の学生時代に朝日新聞の一面コラム「天声人語」を執筆担当し急逝した深代惇郎を卒論のテーマにして築地の朝日新聞本社へ友人だった当時出版担当取締役の涌井氏に取材した際、「深代の『天声人語』は人物論が非常に良かった。彼は『新聞記者を辞めたら伝記作家になりたい』言っていたよ。それだけ人物に関して得意だった」この言葉が印象に強く残っていて岡留氏の言う「ヒューマン・インタレスト」即ち「人間的興味」を刺激する文章表現こそが最大にして最高に読者を引きつけ魅了するエッセンスであるように思う。ただ、それに反権力にしてスキャンダリズムが渾然一体化されるとどうしても下世話な「虐げられた一般大衆のルサンチマンの捌け口」に矮小化される危険性はある。小資本の出版社がゲリラ的に社会的時代的にニッチな先鋭メディアとして自らの存在意義を世に問う闘争姿勢を編集方針に持つことはジャーナリズムの状況のジャンダルム的意義は深い。だが、深代の「人間的興味」は書く側をも納得と説得を醸すバランス感覚をもっていた。匿名のニュースソースの裏付け取材の困難性を安易にジャンプしても「噂」をジャーナルに載せる意義を優先させたことは満身創痍なる法的措置の累々たる惨状に露見していることではあるけれども。またしても「言論の自由」「表現の自由」を考える契機になった。<br>
ただ、「人間的関心」を置き換えて考えるに「その人物の生き方」ではないかと思う。悪しき生き方を糾弾する言論攻勢と偉大にして敬意すべき生き方を賛否するコラムの違いだけかどうか。人間をテーマにする人間史観こそこれからのエポックメーキングであるべきだ。そんな編集方針の雑誌が出て欲しい。サブカル路線やゲリラ路線にしても結局はマス・コミュニケーションの限定性やら制約性やらの呪縛からは脱却不能ではあるけれども。</p>
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<p>2005.5.14(土)モバイル9497@<br>
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低温続きな土曜日の昼下がり。今週一週間は忙しかった。エンドレスルーティーンなる日常性の澱を積もらせながらも些細で些末な異変に今までのパーターンの改竄を強制される焦燥感ってあるよね。<br>
丸谷才一「たった一人の反乱」にもあるし村上春樹の「風の歌を聴け」にもそんな記述はあった。この異変の繰り返しこそが実は人生の最もビビッドな内実を顕在化させるエピローグだろう。<br>
今回の異変は職場空間に於いて起こった。しかしながら日常性に包摂されて今後、流れていくであろう。時空の彼方へ。同質等質の生活の流れへ。<br>
有り余る恒産を保有していても大いなる自己実現を所与性において獲得しつつあったとしても社会と自己との介在性を完全に遮断できない。そこには時間論も存在し本質論もまた然りだ。社会的認知の為せる技こそが歴史意識へ収斂されて自己なる現象の本質性は鮮烈に顕在するのだ。
/p>
2005.5.13(金)9494@<br>
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最近、出社前にテレビをダラダラ見なくなった。その理由は番組キャスターやコメンテーターらの正論正義な主張の噴飯さにある。朝っぱらから偉そうな評論屋の無責任(決して自分たちは直接的に関係ない)な物言いに言ってる中身ではなくてそのスタイル自体に嫌悪が増長されるのだ。専門家でもない彼らが番組進行上の流れで意見を求められて意見を言うそのシステマティックさにむかつくのだ。朝から正論正義で怒りを煽られるのが我慢ならなくなった。<br>
なので新聞を少しは精読してみる。今朝の毎日の朝刊にバーチャルな嗜好から生身の女の子をターゲットに悪さをした男の弁明がルポされていて興味を引かれた。ネットのバーチャルなファクターやお人形さんでは「受け入れてもらえない」だから生身の女の子を襲ったという。小林薫も最初は連れ去った女の子の宿題を手伝ってあげたりして受け入れられていたようだが。今度は同じ小林でもビジュアル系の24歳の金持ちボンボンの性倒錯な事件。月の仕送り40万でマンション暮らしの大学浪人崩れが性の狩人を気取っていたらしい。得意の拳法で女の子に暴力を振るい首輪を嵌めて部屋中引きづり廻し「ご主人様」と呼ばせていた。こうなっては「受け入れる」とかの次元ではなく事件分析事件検証のメソッド自体に問題欠陥が露呈した。「模倣犯」の「スマイル」こと網川くんっぽいよな。</p>
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<p>2005.5.12(木)<br>
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「取締役 島耕作」反日感情あらわ!</p>
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<p>2005.5.11(水)<br>
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非常に忙しい一日だった。</p>
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<p>2005.5.10(火)<br>
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今週は多忙。仕事に閑暇休題だな。</p>
<p></p>
<p>2005.5.9(月)<br>
痴漢防止で女子専用車両が今日から一斉スタートらしい。男女平等に違反だとか「必要悪」を認めつつも根本解決は男性の意識改革にあって専用車両に乗らなくて痴漢に遭えばその被害者の責任に転嫁される。そしていつまで経っても女性は隔離され続けると東大の上野千鶴子教授のコメントがあったっけ。そのうち女性専用電車のようなモノが出てきて特急・準急・女専みたく電車丸ごとの痴漢防止電車になるのかな。</p>
<p>
</p>
<p>2005.5.8(日)9282@<br>
<br>
日曜出勤。東京メトロ東西線車内にて。我がパワーブックは液晶画面が14インチなので隣の人間とのスペースは左右で微妙だ。座席周辺がゆったりとしてないと気が散るのは否めない。<br>
昨日、会社で2階から4階に移って、LANと電話回線が開通していない。週明け明日の月曜日を控えて予め十分に段取っておきたいところだ。引っ越しのどさくさで未処理案件が何件か残っていた。<br>
連休明けのスケジュールタイトな事態は今週いっぱいで目処にしたい。<br>
久々の肉体労働の疲労感と昨夜は遅くまで安ファミレスのサイゼリヤで痛飲していたので若干のアルコール残存感覚がある。<br>
着飾った母娘、大きな声で慎み深げでもなく口喧しい遺伝子関係だこと。折角の正装も外見からしてオジャンかもよ。<br>
しかしケイタイのせせこましいったらないぜ。画面とにらめっこして賢い風貌もオジャンかよ。あの画面サイズに猥書化されてダウンサイジングの必然化。<br>
出がけにフジテレビの竹村健一常駐時事問題番組である「報道2001」をちらっとみればゲストに葉千栄氏が出演していた。なんとも髪型もきっちりセットして説得力のある話しぶりね。菅直人前民主党代表や親米岡崎やら西部邁やら高村元外相やら。<br>
その中で多国間に於いて歴史共有ができるのかどうかで緊迫した千栄氏が「できるわけ無い」という司会者に「そんなのは無知だ」と決然と言い放った。議論の道筋をつければいいだけじゃなくてフジテレビは社論のような愛国主義的な傾向が先鋭的にあるからそうなっているんだろうしグループの新聞社でさて自説を臆面もなく「正論」などと傲慢だよな。ナショナリズムの宣揚には過激で在ればあるほど効果的だというのが通説となっている。<br>
本来、中国韓国からすれば侵略戦争を日本からすれば大東亜共栄圏の自存自衛の聖戦だという歴史観ってものがあって侵略される側と侵略する側と立場の鮮明化でもって時空共有の歴史的事実を客観的事実の思想的空白に染め直したところで国家観の利害相反の超克などあり得ない。<br>
世界が統一されて世界連邦共和国なるユートピア社会が実現されたとしても地域的内紛は間断なく継続されているだろう。民族的軋轢はいっかな解消されないわけだ。また種々雑多な宗教が統一原理による抜本的融合だの統合だのするわけがない。帰納法ではない演繹的信の体系が不可分為しにコングリマリットに落ち着くわけがない。総論では口々に「みんな仲良くしよーよ」と言うけれど各論では「戦争」しか解決がないってことだけ。<br>
</p>
<p></p>
<p>2005.5.7(土)<br>
<br>
会社2階から4階へ移動作業でへろへろ。「何人もの船頭のお陰で」疲れた。メリットは狭くなってみんなの顔が分かるようになった?3階と4階とで分離されていた事業部が一同に会したフロアーに呉越同舟かよ。<br>
あしたもがんばろう。
2005.4.28(木)8955@<br> <br> 大型連休目前の月末処理。今日は異常に高温であった。</p> <p></p> <p>2005.4.27(水)<br> <br> 帰宅しテレビ。すごく眠い。</p>
p>2005.4.26(火)<br> <br> どんどん死者が増えていく。脱線転覆、恐るべし。/p>
2005.4.25(月)<br> <br> 電車の脱線事故が尼崎であった。54人の死亡が確認されている。置き石の線が濃厚になってきた。ガキの悪戯なのか革命思想の発露なのか?</p> <p></p> <p>2005.4.24(日)モバイル8791@<br> <br> 夏のような天気だ。風は涼しい。G.W. へ向けて期待感やら待望感やらが綯い交ぜにフレームアップしてくるのも今頃の一般感情だと思われ。<br> 今、快読中の「魔の山」においてハンス・カストルプの精神的指南役セテルブリーニが「死と生」の関係について死は生の一部分であって生と死を切り離して死の優位性を生からの位相において関係づけてはならないと語った。人間の時間論に於いて生まれる前は「死の一部」なのかどうか?生き終えたらば死なのかどうか?生きていなくても死んでいない。空の思想性を近代思想は超克できない。無明の概念性を分析できない。五感を超越した論理世界を取りこぼした近現代思想の陥穽から飛び出せ。<br> 日曜の昼過ぎ。テレビ「うちくる」を観る。北野大氏の初恋にして恩師の先生が出演し手紙を読む。その中で大氏から大学院卒業証書を見せて貰った時の感動を「教師冥利に尽きます」と読み上げた。人間のふれあいの極致、そして師弟愛から浮かび上がる人生の歓喜が横溢している。強く胸打たれた。<br> 人生の師匠。その関係は生身のふれあいが全てだ。</p> <p> </p> <p>2005.4.23(土)8780@<br> <br> レインボーブリッジ・お台場界隈。前のフジテレビ河田町の栄枯盛衰を知る者としてベイエリアに広がる発展繁栄の胎動に大いなるフジの企業野心の潰えぬ夢を感じる。レインボーブリッジの無料道路を走行する三菱車の車窓からこんにちわ!ってな躍動感でもってデジカメ撮影にも失敗したけど。人口の砂浜。夕陽が落ちて夜のとばりが下りると気が付けば屋形船の船影が海面に赤々と仰々しい灯火を湾景に色添えていた。人為為る営為。メディア戦略の地政学ってもんを感じた土曜の出社憂さ晴らしではあった。車、K氏に多謝多謝。<br> </p> <p></p> <p>2005.4.22(金)<br> <br> 金曜の夜、11時15分は「世界の車窓から」をまったりと見終えて「雨と夢のあとに」が面白い。金八先生で優等生役を可憐にこなした黒川智香が初主演している。脇役に木村多江。沢村一樹の父親役もなかなか良い感じ。ジャズベイシストらしいけれど。霊を信じる国民性って日本にあるのかどうか?<br> 世の中そろそろG.W.ですか?休日って始まる前のイマジネーションが一番楽しかったりする。競馬好きが一番楽しいのは下馬評を分析する時らしい。<br> 前評判を実体験して確かめる見聞性に実は人生の時空拡張の醍醐味があるのだろう。<br> 日中関係の拗れも実は「井戸」と「毒」の関係でもないけれど。</p> <p></p> <p>2005.4.21(木)<br> <br> 首が痛い。「恋におちたら」健気な妹役で魅力的な木村佳乃。魚屋の山本耕太郎のプロポーズをあっさり断った。ロックな女。</p> <p>
2005.4.20(水)<br>
<br>
そろそろ日本国内で反中国的事件も発生してきた。一部心ない連中の跳ねっ返り行動だ。白昼堂々、徒党を組んで騒ぎ回るわけでもなく愉快犯の如くに夜陰に乗じて姑息で陰湿な悪ふざけ。本気さが無いよな。</p>
<p></p>
<p>2005.4.19(火)8648@<br>
<br>
個人情報保護法と情報セキュリティの騒動。率直に言って情報漏洩を防ぐ労力よりかもっと生産性向上に尽力するこっちゃ。エコロジー問題と情報問題。何か似ているような感じがする。情報資産と言ったって産業スパイが暗躍するような有価情報ではないチンケな人間の4情報(氏名・年齢・性別・住所)などは悪意な第三者の匿名性の暴力の前には無気力に為らざるを得まい。</p>
<p></p>
<p>2005.4.18(月)8600@<br>
<br>
朝、テレビで観た中国の反日運動の暴動化の報道には激しい憤りを感じた。日本の排外ナショナリズムの高揚は必至だ。中国には言論の自由はないし共産党一党独裁でもって政治的信条の自由も政治結社の自由もない。一党独裁の本質的悪弊は機関決定の硬直性である。産業の空洞化を誘引する経済交流に於いてそのような政治状況を見過ごす油断も事態を増長させたのは確かである。民主的自由がない国ではデモも国家的管理で政治状況が創出できる。怖いことは中国の国内で起きたこの事件は中国当局のコントロール化におかれており中国国内での報道も「日本」叩きに終始している点だ。<br>
西安で昨年、日本人留学生の寸劇を巡って暴徒化したときも今回を想起させる予兆があった。襲われた日本人留学生らは口々に「僕らは中国が好きなのに彼らはどうして分かってくれないのか?」この浅薄な学生達の認識こそが日中現代史への無知と同時代の中国内政問題への無関心の決定的言辞なのである。語学留学の浅はかさに単純帰結する安易さを排しながら「歴史認識の相違」と言っても結局は「殺す側の論理」と「殺された側の論理」の関係の絶対性の相違であるから加害者と被害者の利益相反は決定的だ。中国人民にしてみれば戦勝国側の一員として侵略戦争の怨みに時効などない。<br>
翻って我が国日本。靖国利権に群がっている限り我が国の悪しき国粋視野狭窄からの脱却など出来ない。</p>
<p>
</p>
<p>2005.4.17(日)8540@<br>
<br>
「国家の罠」を読了。読み応えのある作品であった。作者の佐藤優氏の「記録」は不当捜査や外務省の陰湿な組織防衛や自己保身に走った大学教授や同僚上司・大臣などが生き生きと描かれている。<br>
日露平和条約締結と北方領土返還に情報分析官として鈴木宗男元議員と同志的関係でもって奔走し、作者言うところの「国策捜査」で逮捕勾留され一審で有罪判決が下される。著者は神学研究者という異色な出自でもって外交専門職として入省し、モスクワ大学でロシア語を学びロシア外交の最先端で活躍。鈴木宗男元議員と昵懇になりながら如何にして「国益」に奔走したかは本書に記述される半生記に詳しい。また国際情勢を分析するセオリーや人物観察は歴史詳述の現場で培われた経験則が鏤められている。500日を超す勾留生活の機微や担当検事との丁々発止な尋問応酬は一級のルポとして読み応えがある。その中で国策捜査と冤罪捜査の相違点を上げながらある種、時代の歴史的必然から演繹される客観文体には違和感を覚えつつも社会的文脈の俎上に顕在化する様々な事件の発生要因に明確な国家権力の見えざる手を強く感じた。背任と偽計業務妨害という作者曰く事実無根の事件捜査に当たって担当検事はいみじくも「これは国策捜査だ」と尋問初っぱなから宣言する下りはこれまた興味深いシーンだ。また、「国策捜査」の援護射撃が実は官の操る既成ジャーナリズムに責任の大半があってそれに踊らされる「実質文盲率95%のポピュリズム」が支える構造なのだそうだ。この国に真なる健全ジャーナリズムが実現できないのも「テレビのワイドショーと週刊誌レベルの正義」が最大要因であるかもしれない。また権力の具体的行使側の内面的腐敗が様々に表面化する根本問題は個の意志の問題だけではなくて組織と個人の役割の関係の絶対性にある種、収斂されるのかもしれない。<br>
ただ実力政治家であった鈴木宗男元議員を積極的に活用し自らの外交業績を積み上げ「国益」の成果を追求した佐藤元分析官の述懐の中で外交機密という外交特権の絡む「特殊情報」についてはその秘匿隠避が隔靴掻痒な感は否めなかった。「国策捜査」の事後の経過は「時代のけじめ」であることよりも権力側の恣意的な放縦の感が強い。また官僚組織の自己防衛がトリックスターの放逐に当たって様々に露見噴出している事例に事欠かさない。本書に散見できるように体制側の述懐を批判的に吟味すればエリートの気負いと先走りと国家への幻影がコングリマリット化した官僚的情念に於ける内在的ロジックの解明が実は国益に叶った国策追求に通じる。そして官僚組織のインナーポリティックスの権力闘争に終わりはないとの感想を強く持った。
</p>
<p>
</p>
<p>2005.4.16(土)<br>
<br>
朝起き出して宅配到着。佐藤優著「国家の罠」が届いた。近くの定食屋にスペシャルランチ1000円「和牛ペッパー焼き」を頼みつつ読書スタート。<br>
<br>
</p>
<p>2005.4.15(金)<br>
<br>
仕事終えてサイゼリヤ。女子高生たちが屯っていた。見るからに喧しい。清純なイメージはまるっきりない。それぞれにケータイに打ち昂じているようだった。</p>
<p>2005.4.14(木)<br>
<br>
やっと晴れてきた。週末の追い込みに向けて段取りしていく。</p>
<p></p>
<p>2005.4.13(水)<br>
ライブドア株、爆上げ。ネットディーラーが群がったわけね。</p>
<p></p>
<p>2005.4.12(火)<br>
<br>
帰宅して古館キャスターの「報道ステーション」冒頭、株価下落のライブドアのホリエモンを空港で取材陣が囲んだ。堀江社長が怒るのも無理はない。「株価が下がった、下がった」と大騒ぎしてその企業のトップが報道被害で益々下落傾向に誘導されたのではたまったもんじゃないはず。その自然なリアクションがある種の風評被害になっている。だから取材陣を逆撮影するためにホリエモンはビデオカメラを持っている。レベルの低い勉強不足な記者のは「出直してこい」みたいな開き直りになっていた。</p>
<p></p>
<p>2005.4.11(月)
<br>
朝、地震で揺れた。今日は非常に昨日に比べて温度差のある冷え込みだった。折角の桜もお花見もおじゃんだね。雨まで降ってきた。</p>
<p></p>
<p>2005.4.10(日)モバイル8280@<br>
<br>
今14:24:03、東中野駅前のケンタッキー2階でマックライティング。<br>
ここも無線LANは不通。ドトールが満員だったので新規開拓だ。189円のまずい紙コップコーヒーで店内に居座る。窓外には駅前開発の工事現場な風景が広がっている。今日は風も強く桜の花びらが嵐のごとく舞い散って往来の人々を迷惑がらせていた。隣の席のあんちゃんが頬張るジャンキーな揚げ物の異臭が鼻を突く。それって会社オフィスで昼食を会議室で食べてるような中小零細的薄祉薄生の食後の生活臭残存の不快と共通項かも。でもなぁ、いかんいかん。分煙が全然だめ。テーブルに言い訳程度に「禁煙」ステッカーを貼り付けてもタバコの有害性は気流なわけだ。何の意味もない。どうやら不健全食材に不美味なコーヒーテイストそしてネット不備でもって有害気流の放置プレイってことはケンタッキーは全くの時代遅れだ。<br>
<br>
今16:56:18、早稲田夏目坂フォレスト店内。ダウンもセーターも脱ぎ捨ててシャツを腕まくり。アイスコーヒーも既に飲み干して喉の渇きは一段と。<br>
「国家の罠」(佐藤優著)が書店になかった。いい加減ライブドアの堀江の本なんか積み上げなくてもいいんだよ。<br>
<br>
アマゾンによれば<br>
<br>
外務省、検察庁、永田町を震撼させる衝撃の告白手記!
外務省元主任分析官は、政治と外交の最前線で何を見たのか?<br>
有能な外交官にして傑出した情報マン──。国を愛し、国のために尽くしたにもかかわらず、すべてを奪われた男が、沈黙を破り、「鈴木宗男事件」の真実と、「国策捜査」の実態を明らかにする。<br>
「背任」と「偽計業務妨害」容疑で逮捕され、東京拘置所での拘留生活は、なんと512日にも及んだ。2005年2月に下された第一審判決は懲役2年6カ月、執行猶予4年。しかし、男の闘いはまだまだ続く──。 <br> <br>
出版社からのコメント<br>
1991年ソ連消滅。エリツィン大統領の台頭から、その後の大混乱の時代を経て、プーチン氏への政権委譲へと続く90年代激動のロシアを縦横無尽に駆け回り、類い希な専門知識と豊富な人脈を駆使して、膨大な情報を日本政府にもたらした男、それが元主任分析官、佐藤優だ。<br>
2000年までの平和条約の締結と北方領土の返還という外交政策の実現を目指して、ロシア外交の最前線で活躍していた彼は、なぜ「国策捜査」の対象となり、東京地検特捜部に逮捕されされなければならなかったのか? そもそも、検察による「国策捜査」とは何か?
さらに、鈴木宗男代議士による外務省支配の実態とは? 小泉政権誕生の「生みの母」とまで言われた田中眞紀子外相の実像とは? 宗男VS.眞紀子戦争の裏側で何が起こっていたのか──。<br>
512日にも及んだ獄中で構想を練り、釈放後1年以上をかけて執筆された、まさに入魂の告白手記。 <br>
<br>
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)<br>
佐藤 優<br>
1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。95年まで在英国日本国大使館、ロシア連邦日本国大使館に勤務した後、95年より外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年5月に逮捕、現在起訴休職中(元主任分析官)。外交官として勤務するかたわらモスクワ国立大学哲学部客員講師(神学・宗教哲学)、東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)をつとめた <br>
<br>
<br>
ということで、先週の月曜の夜、残業中に聴いた政治ジャーナリストの角谷浩一のラジオ番組に生出演した本書作者の佐藤優氏の分析的な話しぶりとパーソナリティの角谷の興奮した受け答えに興味をそそられていたけれども。事件当事者の暴露的なノンフィクションは相対的なメディア批評にもなるし第三者的な視座とは違った全人格全人生を賭した表現形態となるのは必須だから非常に読者として面白い。世の評論屋の浅薄な言辞を遙かに超えた高次なる言論展開になるのは約定済みだ。今の外務省のシステマティックな問題の所在を多分、明らかにしてくれそうだ。一日も早く読破しここで報告したい。<br>
<br>
今19:35:13、モスにて。いったん帰宅してネットであのエスカレータ女子高生スカートの中、手鏡覗きで有罪決定のエコノミスト植草一秀氏の弁明を視聴する。一般メディアには一切、彼の弁明は流されなかった。そして所与なる思いこみつまり、僕賃らが抱くジキルとハイドな両極端の人格二面性の社会的通念の罠、所謂、お高くとまった経済評論の物言いと非の打ち所のないスーパーエリートの学歴経歴そしてその堅物ぶりの表の顔も実はえげつなくもロリータな性欲発露の隠微で淫らな歪曲性癖の疑惑といった光と陰というマスコミ受けするネタだよね。<br>
確かに植草氏の弁明が全て真実であって法手続において警察と検察の連係プレイが実は著名人のマスコミ露見に萎縮した弱みにつけ込んだ司直の堕落であったならば、東電OL の二審逆転仰天判決のプロセスにも露見の隠微な事例であることは間違いない。さて植草氏の弁明通りだとこうなる。<br>
2004.4.8(木)午後3時過ぎに品川駅のエスカレーターに両手を組んだ不動立ちで乗っていた植草氏に下から鉄道警察隊の巡査部長が駆け寄って「ポケットの中身を出せ」と暴力的に詰め寄った。目当てはケイタイであったがそれは氏のアタッシュケースの中にあった。ハンカチと今回、物的証拠になった手鏡が出てきて当初の目論見であったケイタイから手鏡に現認内容のとっさの変更が為されたという。電車内での痴漢やエスカレータの下からのスカート内部の覗きも警察の現場認識があればたやすく逮捕されるという常套恫喝が現場で日常的に行われる現状は我々一般人にとって一寸先は痴漢嫌疑の闇という恐怖だね。<br>
さて罰が悪いのは植草氏の「前歴」もあって裁判官の心証は限りなく透明に近いブラックであったと言う点。しかも家宅捜索までされてセーラー服まで押収された異常性に官憲は付け入ったという。新婚の宮台も「僕なんか結婚したんでセーラー服は捨てました」とイケシャーシャーだったが、予見の思い入れ補強の所作に抜かりないのがターゲット捜査の怖いところだ。確かに事件発生当初の報道では女子高生を物色し獲物をねらった挙動不審人物の追跡の結果、品川駅構内での事件発生を粘った鉄道警察隊の地道な防犯システムの稼働の勝利だった筈だけれども。その点は逆に尾行されたターゲットは植草氏自身であったという。弁護士の話だと事実無根の冤罪のスタートは警察の甘言(やってもいない犯罪構成が記された調書に署名捺印すればすぐに帰れるぞみたいな)に萎縮することろから始まるという。警察の仕組んだ調書には一切応じない勇気が後々の面倒な事態を招聘するけれど検察&裁判官には通用する事態になる可能性は大だということ。怖い怖い。しかし刮目なのは自分の被った報道被害や司直の謀略的罠に陥った自分の窮状をこうも冷静に客観的な口調で淡々としゃべれる訳だしこの顛末を出版できればタフネスに復活でるかもね。でもマスコミは責任取らないだろうから無謬性打破を如何に為すべきか。
</p>
<p>2005.4.10(日)モバイル8258@<br>
中国で排日運動が起きたとかで一斉にメディアが報じている。やれ日本大使館が投石されてガラスが割られたとか、牛丼の吉野家を怒り狂う中国人民が取り囲んで気炎を上げているとか。その背景には中国政府子飼いの「運動家」たちの先鋭的扇情があるそうな。そう解説してくれる元文春編集者・勝谷コラムニストのネット日記によれば今回の反日騒動はチベットの最高指導者である来日中のダライ・ラマ14世への陽動作戦的抗議が根っこにあるそうな。中国は内政問題をいつも外患まで拡張して処そうとする。中越国境武力衝突にしても台湾分離独立阻止にしてもチベット宗教介入にしてもこんなにも人権蹂躙なお国柄は世界でも珍しいだろう。蛇足ながら「一緒に踊りませんか?」自演映画プロモートで来日したお花見総理似のリチャード・ギアは敬虔なチベット仏教徒で「中国によるチベットへの宗教弾圧」を激しく糾弾しているよね。ギヤ来日のその頃から「中国の反日運動家」の先鋭的顕在化が始まっていたんだろうけれども。<br>
この対日的「造反有理」を中国の統治権力は外連観もなく内外交戦術に用いているだね。日本の外交官がんばれ!でも米犬総理って外見がギア似だっていうけれど対中国に関しては意外に意中も相通じているんじゃないかい。<br>
事実は中国に政治的言論的自由はないということだ。共産党一党独裁の全体主義に対して民主コントロールが存在するわけない。社会事象全般に党の機関決定性の意志が具現化するのみだ。</p>
<p></p>
<p>2005.4.9(土)モバイル8241@
<br>
これは夏だ。いつものCafe di Espresso飯田橋店。店内に直射日光が差し込んで非常につらい。温度も急上昇。朝晩は冷え込むとあらかじめのダウンジャケットのかさばること。さっさと店外へ。<br>
<br>
今14:38:33、地下鉄東西線飯田橋駅構内にて無線LAN接続中。春の陽気に絆されてウジャウジャの人混みだ。時折、精神薄弱な娘の奇声を耳にする。全く春は人間の内面にそこはかのインパクトを与えるものなのだろう。しかし、ベンチに腰掛けてラップトップでパソコンを操作するのは不適切だ。目の前を通り過ぎる群れにパソコンをぶつけられそうで集中できない。また目線が低くなり過ぎで首も痛い。せめて専用のデスクコーナーくらい作ったらどうか。しかし接続速度はいい感じだ。空いているからね。サービスし始めはそんなもんかもね。山田優より真鍋かをりの方がメトロっぽかったと思う。彼女のblogは面白いしね。<br>
<br>
今15:24:56、東中野駅前のドトールにて。ここも無線LANぐらい設置しろって感じだよな。この界隈、相撲学校の明大中野付属があるんだがかの若貴ブラザーズが角界入門前に通っていた。でもさ相撲の専門学校くらいあってもいいんじゃないかい。国技なんだからさ。モンゴルやハワイから引っ張り込まんでもさ。人件コスト削減で経済効率に小賢しくなることもないんじゃないの。日本人ってやっぱり日本人が活躍してくれないと白けるわけね。限りなく単一民族の官僚支配のお国柄なんだしさ。<br>
今日の東中野は桜満開を受けて桜祭りが真っ盛り。しかし店内はばーちゃま連中の団体でごった返しだよ。折角、珈琲の気品ある美味なる香りも醜悪な加齢臭で掻き消されてたまらんわな。分煙効果テキメンの新装オープンは成功裏に終わったのにさ。おやおや子連れのヤンミセのグループもドシドシ店内に入り込んできたぞい。一般的な珈琲ショップの客層とはかなり異色な雰囲気だね。商店街ってそんな感じなのかもね。<br>
<br>
今19:05:14、自宅近所のマック2階にて。日中はガキンチョが多いこのお店。そういえば最近、見かけなくなったちょっとぽっちゃりな米倉涼子似の女性社員さん。彼女はピッチピチのマクドナルド制服で可憐なタイトスカートの裾もグロテスクに彼女の魅力的なセクシー大腿を覆い隠せずにお色気プンプンな雰囲気だったっけ。多分「スマイルください」も一番多かったんじゃないかしら。凄みのあるシャープでエグい笑顔でもってお客のサプライズを吸引していたんじゃないかしら。<br>
残念、そして、さよなら。
細々と誰の無線LANかしらないが僕賃のパソコンが認識し取得してくれてネットもできたりするのがよかったりして。モスに比べてだだっ広いのが最高。自宅からも一番近いしね。早朝からやっているし夜は7時過ぎなら主婦連はいないしガキンチョも学校終わってもう帰宅しちゃってるわな。思いの外、穴場だよ。これからの僕賃のメインのホームグラウンドなモバイルスポットにしましょうか。
2005.4.8(金)<br>
br>
どうやら都心の桜は満開のようだ。新年度新学期を迎えて新人フレッシュマンたちの群れがぞろぞろ公的空間を浮遊している。そして今日は2回目の金曜日となる。<br>
そういえば「週刊金曜日」という雑誌がある。朝日編集委員のころから「貧困なる精神」を「月刊潮」に連載(途中朝日上層部の社外執筆の締め付けで断筆)していた本多勝一氏主宰の硬派活字メディアだ。戦中時に於いて京都大学の知識人が結集して創刊刊行されていた「土曜日」に肖っての名称類推と聞いたことがあるが、言論弾圧の圧政に対し知的で誠実な市井への言論性を確保できた唯一無二の成功例としてその発刊メンバーに与した哲学者の久野収氏も実は「金曜日」創刊に参加している。<br>
さて朝日文庫愛読の方々にとって本多勝一氏の一連の執筆活動は胸躍る権威権力への強烈なアンチテーゼとして読書の快楽を自らの生活疲弊の逃亡願望に一体化させてルサンチマン発散契機に沿えるものだった筈だ。70年代の反権力なリベラルが党派性からの脱却を企図し中道勢力の機関誌的なメディアでだった月刊総合雑誌「潮」へ雪崩れ込んで実は公明党が健全野党として勢力拡大を目指し大資本翼賛の自民党攻撃を国会で行っていた最中、国会の黒豹と恐れられた黒柳明氏や国会の留め男として一線を画した矢野絢也氏らの爆弾の火薬であるリークソースは戦後思想のリベラリズムと混濁の内部リークのオンパレードに支えられていた。赤い旗印の文化闘争を目指し大衆の心情シンパを獲得すべく大学に労組にそのオルガナイザーを送り込んで不毛な内部ゲバルトを繰り返した共産各分派の残党は未だに地下に潜ったままだけれど、国家転覆と国家刷新の革命思想の本義に愛国のベクトルがあるのであって近隣諸外国との軋轢にモグラたたきの国会議員の言論的変節は革命のパッショ希薄で明々白々だ。<br>
そろそろ「金曜日」もネット戦略を目指したらどうか。</p>
<p></p>
<p>2005.4.7(木)8217@<br>
<br>
カルト宗教の教祖が数年間に渡って30人以上の信者の幼女たちを性的暴行して逮捕された。教団の悪しきインナーシステムだね。集団内部の求心力維持が結局、教祖絶対の御輿担ぎになっち舞う。信者を食い物にしちゃう関係の絶対性を相対化しないことにはね。なのに集団心理やら洗脳やらある特異な事象を概念化し一般化するネーミングの背景を熟知しないタレントコメンテーターがこの国のメディアで言いたい放題の見識無さを暴露している。コメンテーターって組織からフリーで一般社会にも通じない表向きの建前とは裏腹に実はメディアの内側の井戸端談義の身内論理があるから面白い。</p>
<p></p>
<p>2005.4.6(水)<br>
<br>
神田である種「送別会」桜舞い散る今夜。神秘的なカリスマ演出でもって無重力経営をやるのが最善かも。まぁこんな時、側近の役割は微妙だね。</p>
<p>
</p>
<p>2005.4.5(火)8125@<br>
<br>
ホリエモンの拝金主義な言動は彼自身の著作からの引用等で明々白々。世の大方の愚直に満員寿司詰め通勤電車に揉まれて2時間近くもかかって都内の職場に通い、理不尽な給料体系の不如意と今までもこれからも社会保険料の不条理なシステムに翻弄されつつ、勤務先の会社オーナーには根こそぎ生殺与奪の主導権を握られて思いっきり搾取されても、それ以外に職業的選択肢もなく自虐的自己憐憫なる悲哀を噛み締めながら定年後の不安に向かって諦念生活を送る我らが陸続のリーマン諸氏の健気なさときたら。拝金超俺流のホリエモンに向かって抑圧虐げられし会社員のルサンチマンが沸点に達するかもね。タブロイド「夕刊ゲンダイ」の無料メールはリーマンの劣悪感情を扇情するだけのイエローペーパーだけどイチイチ、リーマンの心の琴線に触れておるね。<br>
「稼いでなんぼ」で傲慢になっている手合いの一日も早い自滅破滅を夢見る1億超の日本国民が成金撲滅と支配階層の総入れ替えをこれからデモもチラシも捨てて..。実現していく...。<br>
</p>
<p></p>
<p>2005.4.4(月)<br>
年度初めで忙しい。最近、やたら投資CMが激増している。いよいよペイオフ解禁やら定年退職のベビーブーマーらがその退職金の使い道を模索するからね。株...。まともな金銭教育を受けていないから株というと投機堕地獄を連想。多重債務のお気軽キャッシングやっちゃうやら。</p>
<p>
</p>
<p>2005.4.3(日)モバイル8070@<br>
<br>
夏の日差しは眩しい。直射日光が差し込んでパソコンの画面を直撃。さっさと店外に出る。<br>
しかし今年は花見気分も皆無。季節の移り変わりを生暖かな風に吹かれて己心内面の風に耳を澄ます。翻訳文体の感情移入の難解性において「魔の山」は膨大饒舌冗長な記述が延々と続いたりしてとても忍耐力が付きそう。不思議なのは結核隔離病棟のサナトリウムで健康な人間が結核患者と一緒に生活できることね。こんなリアリティ欠如なプロット構築も許されるのは何故?まだほんの数十ページ読んだだけだから気にすることもないか。20世紀初頭、肺結核が不治の病であって文学創作者にその疾病が蔓延し文学的病弊としての有用性を鑑みても死を見つめ直し自らの創作起爆剤に援用転換できた時代背景時代状況を追体験できうるかどうかに実は時空を超えた傑作堪能の技法を得ることの可能性に通じる。個人を取り巻く時代状況の影響を直裁的に受けそして甘受する個人の生活への作品的洞察は深まる。また高所サナトリウムという閉鎖的時空での研ぎ澄まされた個性の思想性が主人公ハンス・カストルプを成長させる舞台を設定することは時代の空気の無菌状態を創出しその時空での文学的実験の成功を模索している。<br>
まだまだ残りは膨大だ。<br>
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2005.4.2(土)モバイル<br> <br> ブックオフでトーマス・マン「魔の山」を購入。早速、読み始める。本書は「20世紀最大の教養小説」らしい。実は僕賃が学生の頃、途中でリタイヤした膨大枚数の小説だ。まぁ古典傑作を堪能するのも悪くない。<br> 夜、久々の寿司食いねぇ。店内は騒然としていた。いつもは座敷で寿司を堪能するのだが今日は既に満員で子供たちもワイワイやっていた。寿司ってもう少し高級感のある文化であったよね。<br> 久しぶりに再会のさすらいの映像ディレクターのM-Boyは最近、多忙らしい。寿司をつまみながら様々に語り合った。天然ガスから軽油を抽出できるプラントが石油公団廃止でそのプラントごとお釈迦になった話とかそもそも人間が武器を手にしたことで無用で過剰な殺戮が始まった話とか痛風体験談とか。いいちこボトルを入れたのでどんどんその界隈の連中は山水目指せばいいんじゃないかい。</p> p></p> <p>2005.4.1(金)8044@<br> <br> お縄になっちゃうかなぁ〜。</p> <p></p> <p>2005.3.31(木)<br> <br> 不正行為は蔓延拡大泥沼的に悪化する。真面目な奴は真面目に不正行為を繰り返しベーシックなリピートこそが。
2005.3.30(水)
今夜のサッカーはバーレーンの選手が自分でゴールの自爆による得点でもって日本は勝った。ジーコ監督のクビは回避された。
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<p>2005.3.29(火)7980@<br>
さて年度末だ!あと残すところ2日間。仕事帰りにジムのテレビで爆笑問題が司会の政治バラエティをやっていた。シュミレーションVTRが面白かった。実際に北朝鮮が核ミサイルを発射したら我が国の防衛体制はどうなのってことでね。現実問題として北朝鮮が日本に向けてミサイル発射することは大地震が起きるよりも確立は低いだろうけど、日本国内に潜伏する工作員の攪乱の方が怖い(村上龍の新刊「半島を出よ」)とか議論百出だよね。平和的解決も相対概念の武力行使の地獄様相を如何に封じ込めるのかという高度な政治的判断を伴うわけでハマコーが言うように米国に戦争で負けて占領されて今に至るまで、更には今後も統治下に置かれる日本の状況は米国と対等な軍事超大国になって、もちろん核保有も堂々と行えばいいしその障害である憲法九条の法解釈をグローバルに見直して単独自衛権も集団的自衛権も両方認めてしまえ!ってやっちゃうかい?この我が国に米国と同じ軍産複合体という国家に巣くう魔的なシステムの生成を許して結局は癌細胞の如く国家身体を蝕んでいくに任せるのかどうか。この国家的癌細胞の増殖は凄まじい。優秀な人材も利権も政治力もメディアも全部、この軍産複合体のコングリマリットに収斂されてしまうのだ。米国のようになってはいけない。日本の於かれる地政学的な視点で考えても軍事超大国になっては自滅に向かうことになるだけだ。「愛国心」を吠えまくりその主義主張の真っ当性を自らの生き様に逆照射して自己批判的に相対化しもせずの安倍晋三や西村正悟のような連中をのさばらしてはいけない。
2005.3.28(月)<br>
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朝の出社前の楽しみはTBS「ウォッチ」だったんだが今日からみのもんたの脂ぎったしかも押しつけがましい喋りのウザイ新番組になっちまって。ラサール編集長の紙面読みも面白かったし森田さんと麻耶ちゃんのお天気ホイホイも微笑ましくも面白かったのにのに。全部、みのもんたがぶち壊し..。
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<p>2005.3.27(日)モバイル7817@br>
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若松町タリーズコーヒー2階にて。生憎、無線LANは不通。珈琲はうまい。テーブルが不安定。分煙もしっかりセパレートされていて好感。喫煙ルームをガラス越しに拝見するに毛糸帽子のレノン風陰気男がコンセント確保でB5ノートPC 共々移動していた。多分、ネットゲームにでも昂じているんじゃないかい。どうでもいいけど。<br>
春先は人の移動シーズンだし気持ちも気候の移り変わりに合わせて或る種、高揚するのだけど、何故に憂鬱なのかは漠たる予感に彩られているようね。その予感とは何か?それをはっきりくっきり明示できれば自分自身、ある種の決然たるターゲッティングへの準備も行えるわけだけど、ホリエモンお得意の常套句「想定の範囲内」という言い回しも変な話、ウラッカエシで言ってもどーだかね。多分、滅茶苦茶な丸投げ放置プレーに我慢できずバイナラの流れができたのかもしれない。いつだってオッケイだからね。進退明瞭なのはね。<br>
高裁裁定の当日、ネットのビデオニュースの丸激トークオンデマインドにライブドア堀江社長が出演したのを「社長日記」で知ってその日の夜、前半を視聴し昨日、後半を観終えた。番組サイドの神保氏も新婚の宮台氏もインタビュー形式なるが故の論評御仁不在時の軽やかな言い回しは影を潜めて客人応対に粗相無きよう丁寧な物言いとライトなヨイショもテイスト加味されてなんかチグハグ、隔靴掻痒だった。その点、認識分析対象からの距離と一方性の傲慢安全地帯に座することがある種の生業批判活動の担保となって、思いっきり罵詈雑言悪口面罵することはアンフェアーなことなのかどうか。多分、卑怯だと思う。言論とは自己批判を踏まえた知性のバランスが不可欠だから。<br>
文春退社組が編集発刊する「WILL」なる月刊雑誌なんか堀江の人間性が下劣なんだみたいな中傷特集をやってる。世間的にも結局は人身攻撃になっちゃうことでキャンペーンの急進的求心力拡大がなされるのかね。批判対象をじっくり語らせることで「彼の言いたいこと」をじっくり聞くチャンスがどこのメディアにも無いのは異常性もいいとこだ。だから総ジャーナリズム状況のヒステリックな弊害性を相対化しないといけないんだけども。そうはいかないのね。結局は後出しジャンケンの孫は損しないうまいやり方でもって鳶やらかしているしね。以心伝心云々かんぬん。</p>
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<p>2005.3.27(日)モバイル7912@<br>
今日もいい天気だ。飯田橋のcafe di espresso でパワーブックに向かって沈思黙考。春の物憂げな陽気に気分はアンニュイで憂鬱だ。<br>
いきなり微睡みの店内で悲鳴が上がる。ぱっと振り向けば、おばちゃんがいきなり気を失って床にゴロリン。まだ救急車は到着していない。店員も為す術無く。客の一人、勇敢な中年紳士然の男性が「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」体を軽く揺さぶり誰何、連続。しかし反応なし。急患は床にうつ伏せのまんま。意外に救急車は直ぐにはやってこない。奇妙な静寂が店内に漂う。a few minute...突然、赤い大型車両が僕賃の目の前に現れた。何故か消防車。レスキュー隊員が2名入ってきた。その直後、救急車到着。オキシドールの薬品臭気が店内に充満し異様な状況の中、行き倒れのおばちゃんは担架で運び出される。救急車の無音サイレンランプが赤く回転している。救急車内にて応急治療が施されているのだろう。横臥したおばちゃんの真ん前にリクルート女学生が僕賃の窓向テーブルに座っていたのだけれど刹那、彼女と目があった。胸騒ぎの予感に興奮気味なうら若き乙女の顔(かんばせ) は春の光に火照っていた。違和なる柔らかな無風に彼女の表情はモラトリアム離脱なる戦線参入の決意と不安が綯い交ぜであった。</p>
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<p>2005.3.26(土)モバイル7881@<br>
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快晴だ。春の陽気でぽかぽか。日も長くなった。超党派の「サマータイム法案」制定グループに議員立法の動きがある。サマータイムとは何か。時計の針を一時間早めて環境へのコスト削減を図るもので4月の第一日曜から10月の第一日曜日までの期間を該当させるらしい。自分の時間を一時間早めたりもとに戻したり。結構、面倒だ。僕賃的にはサマータイムよりか休日を増やせばいいと思う。学校の教員らのようにサマータイムなどとけちくさいこと言わずサマーホリデイズ、夏休みなるロングヴァケーションを制定せよだよな。<br>
でも面白いのは個人的に僕賃の時間は24分早い。マイタイムだよな。時間と金の概念は歴史変遷において表裏一体であったからこの一時間の人為的政策的操作の弊害は実のところ金銭感覚に波及する可能性があるだろう。それは一時間分のお金の価値を変容する何かだ。その何かはやってみて実感するしかない。<br>
一回やって失敗した経験をどう乗り越えるかは裁判員制度にも通じる。陪審員制度の弊害は有り余るほどあるのだ。だって法への責任感が国民全般に滾ってますかって。開かれた司法なんて言ったって現実問題、相当のパーセプションギャップがあるよね。本当にやる気があるなら三審全部でやらないとね。いきなり裁判所に召集されて会社クビを覚悟しつつ分厚い事件資料を手渡され他人の人生の命運を偉そうに「審議」するその重大責務をみんな全うできるのかどうか。その人選にしても司法サイドの思惑を排除できるのかしら。それに裁判員の関与した判決には全部が全部、無視し上告して無意味なる通過儀礼の税金と時間の無駄使いになっちゃう可能性が大だ。しかも裁判員には重たい罰則規定付き守秘義務があってその経験が社会にどうフィードバックされ得るのやら。改革改革の煽りで無理矢理の司法大衆化の失敗事例になること、火を見るよりも明瞭明白な予感があるよね。</p>
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<p>2005.3.25(金)7870@<br>
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サッカー「日本対イラン」を金八先生の最終回とクロスさせながら観る。結局、負けちゃったけども。どんなにいい試合だったとしても負けるとつまらんのがゲームの定め。でもドラマに勝ち負けはない。<br>
やはり坂本金八先生は実にいい。教え子に「初恋の人を感じました」「友情を感じました」と次々に賛辞の贈る言葉を言い放てる人間愛がベースにあってこのライブドア堀江が騒がす金儲け主義の席巻跋扈の時勢において人間愛の幻想とファシズムの相克と超克できるのは下町荒川河川敷の原っぱを疾走する人間群の個々のモメントなんだろうと。それが魅力だ。金八は国語の先生だから「漢字」の造詣も深い。漢字一文字の贈る言葉を29人に贈るシーンはノンカット撮影。凄いものだ。膨大なせりふそして一人一人に涙を流しながら武田鉄矢は自分の言葉で自分の思いをそれぞれの教え子に語った。「ドラマからドキュメンタリーになる」という武田の感想は演技する主体からリアルな人間存在へドキュメントなるリアリズムへ越境する。<br>
身障者やよが金八に「先生、辞めないで」と迫るシーンには金八先生も涙が溢れていた。僕賃の中学の同級生だった万倉くんを思い出したり、ひーちゃんを思い出したり。しかし身障者の彼らは演技をしない。彼らはいつもリアリティそのものだった。やよ役の彼女はB組一番の美少女なだけに今後の活躍が楽しみ。演技も一番かも。金八の初恋の人に似た舞子役の黒川智花は僕賃的に一番だね。彼女は「愛」という一文字を貰った。ドラマのTBSの異名はこの25周年を超えた金八の歴史でもある。この4月には大幅の番組改編がなされるけれどTBSには今後とも公的で私的な価値空間創出という公共性への貢献を期待したい。
2005.3.24(木)
夜、雨の中、ウレタン枕と敷き布団が来た。
2005.3.23(水)
ライブドアがとうとう、ニッポン放送の経営権を確保した。
2005.3.22(火)7820@
憂鬱な曇天から雨へ。九州北部で地震があった。韓国の陰謀との説もあるがどんなもんだろう。阪神大震災の時もオウムがハルマゲドンとか言ってた。今度は都心だろうか。その時僕賃は生きているだろうか。午前中、神田の街を歩いた。高層ビルの下を歩く。都市の地震には3つのGに気をつけろと言う。Glass・Gas・Gasolineである。
春先はビタミンBの不足に気をつけよう。帰宅途中の夏目坂の途中に出来た黄色の惣菜屋さん。店名不明ながら気になっていた手作りのお店。コンビニに挟まれて苦戦しているようだけどたまにはどころか毎日、手作り料理を食べたい。で、ふっと店内に入った。カレー弁当セットに100g350円の生姜焼きをパックに詰めて貰って950円。量は適量ね。実に美味しかった。コンビニでは出せないよなぁ。また買って食べたい。
2005.3.21(月)モバイル7788@
快晴だけどなんだか寒い。なんとかも「彼岸まで」って本当かよ。此岸までではなくて?
昨夜の「情熱大陸」は「対岸の彼女」で直木賞を受賞した角田光代だった。彼女の作品はまだ何も読んでないけれど1967年生まれということで同世代の同時代性を感じる。やはり作品は読んでいないけど「ぼっけぇ きょうてぇ」の岩井志摩子も岡山出身で郷土愛の迸り作品創作と歳も同じだから親近感はある。彼女は妖艶にして奇っ怪。でも面白い。ちなみに「ぼっけぇ きょうてぇ」は「もの凄く怖い」の意味である。岡山の方言だね。広島県福山市は多分に今、話題の名古屋の方言と近接の岡山の方言がミックスされている。
番組は荻窪の自宅から歩いて3分の場所にある仕事場のマンションに毎朝7時半に向かう彼女の勤勉な執筆活動を追う。締め切りや待ち合わせも時間厳守の彼女。5時半には仕事場を後にして買い物して自宅に消える。密着取材の二ヶ月でカメラは「自宅の前まで」の約束だったという。「読者にとって作品の楽しみ方はいろいろだけど作者と作品は切り離すべき。作品は作者の想像の範囲内だから作者のプライベートは関係ない」と角田は言う。ナレーションは「自宅では書かない時間を持つことで書く時間を活かしている」と続く。作風も作家それぞれ。読む側からすれば当然、作者の人間像や生活の内実も知りたくなるだろう。生活からにじみ出た思想性しか現実へコミットできないからだ。その不可逆の遡及性を度外視できない。創作論も実は解釈論に内包された問題性であって。読む書くの連動性が作者と読者を融合した有機体的事象であるわけで。その共時なる同時代性に文学のダイナミズムも存在する。角田光代に人間的興味を覚えた。機会があったら読んでみよう。<br>
「情熱大陸」は好きだけど作者の内面世界や創作の現場を映像で紹介する難解性ってもんがあるよね。番組の終了テロップに「演出」と流れる興ざめって確かにあって、ノンフィクショナルな番組編成で「演出」がどんな構成上の効果を上げるのか不思議だったりする。</p>
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<p>2005.3.20(日)モバイル<br>
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最近、テレビが本当につまらない。たまに早い時間に帰宅し時間的には8時台つまり番組編成上の「ゴールデンタイム」にテレビを点けてもどうにもおもしろくないので電源落とすことが最近多くなった。情報環境として点けっぱなしでもいいわけだがそれすら許せないほどの雑音雑映像に我慢できない下らない番組のオンパレードなのだ。この時間帯には金銭感覚の麻痺をねらったサラ金系CMのオンパレード。衆愚なる大衆への搾取攻勢なんだろうね。テレビが如何にクライアントの意向に左右されるかということ。そこに本来の公共性などあるわけないじゃないか。一般大衆の利益に与することが公共性でしょ。それが大企業大資本の顧客満足度を満たすだけの今の現状はよくないと思う。テレビに於ける時代の趨勢もこんなもんだから「テレビを殺す」とかほざくIT成金が浅薄なメディア論を開陳することになるんだろう。<br>
ライブドアの堀江がネット日記で取り上げていた田中宇氏の国際情勢解説のサイトはメール配信されていて実に読み応えがあって面白く僕賃も購読しているけれどニュース分析と娯楽享楽そして権力チェックなどは憲法改正論議の行方や中国・韓国・北朝鮮そして米国の日本を取り巻く国際関係に於いても個々人のblog配信でこと足れりであるわけない。blog運営側の編成上の特権が発生するし、リンクしたニュース記事にアクセスランキングをかましてレイアウトする意図も結局は別段新しくもなんともない。ライブドアの提唱するパブリックジャーナリストも現状、お寒いそうだ。ポータルサイトもYahoo の方が見栄えもいいよね。昨日はここで枕と敷き布団買った。個人情報漏らさないでね。結局、店に出向いて商品を見定めて持ち帰る従来の買い物からどんどんネット通販に移行するんじゃないかしら。便利は便利だからね。店員とのコミュニケーションなんかいらない。教育も知識だけなら教室も大学もいらない。ネットで講義しネットで議論しネットで論文書けばいい。教育もネットで画期的なコスト削減できるのに。1000万も2000万も給料貰う教員なんか必要ない。<br>
さて日に10万アクセスもある堀江の「社長日記」もblog本来の力量でアクセスが増えたのではない。自分の日記へのTBやらコメントといった意見には無反応だからね。テレビのお陰なわけ。それから既存メディアからのインタビューでの発信力の齟齬は大手メディア労働者の反感の増幅でもって揚げ足とられに終始してるのは笑止笑止。実はこう言いたかったみたいないいわけが実に多いのはそんな事情だろう。<br>
そのうちポータルサイトの大同団結協業体制が作られてテレビで言うところの視聴率をネットでも弾き出せる広告代理店のようなものができるかもしれない。だってラジオの広告費をネットが抜き去ったわけでやがてテレビメディアへの広告料もネットに抜かれる時代になる。そうなれば広告媒体としてのネットの料金体系ができてもおかしくはない。<br>
個人的にはテレビ画面とネット画面の融合をもっとやってほしい。パソコンの機能がもっと飛躍的に向上すればテレパソ融合マシンも夢じゃない。伝送路にしてもADSLでもってブロードバンドみたいな発想も止めてもらって光ファイバーも実は100MBなんか嘘でTB(テラバイト)までいくって。あとはコンテンツの問題だけど。</p>
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<p>2005.3.19(土)モバイル7741@<br>
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「竹島の日」に対抗して「対馬の日」を制定するやら冬ソナの春川などが姉妹都市提携を無期限停止するなど韓国の過剰反応はどこまで続くのか。領有権問題の解決を武力行使でもって決着できないならどんな解決があるのか。それは対馬の歴史にヒントがあるかも知れぬ。<br>
「対馬は、日本の中で朝鮮半島に最も近いという地理的条件から、大陸からの石器文化、青銅器文化、稲作、仏教、漢字などを伝える日本の窓口でした。また、朝鮮半島との間では古くから貿易などの交流が盛んに行われていました。この活発な交流から、対馬には数多くの書物、仏像、建造物、朝鮮式山城の金田城跡や古墳などの文化財が残っています。<br>
朝鮮半島との友好な交流の歴史の中、1592年〜97年の文禄・慶長の役で交流が中断してしまいましたが、対馬藩十万石の藩主・宗家は朝鮮との関係を元に戻すため、朝鮮通信使を江戸まで案内するなど日本と朝鮮の交流再開に努力しました。<br>
20世紀に入り、一時期、対馬と朝鮮半島との交流が中断した時代もありましたが、対馬にとって朝鮮半島は身近な存在であることは変わりありません。それに過去の長い友好の歴史がありました。一時期中断していた交流も、今では対馬と韓国の釜山が定期航路で結ばれるなど、文化、経済、教育の活発な交流が再開されています。」<br>
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読売や産経などの視野狭窄な国益重視メディアはこぞって過激な韓国人らの暴虐シーンを報じて煽っている。「なんだ結局は薄汚い欲張りで無礼な民族かよ」と歴史無知な韓国ドラマにはまってた連中の反感は韓(はん)流も恨(はん)流になってしまう。冬ソナブームに便乗した韓国芸能プロダクションの貪欲な儲け主義の違和感は熱狂するおばちゃん連中の熱気に掻き消されていたけどやっぱり朝鮮民族なのかなという部分は漠然と曖昧ながらあったよね。好きから嫌いそして憎しみに変わるのはすぐだもの。だって過激な愛憎劇の韓国ドラマが教えてくれた感情法則だったじゃない。文化と歴史は区別できるのかどうか。靖国で中国、拉致と核で北朝鮮、竹島で韓国とその全ての解決を米国に依存するかない小泉外交は袋小道にはまった。その脱出方途は米国の牛輸入解禁という劇薬しかないのか!</p>
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<p>2005.3.18(金)<br>
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ライス来日。さすがに米国だから米(ライス)国務長官か。牛の輸入解禁を迫るってさ。吉野家の牛丼に米国の牛もライスもイランだって。食品安全委員会なる政治権力を排除した筈の国民の食生活防衛政策に苦言を呈するお目付役も結局は統治権力の走狗であったか。ライス歓迎の下地作りはできた。そんな外堀埋まった答申をマッチでポンプ。BSEで発症するヤコブって感染するんだそうだ。牛肉と言っても食肉以外の加工品の原材料に含有されちゃったらば吉野屋だけの問題じゃなくなるよね。ダイエット食材、コンビニ&ファミレス、みんなやばいよ。そこんとこの実態調査を真のジャーナリズムを標榜する週刊金曜日に緊急レポート「米国牛肉関連。買うな食べるな」を緊急出版してもらわにゃならんわね。NHKも民放各局も堂々とやってほしい。これこそが電波の公共性への義務であり貢献だ。懐柔策としての常任理事国推薦も北朝鮮問題解決とも一線を画した別問題として堂々とやってほしい。やっぱり結局はライス訪日の手土産の輸入解禁了承でもって「あの日本人が我が国の牛肉の安全性を保証している」と詭弁が弄され、吉野家で阿呆な愚民が疑惑の牛肉を頬張る映像が垂れ流し。権力のメディア操縦など簡単なことだ。<br>
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<p>2005.3.17(木)7728@<br>
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セレモニー..。世襲...。MKタクシーの世襲二世社長(42)の不祥事の顛末は社長辞任そしてヒラ運転手への転落。<br> 朝、毎日の朝刊に掲載された滝本弁護士の寄稿文を読む。地下鉄サリン事件から20日で10周年。あの事件から麻原逮捕あたりまでこの国は異様な雰囲気に包まれていた。教団が隠し持つサリンに捜査当局も紊乱罪逮捕を多発し手間の掛かる法治なる手順に準じながら疑惑の教団を追いつめていく。あの熱気はどこに消えたのか。上佑が仕掛けたメディア戦略は我が国の放送メディアの公共性を根こそぎ略奪し教団の目論み通り在家信者への広報と化した。また、TBSは坂本弁護士一家を死に追いやった責任の一端まで背負い込んだ。なぜあの痛恨の不祥事を期に筑紫哲也はジャーナリストを辞めなかったのか。あの当時の国家公安委員長は野中でよかったと今は思う。もし小野清子だったら...。ぞっとする。1億円がどうのこうのじゃないんだね。胆力のある人物にやはり任せるしかない。サリンで皆殺しされる手前まで来ていたんだから。映画監督の森達也が言うように「テレビジャーナリズムにおいて、戦略的な後退が成功した例しはない。その最大の要因は、テレビが「忘れっぽい属性を持つメディア」であるからだ。」誠に「忘れっぽい属性を持つメディア」は映像の特質であるけれど。新聞だと頭に入らなかったりして。<br>
寄稿文には教団の現状そして「テロとの戦い」で米国と共闘宣言しているにもかかわらず我が国で起きたこの無差別宗教テロの被害者救済を放置する小泉政府のまやかし、現在のオウムを理解し擁護する知識人への批判などが綴られていた。オウム温存って結局は自由への肉薄の希薄さから来ていると思う。信教の自由と殺人の自由の拮抗状況で類型の相違に於ける「自由」というものをその価値判断の相対性でもって自由の規準は行使する側される側それぞれで判断すべきであって。つまり殺人の自由を認める宗教を拒否すること。犯罪を無視した集団への糾弾は物理的行使で執り行うのが法治国家の有り様だ。滝本弁護士が言うように「悪意の殺人が限定的なのに対して善意の殺人は無限」であるならば武力容認の殺戮集団は粉砕しなければならない。その結果、統治権力に都合のいい時代になったとしても。殺されたら終わり..。
2005.3.16(水)<br>
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今日は以上に高温だった。春の予感。生命の萌芽を感じる季節になった。</p>
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<p>2005.3.15(火)<br>
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春眠暁を覚えずに曙なる春の陽気はまだかいな。インフルエンザで会社を休んだはずの御仁、午後には会社に出没するも体調は万全なのかしら。いつもは休みがない有休不消化なる働き蜂でもなくただ漠然と生活パターンのモノトーンでもって押し流される自由ってどうよ。<br>
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<p>2005.3.14(月)<br>
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朝刊休刊日。さて。「殺しのVTR」を読む。</p>
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<p>2005.3.13(日)モバイル7622@<br>
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凶悪事件の動機解明は従来の損得既成観念では推し量れない事態になって久しい。痴情の縺れとか爛れた恋愛関係の清算とか金銭トラブルの果てだとか肉親同士の骨肉の確執だとか犯罪の陰に異性ありといった常套的構図を逸脱した心的猟奇なる事件の全てが例外例外のオンパレードなのだ。<br>
犯罪者の犯罪喚起分析に示唆的なのは三島由紀夫が70年初夏に早大において学生討論会で語った「言論の自由の究極成れの果ては快楽殺人容認の超自由許容の社会創出である」といった社会不安の予言的提言に通じる事態認識であって、自分はどうなろうと刹那的快楽つまりは超法規的快楽行使の自由を自らが権利行使する自由を犯罪者になってもいいから執り行う人間の多数出現の予見である。個々の事件を類型化する分析パラノイアのマスメディアは事件報道の主導的特権と官製報道の垂れ流しに現を抜かす余り、事後の受容過程での一般視聴者及び一般読者への想像性希薄な効果と影響の混濁の連鎖の堂々巡り。であるから犯罪喚起を促すアナウンス効果の自己批判的検証企画は終ぞメディア自体からはあり得ない。さらに事件から時代の空気を読んだところで対処療法的なモグラ叩きに終始する学者評論屋議論には犯罪予防の確たる理論は構築不可能であって犯罪増加とその連関性がスライドする夜警的自警的社会の自縄自縛に堕すのみだ。犯罪予備軍の増大の土壌をカルチベートできるのはライブドア堀江の席巻に象徴的な事象を容認する自由競争主義社会の稼いだモン勝ちの私利私欲亡者らが増長する経済効率最優先社会である筈もなく。音読主義者に委ねるだけでいいのかどうかも。</p>
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<p>2005.3.13(日)モバイル@早稲田7611@<br>
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雪が舞う今日の都心昼下がり。早稲田駅前に通じる夏目坂の名の由来は文豪夏目漱石が幼少時代過ごしたことから。
漱石の青春グラフィティ「三四郎」には随所にローカライズされた土地勘横溢の記述描写の連発連続がある。<br>
「坊ちゃん」を教材に使う明大教授の斎藤孝氏によれば国語は体育であるという。名文音読を通し体で語感を体感し集中力を養い知的素養を精神的薫陶へ昇華させることが可能だという。戦前戦中、教育勅語を小学校で音読暗唱させて軍国学童を育成し国家に殉教させていく教育ってもんがあった。手法的合理性も中身の問題を抜きにしては却ってナンセンスプラスの有害性を帯びる。名文とは何か。古典とは何か。文学的価値とは何か。道徳とは何か。伝統とは何か?分析的批判的思考とは何か?そこらへんを斎藤氏から教わりたいものだ。<br>
日テレのごくせんの前の番組土曜午後8時「世界で一番受けたい授業」は面白い。ベストセラーの著作者がテレビに出てミニ授業をするんだけれど、なかなか興味深い。フジのライブドア襲来で何処が儲かっているのか。多分、ごくせん効果もあって日テレだね。<br>
今は日が射している。春の天気は変わりやすい。
2005.3.6(日)モバイル7454@
冷え込んでいる。曇天。予報には雪マーク。ムーミンの恋人のノンノンに似ている女の子、ずんぐりむっくり、その名は天からの贈り物。同名の歌手は「JOY」を歌ってる。<br>
今朝の毎日朝刊に経済アナリスト森永卓郎のパネリスト発言した内容が掲載されていて「デフレの時は猿でも儲けられてたけど、デフレ脱却が来年中に起きてインフレに転じる。さぁーどうーすんの」って感じの内容だったけど。思い出すのが小泉再選すれば「恐慌になるから大忙しだぁ」なんて言ってた、このアンパン野郎。迷著「年収300万」で3000万儲けたこの自称カラス(外資ハゲタカとまではいかないけど儲けた)評論家は庶民派を気取るとんでもペテン、かも。<br>
今まさに、投資ブームが胎動し始めている。無責任な評論家の中でも最たる無責任な経済評論家の面々がまたまた煽り始めたよ。ホリエモンとフジの攻防も実は株式投資のブームに肖ったマネーゲームの一環なわけ。企業価値やら株主利益やら時価総額やら市場経済のダイナミズムがこれほど連日、茶の間で議論されてきたことってあったからしら。
「年金、不安だしこの先、お金増やすのどーすんの」ってことでカネ余って使い道困ってる人たちには「株だよ、株」ってこと。一方でカネ無い奴は高利貸しの「消費者金融」所謂、サラ金で多重債務の入り口にお入りなさいって。そのサラ金も若年者からベビーブーマーの団塊の連中にターゲッティング変更だそうだ。年金だけで足りるわけ無いのね。この世代の連中の金銭感覚ときたら。今まで丁稚奉公勤労奴隷だった方々が自由なる時間を得るわけそしたらば自由なるお金が必要になってくるわけ。でも足らない。だから株式投資で儲けないさい、負けたらサラ金でお金借りなさい。で、儲かるのは銀行さんってことかしら。<br>
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ドコモダケを手に入れようと戸籍謄本を入手。自分の本籍地が記載されていてその戸籍内容を確認した。僕賃は橋の下で生まれていなかった!嫡流中の嫡流だった!手書きな役人の筆致を眺めながらある種の帰属意識というか厳粛な気分になった。自分のルーツの一端を垣間見たからか。<br>
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同族とか一族とか、今騒がれているけど、家督権相続とか血の連綿の継続性やら持続性やらって組織の問題としては重要な論点だと思う。巨大組織であろうが数十人の同族中小企業であろうがどんな組織にも支配体制があってその利権その権力が承継されるプロセスは民主な手続きなどあり得ないのだ。民主な選挙でそんなもんは決定されない。だって民主主義って統治の合理性と生産性に貫かれたシステムでしかないんであって。<br>
「ライブドアの社員の平均定着年数は2年に満たない。社員の使うパソコンも自腹で買わされる。ホリエモンの為に働かされるシステム」だという。経営者が自社株を一番持っていて株の時価総額を上げれば上げるほどその利潤は莫大になる。米国エンロンの崩壊はその悪しき市場主義に群がったハイエナのワルツでありソナタであった。その反省から横文字好きの縦文字翻訳の学者らがコーポレーティッドガバナンスなる概念を日本に宣伝した。でも概念輸入の表層性の浅薄さは如何ともしがたく。</p>
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<p>2005.3.5(土)モバイル7437@<br>
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今夜、またしても雪が降るらしい。これじゃ折角の啓蟄なのに虫たちは穴っぽこに逆戻りじゃないかい。けいちつのちつってあの膣じゃない蟄なのは春を言祝ぐ深い深い意味が込められていそうで古の先人の語感に脱帽だね。<br>
三島由紀夫の遺作三部作「豊饒の海」の第一作に「春の雪」という作品がある。今夜雪降って三月に二回の降雪は珍しいというけれども。本作は輪廻転生をテーマに昭和初期から戦後70年代を作者三島の同時代史として読んでも面白い。機会があれば再読堪能したい傑作だ。本作を三島の文学の師であった川端康成は「現代の源氏物語」とまで賞賛したけれども。「永すぎた季節」の石原慎太郎には無惨な駄作らしい。政治と文学の関連で言っても創作者表現者と政の不一致性は歴史的にも証明されていて作品構築の創造性と行政長官の二足わらじの不毛性と非生産性が面白いけれども。<br>
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<p>2005.3.5(土)モバイル7429@<br>
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今朝の毎日朝刊にライブドア堀江のインタビューが掲載された。既存のメディアによるジャーナリズムはネット社会の双方向性の情報空間の普及でもって必要ないという。新聞社の専権事項である事実の取捨選択で作られる新聞の編集においてユーザである読者不在の傲慢さに異議申し立てしたようだ。ジャーナリズム機能を如何に上げていくかは民主な社会の地位向上を如何に行うかにも通ずる重要な論点であるけれども堀江のいうメディア論は自社の経営戦略の延長線上でしかないような気がしてならない。ネット隆盛の内実の検証をそろそろやらないことにはこのような商売至上主義な市場原理優先思考の連中の跋扈を許容することになるだろう。<br>
また堀江の言う、公共性を多数派に置き換える発想視座は「経営者」の視座でしかない。公共の福祉を推進する思想性の皆無に実は衆愚なる社会の勝ち組支配原理行使の側からの傲慢論理を引き出せる。社会悪の追求であるとか統治権力への監視であるとか弱者救済の告発であるとかの本来のジャーナリズムの職能への理解の浅薄なこのライブドア社長の言動はどうやら何から何まで私利私欲でしかないのか。全ての「人間の心がカネで買える」わけではないにしても。「命の次に大切なお金」を捨て去ってまでも。<br>
元来、インターネットの無償性こそが多数を引きつけた。そこにプロの連中の参入があって有料サイトが出現し質の向上が加速化した。しかし、例えば新聞を宅配で購読する人間から見てカネを払って読むペーパー媒体の新聞紙と無料でしかも即時性に長けたネット配信のネット記事のどこに有料と無料の相違点があるのか。またネットは当然、パソコンを通じて閲覧しているからデーターベース検索としての優位の圧倒性がある。切り抜きスクラップをせずとも様々なサイトが読者の知的欲望を満たしている。紙ベースの活字媒体はネット配信の音楽と同じく衰退の一途を辿るのは必然だろう。月に新聞一紙3950円で朝夕刊を購読し資源まで浪費して(ゴミで一番多いのは新聞紙)どうなるというのか?新聞紙は結局読んだら読みっぱなしでネット検索したネットニュースは保存加工ができる。<br>
さて物議を醸すバッシングマーケティングを標榜する目立ちたがり屋のこの男の言動の真価は商売人としての自負でしかない。株主さえ利すればいいということでは多数から支持されるわけないのだ。まぁフジサンケイグループの公器性はこのホリエモンが買収してもらってどうなるか知ったこっちゃ無いけどね。そろそろウザクなってきたぜ、ホリエモン。</p>
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<p>2005.3.4(金)7417@<br>
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ライブドアの敏腕弁護士が「個人的な理由」で辞任とか、五輪金メダリストの里谷が騎乗位1時間半とかの大見出しが載ったタブロイド各紙が駅構内の売店に並んでいた。リーマン諸氏にとって哀愁と疲労漂う仕事帰りの閉塞感をこれらセンセーショナルな過剰的表現でもってカタルシス発散を意図できるのかどうか。羊頭狗肉たる売文業の商売主義に翻弄されて正確な事実を知るというよりは己が持つ劣情を過激に刺激してくれる安価で安易な感覚装置の小手先って感じのタブロイドな媒体。缶コーヒー一本分の対価で得るものってどの程度..。リクルートは「R25」なる無料週刊誌の好評でもって次なるフリーペーパーを企画しているのかどうか。ライブドアもメディア戦略の中で日刊無料紙の新展開を企図する。多分に活字信仰というこの国の悪しき現象につけいるバブリーな発想だけではないようだが。パブリックジャーナリストの覗き見的なファクト収集の詳細は村上龍「希望の国のエクソダス」に描写されている通りかどうか。</p>
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<p>2005.3.3(木)<br>
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今夜、大雪が降ると大騒ぎしている。社内レイアウト変更か。60周年か。<br>
「チャレンジ60!」<br>
「クリエイティブ60!」<br>
「懐かしの60?」<br>
良いアイデアは浮かばない。</p>
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<p>2005.3.2(水)<br>
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雛祭前日の躍動感はなかった。月末処理も進捗香ばしく仕事後に生ビールで喉を潤す。ここはラーメン専門「一兆堂」飯田橋店。店内に「月曜は飲み物半額」の張り紙。今日は水曜日。若い女の子が独りでラーメンを啜る姿は仄々系。OLグループもやってきて結構、流行ってる。酔っ払いが締めでラーメンを食べるのはよくあることでそんな連中が陣取ってバイトの中国人留学生のおねえちゃんに「あんた、日本語うまいねぇ」なんて赤ら顔で絡んでいた。とんだ日中関係だこと。</p>
<p></p>
<p>2005.3.1(火)7326@<br>
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連日寒い日が続く。一家5人殺傷事件の犯人は団塊の世代だった。彼らが世に出たとき戦争は終わっていた。しかしその幼少期はまだ敗戦状態の闇市経済であった。少年思春期時代は安保闘争盛んなころ。高度経済成長の若き労働力の担い手として彼らは頑張った。もはや戦後ではなかった。<br>
そして退職し老人生活へ入る。彼らは年金を食いつぶす。割賦制度の年代別人口比率のまやかし。<br>
さて明日も頑張ろう。</p>
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<p>2005.2.28(月)<br>
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月末はきつい。しかも二月は最もきつい。</p>
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<p>2005.2.27(日)モバイル7286@<br>
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今日はいい天気だった。宮里藍選手は惜しかった。スラッとスマートな外国選手のスイングだの佇まいだのと比べて我らが日本の藍ちゃんはお義理にもセクシーとは言えない体型はそれでも大和撫子琉球娘って感じだったけど堂々としていて格好良かった。彼女のスイングには格調高い風格が漂っていた。彼女に負けじとトレーニングしながら(エアバイク漕ぎながら)ジムのテレビで観戦していた。巨人対楽天なんかどうでもよかったのね。また土佐礼子の疾走も格好良かった。日本女性は凄いなぁと思う。br>
フィリップ・カー「ベルリン・レクイエム」を快読中。私立探偵グンターシリーズ三作目ね。1947年、第二次大戦敗戦後、ソ連統治下のベルリン。何処の国の占領軍も同じ事。日本、そして米国にしても欲望の赴くままに各々の兵士らは..。退廃的な時代の空気と同時に新時代胎動の息吹も感じさせる時代状況を描写する英国の英才P・カーの冴える文体とセンスある会話スタイルは凄く顕在的に刺激的だ。人間味ある主人公グンターは妻の不貞に悩む。ある日、占領軍の米国将校と逢い引きする彼女の媚態を目撃する。その彼女との冷却期間を設ける為にもウィーンに赴いた私立探偵を待ち構えていたものは.....。ソ連兵に集団で強姦されそうになったチョコレートレディを助け、彼女の部屋で官能な夜を過ごしたと思えば頗るつきな美女を自作自演の誤認逮捕劇で掌中にし事件解決の糸口を手繰ったり。息つく暇もないストーリーテーラーはスリリングだ。また歴史的事実の取り込みの巧さは際立っている。読了までじっくり読書堪能の時に浸りたい。</p>
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<p>2005.2.27(日)モバイル7275@<br>
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公的領域は公職の支配領域だって。近松門左衛門「好色一代男」は駄作だけども。公共性って結局、憲法論議に通じちゃうよね。為政者や体制側の支配階級と被支配なピープルの本質的対立構造は一般化できるけれども互いの双方で公的なものへアクセスし止揚発展させることが大切なんであって。支配原理の駒にしちゃぁいけません。私的恣意を封じ込めて国家的共同幻想を打ち立て支配の合理性を追求するといったことにね。<br>
ところで人間の欲望体現様式には代償満足というのがあってこの愉楽堪能の方途は政治的なんだよね。自らの感覚器官のダイレクトな信号受容過程を直接体験の手間暇を省いた交替卍なんだってさ。<br>
でもなぁ女・カネ・名誉名声か。世俗的な欲望論だね。韓国女優イ・ウンジュの自殺は女優の名声とは違った彼女の内実に異変があって裸体露出の羞恥が彼女自身の内外に重大なインパクトを与えて死に至らしめたのかどうか。彼女は十字架ネックレスしてたからクリスチャンのようだし自らの祈りを「無謀な祈り」と綴った。医療も家族愛も信仰もそして謎のオンニにも疎外されて行き場を失ったのか。自殺傾斜の心的過程に理性的な展開などあるのだろうか。自死への衝動を受け入れた事故だったようにも思う。そう言えば高校時代の先輩がノイローゼ発症・自殺。死に至る精神病。最近は自殺も大流行だ。<br>
今、ふと2chを覗くとイ・ウンジュの自殺に関して彼女の母親が作った200億ウォンの借金が主因とフジが報じたって書いてた。日本円に物価換算して60億円だという。ヤクザ絡みのギャンブルで巨額化したらしいけれど信憑性はあるのかしら?5枚も綴られていた遺書もはじめは映画の露出シーンで欝になったのが原因だったというのも遺族の意志の反映だったのかどうか。血で綴った母や兄への謝罪の複雑な背景は封印されたままか。部分的な遺書をマスコミに提供した遺族にとって彼女が嫌がっていた台本を強要された真の原因は母親の莫大な借金返済にあったということか?事の真相は噂の噂。でも芸能的関心事とは別に彼女の映画を観て間接的だけど直接的な体験で彼女を知ることはできる。作品の中の彼女は永遠なのだ。</p>
<p></p>
<p>2005.2.26(土)モバイル7263@<br>
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今日で2.26事件が起きて70年たった。軍事国家日本の当時の時代状況は農村の疲弊、娘の身売りが横行し昭和不景気も極まれりでもって革命思想を扇情した北一輝らの動きに蠢動されて奸賊を排した天皇親政を目論む陸軍皇道派の青年将校らの決起行動によって首都圏に戒厳令が敷かれた。軍賊をやっつけて血気盛んな連中に対して昭和天皇は「朕の首を絞めるのか」と激怒された。事態収拾は電光石火。皇軍相見える事態回避を図るため革命軍から反乱軍へ。その包囲網は狭まる。「下士官兵に告ぐ」が上空よりばらまかれ決起した反乱軍は原隊へ帰った。こうして日本帝国初の軍事クーデターは未遂に終わり皇道派は粛正され戦争準備に長けた統制派の軍部内閣が誕生するに至った。後に国家総動員法の制定によって総力戦の国家的準備たる法的インフラは着々と整備された。<br>
翻って裕仁天皇時代の昭和は史上初の恐慌を経験し軍事が政治経済を牛耳る時代状況に入ってその反動でもってテロルの嵐が吹き荒れた。そのエポックメーキングこそが天皇制への概念収斂であった。美濃部達吉博士の「天皇機関説」を巡る国会論戦が政局を先鋭化し国体明徴を2回に渡って政府は軍部の突き上げで宣言する。それに呼応して文部省は「国体の本義」を発行し広範な国民運動に拡大した。この天皇制を巡る保守反動は軍部利権に直結の様相を更に顕在化した。軍の生態系が如何に国家的営為に悪影響を及ぼすかはその軍の本質論に帰結する。生命を手段化する武力行使の組織が如何に人間的本質を逸脱した官僚システムに収斂されるかということである。翻って平成アンポンタンなこの時勢は憲法論議が喧しい。まずは手続き論から外堀は埋められる。改憲の焦点は九条と天皇の条文である。時代は巡る。時代は繰り返す。歴史は人間をいつも翻弄する。</p>
<p></p>
<p>2005.2.26(土)モバイル7253@<br>
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スパイ犬、暗躍為らず。<br>
飼い犬全てが忠誠忠孝を果たす立派な名犬になれないのも時代の趨勢であろうか。飼い主を見極めることすらできない堕落の老いぼれ犬はこれから死ぬまでスパイ犬であるのかどうか。<br>
貶めたい対象への痛罵の如き陰口やら甘言やらをいちいち真に受けて、挙に出る似非飼い主に担がれたお方の現状復帰は金輪際あり得ない。<br>
スパイは主人までも騙し貶めるのが世の通例なのだ。<br>
<br>
やれ「最近、全く●番の電話が鳴っても出なくなった」<br>
やれ「家のパソコンが壊れて会社のパソコンを私物化している」<br>
<br>
社員でもない人たちへのあることないこと検証不能な風評をその当事者不在の機を見ながら不自然なる姿勢でもって囁くスパイ犬を賢明なる人物の本質を見極めた判断力でもって胡散霧消へと。<br>
<br>
くれぐれもスパイ犬にはご注意を!</p>
<p></p>
<p>2005.2.25(金)<br>
西武帝国の同族経営的破綻現象はスケールの大小不問を通じてある種の特質を有している。企業統治の形態において財閥もしくはコンチェルンを問わず独裁的経営支配体制はその独裁を補完する下部組織なる官僚機構をシステム配備しているのが通例であるが同族という創業者に連なる血の連綿形態は劣性遺伝の排除効率化、言い換えればこの適者生存の法則に違反すれば組織全般に悪しき現象を必然化する。<br>
西武・堤家の経営継承のキーワードはもちろん株であった。経営権行使の所有株が全てにおいて株式会社たる法人の社会的存在性に経営者と資本提供の株主が一体化した経営責任のマッチポンプな無責任体制の完結こそが。収益を上げて企業価値を高めることは創業者利益の全てであってしかも非公開非上場な中小企業なる同族経営の資本も負債も資産も貸借対照の掟に背いた私利私欲の極悪曼荼羅であって。<br>
与信管理の喧しいこのご時世において中小企業の命運はその経営者の資質に一等の価値基準がセッティングされている。企業査定における定性評価に経営者の人間性や経営資質などの評点採点のリストアップ項目に対して査定審査サイドへの心証アップにどれだけアピールできるかは創業者の後継訓育の成果以外にない。急逝への後処理はその取り巻き側近の順位の必然的シャッフリングをやるまでもなく、であるけれども。王様ゲームな独裁者の自己批判は全てまやかしである。</p>
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</p>
<p>2005.2.24(木)<br>
<br>
フジとライブドアの泥仕合。勝てば官軍。総力戦か。何故外資参入はいかんのか?放送事業って公共性があるからいかんのか?愚劣な番組を垂れ流す既存の民放にどんな公共性があるのか?NHKが公共放送やってるんだからいいんじゃないの。番組の質向上を目指すことが最重要なんだろうし規制緩和の競争原理をフル活用すればいいんであって。メディアのクロスオーナーシップによる寡占体制の弊害は今回のニッポン放送とフジテレビの持ちつ持たれ合いに顕在化している。<br>
</p>
<p>
</p>
<p>2005.2.23(水)7206@<br>
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二月の月末は非常に日数がないのできついね。韓国女優イ・ウンジュの自殺はショッキングだ。僕賃も「夏の香り」や「ラブストーリー」のソン・イェジンと共演した「永遠の片想い」でキュートでボーイッシュで明るくも病弱な女の子を演じた彼女に強いインプレッションを受けた。<br>
一か八かの白黒つけたがる国民性の韓国では今後気になる点がある。それは人気女優の不可解な自殺は必ず後追いを誘発することだ。謎の死には魔的な要素が強い。人の死はあっけない。でもその死を取り巻く周囲の生に否応なしの影響を与える。女性の死に男ありは定説だが....。<br>
</p>
<p></p>
<p>2005.2.22(火)<br>
<br>
ライブドアの株価が乱高した。さて慌ただしい。</p>
<p></p>
<p>2005.2.21(月)<br>
<br>
ライブドア株上がりました。堀紘一氏ピンチ。財部氏危うし。もともと1000円あったのが300円台なわけで。<br>
地元福山のナショナル企業といえば洋服の青山と福山通運だね。スーツ買いに立ち寄りました。商品割引券6150円(二枚分)とスミセイカードで3150円引き。しかも青山カードのポイント3000円引き。3万のスーツが2万割り込んじゃって良い買い物だった。あとはすぐ破れないにしても...。<br>
衣食住足りて礼節を知る。</p>
<p></p>
<p>2005.2.20(日)モバイル7119@<br>
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感情的になってしまう事態の単純さって例えりゃ「弱い犬ほど良く吠える」って言うじゃない。今朝のテレ朝サンプロで面白かったのは経済専門の常駐コメンテーターに堀江社長が激して何回も食い下がったのがね。まるで青臭い書生気質の正論を赤子の手を捻るが如くいなそうとしたかに見えたあの場面で。ライブドアの株価が急激に下がっていく市場原理のイロハってもんが如何に重大展開なのかは気色ばんでる堀江社長が一番実感しているわけだから。<br>
でも田原総一郎が冒頭で指摘したとおりここに来て自民党議員らが一斉にライブドア攻撃を「資本主義経済就中、自由主義経済のルール違反」だのと言い出したのは今回の一連のキーマンたる村上ファンドがライブドアへ流れるのを防いでその結果発生する利権、フジテレビに恩を売って得る利益ってもんが従来型の自民党利権政治のイロハだってことはその発言を一番に詳細報道した産経新聞の記事からは彼らの言う「正論」が如何に歪曲された自分たちの論理だってことの証明になっちゃってる。全くジャーナリズムは機関紙に堕したら終わりだってーの。しかも自社利益擁護の正論なんてあるわけないんだ。
昨夜のTBSで榊原慶大教授が「社長だったらテレビでベラベラタレントのように喋らんほうがいいですよ。会社辞めてタレントになるんだったら話は違うだろうけど」って感じのこと言ってた。<br>
まぁ確かに生意気な雰囲気ありありだから当然、反発を招く。でも俺流のホリエモンがボロ負けしてもそこまでのマスコミアナウンス効果ぐらいまでは読んでやってるんじゃないかしら。プレジデント編集長が「32歳の男が800億集めてやってるってことは大したもんじゃないですか」と元公務員の私大教授にしてテレビタレントの榊原教授にもの申して相好崩した場面もあったりと時代の風を受けて風邪引くのはどっちにしてもマスコミは舞台を演出するだけか。それがメディアの本質論だ。媒体に思想性はいらない。</p>
<p></p>
<p>2005.2.19(土)<br>
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土曜出社で神田へ。保存年限切れの書類を廃棄する。デスクワークの非日常である肉体労働の労苦をしばし味わう。体で感じたことは渾然一体の乱雑さを整理整頓していく中、ダスト吸引やら体内乳酸蓄積の痛苦を超えたある種の知的興奮を味わった。整理整頓を戦略的に執り行えなければ知的生産性は相対的に低下する。<br>
寒さで縮こまった体のしこりを中華専門店「蔵王」定番のスタミナラーメンがほどよく体温を上げてほぐしてくれた。今、疲労で目蓋が重い。</p>
<p></p>
<p>2005.2.18(金)7101@<br>
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日本アカデミー賞に「半落ち」決定。以前、原作をブックオフで立ち読み。映画を観ようかな。上毛新聞記者だった作者の横山秀夫の作品では日航機墜落事故に直接取材した「クライマーズ・ハイ」を楽しく悦読した記憶の方にインプレッション強いわけだが。本作も人間的な葛藤を描いて秀逸だと思う。最近、メディアを取り巻く話題で日々楽しい。その国の政治指導者を必然化するが如くにメディア環境の善し悪しは民度なる時代土壌を決定付けるわけで。情報空間の価値紊乱に乗じることなく同時代の空気を嗅ぎ分けていきたい。</p>
<p>
</p>
<p>2005.2.17(木)<br>
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朝、TBS「ウォッチ」を観ていたら経済問題に詳しいジャーナリスト嶌信彦がライブドアの堀江社長に直撃インタビューしていた。市場ルールを強調する堀江社長を「非常に論理的」という堀江評。面と向かって話を聞くインタビューで対人コミュニケーションという質問と回答の関係性の中ではしばしば主従関係が出来たり支配被支配関係が構築されたりする。企業トップは組織人であってフリージャーナリストの自由な視点・自由な立場からの大衆迎合な呼び水の如き視点視座での切り口が専門非専門の垣根を曖昧にするかも知れない。無意識なるヨイショだね。フジサンケイグループの害毒はテレビのバラエティを通じての大衆文化歪曲路線との一体化で進む白痴化促進のまやかしとかナショナリズムという天皇制賛美の矮小化された教育論への収斂かも。今度は楽天までメディア買収を視野に入れるんじゃないかい。<br>
</p>
<p></p>
<p>2005.2.16(水)<br>
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定時上がり。そう言えば早朝に地震。今日は頭痛で不調だった。</p>
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<p>2005.2.15(火)<br>
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今日は三月中旬の陽気だったという。いじめが原因か。</p>
<p>
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<p>2005.2.14(月)7018@<br>
<br>
良い部屋ないかな。寒さがもっと緩んで春の気配が濃厚になってくれば引っ越しのアクションも起こしやすくなる。家賃に敷金礼金。場所に部屋の構造。駅に近い方がいいしNTTの基地局に近い方がいい。一番の問題は静寂性だ。階上のものが歩く度にドシンドシンと振動が伝わり、話声が明瞭に分かっちゃうそしてシャワーの音で目が覚めるという生活雑音だけでこれだけ我慢を強いられてきた事態の異常性と複数の人間らが押しかけてワイワイやる最悪の事態に於いておや。<br>
ネットで検索かな。今、早稲田大学は入試真っ盛り。終わってその合格発表も終われば不動産の物件事情も大いに沸き立つ。人事異動のシーズン到来で引っ越しだらけかもね。<br>
そろそろ都営住宅なんかいいんだが。分譲なんか馬鹿らしくて考えてないし。<br>
</p>
<p></p>
<p>2005.2.13(日)7006@<br>
<br>
今日は読書三昧。デイビット・リンジー「刻まれる女」をずーっと読む。リンジーの作品は好きなので全部読んできた。読み終えたら感想を書いてみたい。</p>
<p></p>
<p>2005.2.12(土)モバイル6984@<br>
<br>
耳障りな雑音が玉に瑕?。平原綾香の歌は耳障りな息継ぎの音が入って不快だったりする?彼女の音量豊かな歌声もあの大きなブレスの雑音で非常に残念?折角の美声に瑕疵がついて勿体ない?収録時に誰も気にしないのかしら?編集し直さないのかしら?でも何故か官能ベースのテイストの雰囲気を醸してないか。あの玉に瑕の雑音にこそ実は隠しきれない隠し味なエロスを君は感じないだろうか?<br>
「Jupiter」も「虹の予感」も「明日」も全部、雑音ブレスが堂々と混入してる。その雑音って音大でサックスを学習する彼女の息継ぎ呼吸法に原因がある。僕賃も高校時代は吹奏楽部でサックス三昧なるDaysを過ごした経験からそう思う。木管楽器のSaxophoneって腹式呼吸でもって思いっきり息継ぎするし奏法で喉を大きく開いて楽器に息を吹き込んで音を奏でる。とある歌番組で彼女が得々と自分の発声法を話す中でサックスを吹くように歌うって言ってた。真鍮で造られた木管楽器のサックスを奏でる歌姫・平原綾香の魅力は発声エロスだけにあらず。彼女の平安朝な風貌に実は顕著な魅力性がある。あの丈夫調の万葉歌人の格調高さが実にいいんだよね。
</p> <p>2005.2.7(月)6870@<br>
<br>
風邪大流行。小泉首相も今日は風邪で大事をとって静養中らしい。社内でも病欠続出のようだ。一週間の曜日別で月曜日に最も自殺者が多いけれど心理的鬱積の捌け口は容易に疾病発症に通じるわけで月曜日は金曜日に比べてもかなり会社に活気がないわけね。<br>
<br>
さて言った言わないの諍いはダッチロールな泥沼に陥るから相手に合わせてそのコミュニケーションの耐久を考えましょう。思いこみの強い奴ほどその対応を間違えると自爆テロまでやりかねないから。何も聞いてない方に問題は全然ないわけだし今後の問題も当然、何も言わなかった方が気をつければいいだけだろう。それをお互い気をつけろじゃ話にならんわな。まぁどーでもいいけどな。養生養生。そういや吉田兼好は言いました。「病気になったことのない健康な奴は信用できぬ」みたいなさ。でもさ同病相憐れむ、傷の嘗め合いどころか互いの傷の自慢合戦になっちまって恨みの相乗効果じゃぁね。<br>
</p>
<p>
</p>
<p>2005.2.6(日)モバイル6828@<br>
<br>
完全に流行感冒に罹ったようだ。昨日は僕賃のお気に入り風邪薬「エスタックゴールド」を買って服用し床に就く。成分表示に麻黄。これって競技スポーツではドーピングの陽性が出ちゃうエフェドリンの主成分だ。諸作用は呼吸器官を拡張し小川直也じゃないけれど「ハッスル」状態にしてくれるトレーニング時におけるアスリート達の優れものなんだが、医療転用では風邪の諸症状を体内からポカポカしてくれて発汗作用を促進してくれるわけね。だから目覚めると体が非常にほってていた。まぁ早め早めで処置しないとね。複数日間も寝込むわけにもいかんしね。養生養生。<br>
</p>
<p>ネットで田中康夫の話を聞いた。面白いこと言ってた。<br>
</p>
<p>「屈しないそして逃げないってなかなかできてない」ってさ。<br>
</p>
<p>確かに対話拒否で逃げてれば永遠に屈しなくていいだろう。万年野党が与党との対話に応じた瞬間に妥協的屈服のテーブルに着くわけで。でもそれでは現実は変わらない。永遠のファンタジーが存在するだけだ。永遠のファンタジーの自己完結的循環か。自律に固執した結果的には他律的人生の総体が存在するわけか。相対主義の政治の世界にこの屈しない論理を持ち込めばそれこそ党利党略の組織求心力の最大化のみが存立命題であるかの如き党派性だけが跳梁跋扈するのみ。そこに人間主義など微塵もない官僚システム主義があるだけか。全ては党の為だけの。<br>
田中康夫は吼える。個に立脚した政治を標榜し前人未踏の政治を行っているという。信毎の偏向報道と戦い、記者クラブを廃してガラス張りの情報開示を目指しているという。でもなぁ作家田中康夫なんだろうね。何となくクリトリスじゃなくてクリスタルじゃなくて違和感を感じる。</p>
<p></p>
<p>2005.2.5(土)モバイル<br>
<br>
晴耕雨読か。自然の摂理に自然のリズムに合致した生活を送れ。キーワードはバランス感覚か。過剰なこと愚劣なことから知的距離を持って生きること。<br>
最近、憲法問題がにわかに盛り上がっているよね。集団自衛権も個別自衛権もなんかウソのような気がしてきた。例えば北朝鮮の核ミサイルが我が国を射程圏内に置いているこの事態に攻撃の予兆が無い限り手出しができないという。つまりやられなければ何もできない防衛論なわけ。結局は犠牲が出ないと行動に起こさないという流れだ。<br>
自衛権行使につまりは武力行使で祖国を防衛するその具体的物理的装置が自衛隊なんであって。軍隊であり軍事力なんだからね。九条のエッセンスは武力保持の放棄にあるんだからね。そこのところを明文化し直して統治権力にきちんと守らせる順法精神を強烈に植え付けないといけないんだけれど。でもさテロとの戦争に参戦表明したこの日本の安全保障的外交戦略は米国をマワシにとった内憂外患的国内政治手法なわけで。「そもそも米国には逆らえないんだから」の所与性に甘える現実追認主義の延長線上のモラトリアムな事態であって。<br>
最近、凶悪劣悪犯罪が連続多発している。殺人願望の狂気なる凶器が野に街に放たれているこの事態に於いて犯罪の催起率は犯行主体の気まぐれでしかないという事態の深刻さに防衛の手だてすらないわけだ。犯罪に巻き込まれる可能性は事故災難に遭遇した悲運と同義になってしまった。犯罪動機を社会が抑止する共同幻想的規範力の見えざる防御線を張り巡らせたとして何の意味があるのか。自爆テロ的犯罪が急増する治安悪化の手だてがとあるファッショな国民運動に直リンクで国民大衆の精神的空隙を埋める求心性に安易にも転換可能なのも怖いことだ。国内外の治安悪化を扇情演出しその救世主として時代のヒーローになろうとする輩が現に出現して久しいじゃない。<br>
さて憲法九条を発展的解消して武力の保持を明文化し個別自衛権も国民主権でもってシビリアンコントロールの本義に立ち返って軍産複合体の確立を目論む経済界の要請に十分に目配せしながら軍事大国日本をこのアジア極東の地から世界に羽ばたくのも手かも。だから、歴史は繰り返す。</p>
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<p>2005.2.5(土)モバイル6802@<br>
感冒ですな。体の節々が痛む。喉が痛む。悪寒寒気でゾクゾク。対策はストレス・レスですね。嫌なことはこの週末一切やらんってことで。面倒なこと大儀くも面倒なことから一切フリーで閑かに過ごすってことね。
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最近、物語論が流行っている。ナラティブやらファンタジーやら。希望希求願望欲望の快楽物語志向か。そりゃ誰だって究極のラブストーリーやサクセスストーリーに憧れるわけね。<br>
でも現実は厳しすぎる。自分の日常の不如意なる不条理に蓋をし空想的にも夢想的にも想像力を発揮して生きる求心力を増そうとする。極楽浄土やらユートピアやら地上の楽園やら砂漠のオアシスやら。みんな相対時空でしか論述できない概念なんですね。だから条件が変わればその変数的関係の絶対性に引っ張り込まれてとんでもない事態になっちまう。政治的プロパガンダの臭みはそこんとこに収斂されるわけで。だから独立独歩な自立の自律性の獲得をどうするのか。環境に負けない自分を作るにはどうするのか。状況の絶対性から如何に距離をおくのか。これは運命と言った気休めの言葉遊びで定義などできない切実性を持っている。そういえば武田鉄矢は吼えていた。昨夜放送の金十先生(金曜日の夜10時から放映になったから)は言ったのよ。<br>
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「心の中に誰にも壊されないものをいくつ作ったかで人間の価値は決まる」ってさ。<br>
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主体性の確立なのか関係の絶対性の基軸作りなのかは不明だけれど信念に生きる人間たれってことでしょうか。それではその信念の内実はどうなのか?そこまで踏み込んだシナリオにも台詞にもなっていなかった。ただ怖いことは自分が正しいと信じていたことが間違っていたときの往生際の悪い潔くない事態ってもんが多にして起きているってこと。自分の信念を如何に相対的向上を目指して間断なく精神闘争できるかどうか。ここに信と知の問題性があって信じ込む事への蒙昧性を如何に建設的に批判していくかなんでね。みんな正義を主張して殺し合いを行っている。だから自分のご自慢のハウスメイドなトマト80個の収穫を偉そうに誇示する自作自農の嘘っぱち百姓をボイコットせよだ。<br>
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<p>2005.2.4(金)6790@<br>
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咳が出てきて喉が痛い。風邪かもね。二日休んでいる人間もいるし。流行の兆し大だね。<br>
今日の昼休みは駄目だったなぁ。こんなにも嫌悪すべきくだらない奴が一人いるだけで本当に飯がまずくなるんだね。<br>
ラジオ聞いたんだか車内の中吊り見たんだか週刊雑誌を真に受ける阿呆なだけだ。あんたが喋っている内容すら無い用なんじゃないか。こんなやつと話す内容なんかないけどな。<br> 若手の批評家・東浩紀の「動物化」じゃないが話が自己完結している一方的矮小性だね。要は「だから何なの?」ってだけのこと。僕賃らには何ら意味がないんですよってこと。無意味な情報ってもんを極力排除したいのが真っ当な一般人格の通例でしょーに。だから外れなわけ。弁当までまずくなっちゃったわけ。だから糞食らえだって?<br>
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<p>2005.2.3(木)<br>
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節分は豆まきと恵方巻きらしい。麺屋いちいへ速攻で行く。2回目の来店になるけれど今度は分量を考えて注文を出したいと思った。<br>
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<p>2005.2.2(水)6748@<br>
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寒さは続く。前月の一月までは仕事中、自販機のホット緑茶を日に2〜3本とペプシかイエモン。日にその飲料代たるや400円から500円。月の実働日数が凡そ20日間として1万弱。恐ろしいことだ。あまり飲まない酒と一切やらない喫煙。そして自販機缶茶を一切排除。代替えの代償満足はコスト低減だもの。粉茶パックを買った。そのパック一つに80杯作れて800円の料金。<br>
まぁゆったりと。</p>
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<p>2005.2.1(火)6721@<br>
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大寒気団襲来中。信越や西日本で記録的な大雪らしい。月末月初は多忙だ。<br>
アップルPower Bookがマイナーアップデートされた。クロックアップと全てのマシンに512MBのメモリーが装備された。G5が出るまでの時間稼ぎのようね。デザインも早くアルミからもっとシックな色にしてくれって。<br>
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<p>2005.1.31(月)<br>
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終わりよければ全てよし。今日で1月も終わりだし。
2005.1.30(日)モバイル6649@
快晴。匂いに敏感、嗅覚鋭敏な僕賃の悩みは化粧の匂いとか体臭とか口臭とかを我慢できないこと。臭いに耐える免疫システムを構築できたらいいなと思う。やはり年齢と共に加齢臭なる体脂肪の腐食現象や特定ウイルスの原因で起こる腋臭も人工添加物とは違った自然界のお土産であっても不快に変わりなし。<br>
昨夜は久々に酒を飲んだ。午後9時。明治通り沿いにある安居酒屋の二階座敷に赴く。向側に合コンの男女。しばし談笑し飲食する刹那、彼らを観察。異性に対して奥手でその場にそぐわぬ無意味な存在の野郎とは一線を画した生存DNAのコマンドたる好色何代か知らん野郎のせせこましくも忙しいラブモーションの饒舌さは見ていて滑稽だった。一方で、あからさまなる物欲しげな仕草も控えめに恋の準備に余念無し、そんな女の子達の中でピカイチな子が一人。彼女は歌手の中島美嘉に似た小柄でキュートな笑顔が素敵だ。ちっちゃな胸も秋波を誘い込む強かさも兼ね備えた胸元露出な彼女の可憐さはエロティ感に満ちていた。土曜の夜の合コン二次会は即ラブホ抱擁なのだろう。
しかし、今、正に時代は2005年の21世紀真っ只中。この時代において縦の関係も横の関係もない。礼儀も礼節も関係ない。個々がそれぞれに快適さを求めて適者生存の基本ラインに沿って生きていくのみ。人間の関係性など余りにも意味のないことだってことらしい。関係性の顕在化で自らの相対的位置関係の把握を行うこともなく自分は自分でしかないとの狭隘視野の矮小化で生きるのみか。人間の動物化とはよく言ったものだ。他者性への配慮を一切考慮しない一方性の自己完結に恋の成就もあり得るのかも知れない。</p>
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<p>2005.1.29(土)モバイル6623@<br>
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この冬一番の冷え込みで最寒な週末になるという。確かに寒い。寒すぎる。モバイルカフェでこのパワーブックに打ち込んでいるのだが暖房もあまり効かず足下から伝わる寒さに気分まで悪くなりそうだ。<br>
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先日、銀座・アップル直営店で見かけたキュートでシックな女の子。彼女はパワーブック15インチの展示品でキータッチを試していた僕賃の隣でパワーブックG3愛称PISMOを入れたインナーケースのファスナーを下ろした。メモ帳を取り出し一心不乱にディスプレーに置かれた値段プレイトをメモっていた。どうやらアルミのパワーブックを買う決意固めをしているようだった。インナーケースを小脇に抱えて日常的にケイタイするノートパソコンの存在は彼女をひどく魅力的にしていた。
思うに愛着心に火を点けるのはセクシーさだろう。パソコンマニアも愛でるノートパソコンを持っていなければ片手オチのアルツだと思う。マニアじゃなくて単なるオタクだと蔑む10年前に1000万貯めたメンテナンスプロのようなね。<br>
軽くて安くて丈夫なだけなら窓族のノートでこと足れりだ。知的ツールのノートパソコンは愛着心を喚起させる自分のインスピレーションを刺激してやまないメディアツールでなければならないんだ。カローラで満足できる感性を創造性豊かに全否定する知的BMW派へ。精神のステージアップを目指すべきであって。Macのノート・PowerBookの面目躍如はこれからだ。</p>
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<p>2005.1.28(金)モバイル<br>
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海老沢NHK顧問辞任の速報を見たのは週末開放感に浸る退社後の中華料理店のテレビだった。会長辞任時の会見でこの不埒な入道がニヤニヤしていた意味を知ったのはその翌日の朝刊で「顧問就任」が報じられてからだ。責任感覚の欠如と大誤解。裸の王様に服を着せたのは誰か。<br>
顧問辞任会見に臨む海老沢の表情はシリアスそのもの。最早、陣中に戯れ言なし、だ。今回の茶番劇に終止符を打ったのは激怒した視聴者らの抗議電話であった。更なる不払蔓延の経済制裁への期待感が功を奏した。<br>
独裁者は己自身の矮小化を免れない。独裁者を擁立する直下組織の官僚システムの自動生成機能という問題にもメスを入れてみてはどうか。自らが担ぐ支配原理のコアコンピタンスたるシンボリックファクターの組織力学の方程式。解を求めて三千里。独裁の演出こそがこの大衆社会化状況のキーワードなんだってこと。<br>
情けないほど滑稽の極みであるエビジョンイルのマスコミ露出は北朝鮮の金正日のメタファとして別称そして蔑称されているようだけどコミカルな言辞で言い尽くせない言語関係性を指摘しておきたい。NHK自体が北朝鮮の如き悪の枢軸でも自由と民主を敵に回した言論テロを擁護する悪の放送局であるのかどうか。北朝鮮の金正日の本質が伝わらない不毛な言論機関の垂れ流す検証怠慢のおちゃらけ番組が情報環境を最大限に歪曲した事態を誰が糺すのか。まるであのキチガイ国家の独裁者であるキムジョンイルのような野郎だからエビジョンイルと呼ぼうぜ。血の粛清で局内に圧政を敷く与党政治家とのパイプでもって組織内での発言力を増してお気に召さない事態を片端から強制排除してきた最高実力者だったこのお方の権力の終焉はあっけなかったって。
さて最近、社内で流行るこんな言い回し。「できない。できない。よくゆーよぉ。もう社員じゃないんだからそこまでやらない。それは社員の問題だよぉ。どうせあと2.3年でおしまいだからなぁ。お前らたいへんだねぇ.....」と60歳目前の逆モラトリアム世代の怠慢権利を行使する輩が増殖中なのはこの会社だけの固有な特定現象であるのかどうか。彼らの主張は対価に見合う労働であるべきだとする真っ当なテーゼが根底にある。しかし、ある年齢に達した従業員を一律カットする賃金体系でもってその労働単価も一律カットされて、だから能動性発揮の労働には一切関与しないやるわけないと居直るのであればシルバー世代を謳歌する社会のお荷物ベビーブーマーの横暴を増長させる悪しき不健全な社会現象に通じていく。<br>
確かに会社経営サイドの人件費カットの口実を絡めた高齢者雇用の不整合性は怠慢社員がもたらすモラルハザードの蔓延を食い止められない。高度経済成長とバブル経済を経た年功序列賃金の期間的盲点に居座り生産性と対価のアンバランスに被害妄想だけで反論するこの悪しき連中の退場後の社内疑獄絵巻をどう描くかは現役社員ら一人一人に責任があるのは言うまでもないことであるけれども。労咳とはよく言ったもんだ。<br>
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<p>2005.1.27(木)<br>
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友遠来より。銀座で近況を聞く。公私ともに充実しているとのこと。<br>
今夏には書き下ろしの著作を刊行するという。<br>
「これからはスローライフでいく」らしい。<br>
抑圧された最弱者救済運動にコミットする難しさやライトなストーキングとか。嫉妬フリーな自由度の高い精神性とか。5%なる稀有性の矜持とか。<br>
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<p>2005.1.26(水)<br>
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日垣隆の新書を帰りがけに立ち読み。宝くじのからくり..。</p>
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<p>2005.1.25(火)6510@<br>
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昼食を食べてしばらく目を閉じてリラックスしているとセージさんがカボチャの弁当持ってやってきた。そして「口は災いの元だぁ」とか言ってる。<br>
「うちのが勤め先でダイエットの話になって負け組とか言われたらしく励ます意味で「トンガだったら勝ち組なのにね。」とか言っちゃって..。大いに顰蹙かったらしい..。<br>
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<p>2005.1.24(月)<br>
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耳の奥が痛い。なので早々に帰宅した。フジテレビ「不機嫌のジーン」を観るも途中でやめた。動物行動学とやらと人間の恋にまつわる関係でもって蘊蓄を垂れる..。もっともらしくも馬鹿らしい..。情念で突き動かす脚本の力量など不問に付すのかい。<br>
ネットでDL。「逆転裁判・従軍慰安婦裁判」というフラッシュゲームをやり始めたけど歴史の定説に異議を唱える奇を衒った感じね。南京大虐殺は中共の謀略だみたいな..でも自虐もたいがいにせい..みたいな主張かい。<br>
戦争絶対悪の立場で言えば殺す側殺される側の正と悪の単純二元論のおそまつには与しない。「貧困なる精神」筆者で週刊金曜日を主宰する元朝日編集委員の本多勝一氏の論拠は「中国の旅」で散々書かれている日本軍の暴虐の暴露..みたいな現代史の発掘。そこには中国共産党の対日戦略の防波堤というより日本国内部の保守反動の政体無反省とその周縁の無自覚にまつわる啓蒙啓発運動の発露を感じる。まことにナショナリズムは民衆の心の底辺に環境概念の必然でもって存在しており戦前も戦中も戦後もキーワードは天皇なのだ。</p>
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<p>2005.1.23(日)6464@<br>
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パラパラと雪が舞った。銀座のアップル直営店にiPodshuffleを見にいくも店内に展示されていなかった。どうなってんだか。<br>
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<p>2005.1.22(土)モバイル6435@<br>
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ネットでたまたま村上春樹の文章を読む機会を得た。<br>
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「外なる混沌は、他者として障害として排斥すべきものではなく、むしろ我々の内なる混沌の反映として受け入れていくべきものではないかと、僕は考えている。そこにある矛盾や俗っぽさや偽善性や弱さは、我々自身が内側に抱え込んでいる矛盾や俗っぽさや偽善性や弱さと実は同じものではないのか? 海に入ったときに、身体のまわりを包んでいる海水と、我々の内なる体液とが成分として互いに呼応しているように…。<br>
そう考えていくと、我々の気持ちはいくぶん軽くなるかもしれない。我々の皮膚の内側(自己)と外側(社会)がうまく通信し始めるかもしれない。我々の抱えている個人的なナラティブが、両者のあいだを結ぶ装置としての必然性を持ち始めるかもしれない。そこに有効な出し入れが生まれ、我々の視点は複合化し、我々のとる行為はいくぶん重層化していくかもしれない。」
現状認識を外部からはたまたまた静かなる快適性に満ちあふれた書斎のアームチェアーに身を沈めて沈思黙考しながら思考の発酵と共に書き綴られた作家の思想というべきかどうか?この温室の本質論こそ知識人の知識人たる所以であって現場からの濃厚なリアリズムは感じられない理想型の物語であるのかどうか。作家の脳内劇場で綴られる観念の嗜好性はある時は同時代に受け入れ不能でもって時代感覚のズレとして未来の時代に認識される可能性を有した作品論の一人歩きであったりしてなかなか評価の分かれるところであろう。
さて認知論には人が他者を理解するにはその対象において自己に共通の部分を見出して初めて成立するというテーゼがある。他者に自分に共有できる何かを見つけ出せないなら理解も信頼もあり得ない。米国と国際テロ集団の和解が絶望的なのはそのことを証明している。イスラエルとパレスティナも同じだ。殺し合う関係性に他者を理解し合う共通の要素は無い。また勝敗ばかり気にする組織性はその成員たる個人の内面に善悪の単純二項対立図式が植え込まれる。牽強付会なる無謬の法則には相対化の忍耐性などいらない。
共産党も他宗教も自分の内なる邪悪性だと認識し和解し共生するといったメタフォリカルな思想を村上春樹は作家なるの自由な立場から発言しているのだがその意見に誰が靡くのだろうか。人間の憎悪の醜悪さをどのように乗り切るかは信条の共有化から脱してこそ可能なのかもしれない困難性を有している。自閉のフィールドワークは自己否定の見果てぬ夢だ。
2005.1.21(金)モバイル6428@
泥仕合だね。朝日新聞の誤報問題にどうやら収斂しそうなNHKと政治権力の癒着問題のすり替えは朝日以外のメディアで総ジャーナリズム状況化している。右派メディアから左派赤新聞と攻撃される朝日新聞の揚げ足取りに明け暮れるんだろうね。これで漁夫の利を得る立場を冷静に吟味するとどうだろうか。それは朝日以外のメディアだね。他山の石にもせず高みの見物を決め込んでメディア自体の私利私欲を消極的に得ようとしている。
味を占めた自民党は今後、メディアチェックを露骨に行っていくだろう。朝日に対するNHKの公開質問状18項目は全て当事者のNHKと安倍・中川双方が握る事実関係であってそこに取材し問題とされるスクープを放った朝日記者の取材手法が問題視されている。更に言えば朝日自体の思想の問題ということへエスカレーションして大いに朝日は右往左往の迷走劇に陥る感じだ。結局、このタイミングでNHK会長の辞任表明がなされ、刺し違え効果を狙っての朝日新聞経営陣へのインパクトは強まった筈だ。メディアは取材編集発行を組織する中で政治過程も内部的に必然化する。元々朝日新聞は言論の自由に強い新聞社ではないわけ。銃撃され記者が死傷した事件後、大きく言論は傾いたし右翼が社内に乗り込んで籠城し自殺したあとも相当に反動化した。今後、暴力組織からも妨害圧力が懸念される。頑張れ朝日。真っ当な正義などあるわけない。相対的に吟味するにしても公権力の側を増長させる今回の事例は危険だ。</p>
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<p>2005.1.20(木)<br>
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大寒。銀行キャッシュカードスキミング犯罪で初の摘発が行われあれこれ考えた。定期貯金や株式投資といった資産性の高い資金管理とは別の生活当座の資金口座である普通預金。この利便性の高いキャッシュカードに数百万もの残高があってそこにクレジットカードとは違った犯罪の利便性に便乗した一連の事件は金融の根幹を揺るがす経済事件である。つまり不安を煽られた多くの人々が銀行に金を安心して預けられないという大問題へ通じているからだ。しかも不幸にしてその被害者になっても銀行は何ら救済措置をとらない。つまり法的不備に胡座をかいている現状だ。早急なる法整備は当然としても金貸業の銀行の本性は預かることでのサービスを余りにも軽視している。プロの金貸しである銀行はノンバンク系所謂、消費者金融(高金利なるサラ金)へ大量の融資を行って大いに間接利益を上げているし、住専問題の本当の犯人であるし、バブルを煽りに煽ったのも銀行であった。この金融性悪説の張本人こそが銀行なんであって。監視せねば為らんわけね。歴史と経済。金から発生する社会学的考察を無視した学説なんで糞以下だってこと。更に言えば金とは時間と数字であって数字的時系列の価値基準が実は事の本質だ。</p>
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<p>2005.1.19(水)<br>
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ルポ「東電OLシンドローム」読み終えた。面白かった。性風俗で生きる女達の宿命論を援用しても東京電力勤務だった女性の生き様は見えてこない。殺された彼女の心の闇を照射しその内実にどんな論点を見出すかは読者一人一人の課題に帰されているようだ。<br>
さて東京高裁の逆転判決の歴史的必然を解析することは興味深いだろう。つい最近、判決のあった「中村青色ダイオード発明報奨訴訟」の第2審の逆転劇も関連性が有りそうな気がしてきた。何故地裁から高裁へ第一審から第2審へ下級審から上級審とパラレルに判決を評価できるのだろう。司法判断の総合的見地からはたまた社会的見地から言っても地裁と高裁でそんな質的相違があるのなら裁判そのものの内実ってシステム的に欠陥があるとしか思えない。近々始まる裁判員制度にしても第一審しか参加させない。控訴審は高裁・最高裁ということらしいけれど三審制の色合い自体に相違点があるとすれば最高裁の硬直性は司法サイドを取り巻く周知の事実だ。<br>
裁判制度の不可逆性として高等化する控訴プロセスの矛盾点は検察と裁判所の権力もたれ合いの法規無視の超越性にある。「人が人を裁く」こんな因果な商売がどこに有ろう。</p>
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<p>2005.1.18(火)<br>
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風邪が流行っているそうな。健康管理には気をつけねば。暴飲暴食に睡眠不足に有休乱発。</p>
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<p>2005.1.17(月)<br>
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1995.1.17は阪神大震災。あれから10年か。光陰矢の如し。学成り難し。<br>
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<p>2005.1.16(日)モバイル6266@<br>
<br> 今日は寒いし雨も降ったしジムに行くのは中止して近所のモスへ入った。時間的にはやり混んでいて定席に着けず。何やら宗教勧誘の如き対話のバトルトーキングを繰り広げる壮年の方々を前方左側に見据えつつ僕賃は沈思黙考する。真左サイドからは女子医大生の勉学の熱気も伝播されている。彼女は黙々と医学書を熟読する。知的かつ魅力的であった。<br>
信念対決でもって互いの確信度の強度さ比べの勝敗や如何に。相互に主張する論理展開における論理的整合性を競うには公正中立な審判員と明確なる勝負の規準が必要だ。そのジャッジ判定は数値化すら可能であるはずだ。あらゆる競技システムにおける根幹的ルールはこの第三者的視点である。でも第三者はいない。あくまでも当事者が内なる真なる自分の叫びを相対化して決するしかないのだ。我が義、破られたら潔しとすべし。<br>
思うに自己相対化の知的訓練をこの国の教育は準備していないと思わないかい。世襲的事業継承の権力禅譲の人格が権力中枢に跋扈し思考の論理的相対化を全く行わず自説攻撃の反撃をデマゴギーに終始するこの異常性を何としてでも放逐駆逐したいと切に願うのはこの僕賃だけではあるまい。誠実で知的であれば狂的なる非合理性を排除できるのだから。この認知合理性をマイナス因子に必然化する狂的なる志向性こそ絶対化の誤謬であるからだ。<br>
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<p>2005.1.16(日)モバイル6256@<br>
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テレ朝「サンデープロジェクト」を観る。時の人、安倍晋三自民党副幹事長に田原総一郎が質問していた。そもそも報道過程で事実にバイアスがかかるのは免れぬことだし当の本人に直接インタビューすること自体は次なる局面へ発展させるいいファクトではある。しかし安倍の弁明の信憑性の吟味は結局のところ正直言って難解だよね。<br>
安倍晋三の言い分は「内部告発者NHK職員長井某への事実関係の証拠提出」要求にとってかえて巧みな切り返しであった。「ある信頼する筋」からの伝聞による事の発端説明は「伝聞者へ迷惑を掛けたくない」という心情吐露であるけれども社内コンプライアンスでの放置プレイに抗議する形が結果的には朝日新聞の放ったスクープへ通じ、その反発が安倍にはあるようだ。つまり安倍晋三という政治家の大幅なイメージダウンだよね。言論の自由を侵害する強面のダーティーイメージが世のおばさんらに忌避されるわけでね。全くこの国の民意って奴は不労階層の寄生扶養なるおばさんらにあるのかどうか?見識も知的教養もばっちりのリベラルおばちゃんらが晋三の心臓を止めるのかどうか。政界プリンスといっても安保世代からみれば妖怪の如き岸信介の孫な訳ね。だから出生で差別はしないが大いに区別判別はしなきゃなんない。<br>
全く今回の騒動の本質は北朝鮮の謀略とまで言った安倍の脳みその硬直化こそ最大の問題性じゃないかしら。そのことは実名記者会見で長井CPが記者の質問で断固毅然と「事実無根です」と言い切った。安倍晋三の言いふらす北朝鮮の回し者呼ばわりこそデマゴギーの本領発揮であって。安倍さん気にしなさんな、あんたが言論弾圧してイメージダウンになって総理大臣なれなくても北朝鮮への毅然たる対応は他の良識ある他の政治家にやって貰うから大丈夫だってこと。<br>
朝日はいい仕事をしてくれた。今回のスクープがなければこのNHKと政権与党・自民党の政治的癒着の構造を知る権利が侵害されていたのであって。<br>
<br>
今回の問題の備忘録的整理メモについて。<br>
<br>
●NHKと政治権力の関係性吟味。公共放送とは政治権力の広報や否や?<br>
●NHK内部の言論の自由の問題性(内部的自由)組織都合で報道が左右される国民の不利益について。<br>
<br>
さて安倍の弁明は自分はNHKには露骨な圧力は掛けなかったし一般的な「公正中立」を世間話程度に話しただけであり、あとはNHKの問題であって私はそのことに一切関与関知しない。ということらしい。
この問題についてはNHKの体制自体が政治と一体化しており公共放送の名目で予算が国会審議される以上議会内多数の与党幹部に癒着する構造的欠陥性をもっておりその空隙に様々圧力がかかるシステムである。<br>
政治的タブーである天皇制への歴史解釈にコアなる問題性がある。まぁどんな放送内容でもそれを放映して世論のジャッジに任せればいいんだが事前検閲しちゃったようなもんだからね。事実、自主規制したわけで<br>
慰安婦らが戦後補償を求めてどんどん訴訟を起こし尚かつ天皇の軍隊である皇軍の性処理に慰安婦を強制徴用しその軍事戦略としてシステムに組み込まれていた。しかし戦場での略奪にしても世界あらゆる軍隊が犯した暴虐であって日本だけの特異な事象ではないわけでもない。だから自虐史観との騒ぎ立てだって歴史認識への偏向以外の何物でもないのは世界の常識であってこれは空想物語ではないんであって。歴史認識の隠蔽と歪曲という関係の絶対性からの離脱脱走の夢想こそが大いなる錯誤であるはずだ。<br> 偏向放送を何故是正しなければならないのかについて安倍晋三はこう言った。<br>
「例えば、殺人肯定の放送内容であればそれを阻止するのは当たり前であって明らかに偏向と思える内容に公正中立を申し入れるのは政治家として当然のことだ」みたいな言い方。この言い方にデマゴギーを感じないのであればあなたこそが安倍晋三なのだ。デマゴギーの定義は自らの言動言質の相対化を全く欠落した自らの意志決定のプロセスに全く介在させない白痴である点に露骨だ。<br>
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</p>
<p>2005.1.15(土)<br>
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土曜日だってーのに会社で雑務。降雪情報もあって凄く寒い。幸い雪は降ってこなかった。<br>
韓国ドラマのパターン化したシナリオプロットに食傷気味な今日この頃。社会現象はマスコミ演出で拡大再生産される事実を相対化しないと付和雷同的なターゲンティングの餌食となる。マッチポンプなこの情報の運び屋は情報の加工製造も同時に行っているわけで。最近は視聴者参加を名目にしたデマゴギーだらけの一般化中和化があって非常に面白い。素人演出の名目に着眼した番組制作サイドの恣意性は明白に存在しているのだから。<br>
日テレ「ごくせん」を観る。仲間由紀恵のコミカルだけど常識豊かな説教決めぜりふに身も心も爽快感に満たされるあの快感が再び味わえる。<br>
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</p>
2005.1.13(木)6195@<br>
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今朝の朝日朝刊でスクープ。慰安婦をテーマにしたNHK番組に事前検閲の如き放送内容への政治的介入があったと内部告発の記事内容。安倍晋三と中川昭一。言論のメディア内部での自由が政治介入を恒常的に許す過程において踏みにじられていた事実は民主国家の根幹を揺るがす大変重大な問題だ。放送法第三条にも放送内容へのあらゆる干渉は一切排除との趣旨が銘記されており何が公正中立なのかの判断に対しての公権力を背景とした政治家の言い分についても当然ながら一切排除されなければならない。<br>
夜、帰宅し夕刊を見る。実名で告発者が記者会見の記事。こんなときはビデオニュースで全記者会見がネットでアップされているだろうってことで早速、見た。長井暁CP42歳。覚悟の記者会見だった。一切の不利益を覚悟で「真実を明らかにする義務がある」と涙を流しながら訴えた。高潔な会見であった。それに引き替えあのふざけた国士気取りの2名のぼんくら。薄汚い政治家のデマゴギーを明々白々にすべきだ。NHKのコメントも凄まじい茶坊主スピーチ..。何が公共放送だ。自民党の一部の議員の思想宣伝の具にされているこの異常事態を放置してはいけない。NHKと自民党の癒着は今回の内部告発者潰しにも露骨に露見したね。長井氏を孤立させてはいけない。</p>
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<p>2005.1.12(水)6178@<br>
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アップルが新型iPodと超小型MacのMacMiniを発表した。NewiPodは使い捨てライターとほぼ同じサイズでペンダントのように首からぶら下げて使える。1万弱の低価格は最大の魅力だろう。僕賃も今使っているiPodがブチ壊れたら速攻でこれを買おうと思う。やはり新型Power Bookの発表がなかったのは寂しい限りだ。<br>
今日は冷え込んだ。週末は最悪、積雪があるかもね。<br>
スピルバーグの「AI」をテレビで観た。泣きっぱなしでもないけれど天才子役の吹き替えもよかったんじゃないかしら。現代のピノキオ伝説か。最後でいきなり2000年経過後のストーリー展開には置いてけぼりだった。</p>
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<p>2005.1.11(火)<br>
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もうそろそろNewMacの発表が..。あるといいね。ゆっくりじっくり仕事に精を出すべし。</p>
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<p>2005.1.10(月)モバイル6127@<br>
<br> 今日こそ成人の日。祝日が土日にスライドして変数日になるへんてこりん。週末にプラスワンの三連休か。もっと休んで遊んで金使おうよ。国民の消費を上げて景気よくしたいんなら祝日を量産しないとね。老後の夢物語をバラ色にするために貯金していても意味無いじゃん。寝たきりになったら人生リセットのチャンスじゃないかしら。<br>
先進国と称せられる国々の中で我が国は休日が少ないんだってさ。勤労意欲の旺盛さと貯金の残高とは言い換えれば休日の自由裁量時間の欠乏と自由に使える自由裁量の金銭の不足を明示してるんじゃないのかしら?時間と金の相関関係ってもんが人間生活にこれまた密接に関係している事例だってことを。<br>
欧米の勝ち組って40歳まで死ぬまで働いて恒産獲得したらあとは引退して人生をエンジョイするのが当たり前なんだって。日本のように累進課税の妙味が無い分そんな夢も実現できちゃうらしい。年頭の社長挨拶で「夢がないからつらいんだ」と引用したのを聞いてある種の感慨を覚えた。夢って何だ?寝て見るもんが夢。起きて目覚めて見る夢は白昼夢。そんな意味蒙昧な漠たる言語性に何を託すんだい。ジョン・レノンが「想像してごらん。想像してごらん。すると、あんたは僕を夢想家と言うだろう」と歌ったように夢って何かいかがわしさ胡散臭さを感じさせるものかもね。だから希望や野望や願望の目標でいいんじゃないか。<br>
僕賃の夢はこの会社が倒産しても実現可能なんだよ。僕自身の努力だけで実現可能なんだよ。社員に向かって社長が夢と言い出すとき、そこには文脈上の必然性が当然ある。所得倍増の報酬倍額の奇跡に光りあれ!</p>
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<p>2005.1.9(日)モバイル6115@<br>
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偽札発覚相次ぐ中、紙幣経済への重大な挑戦が犯意に伺えないのは冴えない連中の稚拙な印刷術にあるだけではなかろう。しかも偽札騒動がこの時期に集中する社会意識のようなものがあって社会の賛意を集約できない愚劣な事象に帰結するからか。<br>
「東電OL殺人事件」を目出度く読了。続編を読み出す前に若干の読了所感を書き綴って置こう。これは僕賃の「日付の入った文章」としてだ。<br>
巻末に摂食障害を扱ってきた精神科医と筆者佐野眞一との対談があって興味深かった。何故に被害者渡邊泰子は売春を執拗に継続したのか。それは父親への陶酔と愛慕の心的障害の必然的帰結でもって自己処罰へ急斜し、その顕在化として売春を通じて父なる幻影に対処していた.....。難解だね。医者や学者の演繹的な類型範疇化の概念性ってもんは事象のダイナミズムをミニマムなステロタイプのファイルに綺麗に綴じ込んでくれるけれどもそんなもんでもない気がする。それに売春をイコール堕落と断じるこの物書きの価値観の陳腐さはお笑いだよ。売春行為で彼女がどれだけ性的解放を実感していたかも知れぬのに。やっぱり思いこみな安っぽい散文が随所に散見するのはこの書き手の陳腐さに全てが起因していたんじゃないかしら。見もせぬ幻影ばかりが季節外れの幽霊のように出てくるその文体的弛緩に折角の説得性も納得性も希薄なわけ。<br>
さて東電での職場ストレスが高じて自分探しの性ビジネスに埋没し、タイムカードサラリー生活の時間差アフターダークを間身体性を照射する形態でもって金銭獲得を目指す彼女の高貴さときたら。数値的目標を掲げて潔癖に几帳面にノルマをクリアする行為の繰り返しに「毎日がまるでサラリーマンのような生活です」と慶大ゼミ時代の友人の年賀状に書き綴った彼女の心象風景のエポックメーキングとは何か?<br>
犯罪性の分析はそれぞれの視座に関わって必然化するし言語化できない魑魅魍魎たるパラダイムの未然性についても結局は思考の忍耐性かよ。</p>
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<p>2005.1.9(日)モバイル6101@<br>
<br> 昨夜は久々の鮨食いねぇ。上にぎりにウニが旨かった。店内のテレビで槇原敬之が歌っていた。テレビスタジオで覚醒剤逮捕直前にラリってるマッキーを直に見たフリーの映像ディレクターのM-boyから僕賃は興味深い話を聞いた。<br>
「好きなことをまじめにやりすぎてそれ故に麻薬に溺れたんじゃないか。ちゃらんぽらんだったらよかったんだけれどね。「世界で一つだけの花」を書いたのは牢屋の中でかもしれないけど、逮捕され自ら招いた試練を乗り超えたからこそ書くことができたんだと思う」<br>
確かに自分の好きなことやりたいことをやって生計を立てることは職業と趣味という仕事と余暇内容のバランスにおいて均衡原理で言っても不幸な歪曲性があるのかもしれない。労働内容に好きなことが内包され無い場合の労苦行為自体に稼ぐことの辛さ不純さというものがあって資本主義の妙味はそんな隷属階層への経済支配であるし究極は政治支配に他ならない。多数決の原理原則は絶対的少数者の独占資本者からの被支配であって、利潤の再配分に群がる能ある畜生たちとの協働でその支配構造はより精緻さを得る。だから儲けることしかないって最悪の価値判断なのだ。でもそれがないと生きていけない現実を超克するには小欲知足しかないのかどうか。IT成金や株売却成金らの金銭哲学のさもしさをさ利潤追求の利己主義を痛烈に批判していくことが大切なんであって、唯一無二の存在価値こそ、ナンバーワンの物量価値を超克できると言う大衆マスコミ利益創出のマッキーの内実にどう相反したかは知らんけれども。</p>
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<p>2005.1.8(土)モバイル<br>
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そろそろ正月気分も払拭できたんじゃないかしら。あやうくキーボードの操作ミスで払拭を腐食と漢字変換して消去したけれども。まるで反対だからね。<br>
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<p>今日は会社の新年会だ。自前でアトラクの手間をかけられないのでここ何年かはセミナープロの講演会となっている。今回は実演販売プロデューサー・●と●伸氏(ヒュー●ン●レ●ン代表)の講演会だった。御題は忘れた。レジメのない話は聴衆にはつらい。案の定、ノートにメモっていたけれど途中で止めた。話が飛ぶんでね。他人に誇示できる自分の実績をプロフィール交えながら話すことは自分を売る営業マンのセオリー足るや否や?高度情報化社会のこの日本において情報感度を高めるにはこういった営業プロの話は有益だ。でもさ、松井の素振りを見てもホームラン打てないよね。イチローのファインプレイを見ても守備はうまくならないよね。セミナープロの自慢話を聞いても他人事だよね。その彼のメソッドを学ばないとね。過労ストレスで2回も死にかけたトップセールスの体験談を拝聴して自分の中にやる気が湧いたかどうか?まぁ新年早々の祝祭イベントとして楽しみながら聞いた。あとはやるしかない。その当然性のお話だ。頑張れ営業連中!
その中でblogの話をしていた。社会現象としての日記のネット公開か。でもさ、日記ってもんは人に見せられるもんじゃないよね。昭和の文豪永井荷風は日記「断腸亭日乗」を綴った。彼は鉛筆・万年筆・毛筆の三種類の文具でもってその日の日記を3回書いたという。この推敲作業を通じて極私性から公開性へ転化させていったのではないか?他人に見せない前提の文章こそが日記の密室性であって書き手も読者も自分以外にあり得ない文章ワールドを創出できるのだ。市井に生きる大多数の民衆の綴る日記にはそんな密やかな味わいが在るはずだ。夢がないからつらいんだ。あんたの夢はなんだい?僕賃の夢は恒産築いて充実した知的ライフを過ごすことだ。そのためのバランスシートの管理を徹底して知的感動を誰よりも享楽できればいいなと思う。他者との関わりにおいては自己表明すると胡散臭いし偽善的だから自分に秘して公言する必要もない。さて、書くこと無いよね。書きたくない。面倒くさい。あほくさい。そんなもんでしょう。好き嫌いでいっても読まないし書かないが圧倒的だ。受け身から能動へ。否定から積極へ。ネガからポジへ。死から生へ。暗から明へ。宿題に作文を出された小学児童の悪あがきにも似た....。宿題の作文ならまだいいじゃん、テーマ・御題は提示されているんだから。日記は何書いてもいいわけじゃないけど自由作文だもんな。その日起きたことを事実に即して淡々と記述するもよし社会的事件への感想とか人物評を書くとか。カラオケうまいけど眠たいラクダのコバヤシとかさ。</p>
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<p>2005.1.7(金)<br>
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忙中の閑。七草か。新年の狂騒も終わらん。来週いっぱいかかりそうね。</p>
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<p>2005.1.6(木)6042@<br>
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残業が続く。休み明けは仕事に飢餓状態なんで割と楽だったりする。でも連続してくるときついよね。でも大したことじゃない。</p>
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<p>2005.1.5(水)6027@<br>
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仕事始め。神田の街を練り歩く。朝から日本酒飲ませる風習はやめよーよ。何も祝い事なんかないんだから。<br>
さてマックワールドが間近に迫ってきた。アップルはいきなり現行機種の値下げを発表。PowerMacG5やiMacG5そしてiBook12インチなどが1割程度値下げになった。どうやらそれらに新商品が用意されているからか?ということはPowerBookに動きなし?筐体変更が3年も据え置きかよー。G5搭載が無理にしてもどんなスタイルなのか変更なしかよくわからない。多分、1/10の夜中ってことは1/11(火)の朝には新機種の詳細が判明するのかな。<br>
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<p>2005.1.4(火)モバイル5990@<br>
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昨日、ブックオフで「東電OL殺人事件」佐野眞一著(新潮文庫)とその続編「東電OL症候群」を買う。慶大卒で東京電力勤務のキャリアウーマンである渡邊泰子(当時39歳)がアパートの空室で絞殺された事件を追った作者佐野の渾身のルポルタージュだ。<br>
この手の犯罪事件報告にはない冗長な作者の思い入れが随所に散見するけれど、取材プロセスを感情移入しながら主観的に書き込む手法には賛否両論あるかもね。事件は冤罪濃厚なネパール人が今なお無期懲役を最高裁で下されつつも再審請求を弁護側が要求しており事件に関わる警察・検察・裁判所の司法当局の見込み捜査と官僚趣向の色濃い事態進展に至っている。
本書冒頭に作者の佐野は、昼間は東電の経済研究部門で月に2.3本の研究報告を上げ、夜は渋谷・円山町に出没し日に4人と売春するノルマを自らに課しその達成のためなら1000円でも客を取りホテル代が無い外国人労働者らと駐車場や非常階段でことに及んでいたというまるでジキルとハイドな裏表の落差について何故、彼女は堕落したのかを追いたいと記していた。性生活の過剰さは社会的な外形とは異相な内的実相に顕在化する。そして人間の欲望の奔出は本人をも把握不能である。<br>
彼女は休日の土日には五反田のSMクラブ「魔女っ子宅急便」に「さやか」という名前で勤務していた。彼女の立ちんぼ直引き売春は33歳の時からだがその5年前からキャバレーでホステスをしていた。拒食症に罹病し入院治療を受けたのは27歳の時で、東大卒の東電幹部だった父親が癌で他界したのは大学3年のときであった。<br>
思うに学歴や勤務先はたまた職制に関わらず性の実相的表出の決定も規定も必然化しない典型的な事例としてこの事件の周縁は物語る。マスコミ報道の過熱さは彼女の客が提供した彼女の全裸写真を掲載(週刊現代)した突出先鋭の特定メディアだけではなく全てのメディアの総ジャーナリズム状況創出として社会化した。そこには大衆の俗情に媚びる大衆迎合こそが部数販売の拡販であってそのメディアへの広告費も一企業の経費配分に織り込み済みのある種、公共性を帯びるかの如き様相を呈していた。<br>
冤罪濃厚のネパール人最高裁・無期懲役確定で真犯人逮捕は迷宮入りの事態に陥った。加熱した報道によって俗情を世論化され真犯人逮捕の捜査の空隙は8年に及ぼうとしている。まさに事件はメディアによって喚起され歪曲されて大衆の心理に大いなる錯誤の結果を植え付ける。そして事件の真実解明は永遠にない。テレビお得意の公開捜査はついぞ行われない。警察と癒着した現状下のメディアに於いては不可能だ。</p>
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<p>2005.1.3(月)モバイル5966@<br>
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正月は神社に参詣しないとなればインドアの大衆娯楽しかないわけでもあるまい。生活習慣が年中行事の一コマに数えられているから膨大な宗教法人の浄財、即ち無税なる献金が集金できる。この費用対効果不問のお金の不可思議さときたら。毎年、正月にお参りして不幸なことは何も無かったならば誠にこの国、日本は幸福大国だと思うが如何か?銀行員とガードマンが陣取った賽銭箱周辺には自分達の不信心を嘲笑う森羅万象の法則が働いているのかどうか?この因習的暴利貪りを誰も相対化しないのは滑稽極まりない社会現象だと思わないかい。今後、増税ラッシュの財務省主導の煽りの中で税制のニッチ空隙なスキームに巣くう税金泥棒達に奉られたる神々は実際に大災禍をこの国土に見舞うのではないだろうか。ハライソ、ハライソ。<br>
縁起担ぎと言っても気休めにしかならない超常現象オカルト偏執の数子占い師の「逝くわよ」でもって断言するのが孫氏ならぬ尊氏否、尊師の怖さだろうね。占いブームって宗教回帰現象なんだそうだ。<br>
昨日、たけしの怪事件の番組やっていて面白かった。テレ朝の報道バラエティの路線堅持だか知らんが、田中金脈の文春レポートが米国の陰謀っていうのはどうなんだろう。まずは結論があってそれに肉付けしていく予断報道の情報収集のバイアスが色濃かったと思う。でもこの手の戦後史の怪事件のズームアップは現代史愛好の僕賃としては「踊る」の合間にチャンネルひねるの忙しかったってことで。9.11からアフガン攻撃に至る大統領の決断をニュージャーナリズムの手法で描いた「ブッシュの戦争」でウッドワールドは米国の諜報活動の実働部隊を詳細に報告しているようにフィクションも現実も大差のない事実があるのではないかい。シビリアンコントロールの狭間で大統領の陰謀という事実があるのではないか?その援用でもって考察するに対立領域への浸水は虚々実々にして現実なんだろうと思われ。橋龍逮捕は米国関係ないからできないって?これができなきゃ連立意味無いじゃん。</p>
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<p>2005.1.2(日)5953@<br>
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新聞休刊日。物足りない朝。民営化の流れで2日配達の年賀状もパラパラ。箱根で駅伝。女子もやればいいのにね。今年は健康がテーマになりそうね。<br>
「痕跡」を読了。なかなか読み進めるのに難儀だった。翻訳ミステリーの難点は日本語へ訳される言語交換時に作中リアリティやらオリジナル文章のリズムやらが鈍化するからだろうか。高村薫や宮部みゆきたちの日本語のミステリーを読んでいて恐怖心や興奮を感じるのはやはり原典ダイレクトの読書の妙味なんだろうね。字幕スーパーの吹き替え無しの韓国ドラマがいいのと同じだ。次回作に期待するしかない。でも翻訳者のあとがきで「真犯人」がジョディ・フォスター主演で映画化の話が紹介されていたっけ。検屍官スカーペッター役にジョディか。いいね。面白そう。<br>
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<p>2005.1.1(土)5940@<br>
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元日。眼精疲労気味。「踊る大捜査線」の録画テープを再生して楽しんでいる。いかりや長介扮する足で稼ぐ老練ベテラン刑事の和久さんがプロファイリングチームにコケにされ激怒。有休使って独自調査。「俺は天然記念物じゃない」と末文に書かれた伝言が青島に届く。室井管理官は科学捜査導入のアンテナショップを所轄で治験するも葛藤。現場無知をまたしても青島にどやされてキャリア的欠陥を露呈。ドラマもこんなアナログな人間的葛藤劇が魅力だね。「踊る」は面白過ぎだ。韓国メロドラマもいいけれど警察組織内部の人間群像を組織論を交えつつあぶり出す手法に脱帽だね。織田裕二演じる青島もハチャメチャだけれど頭脳的行動は抑制が利いていて結構、バランスあるよね。すみれ役の深津絵里の存在感もいい。雪乃役の水野美紀の可憐さもいいよね。<br>
劇場版よりもドラマで復活して欲しい。</p>
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<p>2004.12.31(金)5917@
「踊る大捜査線」の再放送を午後、ずーっと観ていた。面白かった。1/2の劇場版も観るとしよう。<br>
今日は頗る付きに寒い。雪も降った。2004年も今日で終わりだ。行く年来る年。目が痛い。テレビの見過ぎで眼精疲労のようね。大晦日の悪天候でもってなーんもする気がない。<br>
紅白歌合戦では平原綾香と倉木麻衣の歌を楽しみにしていたけれどノリが良くなかった。さだまさしの歌はよかった。多分、平和ソングなのだろう。<br>
ますます眼精疲労で頭もボーっとしている。自己暗示に掛かりやすい状態だね。<br>
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<p>2004.12.30(木)5894@<br>
奈良女子児童殺害事件の容疑者が逮捕された。36歳の新聞配達専従の男だという。メディアの末端に嘱する存在だ。家宅捜索で男の自宅ワンルームから被害者のケイタイやランドセルを押収した。物的証拠が出て逮捕になった。犯行自供でこの事件の捜索は終結し、警察から検察へ移管される。しかし猟奇的な犯行であり被害者の家族を執拗に攻撃した事件の深層性への論及はこれからだ。犯罪研究の専門家がステロタイプの分析をおこなうのかどうか。犯人は社会に対して、敵意と憎悪を持っており自分が軽んじられたことへの憂さ晴らしが事件の動機に関わっている。社会的に弱者である小学児童を惨殺し被害者の親族に証拠写真を送付しその反応までも楽しみ社会的にもメディア報道の下火に不満を抱き更なる自己実現の自己満足を事件を通じて代償満足する明確な意図があったと言わざるを得ない云々...。<br>
余罪追及。事件の背後から時代の病理を解明したい。
2004.12.21(火)5773@
冬至。出勤時の早稲田駅はご年配の方々の穴八神社参拝でごった返し。ゆずをお風呂に入れる風習もさることながら穴八詣出の人込は僕賃にとって年末の喧騒を感じる一種の風物詩だ。参詣の彼らは正月の準備で慌しく駅構内をすたこらと歩き回っておいでなのだけれど、いやが上にも慌しいことこの上なしの風景だよね。<br>
韓国人気ドラマ「冬のソナタ」ノーカット版が昨夜から連続2話ずつ放映されている。年末カウントダウンだ。
2004.12.20(月)<br> <br>
東京メトロ東西線車内で劇薬をシートにばらまき。女の子が軽いやけど。とんだ事件だ。夜は酔っぱらいだらけだし。<br>
明日も忙しい。
会社で社員一人一人にHPの頁を持たされて運営することになっちゃった。ネット上の情報発信は健全な匿名性にあるんであって。身分の明白性でもって社会的文脈からの逸脱がないのは自由度が低いわけ。まぁしゃあない。企業が経費かけてやるからには費用対効果の厳密性は初めっからだし。だったら社長や役員は毎日連日、更新しなきゃね。</p>
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<p>2004.12.19(日)5748@<br>
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「痕跡」を読み始めるもなかなか読み入れない。夜、非常に眠い。明後日、冬至。早稲田駅の至る所に「←穴八幡神社」の張り出しを発見。<br>
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<p>2004.12.18(土)モバイル<br>
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カシオが毎年、ゴルフ大会を開催している鹿児島・指宿で日韓首脳会談が昨日行われた。当然、北朝鮮拉致問題に話題が集まったそうだ。ノムヒョン韓国大統領は人道派弁護士でじいちゃんもとうちゃんも政治家ではない小泉世襲政治の対極をいく政治家だって、つい先日もイラク派遣の自国の軍隊を電撃訪問し激励している。一方、我が国の小泉首相は国民への説明をトコトンはぐらかし任期終了まで持論の郵政民営化を達成しそんでもって花道に散々の政治パフォーマンスを演出し官僚支配の政治でもって歴代きっての悪宰相になる予感大だ。中曽根翁のいう「歴史法廷の被告席」に座らせて厳重に断罪するべかな。<br>
さて、経済制裁への共感は韓国の指導者にはなかった。対北には太陽政策を行う日本に比べても膨大な拉致被害者を抱えている韓国に於いて離別家族2000万の再会は南北統一の国交回復しかあり得ない政治的リアリズムは38度線で画されたボーダーラインである。国家もいろいろ。<br>
独裁世襲の超国家一族世襲主義には強制収容所と秘密警察が必須であるシステムの必然において独裁者が自ら反省し自らが断罪するこの大誤解を解きほぐすには法治国家にとっての最大ジレンマであろう。ここでも政治スローガンの人道主義は功を奏すかどうか。<br>
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<p>2004.12.17(金)<br>
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今夜あたり忘年会のピークなんだろうね。今年も暮れゆく。会社の近くにある運送会社の飼い犬が死んだ。入り口の脇に犬小屋があって道行く人々に可愛がられていた。相当に老犬で四つんばいで立ってるのがやっとだった。人間よりも7倍速の時を過ごす犬にも様々な意匠が付加されるようだ。<br>
「あいつは会社の犬だ」<br> 「あいつはMのスパイ犬だ」<br>
「国家権力の犬である官憲の暴力に屈す訳にはいかない。虐げられし労働者達よ、団結せよ」シュプレーヒコールの連呼の中、反権力闘争に青春の汗を流して幾星霜。気づけば現状追認の定年間近の諦念。そして老犬の如く安らかに往来の人々に愛され死んでゆく。無名の市井に生きる庶民の多くは歴史に名を残せぬ忘却の存在である。如として来る永遠の現在進行形の瞬間にしか永遠は宿らぬ形容矛盾な感覚を研ぎ澄ませ。<br>
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<p>2004.12.16(木)5711@<br>
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朝、労組員らが会社の前でビラを配布していた。そのビラの文面は有給休暇取得を巡って会社側と団交したことについて書かれていた。でもなぁこんな異議申立を行ってくれる存在は必要だと思った。それは現場の上司の日々の言動にも厳重注意を勧告していて誰も文句が言えなかったことも団交では俎上に列挙されているからだ。<br>
民主な組織とは一線を画して生産性やら収益やらを上げるのに最適な組織は軍隊だ。所属の成員は殺し殺される生命尊重の対極的価値観でもって自我超越の精神的バックボーンを装置化している。その軍隊的組織の特徴は必ず存在する小狡い軍曹の存在だね。大局に立てない唯我独尊の典型パーソンだ。<br>
さてなんか疲れた。</p>
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<p>2004.12.15(水)<br>
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定率減税は50%戻し決定。あーあ。今度、選挙で投票するときは減税推進の役人無駄遣いに厳しい政党に一票だな。自縄自縛な妥結に堕した少数派連立与党も役人に縋ったツケは大きい。国民の生活のかかる税制論議をかかる与党内調整で決定されていいわけない。</p>
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<p>2004.12.14(火)5685@<br>
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なんか憂鬱。韓国ドラマ「夏の香り」のDVD、iMacの調子が悪いのかよーわからん。切ないドラマだ。師走の喧噪から離れて自宅でゆったりと堪能できたら。</p>
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<p>2004.12.13(月)<br>
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朝刊休み。気分で休みたい。有休いいよな。</p>
2004.12.11(土)モバイル5636@<br>
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北朝鮮を巡って経済制裁を望む世論が沸騰している。今、経済制裁して北朝鮮には強硬に対処しないと横田めぐみさんが殺されてしまう。経済制裁に反対をする人間はめぐみさんを見殺しにする畜生以下だといった意見が喧しい。家族会の怒りは想像もできぬがここは間接的憤怒を持つ立場からの冷静なる一般見解を考慮してもいい。<br>
強硬派の言うように経済制裁を段階的に始めて、どの段階になれば具体的に北朝鮮が善処を具体的に提示してくるかの読みが彼らのロードマップにあるのかどうか。所詮は非核平和ボケ安保ぶら下がり国は自衛すらできない軍事フォーメーションなんだから米国に頼んだらどうか。実際のところ米国から北朝鮮に圧力かけてもらってどんな問題があるのか?中国からの圧力が北朝鮮には効果的だろうが対米戦略も絡んで難しい。しかも最近の日中のギクシャクした外交問題の未処理は国益を度外視した小泉個人の公私混同によるところ大の本末転倒。<br>
今から約30年前に韓国の朴大統領が韓国情報部の最高幹部に射殺された。その事件をきっかけに韓国政権内での求心力が弱まり軍事政権から民主化へのうねりの第一歩が踏み出された。今は無き岩波書店社長の安江氏は「米国のゴーサインなくしてこの暗殺はあり得なかった」と大韓航空機爆破事件を韓国内部の謀略として北朝鮮擁護の論陣を張っていた集会で僕は直に聞いた。親朝鮮労働党の文化人は左翼な連中が多いのはどうしてなのかしら。組織と人間。体制と個人。歴史も人間洞察からパラダイムを組むべきなのに。本気になれば金正日のピンポイント排除も可能な筈ではないだろうか。政権転覆の軍事オプションの隠密工作か。対話で平和もどれほどの理想論か最近、思い知ってきました。殺し殺される極限ではこの不毛理想も空想の領域か。人間主義の平和時外交の脱力感を払拭するパラダイムは何だろう。<br>
でも経済制裁の代償は殊の外大きいだろう。あれだけ大量に日本国内から隣の庭の鶏を連れてくるより簡単に日本人が拉致されたお気軽スパイ天国の日本国において北朝鮮の在日工作員らがいざ鎌倉で国内テロでもって紊乱攪乱してきたらどーするのか?十万人以上もの凍り付いた海を酸素ボンベなしで何十キロも泳ぐ超人的訓練を積んでいる特殊部隊員がナニをやらかすかは将軍様以外は誰も知らない。まずは安倍晋三氏宅からやってくれ。そして所詮は有事誘発に機能不全だ。それを意図する輩の利するものとは何か。</p>
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<p>2004.12.11(土)モバイル<br>
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最近、老害な珍事が社内の空気を極端に悪化させている。元受注セクションにいたスタッフ内勤者が出先の営業から注文キャンセルの電話を受けた。配送センターではその商品の発送がジャッジ待ちの停滞付帯モードへ。配送車を一時止めて「さーどうする?」なのにである。団塊ベビーブーマー世代の退役予備軍セージ氏は趣味の囲碁で白黒つけるのが好きなくせに「ちょっと待ってぇ〜。確認するから」と時間を無為に台無し。で、倉庫とそのやりとりをしていたk係長は内線を一時切って内心、セージさんが直に連絡入れて終わりだなと思ったという。ところがである、自分は受注職務とは他部門のスタッフ内勤であってあくまでも筋からしてもこのキャンセル通報は受注部門の仕事であるから「S井さん、内線して下さい」と脱線。そしたらば企業内労働組合幹部のS井氏は「お前がやれよ」と同世代のセージさんに無下もなく。驚嘆驚愕のセージさん「(何で)俺がぁ?(何で)俺がぁ?」と理解できず自問自答もせず立ち往生。そして切れちゃった。セージ氏、受注メモをクシャクシャに丸めてS井に投げつけた。その暴挙に隠忍自重していたドヤシ屋のイシさんが大声で啖呵を切った。<br>
「電話受けたモンが最後まで責任もてよぉー」オフィスは静まりかえったと言う。<br>
後日、その顛末を僕賃は詳しく聞けば聞くほどに哀愁を感じたのね。機転機知を阻むこの頑迷固陋の悪弊は感情爆発の後先見境なしの事なかれ主義の末期状況だ。ここでのそれぞれの役回りは各論反対の総論容認の本末転倒だってこと。即座に連絡が誰もできなかったってこと。俺以外の仕事、俺以外の責任。俺以外のセージ!</p>
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<p>2004.12.10(金)5627@<br>
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有給休暇取得を巡って組織のタガを締め上げてドミノ現象を食い止めたい現場の上司と労組運動に生きてきた団塊の老闘志が職場で衝突。昨今の不景気のしわ寄せは社会的弱者な低賃金労働者へ、社内に於いては営業成績の悪いはたまたロートル準退役社員などの地位の低い会社お荷物に全部、しわ寄せ被害妄想的リベンジエナジーのマグマはこの些細な事件で一気にその溶岩が噴出したようだ。特に賃上げ賞与などの「業績わるいから出せないもんは出せなーい」と財政原理主義の常套句を終ぞ突き崩せないマンネリ団交のガス抜きは労働規準法の唯一の果実にして伝家の宝刀たる「有給休暇」に電撃的争点化したのだった。<br>
そもそも有給休暇とは何か?労働基準法第39条にはこう記されている。<br> <br>
(年次有給休暇)<br>
第39条 使用者は、その雇入れの日から起算して6箇月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない。
(中略)<br>
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4 使用者は、前3項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
5 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第1項から第3項までの規定による有給休暇を与える時季に関する定めをしたときは、これらの規定による有給休暇の日数のうち5日を超える部分については、前項の規定にかかわらず、その定めにより有給休暇を与えることができる。<br>
(後略)<br>
<br> (監督機関に対する申告)<br>
第104条 事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。<br>
2 使用者は、前項の申告をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取扱をしてはならない。<br>
<br>
一方で会社側の論理は永遠に労働者側の利害との相克でもって折り合わない。売上未達だから部の会議で各営業マンを締め上げてなんとしても会社に貢献し点数を稼いで次期事業部長に出世したい。何が労働者の権利だぁ?法律なんか関係ねぇーよ。この厳しいご時世で好き勝手に休まれて堪るか。ふざけるな。次の人事で飛ばしてやる。じゃないと部が纏まらない。営業部長として当たり前の心情だ。でも今回はそんなに簡単には済まない。
労使闘争の果実にして輝かしき権利闘争の最大級の成果である「有給休暇」も野心的な現場の上司の自由裁量で蹂躙されては全くのいけないことである。しかし、アームチェアーにふんぞる労働司法プロや労働貴族のご託に振り回されては現実問題として成り立たない。社員全員がこの有給休暇の権利を行使し続ける非現実的まやかしの空理空論。労組グループ持ち回りで有休取得を頻繁化することは私利私欲の権利行使と同義である。その悪弊から脱するにはバランス感覚と自らの職務遂行への飽くなき責任行使を敢然と遂行するしかない。労働法規を翳してワッショイワッショイやることで自分自身の生き様を醜く歪める結果になることだけはなんとしてでも忌避して頂きたいと労組老師のF氏そしてその周辺の方々には思う。資本充実の剰余価値を戦略的に人員配置で組織的に組み込んでいける財力財務体質があって企業トップが常に人事戦略を考案実行していて「人材の城」が我が社の誇りなんてやっていればまだしもでしょーが。所詮、中小企業はカネもヒトもないから中小企業なんだよな。永遠の....。<br>
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僕賃とて有休を使い捲りたい。交代要員の確保を前提にしていない劣悪な労働環境に甘んじる自分自身の怠惰で無気力が現状追認の放置プレーを容認している現状打破を完膚無きまでに敢行したい。でも悲しいかな淘汰企業にそんなもん必要なのかどうか。公義も所詮、私義に朽ちるのみ。
2004.12.9(木)
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気だてが良くて几帳面でしっかりしててもイチイチ五月蠅くって息苦しくなってそんなの捨てちゃって、勝手気ままに生きたくなる場合って結構あるかも。人間、自由が一番かも。</p>
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<p>2004.12.8(水)5599@<br>
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今日はどんな日か?1941.12.8に日米開戦いわゆる太平洋戦争が始まった日。日本海軍の奇襲攻撃でハワイのパールハーバーが炎上した日。またジョンレノンが暗殺された日。<br>
現代史の学習が高校までの授業で例えば日本史でもここらあたり(日米開戦)の歴史教育は「受験に馴染まぬ」と大学予備校化した現場判断で授業でもあんまし取り上げられないのではないか。日本現代史を論じる能力を現役の教師諸氏はお持ちなのかどうか?歴史を教える難しさは受験予備校講師レベルでは到底為しえない生き方(way of life)へ直結した思想教育になっちゃうわけで。受験産業とその受け皿であるマスプロ大学との利権癒着は「試験に出てなんぼ受かってなんぼ」の実利に則しておるわけで。歴史的事実の時系列暗記で済まされる問題でもない。<br>
米国からの歴史教育の圧力は聞いたことが無いのは何故に?中国韓国と米国の圧力の有無は日本の置かれている同時代史的位相を吟味する上でも興味深い。</p>
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<p>2004.12.7(火)<br>
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IBMがPC事業を中国のPCメーカーに売却打診が報じられた。アップルもPCの売上げは大幅にダウンしている。iPodの爆発的な売上げと音楽コンテンツのネットが好調なのが収益に多大な貢献をしているらしい。これだけパソコン普及浸透がもたらす低価格でもって消費者に更なる食傷なる飽食事情を煽っているからだろう。<br>
需要と供給の逆転現象が今まさに招来しマーケットの色分けが巨人撤退を誘引したのは間違いなくコアコンピタンスでもってCPUだのサーバーだのにハイエンドユーザーとPCのコアな部位への経営資源特化を潔くですか。そうなると日本のPCメーカーも大きな舵取りの変更を加速化させるのかどうか?わからん。</p>
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<p>2004.12.6(月)<br>
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週末どっぷり読み進んでいた「ダ・ビンチコード」上下二巻を感動の読了。キリスト聖杯伝説やらシオン修道会やらダ・ビンチ「最後の晩餐」の隠喩文上読み。「知識」が主人公の謎解きストーリーの文学的陥穽は登場人物が従者に成り下がる危険性だ。博学からエロスの文学展開は饒舌ではない。シオン修道会の性的秘儀の描写もイマイチな感は否めない。その反面、暗号謎解きの会話や教授の知識披瀝の講義なんぞは作中、最も生き生きした感じだね。やはり本作の主人公は「知識」だ。特にキリスト教を信仰する読者は内面に様々なさざ波を沸き立たせながら「信と知」の相対化を己に課していくのだろうか。
2004.12.5(日)5540@
終日、昨夜から読み出した「ダ・ヴィンチコード」をドシドシ読み込む。確かに面白い。
2004.11.30(火)5458@<br>
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首がきつい。月末で残業。爺さんたちが口汚く言い合いをしたそーな。秋篠宮の髭を切れば潟大で頑張る準教授、そっくりじゃん。</p>
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<p>2004.11.29(月)5435@<br>
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石油を週末に入手。クリーニング店のおばさんのご厚意に甘える。代行で買ってくれるという。鈴木燃料店よ、さようなら。自分で買いに行って1200円だったから今年は1500円くらい吹っ掛けられそうだった。でもことのほか暖冬で点けてもすぐ暑くなってけしちゃう石油ファンヒーター。<br>
12.3(金)の夜は会議終わって田原町で部の忘年会。久々に鮨が食える。期待して良いかも。それにしても師走は好きだ。カウントダウンに入った時間の流れを感じながら年の瀬の慌ただしさが好きだ。</p>
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<p>2004.11.28(日)モバイル5406@<br>
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テレビの「血液型番組」に批判の声が多数寄せられているという。
<a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041127-00000054-mai-soci
">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041127-00000054-mai-soci<br>
</a>そう言えば「B型」と「AB型」の人間の行動パターンや性格傾向に何となく思い当たる節があるのって生活実感で感じることだ。そんな漠たる生活意識の底上げをやってくれたんだか煽ったんだか知らんがね。テレビが「科学的?」に権威付けて社会的に一般常識化させる情報浸透の悪影響に批判が集中したのかしら。だったらその批判番組をテレビがやればいいんであって、多事争論すればいいんであって自粛を要請するんじゃなくその番組を科学検証する特番を持てばいいんであって。メディアレテラシーを学び合えばいいんであって。安易なメディア圧力には僕賃は与しない。所詮、テレビはテレビでしかないんだ。そう思って見るしかないだろう。一つの番組がどう成り立っているのか知った上でその番組を見ていくこった。この閉塞的な抑圧社会で不安や疑念が人心を荒廃させて他者排除の差別意識が潜在的に増長している。その大衆心理に誠に最もらしく「血液型」という差別カテゴリーが当て嵌まっただけのこと。メディアは同時代の大衆心理を潜在的に顕在化させ得る唯一無比の社会的存在である厳然たる事実だけは見まがうことなく。<br>
でもさー血液型って面白いじゃん。</p>
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<p>2004.11.28(日)モバイル5404@<br>
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昨日、シンディー・ローパーの代表曲「Girls just want to have fun」収録のCDを買った。1979年に出た彼女のスターダムな名曲。アバの「Danceing Queen」のように未だによく流れている。気に入った曲は何回でも聴くし他は一切聴かないのが僕賃流。一枚のアルバムにそんな曲が一曲でもあれば凄くラッキーなことだ。<br>
アップルのCEOであるスティーブ・ジョブスは「ファイティングニモ」や「モンスターインク」を制作したピクサー社のCEOでもあるがパソコン業界で数ヶ月しか寿命のないテクノロジーシンドロームな商品の開発販売とディズニーのような何世代にも渡って受け継がれる文化継承の如き「商品」の制作販売を明確に戦略選別している。<br>
「ライ麦畑でつかまえて」サリンジャーのジュブナイルな一回性の魅力がこの「Girls just want to have fun」にもある。<br>
久々にいい買い物をした。</p>
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<p>2004.11.27(土)モバイル5389@<br>
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土曜出社。昼食も様々お店はお休みモード。トンカツ屋さんへ入っていきました。ラーメンも焼き肉もだめだめ。<br>
それにしても興ざめなのはおばちゃん達の群集心理ってやつですか?仲間同士で互いに優越感を狂騒否、競争しているんだろうね。ヨン様でも誰でも良かったんじゃないかしら?マスコミが扇情しマスコミが「客観情報」を垂れ流す。CM起用で売上増加になっている現実でもってスポンサー側のメディア威圧は益々増大するいたちごっこだもんな。怖い怖い。
でもね、謝罪会見でのペ・ヨンジュン本人の言葉は彼の内面から出た言葉であったように思う。虚像をプロモートする彼の周辺に強欲な作用を感じるのは否めないが、要するにこの熱狂性はある種、宗教のようなものかもね。麻原彰晃に引きつけられた石井久子のような心情の集合体なのかもね。でもねこんな形でしか癒やされない人間が多くなってくる社会ってのは今の政治状況を増長させるだけだよね。
先日、政府税調が小泉ソーリに答申した増税路線について閣僚のお一人である麻生太郎大臣は「財政原理主義に毒されてはならない」と自分が旧経済企画庁長官時代の撤を踏んじゃいかんって異議申し立てしたってさ。この財政原理主義の跳梁跋扈は国家に於いてもどんな組織でも殊に法人なんかまさにそうだもんね。労使の交渉一つとってみても結局、憲法感覚鋭敏な労働者の寄り合いがどんなにがなり立てようとも「そんなんじゃあ潰れちゃうよ。元も子もないよ」で押し切られちゃうわけでしょ。唯一、公務員はそんな感覚は省内部的にはないけどな、省外的には財務省が存分にやっているだけでさ。
さて円高基調で株価鈍化のこの時期に先の消費税増額と健康保険増額を財政原理主義者の言いなりにやっちゃったからとんでもないことになっちゃった近現代の史実を学べってことよ。冷血小泉はやるだろーけどさ、歯止めが無いじゃん。連立少数派も政治倫理、御都合でもって今度はナニをバーターしたんだい?公益法人の大改革でも言い出してみろって。結局、小泉の純一郎様ってお熱を上げた連中とヨン様狂騒を演じるパーソンが同一性甚だしいってことよ。ファナティックな熱気ってもんが時代の空気を著しく悪化させる主因であるってこと。大衆迎合も官僚支配の道具であるってことに気づくメディアすら寡占独占の役得に溺れているだけだってーの。
2004.11.26(金)
ヨン様来日。成田空港におばさま殺到。ファナティックな宗教色豊かな一体感と祝祭の時空に彩られている。殆どヨン様教の教祖様来日。でもさ、ビートルズ来日の時だって同じだったわけで。ファンが殺到するマスコミ効果をマスコミが自己相対化できないだけのこと。朴政権下の韓国では対日経済政策の一環に統一協会の布教を日本で行いその貢ぎ上げた「浄財」を朴ちゃんもあやかっていたそーな。ハワイに行ったとき日本人を食い物にした韓国人オーナーの日本食なる食い物屋を嘆く日本人オーナーのお店での晩餐会。韓国人は対外的な商売が殊に貪欲らしくそのターゲットに日本人はノミネートされちゃっているんだとか、そのオーナーが嘆き怒って我々社員旅行の面々に種々ご教授されていたんだよなぁ。</p>
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<p>2004.11.25(木)5363@<br>
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いきなり頭痛。右目の奥が痛い。体に力が入ると頭に血が逆流した感じでズキンズキン。体の力を抜いてリラックス..。</p>
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<p>2004.11.24(水)5352@<br>
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勤労感謝の後は重労働ですか。</p>
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<p>2004.11.23(火)モバイル5326@<br>
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都心は快晴。温暖な一日。なんか風邪っぽい。そろそろ灯油買ってファンヒーターを稼働させねば。湯冷めで体調異変か。<br>
そう言えば「情報セキュリティ」問題が社内でも取り沙汰のようね。そもそも情報漏洩の社会的リスクってものは「情報」を企業文化の文脈で考えて経営資源あるいは経営資産と把握できているのかってこと。でもなぁ環境エコ問題でもそうだけれど企業イメージアップやら企業と地域コミュニティの緊密化密接性やらのあくまでも利潤追求の道具・手段とみなしてその費用対効果を秤にかけちゃう性向があるよね。だから社内の人間に作らすそうーな。第三者的にやったほうが効率も目的も明確になっていいわけだけど。委員会の論理ってもんがあって、エイズ問題で旧厚生省大臣になった四国お遍路な菅直人氏は内部資料の隠蔽に躍起となっていた当時の省内に喝を入れるべく直轄の委員会を設置して情報収集の任を与えた。官僚気質でいっても与えられた職務は積極果敢に執り行うまことに実直勤勉な二宮さんのような官僚諸氏はついにはあり得ないはずの書類を累々と発見収集したんだそうな。まことにあっぱれ!その後、カイワレ大根をマスコミのカメラの前で頬張るパフォーマンスもおやりになった菅直人大臣の今の見果てぬ夢は内閣総理大臣なのだそうだ。<br>
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<p>2004.11.22(月)5316@<br>
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日中首脳会談で中国の国家主席は小泉首相を靖国参拝問題を通じて批判したそーな。それに対して従来通りの持論で応じたらしいけれど、国益ってそんな神社利権に固守するお方によって大きく損なわれて良いわけないよね。<br>
小泉総理の所属派閥である森派は先の戦争で死んだ遺族の会と非常に強い絆があるらしい。前首相の森氏の「神の国」発言だってそんな神社利権の会合でのリップサービスだったわけでね。今は落選中の政経塾出身にして同派閥紅何点の高市早苗女史も超党派グループである「小泉首相を靖国神社へ公式参拝させる会」の会長だったしね。小泉の親父さんは防衛庁長官やっていて国防族だったし盟友の山崎拓前副総理も防衛庁長官だったしYKKのお一人で派閥復帰した加藤紘一議員だって防衛庁長官だったのね。それから厚生族の利権の根っこにあるのが遺族会なのよ。何故なら旧厚生省が遺族年金配布のデータベースを構築し、死してなお靖国に住する死後の戸籍台帳の管理も旧厚生省の省益の源泉だったんだから。小泉首相が何故故にヒロイックなまでに「靖国」に現を抜かすどころか現そのまんまな状況であるかを分析すべきなんでね。<br>
中国とて周恩来のように大局に立って中国人民13億に指導性を発揮すればまだしも、未だ他虐侵略戦争史観を大仰に振りかざす共産主義国家にも先鋭なるナショナリズムが胎動温存されていることへの対処ってもんを明示せよと言いたい。内政干渉を通じて国益温存を図っている子役人な官僚奴隷の視野狭窄を開目するのはいつの日か?天安門広場のど真ん中で小泉と今上天皇が土下座謝罪して済むもんでもなし。<br>
宗教法人・靖国神社のどこに日本人の御心があるのかしらんが政治家と宗教ってもんは案外に密接な関係なんだろうね。「靖国参拝は日本固有の文化性」だと発言して古館と言い合いになった石原慎太郎東京都知事は霊友会の信者だし初めての選挙の時、その教祖に選挙支援を懇願したエピソードは選挙参謀の後日談で有名な話だ。だって非常に便利だもの。票の取り纏めとしてね。教団経由で選対の合理性は最大化できるんだから。<br>
小泉首相は総裁選の公約で明確に「靖国参拝」を掲げて当選したんだからその公約を遵守するのは義務だとかなんだかしらんがね。内閣総理大臣として外交やってるときにもっと大きな視点でみるなら意固地になってフリーハンドの選択肢を自分からわざわざ狭めるのは愚の骨頂でもの悲しい。</p>
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<p>2004.11.21(日)モバイル5287@<br>
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快晴。日本橋・高島屋を冷やかす。スタバは満員御礼。東京メトロの地下鉄駅内通路の目立つところに韓国映画「僕の彼女を紹介します」の巨大ポストが貼ってある。日本橋・飯田橋・高田馬場で見かけた。封切りが楽しみね。<br>
モスもなんだか混んできました。ハングルの激しきバトル会話が前方から聞こえてきます。<br>
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<p>2004.11.20(土)モバイル5272@<br>
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飯田橋のモバイルカフェで食後のライティング終えて、東中野のジムで汗を流し、高田馬場のザ・ハンバーグ、前に来たのは9月中旬だったっけ。もうめっきり秋も終わって初冬になっちゃった。<br>
梅雨のような秋だったな。台風頻発の巨大地震。天変地異の我が国。<br>
最近、都心に直下型地震が起きたらどうなっちゃうのかという研究発表が報じられた。結論的にはこの激震地帯に住んではいけないということ。どんなアホが考えても東海大地震って激ヤバ。なので勤務地がその地域であってもいけないってこと。都心に住んで都心で働いてはこの地震が起きれば必ず逃げ切れない。つまり御陀仏ということね。地震で死んでも成仏できるのかどうか?死ぬ前の因果応報的行為ってもんを検証しよーよ。地震発生の蓋然性がこれほど騒がれているのに都心のマンション購入件数は増加傾向にあるという。活断層の真上に終の棲家、人生最大の買い物をこれまた人生最大の借入を行ってまで喜々として敢行する異常性みないなもんは分析解析なーんもないってか。まさに開高健の「パニック」の虚構的リアリティを甘受すべく。
阪神大震災の時の反対ってことね。今度は京阪神の連中が「東京で起きた地震で随分死んだらしい。怖い怖い」国防族がほくそ笑む事態だよ全く。米国の圧力で自衛自存を強いられ国防拡大の迷走の果てに自然災害で朽ち果てる本末転倒国家が構築されていくってか。<br>
石原慎太郎都知事どうなんですか?在日朝鮮人が今度起きる地震でもって井戸にまたしても毒を入れるんですか?今度は誰が甘粕になり大杉栄になるっていうんですか?危険思想を熟知するあなただったらよーくわかっていらっしゃるに違いありますまい。同類相哀れむっていうじゃないですか。
さて、幕藩体制が内部崩壊し中央集権国家が近代化の進展と相俟って成立する過程において中心と周縁、地方と中央の階級的分断も併走したのね。単一民族と称させるこの日本国家の建造的分析もさることながら心象風景は焼け野原でありこの大東京は関東大震災と東京大空襲でもってその歴史沿革を通暁してもまだまだ甘い。それで近未来図ってもんが描ききれないジレンマは確実にある。人心不安を拡大妄想化させるデマゴギーの本質的批判の皆無が状況進展にとってまったくもって逆行逆流という矛盾点に達するや否や取り返しも巻き戻しもできない事態に堕すことは明白だろうけれども。
2004.11.19(金)モバイル5267@<br> <br> 昨日は仕事帰りに日本橋・高島屋に赴き「韓流特別展IN東京」を観覧する。<br> <a href="http://www.mainichi-msn.co.jp/geinou/news/20041119k0000m040039000c.html">http://www.mainichi-msn.co.jp/geinou/news/20041119k0000m040039000c.html</a><br> 時刻は午後7時すぎ。労働からの解放と週末への期待感で気怠くも健気な祝祭時空に彩られていた。「冬ソナ」現象の牽引力は中高年の主婦層と聞いていたけれどこの時間帯に彼女たちで会場は溢れていた。仕事帰りというよりは日中からの延長線でもってその余熱が続いていたとみるべきかも。この時期、そろそろ歳末への消費動向も鑑みデパート側の商機獲得の意図も濃厚だ。彼女たちには韓流ブームにはまる時間的にも財的にも余裕がある。展示自体はさして発見もなくただ、再確認のような追認行為に終始といった趣であった。異文化のドラマ性の放つ性的蝟集の魅惑の色彩は彼女らの魅力に相応できるのかどうか?</p> <p> </p>
2004.11.19(金)5262@<br> <br> 朝、会社の前で労組員らがビラを配っていた。冬季賞与の要求内容が文面にあった。毎度毎度の空理空論的一方的要求の羅列だ。この労働組合の主張の現実主義的陥穽について考えてみたい。<br> あらゆる運動論は組織論に帰結する。運動論とは組織論の動態的顕現でしかあり得ないからだ。組織も畢竟、人物論に収斂されうる。個々の成員の人間性への希求こそ欣求し歓喜する人間躍動のドラマツルギーの発現なのだ。まずはパッション無き形式形骸化したロートルの思考停止的言文不一致の文体錯乱。現状認識の完全盲目滅法たる要求書とは原因結果分析思考の一切の科学的思考方法を放擲した安易安住の老境恍惚の反社会性へ没入転落するのみ。現実寄与現実関与の要求に範疇化せずイデオローグな生活闘争史への刻印として組織内名声という通念的外聞に身を絆すのみの労組の精神史の勝利と凱歌。手段それ自体の目的性への惰力。<br> 創業者一族の私利私欲とその権力の周縁に寄食する雇われ使用人の個々の保守反動性を打破し駆逐するその目的に於いて要求書を提出し断固たる交渉術を駆使し、人間疎外の資本の軋轢を真に人間解放へと向かわしめる精神闘争へと昇華止揚する大労働運動史へと鮮烈鮮明に刻印すべく彼らは闘っているとでも言うのか。独裁独占的寡占化傾向の放縦を監視管理していく民主集中の運動論はいつから世代間を超えた魅力を失ったのか?時代の潮流的事実としてその輝かしい歴史は闇と化したのは事実のようだ。今後、宗教右派なる勢力の興隆隆盛は目を覆うばかりとなっていくであろう。何故なら彼らの求心力は個々の内的必然を活性化させうる何かが存在するからである。<br> 労働=人間疎外の図式打破すらできない従来の労組に未来など無いからだ。<br> </p>
</p> <p>2004.11.18(木)5237@<br> <br> 急激に寒くなってきた。そろそろ灯油の買い出しの時期だ。夕方頃から雨が降り続く。変態事件も発生している。<br> 家に帰ったら日常雑事は忘れたいもんだが。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.17(水)5218@<br> <br> 横田めぐみさんの3枚の写真。様々な憶測が流れ飛ぶ。ジョージ・オーエル「1984」のような管理国家の北朝鮮ならではの情報管理。一人の人間の歴史を隠蔽し歪曲し虚飾する国家意思の発露の一端を垣間見る3枚のスナップだ。<br> 子供だましなこの所業に対して民主国家・日本の対応はどうなるんだろうか。55年体制という与野党馴れ合いの時代から親北朝鮮外交の利権擁護を温存拡大してきた日朝外交史を分析しても今日の対日戦略の命脈は継続継承されているように思われ。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.16(火)5197@<br> <br> 北朝鮮のやり方に過剰反応することを煽るつもりはなくても「経済制裁」しかない。それでもだめならどうなるのか?対話と言ってもどんな交渉を行っているのかしらという問題。<br> 国民のフラストレーションが北朝鮮によって煽られているこのタイミングで憲法論議も喧しくなっていく。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.15(月)5173@<br> <br> ファルージャで香田青年のパスポートが発見された。またこんな報道もある。<br> </p> <p>「イラク中部ファルージャでの制圧作戦を続ける米海兵隊が14日、白人女性とみられる惨殺死体を発見した。AFP通信が伝えた。英国とポーランド出身の女性2人がイラクで拉致されたままだが、遺体の身元はまだわかっていない。拉致された人質だとすれば、女性では初の犠牲者となる。<br> <br> 同通信によると、遺体はのどを切られ、両腕両足が切断されていた。髪は長いブロンドで青い服を着ていた。約2日間、路上に放置されていたらしい。」<br> <br> 今、ファルージャで何が起こっているのか。情報戦の一環として米国サイドの情報が一方性でもって流れるだろう。</p>
2004.11.14(日)5154@<br> <br> 紀宮殿下結婚内定の報。夜、整体院へ。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.13(土)5122@<br> <br> 来年4月から施行実施される地方税制のエースと言えば「外形標準課税」だけれど、事業所税として非常に中小中堅の企業は打撃が強いので業界的にも発案時の反発は凄まじかった。ところが、東京都知事の石原慎太郎がトップダウンで大衆迎合しやすいようにベニスの商人よろしく貸し渋りの都市銀行を狙い撃ちにして先達をつけた。結局は銀行側が裁判に持込み、税制平等の原則を逸脱するとの司法判断で至極真っ当に慎太郎サイドは敗訴決定が下った。とんだ茶番劇だったわい..ではすまされない波及効果があった。歴史は振り返ってからでないと推移進展の渦中においてなかなか判じ切れぬ動態分析の難しさがある。<br> その先駆的役割は国政レベルを凌駕している。あれだけ猛反発だった税制を鮮やかに確実に大衆浸透させた。戦略的に国粋の経済法制ムチの都知事にリコメンドした都庁官吏の面目躍如たるや、だ。その直近史を思うに付け今回の都の教育問題の先鋭化は危惧してもいいんじゃないか?奉仕活動の必修化問題だ。<br> <a href="http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20041111k0000e040041000c.html">http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20041111k0000e040041000c.html<br> </a>根底には裁判員制度と同じで統治権力による動員システムの問題性であって教育の領域に公的名目で動員徴用できるシステムのインフラを整備する狙いがあるとの危惧すらある。これが愛国を教育の大義に変更し軍事教練を手段化した徴兵システムにいとも簡単に転用援用でき得るのではないかい。愛国義務化の論理矛盾と同じく奉仕義務化の論理矛盾。報道ステーションで石原慎太郎都知事が古館に「天皇が強制はよくない」と君が代問題に異例のお言葉があってそのコメントを求められ反論していた。意固地なまでに興奮感情的言辞を繰り返す現役作家のこのお方。とんだ猿回しを演じさせられているようにしか見えない。<br> <br> </p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.13(土)モバイル@5107<br> <br> ビックカメラやさくらや、ヨドバシカメラなどなど、ポイント還元という顧客囲い込みの営業戦略が、昨今当たり前になっている。ポイントを貯めて「次回にご利用下さい」全く、うまいもんだ。<br> 僕賃も2年前、新宿東口のさくらやでファイルメーカーを買ってポイント4000をゲット。有効期限2年なのでもったいないな、ってことで必要家電の布団乾燥機を4000円値引いてもらった。なんか得した気分になったけど、本当にそうかしら?<br> 後値引き次回購入時値引きの妙味ってもんは財務諸表上にもろ生かされるし最大の効能は客に「なんだか得した気分にさせてここでまた買おう。ポイントゲットしよう」ってことになっちゃうわけね。でもさ、本当に得しているのかどうか。客からみれば購入時にその分値引の入った正味の売価で買う方がいいに決まっている。またポイントの期限設定でもって客に再度の来店を促せるし運良ければポイント消失でもって値引き還元分の損失も利益確保できる。<br> 不思議なもんで僕賃にしたところで、4000円分の買い物が無になる前に買いに行かなきゃって来店して実際に売り場で買い物を始めるや否やどんどん購買心理は刺激されあれもこれもとエスカレーションした消費行動の衝動に突き動かされていた。挙げ句、新たにポイントゲットし「また買いに来なきゃ」って決意してるって。<br> さて得した気分で家路を急いでいるとゴールデン街の抜け道で警官二人に職務質問。自宅から自転車で買い物のその帰り道。自転車盗難の職質だ。この大都会の大東京の白昼に公僕警官から職質。こっちとら納税者にして有権者であって、この体たらくの公的サービスの不快感から「なんですかね?僕がこの自転車を盗んだってことですかい?なんなら防犯登録見せましょうか」って感情的切り返し。折角のさくらやポイント還元の浮かれ気分は完全に撃沈したわい。人を見たら泥棒と思え。安全神話崩壊のこのファッキンジャパニーズのコミック雑誌はもういらない、だよな全く。<br> </p> <p></p> <p>
2004.11.12(金)5093@<br> <br> さて金曜日。なんやかんや忙しい。ワイハ帰りで面接やるって?<br> 西武鉄道株、上場廃止決定で売り殺到!<br> 会社退けて、飯田橋の「白ゆり」で盛り上がる。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.11(木)<br> <br> アラファト死去。そう言えば債権回収で張り切るF井氏。前任者からの引き継ぎも漫ろに一人、気炎を吐いております。まぁ精々、ガソリン切れになることなく頑張ってチョ。原油高騰のまんまだし。<br> </p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.10(水)<br> <br> 小泉さん「自衛隊が活動するところが非戦闘地域」。凄すぎる..。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.9(火)5051@<br> <br> 神田でセミナー。仕事を終えてからなので非常につらかった。正直いってセミナーの内容自体は面白くない。<br> 「特命係長」復活。<br> </p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.8(月)5030@<br> <br> ファルージャ掃討作戦が大規模に行われるイラク情勢もブッシュ2期目に突入と大いに。<br> 石原慎太郎東京都知事、古館と感情的に言い合いやってる。なんかなぁ。</p> <p></p> <p></p>
2004.11.7(日)4984@<br> <br> そう言えばディトレーダーのhanabiの休日ってもんがね。2億儲けて休日どう過ごす?ネットで資産形成涙ぐましき奮闘サイト運営している連中が地団駄を踏むかどうかは登山家がヘリコプターで山頂にやってきた山岳愛好家の皇太子を心底軽蔑するその心情に共通しているだろう。蔵書家が掘り出し物の古文書を入手するプロセスに最大の喜びを見いだすって話にも共通のさ。でもなぁ現金の事実性はある種、絶対性だ。経済概念の有用性があるのであれば、時間概念と併せて語るに足りずであって、資産は投資か消費かによって使い道が大別されるけれども投資は手段で消費は目的と単純明快でもない。我が社の会長は僕賃が新入年度に昼食を御馳走してくれたその時、国立大学である東京大学を卒業し、無くなった創業者の父から「お前は国立大学を卒業し金がかからなかったから褒美をやろう。外車がいいかゴルフ会員権がいいか」と聞かれ「ゴルフ会員権」にしたのだそうだ。「君ねぇその会員権が今はいくらだと思う?9000万だよ。もしねそのとき、外車を採ったとしてとっくに廃車で跡形もない」どうだ私のこの投資哲学は!わはぁはぁぁ。踊るぽんぽこりんのあの狂騒の時代ではあった。<br> 確かに僕賃が平成元年のバブル絶頂期入社なわけで。その当時はそれで良かったかも知れないが、この平成16年においてそのゴルフ会員権の実勢価格はいくらだ!そのころの会社の資産形成の消費と投資が浪費とリスキーバブル化していた厳然たる事実ってもんがさ、バブル当時のハワイコンドミニアムのような不動産投資・数々の株式投資・数々のゴルフ会員権は今どうなっている?その時代変遷に即した経営理念まで併せて考えるに驕れる者、久しからずの理は平家全盛衰滅の歴史輪廻で考えて明白であろう。</p> <p></p> <p>2004.11.7(日)モバイル@飯田橋4984@<br> <br> いつも座るモバイルカフェの定位置は込み入っていて断念。二階に初めて上がってみた。イスがクッション抜群のゆったり系。奥行きの広いフロアーは窓外の風景も俯瞰できてなかなかいいじゃん。そう言えばネットTVの丸激を観ていて面白い見解があったっけ。<br> 「他品種メディアの乱立・澎湃の米国メディア事情の皮肉な波及効果は多事争論なるべきオピニオンを選択受容サイドの硬直性の加速を結果的に煽って、むしろ懸念すべき対立二項に先鋭化してさえいる」のだという。怖いもんだね。メディアの単一思想性ってもんが連続性と継続性を帯びれば運動論組織論の顕在化したオピニオンしかあり得ず、それへの盲目的無思考な享受へ社会全体を方向づけちゃう。怖い怖い。<br> その果ての全体主義の怖さだ。でもなぁ愛国の世論形成の果てには国防論議が絶対に予感できる。愛する我が祖国が他国からの卑劣な侵略にあえば命を賭して守り抜くその御心への御忠義を学ぶことこそ彼らの愛国教育であって。その具体的行為ってもんが徴兵への積極果敢なる参加であって。なんか前時代な空気が色濃くなってきました。他にいないから大衆迎合の隠れ蓑で国家主義なる憑依を暴けもせずますます増長させるだけのファッショ体制ってもんがこの近未来の日本の社会状況を決定づけるのであれば昨夜の中華料理店において酔っぱらいが大声で政治論議の唾を飛ばす醜態への見返りともならず。テロ戦争への派兵ってもんが九条障壁打破にあって時代認識の相当ずれたその軌道修正にあやかって時代変遷に準じた原理原則のスライドチェンジに可憐さはあるのかどうか?
2004.11.6(土)モバイル4971@<br>
NHKが久々、ジャーナリズムの原点たるヒュマニティ溢れる災害救済報道を行うので韓国ドラマ「美しき日々」は流れる。つまらん。
デフォルト設定のblogは更新アップが簡単でいいんだけれど既製品化していてなんか物足りない。そこで有料バージョンをライブドアでは用意している。ここの面白いところはネットコミュニティに入れてアクセスカウンターが上がるみたいね。個人でサイトを運営していてもなかなかアクセスは増えない。増やす必要もないわけでね。でもそれで商売しようと思っていたりアプリシエイトで金儲けしたい連中には満足できないだろうけれど。ライブドアの「社長日記」とデイトレーダーHANABIの「投資日記」がアクセス上位のblogだね。<br>
ライブドアじゃないが作家・室井佑月のも面白い。<a href="http://muroi-yuzuki.cocolog-nifty.com/blog/">http://muroi-yuzuki.cocolog-nifty.com/blog/</a><br>
更新のレスポンスと連動性に機動力が加味されてみたいな。<br>
さて聞いた話だけれどとある会社では社員一人一人に実名と顔写真を翳した個々人のホームページを会社のホームページに格納するという。これはネット上に個人情報を自分から流すことになって甚だ危険な行為と思われ。情報発信力といってもネットで公開するリスクの総合判断はやらずじまいで情報セキュリティ上のセオリーにも抵触していると思われ。</p>
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<p>2004.11.6(土)<br>
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本日、土曜出社。与信設定を巡って打合せ。なかなか立場が低いと相手に対してカードは切れない。対外的に機能しない与信なんてクリープを入れない珈琲かもよ。それにしても業界再編の動きはOA業界にも当然ある。Rグループが来年、販社統合で地域別営業体制を各企業別に再編する。企業別にどうやらドラスチックな格付と与信対応をとってくるんだろうね。まさに、金融事務屋のお仕事なわけ。財務体力を定量に査定しあとはその補足情報として定性でもって訂正するんかい?世襲制の創業者利益を継承して自分のビジネスモデルなんか出せっこないお飾りお気軽御輿なる代表権保持なだけの御仁は今何処?アロハワイハで夕陽に向かってゴルフボールを打ってるって?全く最高の定性評価得られるかって?</p>
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<p>2004.11.5(金)<br>
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アラファト危篤で中東情勢に不安感増大。ブッシュ再選で日本のテロ戦争参加要請増大。金曜夜は飯田橋。レトロ調でゆったりくつろげる。生ビール350円にポテトチップスのおまけが。</p>
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<p>2004.11.4(木)4918@<br>
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ブッシュ再選の余波。天然ダム水かさを増す。祝日開けで曜日差ボケ。明日は金曜日。どうにも月曜日な憂鬱。幸いなるかなここ一週間は快晴が全国的に続くという。さてアラファトの容態が深刻化しているという。</p>
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<p>2004.11.3(水)4867@<br>
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良い天気。朝、TBS「ウォッチ」にライブドアの堀江社長が生出演して昨日の落選敗北についてコメントしていた。「楽天の社長もライブドアの社長もどっちとも嫌い」と結構、女性に人気のない両者ではあるがライブドアの堀江社長についてはメディア露出の戦略が効を奏したかどうかは知らない。<br>
所詮、野球。されども野球。
小林麻耶アナが素敵。お天気コーナーで森田キャスターの右隣でもって素敵な笑顔が弾けている。笑顔の伝染あるかもね。<br>
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<p>2004.11.2(火)4855@
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朝、出がけにネットやっていた。女の子の写真をクリックしたらいきなり、こちらのIPアドレスが表示され「入会登録されました。つきましては4日間以内に17000円振込下さい。期間を過ぎますと高額の延滞料金をご請求いたします」とかなんとか。正直、なーんもわからんから若干慌てるも、架空請求の如きネット不正請求の類だとぴーんと来た。少し憂鬱になるも会社に行きネット検索すれば結構、有り触れた典型的ネット不正請求であると知る。その対処は「無視」あるのみだってさ。全く、画像にリンクを埋め込んで入会登録済みに勝手にするなんぞは、ふざけたやり口だ。契約は当然、成り立たない。店に入っただけで入店即売買成立なんてあり得ない話だからね。しかも、リンクに埋め込んで騙しているわけで。IT産業のいかがわしさはこんなことができちゃて世間に周知の事実として流布していないことね。何も知らない真面目な人間は関わりたくないも一心で言われたとおりの金額を律儀に振り込んでカモリストにエントリーされるわけか。あほくさい。<br>
新規参入球団問題は楽天の勝ち。ライブドア落選。その記念にLIVE DOORで<a href="http://blog.livedoor.jp/mactatuki/">Blog</a>を作成しておく。明日は文化の日。</p>
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<p>2004.11.1(月)<br>
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師走まであと一月を切った。個人的には終末感の色濃くなる時期が好きだ。終わりの始まり。梅雨明け前の集中豪雨であったり夜明け前の暗闇であったり、始まりをフラッシュバックする真昼の月のような倒錯感がそこにはある。<br>
本日、新札お目見え。市中に70兆の紙幣が流通する。世に言うタンス預金が20兆あるそうな。旧紙幣も新紙幣へ交換する際に思わぬ預金化やら消費行動に結びつくかなんて意味がない。<br>
人間って現金紙幣を目の当たりにすれば「大事にとっておこう」という超保守な心理が出てくると思われ。<br>
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<p>2004.10.31(日)モバイル4811@
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飯田橋から銀座へ。最近、アップルがiPodの新作を発表した。今度のiPodは音楽を聴くだけじゃなく写真も閲覧できちゃうらしい。ネットで知ったとき「売れないんじゃないかしら」って思ったけれど実物を触った感触もそんな感じだ。携帯ってもんは無駄なことは極力省くことでモバイリングの真価が問われると思われ。制作サイドのマスカキではいかんわけ。まぁバリエーションがあった方がいいかしらんがね。さて階段で上に上がる。iBookの値段が手頃になったんでそろそろかってな感じでテキスト打ちの感触を試した。でも断然、パワーブックの方がいい。でもなんであんなに熱いんだ。気持ちが悪いくらいに発熱している。困ったもんだ。今時、ノートしか持ってないセコいユーザーばっかじゃないんでね。家にいて本格的にパソコン使うシチュエーションでノートの機能が突出したってしょうがないんだ。そんなこと言ってるとバイオでもシンクパッドでもいいわけだが。全く。<br>
さてホコテンをブラブラ京橋方面に向かって歩く。今年で創業100周年の文具の名店、伊東屋へ。カレンダーフェアやっていた。もう来年かい?アップル直営店の熱気とインターナショナルなムードとは違って手堅くも高級感ある雰囲気でありました。<br>
日本橋駅内のスタバは家族連れに占領されていてアウト。ジムへ行けば妙齢な女性が会長に昵懇のプライベートレッスントレーニングを施されていた。手取り足取り。どこか●戸●紀ちゃんに似た感じの色気を感じたのは僕賃の貧困なる想像力の陥穽かしら。もう姓が変わってるらしいけど、アホ臭。<br>
スポーツジムも最近は栄枯盛衰が激しい。我がジムはプロ競技選手も通う知る人ぞ知るジムではあるがそんなに資本があるわけもなし営業力旺盛で華やかなわけではない。少子高齢化で高額医療に罹る前に予防的に身体能力を高めましょうとロートル男女も最近では多い。だって彼らは十分なる余暇人生がたっぷりあっからね。多忙な貧乏リーマンなんて会社に酷使され健康管理の自己管理なんてやる気力も金力もない、ない。成人病にでもなって往生しなはれ〜ってか。懇切丁寧がモットーの会長のトレーニングレッスンに絆されて美人会員の急増を願いたいところだけれど。全く横着なダイエットだけじゃ綺麗にはなれない。</p>
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<p>2004.10.31(日)モバイル<br>
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そういえば日大卒・広告代理店勤務のソウネンのハナちゃんと夏目坂でばったり。この坂の名称由来はかの文豪・夏目漱石の生家跡があるからなんだけれど、この坂って最近、廃業ラッシュのスロープなわけ。発端は昨年、立ち飲みとサテンの突然同時閉鎖に始まり、焼きたて自家製パン屋の夜逃げ同然閉鎖、それにセブンイレブンにデニーズの同時廃業と続き、老舗・三河屋の閉店。人生の坂道を転がり下りるが如く。文豪は記した「情に流されれば竿が立たぬ」運鱈感鱈。<br>
人生の風格色濃いハナちゃんはミヤケンさんを引き連れてポスター貼りの途中だったみたい。そうか、国政はしばらくご無沙汰だけれど来年は統一地方選の前哨なるもんがあったっけ。明日の早稲田駅頭で、日共の大山おばさんが立って「イラク自衛隊撤退」を例の青年の死に託けてぶち上げるんだろうな。自己責任論ってもんは今回、どう風が靡くか知らないが「平和ぼけ」と謂われ続けるこの国民性の根元に憲法九条がもしあるのであればその条文改訂でもって真の愛国が根付くとでも。米長名人は将棋は指せても教育までできんのかは何のその法相の例の如くでしょうが、今上天皇陛下に「強制はいけません」って国旗掲揚・君が代当人からお叱りを賜ったわけでね。自重自嘲。<br>
さて滅法の話をしたけれどハナちゃんあんまし乗り気なし。教説への教学態度は活動や戦いにはあんまし意味無いのかしら。ようわからん。</p>
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<p>2004.10.31(日)モバイル4803@<br>
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昨夜は思いの外、睡魔に絆され毎週楽しみにしている「美しき日々」をタイマー予約して就寝する。公共放送を標榜し放送法によって国家審議でもって予算が編成される「皆様方のNHK」は最近、不祥事が噴出し海老原会長の辞任要求が内外共に高まっているわけだがこの放送局ほど、番組時間を自分勝手に変更するところもない。ささやかなる視聴者の悦楽を無惨にも打ち砕くこのNHK ...。懲罰懲罰。<br>
今朝起きて、愛しのマイスイート・チェ・ジウ嬢を観ようとVTRを作動させると「12時20分に変更になりました」と再生画面にテロップが流れる。「オイオイ」声に出ちゃったよなー、全く。<br> 新潟で地震に呻吟する被災者やイラクで斬首された香田青年らの悲劇もさることながら自分の小指に刺さった棘の不快や目に入ったちぃっちゃなちぃっちゃなゴミの不愉快の方が誰しも早急の対応を講じるもんじゃないかしら。小市民であろうがプチブルであろうが関係ない人間の目先欲望達成の眼目ってもんはさ。練炭煽って死ぬのも自由。制止振り切って斬首されるも自由。この世こそこんなにも自由が横溢した時代は無かった〜!!<br>
「長生きしててホントよかったわ」クリーニングのおばさんが僕賃にそう言った。何をそんなに大袈裟なって思わなかった。全然。心の琴線に振れる名作傑作ドラマが今流行りの韓国ドラマであっただけのこと。<br>
「日本のドラマは心に響かないわよね」全くその通り。このご時世、御婦人達を虜にする名作をその秀逸なるコンテンツを発信できるかどうかがこの先何十年間の命運を制していくのは明白だ。後発のTBSやらテレ朝やらはレースにすら参加しておらずはっきり言って筑紫外してでも、はたまた、報ステ外してでもじゃないかしら。<br>
<br>
今朝の毎日の朝刊に瀬戸内寂聴のコラムに「正法・像法・末法。そして滅法」と釈尊滅後の時代相区分が語られていた。滅法....。そんなの聞いたの初めてだよ。末法万年ジンミライサイってどうなるんだ?単に教説上の時間概念ってことに収まらず教義そのものにスキームチェンジのパラダイムを投げかけてないかい。末法の次は滅法。そうなると真なるアナーキーワールドが待ち受けているってことかい?ようわからん。</p>
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<p>2004.10.30(土)4789@<br>
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天気の崩れる週末の天恵ってあるのかどうか?
香田青年の遺体確認の手続き報道が錯綜する。そもそも武装集団の論理は自説完遂のあらゆる手段化において自己正当性の自家撞着の特質を持つ。他者からの説得に屈服し理解を示すことなどあり得ない。<br> メディア報道によればビン・ラディンがまたしてもテロを予告した。「テロを食い止める唯一の方法は米国民一人一人にある」という。これは米国大統領選を11/2に控えた反ブッシュの選対効果をもたらすのかどうか。アラブの魂が親米・親ユダヤになることは金輪際あり得ないとするならば永遠戦争なわけで、どちらか一方が死に絶えるまで行われる凄惨且つ愚劣なる聖戦になる。戦いに勝つことを考える前に如何にして非戦できるか反戦できるかという論点の精査を行うべきであって。<br>
ブッシュにしたところでケリーにしたところで超大国の米国スタンダードな手法になんら変更なしだ。それは権力という魔性に準じた人間性の暗部の拡大再生産を国家レベルまで否、国際関係レベルにまで拡散させている現状下では変更不可逆な政治現象であって。<br>
平和旅を行う宗教家もイスラムの世界では実績がない。だってユダヤにメディア統制の共闘を組んだりしてるわけで。アンネの日記がどれほどに反イスラムに利したかは現実主義的に冷徹分析すべきであって。戦争という蛮行の相対主義的分析を怠慢した絶対化論理の陥穽は平和学習では金輪際、不可能なのだろうか。悪を悪と談じ断ずるその単純性の純化こそが善人の無意識なる悪事遂行に相乗的過剰性を付加すると思われ。</p>
<p></p>
<p>2004.10.29(金)4782@<br>
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「ローマの休日」をテレビで観た。オードリー・ヘップバーン、不朽の名作。「この映画は全てイタリア・ローマで撮影された」とオープニングの字幕に書かれていた。歴史と伝統が現代に息づくローマを舞台に皇室儀典に明け暮れる天真爛漫で好奇心に満ちあふれたアン王女が「ライ麦畑で捕まえて」よろしく「一日好きなことだけ」するために滞在先を抜け出す。そして敏腕記者のジョーと出会う。彼女はローマを案内して貰いながらロマンスの渦中へ。自由な生き方、人に指図されない人生の素晴らしさを明示しながらその限定された時間と場所こそが「映画」にも凝縮されている。<br>
映画の中のローマ。ローマの中の映画。<br>
「歴訪されたどこが一番好きですか?」とアン王女が記者に質問されると、儀礼的に「歴訪したそれぞれにすばらしかったです」と答え、しばらくして「ローマです!ローマです!」と満面に笑顔をたたえて叫ぶ。素晴らしいシーンだ。心に刻まれる名場面である。<br>
当初、記者のジョーはアン王女のお忍びの休日のトクダネをモノにしようと目論んでいたけれど恋の当事者になってしまい取材対象から客観できなくなる。切なくもほろ苦いテイストがこの映画の妙味だ。</p>
<p></p>
<p>2004.10.28(木)4761@<br>
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月末に近づいている。「黒革の手帳」が人気らしい。悪女ぶりが話題の米倉凉子主演だけれども脇を固める俳優陣の「色とカネ」に溺れる欲望亡者のリアルな演技は迫力がある。悪の華の魅力はいつの世も...。</p>
<p></p>
<p>2004.10.27(水)4750@
またしてもイラクで日本人が拉致され自衛隊撤退の解放条件を突きつけてきた。全く「自分探しの旅」がとんだことになっている。
2004.10.26(火)4740@<br> <br> 被災者10万人を超えたという。被害の実態・被災者の窮状を伝えるのはマスコミしかできない。この事実に立脚して冷静に報道を見据えるしかない。この東京では何十年も前から大地震の予知が為されているわけだがそのもしものときの備えをしたところで然したる効果は望めないだろう。圧倒的物理状況下では為す術はない。天命...ということだ。</p>
2004.10.25(月)4730@<br>
風邪がはやっているようね。微熱発熱悪寒に寒気。体を労ろう。</p>
/p> <p>2004.10.24(日)モバイル4716@<br> <br> 新潟で地震発生。震度6強3回の被害甚大。連続台風の次の地震。しかも24号がもしか...。被災者の映像がマスコミによって流される。悲痛極まりない。全てのメディアは感情報道の坩堝と化す。総ジャーナリズム状況だ。米国の国賓パウエル来日で小泉首相は会談後、官邸入りするそうだ。発生直後は映画祭に出ていたそうな。芸能人有名人を殊の外偏愛するこの人物は被災で苦しむ塗炭の民には思いも致さぬ事実がここでも露わ。この冷酷な丸投げ体質はもう治るまい。95年の阪神大震災の発生後、当時亀井静香建設大臣は東北に出向いていて国会で野党議員に追求された。村山総理は現地入りして被災者に詰め寄られた。自宅倒壊の芥川賞選考委員である宮本輝は著作の中で「何か大きな陰謀を感じる程、救済活動の遅延に激しい怒り感じた」という趣旨で政府を批判した。<br> 自然災害の天災に対して事前事後そして事態進行中のこの今、防災予防の人為を超越したこの事態に人間はただ平伏すのみなのかどうか。<br> 今朝の主要新聞各紙の朝刊は安全神話の象徴である新幹線が高架線の直中で脱線している特大写真が一面に掲載されていた。この事故にもかかわらず乗客が無事であった安全装置の凄さはもっと知らされていいわけだがこの10月、この国に連続する異常事態は安国にして立正の原理原則がまさに今、人知人為を超えたアラーム乱打の開目へ通じている。テロ対策の偏重がこの自然からの呵責でもって人心荒廃のエスカレーションを喧しくも賑やかに。</p> <p></p> <p>2004.10.23(土)モバイル4706@<br> <br> 昨夜は金曜夜、久々の生ビール(生搾り)をジョッキで4ハイ。日本シリーズは4敗したら相手の勝ち。中日が西武に王手をかけた。<br> <br> 聖なる喝采。今夜も妙齢なる女性とのランデブーは予定されているのかしらって?昨日の昼休みの昼下がり、タバコを吸いに来た元ボクサーの先輩社員のI氏に僕賃が、「会社もそのうち全館禁煙じゃないですか?タバコ吸って仕事の効率が上がったって聞いたことないし。吸うの止めた方がいいですよ」って口火を切ると「そんなことはないよ。こうやって体を痛めつけながら国の税金、払って凄いよな。俺って」「JTが儲けてるだけじゃないですか。昨日の新聞でも喫煙者が30%割ったって書いてありましたよ。それにタバコが原因で火事も起きるし、知ってました出火原因第二位が寝たばこだって、ちなみに第一位は放火ですけどね。大体、止められなくて吸ってるだけでしょ。依存症やら中毒なだけでなーんにもいいことないですよ。タバコの有害性は科学的にも証明されてるんですから」<br> 全く、以前、労働組合幹部のF井氏とやったタバコ談義を思い出した。F井氏は自分の孫の前ではタバコは吸わないと明言し、我々の前では平然と吸っているその自己矛盾を僕賃に指摘され押し黙った。氏の憲法論議の希薄な陥穽なる感性をそのとき醜悪にも露呈させるに十分な事態であったっけ。</p> <p></p> <p>2004.10.22(金)4699@<br> <br> 何のその今度の法相、国会答弁立ち往生。勝てば官軍、俺流韓流..。<br> レッドソックス祝賀騒ぎで警官隊。女子大生脳天敵割りにてレッドヘッド、履いていたのはホワイトソックス?<br> 横浜も阪神も巨人もスカウト買収疑惑にてオーナー引責辞任..。常識ではオーナーは責任とらんわけで小振りな子飼いオーナーの馘首ってもんは資本の私物化を継続するセレモニー儀式に過ぎんワケで。</p> <p></p> <p>2004.10.21(木)4693@<br> <br> 西武の株売却問題。トップセールスのいかがわしさ。ここでプロ野球で西武が日本一になっちゃったらご祝儀ってことで....。<br> 「血と骨」が面白そう。ビートたけしが凶暴な在日朝鮮人役を演じる話題作らしい。「海燕」でも伊東美咲がエロスを演じるけれど鈴木京香がたけしにハードコアされるシーンがあるそうな。前張り痛いんで乳当で局部を隠したたけしの撮影珍話も面白い。
<p></p> <p>2004.10.20(水)4680@<br> <br> 台風一辺倒の情報空間。今夜は残業も無しで帰宅しないと。これから明日未明までやばい。<br> 天変地異..。</p> <p></p> <p>2004.10.19(火)<br> <br> 仕事を終えて神田でセミナー。次回は11/9。さて、雨脚が強くなってきた。</p> <p> </p> <p>2004.10.18(月)4661@<br> <br> またしても台風襲来。23号の次は24号もね。さて明日はお勉強だ。<br> </p> <p>2004.10.17(日)モバイル4642@<br> <br> 民法否、商法否否、民放の韓国ドラマ放映ブーム第二弾はフジテレビ。韓国芸能界の最新情報と秘蔵映像を十八番に昨日より、スタート。<br> MCの佐々木恭子アナが日本語ぺらぺらの韓国人アナウンサーに「韓国ではどうですか?」と日韓アナアナの二穴でもってバラエティエンタメをやってくれているわけだが、気になったのは「韓国の兵役」での韓国アナのコメントだ。<br> 「兵役から帰ってくると男らしくなっていいんですよねぇ」だって。なんとも表層的っていうか無見識だこと。<br> 兵役って単純に言っちゃえば国軍に帰属し軍事教練されて愛国の士になるってか。普通の国家って大変だ。学問も技能も職種も無視して国を軍隊で守れって教練するんだから。軍隊の無い国家であるはずの我が日本では憲法違反の行為なわけで他国の大統領選でコメントしたからって内政干渉って言われて萎縮しなくて靖国参拝通りに堂々と自説を貫けってか。ある体液否、退役自衛官が言った「我々が血と汗で守る国家の国民に何ら尊敬の念をもたれぬことに悔しさと自虐すら覚える」とは的確表現ですな。これぞ自虐史観なり。<br> 何となく肉感濃い東大卒の佐々木アナが「韓国イケメン俳優にあって日本人男性に欠けてるのって兵役だから」みたいな感じ?<br> 人間教育としての軍事教練だと。愛を演じるには国家への忠誠愛が根本だとでも。その裏切り者がプロ野球やあのソン様だったって?「国家の意思に従います」兵役逃れがバレて開き直った人気俳優もいれば、兵役入隊直前に写真集とDVDを緊急発売しそのプロモートで来日した「はにかみの貴公子」ことウオンビンは男らしく「兵役行って来ます!」で男の株が上がったみたいな。そもそも論ってテレビは一切やらんけどね。フジサンケイは憂国の愛国でもって徴兵だの兵役だのは大賛成だろうけれども。軍事教練って要は人殺しの技術を学ぶんでしょうが。軍隊って何をやるのかってことの是非でしょうが。イラク攻撃で徴兵された兵士の中に米国国会議員の子息はゼロだったってことでわかるとおり、軍が国家風土に根ざす文化性ってものを吟味していかないと思う。<br> </p> <p></p> <p>2004.10.17(日)モバイル4638@<br> <br> 日本晴れの快感。秋晴れ。今回の丸激は引きこもり問題について。<br> <br> 第186回 [10月15日収録] <br> 集団自殺や引きこもりの根底にある「心の闇」とは何なのか<br> ゲスト:斎藤環氏(精神科医) <br> <br> ネットで知り合った若い男女による集団自殺が相次ぐ一方で、社会との接触を避けて家に引きこもる若者の数も100万人に及ぶと言われる。日本人の、とりわけ若者の心に、今一体何が起きているのか。<br> 思春期・青年期の精神病理に詳しい精神科医の斎藤環氏は、他者とのコミュニケーションがうまくとれないことからくる疎外感が、若者の「心の闇」の背後にあると指摘する。しかし、それがうつ状態や引きこもりまでエスカレートしてしまうのには、もう少し複雑な背景があるようだ。<br> 斉藤氏はまた、年間3万5千人近い自殺者の多くはうつ病もしくはうつ状態にあると見られ、精神科医の診断に基づく正しい投薬によって、そのうちのかなりの数を救うことができるだろうとも言う。 <br> 確かに、うつ病やストレスなどで精神科医を訪れる外来患者数はここに来て急増しており、精神科医にかかることへの偏見も無くなってきている。しかし、その一方で斉藤氏は、安易に精神分析や薬に解決策を求めれば、問題の背後にある社会構造や人間関係の問題が放置される危険性もあると警鐘をならす。<br> 現代病の象徴ともいえる引きこもりや精神疾患はなぜ増えているのか。背後にどのような社会的要因があり、精神医学はそうした現象に有効な答えを出せるのか、斎藤氏とともに考えてみた。他、BSE最新情報、記者クラブ裁判など。<br> <br> 今回の丸激はなかなか興味深いテーマだ。誰だって落ち込んだりふさぎ込んだり、モラトリアムな、ぬるま湯の現状追認保守反動に陥ってしまう心的傾向性ってあるよね。そんな時、精神科医って身近に欲しい。主治医としてね。欧米では極ありふれた存在になってきているそうね。政治で言えばヤマタク氏のような存在。小泉ソーリに助言を呈する役職の首相補佐官ですね。元愛人の山田かな子の言い分はさておくとしても「英雄色を好む」で非凡にしてオリジナリティの高い性癖を総体エナジーとして政界復帰を目指す男・ヤマタクの補選や如何に。選対かまして組織は動くか。僕賃はヤマタクを嫌いではない。コップの中の嵐であった加藤の乱のクライマックスシーンは「大将は動かないで下さい」と縋る現財務大臣氏とその真正面に不動山の如く泰然自若たるヤマタクはいっかな微動だにもせず。腐った蛙の面で乱心の加藤と同じ絵の中にいてかくも違うヤマタクの風貌の凛々しさは僕賃には印象に残るわけでね。党内復帰であれだけの正論を言い放って異彩無派閥の加藤紘一も小里派の最高顧問に復権しちゃってしぶとすぎ。逮捕と引き替えの議員辞職も選挙で禊ぎ、結構な塩梅で。<br> さて自責と他責の相違点を上げて真性鬱と擬制鬱の概念説明には思うところあったね。責任問題の処する相違点にこの精神病理の根幹があるんだそうで。自分が悪いのか他人が悪いのかその責任の所在論に行き着くんだそうだ。そう言えば大杉ね、栄えはアナーキーでラジカルに虐殺だけれど、甘粕は嘆願書山積みで無罪放免って知ってたぁ〜?現代史、面白。<br> それから「引きこもり」は政治意識が異常に高いという。しかも民主党支持が圧倒的なんだそうだ。現政権のエスタブリッシュに対し敵意と怨念を存在理由の要因の一つとしてもっているんだそうだ。社会の流動化混乱化を欲しているという。でもさ、経済基盤が崩壊し愛無き親の放置プレイでもって家から外へつまり、引きこもりからホームレスか自殺へと事情変動が起きるようね。それは巨大な犯罪予備軍の増産へ向かうと精神科医の先生は予見する。社会的ノイズを雑音として腐ったみかんとして駆逐排除隔離していく、宮台曰く「デニーズメソッド」なる金かけて心的負担排除でマニュアルとルールでもってスマートに市場原理そのものに処していけば、その度合いは加速するわけで。<br> 面白い指摘で「私的なるマーケット」の企業戦略が時代相と合致して「i」なるアプリやモードやらが、ビジネスソリューションを規定している現状がなおもその対人コミュニケートのパーセプションギャップを生んでいるんだそうだ。怖い怖い。<br> 結局は生命力を旺盛にして勇気を持って生きていけばいいんだってさ。自分の家族に引きこもりがいたらそんなやり方で対処すればいいんだってさ。/p>
<p>2004.10.16(土)4625@<br>
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完全週休二日であったらば今日の土曜日は定休だけれどそうじゃないから出社。しかも健康診断。昨夜の午後9時以降、一切の飲食と喫煙が禁じられていた。レントゲン検診を終えて胃の検査のバリウム飲み下し。全く体に良くない。借金もないのに月賦(ゲップ)が咽喉から喚起されるのを我慢しながら気持ちよくもないわけで..。<br>
Macノートパソコンのパワーブック用バッテリーの交換品が届く。2回目の不良交換で、通販ショップも韓国メーカーのこの製品に関しては疑心暗鬼になっていたようだ。ショップにメールで窮状を訴えたのが先月末早くも3週間音沙汰無し。で、催促したらば「交換バッテリーの発送を終えました」と回答メール。まぁ検証してOKであればよいのだけれど。</p>
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<p>2004.10.15(金)4612@<br>
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朝、会社の前で労組員がビラを配っていた。最近でもないけれど、見積ミスで会社に損失を出した営業マンの給料からその損害分を差し引いての補填が決定された。その事件の波紋でもって組合側の会社への真相究明糾弾の文面のビラをもらう。<br>
このご時世、不景気で営業不振の業績悪化でもって会社はリストラ推進を行い、更なる従業員たちの人心悪化でもってますます業績悪化の悪循環になるわけで。そして懲罰を当て込んだペナルティーのルールアップが為されることで人心に萎縮と忌避なる保守反動の悪循環の始動胎動が...。<br>
でもなぁ、儲かる会社に学ぶのであれば信賞必罰の理こそが立ち上がってこそ。今までがそんなルールすらなかったわけで。無責任体質のぬるま湯でもって経営責任の模糊とした責任転換の必然にローコスト路線はあって、役員報酬の大胆返上のない業績連動賃金の温存..。<br>
思い起こせば、平成になったばっかのころ、「職業選択の自由あーはん」と元YMOの天才ドラマー・高橋幸広がTVCMで宣っていたっけ。空前の売り手市場で就職戦線に異状ありだったあのバブル崩壊直前の狂騒の時空のあの頃が懐かしい。</p>
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<p>2004.10.14(木)4603@<br>
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日本晴れ前日にして部分日食なるも台風23号接近中。<br>
バリウムもヒ素も飲みたくない。週末は快適な天気のようなので楽しみだ。</p>
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<p>2004.10.13(水)4595@<br>
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雨雨降れ降れもっと降れ。国会スタート。小泉ソーリの所信表明。「政治とカネ」ダイエーと西武。プロ野球との関わりは?堤義昭氏辞任。オーナー支配の終焉..。ジャーナリズムの真骨頂が問われるかも。</p>
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<p>2004.10.12(火)4581@<br>
温泉で湯船に浸かりながらなんて言う。先輩風を吹かしても仕事が出来なきゃどーしよーもない。<br>
いじめで自殺する連中はその直前において自虐的なピエロに成り下がり最終的には自分で自分を「虐め」て自らの命を絶つという。内向的に内向的になっていくのだそうだ。その捌け口でさえ背中に青痣付けられてどーしよーもなく.....。お好み焼きにもんじゃ焼き....。熟した秋波によりどりもなく...。</p>
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<p>2004.10.11(月)4563@モバイル<br>
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「深夜特急(5)」を快読中。体験的旅論めいていて面白い。旅から帰ってきた友人の饒舌ぶりに聞く側のこっちも興奮した経験を持っている全ての人に薦めたい傑作だ。若き日の読書体験において本多勝一が朝日文庫で展開する政治的思想的メッセージの臭みを無臭にした体験的取材ノートのような意味合いで。<br>
やはり自由なる精神もそんなこんなの旅をし続けることで体得できるのかも知れぬ。大概の大多数の人間にとって組織や集団に帰属寄宿しその中で自分の役割を無意識に自覚しその任に徹する人生のオールラウンドにおいて人間社会の無機質な官僚機構に没個性化し職務遂行の倫理観も知的批判も放擲した人間性への自己批判なんてもんはあり得ない。数値的螺旋の領域に窒息し自己を見失いながら生きていくその日常性への欣求たる情念情動からの自由への希求こそが思想的自由の発露であった筈が「24時間365日年中無休」の闘争人生とはコンビニも足下にも及ばぬ闘争態勢ではないか。<br>
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<p>2004.10.10(日)4553@<br>
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傘持って、価格COMで検索した外神田のPC SUCCESSへ。BUFFALOの外付けHDの250GBを買いに行く。27980円。最近、動画を大量にダウンロードしているので内蔵の120GBは既に満タン容量不足。起動に差し障りが出ている。台風一過にもかかわらず天気は曇天しばし雨少量..。名実共に日本一の安さが売りのこのショップ。店内は狭いけど良い感じの雰囲気だね。また買いに来よう。<br>
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2004.10.9(土)<br>
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台風真っ只中。凄いことになっている。史上最大級らしい。
出歩くことも出来ず部屋の中で漫然とまったりと時の移ろいを感じるだけ。何気にテレビを見るも台風情報が画面の左枠と下枠にL字レイアウトでもって文字情報を流している。今回は首都圏直撃でもって民放キー局の肌感覚も重なり合っているのだろう。明日朝には太平洋側に抜けるようだが警戒も何も部屋でじっとしてる他なし。
風雨の激しき音。</p>
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<p>2004.10.8(金)<br>
台風22号接近中。首都圏を直撃のようだ。この三連休を利用して引っ越しなんぞうを予定しているところは、最悪のタイミング。
毎回、台風の被害で死者が出る。自然災害で死者が出るそのお粗末さは国防レベルに転用可能だ。つまり、「国民の生命と財産」を守ることが統治権力機構の存在目的であるから。台風地震で死人が出ない社会。自殺者が3万人を越す社会の異常性..。
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2004.10.7(木)4530@<br>
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債権債権。呪縛呪縛。破綻直前には断末魔の瞬間。自己破産への道は内部崩壊からという流れは変わらない。再建再建。<br>
新札流出..ヤフーオークションで99億円。ネット祭りはエスカレーション。
2004.9.30(木)4415@
今年もあと三ヶ月。3/4が終わろうとしている。通販で買ったノートパソコン用のバッテリー2個。結局は2個とも不良。最初の1個はすぐ返品交換してくれたけれど2個目は今、係争中。ショップ担当者のメールによれば「メーカーに確認中なのお待ち下さい」とのこと。ニッチな商品なんだろうが純正品より格段に品質は落ちるんだろうね。品質云々といっても充電できなくなっちゃえば不良だし故障なわけで即座なる対応をとってもらわなきゃね。メーカーの製造上の問題だと思われ。パワーブックユーザーは自分のマシンは大事に大切に使う傾向が強い。バッテリーは必需品だ。欠陥露呈をおそれて流通段階で「調整」していても問題解決にはならない。早々の製造中止がなされる可能性も出てきた。</p>
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2004.9.29(水)<br> <br> 台風21号接近につき、雨ザーザー。月末のこの時期、慌しくも多忙。<br> 頭皮がいかに醜く無様に露呈しようが、焼肉屋に入って「俺、ベジタリアンだから」って自分の頑な食文化を貫こうが、勝ち組には変わりなしってか。<br> <br> 「君の夢は何ですか?」<br> 「いくらお金貯めてるの?2000万?あれ?1000万?」<br> <br> 夢や貯金を聞く人間って聞かれる人間への優位性を隠そうともしない連中が最近、多い。「あいつは、金ためてるぞ〜」って言われる側、聞かされる側って間違いなく言ってる主体御当人に見下されてまっせ。 コケコッコー。</p> <p></p> <p>2004.9.28(火)4402@<br> <br> 台風21号接近。週末はまた雨か。月末処理も峠まであとちょっと。</p> <p></p> <p>2004.9.27(月)4394@<br> <br> 寒い。終日雨。組閣人事発表。郵政民営化推進政権だと。山拓幹事長裏誕生。落選中の元代議士を自分の懐刀にしたのかな。エロ拓。魚拓でもキムタクでもいいじゃん。</p> <p> </p> <p>2004.9.26(日)4386@<br> <br> 終日、雨。気温寒い。「深夜特急(2)」面白い。<br> </p> <p></p> <p>2004.9.25(土)4377@モバイル<br> <br> 発言と責任。重いテーマだ。でも言いもしない、やりもしないってスタンスもあると思う。問題点の指摘。問題提起。問題解決の分析・評論。<br> 言論は言論であって、その中身を論じ合うことだっていいと思うけれど。個々人の「読書と思索」の結果を相互に切磋琢磨する知的な関係というものがあっていいだろうと。行動主義の陥穽はやはり言論を「口先だけの無責任」に全て落とし込む単純にある。もっと聞く耳もってやったがよかろう。カーネギーの「人を動かす」でもそんな趣旨の教訓に満ちているってのに。<br> フリーライターの有田芳生のネット日記に都立大助教授の宮台真司を評して「前頭葉肥大症のお坊ちゃん評論家の宮台某」とあって腹を抱えて大笑いした記憶がある。他者の自分への言説へのコミカルな反応として面白すぎた。運動論組織論に口先の評論家はいらない。でも個々の問題の萌芽を愚痴ったり文句言ったりすることの収拾でもって組織総体を大きくその行く末を判断する機運を感じることだって可能なはずだ。自身の人間革命と宿命転換の具体的な意味内容という点においては自分で思索行動するしかないのだ。<br> 読み物としての優位性を目指して、活字を楽しむ。</p> <p> </p> <p>2004.9.24(金)4363@<br> <br> ライブドアと楽天。仙台を巡って熾烈なバトル展開になっていきそう。自殺した漫画家・ちばあきおの遺作「キャプテン」「プレイボール」は傑作だ。「野球」を通した秀逸な青春グラフィティだ。プロ野球は商売が絡むから経営問題やら業界問題やらのギトギトした問題が噴出する。野球の大衆性に着眼した野球の醍醐味にもっともっと焦点が当たるようになればいい。僕賃は「谷口」のファンだ。才能も素質もない谷口が勇気をくれる。野球を通してそれすら突き抜けて。<br> </p> <p></p> <p>2004.9.23(木)4336@モバイル<br> <br> 彼岸。秋分の日。寺院の多いこの界隈はこの時期、抹香臭い。江戸時代のその昔、参勤交代の職務遂行に合わせて諸国の大名達はお抱えの寺関連をその周辺に配備。その名残が都内名刹となって残挙せられたり。<br> 仏教伝来から今何処。飛鳥・奈良時代の政教一致政策は護国政策の他方的側面として仏教ムードの内政側面もあって軍事よりも文化的勃興を臨む権力者によって統治原理化する。ところが時代は下がって豪族やら武士団やらの台頭席巻による武力求心の統治システムには文化的側面の断裂を否応なしもたらした。宗教支配による指導原理から武力殺戮の実力行使に基づいた暴力抑止のポリティックスの現代史に連綿継承された。<br> アショカ王時代の仏教史上類い希な宗教原理に基づく内政統治の成功も未来永劫への栄華とはなりえずその王朝の最後も結局は殺戮の末の時代の常なる史実蓄積でしかなかったその側面は案外に切り捨てられて「アショカ王の時代の如き理想的な宗教と政治の一体性の叶った時代があった」と喧伝される悪しき歴史転用の罪科や如何に。歴史に学べとはよく言ったものだ。</p>
</p>
<p>2004.9.22(水)4327@<br>
<br>
日テレの韓国ドラマ「ホテリアー」第一話放送。夜、帰宅して録画再生。ネットで全編見ていたのでストーリーやドラマの雰囲気は分かっていた。しかもネットでは第1話は無料視聴できるので再度、見ちゃってた。<br>
もともとオリジナル版は1時間越すのにCM入れて55分間の放送だからカットしまくりは覚悟していたけれどBGMも変えちゃって全くの別モノって感じ。
下手な編集屋の雑な仕事なのが一目瞭然。オリジナルの良さはセリフ回しの韓国語にある。日本語ってリズムが平坦だし感情を込めるにはどうしてもなじまない。ワビサビなんて、いらない。
民放は放送時間をスポンサーに買って貰って商売が成り立つ。平日の午前中なんてのは主婦層相手の時間枠だからなるたけ制作コストと質が落とされる。日テレは視聴率偽装工作や海外職員の使い込み事件なんかで最近もイメージは悪い。さらに巨人の悪徳イメージで球場に観客が来なくなってしかも巨人戦の視聴率も低迷。「NHKが濡れ手に粟の冬ソナのヨン様にあやかるしかない!」で探してきたのが別人のヨン様の「ホテリアー」だった。一切笑わないクールなヨン様ね。ホテルのプールで裸の筋肉隆々のタフガイなヨン様なわけ。茶髪で泣き虫な軟弱なヨン様とは全くの別人役だもの。日テレ主導でブームになればいいけどね。吹き替えのぎこちなさやストーリーのリズムがずたずたのオリジナルの良さが全くなくなった日テレ編集版の「ホテリアー」って視聴者を「アホリアー」し過ぎだ。
2004.9.20(月)4311@<br>
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沢木耕太郎「深夜特急(1)」を読了。香港・マカオ編。作者26歳の決断と行動。1年間に及ぶ貧乏放浪旅。「インド・ニューデリーからイギリス・ロンドンまで待合いバスで行く旅」誰でもできるが誰もやりたがらない酔狂な旅がやりたい。何故バスなのか?作者もわからない。本書は出発地点にまで辿り着いていない旅の前座部分ではあるが旅って人間の時間の区間に過ぎない時系列でもって制限されるわけでその旅の前後もまた面白い。作品の作者時系列からの逆照射だ。作品創作の動機的時間化である。
傑作は読者に行動を強いる。自己批判から行動まですぐだ。新たな行動の源泉は自己批判の自己反省からくる。強いるどころか欲望を喚起する。欲望は行動によって動き出す。旅は時空の現場性へのふれあいであるから日常性からの逃亡という側面を楽しむ内的動機に制約されるかも知れない。</p>
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<p>2004.9.19(日)4299@モバイル<br>
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日曜日の朝はテレビは討論番組が多かったりするんだけれど。
フジテレビ「報道2001」で「朝鮮半島特集」やっていた。反日教育の影響を受けた38世代(30年代生まれの80年代に大学を卒業)が韓国社会の中枢にいて様々な影響を及ぼし始めている、らしい。<br>
さて世論形成を担うオピニオンリーダーは偉大なる指導者だけか。憂国の専門家だけか。歴史法廷の被告席に座る宰相だけか。パワーエリートを自他共に認める高級官僚らだけか。いずれにしても少数派の論理だ。<br>
では「愚民」とは何か。愚かなる民衆。大多数の虐げられた被支配の国民。反対は選民。パワーエリート。支配者。指導者。エスタブリッシュメント。少数派が大多数の国民を都合良く支配・指導するには大いなる団結が不可解だし等質化したマスの操縦操作を合理的生産性向上に有効的に行う。でもって自立自存の個々人は異物異形として排除される。当たり前の組織論理の合理性が働くわけだ。<br>
高校三年になって初めての「日本史」の授業は今も記憶に鮮明だ。当時、高校の日本史教科書の記述で中国に侵略を進出と行政指導した検定問題が勃発していた。その教育現場で僕らの先生は「そんな教科書は使わん。そもそも文部省のやろうとしていることは5%のエリートを作ることにある」と多分に日教組幹部っぽい物言いだったっけ。黒板にサラサラとチョークの字句が流れ、僕らはノートに筆記して時折、権力批判を行う先生のカンバセを見ながら。<br>
「東大か広大」以外に大学なしの教員一般感情を思うにつけ現役高校生だったころの歪な教育現場ってものを国歌すら歌えず日章旗も公式に掲揚されなかった我が広島県福山の学校生活ってものを。教員ストライキってもんが児童学童に説明されなかった歴史的変遷ってものが。先生らのストライキを経験した僕賃として今回のプロ野球ストに思いを合わせてみれば娯楽の機会損失と教育の機会損失の違い以上にあるよね。教育委員会の教育行政に対して教職員組合が組織的機関決定に殉じてストを行ったプロセスは一切、学童には明らかにされなかった。インフルエンザで学級閉鎖もしくは学校閉鎖したような感じだっただけ。<br>
「何故ストをするのか?先生方はおかしい」スト当日の日直当番だった僕は日誌に書き込んだ。すると赤字で欄いっぱいに担任の河野先生は反論した。そこには生徒に対して謝罪という文言は無かった。ストの目的その効果その影響を冷静に分析できていない機関決定に盲従の教員資格すら疑わしい言論がそこに開陳していたのみだったのか、いまもって僕賃はわからない。でも先生のスト決行の思いは一切伝わってこなかっただけだ。師弟関係というものが教員と生徒との間に必然化し教育の本義を実践する本物の先生が数多くいたのであれば今の教育衰退になっていなかったのではないか。<br>
エリート5%の教育論に与しない、統治権力に対決する民衆は結局のところ95%の側にしかいないのではないか?泣きながらストの意味をストの目的を今回の古田のように苦渋に満ちて語った先生はいなかった。ストは当然の我々の権利行使と居直った先生らの教育実践というものが今の教育現場に蔓延する愚民教育の下地に大いに利用されているのは明々白々だ。弱者団結物理的行使の波紋は大きい。クリントンが自伝で言った「革命家と政治家」の違いってやつにも類推可能だ。つまり妥結妥協でしか現実は動かない動かしようがないってこと。</p>
<p></p>
<p>2004.9.18(土)モバイル2 4278@<br>
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飯田橋から銀座へ移動。アップル直営店にてiMacG5を触る。非常にキュートでパワフル。目玉の20インチタイプは荘厳にして重厚感がある。韓国ドラマのネット配信の動画再生状態をチェックしたくてAIIへ飛んで「ホテリア」や「冬のソナタ」の無料視聴をDLしようにもDL不可だった。惜しい。けれどモニターとしては十分に広い。まぁ自分の視野狭窄を脱却すればいいだけか。でもこの点がテレビとパソコンの境界線上のグレーゾーンなんだろう。キーボード&マウスの有無の差違以上に。視野拡大の苦しさ不具合さってもんもテクノロジー進展で見落としたテクオタクの陥穽だろう。高スペックが却って使い勝手の悪さを招くってこともある。あくまでも快適性とは一体性にありなのだ。<br>
土曜日の昼下がりは銀座のショールームがナイススポットだ。今やアップルは史上空前の巨額和解金をビートルズに払ってまでネット音楽配信ビジネスに向かって突き進む。iMacにiPodの成功がこの銀座のショールームにマックオタクならぬコンシューマの時空を創出しているのだろうね。そう強く思う。独占論理の破綻は時代進展のキーワードだってことを昨今の労使協議の決裂に強く実感するしMSの崩落も時間の問題だ。</p>
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<p>2004.9.18(土)モバイル4270@<br>
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交渉決裂で組合側がスト強行して事態の進展があった事例はあまりない。ストは労働者にとって伝家の宝刀だ。一回抜くと威力は半減する。経営権の主体が結局は主導権を握っているだけでやはり「たかが選手ら」には政治的な妥結がうまくできるかどうか未知数だ。賢明で聡明で慈愛ある経営主体であったならば事態は明るい展望があるだろうがプロ野球のこれまでの一連の労使協議を見るつけ最悪だ。殊にオーナーという考え方、語感、概念派生への類推、全てがネガティブで汚辱に満ちた嫌悪忌避を招来する。一般的にスト破りは組合内部の攪乱とロックアウトがある。使用者にとって使用人は資産の一部であるけれども「たかが選手が」と元ジャーナリストのナベツネが見下して言い放った事実は事態を深刻化しているがあるていどに球団運営において経営権は誰にあるのかという自明的な事実に立脚した世間一般の常識だ。<br>
社員がいちいち会社の方針に盾突いて「経営権は社員一人一人にある反対反対」などと主張し始めたならばどんな会社でもおかしくなっちゃう。<br>
ファンあっての野球であるならばファンが経営を支える気概を求めてもいいのではないか。でもさ近鉄やオリックスのそれぞれのファン人口って一体何人なんだ?古田会長の言動は心に響くけれどもここで世論形成できるかどうかだ。新規参入おおいに結構でどんどん新風を巻き起こせばいい。こんなネット社会でリーマンは会社から帰って一風呂浴びてビールにナイターなんてモノクロな事態じゃないない。韓国ドラマ見たりして忙しいんだ。またスタジアムに何万人も集めて人混み嫌いな連中の方が健全だってーの。
球団の経営不振は有り体に言えば野球観戦文化の衰退に如実に顕在化している。法外な年俸制と巨人の独占寡占支配によっていい選手を金で求人することで勝てば官軍の幻想を増長させた。やはり結局は金なのだ。政治も金で買えるし。教団だって球団もっていいかもね。</p>
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<p>2004.9.17(金)4263@<br>
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プロ野球スト決定。スト突入して双方に妥協点が見出されないと泥沼だ。球団経営者側の交渉人たちも「雨天中止」程度に考えているのかも知れない。しかも「損害賠償」をスト参加の選手らに求めるという。結局はファン離れを加速させる結果になるだろう。日テレのドル箱だった「プロ野球巨人戦」の視聴率は低迷を続けている。ここへ来て韓国ドラマ「ホテリアー」を9/20祝日の夜のゴールデンタイムに番宣を張って9/22よりスタートする。NHKの濡れ手に粟を我が局にも!とばかりに「日本語吹き替え無しの字幕スーパー版」でペ様の生声をダイレクトにアピールする。ホテルで働く人間像をリアルに描きながら激しき純愛と人間蘇生のバランスの取れたペイストに仕上がった傑作だ。民放地上波初の韓流の胎動を如何に演出出来るかは不祥事で傲然たる日テレの原点回帰が試される。
2004.9.16(木)4252@
今日も秋晴れ。さて気合いを入れて頑張るぞ。頑張れ、古田!
2004.9.15(水)4242@
秋の空気濃厚。今週末あたり祭りの喧噪に包まれそう。さて第二四半期も今週で終わる。上期終わって折り返しの下期へ突入。組織も人事も改変改変。
人材不在の広島カープ。山本浩二監督、今期低迷の責任を取って球団オーナーに辞意を伝えたら留意されたって。来期も監督続行だそうだ。なんやかんや球界全体に様々な改変の余波到来。楽天参入の報に「どんどんやれ。ヤフーはどうした」って感じだ。神戸の球場は「YAHOO BBスタジアム」なんだしさ。孫さん是非、参入表明して引っかき回してよ。総務省に意見広告で異議申し立てしたって国民はイマイチぱっとしない。
2004.9.14(火)4237@
異常高温。死刑囚宅間が刑の執行を受けた。死刑反対の論理を超えた犯人憎悪を増長する事件と犯人だった。殺人という行為の吟味が善悪を超えた快楽でもって宅間を突き動かしていたのではなか。社会通念による判断基準を逸脱した犯罪行為への投射からの相対化。「幼稚園だったらもっと殺せた」と悔いたらしいがどこまで本心なのかは不明だ。確定した死を前に無力感の反動でもって自分に世事的関心を手繰り寄せたい衝動なだけか。異常人格の徹底解明をした後で法的に処してもいいような気もした。週刊雑誌的事件屋たちは事件の取材過程で結局、犯人との接点は警察による間接情報だけであとは全部、遺族関連となる。つまりは利害対立の片方のみ取材するわけで、報道のバランスは欠くことになる。生と死のバランスも大いに崩れる。
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2004.9.13(月)4228@
昨日、日曜日の夜は「ラストサムライ」をiMacのDVDプレイヤーで視聴した。トム・クルーズが言うように「日本人の俳優には西洋人にない気品がある」ようだ。<br>
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2004.9.12(日)モバイル4203@
<br> 昨日は充実の購買行動だった。NHKの土曜の夜は韓国ドラマの時間帯になっちゃうんだろうね。そのある種、集大成として「冬のソナタ グランドフィナーレ」が昨夜、放映されていた。番組最終日にNHKホールで開催され「ソネチア」(冬ソナにはまって現実感を喪失させた連中の意)が会場満員で溢れていたけれど。弦楽で奏でる冬ソナサントラ劇場版ですか。視聴者が冬ソナ感想を連日、送りつけ今や累計総数6万通に達した!その中で名場面ベスト10をカウントダウン。僕賃なんかユジンが放送室でアバのダンシングクイーンを踊り狂うシーンが最高なんだけれども。あのシーンで父親探しで疑心暗鬼になっていたチューサンが初めてユジンに心を開き恋の萌芽が芽生えるわけで。なのにNHKは著作権問題でどうでもいい曲と差し替えていたのね。<br>
でもね、ユン・ソクホ監督のトークに感銘を受けました。「このドラマは視聴者によって成長させて頂きました」まことに礼儀正しくも誠実な言葉だと思う。<br>
ファンからの反響をアナウンサーが紹介した中で婚約者を事故で亡くした方の手紙にも感動した。<br>
「ユジンに自分を重ね合わせて見入りました。このドラマによって私は愛の力を戴きました」やはり作品の力は視聴者に生きる希望や勇気を与えてこそだと思った。世事でふやけた感想反響もあるけれどこのブームの背景には名も無き庶民の願いや祈りが込められているのだなと素直に思う。素晴らしき仕事をやったこのドラマスタッフ達に日本の退廃ドラマはまさしく大敗したのではないか?<br>
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<p>2004.9.11(土)モバイル4200@<br>
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午前中に散髪しドラッグストアにて生活サプライ購入。ブックオフにて勝谷誠彦「電脳血風録」田原総一郎「連合赤軍とオウム」を購入。ジム終えて高田馬場の芳林堂で村上春樹の最新刊「アフターダーク」を衝動買い。村上春樹や宮本輝の新刊はブックオフでは買いたくない。お気に入りの作家の著作は他人の手垢の付いた読み古しは絶対に嫌だ。早稲田通りを渡ってサトウ靴店に行く。何年か前この店でREGALの革靴の修理を頼んで以来ここで靴を買ってきた。跡取り息子の社長さんもめっきり頭皮が露呈しちゃってさ。お目当ては「REGAL WALKER」なのに欲しいサイズがない。「ほかに無いんですか?」って若旦那に聞いたら「ウチはREGAL止めたんですよ。値段が高いし売れないし」ってことで。しゃあないんで適当に買った。デイパックいっぱいに手提げもぶらさげてあのお店へ。朝からまともな食事を採っていなかったのでザ・ハンバーグ。<br>
さてさて「アフターダーク」夜明けはまだだよ。<br>
読者待望の村上春樹最新刊!前評判は一人称文体から三人称文体へ新たなる文学的自閉から地平へのフロンティアを目指す村上春樹待望の最新刊ってことなんだろうけれども村上文学を自分のジュブナイルと重ね合わせて感情移入してきた連中にとってある種の「衝撃」を与えちゃうでしょーよ。物語がね期待通りに進展しないというかこれが物語か?って感じの退屈さすらあってさ。<br>
姉が原因不明の眠り病に掛かりその妹が不眠症になってデニーズで時間つぶしをしていると、そこにかつてダブルデートで面識のある高橋がやってきてチキンサラダとトーストを食べながらしばらくおしゃべりをして去る。しばらくすると元女子プロのカオルがやってきて「高橋から聞いたんだけど、あんた中国語しゃべれるんだって?ちょっと頼まれてくんない?」って彼女の働くラブホへ連れて行かれて客に暴力を振るわれた超美人の中国人娼婦の通訳をする。戻ってきてまた本を読んでいると高橋が外に誘い出す。公園でモデルで美人の姉との一体感喪失の話をいきなり始める。一人っ子の高橋はバンドでトロンボーンを吹いているのだけれど全然、プロになれるわけでもないんで法学部生として「法律を勉強してみる」ってことで司法試験を本格的に目指すとか話し出す。彼女と高橋って彼氏彼女の関係に物語は進展していくのかと思いきや...... 。一方で彼女の姉が眠っている部屋の描写が難解というか意味不明。何が言いたいのって疑心暗鬼に陥る。中国人娼婦に暴力を振るった白川は奪ったケイタイをコンビニの牛乳売り場にこっそり放置するんだけどそのケイタイに着信があって偶然にも高橋がとる。「お前は逃げられない。絶対に探し出す」売春シンジケートの男からの電話だったのだけれど、これは僕に対するメッセージとして高橋は受け止める。
中国留学で半年あえないと分かった高橋は「とびきり長い手紙を書くよ」とさわやかに妹に話す。彼女は帰宅して姉のベットに全裸で滑り込む。そこで魂の再生に似た一体性を獲得できたのかどうか?<br>
よーわからん。<br>
コンビニ・ファミレス・ケイタイ・学生モラトリアム・中国語学留学・モデルの姉・不眠症の本好き少女・不法滞在の中国人娼婦・ラブホ。様々に作家は同時代の時間性や空間性を事実性で